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1限目「ハリウッドのテンプレートは役に立たない」


ハリウッドの三幕構成や、神話の法則などのテンプレートは、
旅の始まりから、葛藤をえて、その解決や許しで宝を持ち帰ってくるのだが、
この通り作ってもありきたりなハッピーエンドで終わるだけだ。
子どもが初めて映画を見るときは感動するかもしれないが、
その後このテンプレートを見ても、どんどん心に残らない映画となる。

このテンプレートが本来のとがった物語を丸めてしまうからだ。
角が丸くなった物語は観客に刺さらない。
そうなると、物量で金をかけて観客をぶん殴るのが正義になってしまう。

100億単位のお金で観客をぶん殴るのはハリウッドでもそう多くはないし、
そこを丁寧に作ればある程度のヒットは約束されるものの、
じゃあそれが心に残るかというと、物量的には楽しいのだけど
少したったらストーリーを覚えてなかったりする。


島国さんが面白いレビューをしているので、
できれば合わせて読んでもらいたい。
この記事はもともと島国さんへのカウンターとして書かれている。

オール・ユー・ニード・イズ・キル の映画と漫画を比較して思った事とか。 島国大和のド畜生

なんというか、
日本人の国民性(この辺の言葉はアヤが出やすいが、厳密ではなく)として、
「同質性が高い」ゆえに、細かい違いや、揺らぎ、
作家性とかに楽しみを見出せてる気がする。

かたや西洋の楽器だと、オーケストラみたいな、正しい音を正しく出す。
そしてそれを複数使って厚みを出す。みたいな印象だ。
どんな人種がどう観ても解る様な、面白く感じるようなつくりになっている。

悪い言い方を使うと、日本の創作物は「内輪ウケ」的なのだ。
なんか私小説とか、日本以外ではあんまり見ない形態だというが。そういう感じ。
お互いが良く分かり合ってる均質な人たちのなかで、違いを楽しむというか。

略)

金をぶっこめばぶっこんだ分だけ、良いものが作れるのは西洋式のほうだし、
多くの人に響くのも西洋式だ。


オール・ユー・ニード・イズ・キルの解釈にはためになるし納得です。
だけど総論では違う結論を持ちました。
やはりこの表現は誤解を産む。
特に「内輪受け」「ハリウッド三幕構成」「ABテスト」がミスリードしやすい。

こういうことを言うのは島国さんだけではなく、
ハイコンテクストは深く刺さるんだけど、
ガラパゴスで内輪受けは世界に通用しないから
世界に向けてコンテクスト依存を減らすローコンテクストを狙えと言われる事は多い。


ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化

「コンテクスト」とはコミュニケーションの基盤である
「言語・共通の知識・体験・価値観・ロジック・嗜好性」などのことです。

ハイコンテクスト文化とはコンテクストの共有性が高い文化のことで、
伝える努力やスキルがなくても、お互いに相手の意図を察しあうことで、
なんとなく通じてしまう環境のことです。

とりわけ日本では、
コンテクストが主に共有時間や共有体験に基づいて形成される傾向が強く、
「同じ釜のメシを食った」仲間同士ではツーカーで気持ちが通じ合うことになります。
ところがその環境が整わないと、今度は一転してコミュニケーションが滞ってしまいます。

このことから、日本においては、
「コミュニケーションの成否は会話ではなく共有するコンテクストの量による」ことと、
「話し手の能力よりも聞き手の能力によるところが大きい」ことがわかります。

一方、欧米などのローコンテクスト文化では
コミュニケーションのスタイルと考え方が一変してしまいます。
コンテクストに依存するのではなく、
あくまで言語によりコミュニケーションを図ろうとします。

そのため、言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示し、
コミュニケーションに関する諸能力
(論理的思考力、表現力、説明能力、ディベート力、説得力、交渉力)が
重要視されることになります。


多くのハリウッドテンプレートも、
この分かりやすいローコンテクストに丸める事へ誘導する。
これが大きなミスリードだ。

ローコンテクストは何も考えずに見れる花火のようなものだ。
面白くするには、お金をかけて物量と質を毎回上回るか、
1年に1度と、間をあけねば感動が減ってしまう。

しかし、ハイコンテクストは分かる人にはとても面白いが
観客が極端に減ってしまう。
さて、どうする?

2限目にいく前に自分なりにここで考えて欲しい。