オタクタウンの来歴


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ここではオタクタウンの歴史と、主な炎上騒ぎについて記載する。


・最初期(2015年初期)・・・はるしゅがニコニコ超会議において「オタク警察」を名乗り、暴れ始める。このころに主要メンバーであるケロケロ、まにえす、財布等と知り合う。

 

・初期(2015年初春)・・・オタクタウン最大の不穏である「沼津炎上」が勃発。オタクタウンは一気に有名な厄介軍団として知名度を急上昇させた。

 

※沼津炎上とは・・・とある個人グループ「765プロダクション沼津支社」の内部ルールが個人の作った団体としてはあまりにも厳しいものであり、タウン民であるはるしゅが言及。それに続き、モラトやいろはすなどが「オタク○○」と名乗り支社叩きを開始。これによりオタク○○が集まり、今までバラバラだったメンバーが集まり、「オタクタウン」が形成された。

 

・中期(2015晩春~初夏)・・・オタクタウンLINEグループが結成され、LINE、Twitter両方で暴れまわる。LINEタイムラインでのラブライバーとのケンカ、LINEグループに全蹴りBotを潜入させて壊滅させたりと大アバレをぶちかましていた。

 


・後期(2015年夏)・・・近々10thライブが開催されることもあり、不穏行為が減退し始める。その後10thライブによりケロケロが改心。オタクタウンが分裂する事態となった。ケロケロの改心については諸説あるが、本人は「感動して改心した」とのこと。
10thによる不穏行為の減退がそのまま続き、行為はだんだん少なくなった。

 

・この前(晩夏)・・・オタクタウン改心後の炎上事件である「8/9C事件」が勃発。
これによりオタクタウンの評判はガタ落ちしたが、終わってみると山のような冤罪の塊であった。

 

※8/9C事件とは・・・キャラクロ8/9Cにおける炎上事件。中規模な炎上をキャラクロに参加していたタウン民ほぼ全員が起こしていたため大規模な炎上となった。しかしこの炎上に加担したほぼ全てのPがキャラクロに"参加していなかった"Pであり、噂が噂を呼んで全く異なった事実によりタウン民が糾弾された。

 

・今(初秋~2016以降)・・・キャラクロ騒ぎやはるしゅのアカウント凍結により不穏は全く無くなり、今はただの仲良しツイッタラーの集まりである。