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 私は、今日も涙を流す。
 己の穢れを取り除くかのように。
 私は、今日も寝る前に祈る。
 このまま起きることが無いようにと。
 私がこんなに悩んでいるのに、今日は当たり前のように過ぎて行き、明日が当たり前のようにやってくる。
『明日って何のために来るの?』
 そう幼心に母に聞いてみたことがある。
『明日は、皆に希望を持ってくるのよ。今日できなかったこと、後悔した事やくやしいことにリベンジするため、そして幸せや嬉しさを与えてくれるの。瑞希もそういう子に育ってくれると母さん嬉しいわ。といってももう瑞希は太陽みたいに元気いっぱいだけどね。母さんは瑞希のことがだーいすきよ。母さんに元気をくれるもの。』
『じゃあ瑞希、ずっとおかーさんのそばにいて、ずっとおかーさんを元気イッパイにしてあげる!』
 そう私がいうと、母は微笑んで私のほっぺたを大きな暖かい手で包みこんでさとすように言った。
「お母さんはもう十分に瑞希に元気をもらってるわ。だから今度は、その元気をお友達や他の人に幸せを分けてあげてね。瑞希が笑っていてくれれば、母さんそれだけで幸せなのよ。」
「分かった!瑞希、みんな幸せいーっぱいにしてあげる!」
 そう誓ったのは12年前。私はお母さんの笑顔が大好きだった。お母さんの笑顔は名前の通り、木陰に咲くスミレみたいだから。
 私には父がいない。だからお母さんと私はいつも一緒だった。一緒に遊んで、一緒に出かけて、一緒じゃないときなんてなかった。母はとても綺麗な声を持っていたから、子守唄を聞くと私はすぐ眠り込んでしまった。
それもそうだろう。母はその美声で生計を建てていたのだから。
 一度、父の事を母に訪ねたことがあるが、母は寂しそうな顔をして黙り込んでしまった。それ以来、父のことは一度も聞いたことがない。
 母の悲しむ顔を見たくなかった。
 いつもいつも、傍で笑っていてほしかった。
そんな、幸せの時間は、夢を見ていたかのように、しゃぼんだまがはじけるように唐突に消え去った。


「おかぁさん!おかあさん、目を覚ましてよぉ・・・」
 ベットに横たわっている母にはもう生気が無かった。必死に母の手を握るが、もう力強く握り返してくれる母はどこにもいない。これが、どこへ行くのにも手を握って引っ張ってくれていた母の手だというのか。
「心肺停止。死亡、確認しました。」
 機械音のような単調とした医師の声が暗い病室に響く。

 幼い私は、悟ってしまった。
 これが死というものなのかと。
 死は、唐突に訪れ、唐突に去ってゆく。
 何の罪も無いお母さんを巻き込んで。
 誰だ、お母さんを殺したのは。 
 あのやわらかい微笑と、あたたかい大きな手を奪ったのは。
 前日の母の疲労で疲れた顔を思い出す。あんな顔にしたのは父ではないのか。殺されるのは父の方だ。
 父の名も顔も知らず女手一つで育ってきた私にとってはもう十分だった。
 父が、お母さんを殺したんだ。
 あんなに必死にぼろぼろになるまで働いた報いがこれだというのか。
 神様は、理不尽だ。返せ、返せ、お母さんを返せ。
 なんで母ではなく父を殺さないのか。
 父さんなんか、死んでしまえ。

 母の安らかな死に顔の隣で突っ立って肩を震わせている私を見て何を思ったのか、医師は私の肩にぽんと手を置いて慰めるように行った。
「残念だったね、お嬢ちゃん。でも大丈夫だよ、お母さんはきっと神様のいる天国で見守ってってくれるよ。」
 嘘だ。そんなことあるはず無い。神様なんていない。神なんてものがいるんだったらとっくにこの世に罪人なんているわけが無い。神というものがいると信じてそれにすがっているだけだ。そんな偽善、私は認めない。

 かくして私は知ってしまった。神がいないということを。
 それは知るべきことではなかったのかもしれない。
 知った時点で私は普通の生活を送ることを奪われた。
 世界が何のために、人間が何のためにいるのかを知ってしまい、この世の理に触れてしまったちっぽけな人間は、羽をもぎ取られ、地獄へと落ちていった。