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人の意思(1)」(2008/06/24 (火) 18:59:01) の最新版変更点

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*&color(red){人の意思 ◆Qi1eK.TiFc} 朝日が昇り、煌きめく光が周囲に広がる。 南部に設置された市街地全域に朝日が差し込む。 その光は市街地内の高層ビルに備えられた窓ガラスにも降り注ぐ。 枚数は数えられないほどに多いが、厚みは薄くあまり目立たない。 しかし、日光の反射により、自分の存在をこれでもかといわんばかりにその存在を周囲にアピールする。 そう。まるで、盛んに動き回っている彼らのように。 大地を蹴り飛ばし、宙を舞い、爆音を響かせながら一つのステージで踊り狂う彼らを鑑賞するように。 窓ガラスは彼らを、二体の機械仕掛けの人形が織り成す舞台を眺めていた。 「ガンダムF91か……俺向きの機体だな」 白と青で彩られ、四本の黄色いアンテナを備えた複眼のモビルスーツ。 ガンダムF91のコクピット内のシートでアムロ・レイが呟く。 進化した人間、新人類ともいうべきニュータイプであるアムロ。 そんなアムロにニュータイプ専用機として開発されたF91が馴染むのは当然といえるかもしれない。 先程、脳に流れ込んできた操縦方法は既に粗方把握済み。 更にその知識に己の天才的な操縦技術を加え、アムロはF91を存分に操る。 背部のバーニアを吹かし、高層ビルの間をF91は器用にすり抜けていく。 無駄のない、洗練された動きでF91を飛ばすアムロ。 だが、F91の動きとは裏腹にアムロの表情に余裕はあまり見られない。 地球連邦軍に所属するエース部隊。 ロンド・ベルのモビルスーツ部隊隊長である、アムロから彼の余裕を奪う存在が居たから。 ガンダムF91が飛び去った後、数秒の間を置き、追いかけるように音が響く。 「おいおい、つれねぇなぁ。 いつまで逃げるんだよ、あんた」 地が砕ける大きな音が響いたと思うと、黒い影が宙に飛ぶ。 それはモビルスーツとは違い、パイロットの動きをダイレクトに伝達するモビルファイター。 悪魔を思わせるような鋭角的な頭部、緑の複眼を持つ黒い形状を持つ機体。 マスターガンダムが前方を飛ぶガンダムF91を追うように飛び跳ねた。 操縦者は秘密組織アマルガムに所属する男、ガウルン。 マスターガンダムのコクピットではガウルンがそれと同じように身体を動かし、声を上げる。 気品といった様子は一切なく、下品じみた笑いさえも含むガウルンの声。 優雅に飛行するガンダムF-91とは違い、野獣のように地を駆けるマスターガンダムはガウルンの気性を良く表しているようだ。 (あーあ……焦らしてくれるねぇ。まぁ理由はわかるがな……) 今まで自分の攻撃からチョロチョロと避わし、碌に戦おうとしなかったアムロにガウルンは苛立つ。 そう。アムロは、今は兎に角距離を離す事に専念していたから。 その理由は勿論、先程分かれたガロードをガウルンが追撃しないようにするため。 ガウルンもその事に感づき、アムロの甘さに対し内心毒づいていた。 あまりにも甘い。一人しか生き残れない素晴らしいデスゲームで何故、他人の命を考える必要があるのか。 まるで人道上の理由とかつまらない事を上げ、温い手しか打ってこなかったミスリルのように。 数回の跳躍を経て、マスターガンダムはコンクリート舗装された市街地の道路を踏みしめ、疾走する。 そして右腕を構え、普段使い慣れたライフルや刃物ではなく、己の腕を向けて対象を絞った。 「さぁて……これはどうだ?」 低く、それでいて可笑しそうに唸るガウルン。 数秒の間を置き、右腕を大きく前方へ突き出す事でディスタントクラッシャーを放つ。 緑色のワイヤー状の物体に引かれながら、マスターガンダムの右肘から右腕が空を切ってF91へ迫る。 F91は低空飛行を切り替え、瞬時に大きく上昇し回避。 ディスタントクラッシャーは虚しく地に着き刺さり、F91はそれを嘲笑うかのように飛び続ける。 だが、ガウルンは気にする事なく、直ぐに右腕を引き戻し、再び右足を踏み込む。 マスターガンダムは多少大袈裟に腰を落とし、前方へ飛び込み、F91との距離を詰めた。 そのマスターガンダムの動きにはF91と同じく、無駄はない。 「隠すなよ、どうせあんたが強ぇコトは俺にはわかってる。 その動きを見ればなぁ!」 その理由はアムロが一流のモビルスーツ乗りなら、ガウルンは一流のテロリスト。 もとい、一流のAS乗りであるから。 モビルファイターであるマスターガンダムを天性の勘で文字通り、自分の手足として動かす。 やがてF91はビルの密集地帯を抜け、それにマスターガンダムも追従するように跳び抜けた。 「黒いガンダムのパイロット! こちらは、アムロ・レイだ。 貴様の名前と目的を言え!」 「へっ! ようやく名乗ってくれたか、アムロさんよぉ。 嬉しいぜぇ……俺はガウルンとでも呼んでくれや」 既にガウルンに休戦の意思はないと悟ったアムロは、オープンチャンネルを開き、ガウルンがそれに応える。 一瞬の内に交わされる言葉で互いの名前を交換。 続けて、今まで背部を向け続けていたガンダムF91は一瞬の内に反転。 そのまま低空飛行を行いながら、右腕で握ったビームライフルを構える。 対象は、自機の僅か後方でコンクリートの大地を、砂利道を蹴飛ばすかのように、追ってくるマスターガンダム。 右のマニュピレーターを操作し、アムロはビームライフルの引き金を引き絞る。 瞬く間に、ビーム音が周囲につんざく様に響く。 昇り始めた太陽の光とは比べ物にならない光が生じ、緑の光弾がマスターガンダムへ向かう。 自分を楽しませてくれそうな人間、アムロの名前を知り思わずガウルンの心に喜びが広がる。 そして光弾に慌てる様子もなく腰を落としたと思いきや、突如マスターガンダムの姿は消えた。 そう。ガウルンは地を蹴り飛ばし、マスターガンダムを跳躍させ、ガンダムF91の上方へ浮かせていた。 右足を向け、ガンダムF91を踏み砕くといわんばかりにそのままの勢いで降下していく。 「やってくれる!」 予想以上に速いガウルンの反応速度に、アムロは自然と苦虫を噛み潰したような表情を見せる。 だが、いつまでもそうしていられるはずもない。 更に大地へ背部を向けたまま、バーニアを吹かせながらアムロはもう一発ビームライフルを撃つ。 マスターガンダムに対し、昇る様に撃ち出された光弾。 光弾は除々に加速し、その速度は速い。 空中戦闘に向いているとはいえないマスターガンダムに、それを避けるのは難しいと思えた。 「やるねぇ、アムロさん。 そうそう、俺の目的はなぁ――――」 だが、マスターガンダムはASでなければ、モビルスーツでもなく、モビルファイターである。 幾らASの操縦性や追従性に優れているといえどもモビルファイターには叶わない。 よってマスターガンダムは、ASよりも更に高い精度でガウルンの動きをトレースするのは容易い。 ガウルンは極上の料理を楽しむかのように表情を歪ませ、半身を逸らした。 やり慣れたように光弾を避け切り、マスターガンダムが重力に引かれ、地に突き刺さるように落ち―― 「あんたと遊んで、ブチ殺すコトさッ!」 アムロが駆るガンダムF91に向けて、勢い良く右の踵を振り下ろした。 ビルの密集地帯であれば衝撃音により、窓ガラスが割れたと思えるほどの音が響く。 実際、そこら中に設置されていた信号機などが崩れ去り、衝撃の大きさを示す。 そして、何かが砕ける音も起こり、地に降り立ったマスターガンダムのボディにその破片が次々とぶつかった。 「……けっ、やっぱやるわ、あんた」 だが、ガウルンは満足のいく手ごたえを感じらない。 そう。市街地に伸びた道路のコンクリートの破片を振り払い、ガウルンは口を開く。 その表情には不思議と落胆のような感情は見られなかった。 それどころか寧ろ、ガウルンが不敵に浮かべる表情からは喜びさえもある。 頭を動かし、鋭く尖りきった視線でガウルンはある方向へ視線を向けた。 其処には未だ健在な機体の姿が一機。 「まぁ……ここで終わっちゃあ、たまらねぇからな」 マスターガンダムの踵落としから緊急回避を行い、更に距離を突き放した機体。 ビームライフルを油断なく構え、宙に浮遊するガンダムF91に向かって、ガウルンは言葉を突きつけた。 コクピット内で下品な笑みを潜ませながら。 (なんだ、このガンダムは……? 何故あれほどまでにも激しい動きで駆動系にガタが来ない? F-91やνガンダムとは設計思想が違うというのか……) 必要以上に燃料を使用する事はない。 そのため、地に降り立たせたガンダムF91の中でアムロは思考を走らせる。 地球連邦の新型ともいえず、どちらかというとギム・ギンガナムが乗っていたようなタイプに似ているマスターガンダム。 自分達が通過してきた地点はマスターガンダムの攻撃により見るも無残な惨状となっており、性能の恐ろしさが嫌でも印象付けられる。 更に、何度も大地を蹴り飛ばしたにも関わらずマスターガンダムの脚部に特に消耗は見られない。 また、爆発的な推進力を誇り、腕を飛ばしたりして、仕掛けてくるマスターガンダムの格闘戦。 サイズの大きさもあり、恐らく一度でも掴まれば終わりだろう。 接近を許すわけにいかず、許してしまえばどうなるか想像に容易い。 高機動戦闘を開発コンセプトに置かれたであろうF91では抵抗のやりようがないといえる。 (ならば、戦い方は決まったな……) だが、取り乱しもせずにアムロは冷静に状況を分析し、己の方針を決定づける。 マスターガンダムが接近に特化した機体であるのは最早間違いない。 先程の戦闘、そして武器らしい武器を持っていない事から容易に推測出来る。 ならば、此方も無理をしてまでも格闘戦に付き合ってやる事もないだろう。 距離を取り、ビームライフルを始めとした射撃兵器で畳み掛ける。 勿論、F91の利点でもある高機動を生かした攪乱も行う。 また、片腕を飛ばせるのであればもう片方の腕も飛ばせておかしくはない。 マスターガンダムの両腕に注意を留めながら、アムロは己の両腕に力を込めた。 「やってみせるさ」 ビームライフルは構えたままで、再びF91のバーニアを動かす。 直ぐにフワリと宙へ浮くF91。 数百メートル程離れた距離で此方を不敵に眺め、立ち続けるマスターガンダムにF91の右腕を翳す。 極、自然な動きでマスターガンダムはF91の動きに合わせるように、腰を落とし構えを取る。 更に右腕に今まで隠し持っていたヒートアックスを握り締め、いつでも飛び掛かる体勢を取った。 右腕と共にマスターガンダムへ向けられ、朝日の光によってビームライフルの銃身が黒く光る。 それはまるで獰猛な獣に対し、剣を構えた騎士のような神秘的な構図。 永遠とも一瞬とも形容し難い不気味な時が静かに両機の間を通り抜ける。 しかし、その光景は一瞬の内に崩れ去った。 「そろそろいかせてもらうぜ、アムロさんとやらよぉッ!」 「来い、ガウルン! お前に負けるつもりなどない!」 「言ってくれるじゃねぇか! 嫌いじゃないぜ、そういうのはなッ!」 「戯言をッ!」 マスターガンダムが黒い弾丸となって飛ぶ。只、勢いに任せて飛ぶ。その勢いは強い。 そして、カメラアイでマスターガンダムの動きを追い、F91がビームライフルの引き金を引く。 ビーム音と共に、一条の閃光が走る。 それがガンダム同士の闘いを再開させる合図となった。 ◇  ◆  ◇ ボディの彼方此方に備えられたバーニアを世話しなく吹かせる。 熱噴射による推進力を糧に、アムロを乗せたF91が市街地の間を駆け巡る。 F91には損傷らしき損傷は見られず、アムロの技量の高さを窺えた。 そう思えば、アムロは機体の向きを上方へ揺らす。 エメラルドグリーンの光を放つカメラアイと共に、向かれたのはビームライフルの銃身。 その先、数百メートル程にいる影は真っ黒な機体。 そう。それはいうまでもなくマスターガンダム。 ビートアックスを振り上げながら、F91へ肉薄するマスターガンダムにビームライフルが捉える。 「へっ、甘いな」 軽く一笑し、ガウルンはマスターガンダムと同様の動きを取り続ける。 卓越した戦闘技術を誇るアムロの操縦によって撃ち出されたビームの光。 無常にも一条の光は空を突きぬけ、肉眼では確認できなくなった。 身を器用に逸らしたため、マスターガンダムに碌な損傷はない。 そのままの勢いで、地に背部を向け、此方にビームライフルを向けるF91を再度視認する。 先程、豪勢な踵落としを放った時と状況がどことなく被った。 そして、マスターガンダムはヒートアックスを握りしめた右腕を振りかぶる。 「そらよ」 やがてマスターガンダムの右腕が振り下ろされる。 秒にも満たない感覚で、ヒートアックスがマスターガンダムの右のマニュピレーターを離れた。 そう。斬りつけるのではなく、投擲をガウルンは選択した。 どうせ、拳や蹴りといった打撃を狙っても当たる事は難しいだろう。 アムロの技量を先程拝見したガウルンは確実な手を取った。 一流のAS乗りとして傭兵の名を馳せた事は伊達ではない。 ヒュンヒュン。 何度も風を切る音を響かせ、ヒートアックスが回りながら突き進む。 「そんなもので!」 アムロは咄嗟にバーニアを切り替え、斜め上空へF91を飛ばす。 マスターガンダムの方ではなく、距離を取れる方向へ。 ビームライフルでの迎撃は出来なかった。 あまりにも距離が近く、おまけにヒートアックスの速度が速いためだ。 ビームシールドでの防御も考えたが、ヒートアックスの勢いを完全に殺せるかどうかは確かではない。 F91が存在していた場所にヒートアックスが突き刺さり、コンクリートに亀裂が刻み込まれる。 上空に飛ばしたF91の中でアムロは再び、ビームライフルの照準に目を凝らす。 無駄のない動きで且つ迅速に。 一瞬の時間を費やした後、アムロがもう一度ビームライフルの引き金に掛けたマニュピレーターを動かそうとする。 「なんだと!?」 しかし、アムロは引き金を引き絞る瞬間、前面モニターに広がるものを見て、驚きの声を上げる。 そこにはマスターガンダムの他に、もう一つ真っ黒な影があった。 「本命はこっちってやつさ!」 ヒートアックスの元へ落ち行くマスターガンダムの中でガウルンが笑う。 右腕が不自然に伸びきったマスターガンダムのカメラアイが鋭い光を灯す。 そう。ヒートアックスから逃れるであろうF91の行動を見透かして、既に打ち出していたディスタントクラッシャーを見つめながら。 ガウルンがアムロを興味と嬉しさを混じ合わせたような瞳で観察する。 アムロが自分の手にどんな持ち札で対抗するかを。胸が高鳴るような期待を寄せながら。 「チィッ!」 ビームライフルを撃ち、アムロは咄嗟にF91の重心を後方へ飛ばす。 急激な加速により、ハーネスによって固定されたアムロの身体が軋む。 迫り来るマスターガンダムの左腕は変則的な動きでジグザグに宙を進み、危なげな頃合でビームの一閃を逃れた。 尚をも突き進むマスターガンダムの左腕にアムロは舌打ちを行いながら、対抗手段を練る。 瞬時にF91の胸部からメガマシンキャノンが二箇所から吐き出された。 弾数は多い。速度も所要時間もビームライフルとは較べものにならない。 秒に数百は撃ち出されるであろう黄色の鉛球が横殴りの雨となり、マスターガンダムの左腕に降りかかる。 「グッ……ククク! それくらいじゃあなぁーッ!」 ガウルンが小さな曇り声を出す。 メガマシンキャノンの雨から完全に左腕を避ける事は出来ずに、被弾を受けていたためだ。 モビルファイターのモビルトーレスシステムはパイロットの動きを伝達する代わりに、機体が受けた損傷すらも伝えてしまう。 機体の右腕が切断されればパイロットの右腕が千切れ、まるでトマトを握り潰すように頭部を潰されれば、血と脳漿を撒き散らす結果となる。 メガマシンキャノンがマスターガンダムの左腕を何度も打ちつけ、ガウルンの左腕に痺れるような痛みを感じさせた。 しかし、ガウルンはメガマシンキャノンから逃れるために左腕を引き戻そうとはしない。 寧ろそれ以上に腕に勢いをつけて、ガウルンは執拗にF91を追い続ける。 依然続くメガキャノンの雨を強引に突き抜け、遂に左腕がF91の胸部を貫かんと迫った。 「させるか!」 しかし、アムロの表情に焦りの色はない。 アムロはバーニアの全出力をカットし、F91の上昇を停止。 ガクン。と、ほんの一瞬だけF91は糸が切れた操り人形のように、大地へ降下する。 周囲の景色が一気に流れ落ち、アムロは一瞬時間の経過を忘れるかのような心地に陥った。 やがて、直ぐ上を暴力的に通過していく影が一つ。 黒光りを帯びたマスターガンダムの左腕が、大気を揺らす。 瞬間、アムロは見計らったようにバーニアを再び動かし、F91の体勢を整わせる。 「これならどうだ!?」 その時、ガウルンの大声と共にF91に音を立てて迫るものが一つ。 緑色のワイヤーを使い、引き戻されていくマスターガンダムの左腕と相反するように右腕が迫る。 今度は右腕によるディスタントクラッシャーを既に地に降り立ったマスターガンダムは撃ち出していた。 そう。アムロが左腕の猛攻を避ける前から事前に。 体勢はほぼ整えきったが、ビームライフルもメガマシンキャノンの砲塔も構えていない。 ビームシールドでの対抗はあまりにも脆すぎる。 やけにスロー気味に此方に突撃してくる右腕を睨みながら、アムロはF91を動かす。 腰のパックに収納された、一本の筒のようなものを握りしめる。 やはり、その動きにも無駄はない。思わず感嘆のため息がつきそうな滑らかな動作を経て、F91は自機の眼前にそれを翳す。 そしてジェネレータを絞り、出力を一点に収束させ―― 「そんなもの、ビームサーベルでやってみせる!」 一振りの剣の形として開放する。 強振されたビームサーベルの刃が一筋の軌跡を描く。 緑色のエネルギー粒子に塗れたビームサーベルを振るい、マスターガンダムの右腕を切り払う。 一流のエースパイロットだけに許された芸当。 それを難なくやってみせたアムロに、右腕に切り傷が伝達されたガウルンは軽く鼻を鳴らす。 その挙動には、喜びと苛立ちが混在しているようにも見えた。 やがてマスターガンダムは右腕を引き戻し、地に突き刺さっていたヒートアックスを引っこ抜き、逆手に握しめる。 対して、F91は依然ビームライフルを構えながら相手の出方を窺う。 両機、脚を止め、再び沈黙の空気が場を支配し始めた。 「最高だぜ、あんた~。いい、実に良い腕をしている」 「貴様に褒められても嬉しくはないんだがな……」 「へへへ、違いねぇ……」 しかし、その時間は極一瞬なもの。 取るに足らない会話を挟み、F91とマスターガンダムが同時に動く。 F91は腰のマウントパックから白色の大砲を、ビームランチャーを握り締める。 対して、マスターガンダムが桃色のエネルギーを帯びた一枚の布、マスタークロスを取り出し、構えた。 互いに先程使用していた獲物とは違い、更に出力を上げたものを選択。 それは戦闘の段階が次のステージへ進む事を暗に意味していたに違いない。 F91のバーニアと、マスターガンダムの脚が動くのはほぼ同時であった。 戦闘は未だ終わろうとはしない。 ◇  ◆  ◇ 腕を振るい、マスタークロスを左右にブンブンと振り回すマスターガンダムが疾走する。 振り回すだけでなく、時折前方へ向かって勢い良く伸ばすといった攻撃を含ませるマスターガンダム。 エネルギーを布の形とし、武器として使用するマスタークロスは使いようによっては中距離にも対応出来る。 ビームランチャーを担ぎ、距離を取りながらF91はマスタークロスの合間を縫うように砲撃。 しかし、マスターガンダムの高い運動性の前には当たらない。 それどころか、先程アムロがビームサーベルで切り払ったかのようにマスタークロスでビームランチャーの光弾を打ち落とす事もやってのけた。 「どうだ、俺もなかなかの腕前だろう? ん?アムロさんよぉ」 「チイッ! やってくれる!」 反撃といわんばかりにマスターガンダムが放ったマスタークロスを後方へ飛ぶ事でF91は避ける。 依然、F91には目立った損傷は見られない。 まぁ、サイズの大きさの問題、マスターガンダムの性能の高さも相まって一撃も貰うわけにはいかないのだが。 (この男……あのライオンのロボに乗っていたヤツとは違う。 只の戦闘狂じゃない……厄介な敵だな) F91のコクピット内でアムロはガウルンについて考える。 てっきり只の戦闘狂、数時間前に戦ったゴステロのような男と同類だと思っていたガウルン。 しかし、何度か手を合わせたところその認識を変えなければならないとアムロは感じ取った。 此方の先を読むかのように攻撃を行い、決して隙を見せないガウルンの戦闘センス。 その練度は高く、認めないわけにはいかない。 たとえればロンド・ベルのモビルスーツ部隊で自分の補佐を務められるくらいのものだ。 アムロはガウルンの予想以上の戦闘技術に驚き、同時に手強い存在である事も確信する。 だが、ガウルンの誇る技術よりもアムロの注意を引く事があった。 (嫌な感じがする……ニュータイプではない、強化人間でもない。 何か人間の本質的なものが狂っている……この男、ガウルンからはそう感じられる。 そうだ……年齢には似合わない、無邪気さゆえに危険な暴力がこの男の全てを語っている……悪意の塊といったところか!?) 再度振るわれたマスタークロスをやや後方へ下がり、ビームサーベルで切り払いながらアムロは思う。 数十分前から感じていた事。 そう。ガウルンが放つ気配、ニュータイプ同士の共振とは似てもつかないものをアムロは確かに感じていた。 心地よいものではなく暴力的に、神経を逆立たせる。 はっきりいって、酷く不愉快な感覚の正体にアムロは若干の戸惑いがあった。 自分をニュータイプだからといって自惚れるつもりはないが、他の人間より感受性に優れている自覚は多少ある。 そして戦闘を行い、ギレン・ザビやシャア・アズナブよりも危険な思想の香りがガウルンからは窺えた。 いや、寧ろ思想などいったものは感じられず、只純粋な危うさが感じられる。 それゆえにアムロははっきりと確信できた事があった。 この男は敵だ。と、極めて簡潔な事項を。 ビルが立ち並ぶ市街地に逃げこみながら、アムロはビームランチャーを構えた。 いくつかの疑問を抱えながら。 (なんだ? 何がこの男をここまで戦いへ惹き付ける。 この男の醜く膨れ上がった悪意はどうやって、ここまで形を成す事が出来た?) ビームランチャーの引き金を絞り、ビームを飛ばす。 ヒョイ、という擬音がしっくりくるだろう。 ビームを避けたマスターガンダムよりもアムロはガウルンの事へ注意がいった。 ガウルンの事について何一つも知らないアムロ。 それゆえにガウルンが此処までの異常なプレッシャーを与えてくる事に疑問が湧いた。 普通の人間では考えられない。 必要最小限な回避運動しか取らず、エネルギー残量など気にするようすもなく猛攻を仕掛けるマスターガンダムが酷く醜悪な存在にすら見える 同時にそれはこの場に場違いな存在に見えた。 もし、万が一この場で自分を倒せてもこれほどエネルギーを消費してしまえばこの先困るだろう。 補給ポイントに向かう前にエネルギー切れを起こし、移動を取る事すら困難になる。 どうせ、協力関係を結んだ仲間もいないだろうに。 傍から見れば死に急いでいるようにも見えるガウルンの戦闘。 積もりゆくアムロの疑問。 そんな時、アムロの思考に一筋の異なった光が差し込み、彼に別の考えを促した。 (……ガウルンだけじゃない。人はいつまで戦い続けなければならない? このF91は俺達の時代よりも未来の世界で造られた筈なのに……未だにニュータイプ専用機などを造っている……情けない……) ディスタントクラッシャーを上昇する事で避けたF91のコクピットでアムロが愚痴のようなものを口にする。 アムロがシャア率いるネオジオンと戦い、アクシズの地球落下を阻止した、通称“シャアの反乱” アムロが現在搭乗しているF91はその戦乱の約三十年以上後に開発された。 開発者のモニカ・アノー博士がサイコミュを応用した新技術、バイオコンピューターを導入した機体として。 そして、それはニュータイプ用に仕上げられ、事実上彼ら専用機体としての開発コンセプトがあった。 クロスボーン・バンガードがフロンティアⅣに侵攻を行うまでは戦争などなく、ニュータイプの存在も最早伝説上の存在になっていたにも関わらずに。 ニュータイプを再び戦場へ送り込み、彼らが戦場で活躍する姿を期待する大衆の密かな想いはひっそりと続いていたのかもしれない。 ファーストガンダムを操り、シャアの反乱で行方不明になった伝説の存在のように。 そう。今、ガンダムというコードネームを期待されたF91を縦横無尽に操る男。 ニュータイプのアムロ・レイのような存在が無意識的に欲されていたのかもしれない。 しかし、当のアムロはF91に乗せられた期待や時代背景など知る由もない。 そのため、F91のような機体に憎憎しい感情さえも覚えた。 (…………チッ) ビームランチャーを腰のアタッチメントに戻し、今度はビームライフルを構える。 つい、必要以上に力を込めて引き金を引いてしまう。若干狙いがずれてしまったにも関わらずマスターガンダムの左肩をほんの少しだけ焼いた。 しかし、アムロの表情にこれといった喜びや達成感はない。 (人間は変われないものなのか……シャアの愚直なエゴまでさえも見せ付けられながら……何故、いつまでも戦争を続ける。 連邦やネオジオンの兵士がアクシズで見せた人間の光は無駄ではなかった筈だ!) 人間は戦う事は止めない。 頭ではわかっていたが、心のどこかではそんな事はないと否定したい気持ちもある。 だから、自分は今まで完全な組織とはいえないが地球連邦でモビルスーツのパイロットをやった。 地球を食い潰す存在でしかない、地球の重力に引かれた人間を抹殺すると宣言したシャアともやりあった。 シャアが掲げる身勝手なエゴを、ララァを山車にして自分の情けなさを肯定しようとする彼の情けなさは許せなかった。 しかし、アクシズの地球落下の際、一人νガンダムで落下阻止のために、それを押し続けていたアムロは見た。 連邦軍、ネオジオンを問わず全ての人間がアクシズの落下を阻止するために自分の後に続いてくれた事を。 全ての人間が母なる星、地球の危機を救うためにあまりにも脆弱なモビルスーツにその異生命を掛けた事はアムロを激しく揺さぶり、彼の感情を動かした。 人間は変われる。そう確信した筈なのに。 だが、この殺し合いでも人は戦う事は止めずに既に数十人が死亡している。 そして、自分が居た時代の未来の世界ではF91のような機体が今も存在している事実。 これらの事実がアムロを酷く嘆かせ、且つ悲しくもさせた。 まるでシャアの反乱でアクシズを包んだ人間の光が無駄であったような錯覚に陥ってしあったから。 (……しかし、今はこの戦闘に集中する。 嘆いている時じゃない。今はガウルンを倒す、それだけだ!) ビームライフルの照準を再び構え、狙いを絞り撃つ。 一条のビームが宙を走ったと同時に、アムロの意識はマスターガンダム一点に注がれる。 いや、厳密にいえばマスターガンダムを操縦する男に対してだろうか。 背部に備えられたメインノズルの両脇に付属した二門の大型な銃をスライドさせる。 “ヴェスバー”がF91の両脇から伸び、F91の両のマニュピレーターが引き金に手を掛け ―― 「ガウルンッ!」 F91が前方へ加速した。 ◇  ◆  ◇ マスタークロスを振り回しながら、ガウルンは思う。 ASとは違い、ガンダムと呼ばれるらしい自分の機体。 ガンダムというコードネームが何を意味するかはガウルンにとって興味はない。 只、使えるおもちゃか使えないおもちゃかの判断がつけばいい。 自分を楽しませてくれればそれでいいのだ。 (いいねぇ……改めて思うがこのマスターガンダムとやらは面白い。 俺好みの機体だな) そして、現在マスターガンダムと同じ動きを取り続けているガウルンは満足していた パイロットの動きを直に伝達するモビルトーレスシステム。 機体が受けた負荷や損傷すらも感知してくれるこのシステムにガウルンは興奮を覚えていた。 初めてこの機体を支給された時からずっと。 ガウルンは只、このマスターガンダムを動かすだけで喜びに震えていた。 (ASもラムダ・ドライブもいいが、こいつと較べたら実感がわかねぇ。 こっちの方が、手堪えがあるってもんだ) ガウルンがこの殺し合いが開催される前に乗っていた機体。 アマルガムによって開発されたラムダ・ドライバを標準装備したAS、通称コダールタイプ。 決して低くはない性能、そして圧倒的なラムダ・ドライバの性能にガウルンは満足していた。 イメージを増幅させ、障壁や弾丸といった物理的な力に変換するラムダ・ドライバには圧倒的な力がある。 ガウルンはその装置を使い、幾度もなく敵対組織のASを破壊し、爽快な心地を覚えてきた。 しかし、流石のASやラムダ・ドライバでも操縦者の動きを完全には伝達する事は出来ない。 だが、マスターガンダムはそれをいとも簡単にやってのけ、ガウルンに充分すぎる程の満足感を与えていた。 自分が右腕を動かせば同じように動かし、全力で走れば直ぐにその動きに追従する。 まさに自分の分身ともいうべき存在で、自分が戦場に居る事をASに搭乗した時よりも感じさせてくれる。 未だASも実戦投入されず、歩兵として戦場を駆け巡ったあの躍動感。 敵兵を銃で、ナイフで殺し、生暖かい血液を身体全身に受け止めたあの充実感。 AS乗りになって、ほんの少しだけ忘れていたあの戦場のリアルな感覚が鮮明に蘇る。 ガウルンは心底、マスターガンダムで戦場を駆け巡る事が出来た自分の幸運さを噛み締めていた。 そして、何もマスターガンダムだけに満足しているわけでもない。 ‘(それにしても、やってくれるなぁこの男は……。 これだけ撃ちまくってるのにてーんで当たりはしねぇ、あのカシムよりも技術的にも精神的にも歯ごたえがある……) F91のビームライフルを肩に受け、焼けるような痛みが伴うがガウルンは不敵に笑う。 アムロの技量にガウルンは満足していた。 自分の連撃にも一度も碌な損傷を貰う事はなく、あげくの果てに反撃まで仕掛けてくるアムロの戦闘センス。 それははっきりいって高い。 きっとどこかの軍組織に所属、もしくは凄腕の傭兵なのだろう。 それも決して冷静さを失わないところを見ると一部隊を任される程の隊長に違いない。 相手としては申し分なく、殺しがいはありすぎる。 しかし、一つだけガウルンには不満な事があった。 (だが……なにやってる? なんでお前さんはあんな奴らとつるむ。 なんでその力をもっと有意義に使わねぇ、お前もあいつと同じか……? だったら親切な俺が目を覚ましてやらないとなぁ……) それはアムロが他の参加者と同行し、積極的に戦闘を行わない事について。 折角のこのデスゲームで何故楽しもうとはしないのだろう。 アムロ程の力があれば優勝する事もそう難しくはないだろうに。 ガウルンはその事について疑問に思う。 只、マスターガンダムの内部でにんやりと下品な笑いを浮かばせながら。 そして、決めた。乗る気がないのなら自分がその気にさせてやろうと。 そう。数時間前、目の前で大切なものを潰してやった一人の青年の時のように。 まぁ、自分との戦いで生き残る事が出来た場合の話ではあるが。 撃ち出していたディスタントクラッシャーを引き戻し、ガウルンがそんな事を考えていた時。 大きな声が聞こえた。 『ガウルンッ!』 二門の細長い大砲のようなものを抱え、突撃するF91が見えた。 思わずガウルンの口元は緩む。 嬉しい。ようやくやる気になったのだろうか。本当に嬉しい。 まるで付き合って間近の恋人が自分の胸に飛び込んでくるようだ。 ならば、自分はどうやってその愛しい人の言葉に答えようか。 それは至極簡単な事―― 「どうした!? アムロッ!」 同じように大きな声で返してやればいい。 但し、両腕を構え、いつでも拳をお見舞いできるという手土産もあるが。 ◇  ◆  ◇ 直撃を狙うためにF91はヴェスバーを構えながら前方へ高速飛行。 マスターガンダムがそれを待ち構えるように、腰を落とす。 やがて、幾重の円上のターゲットロックにマスターガンダムを捕え、F91がヴェスバーを射った。 「何故、こんな馬鹿げたコトをする! こんな戦いには何も意味がないコトがわからないとでもいうのか!?」 「あぁ~?何かと思えばくだらねぇなぁ。 くだらねぇくだらねぇ……本当に勿体無いぜ、アムロさんよぉッ!!」 「なんのコトだ!?」 ヴェスバーの砲撃を避け、マスターガンダムが跳ぶ。 右腕に握られたビームナイフが鋭く光った。 「もっと楽しもうぜ、折角良い腕を持っているんだ。 俺のようにパーッとやっちまえば気分も晴れる!なぁに、一度やっちまえば直ぐにわかるさ」 「世迷言を! 貴様のその歪んだ悪意の正体はなんだ! 何故、そこまで貴様を駆り立てる!?」 「けっ、何が駆り立てるかって? そんなの考えたコトもねぇな~。 まぁ、アリンコを潰すようなもんさ。特にこれといった感想もないな、こりゃ」 「貴様ッ!!」 此方に向かって飛び込むF91にビームナイフを突きつける。 だが、F91は減速せずに、クルクルと機体を回転させながらそのままナイフを避け、マスターガンダムの上空を駆け抜けた。 だが、そのまま戦域を離脱する事は当然ない。 数秒の間を置き、F91は反転。 再びマスターガンダムと向き直り、ヴェスバーを構える。 「おいおい、怒るなよ。 というかあんたはハイスクールの先生じゃあるまいし、俺に説教などお門違いだろう?」 「ならば、俺は貴様を此処で止めてみせる。貴様を此処で逃せば犠牲者が―― 「あぁ、ざんね~ん。それはもう遅いわ」 「なんだと!?」 「だって、俺はもう三人程は殺したからな。ジジィとガキ、それと年頃の割と良い姉ちゃんを一人ずつな」 「ッ!?」 「傑作だったぜ? その姉ちゃんの恋人みてぇな奴の目の前で踏み潰してやったさ。 こう、プチ!って感じになぁ~。あいつの顔は良い表情をしていた、もうサイコーだったぜ」 「うおおおおぉぉぉぉッ!!」 ヴェスバーが咆哮を上げ、目が眩むような眩い黄緑色の光を飛ばす。 両方のヴェスバーを時間差で発射。 一発目を避けたマスターガンダムだが二発目は避ける事は叶わず、マスタークロスで防御。 ビームライフルとは較べものにならない威力が生み出す衝撃に、マスターガンダムはやや後方へ脚を引いた。 F91がそれを見計らったように再度、加速する。 ビームサーベルの柄を右のマニュピレーターに持たせ、ビームの刃を強振させながら。 只、前方へ飛ぶ。 「クハハハハハハハ! だから、お前さんの怒りを買う覚えはないといっただろうに。 まぁ、その三人の中にあんたの知り合いが居たらまぁ別な話かもしれんがな。 その時は悪かった、心の底から謝罪させてもらうさ」 「黙れ! お前と話しをするだけでも、もうたくさんだ……。 貴様は此処で落ちてもらうぞ、ガウルンッ!!」 「ああ、それは是非お願いさせてもらうぜ……アムロ・レイッ!!」 F91の動きに合わせるかのように、マスターガンダムが左の手刀を繰り出す。 ニアクラッシャーと呼ばれる、マスターガンダムの打撃がF91に突き進む。 「甘いッ!」 しかし、F91はそれを寸前で避ける。 F91の機体は左へ半回転を行いながら、マスターガンダムの突き出された左腕の下へ潜り込むように飛んだ。 やがて、機体の重心を戻し、ビームサーベルを滑らせる。 マスターガンダムの左腰の外部装甲をビームサーベルが焼き尽くし、火花が散った。 同時にF91はメガマシンキャノンさえも掃射しており、吸い込まれるように弾丸が左腰の損傷箇所へ飛び込む。 「クッ……ぬぅぅぅぅッ!」 思わず、苦悶の声を上げるガウルン。 ぱっくりと裂けた傷跡内で小規模な爆発が起きた。 幸いコクピット内までには届かず、操縦系統に目立った影響はない。 モビルトーレスシステムにより、ガウルンは恐らく実際に左腰から痛みを感じている事だろう。 その事が関係してか、マスターガンダムの動きが少し緩慢なものとなる。 アムロはその動きを決定的な好機と感じ取った。 マスターガンダムの左腰が起こした爆発から逃れるために一旦、距離を離す。 そのために加速した勢いは殺さず、一旦マスターガンダムを通り抜け、数百メートルの距離を取りながら背後へ。 再び両のヴェスバーを構えながら、アムロはマスターガンダムに向かってF91を飛ばした。 「落ちろッ!」 ダメージがあるといえどもガウルン程の腕前では容易に避けられる可能性もある。 ならば、可能な限り接近し、ヴェスバーを叩き込む。 そのため、アムロは最大戦速でF91を飛ばした。 マスターガンダムが振り返る前よりも、速く距離を詰めるために。 急激に近寄る二機の距離。マスターガンダムは未だこちらに振り返らない。 これならいける。 そう、思い始めた時、アムロは見た。マスターガンダムが背中を向けながら、右腕を左脇の下に忍ばせ、此方へ向けているのを。 一体、何を意味するのか。アムロがそう疑いを持った瞬間―― 「バーン」 ガウルンの陽気な声と共に、一筋の大きな閃光が走った。 「なんだとッ!?」 紫色の光弾がいきなりマスターガンダムの右の手から放たれ、アムロは驚きの声を上げる。 見るからに格闘戦に特化し、更に今まで純粋な射撃兵器を使ってこなかった事による思い込み。 そう。マスターガンダムには何も射撃兵器はないと無意識的にアムロは結論付けていた。 そうでなければわざわざ腕を飛ばす事や、投擲を行う事もないだろうから。 急遽、攻撃を取りやめ、回避行動に移る。いや、近づきすぎた。間に合わない。 仕方なしに左のビームシールドによる防御を選択。 ビーム兵器に絶大な効果を齎す、円盤状の光の盾が光弾を抑えた。 今の攻撃は一体何か。そんな疑問を感じられずにいられないアムロはマスターガンダムの様子を観察。 その時、アムロは目を疑った。 何故なら更に多くの数の光弾が雨のように降り注いでいたから。 勿論、マスターガンダムの両の掌から。 「そらそらそらそらそらーッ!」 両腕を振り、紫色の光弾を、“ダークネスショット”をガウルンは連射する。 モビルファイターは射撃兵器を使う機体は居るが、大抵はパイロットのイメージの力によって使用される。 シャイニングショットやダークネスショットはその典型的な例であり、パイロットの気を凝縮させ、打ち出す攻撃。 勿論、本来は一流のガンダムファイターにしか扱えない武器だが、殺し合いの促進を図るために、その使用は簡易化されている。 そして、何よりガウルンにとってダークネスショットの使用はとても容易いものだった。 そう。この殺し合いが行われる前からイメージを力にするといった、ブラックテクノロジーの産物、ラムダ・ドライバを使いこなしていたガウルンにとっては。 コダールの指から見えない衝撃波を撃ち出す指鉄砲と似たような要領でそれなりに応用は利いた。 依然、ガウルンは無数のダークネスショットを撃ち出し続ける。 「ッ!?」 ビームシールドを構えながら離脱をしていたF91。 だが、再び一発のダークネスショットを真正面からビームシールドで受け止めてしまい、一旦動きが止まった。 そしてタイミングを見計らったようにガウルンが更にダークネスショットを叩き込む。 幾らエースパイロットでもあるアムロに全ての事が出来るわけではない。 追撃のダークネスショットを一発、二発とビームシールドで受け――やがて爆発を起こした。 限界をきたしたビームシールドを一旦切り、咄嗟にビームランチャーを投げ、光弾の盾にする その爆発の衝撃に煽られ、F91は荒れ果てた市街地へ不時着を余儀なくされた。 体勢を崩し、派手にコンクリートの大地へ倒れこむF91をマスターガンダムが満足げに眺める。 不気味な輝きを両のカメラアイから光らせながら。 →[[人の意思(2)]]
*&color(red){人の意思 ◆Qi1eK.TiFc} 朝日が昇り、煌きめく光が周囲に広がる。 南部に設置された市街地全域に朝日が差し込む。 その光は市街地内の高層ビルに備えられた窓ガラスにも降り注ぐ。 枚数は数えられないほどに多いが、厚みは薄くあまり目立たない。 しかし、日光の反射により、自分の存在をこれでもかといわんばかりにその存在を周囲にアピールする。 そう。まるで、盛んに動き回っている彼らのように。 大地を蹴り飛ばし、宙を舞い、爆音を響かせながら一つのステージで踊り狂う彼らを鑑賞するように。 窓ガラスは彼らを、二体の機械仕掛けの人形が織り成す舞台を眺めていた。 「ガンダムF91か……俺向きの機体だな」 白と青で彩られ、四本の黄色いアンテナを備えた複眼のモビルスーツ。 ガンダムF91のコクピット内のシートでアムロ・レイが呟く。 進化した人間、新人類ともいうべきニュータイプであるアムロ。 そんなアムロにニュータイプ専用機として開発されたF91が馴染むのは当然といえるかもしれない。 先程、脳に流れ込んできた操縦方法は既に粗方把握済み。 更にその知識に己の天才的な操縦技術を加え、アムロはF91を存分に操る。 背部のバーニアを吹かし、高層ビルの間をF91は器用にすり抜けていく。 無駄のない、洗練された動きでF91を飛ばすアムロ。 だが、F91の動きとは裏腹にアムロの表情に余裕はあまり見られない。 地球連邦軍に所属するエース部隊。 ロンド・ベルのモビルスーツ部隊隊長である、アムロから彼の余裕を奪う存在が居たから。 ガンダムF91が飛び去った後、数秒の間を置き、追いかけるように音が響く。 「おいおい、つれねぇなぁ。 いつまで逃げるんだよ、あんた」 地が砕ける大きな音が響いたと思うと、黒い影が宙に飛ぶ。 それはモビルスーツとは違い、パイロットの動きをダイレクトに伝達するモビルファイター。 悪魔を思わせるような鋭角的な頭部、緑の複眼を持つ黒い形状を持つ機体。 マスターガンダムが前方を飛ぶガンダムF91を追うように飛び跳ねた。 操縦者は秘密組織アマルガムに所属する男、ガウルン。 マスターガンダムのコクピットではガウルンがそれと同じように身体を動かし、声を上げる。 気品といった様子は一切なく、下品じみた笑いさえも含むガウルンの声。 優雅に飛行するガンダムF-91とは違い、野獣のように地を駆けるマスターガンダムはガウルンの気性を良く表しているようだ。 (あーあ……焦らしてくれるねぇ。まぁ理由はわかるがな……) 今まで自分の攻撃からチョロチョロと避わし、碌に戦おうとしなかったアムロにガウルンは苛立つ。 そう。アムロは、今は兎に角距離を離す事に専念していたから。 その理由は勿論、先程分かれたガロードをガウルンが追撃しないようにするため。 ガウルンもその事に感づき、アムロの甘さに対し内心毒づいていた。 あまりにも甘い。一人しか生き残れない素晴らしいデスゲームで何故、他人の命を考える必要があるのか。 まるで人道上の理由とかつまらない事を上げ、温い手しか打ってこなかったミスリルのように。 数回の跳躍を経て、マスターガンダムはコンクリート舗装された市街地の道路を踏みしめ、疾走する。 そして右腕を構え、普段使い慣れたライフルや刃物ではなく、己の腕を向けて対象を絞った。 「さぁて……これはどうだ?」 低く、それでいて可笑しそうに唸るガウルン。 数秒の間を置き、右腕を大きく前方へ突き出す事でディスタントクラッシャーを放つ。 緑色のワイヤー状の物体に引かれながら、マスターガンダムの右肘から右腕が空を切ってF91へ迫る。 F91は低空飛行を切り替え、瞬時に大きく上昇し回避。 ディスタントクラッシャーは虚しく地に着き刺さり、F91はそれを嘲笑うかのように飛び続ける。 だが、ガウルンは気にする事なく、直ぐに右腕を引き戻し、再び右足を踏み込む。 マスターガンダムは多少大袈裟に腰を落とし、前方へ飛び込み、F91との距離を詰めた。 そのマスターガンダムの動きにはF91と同じく、無駄はない。 「隠すなよ、どうせあんたが強ぇコトは俺にはわかってる。 その動きを見ればなぁ!」 その理由はアムロが一流のモビルスーツ乗りなら、ガウルンは一流のテロリスト。 もとい、一流のAS乗りであるから。 モビルファイターであるマスターガンダムを天性の勘で文字通り、自分の手足として動かす。 やがてF91はビルの密集地帯を抜け、それにマスターガンダムも追従するように跳び抜けた。 「黒いガンダムのパイロット! こちらは、アムロ・レイだ。 貴様の名前と目的を言え!」 「へっ! ようやく名乗ってくれたか、アムロさんよぉ。 嬉しいぜぇ……俺はガウルンとでも呼んでくれや」 既にガウルンに休戦の意思はないと悟ったアムロは、オープンチャンネルを開き、ガウルンがそれに応える。 一瞬の内に交わされる言葉で互いの名前を交換。 続けて、今まで背部を向け続けていたガンダムF91は一瞬の内に反転。 そのまま低空飛行を行いながら、右腕で握ったビームライフルを構える。 対象は、自機の僅か後方でコンクリートの大地を、砂利道を蹴飛ばすかのように、追ってくるマスターガンダム。 右のマニュピレーターを操作し、アムロはビームライフルの引き金を引き絞る。 瞬く間に、ビーム音が周囲につんざく様に響く。 昇り始めた太陽の光とは比べ物にならない光が生じ、緑の光弾がマスターガンダムへ向かう。 自分を楽しませてくれそうな人間、アムロの名前を知り思わずガウルンの心に喜びが広がる。 そして光弾に慌てる様子もなく腰を落としたと思いきや、突如マスターガンダムの姿は消えた。 そう。ガウルンは地を蹴り飛ばし、マスターガンダムを跳躍させ、ガンダムF91の上方へ浮かせていた。 右足を向け、ガンダムF91を踏み砕くといわんばかりにそのままの勢いで降下していく。 「やってくれる!」 予想以上に速いガウルンの反応速度に、アムロは自然と苦虫を噛み潰したような表情を見せる。 だが、いつまでもそうしていられるはずもない。 更に大地へ背部を向けたまま、バーニアを吹かせながらアムロはもう一発ビームライフルを撃つ。 マスターガンダムに対し、昇る様に撃ち出された光弾。 光弾は除々に加速し、その速度は速い。 空中戦闘に向いているとはいえないマスターガンダムに、それを避けるのは難しいと思えた。 「やるねぇ、アムロさん。 そうそう、俺の目的はなぁ――――」 だが、マスターガンダムはASでなければ、モビルスーツでもなく、モビルファイターである。 幾らASの操縦性や追従性に優れているといえどもモビルファイターには叶わない。 よってマスターガンダムは、ASよりも更に高い精度でガウルンの動きをトレースするのは容易い。 ガウルンは極上の料理を楽しむかのように表情を歪ませ、半身を逸らした。 やり慣れたように光弾を避け切り、マスターガンダムが重力に引かれ、地に突き刺さるように落ち―― 「あんたと遊んで、ブチ殺すコトさッ!」 アムロが駆るガンダムF91に向けて、勢い良く右の踵を振り下ろした。 ビルの密集地帯であれば衝撃音により、窓ガラスが割れたと思えるほどの音が響く。 実際、そこら中に設置されていた信号機などが崩れ去り、衝撃の大きさを示す。 そして、何かが砕ける音も起こり、地に降り立ったマスターガンダムのボディにその破片が次々とぶつかった。 「……けっ、やっぱやるわ、あんた」 だが、ガウルンは満足のいく手ごたえを感じらない。 そう。市街地に伸びた道路のコンクリートの破片を振り払い、ガウルンは口を開く。 その表情には不思議と落胆のような感情は見られなかった。 それどころか寧ろ、ガウルンが不敵に浮かべる表情からは喜びさえもある。 頭を動かし、鋭く尖りきった視線でガウルンはある方向へ視線を向けた。 其処には未だ健在な機体の姿が一機。 「まぁ……ここで終わっちゃあ、たまらねぇからな」 マスターガンダムの踵落としから緊急回避を行い、更に距離を突き放した機体。 ビームライフルを油断なく構え、宙に浮遊するガンダムF91に向かって、ガウルンは言葉を突きつけた。 コクピット内で下品な笑みを潜ませながら。 (なんだ、このガンダムは……? 何故あれほどまでにも激しい動きで駆動系にガタが来ない? F-91やνガンダムとは設計思想が違うというのか……) 必要以上に燃料を使用する事はない。 そのため、地に降り立たせたガンダムF91の中でアムロは思考を走らせる。 地球連邦の新型ともいえず、どちらかというとギム・ギンガナムが乗っていたようなタイプに似ているマスターガンダム。 自分達が通過してきた地点はマスターガンダムの攻撃により見るも無残な惨状となっており、性能の恐ろしさが嫌でも印象付けられる。 更に、何度も大地を蹴り飛ばしたにも関わらずマスターガンダムの脚部に特に消耗は見られない。 また、爆発的な推進力を誇り、腕を飛ばしたりして、仕掛けてくるマスターガンダムの格闘戦。 サイズの大きさもあり、恐らく一度でも掴まれば終わりだろう。 接近を許すわけにいかず、許してしまえばどうなるか想像に容易い。 高機動戦闘を開発コンセプトに置かれたであろうF91では抵抗のやりようがないといえる。 (ならば、戦い方は決まったな……) だが、取り乱しもせずにアムロは冷静に状況を分析し、己の方針を決定づける。 マスターガンダムが接近に特化した機体であるのは最早間違いない。 先程の戦闘、そして武器らしい武器を持っていない事から容易に推測出来る。 ならば、此方も無理をしてまでも格闘戦に付き合ってやる事もないだろう。 距離を取り、ビームライフルを始めとした射撃兵器で畳み掛ける。 勿論、F91の利点でもある高機動を生かした攪乱も行う。 また、片腕を飛ばせるのであればもう片方の腕も飛ばせておかしくはない。 マスターガンダムの両腕に注意を留めながら、アムロは己の両腕に力を込めた。 「やってみせるさ」 ビームライフルは構えたままで、再びF91のバーニアを動かす。 直ぐにフワリと宙へ浮くF91。 数百メートル程離れた距離で此方を不敵に眺め、立ち続けるマスターガンダムにF91の右腕を翳す。 極、自然な動きでマスターガンダムはF91の動きに合わせるように、腰を落とし構えを取る。 更に右腕に今まで隠し持っていたヒートアックスを握り締め、いつでも飛び掛かる体勢を取った。 右腕と共にマスターガンダムへ向けられ、朝日の光によってビームライフルの銃身が黒く光る。 それはまるで獰猛な獣に対し、剣を構えた騎士のような神秘的な構図。 永遠とも一瞬とも形容し難い不気味な時が静かに両機の間を通り抜ける。 しかし、その光景は一瞬の内に崩れ去った。 「そろそろいかせてもらうぜ、アムロさんとやらよぉッ!」 「来い、ガウルン! お前に負けるつもりなどない!」 「言ってくれるじゃねぇか! 嫌いじゃないぜ、そういうのはなッ!」 「戯言をッ!」 マスターガンダムが黒い弾丸となって飛ぶ。只、勢いに任せて飛ぶ。その勢いは強い。 そして、カメラアイでマスターガンダムの動きを追い、F91がビームライフルの引き金を引く。 ビーム音と共に、一条の閃光が走る。 それがガンダム同士の闘いを再開させる合図となった。 ◇  ◆  ◇ ボディの彼方此方に備えられたバーニアを世話しなく吹かせる。 熱噴射による推進力を糧に、アムロを乗せたF91が市街地の間を駆け巡る。 F91には損傷らしき損傷は見られず、アムロの技量の高さを窺えた。 そう思えば、アムロは機体の向きを上方へ揺らす。 エメラルドグリーンの光を放つカメラアイと共に、向かれたのはビームライフルの銃身。 その先、数百メートル程にいる影は真っ黒な機体。 そう。それはいうまでもなくマスターガンダム。 ビートアックスを振り上げながら、F91へ肉薄するマスターガンダムにビームライフルが捉える。 「へっ、甘いな」 軽く一笑し、ガウルンはマスターガンダムと同様の動きを取り続ける。 卓越した戦闘技術を誇るアムロの操縦によって撃ち出されたビームの光。 無常にも一条の光は空を突きぬけ、肉眼では確認できなくなった。 身を器用に逸らしたため、マスターガンダムに碌な損傷はない。 そのままの勢いで、地に背部を向け、此方にビームライフルを向けるF91を再度視認する。 先程、豪勢な踵落としを放った時と状況がどことなく被った。 そして、マスターガンダムはヒートアックスを握りしめた右腕を振りかぶる。 「そらよ」 やがてマスターガンダムの右腕が振り下ろされる。 秒にも満たない感覚で、ヒートアックスがマスターガンダムの右のマニュピレーターを離れた。 そう。斬りつけるのではなく、投擲をガウルンは選択した。 どうせ、拳や蹴りといった打撃を狙っても当たる事は難しいだろう。 アムロの技量を先程拝見したガウルンは確実な手を取った。 一流のAS乗りとして傭兵の名を馳せた事は伊達ではない。 ヒュンヒュン。 何度も風を切る音を響かせ、ヒートアックスが回りながら突き進む。 「そんなもので!」 アムロは咄嗟にバーニアを切り替え、斜め上空へF91を飛ばす。 マスターガンダムの方ではなく、距離を取れる方向へ。 ビームライフルでの迎撃は出来なかった。 あまりにも距離が近く、おまけにヒートアックスの速度が速いためだ。 ビームシールドでの防御も考えたが、ヒートアックスの勢いを完全に殺せるかどうかは確かではない。 F91が存在していた場所にヒートアックスが突き刺さり、コンクリートに亀裂が刻み込まれる。 上空に飛ばしたF91の中でアムロは再び、ビームライフルの照準に目を凝らす。 無駄のない動きで且つ迅速に。 一瞬の時間を費やした後、アムロがもう一度ビームライフルの引き金に掛けたマニュピレーターを動かそうとする。 「なんだと!?」 しかし、アムロは引き金を引き絞る瞬間、前面モニターに広がるものを見て、驚きの声を上げる。 そこにはマスターガンダムの他に、もう一つ真っ黒な影があった。 「本命はこっちってやつさ!」 ヒートアックスの元へ落ち行くマスターガンダムの中でガウルンが笑う。 右腕が不自然に伸びきったマスターガンダムのカメラアイが鋭い光を灯す。 そう。ヒートアックスから逃れるであろうF91の行動を見透かして、既に打ち出していたディスタントクラッシャーを見つめながら。 ガウルンがアムロを興味と嬉しさを混じ合わせたような瞳で観察する。 アムロが自分の手にどんな持ち札で対抗するかを。胸が高鳴るような期待を寄せながら。 「チィッ!」 ビームライフルを撃ち、アムロは咄嗟にF91の重心を後方へ飛ばす。 急激な加速により、ハーネスによって固定されたアムロの身体が軋む。 迫り来るマスターガンダムの左腕は変則的な動きでジグザグに宙を進み、危なげな頃合でビームの一閃を逃れた。 尚をも突き進むマスターガンダムの左腕にアムロは舌打ちを行いながら、対抗手段を練る。 瞬時にF91の胸部からメガマシンキャノンが二箇所から吐き出された。 弾数は多い。速度も所要時間もビームライフルとは較べものにならない。 秒に数百は撃ち出されるであろう黄色の鉛球が横殴りの雨となり、マスターガンダムの左腕に降りかかる。 「グッ……ククク! それくらいじゃあなぁーッ!」 ガウルンが小さな曇り声を出す。 メガマシンキャノンの雨から完全に左腕を避ける事は出来ずに、被弾を受けていたためだ。 モビルファイターのモビルトーレスシステムはパイロットの動きを伝達する代わりに、機体が受けた損傷すらも伝えてしまう。 機体の右腕が切断されればパイロットの右腕が千切れ、まるでトマトを握り潰すように頭部を潰されれば、血と脳漿を撒き散らす結果となる。 メガマシンキャノンがマスターガンダムの左腕を何度も打ちつけ、ガウルンの左腕に痺れるような痛みを感じさせた。 しかし、ガウルンはメガマシンキャノンから逃れるために左腕を引き戻そうとはしない。 寧ろそれ以上に腕に勢いをつけて、ガウルンは執拗にF91を追い続ける。 依然続くメガキャノンの雨を強引に突き抜け、遂に左腕がF91の胸部を貫かんと迫った。 「させるか!」 しかし、アムロの表情に焦りの色はない。 アムロはバーニアの全出力をカットし、F91の上昇を停止。 ガクン。と、ほんの一瞬だけF91は糸が切れた操り人形のように、大地へ降下する。 周囲の景色が一気に流れ落ち、アムロは一瞬時間の経過を忘れるかのような心地に陥った。 やがて、直ぐ上を暴力的に通過していく影が一つ。 黒光りを帯びたマスターガンダムの左腕が、大気を揺らす。 瞬間、アムロは見計らったようにバーニアを再び動かし、F91の体勢を整わせる。 「これならどうだ!?」 その時、ガウルンの大声と共にF91に音を立てて迫るものが一つ。 緑色のワイヤーを使い、引き戻されていくマスターガンダムの左腕と相反するように右腕が迫る。 今度は右腕によるディスタントクラッシャーを既に地に降り立ったマスターガンダムは撃ち出していた。 そう。アムロが左腕の猛攻を避ける前から事前に。 体勢はほぼ整えきったが、ビームライフルもメガマシンキャノンの砲塔も構えていない。 ビームシールドでの対抗はあまりにも脆すぎる。 やけにスロー気味に此方に突撃してくる右腕を睨みながら、アムロはF91を動かす。 腰のパックに収納された、一本の筒のようなものを握りしめる。 やはり、その動きにも無駄はない。思わず感嘆のため息がつきそうな滑らかな動作を経て、F91は自機の眼前にそれを翳す。 そしてジェネレータを絞り、出力を一点に収束させ―― 「そんなもの、ビームサーベルでやってみせる!」 一振りの剣の形として開放する。 強振されたビームサーベルの刃が一筋の軌跡を描く。 緑色のエネルギー粒子に塗れたビームサーベルを振るい、マスターガンダムの右腕を切り払う。 一流のエースパイロットだけに許された芸当。 それを難なくやってみせたアムロに、右腕に切り傷が伝達されたガウルンは軽く鼻を鳴らす。 その挙動には、喜びと苛立ちが混在しているようにも見えた。 やがてマスターガンダムは右腕を引き戻し、地に突き刺さっていたヒートアックスを引っこ抜き、逆手に握しめる。 対して、F91は依然ビームライフルを構えながら相手の出方を窺う。 両機、脚を止め、再び沈黙の空気が場を支配し始めた。 「最高だぜ、あんた~。いい、実に良い腕をしている」 「貴様に褒められても嬉しくはないんだがな……」 「へへへ、違いねぇ……」 しかし、その時間は極一瞬なもの。 取るに足らない会話を挟み、F91とマスターガンダムが同時に動く。 F91は腰のマウントパックから白色の大砲を、ビームランチャーを握り締める。 対して、マスターガンダムが桃色のエネルギーを帯びた一枚の布、マスタークロスを取り出し、構えた。 互いに先程使用していた獲物とは違い、更に出力を上げたものを選択。 それは戦闘の段階が次のステージへ進む事を暗に意味していたに違いない。 F91のバーニアと、マスターガンダムの脚が動くのはほぼ同時であった。 戦闘は未だ終わろうとはしない。 ◇  ◆  ◇ 腕を振るい、マスタークロスを左右にブンブンと振り回すマスターガンダムが疾走する。 振り回すだけでなく、時折前方へ向かって勢い良く伸ばすといった攻撃を含ませるマスターガンダム。 エネルギーを布の形とし、武器として使用するマスタークロスは使いようによっては中距離にも対応出来る。 ビームランチャーを担ぎ、距離を取りながらF91はマスタークロスの合間を縫うように砲撃。 しかし、マスターガンダムの高い運動性の前には当たらない。 それどころか、先程アムロがビームサーベルで切り払ったかのようにマスタークロスでビームランチャーの光弾を打ち落とす事もやってのけた。 「どうだ、俺もなかなかの腕前だろう? ん?アムロさんよぉ」 「チイッ! やってくれる!」 反撃といわんばかりにマスターガンダムが放ったマスタークロスを後方へ飛ぶ事でF91は避ける。 依然、F91には目立った損傷は見られない。 まぁ、サイズの大きさの問題、マスターガンダムの性能の高さも相まって一撃も貰うわけにはいかないのだが。 (この男……あのライオンのロボに乗っていたヤツとは違う。 只の戦闘狂じゃない……厄介な敵だな) F91のコクピット内でアムロはガウルンについて考える。 てっきり只の戦闘狂、数時間前に戦ったゴステロのような男と同類だと思っていたガウルン。 しかし、何度か手を合わせたところその認識を変えなければならないとアムロは感じ取った。 此方の先を読むかのように攻撃を行い、決して隙を見せないガウルンの戦闘センス。 その練度は高く、認めないわけにはいかない。 たとえればロンド・ベルのモビルスーツ部隊で自分の補佐を務められるくらいのものだ。 アムロはガウルンの予想以上の戦闘技術に驚き、同時に手強い存在である事も確信する。 だが、ガウルンの誇る技術よりもアムロの注意を引く事があった。 (嫌な感じがする……ニュータイプではない、強化人間でもない。 何か人間の本質的なものが狂っている……この男、ガウルンからはそう感じられる。 そうだ……年齢には似合わない、無邪気さゆえに危険な暴力がこの男の全てを語っている……悪意の塊といったところか!?) 再度振るわれたマスタークロスをやや後方へ下がり、ビームサーベルで切り払いながらアムロは思う。 数十分前から感じていた事。 そう。ガウルンが放つ気配、ニュータイプ同士の共振とは似てもつかないものをアムロは確かに感じていた。 心地よいものではなく暴力的に、神経を逆立たせる。 はっきりいって、酷く不愉快な感覚の正体にアムロは若干の戸惑いがあった。 自分をニュータイプだからといって自惚れるつもりはないが、他の人間より感受性に優れている自覚は多少ある。 そして戦闘を行い、ギレン・ザビやシャア・アズナブよりも危険な思想の香りがガウルンからは窺えた。 いや、寧ろ思想などいったものは感じられず、只純粋な危うさが感じられる。 それゆえにアムロははっきりと確信できた事があった。 この男は敵だ。と、極めて簡潔な事項を。 ビルが立ち並ぶ市街地に逃げこみながら、アムロはビームランチャーを構えた。 いくつかの疑問を抱えながら。 (なんだ? 何がこの男をここまで戦いへ惹き付ける。 この男の醜く膨れ上がった悪意はどうやって、ここまで形を成す事が出来た?) ビームランチャーの引き金を絞り、ビームを飛ばす。 ヒョイ、という擬音がしっくりくるだろう。 ビームを避けたマスターガンダムよりもアムロはガウルンの事へ注意がいった。 ガウルンの事について何一つも知らないアムロ。 それゆえにガウルンが此処までの異常なプレッシャーを与えてくる事に疑問が湧いた。 普通の人間では考えられない。 必要最小限な回避運動しか取らず、エネルギー残量など気にするようすもなく猛攻を仕掛けるマスターガンダムが酷く醜悪な存在にすら見える 同時にそれはこの場に場違いな存在に見えた。 もし、万が一この場で自分を倒せてもこれほどエネルギーを消費してしまえばこの先困るだろう。 補給ポイントに向かう前にエネルギー切れを起こし、移動を取る事すら困難になる。 どうせ、協力関係を結んだ仲間もいないだろうに。 傍から見れば死に急いでいるようにも見えるガウルンの戦闘。 積もりゆくアムロの疑問。 そんな時、アムロの思考に一筋の異なった光が差し込み、彼に別の考えを促した。 (……ガウルンだけじゃない。人はいつまで戦い続けなければならない? このF91は俺達の時代よりも未来の世界で造られた筈なのに……未だにニュータイプ専用機などを造っている……情けない……) ディスタントクラッシャーを上昇する事で避けたF91のコクピットでアムロが愚痴のようなものを口にする。 アムロがシャア率いるネオジオンと戦い、アクシズの地球落下を阻止した、通称“シャアの反乱” アムロが現在搭乗しているF91はその戦乱の約三十年以上後に開発された。 開発者のモニカ・アノー博士がサイコミュを応用した新技術、バイオコンピューターを導入した機体として。 そして、それはニュータイプ用に仕上げられ、事実上彼ら専用機体としての開発コンセプトがあった。 クロスボーン・バンガードがフロンティアⅣに侵攻を行うまでは戦争などなく、ニュータイプの存在も最早伝説上の存在になっていたにも関わらずに。 ニュータイプを再び戦場へ送り込み、彼らが戦場で活躍する姿を期待する大衆の密かな想いはひっそりと続いていたのかもしれない。 ファーストガンダムを操り、シャアの反乱で行方不明になった伝説の存在のように。 そう。今、ガンダムというコードネームを期待されたF91を縦横無尽に操る男。 ニュータイプのアムロ・レイのような存在が無意識的に欲されていたのかもしれない。 しかし、当のアムロはF91に乗せられた期待や時代背景など知る由もない。 そのため、F91のような機体に憎憎しい感情さえも覚えた。 (…………チッ) ビームランチャーを腰のアタッチメントに戻し、今度はビームライフルを構える。 つい、必要以上に力を込めて引き金を引いてしまう。若干狙いがずれてしまったにも関わらずマスターガンダムの左肩をほんの少しだけ焼いた。 しかし、アムロの表情にこれといった喜びや達成感はない。 (人間は変われないものなのか……シャアの愚直なエゴまでさえも見せ付けられながら……何故、いつまでも戦争を続ける。 連邦やネオジオンの兵士がアクシズで見せた人間の光は無駄ではなかった筈だ!) 人間は戦う事は止めない。 頭ではわかっていたが、心のどこかではそんな事はないと否定したい気持ちもある。 だから、自分は今まで完全な組織とはいえないが地球連邦でモビルスーツのパイロットをやった。 地球を食い潰す存在でしかない、地球の重力に引かれた人間を抹殺すると宣言したシャアともやりあった。 シャアが掲げる身勝手なエゴを、ララァを山車にして自分の情けなさを肯定しようとする彼の情けなさは許せなかった。 しかし、アクシズの地球落下の際、一人νガンダムで落下阻止のために、それを押し続けていたアムロは見た。 連邦軍、ネオジオンを問わず全ての人間がアクシズの落下を阻止するために自分の後に続いてくれた事を。 全ての人間が母なる星、地球の危機を救うためにあまりにも脆弱なモビルスーツにその異生命を掛けた事はアムロを激しく揺さぶり、彼の感情を動かした。 人間は変われる。そう確信した筈なのに。 だが、この殺し合いでも人は戦う事は止めずに既に数十人が死亡している。 そして、自分が居た時代の未来の世界ではF91のような機体が今も存在している事実。 これらの事実がアムロを酷く嘆かせ、且つ悲しくもさせた。 まるでシャアの反乱でアクシズを包んだ人間の光が無駄であったような錯覚に陥ってしあったから。 (……しかし、今はこの戦闘に集中する。 嘆いている時じゃない。今はガウルンを倒す、それだけだ!) ビームライフルの照準を再び構え、狙いを絞り撃つ。 一条のビームが宙を走ったと同時に、アムロの意識はマスターガンダム一点に注がれる。 いや、厳密にいえばマスターガンダムを操縦する男に対してだろうか。 背部に備えられたメインノズルの両脇に付属した二門の大型な銃をスライドさせる。 “ヴェスバー”がF91の両脇から伸び、F91の両のマニュピレーターが引き金に手を掛け ―― 「ガウルンッ!」 F91が前方へ加速した。 ◇  ◆  ◇ マスタークロスを振り回しながら、ガウルンは思う。 ASとは違い、ガンダムと呼ばれるらしい自分の機体。 ガンダムというコードネームが何を意味するかはガウルンにとって興味はない。 只、使えるおもちゃか使えないおもちゃかの判断がつけばいい。 自分を楽しませてくれればそれでいいのだ。 (いいねぇ……改めて思うがこのマスターガンダムとやらは面白い。 俺好みの機体だな) そして、現在マスターガンダムと同じ動きを取り続けているガウルンは満足していた パイロットの動きを直に伝達するモビルトーレスシステム。 機体が受けた負荷や損傷すらも感知してくれるこのシステムにガウルンは興奮を覚えていた。 初めてこの機体を支給された時からずっと。 ガウルンは只、このマスターガンダムを動かすだけで喜びに震えていた。 (ASもラムダ・ドライブもいいが、こいつと較べたら実感がわかねぇ。 こっちの方が、手堪えがあるってもんだ) ガウルンがこの殺し合いが開催される前に乗っていた機体。 アマルガムによって開発されたラムダ・ドライバを標準装備したAS、通称コダールタイプ。 決して低くはない性能、そして圧倒的なラムダ・ドライバの性能にガウルンは満足していた。 イメージを増幅させ、障壁や弾丸といった物理的な力に変換するラムダ・ドライバには圧倒的な力がある。 ガウルンはその装置を使い、幾度もなく敵対組織のASを破壊し、爽快な心地を覚えてきた。 しかし、流石のASやラムダ・ドライバでも操縦者の動きを完全には伝達する事は出来ない。 だが、マスターガンダムはそれをいとも簡単にやってのけ、ガウルンに充分すぎる程の満足感を与えていた。 自分が右腕を動かせば同じように動かし、全力で走れば直ぐにその動きに追従する。 まさに自分の分身ともいうべき存在で、自分が戦場に居る事をASに搭乗した時よりも感じさせてくれる。 未だASも実戦投入されず、歩兵として戦場を駆け巡ったあの躍動感。 敵兵を銃で、ナイフで殺し、生暖かい血液を身体全身に受け止めたあの充実感。 AS乗りになって、ほんの少しだけ忘れていたあの戦場のリアルな感覚が鮮明に蘇る。 ガウルンは心底、マスターガンダムで戦場を駆け巡る事が出来た自分の幸運さを噛み締めていた。 そして、何もマスターガンダムだけに満足しているわけでもない。 ‘(それにしても、やってくれるなぁこの男は……。 これだけ撃ちまくってるのにてーんで当たりはしねぇ、あのカシムよりも技術的にも精神的にも歯ごたえがある……) F91のビームライフルを肩に受け、焼けるような痛みが伴うがガウルンは不敵に笑う。 アムロの技量にガウルンは満足していた。 自分の連撃にも一度も碌な損傷を貰う事はなく、あげくの果てに反撃まで仕掛けてくるアムロの戦闘センス。 それははっきりいって高い。 きっとどこかの軍組織に所属、もしくは凄腕の傭兵なのだろう。 それも決して冷静さを失わないところを見ると一部隊を任される程の隊長に違いない。 相手としては申し分なく、殺しがいはありすぎる。 しかし、一つだけガウルンには不満な事があった。 (だが……なにやってる? なんでお前さんはあんな奴らとつるむ。 なんでその力をもっと有意義に使わねぇ、お前もあいつと同じか……? だったら親切な俺が目を覚ましてやらないとなぁ……) それはアムロが他の参加者と同行し、積極的に戦闘を行わない事について。 折角のこのデスゲームで何故楽しもうとはしないのだろう。 アムロ程の力があれば優勝する事もそう難しくはないだろうに。 ガウルンはその事について疑問に思う。 只、マスターガンダムの内部でにんやりと下品な笑いを浮かばせながら。 そして、決めた。乗る気がないのなら自分がその気にさせてやろうと。 そう。数時間前、目の前で大切なものを潰してやった一人の青年の時のように。 まぁ、自分との戦いで生き残る事が出来た場合の話ではあるが。 撃ち出していたディスタントクラッシャーを引き戻し、ガウルンがそんな事を考えていた時。 大きな声が聞こえた。 『ガウルンッ!』 二門の細長い大砲のようなものを抱え、突撃するF91が見えた。 思わずガウルンの口元は緩む。 嬉しい。ようやくやる気になったのだろうか。本当に嬉しい。 まるで付き合って間近の恋人が自分の胸に飛び込んでくるようだ。 ならば、自分はどうやってその愛しい人の言葉に答えようか。 それは至極簡単な事―― 「どうした!? アムロッ!」 同じように大きな声で返してやればいい。 但し、両腕を構え、いつでも拳をお見舞いできるという手土産もあるが。 ◇  ◆  ◇ 直撃を狙うためにF91はヴェスバーを構えながら前方へ高速飛行。 マスターガンダムがそれを待ち構えるように、腰を落とす。 やがて、幾重の円上のターゲットロックにマスターガンダムを捕え、F91がヴェスバーを射った。 「何故、こんな馬鹿げたコトをする! こんな戦いには何も意味がないコトがわからないとでもいうのか!?」 「あぁ~?何かと思えばくだらねぇなぁ。 くだらねぇくだらねぇ……本当に勿体無いぜ、アムロさんよぉッ!!」 「なんのコトだ!?」 ヴェスバーの砲撃を避け、マスターガンダムが跳ぶ。 右腕に握られたビームナイフが鋭く光った。 「もっと楽しもうぜ、折角良い腕を持っているんだ。 俺のようにパーッとやっちまえば気分も晴れる!なぁに、一度やっちまえば直ぐにわかるさ」 「世迷言を! 貴様のその歪んだ悪意の正体はなんだ! 何故、そこまで貴様を駆り立てる!?」 「けっ、何が駆り立てるかって? そんなの考えたコトもねぇな~。 まぁ、アリンコを潰すようなもんさ。特にこれといった感想もないな、こりゃ」 「貴様ッ!!」 此方に向かって飛び込むF91にビームナイフを突きつける。 だが、F91は減速せずに、クルクルと機体を回転させながらそのままナイフを避け、マスターガンダムの上空を駆け抜けた。 だが、そのまま戦域を離脱する事は当然ない。 数秒の間を置き、F91は反転。 再びマスターガンダムと向き直り、ヴェスバーを構える。 「おいおい、怒るなよ。 というかあんたはハイスクールの先生じゃあるまいし、俺に説教などお門違いだろう?」 「ならば、俺は貴様を此処で止めてみせる。貴様を此処で逃せば犠牲者が―― 「あぁ、ざんね~ん。それはもう遅いわ」 「なんだと!?」 「だって、俺はもう三人程は殺したからな。ジジィとガキ、それと年頃の割と良い姉ちゃんを一人ずつな」 「ッ!?」 「傑作だったぜ? その姉ちゃんの恋人みてぇな奴の目の前で踏み潰してやったさ。 こう、プチ!って感じになぁ~。あいつの顔は良い表情をしていた、もうサイコーだったぜ」 「うおおおおぉぉぉぉッ!!」 ヴェスバーが咆哮を上げ、目が眩むような眩い黄緑色の光を飛ばす。 両方のヴェスバーを時間差で発射。 一発目を避けたマスターガンダムだが二発目は避ける事は叶わず、マスタークロスで防御。 ビームライフルとは較べものにならない威力が生み出す衝撃に、マスターガンダムはやや後方へ脚を引いた。 F91がそれを見計らったように再度、加速する。 ビームサーベルの柄を右のマニュピレーターに持たせ、ビームの刃を強振させながら。 只、前方へ飛ぶ。 「クハハハハハハハ! だから、お前さんの怒りを買う覚えはないといっただろうに。 まぁ、その三人の中にあんたの知り合いが居たらまぁ別な話かもしれんがな。 その時は悪かった、心の底から謝罪させてもらうさ」 「黙れ! お前と話しをするだけでも、もうたくさんだ……。 貴様は此処で落ちてもらうぞ、ガウルンッ!!」 「ああ、それは是非お願いさせてもらうぜ……アムロ・レイッ!!」 F91の動きに合わせるかのように、マスターガンダムが左の手刀を繰り出す。 ニアクラッシャーと呼ばれる、マスターガンダムの打撃がF91に突き進む。 「甘いッ!」 しかし、F91はそれを寸前で避ける。 F91の機体は左へ半回転を行いながら、マスターガンダムの突き出された左腕の下へ潜り込むように飛んだ。 やがて、機体の重心を戻し、ビームサーベルを滑らせる。 マスターガンダムの左腰の外部装甲をビームサーベルが焼き尽くし、火花が散った。 同時にF91はメガマシンキャノンさえも掃射しており、吸い込まれるように弾丸が左腰の損傷箇所へ飛び込む。 「クッ……ぬぅぅぅぅッ!」 思わず、苦悶の声を上げるガウルン。 ぱっくりと裂けた傷跡内で小規模な爆発が起きた。 幸いコクピット内までには届かず、操縦系統に目立った影響はない。 モビルトーレスシステムにより、ガウルンは恐らく実際に左腰から痛みを感じている事だろう。 その事が関係してか、マスターガンダムの動きが少し緩慢なものとなる。 アムロはその動きを決定的な好機と感じ取った。 マスターガンダムの左腰が起こした爆発から逃れるために一旦、距離を離す。 そのために加速した勢いは殺さず、一旦マスターガンダムを通り抜け、数百メートルの距離を取りながら背後へ。 再び両のヴェスバーを構えながら、アムロはマスターガンダムに向かってF91を飛ばした。 「落ちろッ!」 ダメージがあるといえどもガウルン程の腕前では容易に避けられる可能性もある。 ならば、可能な限り接近し、ヴェスバーを叩き込む。 そのため、アムロは最大戦速でF91を飛ばした。 マスターガンダムが振り返る前よりも、速く距離を詰めるために。 急激に近寄る二機の距離。マスターガンダムは未だこちらに振り返らない。 これならいける。 そう、思い始めた時、アムロは見た。マスターガンダムが背中を向けながら、右腕を左脇の下に忍ばせ、此方へ向けているのを。 一体、何を意味するのか。アムロがそう疑いを持った瞬間―― 「バーン」 ガウルンの陽気な声と共に、一筋の大きな閃光が走った。 「なんだとッ!?」 紫色の光弾がいきなりマスターガンダムの右の手から放たれ、アムロは驚きの声を上げる。 見るからに格闘戦に特化し、更に今まで純粋な射撃兵器を使ってこなかった事による思い込み。 そう。マスターガンダムには何も射撃兵器はないと無意識的にアムロは結論付けていた。 そうでなければわざわざ腕を飛ばす事や、投擲を行う事もないだろうから。 急遽、攻撃を取りやめ、回避行動に移る。いや、近づきすぎた。間に合わない。 仕方なしに左のビームシールドによる防御を選択。 ビーム兵器に絶大な効果を齎す、円盤状の光の盾が光弾を抑えた。 今の攻撃は一体何か。そんな疑問を感じられずにいられないアムロはマスターガンダムの様子を観察。 その時、アムロは目を疑った。 何故なら更に多くの数の光弾が雨のように降り注いでいたから。 勿論、マスターガンダムの両の掌から。 「そらそらそらそらそらーッ!」 両腕を振り、紫色の光弾を、“ダークネスショット”をガウルンは連射する。 モビルファイターは射撃兵器を使う機体は居るが、大抵はパイロットのイメージの力によって使用される。 シャイニングショットやダークネスショットはその典型的な例であり、パイロットの気を凝縮させ、打ち出す攻撃。 勿論、本来は一流のガンダムファイターにしか扱えない武器だが、殺し合いの促進を図るために、その使用は簡易化されている。 そして、何よりガウルンにとってダークネスショットの使用はとても容易いものだった。 そう。この殺し合いが行われる前からイメージを力にするといった、ブラックテクノロジーの産物、ラムダ・ドライバを使いこなしていたガウルンにとっては。 コダールの指から見えない衝撃波を撃ち出す指鉄砲と似たような要領でそれなりに応用は利いた。 依然、ガウルンは無数のダークネスショットを撃ち出し続ける。 「ッ!?」 ビームシールドを構えながら離脱をしていたF91。 だが、再び一発のダークネスショットを真正面からビームシールドで受け止めてしまい、一旦動きが止まった。 そしてタイミングを見計らったようにガウルンが更にダークネスショットを叩き込む。 幾らエースパイロットでもあるアムロに全ての事が出来るわけではない。 追撃のダークネスショットを一発、二発とビームシールドで受け――やがて爆発を起こした。 限界をきたしたビームシールドを一旦切り、咄嗟にビームランチャーを投げ、光弾の盾にする その爆発の衝撃に煽られ、F91は荒れ果てた市街地へ不時着を余儀なくされた。 体勢を崩し、派手にコンクリートの大地へ倒れこむF91をマスターガンダムが満足げに眺める。 不気味な輝きを両のカメラアイから光らせながら。 →[[人の意思(2)]] ----

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