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Time Over ―私の中のあなたにさよならを― - (2008/03/24 (月) 20:26:40) のソース

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既に大きく日が傾き始めた頃、東へ東へと進む二つの機体の姿があった。 
湖面に映し出された蒼い姿は有機的な流線型を、青ベースに赤と黄を散りばめたもう一つはごつごつと物々しい姿を描いていた。 
その内の蒼い機体の足が不意に止まりあたりを見回す。 
北を向き、西を向き、南を向いて東に向き直る。周囲の風景に別段異変は見られなかった。 
しかし、心がざわめくのをラキは感じ取っていた。既に彼女の一部となったジョシュアの心。それが熱を帯びたように熱かった。 
「どうした?」 
怪訝そうな声でエイジから通信が飛び、機体を寄せてきた。 
「エイジ、ストレーガのハッチを開けてくれ」 
返答を待たずしてブレンのコックピットから体を乗り出したラキが飛び出した。 
それを慌ててフォルテギガスの腕が受け止める。いかに湖上とはいえ人が無事ですむ高さではなく、思わず冷や汗が背を伝うのをエイジは感じた。 
「何をする気だ?」 
ラキを落とさないように慎重にフォルテギガスの腕を操りながらエイジが質問を投げかけた。 
「ジョシュアを探す。静かにしてくれ」 
ストレーガのコックピットに滑り込んだラキが答えを返し意識を凝らす。 
元々、彼女とジョシュアの精神はシュンパティアを介して混ざり合った。 
その結果、彼女はおぼろげながらもジョシュアの存在を感じることができるようになったのだが、残念ながら大雑把すぎて位置をつかめずにいた。 
それをフォルテギガスのシュンパティアを利用することでジョシュアの精神に同調しその居場所を掴む。 
これがラキの考えであったが、彼女の言はいつも短く説明不足であった。 
ゆえにエイジは不承不承ながらも黙ってみているしかなかった。 
そして程なくラキはジョシュアの位置を掴むとコックピットから身を乗り出した。 
「エイジ、ありがとう。世話になった・・・。ブレン、跳ぶぞ!」 
エイジの返事を待たずしてブレンに乗り込んだラキはその場から消え去る。 
何故だか分からないが急がないといけない。彼女はそんな気がしていた。 



大地は分厚い氷で成り立ち、そこここに覆い茂る木もまた氷でできている。 
そんな氷に覆われた冷たくも澄みきった世界でラキはたたずんでいた。 
目に映るのは白と黒にその中間色からなるものだけ。美しく澄んではいてもどこか味気ない。 
ヒヤリと透きとおった空気のなかで暖かな気配が風と共に頬を凪いでいった。 
その気配にフラフラと釣られるように足を踏み出す。 
樹氷の林の中に分け入り、時折足を止めてはわずかな温もりを確認しつつ進んでいく。 
徐々に、しかし確実に気配は増し、不意に白と黒の世界から一変して緑の木々に覆われた世界が彼女の前に姿を現した。 
そして、その中心で焚き木に火をくべている者を見つけ、彼女は我知らずに彼の名を呟いた。 
「ジョシュア・・・」 
振り返った若い男と目が合う。 
衝動に駆られるままにラキはジョシュアの懐に飛び込み抱きついた。 
硬直するジョシュア。しばしの混乱の後、赤くなったジョシュアに慌て引きはがされた。 
「なっ!いきなり何をするんだ」 
「親しい者同士が再会したときはこうすると聞いたぞ」 
「誰からそんなことを」 
「リアナだ。違うのか?」 
思わず嵌められたという言葉がジョシュアの脳裏を横切り、頭を抱える。 
私にはジョシュアがそうする理由がよくわからなかった。たしかにリアナからそう聞いたのだ。 
少しのあいだ、本当に少しのあいだ、二人は他愛もないことを語り合った。 
ここに来る前のことも来てからのことも話した。 
アイビスという名前の女性が出てくる。何故かちょっとだけいらっとした。 
どんな話をしてもジョシュアは真剣に聞いてくれる。それがうれしくてラキはついつい言葉を重ねていく。気づくとジョシュアは聞き役に徹してくれていた。 
それから、ふと思い出したように若干のふくれた感じでラキは 
「ジョシュア、一体今までどこへ行っていたのだ?私はお前を探していたのだぞ」 
と問いかける。 
「あ・・・・・・、すまない」 
「だがここからは一緒だな」 
その言葉にジョシュアの顔が曇り、次の瞬間ラキを抱きしめた。 
「ジョシュア?」 
驚いたラキは怪訝そうな声をあげる。 
「・・・・・・すまない。もう一緒にいてあげられないんだ」 
耳元で悲痛な声が響く。聞こえてはいたが言葉の意味がよくつかめなかった。 
「ごめん。もう行かなきゃならない。ラキ、さようなら・・・・・・ありがとう」 
いつの間にかそこにいるはずのジョシュアの姿は掻き消え、ラキの心象世界は急速に彩りとぬくもりを失っていく。 
そしてそこには以前と変わらぬ氷の世界だけが取り残されていった。 


――ジョシュアの心は本体と同時にその活動を停止した―― 



目の前の空間が突然ひらけ、夕闇に彩られ始めた空が視界に映し出される。 
A-2北西の空間が歪み、いびつな音と共にネリー・ブレンがジャンプアウトしたのだ。 
本日二度目の長距離バイタルジャンプ。 
ブレンのエネルギー切れが原因なのか、あるいはジョシュアの感覚を見失ったことが原因か、はたまたその両方か―― 
――もう、どうでもよかった。 
バランスを崩したブレンが落下する。 
空がゆっくりと遠ざかっていく。 
自由落下にまかせるままに砂地に落ちたブレンは砂埃を舞い上げた。 
それからしばらくラキはただ空を眺めていた。 
(ブレン、ジョシュアが私を置いて何処かへ行ってしまった・・・・・・) 
(・・・・・・) 
なんなのだろう、この気持ちは。苦しいわけじゃない。痛いわけでもない。 
ただひたすらに寂しい。ずっと一緒にあったものが、大事にしていたものがなくなってしまったように寂しい。 
(・・・・・・) 
(?) 
(・・・・・・) 
(そうか・・・。これが悲しいということなのだな・・・・・・) 
これが・・・、これがかつて私が振りまいていた感情なのだな・・・・・・! 
こんな、こんな気持ちを!!私は・・・・・・。 
腕に力がこもり、拳を握り締める。何故だか勝手に涙が溢れてきた。 
それを止めようとも思わなかった。 
ただひたすらに自分を許せなかった。ただひたすらにジョシュアに会いたかった。 
どうしようもなくなった彼女は幼子のように声を震わせてただ泣き続けていった。 



時刻は18:00を指し、最初の放送が静かに会場全体へと鳴り響いていった。 



ジョシュア・ラドクリフ・・・・・ 
ラキの探していた人が死んだ。 
ラキが跳んだ後、追いついてきたクルツと合流した。それは間違いだったのか? 
目の前で平然とメシを食っているこいつを見ているとそう思えてきて、苛立ったエイジは機体へと足を向けた。 
「どこへ行くんだ?」 
のん気そうな声が後ろから飛ぶ。それにさらに苛立ってぞんざいに答える。 
「ラキを追いかける」 
「どっちへ行ったのかもわかんねぇのにどうやって?」 
「・・・・・・それでもここでそうやってメシを食っているよりはマシだ」。 
こういうときの正論ほど頭にくるものはなかった。 
「おい」 
「なんだ?」 
「座れ」 
「いやだ」 
「いいから座れ。メシでも食って少しは冷静になれ」 
もう返事も返さずに機体に向かってエイジは歩き始めた。 
やれやれといった風情で立ち上がったクルツから声がかかり、振り向いたエイジに突然殴りかかる。 
それを鮮やかにかわすとカウンター気味に放ったエイジのボディーブローが脇腹にささり、クルツは沈み込んだ。 
「突然何を・・・・・・」 
「『突然何を・・・・・・』じゃねぇ!ここは一発殴られた後に俺に諭されてお前が冷静になる。そういう場面だろうが!!」 
無茶苦茶な理屈でクルツが怒り始めた。納得できないエイジも反発し口喧嘩に発展していく。 
やがてふてくされたような顔でクルツが話題を変えた。 
「予定とは違ったがまぁいい。いいかよく聞け。壁の向こうでラキは『行き過ぎた。引き返す』って言った。しかし、俺達が飛んできた直線上に探し人はいなかった」 
たしかにあの時のラキはそう言っていた。 
「ならそいつは北か南にいる・・・・・・いや、いたと考えるのが普通だろ?」 
「そしてラキはその人を探しに跳んだ」 
「その通りだ。そこで一つ質問だ。ブレンはどっちの方向を向いて跳んだ?」 
「・・・・・・北」 
「ならこっから北にラキはいる。北を向いて南に跳ぶような天邪鬼だったらあきらめろ。それともう一つ」 
「もう一つ?」 
「ラキがジョシュアを見つけて跳んでからいくらもたってない。にもかかわらずジョシュアという男の名前は放送で流れた。この意味分かるな?」 
「ラキが争いに巻き込まれている可能性が高い」 
うなずき、座り込んでいた腰をあげたクルツが機体に向けて歩き出す。 
それに並んでエイジも歩き出した。 
「そういうことだ。時間がない二手に分かれるぞ。捜索範囲はここからまっすぐに北北東と北北西。合流場所はB-1補給ポイントだ。場所は後で送信する」 
「西は僕が行く」 
「なら俺は東だな」 
やがて二人は機体に乗り込み別れ際最後の会話をかわす。 
「エイジ、さっきの一発殴り返すまで死ぬなよ」 
「当たろうが避けようが一発は一発さ」 
「この野郎」 
二人の間に笑いがもれ、そして二機は急速に離れていった。 


【アルバトロ・ナル・エイジ・アスカ 搭乗機体:フォルテギガス(スーパーロボット大戦D) 
パイロット状況:健康 
機体状況:無事。ENを少し浪費。 
現在位置:A-2南東部砂浜 
第一行動方針:突然消えたラキを探す 
最終行動方針:ゲームから脱出 
備考:クルツを警戒している(やや緩和)】 


【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A) 
パイロット状況:冷静、脇腹がちょっと痛い 
機体状況:Fソリッドカノン二発消費、ファランクスミサイル1/3消費 
現在位置:A-2南東部砂浜 
第一行動方針:ラキの探索 
第二行動方針:ゲームをぶち壊す 
第三行動方針:駄目なら皆殺し 
最終行動方針:ゲームから脱出】 




「Time Over  ―Don't break my heart―」


そうか・・・、ジョシュアは・・・・・・。 
放送が終わった後、意外にもジョシュアの死をすんなりと受け入れている自分をラキは感じていた。 
一通り泣き伏して気持ちがすっきりしたせいかもしれない。 
それとも律儀にもお別れを言いに着てくれたからだろうか・・・・・・。 
(ブレン、私はどうすればいい・・・・・・) 
ラキはジョシュアを生き返らせたかった。だけど悲しいという感情を知ったことが彼女を迷わせていた。 
それに、それを―それにかかる代償をジョシュアは多分望まない気もしていた。 
「うっ・・・。なんだ・・・これは?」 
そんな彼女を突然懐かしい感覚が襲う。 
「これは・・・・・・負の感情?」 
もともと彼女にはメリオルエッセとして人の負の感情を吸収する能力が備わっていた。 
しかし、それはシュンパティアの影響でジョシュアと彼女の心が混ざり合い、様々な感情に目覚めていく過程で損なわれていった特性だった。 
彼女はそれらの変化をかつて自分は壊れたと表現していた。 
そして、彼女の言葉を借りるなら今その特性は直ったというべきか。ジョシュアの心が休止し、彼女の体はメリオルエッセとして再び正しく活動を始めた。 
放送によって会場の中に満ち溢れた怒りを、悲しみを、憎しみを、慄きを、あらゆる負の感情を綯交ぜにしたものを際限もなくその身に取り込み始めたのだ。 
「うあっ・・・!くっ!!・・・・・・あ゛」 
負の感情を取り込んだ彼女の体が依然と同様に喜びの声をあげる。取り込んだ負の感情が細胞に染み渡り、肉体は活性化していく。 
しかし、皮肉にも彼女の精神は以前とは変わってきていた。 
「嫌だ!こんなもの・・・うっ!ゲホッ・・・こんなもの・・・・・・私は欲しくない!!」 
彼女の得た人間らしい考えが、道徳観が、体験した思いが、体があげる歓喜の声を嫌悪し、全てを吐き出したい衝動に駆られる。 
コックピットに転がり、のたうち、目を見開き、髪を乱し、胃液を吐き、撒き散らしながらも取り込んだ感情をどうにか吐き出そうと悶え苦しむ。 
しかし、彼女の意思に反して吐き出すことは叶わず、なおもその身は負の感情を取り込み続ける。 
「うあっ・・・あっ!頼む!止めて・・・あ゛あ゛あぁぁぁぁぁあああああ」 
悲痛な叫びが木霊する。相反する感情の板ばさみに彼女の精神は蝕まれていった。 




【グラキエース 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード) 
パイロット状況:精神不安定 
機体状況:バイタルジャンプによりEN1/2減少 
現在位置:A-2北西部 
第一行動方針:??? 
最終行動方針:??? 
備考1:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません 
備考2:エイジとクルツの捜索範囲からわずかに西へずれたところにいます】 


【初日 18:20】


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