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*&color(red){死人の呪い ◆960Bruf/Mw}  暗い闇の中にわずかに黄色がかった明るい茶色の天体を見つけて、アイビスは目を輝かせた。  自身の半分以上の大きさを誇る衛星――冥府の川の渡し守カロンを従者に携えたその天体は冥府の王プルートの名を持つ準惑星。  旧世紀に一度は太陽系最果ての惑星としてその名を連ねながらも惑星の名を剥奪されたといういわくつきの星である。  しかし、かつて太陽系の惑星であったという事実は、今も人々の意識の奥底に色濃く残っている。  その為か、冥王星こそが太陽系の最果てであり、そこから離れることが外宇宙に旅立つことの第一歩だという意識が知らず知らずのうちに宿っていた。  だからだろうか、胸が高鳴る。夢が現実へと変わる瞬間が目の前に迫っているのだ。  居住ブロックを増設されいくらか大きさを増したアルテリオンが、冥王星の重力を利用してその衛星軌道上を大きく回り始める。  そして、ついた遠心力でその軌道を抜けると太陽系の外へと飛び出した。  後ろに過ぎ去っていくその星の姿を忘れないように心に焼き付けて、前を向く。  もう視界を遮るものは何もない。  目の前には夢にまで見た光景が広がっている。  現実は決して優しいものではないだろう。この先、想定すらしてなかった事態が発生することもあるだろう。  でもきっと乗り越えていける。このアルテリオンと私とツグミと――  突然、警報がけたたましく鳴り始めた。エンジンに苦しげな音が混じりアルテリオンが訴えかける。  速度が急速に低下し、そして、何かに引っ張られるかのように後退を始めた。  ――冥王星の重力につかまった? ありえない。  月よりも小さい冥王星の重力にいまさらつかまるはずはない。そんな距離ではない。  第一その重力を利用して太陽系の外へ出たのだ。  だが、他に何も思い当たる節がない。唯一考えられる事態が冥王星の重力だった。  恐る恐る引き寄せられていく先を振り返る。  目に映ったのは黄色がかった明るい茶色の星とそこから伸びている黒々とした何か。  靄のような霞のようなそれは、暗い宇宙でもはっきり見て取れるほど暗い色を湛えていた。  不意に足に痛みが走った。同時に黴のような臭いが鼻につく。  ――黒い靄・・・・・・違う。  足首を掴んでいるのは――  ――人の手。  咄嗟に悲鳴を上げて払いのける。出来るだけ遠くへ逃げようとして、足に力が入らずに転んだ。  掴まれていた足首が焼け付く程熱く、それでいて氷のように冷たい。  それでもその場からどうにか離れようと体がもがく。床に手をつき、起き上がろうとして、また転んだ。 「アイビス」  思わず振り返る。  そこにはさっきの靄のようなものは既になくなっていて、代わりに一人の青年が立っていた。  青みがかった黒い髪。若干釣り目気味で意志の強そうな目元。  その青年は、年齢に不相応な程の落ち着いた空気を漂わせていた。 「ジョ……シュア?」  逃げ出すことも立ち上がることも忘れて、茫然とその姿を見ていた。 「なあ、アイビス。俺、一人は嫌だよ」  青年が歩いてくる。深い悲しみを湛えた目をしていて、見ていると苦しくなる。  転んだままのアイビスに手が差し出される。何の疑いもなくそれを掴んだ。 「なんで……なんで、お前だけ生き残っているんだ」 「えっ?」 「一緒に来てくれないか?」 「ジョシュア、何を? 痛っ!」  手に痛みが走る。掴んでいる腕がいつの間にか黒い靄に変わっていた。 「一緒に……」 「いやっ!!」  腕を振り解き、尻餅をついたような体勢のまま後ろへ後退さる。  青年は追いかけてくるでもなく、ただ何故そんな態度をアイビスが取るのか分からないという顔でこちらを見ていた。  背に何か当たって痛んだ。  ――壁……違うっ!! この熱いのか、冷たいのか、分からない痛みは……。 「アイビス、我侭は関心できんな」  降ってきた声に顔を上げる。金髪オールバックの男の顔が覗き込んでいた。  額には斜めに走った短い傷跡が見える。 「君の命は彼と私の上に成り立っている。拒む権利など君にあるはずがなかろう」 「いや……いやだ」 「アイビス、一緒に行こう」  気づくと目の前にジョシュアが立っていて、前をジョシュアに後ろをシャアに挟まれる形となった。  そこを横に犬のような格好で這い進みながら逃げ出す。  背中越しにため息と『仕方がない』という声が聞こえてきた。  途端に床が抜け、無明の闇にずるずると引きずりこまれる。あの黒い靄のようなものが伸び、胴にくるくると巻きつき、悲鳴を上げた。 「いやだ。いやだ!」  精一杯、空に向けて手を伸ばす。人のような形をした黒い靄がその先に見えた。  その瞬間、激しい怒りが心の中で顔を出した。 「ふざけるなっ! 私は頼んじゃいない。一言だって守ってくれと言っちゃいない。  あんた達が勝手に私を守って、勝手に死んでいったんだ!  なのに一人は嫌だ! 私に拒む権利はないだって!! ふざけるなっ!!!」  悲しそうな表情をただ浮かべている二つの靄を睨みつけ、闇をしっちゃかめっちゃかに掻き回して暴れ回る。  だが、その行為は意味を持たず、体が下から徐々に淡いものに変わって行っていた。  そうして体全体が淡いものに変わってしまったとき、アイビス=ダクラスという個は失われ、その場に三つの靄だけが取り残されていた。  目が覚めた。コックピットの低い天井が目に入る。  息切れを起こしながら視線だけを左右にゆっくりと動かして、長々と息を吐いた。  もしかしたらシャアが生きていて現れるかもしれない、そんな望みを抱いて待っているうちに眠ってしまっていたようだった。  冷静に考えればそんなことがあるはずがないことは分かっていた。それでもその思いつきに縋っていたかったのだ。  上体を起こす。  額に浮かんでいた玉のような汗が目に入り込んできて、体中から噴出している汗に気づく。 「気持ち悪い……」  コックピットから這い出て、廃墟へと足を降ろす。  後ろから吹き抜けて行った冷たい夜風が、火照った体に気持ちがいい。  一度大きく伸びをすると周囲を見回し、湖の方向を見当付けると一人歩き出した。  瓦礫の町並みを抜けていった先で不意に開けた場所に出た。目の前は波を立てている湖面――ビンゴだ。  崩れたりしないか気をつけながら、瓦礫を伝って、水際まで移動する。  大きな瓦礫の上でしゃがみ込み、すくってみた水は冷たく澄んでいた。  ――飲めるかな?  手の平の水を眺めながら真剣に考えてみる。  暫くして答えなんかでやしないことに気づいて、顔を洗った。  空を見上げてみる。綺麗な月が顔を出していた。  だが、知らない星だ。地球の月に似ているようで細部が異なる。  周囲の星々の配置も知っているものではなかった。  ため息を吐き出して考えるのをやめた。とりあえずは綺麗な月夜なのだ。  別に期待していたわけではなかったけど、瓦礫の水辺ではなくて綺麗な砂浜だったら良かったと、思考が横飛びに跳ねた。  ――そういえば、A-2の湖は砂浜だったかな。  昼と夕方の間、四時ごろに上陸した砂浜を束の間思い出す。  ――あのときはジョシュアと市街地を目指していて……ジョシュア。  思考がそこで止まった。  つい今さっき見た夢が脳裏に蘇り押し寄せてきた。 「なんで、お前だけが生き残っているんだ……か」  ポツリと呟く。  ――ジョシュアも、シャアも、そんなことを言う人じゃなかった。  会って間もなく、幾らも話さないうちに死んでいった二人だったが、そんなことくらいは分かっていた。  ――二人とも助かって良かったと言ってくれるような人なのに……何で……何で。 「何であんな夢を!!」  何であんな夢を見たのか自分でも分からなかった。  夢で見た二人の姿は自分の知る現実と酷く食い違っている。  そして、夢の中で自分が叫んだことは――。  ――あれが私の本心……。  疑念が渦を巻く。  『違う』と喉が張り裂けそうなほど叫びたかった。『あんなのは私じゃない』と声を枯らして叫びたかった。  でも、出来なかった。 「痛っ!」  右手に痛みが走る。  夢の中でジョシュアが触れたそこを知らず知らずのうちに掻き毟っていた自分に気づいた。  手の甲に数本爪痕が走り、血が滲み出ている。  暫くそれを眺めた後、湖にそっと手を浸ける。滲んだ血が水に溶けて消えた。  あの醜さが自分の本心だと認めている心がある。その一方で否定している心もある。  脳内の議論は平行線。答えなど出るはずもなかった。  ふとこのまま湖の中に消えてしまえば楽になるんじゃないか、そういう考えが頭を過ぎった。  そういう目で夜の水面を眺めると、それは言いようもなく魅力的で、抗いがたいものに感じられてくる。  思わず一歩を踏み出そうとした途端、 『アイビス、死ぬことだけは許さん』 一つの言葉が蘇りブレーキをかけた。  水際に佇んだまま前にも進めず、後ろにも下がれない。どうしていいのか分からなくなり、ただ呆然と揺れる水面を眺めていた。  それからどのくらい時間がたったのだろう。気づくと湖面に黒々とした巨大な影が射していた。  見上げてみるとブレンがそこに浮かんでいる。  表情というものがないこの巨人の顔から、何かを読み取ることはアイビスには出来ない。  それでもこのときはどこか寂しげで悲しげなようにその姿は見えた。 「心配かけてごめん、ブレン。ゆっくり休んだし動こうか」  無理やりに笑顔を作って言う。本当はもっと休んでいたかった。  寝たといっても寝ようと思って寝たのではなく、気づいたら寝ていたといった感じのもの。それもほんの二三十分。  心身ともに疲れ果てた体には何の慰めにもなっていない。  でもそれでも、動こうと言ったのはブレンを気遣ってではなかった。  もう一度眠りにつくのがただ怖かっただけだった。 【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ヒメ・ブレン(ブレンパワード)  パイロット状況:憔悴、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)  機体状況:ソードエクステンション装備。機体は表面に微細な傷。       バイタルジャンプによってEN1/4減少。  現在位置:E-2東部  第一行動方針:F-2を避けてアムロと合流  第二行動方針:ラキを探し、ジョシュアのことを伝える  第三行動方針:寝るのが怖い  最終行動方針:どうしよう・・・・・・  備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません。 】 【初日22:10】 ----
*&color(red){死人の呪い ◆960Bruf/Mw}  暗い闇の中にわずかに黄色がかった明るい茶色の天体を見つけて、アイビスは目を輝かせた。  自身の半分以上の大きさを誇る衛星――冥府の川の渡し守カロンを従者に携えたその天体は冥府の王プルートの名を持つ準惑星。  旧世紀に一度は太陽系最果ての惑星としてその名を連ねながらも惑星の名を剥奪されたといういわくつきの星である。  しかし、かつて太陽系の惑星であったという事実は、今も人々の意識の奥底に色濃く残っている。  その為か、冥王星こそが太陽系の最果てであり、そこから離れることが外宇宙に旅立つことの第一歩だという意識が知らず知らずのうちに宿っていた。  だからだろうか、胸が高鳴る。夢が現実へと変わる瞬間が目の前に迫っているのだ。  居住ブロックを増設されいくらか大きさを増したアルテリオンが、冥王星の重力を利用してその衛星軌道上を大きく回り始める。  そして、ついた遠心力でその軌道を抜けると太陽系の外へと飛び出した。  後ろに過ぎ去っていくその星の姿を忘れないように心に焼き付けて、前を向く。  もう視界を遮るものは何もない。  目の前には夢にまで見た光景が広がっている。  現実は決して優しいものではないだろう。この先、想定すらしてなかった事態が発生することもあるだろう。  でもきっと乗り越えていける。このアルテリオンと私とツグミと――  突然、警報がけたたましく鳴り始めた。エンジンに苦しげな音が混じりアルテリオンが訴えかける。  速度が急速に低下し、そして、何かに引っ張られるかのように後退を始めた。  ――冥王星の重力につかまった? ありえない。  月よりも小さい冥王星の重力にいまさらつかまるはずはない。そんな距離ではない。  第一その重力を利用して太陽系の外へ出たのだ。  だが、他に何も思い当たる節がない。唯一考えられる事態が冥王星の重力だった。  恐る恐る引き寄せられていく先を振り返る。  目に映ったのは黄色がかった明るい茶色の星とそこから伸びている黒々とした何か。  靄のような霞のようなそれは、暗い宇宙でもはっきり見て取れるほど暗い色を湛えていた。  不意に足に痛みが走った。同時に黴のような臭いが鼻につく。  ――黒い靄・・・・・・違う。  足首を掴んでいるのは――  ――人の手。  咄嗟に悲鳴を上げて払いのける。出来るだけ遠くへ逃げようとして、足に力が入らずに転んだ。  掴まれていた足首が焼け付く程熱く、それでいて氷のように冷たい。  それでもその場からどうにか離れようと体がもがく。床に手をつき、起き上がろうとして、また転んだ。 「アイビス」  思わず振り返る。  そこにはさっきの靄のようなものは既になくなっていて、代わりに一人の青年が立っていた。  青みがかった黒い髪。若干釣り目気味で意志の強そうな目元。  その青年は、年齢に不相応な程の落ち着いた空気を漂わせていた。 「ジョ……シュア?」  逃げ出すことも立ち上がることも忘れて、茫然とその姿を見ていた。 「なあ、アイビス。俺、一人は嫌だよ」  青年が歩いてくる。深い悲しみを湛えた目をしていて、見ていると苦しくなる。  転んだままのアイビスに手が差し出される。何の疑いもなくそれを掴んだ。 「なんで……なんで、お前だけ生き残っているんだ」 「えっ?」 「一緒に来てくれないか?」 「ジョシュア、何を? 痛っ!」  手に痛みが走る。掴んでいる腕がいつの間にか黒い靄に変わっていた。 「一緒に……」 「いやっ!!」  腕を振り解き、尻餅をついたような体勢のまま後ろへ後退さる。  青年は追いかけてくるでもなく、ただ何故そんな態度をアイビスが取るのか分からないという顔でこちらを見ていた。  背に何か当たって痛んだ。  ――壁……違うっ!! この熱いのか、冷たいのか、分からない痛みは……。 「アイビス、我侭は関心できんな」  降ってきた声に顔を上げる。金髪オールバックの男の顔が覗き込んでいた。  額には斜めに走った短い傷跡が見える。 「君の命は彼と私の上に成り立っている。拒む権利など君にあるはずがなかろう」 「いや……いやだ」 「アイビス、一緒に行こう」  気づくと目の前にジョシュアが立っていて、前をジョシュアに後ろをシャアに挟まれる形となった。  そこを横に犬のような格好で這い進みながら逃げ出す。  背中越しにため息と『仕方がない』という声が聞こえてきた。  途端に床が抜け、無明の闇にずるずると引きずりこまれる。あの黒い靄のようなものが伸び、胴にくるくると巻きつき、悲鳴を上げた。 「いやだ。いやだ!」  精一杯、空に向けて手を伸ばす。人のような形をした黒い靄がその先に見えた。  その瞬間、激しい怒りが心の中で顔を出した。 「ふざけるなっ! 私は頼んじゃいない。一言だって守ってくれと言っちゃいない。  あんた達が勝手に私を守って、勝手に死んでいったんだ!  なのに一人は嫌だ! 私に拒む権利はないだって!! ふざけるなっ!!!」  悲しそうな表情をただ浮かべている二つの靄を睨みつけ、闇をしっちゃかめっちゃかに掻き回して暴れ回る。  だが、その行為は意味を持たず、体が下から徐々に淡いものに変わって行っていた。  そうして体全体が淡いものに変わってしまったとき、アイビス=ダクラスという個は失われ、その場に三つの靄だけが取り残されていた。  目が覚めた。コックピットの低い天井が目に入る。  息切れを起こしながら視線だけを左右にゆっくりと動かして、長々と息を吐いた。  もしかしたらシャアが生きていて現れるかもしれない、そんな望みを抱いて待っているうちに眠ってしまっていたようだった。  冷静に考えればそんなことがあるはずがないことは分かっていた。それでもその思いつきに縋っていたかったのだ。  上体を起こす。  額に浮かんでいた玉のような汗が目に入り込んできて、体中から噴出している汗に気づく。 「気持ち悪い……」  コックピットから這い出て、廃墟へと足を降ろす。  後ろから吹き抜けて行った冷たい夜風が、火照った体に気持ちがいい。  一度大きく伸びをすると周囲を見回し、湖の方向を見当付けると一人歩き出した。  瓦礫の町並みを抜けていった先で不意に開けた場所に出た。目の前は波を立てている湖面――ビンゴだ。  崩れたりしないか気をつけながら、瓦礫を伝って、水際まで移動する。  大きな瓦礫の上でしゃがみ込み、すくってみた水は冷たく澄んでいた。  ――飲めるかな?  手の平の水を眺めながら真剣に考えてみる。  暫くして答えなんかでやしないことに気づいて、顔を洗った。  空を見上げてみる。綺麗な月が顔を出していた。  だが、知らない星だ。地球の月に似ているようで細部が異なる。  周囲の星々の配置も知っているものではなかった。  ため息を吐き出して考えるのをやめた。とりあえずは綺麗な月夜なのだ。  別に期待していたわけではなかったけど、瓦礫の水辺ではなくて綺麗な砂浜だったら良かったと、思考が横飛びに跳ねた。  ――そういえば、A-2の湖は砂浜だったかな。  昼と夕方の間、四時ごろに上陸した砂浜を束の間思い出す。  ――あのときはジョシュアと市街地を目指していて……ジョシュア。  思考がそこで止まった。  つい今さっき見た夢が脳裏に蘇り押し寄せてきた。 「なんで、お前だけが生き残っているんだ……か」  ポツリと呟く。  ――ジョシュアも、シャアも、そんなことを言う人じゃなかった。  会って間もなく、幾らも話さないうちに死んでいった二人だったが、そんなことくらいは分かっていた。  ――二人とも助かって良かったと言ってくれるような人なのに……何で……何で。 「何であんな夢を!!」  何であんな夢を見たのか自分でも分からなかった。  夢で見た二人の姿は自分の知る現実と酷く食い違っている。  そして、夢の中で自分が叫んだことは――。  ――あれが私の本心……。  疑念が渦を巻く。  『違う』と喉が張り裂けそうなほど叫びたかった。『あんなのは私じゃない』と声を枯らして叫びたかった。  でも、出来なかった。 「痛っ!」  右手に痛みが走る。  夢の中でジョシュアが触れたそこを知らず知らずのうちに掻き毟っていた自分に気づいた。  手の甲に数本爪痕が走り、血が滲み出ている。  暫くそれを眺めた後、湖にそっと手を浸ける。滲んだ血が水に溶けて消えた。  あの醜さが自分の本心だと認めている心がある。その一方で否定している心もある。  脳内の議論は平行線。答えなど出るはずもなかった。  ふとこのまま湖の中に消えてしまえば楽になるんじゃないか、そういう考えが頭を過ぎった。  そういう目で夜の水面を眺めると、それは言いようもなく魅力的で、抗いがたいものに感じられてくる。  思わず一歩を踏み出そうとした途端、 『アイビス、死ぬことだけは許さん』 一つの言葉が蘇りブレーキをかけた。  水際に佇んだまま前にも進めず、後ろにも下がれない。どうしていいのか分からなくなり、ただ呆然と揺れる水面を眺めていた。  それからどのくらい時間がたったのだろう。気づくと湖面に黒々とした巨大な影が射していた。  見上げてみるとブレンがそこに浮かんでいる。  表情というものがないこの巨人の顔から、何かを読み取ることはアイビスには出来ない。  それでもこのときはどこか寂しげで悲しげなようにその姿は見えた。 「心配かけてごめん、ブレン。ゆっくり休んだし動こうか」  無理やりに笑顔を作って言う。本当はもっと休んでいたかった。  寝たといっても寝ようと思って寝たのではなく、気づいたら寝ていたといった感じのもの。それもほんの二三十分。  心身ともに疲れ果てた体には何の慰めにもなっていない。  でもそれでも、動こうと言ったのはブレンを気遣ってではなかった。  もう一度眠りにつくのがただ怖かっただけだった。 【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ヒメ・ブレン(ブレンパワード)  パイロット状況:憔悴、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)  機体状況:ソードエクステンション装備。機体は表面に微細な傷。       バイタルジャンプによってEN1/4減少。  現在位置:E-2東部  第一行動方針:F-2を避けてアムロと合流  第二行動方針:ラキを探し、ジョシュアのことを伝える  第三行動方針:寝るのが怖い  最終行動方針:どうしよう・・・・・・  備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません。 】 【初日22:10】 ---- |BACK||NEXT| |[[愛を取り戻せ]]|[[投下順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/11.html]]|[[我が道を走る人々]]| |[[火消しと狼]]|[[時系列順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/12.html]]|[[我が道を走る人々]]| |BACK||NEXT| |[[星落ちて石となり]]|アイビス|[[Unlucky Color]]| ----

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