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思いこみ、勘違い、嘘、そして…… - (2008/11/08 (土) 03:12:20) のソース

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 この世界の中では一・二を争うほど広大な森林地帯――実に南北に約130km、東西に約100kmにも及ぶ豊かな原生林の南東の端に、白亜の戦艦が静かに鎮座していた。
 一組の男女が焚き火をかこっていた。その明りを受けて少女の影が暖色に染まった戦艦の外壁にまで伸びていた。
 そこからタラップを伝って一人の少年が姿を現し、二人を見つけると声をかける。
 振り返った二人の口にはスプーンがくわえられていた。
「人を働かせておいて呑気に食事ですか……」
 口調に若干の刺がにじみ出る。それに気づいてか、はたまた気づかずか、二人は「ごめんごめん」とあまり悪びれもせずに軽く返した。
「周囲の警戒は?」
「トモロがしてくれています。それにしても……」
 質問に軽く答えを返した少年が、席に座りつつ視線を流す。
「二人でどれだけ食べる気ですか……」
 ため息がこぼれた。
 キラの視線の先にはレトルト用品のパッケージやら、空になった缶詰やら、二人が食べ散らかした残骸の山が大量にあった。
 しかも、その細い体で隠すように座っているが、赤毛の少女の山のほうが大きい。
 これにはさすがの二人も苦笑いで返すほかなかった。
 テニアが器によそってくれた母さんのシチューを受け取りながら、キラは本題に入る。
「簡単なものですけれど解析結果が出ましたよ」
 その一言でムサシの表情が強ばり「どうだった?」と先を促す。テニアは大して興味もないのか、自分の器に新たなシチューをよそっていた。
 その様子を若干呆れた感じで眺めながらキラは言葉を続ける。
「テニアの言ったとおり核みたいですね」
 その重く苦しい響きにムサシは顔を伏せた。
 しばらくの沈黙の後、「そうか……」と小さくつぶやく。
「それでですね。あれは僕のほうで預からせてもらっていいですか?」

 その申し出を耳にしたとき、不覚にもムサシの顔には安堵の色が浮かんだ。
 核を持ち歩き始めたときから感じ始めた麻痺するような緊張感、重くのしかかった重圧感、そういったものから解き放たれるかもしれない。そういう感じの色だ。
 だが、すぐにその表情も色を潜める。
 ムサシの瞳に大人しそうな少年がうつっている。
 まだ幼さを残す年頃、一見すると華奢と言ってもいいほどの細い体、こんな少年にこれだけの重荷を背負わせていいのだろうか……。
「剥き出しのまま持ち歩くのよりは、戦艦の中で安置させておいたほうが安全。そう思いませんか?」
 その言葉に反論の余地はない。常識的に考えるとそうなのだ。そんなことは頭の鈍いムサシにでもわかっていた。
 だからといって理屈だけで割り切れるものでもない。
「それに……、あれは決して爆発させちゃいけないものです……」
 重なる言葉を受けて、ムサシの鼓動がひときわ大きく鳴る。
 しばらく沈痛な面持ちで考えた後、絞り出すような声でただ「すまない」とだけ言った。それが了承の言葉であった。
 闇色に染まった森林の中、焚火の明かりだけが灯っている。
 闇に脅える人に安堵と安らぎを与えてくれるはずのそれが、何故かこのときはひどくまがまがしいものに見えた。
 寡黙な空気がその場を支配する。さっきまでは呑気にシチューをがっついていたテニアでさえも押し黙っている。
 カチャカチャと食器とスプーンが奏でる音、ただそれだけの音が、このときはひどく大きな音に聞こえていた。

『北北西からこちらに接近してくる機体がある。機数は1。かなりの高高度だ』
 突然、トモロの声が静寂を破った。
 それを合図に、全員が蜘蛛の子を散らしたように機体に駆け込む。
 やがて、起動兵器の駆動音が周囲の空気をかき乱し始めた。
『訂正、機数2。もう一機は地上だ。空の機体の後ろをついてきている』
 その頃になって、トモロは訂正を伝える。
「トモロ、通信は? 」
『まだ圏外だ』
「空のほうは僕が接触してみます。ムサシさんは地上のほうをお願いします。テニアは念のために後ろに下がってバックアップ、万が一戦闘になった場合は離脱を手伝って」
「了解」
「まかせろ。キラ、発砲は」
「わかっています。ギリギリまで通信を続け、こちらから先に攻撃は仕掛けません。トモロ、反応弾の搬入は?」
『終わっている』
 トモロの返答を聞いたとき、キラは何かが重く覆いかぶさっているかのような感覚を覚えた。
 これから行う接触に対する緊張感ではない。反応弾の影響だろう。
 解析結果の数値をみてもその破壊力はピンとこなかったが、嫌なものを運んでいるという生理的嫌悪を間違いなく感じていた。
 そしてそれ以上に、『核』という言葉がもたらす根源的恐怖感がのしかかっていた。
(大丈夫。きっとうまくいく。戦闘になんてならずにすむんだ)
 自分に言い聞かせていたとき、ムサシが口を開いた。
「キラ、実はな……」
 見るとムサシはガンダムの足の裏で焚き火を踏み消しつつ通信を行っている。
「実はおいら、その核を使おうと思ってた」
 驚いたキラの瞳が大きく開く。
「無敵戦艦ダイのことは話したよな? 」
「ええ、合流したときに……」
 無敵戦艦ダイ――恐竜帝国最強のメカザウルスにして、ムサシが命を賭した相手。その装甲とバリアは恐ろしい厚さを誇り、ゲッターの攻撃は何一つ通じなかった相手でもある。
 それがこの世界にも存在し、その打倒のために彼が仲間を集めていることは、すでに聞いていた。
 それを語ったときのムサシの声の苦渋の響きは、それがどれだけ許されない存在なのかを物語っていたように思えた。
「おいら、反応弾を手に入れたときにちょっと思ったんだ……。これでダイを落とせるって……」
 ムサシの独白は続く。
「でも、本当はそんなこと考えたらいけなかったんだよな。キラ、お前の言うとおりあれは使っちゃいけないものなんだよな……。
だからきっと、あれはおいらが持つものじゃなかったんだ……」
 何かを考えさせられるそんな言葉だった。
「なあ……」
 モニターに映されたムサシの顔が優しく笑う。
「おいらとキラにテニア……それにトモロ、まだ会ったことない統夜、これだけ集まれば奴に勝てるかな?」
 リョウや隼人がいなくても……と付け足そうとしてやめ、ムサシはそこで言葉を区切った。
「ええ、きっと……必ず」



 どこかの通信を傍受したのか突如耳元に耳障りなノイズと人の声が流れる。
 レーダーに反応はない。
 何の影響か知らないが、この世界では通信可能距離がレーダーの有効範囲よりも長いこともあれば逆もある。
 場所によってその有効距離さえもバラバラ。まるででたらめだった。
 耳を澄ます要領で意識を凝らし、感度を上げていく。

 ……男が3に女が1か。

 ノイズに紛れて届いてくる声の数から人数が割り出せた。
 だが、話の内容に関しては断片的にいくつかの単語が届くだけでつかめない。
 情報を拾い上げようとさらに注意を傾けつつ、迂回路を頭の中に思い描く。
 できることなら交戦は避けたかった。
『無……艦ダイの…とは話し……な? 』
 『ダイ』という単語が耳に飛び込んできた。
 無敵戦艦ダイ――この世界におけるユリカの乗機であり、このわずか数ブロック先で自分の帰りを待っているはずの戦艦である。

 なんだ? なんの話をしている?

 こいつらはユリカとどんな関係か? ユリカの身にあったのか? 一体こいつらは何を知っているのか?
 焦る気持ちを抑えつつ、流れてくる言葉に耳を澄ます。ノイズ音に邪魔をされてところどころしか音声を拾えない。
 それがすごくもどかしかった。
『おいら、反応弾…手に入れ……きに…………思った…だ……。こ………ダイ…落とせ…って……』
 野太い男の声が看過出来ない内容をアキトに告げる。
 一瞬、何を言っているのかわからなかった。いや、頭では理解できたが、意味が届くまでに時間がかかった。
 その言葉は告げている。

 ユリカを殺すと――

 それもよりにもよって、核で滅ぼすと――
 
 聞くに堪えられなくなり、傍受していた通信を切る。
 いつの間にかいたのか、汗が玉になって肌に浮いていた。
 見過ごせるはずがない。そう、この事態をこの男に見過ごせるはずがなかった。
 自然と機体の足が速くなる。
 どんどんと速力を上げていき、周囲の景色が流れるように後方に遠ざかる。
 雲海の中に分け入り高度を徐々に下げていく。
 雲を抜けたアキトの視界に、ナデシコに比べれば幾分小型な、しかし巨大な戦艦が飛び込んできた。



 思わず目を疑った。
 だって、あれは――
「あれは……カティア? 」
 ムサシの呟きが通信機越しに聞こえてきた。
 そう。あれはカティアの機体だった。ここで再会したときの戦闘機。
 でも……でも、そんなはずはない。
 だってカティアは――

 ――アタシが殺したんだ――

 不意にテニアは痛みに似たものに襲われて、顔をしかめた。
 笑顔のままのカティアの死に顔がゆっくりと浮かび上がり、

『統夜はあなたのものにはならないわ』

 囁きを一つ残して消えた。
(考えすぎるな……あれはカティアじゃない)
 自分に言い聞かせる。
 あれは――

 ――カティアの機体を奪った誰かだ――

 嫌な考えを振り払い、上空を睨みつける。
 同時に上空の機体がぶれたかと思うと重い衝撃が機体に走り、吹っ飛ばされ、背後の巨木に叩きつけられた。振動が伝わり、周囲の木々がざわめく。

 攻撃された?
 誰に?
 ……カティアだ。
 やっぱりあれはカティアなんだ……。

 途端に目に脅えの色が浮かび、顔は青ざめる。
 振り払ったはずの考えが頭をよぎり、満たした。

 カティアだ。
 カティアがアタシを殺しに来た。
 だったら――

 巨木にすがりつくようにして立ち上がる。
 カタカタと震えながらマシンナリーライフルの銃口が上空に向けられる。

 ――だったら何度でもアタシが殺してあげる――

 瞳に狂気が宿り、震えが止まる。発砲音があたりに響きわたった。



 一度状況を確認する。
 ムサシは接近しつつあるもう一機の警戒にあたり、テニアは伏せ手としてレーダー外の森林に隠れている。
 周囲に他に機影はない。相手から見たら、こちらは単艦で姿をさらしているように見えるだろう。
 モニターに目を向ける。
 夜の闇を保護色にした一基の戦闘機がそこには映し出されていた。幾度かの戦闘をくぐりぬけてきたのか、見ただけで各部の損傷が激しいのがわかった。
 一度大きく息を吸い込んで呼吸を整えるとキラはコンソールに向かい合う。
「トモロ、通信を繋げて」
『わかった』
 モニターに大仰なヘルメットをかぶった男が映し出され、二人の目が合う。
「こちらはキラ・ヤマト。交戦の意思はありません」
「こちらはテンカワ・アキト。聞き」
 そこで唐突に言葉は途切れ、男の視線が動く。モニターの先の戦闘機が大きくループを描いた。
(回避運動? どうして? )
『銃弾だ。角度からしておそらくテニアだな』
 キラの思考を読んだかのようにトモロが補足を付け足す。
「テニア! どうして撃ったんだ!! 」
 思わず通信を切り替え、声を荒げて叫ぶ。だが通信が不調なのか、それとも何かあったのか、ノイズが流れてくるばかりで繋がらなかった。
「それがそちらのやり口か……」
 男の冷たい声が響く。
「待ってください! せめて話だけでも!! 」
「……」
 戦闘機が戦艦の脇をすり抜けていく。
 その直後、戦艦はゆれ、キラは固く握りしめた拳をコンソールに叩きつけた。


 すれ違いざまに放ったミサイルの群れ。それは巨大な的にまっすぐ迫っていき、見えない何かに阻まれて爆発を起こした。
(ディストーションフィールドか? いや……実弾の無力化……、ピンポイントバリアか、もしくは同等の特性を持った知らない技術だな……)
『僕たちは戦うつもりはない。話を聞いてください』
 未だ通信機の向こうでこの戦艦の主は叫んでいる。「手違いだ」という言葉も飛んでくる。
 アキトは一笑にふした。
 巨大な戦艦に注意をひきつけ、交戦の意思はないと油断させる。そうやってできた隙を狙い狙撃してきた。
 明らかに計画的なおこないだ。それを手違いなどとは、信じられるはずがなかった。
『ノイ=レジセイア、僕は奴の存在が許せない!だから僕は奴の言いなりにはならない』
 少年が独白を始める。それに何も返さず、攻撃の手も緩めない。
『この殺し合いに異を唱える人達を集めてノイ=レジセイアを倒す。そう決めたんです』
 その言葉には、あの二人のネゴシエイターのように、どこか真に迫った力強い響きが込められていた。
 だから何だと言うのだ。そのネゴシエイターの片割れリリーナ=ピースクラフトでさえ死んだ。
 なるほど、この少年の主張は彼らに比べれば、すべての参加者の説得を謳わないだけ幾分現実を見ているように思える。
 主催者の打倒に心が動かないでもない。
 しかし、少年の主張は無意味だった。
 アキトにとって最大にして唯一の重要事項、それはユリカを無事に守り抜くことができるか否か、それだけに絞られる。
 そして、その視点から見たときこの少年は――
『僕の意見に賛同してくれなくてもいい。せめて他の参加者の脅威となる無敵戦艦ダイ、それを倒すのを手伝ってくれませんか? 』
――滅ぼさなくてはならない敵だ。
 少年の言葉が神経を逆なでする。
 YF‐21は空高く飛翔するとJアークの直上から再び攻撃に移った。
 ガンポッドの発射管が火を噴く、ミサイルが白い航跡を残して伸びていく、それらはバリアのただ一点に着弾し、穴を穿ち、数発が抜けていった。


 轟音と共に激しい震動がJアークを襲い、キラは転んだ。
「トモロ、損傷は? 」
 急いで身を起しながら口早に言う。
『軽微だ。だがしかし、まずいな……』
「まずい? 」
『相手は火力を一点に集中してジェネレイティングアーマーを抜いてきている。だが、いくら抜かれようとあの程度の火力ではそう大きな損傷は与えられるものではない』
 このまま説得を続けても特に問題はないように思えた。だが『しかし――』とトモロは続ける。
『反応弾付近に被弾した時だけは話は別だ……』
 キラの表情が凍りつく。
 万が一あれに誘爆したらJアーク一隻が沈んで済むような話ではない。6基の反応弾からなる連鎖爆発――それはおそらく一ブロックを壊滅させるに足る威力だろう。
『どうする? 』
 ここまで説得に応じない相手、万が一の場合の被害、それが頭の中をめぐり
「しかたありません。あの機体を撃墜します」
キラは判断を下した。



パチパチパチ――

 突如、拍手が聞こえてきた。
 何か嫌な予感がして体中から汗が噴き出てくる。
「クク……、いいねぇ。なかなかの役者ぶりだ」
 凍りついたように体が動かなかった。
「最初にお嬢ちゃんたちの会話を傍受した時に俺は思ったよ。こいつはよくない」
 そんな状態を知ってか知らずか、声の主は流暢に語り始める。
「何しろお前さんたちときたら、話し合いで済まそうとしている。人生は楽しまないと損だぜ? そこで面白おかしく騒ぎを大きくするために、俺は考えたのさ」
 背後から何かが忍び寄ってくる――そういう気配を濃厚に感じた。
「で、お前さんを見たときピンときた。何に脅えてるか知らないが、こいつは使えるってな。あとはちょいと恐怖心を煽ってやった結果がこれさ――」
 背後からぬぅっと伸びてきた手が巻きつき、コックピットにナイフが突きつけられる。
「いい役者ぶりだったが、出番が終わればひっこむのが役者だ。分るか、お嬢ちゃん? 」
 覚悟を決め、一つ大きく深呼吸をおこなう。
「ええ……」
「そろそろ新しい役者の出番だ……。死にな」
 男のセリフと同時にナイフが動く。
 金属音が鳴り響き――男のナイフが弾かれた。
 その隙に転げるように前に飛び込んで腕をくぐりぬける。
 そして反転、後ろに跳び退きながら銃を構えた。
「残念、退場するのはあんただよ! 」
 引き金に指がかかる。
 合わせた照準の向こうで、黒い機体が突き出した左手がまっすぐ急速に伸びてくるのが見えた。
「えっ? 」
 コックピットを大きな衝撃が襲い、背後の木々をなぎ倒しながら弾き飛ばされたベルゲルミルは、大地に爪痕を残して倒れた。


「テニア! テニア! 返事をしろ!! 」
 声を荒げ呼びかけるが返答はなかった。

 これはおいらのミスだ。
 上空にカティアの機体が姿を現したとき、おいらはそれに気を取られた。
 そして、おいらが相手しなければならないはずの機体を見失った。
 慌てて苦手なレーダーをいじくりまわし、やっと見つけたと思ったときにはすでにテニアはつかまっていた。
 ナイフをバルカンで弾き飛ばすのには成功したが、テニアは助けられなかった。
 だからこいつはおいらが倒さなきゃならねぇ相手だ。

「クク……、ようやくお仲間のご登場か」
 目の前に悠然と立ちはだかる黒いガンダムを睨みつける。
「どうした? かかってこいよ。そこに転がっているお仲間を助けたいんだろ? 」
 これは挑発だ。わかっていたが、それを受け流せるはずもなくムサシは手にしたハンマーを振るった。

 巨大な鉄の塊が唸りをあげて迫ってくる。それをわずかに踏み込んだだけでかわしたガウルンは、一気にムサシに肉薄すると投げ飛ばした。
「おいおい。まさかこれで終わりじゃないだろうな? 」
 ガウルンが軽く挑発する。
 起き上ったムサシはハンマーを手放し、ビームサーベルを引き抜いた。
 再び両者の間合いが縮まり交錯する。
 袈裟斬りに振るい下した粒子の刃を腕の部分を受け止めると、ガウルンはそのまま当て身を喰らわせる。
 弾き飛ばされながらもガンダムのバルカンが火を噴き、弾薬がマスターガンダムに襲いかかる。
 それをマスターガンダムはマント型のシールドを展開させて防ぎ、そしてそのまま強引に距離を詰め、十分に縮まったところで再びマントを大きく広げた。
 ムサシの眼の端に紫に輝く腕が見え、とっさに盾を構える。
「ダアァァクネスフィンガアアァァァァ!!!」
 ズンッと思い振動が伝わり、防ぐ盾を鮮やかなオレンジ色に染めあげる。マスターガンダムの指がズブズブと盾に沈み込んでいく。
 その盾が完全に融解し盾ではなくなるその寸前、ムサシは盾とサーベルを捨てた。そして空いた両腕はそのまま伸び、
「へへ、捕まえたぜ」
マスターガンダムの両肩を捕まえた。ムサシの口がにやりと笑う。
 マスターガンダムが大きく揺れ、ガンダムを中心に大きな円を描く。それは徐々に遠心力で加速をつけていき、小さな竜巻をその場に巻き起こした。
「大!雪!山!おろしいいぃぃぃっ!!」
 錐揉み状態で上空に巻き上げられ、マスターガンダムの装甲が悲鳴を上げる。強烈なGにガウルンの意識がブラックアウトしかかる。
その意識の隅で真っ直ぐに迫ってくるハンマーを見た。
(ハッ! いい攻撃だ……だが! )

 ムサシは目を疑った。
 大雪山おろしで上空に投げ飛ばし、錐揉み状態にあった黒いガンダム。それにハンマーを投げつけたのだ。普通ならば回避はおろか防御すらできないはずだった。
 だが、今目の前のハンマーにはヒビが走り、そして崩れた。紫の布状のものが伸びてくる。
 直後、重い衝撃が奔り、機体が悲鳴をあげ、深い森林の中へ埋没した。



「思ったよりも手こずっちまったな」
 機体の各部の損傷のチェックを終えたガウルンは、わずかばかり離れた空を見上げた。そこではまだ激戦が繰り広げられている。
「おうおう、派手にやってるねぇ」
 にいっと笑みが零れおちる。
 最初からベルゲルミルにもガンダムにも興味は薄かった。彼が今回最も興味を抱いた相手はJアークだった。
 航空力学を頭から否定したフォルムで中に浮かぶ戦艦――彼の住む世界では常識はずれのその存在に興味を持たずして、いったい何に興味を持つというのだろう。
 ひときわ大きい爆発が起こるのが見えた。
「まだ間に合うな。そいじゃ、ちょっと混ぜてもらいに行ってきますか……」
 どこかそこらに散歩にでも行くような、そんなかんじで再び男は戦場に身を投じた。



 なんて……、なんてざまだ……。
 なにがテニアと統夜を会わせてみせる……だ。
 なにがこの娘を死なせるわけにはいかない……だ。

「おいらはテニアを守ることも……敵を倒すこともできないじゃないか……」

 ガウルンが飛び去ったあと、ムサシは倒れたベルゲルミルの横で立ち尽くしていた。
 視線の先には降り注ぐ弾薬の雨と一人奮戦を続けるJアークの姿があった。

 何故だ!
 何故こんなにも この機体は脆い!
 何故こんなにも この機体はとろい!
 何故こんなにも おいらは弱い!

 情けなかった。ただ自分が情けなかった。
 この機体がもっと頑丈なら、銃弾の降り注ぐあの中にも飛び込んでいけた。
 おいらがもっと射撃がうまければ、ここからでも援護することができた。
 リョウや隼人ならきっとこんなことはなかったはずだ。
 テニアを統夜に会わせるまで守るって決めたのに、現実の自分は無力だった。

「クソォッ!!!!!!」

 拳を固く握りしめ振り上げる。
 しかし、その拳を振りおろす先は存在しなかった。



 数本、いや数十本の閃光が地と空ただ二つの機体に殺到する。
 それを巧みにかわしながらジリジリと距離を詰めていたガウルンは、しかし徐々に疎から密になっていく閃光の群れに阻まれ、一旦接近をあきらめた。
 地上に着地するや否や大地を蹴ってその場を飛び退く。爆音が響き、地面が抉られる。
 それを小火器が追いやり、ミサイルが追尾し、爆雷が吹き飛ばす。
 それを身をひねってかわし、遮蔽物を利用して火線を防ぎ、飛び退く。
「おいおい。周囲の地形が軽く変わるほど撃ち込んどいてまだ撃ちたりねぇのか」
 一向にやむ気配のない銃声、集中豪雨のように降り注ぐ弾丸、圧倒的な火力を前に思わず愚痴がこぼれた。
 距離を置いているときはまだいい。いくらかの余裕をもってかわすことができた。
 しかし、距離を詰めるに従って火線は密になり、回避スペースを奪う。そこを抜ければあいての射角は極端に制限される懐に、入り込めるはずだった。
 だが、先ほどから一定ラインを超えらない。全ての火器が完全に統制され、接近を阻んでいた。
(一人で攻城戦を仕掛けているようなものだな……いや、二人か……)
 ちらりと空に目をやる。眼の端で、弾幕に遮られあえなく距離をとる姿が見えた。
(空も似たような状態か……)
 いずれにせよマスターガンダムでは接近しなければ埒があかない。
 紫に輝く光跡を残しながらガウルンは再び突撃を仕掛けた。

「キラ! このままではじり貧だぞ」
「わかってる」
 二機の回避力はすさまじく弾薬は徐々に減っていっている。
 かといって温存は不可能。この巨大な艦体を守るためにも、ムサシとテニアを守るために敵を引きつけておくためにも、どうしても相応の弾幕は必要であった。
 さらに付け加えるなら、キラのパイロットとしての特性が、戦艦という機体と一致していなかったことも一役買っているのかもしれない。
 ともかく、二機を沈黙させねば撤退も難しい状況である。
(どっちからだ?)
 思考を練る。
 Jアークの退避を優先するならば空だ。地上の黒いガンダムの空戦能力はJアークに比べれば極端に低い。ならば戦闘機をどうにかすれば撤退は容易になる。
 だが、仲間の安全を優先するならば地上だった。広い森林地帯に紛れこみ身を隠せば、空からの発見は容易ではない。黒いガンダムをおとせばひとまず味方の安全は得られるであろう。
「トモロ、艦下部の火器を一割温存させて」
「それでは突破されてしまうが…… 」
「いいんだ。温存した火器の発射のタイミングは僕がとる。
 トモロは空中の機体の牽制を続けて」
「わかった」
 続けて必要な指示をすべて飛ばしたあとモニターに向きなおる。
 このあと黒いガンダムに起こるであろう隙、それを逃すわけにはいかなかった。

 黒い機体が緻密に動き、巨大な戦艦との距離を詰めていく。
 周囲に溢れる光の帯を装甲の表面をかすらせる程度でかわしていく。
 その動きは一切の無駄がなく、滑らかで、一つの芸術品ともとれるほど巧みだった。
 やがて最後の弾幕をかわしたガウルンの視界は、大きく拓けた。
「ひゃぁぁぁっはぁぁぁ!ダァァアクネス!」
 口の端がつりあがり下卑た笑みが知らずと零れおちる。
 後はがら空きの横腹に穴を開けて内部から破壊するだけだった。
 紫に発光した右手を携え、急速に速力をあげたガウルンはJアークに突撃し――
「フィン」
 ――何か見えない壁に機体がぶつかり、弾かれた。

「トモロ、今だ! 」
 キラは待っていた。弾幕を抜けたガンダムがジェネレイティングアーマーにぶつかり、機体そのものが弾かれる瞬間を。
 合図と同時に温存していた火器が一斉に火を噴く。

「クソッ!今のは何だ? 」
 不意に何かに衝突し、体勢を崩した。
(あ~あ、せっかくここまで苦労して詰めた距離がパアだ……)
弾かれた機体が下降に転じ、ゆっくりと艦体が遠のいていく。そのとき、視界が唸りをあげて飛来する無数の火器群を捉えた。
(なるほど。喰えねぇ奴だ)
 何が可笑しいのか笑いが込み上げてくる。
(だが、この程度ならかわせるなぁ)
 飛来する火器群が殺到するまでにかかる時間的ロス、ほんの数秒にも満たない時間だったが、ガウルンにとってそれは十分な時間であった。
 慌てず、冷静に機体を立て直そうとしたその瞬間、装甲が悲鳴をあげ、機体が軋んだ。
 その突然の爆発に困惑する。眼に映る火器群が起こしたものではなかった。
 それはESミサイル――発射されると空間を超越して目標の至近に出現する空間転移型のミサイルが起こしたものであった。
 だが、ジェネレイティングアーマーもESミサイルも彼のいた世界には存在しなければ、それに対する知識も当然持ち合わせていない。
 ゆえに、何が起こったのか想像に難しく、予測がつかない事態でもあった。
 「ハハハ! やるじゃぁないか…… 」
 機体を立て直す時間はすでになくなっていた。

 無数の弾薬が体勢を崩したガンダムを飲み込むのを確認して、キラは次の指示を飛ばした。
「ジェイクオース、射出! 」


 依然として弱まることを知らない弾幕をかわしながら、アキトは敵艦の下方で爆発がおこるのを確認した。
「……落とされたのか? 」
 しかし、それに気を取られたのも一瞬、すぐに敵艦の異常に気づく。
 艦首から巨大な錨のような物体が撃ち出される。それは見る間に炎を纏っていき、さながら火の鳥のごとき形状へと変化してアキトに襲いかかった。
「艦載機か? ……なっ! 早い!! 」
 変幻自在な軌道を描きなら迫る火の鳥をバレルロールでかわすと、即座にスプリットS(縦方向にUターンするマニューバ)で背後をとる。
 Jアークからの弾幕がかすって右翼がわずかに火花を散らした。
「……消えろ」
 ガトリングガンポッドの射線がジェイクオースを捉え、撒き散らされた弾丸が迫る。
 だが次の瞬間、取り巻く炎に弾かれた。
「チッ! 」
 舌打ち一つする間に相手は再びこちらに機体をぶつけようと、不規則にその動きを変えてくる。
 対して、常に相手の背後をキープしようと、アキトも歪な航跡を残しながら空を舞う。
 上、下、前、後、左、右、二機の位置が目まぐるしく入れ替わる。残された航跡が幾度も交わる。
 旋回時の強烈なGに引っ張られ、皮が肉から剥がれてしまうような錯覚をアキトは覚えた。
 後ろをとり、射線を確保する。引き金に指かけた瞬間、敵機が強引に軌道を変えた。

 7時上方70°……来るか!

 上方から敵機がねじり込むように航路に侵入してくる。
 二機の間は急速に縮まり、炎が近づく。
 その炎の濃淡がはっきりと見て取れ、機体が受ける熱に悲鳴を挙げ始めたとき、アキトは機体の状態を切り替えた。
 機体の各部が動き、ファイターから手足のないバトロイドに姿を変える。一気に増した空気抵抗によって速力は削がれ、急速に二者の間隔が広がっていく。
 体当たりを主武装とする高起動型ブラックサレナ――それを愛機とするアキトにとって、不規則に変化する軌道は読めなくとも、衝突の瞬間を読むことは可能だった。
 視界に無防備な火の鳥がうつる。その隙を逃さずに打ち放たれるビームガン。それが次々とジェイクオースに着弾する。
 ……5、6、7、8発目が炎の壁に穴を穿ち、その後続が炎の下の本体にダメージを与える。火の鳥が大きくぶれ、よろめきながら艦首に戻って行った。
 そして、再開されるのは牽制の弾幕。息のつく暇もない。

 ……徐々に威力が落ちてきていた?

 細かいことはわからないが、あの兵器は蓄えたエネルギーを放出しながら進む類のものらしい。そして、取り巻く炎は時間の経過とともにその力を低下させる。
 低下した結果、最初は抜けなかったあの炎を抜くことができた。そういうことだろう。
 だが一度本体に戻った以上、またエネルギーを補充して出てくる。そう見るのが妥当だった。
 その速力を考えると、離脱すら困難な状況に置かれたと思えなくもなかった。
「よう、生きてるかい? 戦況は芳しくないようだな 」
 通信が一つ入る。地上で戦っていたあの黒い機体からだった。
「まだ生きていたのか……」
「御挨拶だねぇ。危なかったが、まっ、見ての通りだ」
「……用がないならきるぞ」
「おいおい、話はここからだ。俺はもう一度仕掛ける。しばらく注意を惹きつけておいてくれねぇか?」
 奇妙な違和感を覚えた。敵はすでにこの黒い機体を撃墜したと思い込んでいる。わざわざ通信を繋いで伝える必要はないのだ。
「それだけか? 」
「もうひとつ。俺が落とされたら、『愛してるぜ、カシム』って伝えてくれ」
「……なんだ、それは? 」
「なんだって……遺言さぁ。お前にはないのか? 一つ二つ言い残しておくことがよぉ。
言ってみな。お前が落とされた場合、俺が伝えてやるよ」
 取り残されるユリカの姿が頭をよぎり、心臓が高鳴る。
 しばしの沈黙の後、アキトの重い口は開いた。
「ミスマル・ユリカという女がこの先に……D-7にいると思う。彼女を……守ってやってくれないか……」
 言ったあとで、言いようのない不安がアキトを支配する。
「ユリカ……ユリカちゃんか……クク」
 通信機の向こうで相手がにやりと笑った気がした。
「知っているのか? 」
 何か取り返しのつかないことを言ってしまった、そういう予感が頭をよぎる。
「ああ、知ってる。死んだよ……彼女。俺が殺した……」
 肌がふつふつと泡立つ。
「なん……だと……」
 全身の毛が怖気立つ。
「一人、見捨てられた彼女を追い詰め、弄り殺してやった。かわいそうになぁ……」
 血液が逆流する。
「最後には二目と見れない顔になってしまって。あ~あ、かわいそう、ユリカちゃん」

 嘘だ……。

 頭が言葉を否定する。
「彼女の最後の言葉を教えてやろうか?『ごめんなさい』だとよ。健気だねぇ。
これは誰に向けた言葉なのかな?クク……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
 さして見えぬ目の瞳孔がいっぱいに広がる。もはや巨大な戦艦は、アキトの視界には入らない。機体のシステムに支えられた視界は、地表の黒い機体だけを映していた。

 生かしておけない。

 そう思った。
 噛みしめた歯ギリッと音を立てる。

「憎いか? 俺が憎いか? そうだ俺を憎め! さあ! さあ!! さあ!!! 」

 こいつだけは生かしておけない。

 そう思った。
 
 そう――
 ――例え何を犠牲にしようとも――

「きさまあああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!! 」

 絶叫と共に引き金を引き絞られた。

 放たれたのは最悪の兵器――反応弾だった。

 放たれた反応弾が、ガウルンにかわされ地表に着弾するまでのほんの数秒、その数秒の間に――

 ――アキトは一縷の望みを託してリミッターを解除して飛び去り――

 ――キラはJアークをムサシ・テニアの盾にするように叫び――

 ――トモロはジェイダーをオミットした後、その指示に従った――

 そして、全ては光に飲み込まれる。全員の耳に響いたのは、ガウルンの満足気な笑い声だった。



 パッと灯った光が急速に大きくなり、闇夜に太陽を出現させた。
 あれは何か――と考える暇もなく木々が一斉に燃え、炎が走るのが見えた。炎一色に染まった視界の隅に、倒れているベルゲルミルがうつる。
 とっさにムサシがテニアを抱え込むようにして盾になったのと、全てのものを打ち砕く衝撃波が二人を飲み込んだのは、同時の出来事だった。
 


【キラ・ヤマト 搭乗機体:ジェイダー(勇者王ガオガイガー)
パイロット状態:気絶
機体状態:機体全体に中程度の損傷(補給修復開始)
現在位置:C-6
第一行動方針:ジョナサンを待つ
第二行動方針:テニアがもしもゲームに乗っていた場合、彼女への処遇
第三行動方針:このゲームに乗っていない人たちを集める
最終行動方針:ノイ=レジセイアの撃破、そして脱出
備考:Jアークは補給ポイントでの補給不可、毎時当たり若干回復】


&color(red){【テンカワ・アキト 登場機体:YF-21(マクロスプラス)}
&color(red){パイロット状態:死亡}
&color(red){機体状態:消滅】}


&color(red){【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)}
&color(red){パイロット状況:死亡}
&color(red){機体状況:消滅 】}



 RX78-2ガンダムの瓦礫の中、ムサシが目を覚ます。
 まどろみの中、テニアの声を聞いた気がした。
 ぼやけた頭で考える、自分はテニアを守れたのか――と。
 眼はもう見えなかった。だが、周囲で誰かが身じろぐ気配を感じた。
「テ……ニア?」
 名前を呼んでみる。予想以上に口を動かすのが辛かった。
 返事の代わりに抱きかかえられる。
 あったかくて、柔らかかった。
「無……だった……だ」
「あんた、馬鹿だよ……」
 テニアの声が降ってくる。
「あたしなんか……かばってさ」
 表情はもう見えない。声色もよくわからない。
 それでもムサシにはテニアが無事だとわかった、それだけで充分だった。
 心意気ばかり大きくて無力だった。誰の力にもなれなかった。
 それでもテニアを守ることができた。
 この世界でただ一つ自分がなしえたことだった。
 胸のあたりが熱くなる。体の感覚は徐々になくなっていったがそこだけはいつまでも熱かった。

 み……ろよ……………お……い…らだっ………て役……………に………………………



 瓦礫の中、赤毛の少女が一人の男を抱いてた。その少女が握っている破片は男の胸に深々と突き刺さっている。
「あ~あ、一からやりなおしか……」
 少女は男の反応がなくなると破片を引き抜き、そこらに投げ捨てながら呟く。
「あんたは役に立ったから、首を落とすのだけは勘弁してあげるね」
 一度、背後を振り返るとムサシの死骸に向かって微笑む。そして、汚れを気にしつつ少女は歩きだした。
「うわぁ、ベトベト。市街地まで行けばお湯くらいでるかな……シャワー、浴びたい」
 

【フェステニア・ミューズ 搭乗機体:ベルゲルミル(ウルズ機)(バンプレストオリジナル)
パイロット状況:非常に不安定
機体状況:全体に中程度の損傷(修復中)
マニピュレーターに血が微かについている・ガンポッドを装備
現在位置:C-6
第一行動方針:ムサシの代わりを探して騙す
第二行動方針:シャワー浴びたい
第三行動方針:参加者の殺害
最終行動方針:優勝
備考1:首輪を所持】


&color(red){【巴武蔵 搭乗機体:RX-78ガンダム(機動戦士ガンダム)}
&color(red){パイロット状態:死亡}
&color(red){機体状況:粉々】}

&color(red){【残り39人】}

【初日 21:00】


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|本編106話|[[大いなる誤解]]|
|本編111話|[[とある竜の恋の歌]]|

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