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ネクスト・バトルロワイアル(2) - (2009/11/25 (水) 01:16:28) のソース

頭部消失。五連チェーンガンを装備した左腕も切断されもはやなく、左肩のクレイモアも誘爆の可能性あり。
むき出しになったクレイモアをサブモニターで確認し、よくもさっきの衝撃で誘爆しなかったものだとアキトは息を吐いた。
機体のチェックを終えてまだ動くことを確認したアキトは、自分の現在地を確認する。
もっとも、確認とは言いつつもカメラから分かることは、自分は白い人口惑星の表面に飛ばされたということだけだが。

それ以外で目に入るのは、始めて見る大型機の残骸のみ。
アルトアイゼン・リーゼの調子を再度確認し、損傷が少なすぎることに違和感を覚えた。
アキトの世界では、人が搭乗するタイプのロボットは例外なくディストーション・フィールドが装備されていた。
だから、ボソン・ジャンプをしてもなんともない。しかし、アルトアイゼン・リーゼは違う。
特別空間を仕切るようなバリアを持っていないのに、その損傷がないのだ。
元々あのアルフィミィの場所に飛ばされたときにもこの機体はそこまでボソン・ジャンプでダメージを受けなかった。
元々頑丈で、壊れにくいのだろう。だが、それは機体の話だ。生身の自分まで平気な理由にはならない。

「もしかしたら……何かが宿っているのか」

姿や機体特性を見れば、これはあの蒼い孤狼が乗っていたマシンの発展系であることは理解できる。
そして内部のAIなどから、自分や、キョウスケが乗ったアルトアイゼンと同一のものであることも。
ということは、あの蒼い孤狼の化け物マシンが再びこれに戻ったということか。

不思議な力が宿ったとして、変な話じゃない。
もしも、自分が殺したキョウスケの機体が自分を何かしらの力で守っているとしたら、とんだ皮肉だ。

「あのネゴシエイターは……」

周囲を確認するが、凰牙の姿は見えない。そのことに、アキトは眉を寄せた。
アキトはボソン・ジャンプを敢行した。その結果、ここに飛ばされて来た。
アキトは、アルトアイゼン・リーゼの手を開く。そこには、蒼い宝石が握られている。
C.C(チューリップ・クリスタル)は、殴り合いの中どこかは知らないが凰牙の体から落ちたものを拾い上げ使わせてもらった。
ここまではいい。だが、そこから問題が一つある。
いるはずの、凰牙がいないのだ。空間転移の歪みに押しつぶされようと、残骸程度は転移しているはず。
A級ジャンパーである自分が結果として共に転移している。凰牙はあの様子ではまだC.Cを残していたと思う。
五体満足でここに現れても不思議ではない。一体どこに消えたのか。

「まさか……過去か、未来か?」

ボソン・ジャンプは厳密には空間移動ではない。時間移動なのだ。
空間を粒子化した状態で移動し、その後時間移動で移動にかかった時間だけ巻き戻す。
だが、もしこの時間の巻き戻しに何かあれば当然、今とは違う時間に飛んでしまう。
アキトは、赤い古鉄の右手に握り込んでいたC.Cをコクピットへ移す。あまり、量はない。
何度も使っていればすぐになくなってしまう量だろう。
かつて、家族がこれを――C.Cを遺してくれたおかげで、アキトは生き残ることができた。
アキトは、モニターを回し、白い星への突入口を探す。その時、とくに意識せず上方も確認していた。
別に上から何か来るとは思えないが、できる限り全方位確認しようとすることは不思議でもなんでもない。
そして、気付く。

「あれは――!?」

アキトが赤い古鉄に乗り込んだときは、木星に似た渦模様と赤銅色をしていた星は、まったく別の姿をしていた。
白く、輝く光を放ち、明滅し、光のためかその輪郭が大きくなったり小さくなったりしているように見える。
いや、違う。見える、のではない。実際に大きさが変化している。茫然とそれを見上げていたアキトは、さらに気付いた。
それが、少しずつ拡大していることに。あの輝く星のようなものは、この世界を飲み込もうとしている。

大収縮ののち、拡大に世界は転じたのだ。

アキトの、自分でない誰かの部分がささやいた。アキトは、それを振り払うため小さく頭を振る。
だが、世界の拡大そのものを防げるわけではない。もうすぐ、あれは全てを飲み込む。
そして、全てを終わらせる。

世界に対して、テンカワ・アキトという一人の個人はあまりに無力だった。
全てを終わらせる力への絶望が、アキトの足を止めた。




■



C.C(チューリップ・クリスタル)は、時間移動への切符。時の旅人への通行証。
だが、もしも時間が正しくない世界でそれを使えばどうなるだろうか。
例えば――時間軸をゆがめて作った世界のそばでそれを使えば。平行世界、別の世界の時間軸を含むそんな場所で使えば。
もしかしたら、どんな世界でもない、どんな時間でもない、そんな場所にたどりつくのかもしれない。



■



ロジャー・スミスが目を覚まして最初に見たものは、金色の穂先と青い空だった。
自分が地面に大の字に倒れていると気付いたのは、意識が覚醒して一瞬後のこと。
身を起こそうと地面に手をつけば、そこにあるのは倒れた穂先。ロジャーは麦畑のど真ん中に倒れていたのだ。

「ここは……」

身を起こしたロジャーは、襟元を正しながら、来ている黒いスーツについたモミや草を落とす。
そこで、ふと違和感を覚える。少し考えて、ロジャーも違和感の原因を見つけた。
先程まであった、体の痛みが消えているのだ。
肋骨が折れ、体をひねるたびに起こっていた痛みが、体を起こすときになかった。
いや、それだけではない。
リリーナ嬢を抱きかかえた際や、ガウルンに奇襲を受け地面を転がった時についた、スーツの土や血といった汚れがまるきり消えてしまっているのだ。
未だ理解しがたい現状に混乱しながらも、ゆっくりと首を左右に動かし、周囲を眺めてみる。
そこにあったのは、農夫と、トラクターと――空の向こうに広がる、黒い鉄枠。
他でもない、見慣れたパラダイムシティを覆う半円状のドームの天蓋がそこにあった。
パラダイムシティであるとするならば、ロジャーにも自分がいる場所に心当たりがある。
大規模農作用ドーム、『アイルズベリー』。何度かロジャーも依頼がらみで足を運んだことがあるので覚えている。
麦畑をかき分け、土でできた道路にロジャーは立ち、自分の体を眺めた。
あの殺し合いに招かれる前の、依然と変わらぬ世界で、いつもと変わらぬ姿でここにいる自分。
先程までいたはずの、あの狂った世界は何だったのか。
自分が見ていたのは冗談のようにタチの悪い悪夢でしかなかったということか。
いやそれもあり得ない。確かに、今のロジャーにあの殺し合いの世界にいたという痕跡はない。
しかし、ロジャーの記憶(メモリー)は覚えている。
あの狂った世界の、狂った法則に立ち向かう人間たちのことを。
だがそれが正しいとするならば、ロジャー・スミスはまだあの狂った世界にいるはずなのだ。
ここにいるロジャー・スミスは何なのか。
ほんのわずか前と認識している事柄と、繋がらない現状の記憶(メモリー)に悩む男は誰なのか。
ロジャーはひとまず屋敷に連絡するため、腕をまくった。
そこには、さまざまな機能が付いた時計がはめられており、機能の一つとして屋敷にいるノーマンとの連絡機能もついている。
慣れたしぐさで口元に手首を運ぶ。

「ノーマン、聞こえているか?」

しかし、返答はない。時計からは、小さくジジジ、と不協和音が流れるのみ。
ロジャーは腕時計に視線を落とし、絶句した。腕時計のカバーガラスが壊れ、時計が止まっているのだ。

壊れた時計。
それ自体はおかしくない。ものである以上壊れることはある。問題は、いつ壊れたかということだ。
今ここにいるロジャー・スミスの記憶(メモリー)を参考にする限り、腕時計が壊れた覚えはない。
ユーゼスとの会談に向かうに当たって、ロジャーはこの腕時計で時間を確認している。
それ以後、時計が破損するほどの衝撃が手首にかかったことはない。
「どうなっているんだ……」

壊れていないはずの時計は壊れ、汚れているはずの服は汚れておらず、傷ついたはずの体にはその痕跡がない。
本当に白昼夢だったというのか。もしくは、自分の中の失われた記憶(メモリー)のフラッシュバック。

あれほど、鮮明なものが、40年以上前に過ぎ去ったものだと?

暖かな日差しとは裏腹に、歪む顔を手で押さえるロジャーの背筋には冷たいものが流れ続けていた。

「おや、君は……どうしてここにいるのかね?」

突然自分に掛けられた声に、はっとなりロジャーは顔を上げる。
いつの間にか、ロジャーのすぐ前には一台のトラクターが止まっていた。
先程はなかったはずのそれは、そこにあって当然である、在らねばならないと主張するほどの存在感を何故か持っていた。
ロジャーに声をかけた、トラクターに乗る人物もまた、ロジャーが知る人物。
農夫姿で、樹齢何百とたった樹のようなしわを顔に刻んでいる、
どこを見ているか分からない、いつも虚空を見ているような眼でロジャーを見ている人物の名前は、

「あなたは……ゴードン・ローズウォーター……」

パラダイムシティをかつて納めていた人物であり、数少ない40年以上前の記憶(メモリー)を持つといわれる老人だった。
確かに、彼は隠居しアイルズベリーでトマトの栽培をしながら過ごしている。
ここがアイルズベリーとすれば、いてもまったくおかしくない人物だ。
しかし、ロジャー・スミスが保有している記憶(メモリー)が正しいという前提があってのことにすぎない。
もしかしたら、彼は全くロジャーの知らない何者かなのかもしれない。

「乗りなさい」

ゴードン・ローズウォーターがトラクターへ乗るようにロジャーに促した。
どこか夢遊病者のような足取りで、ロジャーはゴードン・ローズウォーターの隣に座る。
トラクターは、再びどこかに向けて動き出した。ゴトゴトと整備されていないでこぼこ道をトラクターが走る。
ロジャーは、未だ自分がどこに立っているのか理解できていなかった。そして、自分が今からどこに向かうのかすらも。

「どうしたのかね?」

前を見つめたまま、ロジャーを見ずにゴードン・ローズウォーターはそう呟いた。
ロジャーは、自分とゴードン・ローズウォーターしかここにはいないにも関わらず、
その呟きが自分に向けてのものであることを、咄嗟に理解できなかった。



■



星に広がる毛細血管のような通路の中、ブレンが飛ぶ。下からの轟音が少しずつ遠くなる。
地獄からの生還、そんな言葉がふと頭をよぎるが、まだ終わってないのだ。
上に登って、ロジャー達と合流し、再度突入する。
例え、どれだけ勝ち目が薄くても、それ以外に最終的に生き残るすべはない。
力が足りない。アイビスに、その事実が重くのしかかっていた。
ブレンを悪い子だとは思わない。しかし、非力さだけはどうしようもなかった。
凰牙。サイバスター。F91。キングジェイダー。ユーゼスのメディウス・ロクス。
そういった相手に比べて、あまりにも弱い。撹乱して、手傷を少しつけるのがやっと。
その結果が、これだ。誰の窮地も満足に救えない。倒れていく仲間を見ている側で、ただ生きている。
もし、自分ではなくこの場にもっと大きな力を持つ誰かがいたら、カミーユを助けられたのではないか。

アイビスはそんなネガティブになりそうな思考を頭から振って追い出そうとする。
しかし、なかなかその考えは頭から消えてくれなかった。
そんなとき、鼓膜を叩く大きなスラスターの音。
まだまだ続く黒い穴の向こう、確かに何がこちらに接近している。

「ロジャー!?」

そうであってほしい。いや、そうに違いない。ブレンは上昇を続けている。
だが、アイビスが何か指示するよりも早く、急にブレンの動きが変わり、進路を横に向けた。
その次の瞬間には、上空の機体は急加速し、ブレンの横をすり抜けていた。
明らかにそのままのコースだったら衝突している。

「いったい、誰!?」

アイビスが、急停止し今度は下からこちらを見上げている機体をモニターに写す。
そこにいたのは、ユーゼスとの戦いで途中ユーゼス側の増援として現れた蒼い騎士だった。
しかも剣を抜き、戦闘態勢を取っている。

「ちょっと待って! もうユーゼスもいないんだから話を聞いて! 
 ユーゼスと一緒にいたってことは脱出しようと思ってるんだよね!? 少しでも力がいるんだ、協力してみんなで……」
「他人なんていらない。……俺は、俺一人で全員殺す」

青い騎士が答えた。声が意外と若い。カミーユや自分とそこまで年は変わらないように思える。
だがその声色は、同い年とは思えないほどの冷たさと、暗さを秘めていた。そして、その内容も。

「……ッ! そんな! あのノイ・レジセイアを倒せば終わりなのに、なんでまだ殺しあわなきゃいけないのさ!?
 もう殺しあう必要なんてない! ロジャーや、カミーユ、キラやシャギア、それに……あのテンカワって人も!
 みんなで協力すれば、ノイ・レジセイアだって倒せる!」

だが、そんなアイビスの声を無視し、青い騎士は剣を振り上げた。

「ロジャー? テンカワ、キラ、シャギア? 
 ……みんな死んだよ。次は、お前だ。その次は、下の連中。全員、殺すんだ」

虚無を湛えて、蒼い騎士は言う。
蒼い騎士は、ゆっくりとその手に握る剣――ロジャーがガウルンから奪った大剣――をこちらに掲げる。

「そんな……ロジャーが、そんなはずがない!」

アイビスの叫びも、蒼い騎士が動きを止めることはできない。
蒼い騎士から言葉はなく、あるのはこちらを殺そうとする意志のみだった。
アイビスのブレンが震えている。ノイ・レジセイアやキョウスケと出会ったときに似た挙動に、アイビスも驚きを隠せない。
ユーゼスとの戦いのときは、そんなことはなかったはずだ。この短時間に、いったいどんな変化があったのか想像もつかなかった。
だが、分かることが一つだけある。それは、こんなところで死ぬわけにはいかないということだ。
ブレンがソードエクステンションを構える。

この場でどうにかしたからどうなる、という言葉をアイビスは飲み込んだ。どんなことも諦めない。
ロジャーが死んだという言葉も、戻って確かめるまでは信じないとアイビスは決める。
どれだけ非力だろうが、ここを突破して見せる。
幸い、位置関係は悪くない。上昇したいアイビスが、蒼い騎士より高い位置にいる。
このまま、距離を取っていけば、逃げることも可能かもしれない。
じりじりと上昇を続けるブレン。
対して、蒼い騎士の取る行動はアイビスから見ればいささかおかしなものだった。
マントの影から取り出した鞘に剣を納めると、その場で構えたのだ。

(一気に踏み込んでくる……?)

それにしても、いささか距離が遠い。この距離なら、一気に加速して切り抜けるつもりとしても回避できる。
アイビスは、相手の背中と足に意識を集中させた。ユーゼスとの戦いで、相手のスラスターの位置は把握している。
どんな加速であろうとも、まずスラスターに着火される。何の推力もなしに急加速はできないのだ。
そこに動きが見えたと同時に、上方に向かってバイタルジャンプ。そして、相手が体勢を立て直すより早く全力でここから離れる。
アイビスは、対処の方法を頭の中で組み立てる。

上昇するブレン。動かない青い騎士。
蒼い騎士には、動く気配がない。確かにやや前傾の姿勢ではあるが、一気に加速しようという姿勢ではない。
このままいけるのであればアイビスとしてもありがたい。
距離が開いていき、完全に相手の射程から逃れたとアイビスは視線を切らずにそう考えた。


次の瞬間、ブレンの右手が飛んだ。

「え……?」

アイビスは、一瞬たりとも相手から目を切っていない。相手は動いていない。スラスターを使ってない。
なのに、斬撃は確かにブレンへ届いていた。アイビスは、映し出された外の光景に、目をしばたたかせる。
一歩も動かないまま鞘から引き抜かれた剣が、細く長くブレンに伸びていた。
アイビスは、姿を変える剣という程度の認識しかなかった。たしかに斬艦刀は姿を変える。
しかし、それは液体金属による形状の変化によるもの。プログラミング次第でその姿は千差万別に変化する。
今の統夜の超射程による居合い抜きは、居合い抜きによる加速をつけつつ、抜ききった刀身を変化させることによって生み出された技。
アイビスは相手が居合い抜きをあびせるための移動を警戒していたが、それはピントがずれていたのだ。
向こうは、動く必要すらなかった。
予想もしなかった痛みに、ブレンの動きが僅かに乱れる。
落ち着かせるため、アイビスがコクピットの中へ少し視線を上げた。

ブレンが、壁に叩きつけられた。
意識を乱した一瞬をつき、蒼い騎士は加速して手をブレンに押し付けたのだ、と揺れる頭で理解する。
金属壁に、ブレンがめり込む。ブレンと相手の体格差はざっと6倍。体の中心に手をあてられると、身動きを取ることができない。
うめくアイビスとブレンに、蒼い騎士は改めて剣をかざす。
バイタルジャンプをしようにも、まだブレンがそうできる状態まで回復していない。
これでは、どこに吹き飛ばされるか分からない状況だ。それに、これだけ密着されると、相手ごと転移してしまう。
八方塞がり、打つ手なし。そんな言葉をそのまま表したような状況だった。
蒼い騎士が何も言わずに剣を絞る。

「ちょっと待って……! なんでこんなこと! そんなに殺し合いがしたいの!? 
 あのガウルンとか、ギンガナムみたいに!」

アイビスの言葉に、初めて蒼い騎士が動いた。
蒼い騎士がまるで人間のように小さく震え、剣が動きを止める。

「俺が……誰みたいだって?」

先程と同じ冷たい声。しかし、僅かに上ずっている。
抑えようとして、抑えきれない感情が漏れ出している。そんな印象をアイビスは感じた。
アイビスは、一瞬迷った。同じことを言えば、逆鱗に触れて今度こそなます切りにされるかもしない。

「俺が、誰みたいだって!?」

もう一度蒼い騎士が繰り返した。
押さえつける蒼い騎士の手に力が増し、ブレンが、さらにうめき声をあげた。
やはり、一人では何もできない。そんな悔しさが胸を突く。
こうやって押さえつけられ、満足にものをいうことすら悩み、ままならない。
こんな、理不尽な理屈を前に。こんな、理不尽な相手を前に。あまりにも無力だ。
アイビスは、聖人君子ではない。このままいけば終わりなのだ。死ぬのは怖い。
けれど、やけくそというわけではないが、このままただ黙って受けてやるのも癪だという思いが膨れ上がる。
こんな言われっぱなしで、黙っているのも違う気がする。アイビスは、息を吸うと、思い切り叫ぶように言った。

「ガウルンやギンガナムみたいって言ったんだよ! 
 そんなに戦ったり、人が殺したりするのが好きなら、一人でそんな世界に行って殺しあえばいい!
 みんなが力を合わせるのがそんなに嫌い!?」

今度こそ、蒼い騎士が動きを止める。
アイビスはその間に手を抜けだそうと少しでも動くようにブレンに指示を出す。
僅かに緩んだ指の隙間から、腕を差し入れると、そのまま体を強引に引っ張りだそうとした。
しかし、それよりも早くブレンの拘束はなくなっていた。
蒼い騎士は手を引き、刀を鞘に納めている。

「……行けよ」

ぶっきらぼうだが、蒼い騎士は上を親指で指した。もしかしたら、自分の行ったことが通じたのか。
信じられない出来事にぽかんとするアイビスに背を向け、蒼い騎士は降下を始めた。

「俺は、好きで殺してるわけじゃない。殺さないといけないから殺してるんだ。……ガウルンとは、違うんだ」
「じゃ、じゃあもしかして協力して――」

ブレンのすぐ横に、投具が突き刺さる。
ブレンを見ることなく背を向けたまま蒼い騎士が投げ放ったものだ。

「勘違いするな。最後はみんな結局殺すさ。けど、今殺す必要もない。言ったよな。全員死んだって」

その言葉に、アイビスは顔がこわばるのを感じた。
それでも、アイビスははっきりと蒼い騎士に言う。

「そんなの信じないよ。自分の目で見るまで、あたしは絶対にあきらめない」
「みんな死んだんだ。行ったところで何もない。何も起こらない。受け入れたくないことに足掻くことまで否定はしないさ。
 けどな……それでもどうしようもないことだってあるんだ。 ……諦めろよ、奇跡は起こらないから奇跡っていうんだ」

蒼い騎士から、ため息のような音が漏れた。
けれど、アイビスの答えは変わらない。

「どんな理不尽なことでも、あたしは諦めない。奇跡なんて起こらなくてもいい。それでも、やってみたい」

自分で言っておきながら、その言葉を心から信じ切れていないのをアイビスは理解していた。
どちらかと言えばそうであってほしいという願望を口に出すことによって、信じる自分を支えるようとする部分が大きい。

「そうかよ」

蒼い騎士はアイビスの言葉にそっけない返事を返すと星の中心へ下りていく。
アイビスはただ、その姿を見ていることしかできなかった。
蒼い騎士が姿を消すのを確認し、アイビスは再び飛び始める。カミーユから教えられた地点へ、まっすぐに。
体がずっしりと重い。進めと指示を出す、自分の思考が濁り、淀んでいる。
この先に、進んでいいのか。
進まなければ何にもならないとは分かっていながらも、考える自分を止められなかった。

光が見えてくる。
人工的に作られた作り物の箱庭の放つ、眩い光はもう目の前だ。
細く狭い通路を抜け、広い空間にブレンが飛び出す。そこは、間違いなくカミーユの指示した地点。

だが、そこにあるのは、戦いによってえぐれ、荒らされた地面と、よく見た機動の腕が二つ。
血だまりのように液体がまき散らされた地面に沈む一本の腕を、壊れ物を扱うようにそっと拾い上げる。
しかし、アイビスの震える意思が伝わったのか、ブレンの腕からそれはこぼれ落ちた。
アイビスは、知っている。これが、間違いなく騎士凰牙のものであることを。
そして、少し離れたところに転がるほうの腕は、キングジェイダーが搭載していた、アルトアイゼン・リーゼの腕であることを。

「ロジャー……?」

もう右から声は聞こえない。

「キラ……?」

もう左から声は聞こえない。

「シャギア……?」

もうどこからも声は聞こえない。
アイビスの声は、どこにも届かない。



――希望はすでに砕け散っていた。



■



そこは、星の中心から一層だけ上のエリア。
どこまでも広大でがらんどうな空間に、二機の機体が動き回る。

「……ぐ、ぅう……」

カミーユは荒い息をどうにか抑えようとするが、動悸は全く治まらない。
どうにか地面に設置された緑色のエネルギープールに陣取ることによって、サイバスターのエネルギーは回復している。
しかし、それはあくまで機体の燃料を補充するだけであって、カミーユ自身の魂の燃料を補充するものではない。
迷路のように設置された隔壁の影から、ブーメランのように弧を書く軌跡でデュミナスの爪が姿を現した。
それを、サイバスターはディスカッターで切り払う。

「そこですか?」

殺気を感じ、慌ててエネルギープールからサイバスターを飛行させる。
一拍置いて、エネルギープールが瞬時に沸騰し、緑色の水竜巻を空高くまで起こした。
空から緑の雨が降り注ぐ中、隔壁の向こうからメディウス・ロクスが姿を現す。

「逃げようとしても無駄です。今のあなたが私を振り切ることはできない」
「……いけっ!」

カミーユはメディウス・ロクスの言葉を無視し、カロリックミサイルを撃ち放った。
二発のミサイルは、正確にメディウス・ロクスに飛来し、確かに接触、爆発する。
いや、接触したのはメディウス・ロクスの発生されたスフィア・バリアだった。
カロリックミサイルは、バリアの表面で爆発するが、爆風はすべてバリアでそらされていた。

「何度でも言います。無駄です。機体をこちらに譲渡してください」

カミーユは拳を震わせた。
さきほどから、メディウス・ロクスはあまり積極的に攻撃を仕掛けてはこない。
つかず離れず、時々攻撃を仕掛けてくるだけだ。
理由は単純だ。奴の狙いはサイバスターにあるラプラス・コンピュータ。
サイバスターの撃破ではなく鹵獲を目的としている。サイバスターを破壊しては入手できないのだ。
だが、もしも相手が鹵獲という手段を放棄していたのなら、サイバスターが今どうなっていたかは想像に難くない。

「もしあなたが機体を譲渡するというのなら、あなたの命は保証します。ですから……」
「断るっ!」

サイバスターが再び逃走する。しかし、メディウス・ロクスも正確に距離を取りつつ追いすがる。

「仕方ありません。私が完全になるためには、サイバスターが必要です」

メディウス・ロクスの胸の部分から、一条の光線が放たれた。
サイバスターとはまるで見当違いの場所へ。サイバスターを光線は追い抜き、サイバスターの進路上の天上へ着弾した。
行方を阻むように崩れた大量の瓦礫が落下してくる。カミーユは、汗でぬめる操縦球を握り、意識を送る。
紙一重で瓦礫の隙間を抜けるサイバスター。
それに対してメディウス・ロクスはスフィア・バリアにより瓦礫を弾き飛ばしながらまっすぐに向かってくる。
たちまちのうちに両者の距離は詰まり、振り上げたメディウス・ロクスの爪が、サイバスターを狙う。
カミーユはやはりディスカッターでそれを受け止めるが、それにより動きを止めてしまった。
サイバスターを数mはあろうかという飛礫が叩く。

「ぐ、が、ああ!?」

機体の表面を致命傷にならない程度に質量物で叩く。
なるほど、相手の機動力を奪いつつ、内部に大きなダメージを与えないために適した方法だ。
Ζガンダムの設計なども行ったカミーユだからそう理解できる。
だからこそ、次に続く思考も。結局のところ、相手はこちらを敵とすら認識していない。
捕まえるところまでは確実。負けることなど、傲慢や思い上がりではなく、冷静な判断で思考に入れていない。
地面にたたき落とされたサイバスターのすぐそばに、メディウス・ロクスが音もなく着地した。
いまや、大いなる風の魔装機神も、羽をもがれ地面を這うだけだ。
メディウス・ロクスがサイバスターを踏みつけた。コクピットを中心に、銀色の装甲に亀裂が入っていく。

「何度も言ったはずです。機体を明け渡せば、命は奪わないと。何故あなたは私を拒絶するのですか?」
「お前らに……やれるものなんて……何一つないっ!」

踏まれた状態で、強引にサイバスターが体を起こす。
足が逆に装甲に食い込み、亀裂だけにとどまらず装甲が脱落した。だが、動きは止まらない。
そこから起き上がるとはメディウス・ロクスも思っていなかったのだろう、バランスを崩したメディウス・ロクスは派手に転倒する。
そこに、ディスカッターで本来コクピットがある場所を正確に貫いた。

「無駄です。今の私に、あのお方はいない。私は私の意思で活動している。あのお方を殺すことはできない」

メディウス・ロクスがサイバスターの腕をつかみ、力を込める。
サイバスターが手をディスカッターから離すと、強引にメディウス・ロクスはサイバスターを地面に叩きつけた。
銀色の破片が、暗い基地に設置されたわずかな照明の光を反射し、きらきらと瞬いた。

「あのお方……ユーゼスなのか!?」
「その通りです。偉大な私の創造主。ただの機動兵器でしかなかった私を導いてくださったお方。
 あのお方は、私に完全であれと望んだ。そして、私は不完全であるとも。故に、私は完全にならなければいけない」

突然、メディウス・ロクスが饒舌になった。
最低限の言葉しか発していないメディウス・ロクス――いやAI1が、ユーゼスに関してだけは違ったのだ。

「それで……そのために戻ってきたのかよ! 人の命を踏みつけにしてそうなっておいて!」
「あのお方は言った。世界は選ばれたもののためにあると。あのお方は選ばれたものだった。
 あのお方の願いは成就されなくてはならない。命に価値があるとするなら、上位者への献上物としてのみ存在する」
「そんな勝手な理屈を!」

全身から装甲を脱落させながら、サイバスターカロリックミサイルを放つが、
やはりいとも簡単にメディウス・ロクスは受け止めた。しかし、カミーユが攻撃を止めることはない。

「あなたのサイバスターを手に入れろとあのお方は言っていた。あのお方の願い、聞き入れてもらえないのですか?
 私ならあなたよりもラプラス・コンピュータの力を活用できる。その力は、より正しく使えるもののためにあります」
「言ったはずだ! お前らにやれるものなんて何一つないっ! このマシンは、そんなコンピュータのおまけじゃないんだよ!」

カミーユは、まだラプラス・コンピュータの全貌など知らない。
もしかしたら、それさえ発動させればこの状況をひっくりかえせるかもしれない。
けれど、使う方法がわからない。それでも、この機体ならどうにかできると信じてくれたのだ。
この機体を使い、自分ならあのノイ・レジセイアを撃ち貫けると信じてくれたのだ。

「うあああああああああぁぁぁぁぁあああッッ!!」

目にもとまらぬ速度で腰部にジョイントされた武器をサイバスターが引き抜いた。
ブンドルが託したサイバスターが、中尉が託したオクスタンライフルを構える。
長い砲身が、ほぼ接触状態でメディウス・ロクスに向けられる。
撃ち貫く、というカミーユの意思を受け、サイバスターが引き金を引く。
不意を突かれる形となったメディウス・ロクス。さしものスフィア・バリアもゼロ距離では意味を持たない。

「胸部に損傷……指数34。再生の範囲内です」

それだけで、これほどの力を持つ特機を沈めるには至らない。確かにダメージは入ったが、撃墜までは程遠い。
撃った反動で、サイバスターの手からオクスタンライフルが飛び出し、後方に投げ出された。
カミーユは振り返らない。そのまま、サイバスターで直接メディウス・ロクスにぶつかっていく。
これだけの質量差がある状態で体当たりという攻撃を選択するのは、一見下策に見えるかもしれない。
メディウス・ロクスは反射的に爪を振り上げようとしたが、その動作を中断した。
何故動きを止めたのかカミーユは分かっている。あのまま払うように攻撃をしてしまえば、今のサイバスターでは砕け散ってしまうかもしれない。
メディウス・ロクスはサイバスターを撃破できない。本体であるAI1が、至上の存在と崇めるユーゼスがかけた呪いだ。
カミーユはその間にメディウス・ロクスの胸に飛び込むと、刺さっていたディスカッターを再び掴んだ。
サイバスターの全重量を一気に剣にかける。かける、と言っても何をしているわけではない。
くずおれるサイバスターに剣を握らせているだけだ。だが、それによってディスカッターは縦にメディウス・ロクスの装甲を切り裂いた。

「指数79に増大。ですが戦闘続行は可能ですね」

先程のようにサイバスターを上から抑え込もうと放たれるメディウス・ロクスの剛腕。しかしカミーユは着地と同時に後方に飛んでいる。
大空を飛ぶはずのサイバスターが、地面で跳ねるしかない。それでもカミーユは止まるわけにはいかない。
跳びすさった場所にあるのは、後ろに飛ばされたオクスタンライフル。地面を転がりながらもしゃにむにそれを掴むと、再び敵へと照準を合わせた。
選択するのは、Bモード。体全体でライフルを抑え、撃鉄を引く。一発。二発。三発と繰り出される実体弾。
その反動が、サイバスターを揺らす。
撃ち出された砲弾は、メディウス・ロクスが発生させたスフィア・バリアにあっさりと阻まれる。
その時、オクスタンライフルが地に落ちた。
サイバスターのマニピュレータが限界を迎え、片手が物を掴むという機能をついに失う。だらりと腕が垂れ下がった。
サイバスターが、弱弱しくスラスターを吹かし、5mばかり距離を取った。
メディウス・ロクスはバリア表面で起こった爆煙を裂き、サイバスターに肉迫する。
再び振り落される大振りな爪をサイバスターは回避する。しかし、かわしたはずの爪が、サイバスターを叩いた。
それが、腕を振り落すと同時に放たれた肘の爪であることを、カミーユは受けてから理解した。

「今のあなたがこれほど戦えるとは予想外でした。それを予測できない私はやはり不完全であるということでしょう」

かけられる言葉。しかし、カミーユは沈黙という答えを返す。

「ラプラス・コンピュータは私に組み込まれ、あのお方が使ってこそ意味があります。
 あなたがサイバスターを操縦する必要性はないのです。使うのは、あのお方と私でなければならない」

相変わらず、ユーゼスを称賛する時だけ饒舌になるメディウス・ロクス。
こちらに機体を渡すように勧告しているのか、ユーゼスの偉大さを他者に知らしめようとしているのかまるで分からない。
煩わしいメディウス・ロクスの声を無視し、カミーユは歯を食いしばり、無言で集中する。

「気絶しましたか? それなら都合がいい。あなたの命を今からもらいます。
 全ての命も、全ての力も、全ての知識も、全能の調停者たるあのお方のためにあるのですから」

そう言うと、メディウス・ロクスはサイバスターに歩み寄る。
正確にこちらのコクピットだけを潰すつもりだろうとカミーユは当たりをつけた。
動き回る相手ならともかく、停止したこちらをそうやってしとめるのは難しくない。
メディウス・ロクスの爪が、ゆっくりと振り上げられた。一部のずれもないように、正確に叩きつぶすための速度だ。
その爪が、サイバスターに振り落され―――



                       ――――――ない。


メディウス・ロクスの背面スラスターが巨大な火を噴いた。それによって盛大にメディウス・ロクスは前方へ吹き飛ぶ。
押しつぶされぬようカミーユは、ちぎれそうな意識をかき集め、サイバスターを迫る影から抜け出させる。
心の中、小さくカミーユはアムロに謝罪した。こんな謝罪は意味がないと分かっていても、心からカミーユはそうしたいと思った。

「う、あああアああ………いっタい、なニガ……」

メディウス・ロクスの電子音声が乱れる。それほど内部に対しても深刻なダメージということだろう。
何が起こったのかも把握してないことは見て取れる。
メディウス・ロクスは、爆風のため見落としていたのだ。脱落したサイバスターの銀色の装甲の中に、白いものが混じっていたことを。
それは――カミーユが創造した三機のハイ・ファミリア、その残った一体。
今のカミーユの精神状態では、自在にハイ・ファミリアを操ることは不可能だ。
ただ漫然と射出して使おうものなら、動きの鈍ったそれはすぐに落とされるだろう。
だから、カミーユは待ったのだ。ハイ・ファミリアをメディウス・ロクスに気付かれず、致命的な一撃を与えるチャンスを。
ハイ・ファミリアの混じった残骸を踏み越え、攻撃に気を回した隙をつき、カミーユは自身を投影した分身をメディウス・ロクスのスラスターに飛び込ませた。
そして、最奥で力を放ったのである。60mもの巨体が故に、スラスターの噴出孔も大きい。それによって生まれた死角。

直結した己のエネルギーに火がつけば、どれだけの機体であろうとも致命傷は避けられない。
サイバスターにメディウス・ロクスを破壊する力はない。ならば、メディウス・ロクス自体の力を使えばいいのだ。
A・R(アムロ・レイ)の名を冠したハイ・ファミリアは、最期に敵を打ち倒した。

自分の意識を分化させたハイ・ファミリアが撃墜されたことによる精神的な痛みを必死に抑え、カミーユはサイバスターを操作する。
動くほうの手でオクスタンライフルを拾い、サイバスターは振り上げた。

「何ゼ……ラプラス・コンぴュータハ……ソの力は……あのお方のタメにあルのに……ナぜ、あなたは……」

メディウス・ロクスが意識を持って稼働しているなら、撃墜されることはすなわち死を意味している。
だと言うのに、いまだメディウス・ロクスが口にするのはユーゼスのことだった。
サイバスターの力は、ユーゼスこそふさわしい。カミーユには、要らないものだと信じて疑わぬ声。
その言葉が、カミーユには我慢できなかった。沈黙の反動からか、カミーユの口からは叫びがあふれた。

「ふざけるなッッ!! そんなにこのマシンが、サイバスターが大切か!? 人の命を平気で踏みにじってまで、そんなに欲しいのかよ!?
 ユーゼスが言った理想? 完全になる!? いつもいつも脇から見ているだけで、人を弄べる奴がそう言うんだ!
 何も分かっちゃいない癖に知ったようなことばかり! 俺たちは考えなしの案山子なんかじゃない!」

処理しきれない感情が、白濁とした頭の中を駆け巡り、どうしていいのか分からなくなってくる。

「お前だって同じだ! ユーゼスの、ユーゼスのってユーゼスのことを鵜呑みにして、他人の代弁者のつもりか!?
 人のこと一つ考えられない奴が、人の命を平気で摘みとれる奴に何がわかるって言うんだよ!?」
「ワタしは……あのお方の……」
「黙れよ! 目の前の現実一つ見えてない奴が! 過去に縛り付けられて、それだけしか考えられなくなった癖に!」

カミーユは、メディウス・ロクスの言葉を遮る。一息に言い終えて息が切れる。先程から荒い息が、さらにひどくなる
サイバスターはまっすぐにオクスタンライフの銃身を、メディウス・ロクスの本来核がおさめられているはずの空洞に差し込んだ。
オクスタンライフルにもついに限界が訪れる。何度となく刺突にも使われたことによって、耐久力はすでになくなっていた。
空洞に飲み込まれるように、オクスタンライフルが押し込まれて消えてく。
オクスタンライフルの全てが空洞に飲み込まれたと同時――エネルギーシリンダーに火がつき、それが実体弾を巻き込み炸裂した。
体の中から火を噴き出し、紅蓮にメディウス・ロクスが包まれる。手が、足が、胴がばらばらに裂け、四散する。

「ゲンじつを見えてないノは……アナたのほう……もはや、あなたに、タタカうチカラは……」

――グシャリ。

最期まで人の気を逆なでする言葉を吐くメディウス・ロクスの頭をサイバスターは踏みつぶした。

「分かってるさ……けど、許せるかよ……こんなことを平気で出来るような……」

この身体に代えてでも、ノイ・レジセイアだけは。
カミーユは、絶対に許せない。許せるわけがない。
クワトロ大尉を、アムロ大尉を、多くの人々を理不尽な殺し合いで奪ったことが。
皆、帰る場所があった。帰りを待ちわびている人がいた。まだしなきゃならないことがあった。―-死んでいい人じゃなかった。
それを実験なんてものの使い捨ての道具のように、安全な場所から一方的に殺した。
挙句、世界を作ると。人の心も大事にできないような存在が作る世界のために、殺された。
歯を食いしばり、唇も噛む。口から流れ出る血が、どうにかカミーユの意識を繋ぎとめる。
一瞬でも気を抜けば、どこまでも落ちていける。カミーユはその事実を感じていた。でも、それをするのは、まだ先だ。
今は、足をとめちゃいけない。アイビスが登って行った空をカミーユは一瞬見上げた。
そこには、無機質な天井があるだけだ。その先をカミーユは見通し、サイバスターを歩かせる。
結局、ノイ・レジセイアと戦えるのは自分だけだ。キラも、シャギアも逝ったことを、カミーユは自分の力で漠然と理解していた。
ロジャーの気配も消えたことも。残りは、ノイ・レジセイア。デュミナス。自分。そして、よくわからない大きな気配と、アイビス。
星の中に感じる力はそれだけだ。

サイバスターが、体を引きずり進む。もはや、体のどこにも無傷な場所はない。
いつ機能停止してもおかしくない状態だった。



――もし、この世界に奇跡を起こせる存在がいるならば。
――希望の力から生み出される電子の聖獣がいるならば。
カミーユは、十分にそれに適合するだけの条件を持っていたと言えるだろう。しかし、そんな奇跡はあり得ないのだ。
この実験を起こすに際し、ノイ・レジセイアが破壊したものが二つある。
一つ、希望より無限の力を引き出す不死鳥を象った七体目の電子の聖獣。
二つ、舞台の上を動かし、納めるための機械仕掛けの神〈メガデウス〉。
この二つは、もはやこの世界のどこにも存在しない。カミーユたちを助け、導くものはもうどこにもない。
舞台に全ての人はあげられ、全ての札は開かれた。勝つも負けるも、ここにあるものだけが決することができる。




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