「どういうこと!?」 『我の力の一部とした。我が眷属の生まれ変わりと違い……粉砕せねば全てを取り込めんが…… 今となっては……問題など……ない。生き残りし者よ……お前は……なにを望む……?』 「なにを、って……」 アイビスは、呆然とノイ・レジセイアの言葉を聞いていた。聞くしかなかった。 ノイ・レジセイアは生きていた。カミーユと統夜を取り込んで。それは、さらに力を増したという意味なのか。 あの二人が、命を賭けてやったことは、何もかも無駄だったというのか。 『これで……箱庭の実験も終わる……世界の新生はできなかった……が…… 不完全なるものがここに来るために使った……MUの欠片がある……もう一度繰り返せばいい…… しかし……この実験はここに終わった。契約に従い、何であろうと叶えよう……』 ノイ・レジセイアはそうアイビスに告げた。 そう言えば、放送でどんな願いもかなえるとあの少女が言っていた。 殺し合いを煽るための嘘かと思っていたが、違ったのだ。 こうやって、いつでもアイビスを殺せる状態でありながらノイ・レジセイアはアイビスの答えを待っている。 ああも平気で統夜やカミーユに攻撃させていたのは、受け止めてなお生き残る自信がったからなのだろうか。 結局、最後まで自分たちは敵として認識されていなかったのではないか。 モルモットに少し手をかまれた。そんな認識しか。 「……なんでも叶うの?」 『無限の平行世界には……あらゆる世界がある……望みは叶う……お前にとっての……『完全な世界』がある……』 「じゃあ、死んだ人を全員生き返らせることは?」 『不可能……多くの人間の命は……新しい世界に統合された……構成する要素が失われれば……世界は崩壊してしまう』 「なら、あたしが望むのは一つしかないよ」 『お前が……望む世界を……言語にせよ……我は、それを叶えよう……』 「私が望む世界は―――」 アイビスは、ソードエクステンションをユリコーンドリルで作られた手で握り、反対の手にはJジュエルを掴む。 「――――ノイ・レジセイアがいない世界!!」 ブレンが消える。一気に空までバイタルジャンプで跳躍する。 アイビスは知っている。アインストたちは、あの丸い核を砕けばぼろぼろに崩れしまうことを。 下位アインストと戦っているときに、それを発見した。 今、ノイ・レジセイアの真の本体と言うべき部分には、核がむき出しになっている。 そこさえ砕ければ、勝機がある。 例え自分たちがモルモットだとしても、鋭い牙の一刺しを、心臓に突き立てることはできるはずだ。 ――希望は、捨てない! 『愚かな……我が真の力を……見よ……!』 触手――いや、ガンダムの顔をした龍が一分の隙もないくらい地面から生まれる。 さらに、その龍の身体から無数の触手や下位アインストが溢れ出す。 瞬く間に、大空洞の空間全てを埋め尽くすほどのノイ・レジセイアの眷属が現れた。 これが、手を抜いていないノイ・レジセイアの本気。 やろうと思えば、一瞬でこちらをせん滅することができたはずの物量。 しかし、ノイ・レジセイア自体は本体を隠そうとしない。 いや、きっと隠せないのだ。えぐられた断面には、アインストのものとは違う虹色の粒子がまかれている。 その範囲だけ、ノイ・レジセイアは再生も、増殖もしようとしない。 統夜と、カミーユが遺してくれた奇跡だとアイビスは信じる。 事実、アイビスは知らないが、虹色の粒子は、斬艦刀の生み出したナノマシンの残骸。 統夜の一刀が与えた一撃は、ダメージ以外にナノマシンによる再生、増殖の阻害という効果を生んでいたのだ。 統夜が再生を止め、カミーユの一撃は真の本体を露出させた。 これが、二人がノイ・レジセイアへ与えた一撃の結果。 「ブレン、あの時覚えてる?」 アイビスが思い描くのは、ラキが死んだときのこと。 ブレンは、アイビスの言葉に頷いてくれた。 「あのときから、何度も練習したよね。GRaM系とRaM系の宙間機動。何度も戦って、その中で」 インベーダーと戦った時。あのキョウスケと戦った時。ユーゼスと戦った時。 その中で、アイビスは練習してきた。機体を保ち切れずに墜落までしたトラウマを払拭できたわけじゃない。 あんな痛い思いは二度としたくなかった。それでも、アイビスはGRaM系、RaM系両方の機動を練習した。 少しでも戦えるように。そして、元の世界に戻った時に、夢に早く走りだせるように。 それでも、ここに来る前、ここに来てから、自分の生涯を通して一度も今まで成功したことがない機動がある。 「今からやるのは、今までより難しいやつ。一応、どう動くのかは教えたよね? ぶっつけ本番だけど……いい?」 答えに快諾するブレン。 その機動の失敗は、そのままあの悪魔の群れへの落下、つまりブレン自身の命を落とすというのに。 みんな自分の戦いの中、やるべきことをやり遂げて死んでいった。死ぬときはこうありたいと思えるような死に様だった。 それでも、死は死だ。そこで、終わってしまうのだ。その中で、自分は生き残った。 偶然か、なにかの運命なのかは知らない。そこにいたのが自分でない誰かであっても、きっとみんな死んでいっただろう。 だからといって自分が生かされたという事実はなくならないのだ。 それはやはり受け止めるべきことなのだ。 今はまだ泣かない。 泣くのはやるべきことが全部終わったあとでいい。 そのときに思い出して泣こう。 そのときまで涙は取っておこう。 そう、みんなの墓標の前で誓った。 ずっと、自分が、自分だけができることが分からなかった。何をやるべきなのかは誰も教えてくれなかった。 けど、やっと決められた。みんなが生かしてくれた自分が、自分で決めたことを、みんなのようにやり遂げて見せる。 統夜の言葉じゃないけれど、ここまで来てハッピーエンドじゃなきゃ、嘘だ。 空間を埋め尽くす軍勢の向こうにいる、ノイ・レジセイアをアイビスは睨む。 「いくよ。―――マニューバーGRaMXs」 GRaMXs。すなわち、重力加速制御応用の急加速突撃、ならびに攻撃対象との交差射撃による空間戦術。 間違いなく、重力制御付きの専用機でも十中八九達成不能とさえ言われる宙間機動の最高難易度。 そして、アイビスの挫折の始まり。 「今のあたし……ううん、あたしたちなら、きっとできるから」 ノイ・レジセイアとこちらとの距離を測り、最大戦速に至るまでの時間を計算する。 ガンダムの顔をした龍の口から光が放たれたのが、スタートの合図。 ブレンが、一気に加速する。レオサークルのというデータウェポンのおかげで倍増した出力のおかげで、これまでにない速度が出ている。 だが、それは同時に、今までにないほど、アイビスにもブレンにも負担がかかっていることに他ならない。 一瞬で天蓋近くまで登りあがる。激突寸前で、ブレンが曲がる。 鋭角的な曲がり方によって生まれるGで、アイビスの胸から一気に酸素が押し出される。 これほどの加速ではないにしろ、鋭角的に曲がるのをあっさりやっていた統夜が羨ましい。 だが、そんなないものねだりをしている暇はない。 浅くどうにか息を吸い込むとソードエクステンションを胸に抱えるように構える。 進路上にいる下位アインストへ、ソードエクステンションを叩き込み、破壊。 ばらばらになった破片が地面に落ちるより早く、ブレンがアインストのいた場所を駆け抜ける。 そこに殺到するガンダムヘッドの群れ。 百八十度横回転を行い、紙一重のところでその森のように生える龍を超えて行く。 突然、地面から現れた龍の首も、加速を落とさず垂直上昇へ方向を変え、首に沿うように空へ上がる。 背後から放たれる無数のビーム砲を逆さ宙返りをすることで回避する。 光の線が、後ろに流れていく。 一瞬一瞬迫る敵に集中し、刹那に満たぬ時間で判断しやり過ごす。 これだけの加速度で敵にぶつかれば、墜落する前に追突の衝撃でブレンは間違いなく砕け散るだろう。 それでも、アイビスが加速を緩めることはない。 気持ちが悪い、苦しい、なんて感じる余裕すらない。アイビスの頭から全てが消えた。 過去のトラウマすらも。ただ、何かを成し遂げなければいけないという責任感が彼女を突き動かす。 ブレンに、無限の敵を打ち倒す力はない。 ブレンに、敵の猛攻を防ぐための盾はない。 アイビスに、冷静に選曲を判断できるような能力はない。 アイビスに、機械を直し、首輪を解析する頭脳はない。 それでも、アイビスとブレンは生き残った。 超状なる力を持つ魔神と、そんな相手に引かずに戦う機体が跋扈する殺し合いで。 ただ、身体を動かして、知恵を絞って、必死に生き抜いて。 一度たりとも、無謀と言えない戦いはなかった。 バイタルウェイブの力で空を滑りさらに加速、同時にその流れの微妙な制御で一瞬の急加速と急停止を繰り返す。 ブレンもまた、アイビスではできないところを受け持って、GRaMXsを保とうとする。 ブレンパワードもまた、乗る人に尽くし、一人の仲間として戦っている。 プログラミングされた命令ではない。『彼』――ブレンが、ラキの、アイビスの力になりたいと願ったからこそだ。 数で押しつぶさんと上から迫る龍の首を避けるため、地面へ向けて垂直降下の最高速で突っ込む。 同時に、地面からも湧きだす下位アインスト達。ソードエクステンションを下方へ真っ直ぐと伸ばした。 銃口に明かりが灯り、急降下しつつ射撃を敢行。 下位アインストの隊列に、大きな乱れが生まれた。 その隙間に身体をねじ込むため一直線に、一切の減速なしに突貫する。 斬撃のために精製されたソードエクステンションの突き出すことで、加速を落とさないように敵の合間を滑る。 それでもどうしても減速してしまう。だが、まだブレンの足は止まってなんか、いない。 雑魚アインストの森をすり抜け、再加速。 行け――― 行け――― 行けぇ――――!! どれだけの下位アインストとガンダム頭の龍を超えただろうか。 ついに、髑髏の姿が、高速で流れる視界の影についに映る。 そこから、二回の急激な方向転換を経て、正面にノイ・レジセイアをとらえた。 ノイ・レジセイアもただ見ているわけではない。 えぐれた部分周囲の再生できた部分からの砲撃が、ブレンに襲いかかる。 髑髏の超砲撃。全てはかわしきれない。一撃だけ被弾。ソードエクステンションを持っていた腕が焼かれ、落ちる。 さらに放たれる砲撃。しかし、燃え落ちたはずの腕が、一角獣の聖獣へ姿を戻す。 ブレンの前で砲撃を受け止めたユニコーンドリルは、一瞬で蒸発した。しかし――ブレンが進むための血路を開いた。 アイビスも、ブレンも一瞬たりとも気を乱さない。逃げることもしない。 ただ真っ直ぐに前へと全速で。 「オンリー・ワン・フィニッシュ……一撃で決める!」 『……半生機が、人間が、我を――!? これが可能性―――』 ブレンが、加速を僅かに緩める。そうしなければ、腕を突き出すことすらできない。 そこでやっとアイビスにも元の感覚と世界が戻ってくる。 「みんな………! 勇気を貸して!」 Jジュエルが、ブレンの手の中で輝く。 ブレンの手のひら全体が黄金色に瞬いた。一度腕を引いた後、思い切り手を伸ばす。 その手が確かにノイ・レジセイアへ届いた。 黄金に輝くブレンの指が、ノイ・レジセイアの核を捕える。 だが、完全に砕ききる前に、ノイ・レジセイアの本体の手に握られた大太刀がブレンの首を跳ねんと動く。 しかし、その大太刀をブレンの背中から離れた獅子が噛みつく。膠着は一瞬。 下顎と上顎に裂かれた電子の獅子は、身体を分けられようともノイ・レジセイアの腕にしがみつく。 もはや死に向かうだけでも、最後に生き残った電子の聖獣が見せた底力だった。 獅子は、最後に叫ぶことできぬはずの口でなお咆哮し、光となって消えた。 ブレンの手は止まらない。アイビスの願いに答えようとする。 アイビスはかつて自分が見た中でも一二を争う強力な力をイメージした。 勇気の結晶、Jジュエルの輝きが広がっていく。 それは、広がる五本の指。 それは、黄金に輝く掌。 すなわち―――それは、ゴッドフィンガー。 ―――ハッピーエンドの条件は、『勇気』が恐怖に打ち勝つこと! 「いっけぇぇぇぇぇええええええええええええええええええッッッッ!!!!」 めきめきとノイ・レジセイアの核を砕かんと進む。 核に入ってく無数のヒビ。なおも、ブレンの指は止まらない。 ノイ・レジセイアの断末魔と、核が砕けるのは、同時だった。 星薙ぎの太刀によって脆くなっていた星の一角が、ノイ・レジセイアの本体ごと宇宙に投げ出される。 新しく作られた世界の重力に引かれ、ノイ・レジセイアを含むネビーイームが落下していく。 しかし、世界はもう何も飲み込むことはない。ただ、衝突の勢いはノイ・レジセイアへ跳ねかえる。 『何、故―――――!?』 星を纏った因果律の大天使は、己が作った『完全な世界』に否定され砕け散った。 &color(red){【ノイ・レジセイア 死亡】} 赤黒い肉が、急速に水分を失い、灰色の粉になっていく。 ガンダムの顔をした龍は地面に落ち、動かなくなった後溶けていく。 下位アインストは、ノイ・レジセイアの消失と同時に爆発して消えた。 そんな中、ブレンは力尽き、地面に大の字になって転がっている。 コクピットの中、アイビスは静かに呟いた。 「ありがとう……ブレン。ありがとう、みんな」 コクピットの中、なにもない虚空に手を伸ばし、握る。 今度こそ、ノイ・レジセイアは終わりだ。 自分が生き残れたことへの安堵より、皆の想いに答えられたことが嬉しかった。 自分ひとりじゃ無理だった。けど自分がいなくては駄目だった。 やっと、自分を生き残らせてくれた人に恩返しできた。 けど、本当の意味での終わりじゃない。 ノイ・レジセイアが消えたネビーイームの空白から、赤い宇宙が見える。 そこに浮かぶのは、みんながいた世界。 自分はこれからも、みんなに胸を張って生きられるよう頑張らなきゃいけない。 それが、残った自分がやらなければいけないことだろう。 灰が、まるで雪のように大空洞にはらはらと落ちる。 アイビスには、今まで死んでいった人たちへの鎮魂歌のように感じられた。 これから、どうなるのか。どうすればいいのか。 アキトや、あの化け物はどうなったのか。 考えないといけないことも多い。けど――それでも今は。 流石に、疲れた。少し眠りたい。 アイビスは心地の良い達成感のまま、静かに目を閉じた。 長かった殺し合い。 どこまでも続く、血に濡れたこの惨劇も、ついに幕が降りる。 たった一人の人間が生き残った。それが、このバトルロワイアルの結末。 &color(yellow){【第二次スパロボキャラバトルロワイアル 終了】} →[[ネクスト・バトルロワイアル(9)]]