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*&color(red){さらば優しき日々よ」  ◆ZbL7QonnV.  G-6エリア。夜の闇が周囲を満たす基地の一角に、その機体は闇に溶け込む形で鎮座していた。  黒の騎士、ヴァイサーガ。フューリーの騎士の血を継ぐ少年、紫雲統夜に与えられた機体。  一夜の休息を求めて基地を訪れた統夜は、周囲に敵機の反応が無い事に安堵の溜息を吐いていた。 「とりあえず、今の所は安全みたいだな……」  静まり返った闇の中、統夜は身体の力を抜く。  戦いとは縁の無い学生生活に慣れ親しんで来た統夜にとって、戦場の緊張感はあまりにも重過ぎた。  戦う事を決めはした。  元の世界に戻れるのならば、この手を血で汚す覚悟もある。  殺される前に、殺し返す。そうする事でしか生き残れないのであれば、そうするまでだと決意した。  ……だが、彼の手は未だ血に濡れてはいない。  まだ、引き返す事は出来るのだ。  堕ちかけた修羅の道を引き返す事は、今ならばまだ不可能ではない。  まだ直接人の命を奪ってはいない、今の紫雲統夜ならば。 「あいつ……テニア、今頃どうしてるのかな……」  その証拠に、まだ彼は捨て切れていない。  優しさを。  人としての、温もりを。 「……死んだんだよな。カティアも、メルアも。  あいつ……ずっと、一緒だったんだよな。子供の頃から、ずっと……」  だが、それは甘えに過ぎない。  わかっていた。  こんな事を考えてみた所で、何が解決するわけでもない。ただ、迷いを引きずるだけだ。  しかし、それでも考えずにはいられなかった。  それが、意味の無い事だと知りながら。 「家族……みたいなもの、だったんだよな……」  思い出す、父の訃報。  両親を亡くして天涯孤独になった時、自分は何を思っていたか。  哀しかったか?  苦しかったか?  寂しかったか?  辛かったか?  ならば、きっと彼女も……。 「……くそっ!」  想像を、振り払う。  迷うな、悩むな、戸惑うな。  ためらいの先に待っているのは、自分の無残な最期だけだ。  あの放送で名前を呼ばれた、合計十人の参加者たち。それの仲間入りをしてしまってもいいのか? 「……いいわけが、ないだろうっ!」  不安、恐怖、孤独。それらの感情を吐き捨てるように、統夜は叫び声を上げる。  そして、ふと気を紛らわすように、レーダーに視線を向けてみて―― 「戦闘の、跡……?」  それに、統夜は気が付いた。 「……ひどい、な」  もはや鉄屑と化した人型の機体。  バーナード・ワイズマンのブラックゲッターに破壊された、ヘビーアームズの残骸を見下ろしながら、統夜は表情を微かに歪める。  ひょっとしたら、これは自分の末路だったのかもしれない。  ほんの少しでも状況が違っていれば、ギンガナムとか言う男に殺されていたのかもしれない。  いや、それだけではない。  あの男以外にも、このゲームに乗った人間はいるはずだ。そういった奴らに命を狙われて、自分も殺されていたのかもしれない。 「殺し合い、か……」  沈痛な声で統夜は言う。  ぶるり。微かに、身体が震えた。  死者を悼む気持ちよりも、恐怖の方が先に立った。  いったい、どんなヤツが死んだんだろうか。  このゲームに乗った人物が返り討ちにあったのか、それともゲームに乗った人物の手で殺されてしまった犠牲者なのか。  願わくば、前者であってほしかった。見境無しに暴れ回る危険人物の生存は、統夜にしても簡便願いたかったから。 「……死んだんだよな。カティアも、メルアも」  ふと、得体の知れない不安が心を過ぎる。  ひょっとしたら、彼女達なのかもしれない。  この機体に乗っていたのは、カティアやメルアだったのかもしれない。  だが、それがどうした。もしそうだったとしても、二人が死んでいる事に違いは無い。  ……違いは、無いのだ。 「レーダーに反応は……無い、か……」  だが、それでも心がざわついた。 「辺り……静かだよな……」  もし、あの機体に乗っているのが、自分の知っている二人だったなら。  そう考えると、胸が締め付けられるように痛んだ。 「ちょっとだけ……見てみるかな……」  黒の騎士が、ゆっくりと膝を付く。  それは、少年の甘さだった。  優しかった過去の日々を捨てきれない、少年の甘い考えだった。 「…………」  ヴァイサーガの操縦席を無言で降りて、ヘビーアームズの残骸に歩み寄る。  操縦席の位置には見当が付いた  人が入り込めるくらいの、機体の装甲に出来た裂け目。そこから操縦席の中に身体を入り込ませて―― 「……違う、か」  人違いだった。  カティアでも、メルアでもない。見覚えの無い、がっしりとした身体付きの中年男性だった。  ……生きていた。  傷付き倒れてはいるようだが、浅い呼吸を繰り返していた。  意識は、無い。統夜にとっては幸いな事に、男は目覚める様子を見せなかった。  機動兵器を使った戦闘に慣れてきたとはいえ、特殊な戦闘訓練を受けた訳でもない高校生の統夜である。  見るからに荒くれ者といった感のあるモンシアを相手に、生身の白兵戦で勝つのは不可能であろう。  さりとて、どうする? 「殺し合い……か……」  紫雲統夜は、まだ人を殺した事が無い。  一度は固めた覚悟にしても、吹けば崩れる砂礫の城だ。自ら望んで殺し合いを行えるほど、紫雲統夜は歪みきっていない。  それは、統夜が未だ人の道を踏み外してはいない証だった。  ……だが、それでは生き残れない。  この凄惨な殺し合いの中で、他人を蹴落とし生き延びる事など出来るはずがない。  そうだ、殺せ。  この男を、殺してしまえ。  迷いを断ち切り、殺してしまえ――! 「っ…………」  指が、肩が、身体が震える。  ばくばくと心臓は早鐘を打ち、耳の辺りが異様に熱く感じられた。  これから、自分は人を殺す。その事実が、統夜の心に重く圧し掛かっていた。  気絶した男の首に手を回し、それを全力で締めようとして――  しかし、迷いの為に、その手が途中で進まなくなり―― 「ぅ……ぁ…………」  ふと、男が呻き声を上げた。 「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!」  恐怖、そして絶叫する。  手の近くに転がっていた、装甲の欠片を拾い上げる。  それを思いっきり振り被って、男の顔面に叩き付ける。  ぐしゃり。鼻骨の砕ける感覚が手に伝わり、飛び散る血糊が統夜を濡らす。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!」  統夜が戦う事を決めた、たった一つの強い感情。  それは、死の恐怖。  殺さなければ、殺される。  だから、殺される前に、自分が殺す。  その恐怖が、男の呻き声によって呼び起こされてしまったのだろう。  狂ったような叫び声を上げながら、統夜は装甲の欠片で男の顔面を強打し続けていた。  何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――! 「が……っ! っっっっ! っっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」  もはや言葉にもなっていない叫び声を上げながら、統夜は男の顔面を打つ。  鼻が崩れた。目玉が潰れた。耳が削げ落ちた。骨が砕けた。血が飛び散って、脳漿さえも撒き散らされた。  だが、それでも止まらない。  統夜は絶叫を上げながら、狂ったように手を振り下ろす。  そして、およそ十分後―― 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」  ようやく体力の限界を迎えたか、やっと統夜の手が止まる。  彼の前には、男の死体。もはや元の顔立ちがわからなくなるくらいに崩れ去った、ベルナルド・モンシアの死体があった。  ……統夜の身体は返り血塗れだった。べっとりと身体を濡らす血の感覚に気付き、そこで統夜は我に返る。  とうとう、殺した。  踏み越えてはならない一線を、とうとう統夜は越えてしまった。 「お……おうっ、おげぇぇぇぇっ…………!」  血と脳漿の入り混じった臭いに、人を殺してしまった事実。それに統夜は吐き気を催し、そのまま胃袋の中身を撒き散らす。  殺した。  この手で、殺してしまった。  生きる為に殺すと決めた。他人を蹴落とし生きて帰ると、確かに覚悟は決めたつもりだった。  だが、それがどれだけ甘い覚悟であったのか。  ……知らなかった。人の命を奪うというのは、これほどまでに怖気が走るものだったのか。  ヴァイサーガの武装によって男を殺していたのならば、気付く事は出来なかっただろう。  死とは、これほどまでにおぞましいものだったのか―― 「あ……あがっ……、あが……ぁっ…………!」  震える。  自分の身体を強く抱き締めながら、ぼろぼろと涙さえも流して―― 「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!  ふ……ざけるなっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ!」  怯える心を打ち払うように、やおら統夜は叫び声を上げた。 「やれって言うからやったんだ、俺はっ!  カティアだって、メルアだって殺された! 俺だって、やらなきゃやられてたんだ!  何が悪い! 何が悪い!? 何が悪いって言うんだよ!!  俺は何も悪くない! 殺すんだ……殺して、俺は生きるんだ!!」  そうだ、殺せ。  殺して、殺して、殺し尽くせ。  このゲームに乗った連中も、このゲームに乗る気が無い連中も、一人残らず殺し尽くせ。  そして、生き延びるのだ。生きて、元の世界に帰るのだ。  そのためには、殺さなければならない。  なによりもまず、これまでの弱い自分を殺さなければならない。  たった一人殺した程度で震えるような、弱い自分は必要無い。  修羅に堕ちろ。  ヴァイサーガ。あの黒騎士に相応しい、非情の魂を手に入れるのだ。  そのために、どうすればいい?  どうすれば、この弱い自分と決別する事が出来る? 「……………………殺そう」  ぞっとするような、凄惨な響きの入り混じった声。  これまでの、どこか弱気な印象のある少年の声からは程遠い、鬼の声で統夜は言う。  そうだ、殺そう。  過去の自分と決別する為には、自分の過去を消し去らなければならない。  少年・紫雲統夜にとって過去の象徴と言える存在、フェステニア・ミューズ。  この手で彼女を殺した時、自分は過去を乗り越える事が出来るのだ。  もう二度と引き返す事の出来ない修羅道に、身と心の総てを捧げる事が出来るのだ。  ああ、そうだ―― 「殺れって言うなら、殺ってやるさ……!」  ヘビーアームズの操縦席を抜け出しながら、殺意の視線で虚空を見上げる。  ヴァイサーガ。黒の騎士は何も言わず、主の決意を受け止めていた。  もう、戻れない。  もう、帰れない。  あの優しかった日常には、決して引き返す事は出来ない。 【紫雲統夜 搭乗機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)  パイロット状態:返り血塗れ  機体状態:無傷、若干のEN消費  現在位置:G-6基地  第一行動方針:テニアを殺す  第二行動方針:テニアを殺すまで余計な戦闘は避ける  第三行動方針:殺せる相手は確実に仕留める  最終行動方針:優勝と生還】 【ベルナルド・モンシア 登場機体:ガンダムヘビーアームズ改(新機動世紀ガンダムW~Endless Waltz~) パイロット状態:死亡 機体状態:大破(運用不能)】 【残り43人】 【初日 20:15】 ---- |本編97話|[[ゲスト集いて宴は始まる]]| |本編107話|[[暗い水の底で]]| ----
*&color(red){さらば優しき日々よ ◆ZbL7QonnV.}  G-6エリア。夜の闇が周囲を満たす基地の一角に、その機体は闇に溶け込む形で鎮座していた。  黒の騎士、ヴァイサーガ。フューリーの騎士の血を継ぐ少年、紫雲統夜に与えられた機体。  一夜の休息を求めて基地を訪れた統夜は、周囲に敵機の反応が無い事に安堵の溜息を吐いていた。 「とりあえず、今の所は安全みたいだな……」  静まり返った闇の中、統夜は身体の力を抜く。  戦いとは縁の無い学生生活に慣れ親しんで来た統夜にとって、戦場の緊張感はあまりにも重過ぎた。  戦う事を決めはした。  元の世界に戻れるのならば、この手を血で汚す覚悟もある。  殺される前に、殺し返す。そうする事でしか生き残れないのであれば、そうするまでだと決意した。  ……だが、彼の手は未だ血に濡れてはいない。  まだ、引き返す事は出来るのだ。  堕ちかけた修羅の道を引き返す事は、今ならばまだ不可能ではない。  まだ直接人の命を奪ってはいない、今の紫雲統夜ならば。 「あいつ……テニア、今頃どうしてるのかな……」  その証拠に、まだ彼は捨て切れていない。  優しさを。  人としての、温もりを。 「……死んだんだよな。カティアも、メルアも。  あいつ……ずっと、一緒だったんだよな。子供の頃から、ずっと……」  だが、それは甘えに過ぎない。  わかっていた。  こんな事を考えてみた所で、何が解決するわけでもない。ただ、迷いを引きずるだけだ。  しかし、それでも考えずにはいられなかった。  それが、意味の無い事だと知りながら。 「家族……みたいなもの、だったんだよな……」  思い出す、父の訃報。  両親を亡くして天涯孤独になった時、自分は何を思っていたか。  哀しかったか?  苦しかったか?  寂しかったか?  辛かったか?  ならば、きっと彼女も……。 「……くそっ!」  想像を、振り払う。  迷うな、悩むな、戸惑うな。  ためらいの先に待っているのは、自分の無残な最期だけだ。  あの放送で名前を呼ばれた、合計十人の参加者たち。それの仲間入りをしてしまってもいいのか? 「……いいわけが、ないだろうっ!」  不安、恐怖、孤独。それらの感情を吐き捨てるように、統夜は叫び声を上げる。  そして、ふと気を紛らわすように、レーダーに視線を向けてみて―― 「戦闘の、跡……?」  それに、統夜は気が付いた。 「……ひどい、な」  もはや鉄屑と化した人型の機体。  バーナード・ワイズマンのブラックゲッターに破壊された、ヘビーアームズの残骸を見下ろしながら、統夜は表情を微かに歪める。  ひょっとしたら、これは自分の末路だったのかもしれない。  ほんの少しでも状況が違っていれば、ギンガナムとか言う男に殺されていたのかもしれない。  いや、それだけではない。  あの男以外にも、このゲームに乗った人間はいるはずだ。そういった奴らに命を狙われて、自分も殺されていたのかもしれない。 「殺し合い、か……」  沈痛な声で統夜は言う。  ぶるり。微かに、身体が震えた。  死者を悼む気持ちよりも、恐怖の方が先に立った。  いったい、どんなヤツが死んだんだろうか。  このゲームに乗った人物が返り討ちにあったのか、それともゲームに乗った人物の手で殺されてしまった犠牲者なのか。  願わくば、前者であってほしかった。見境無しに暴れ回る危険人物の生存は、統夜にしても簡便願いたかったから。 「……死んだんだよな。カティアも、メルアも」  ふと、得体の知れない不安が心を過ぎる。  ひょっとしたら、彼女達なのかもしれない。  この機体に乗っていたのは、カティアやメルアだったのかもしれない。  だが、それがどうした。もしそうだったとしても、二人が死んでいる事に違いは無い。  ……違いは、無いのだ。 「レーダーに反応は……無い、か……」  だが、それでも心がざわついた。 「辺り……静かだよな……」  もし、あの機体に乗っているのが、自分の知っている二人だったなら。  そう考えると、胸が締め付けられるように痛んだ。 「ちょっとだけ……見てみるかな……」  黒の騎士が、ゆっくりと膝を付く。  それは、少年の甘さだった。  優しかった過去の日々を捨てきれない、少年の甘い考えだった。 「…………」  ヴァイサーガの操縦席を無言で降りて、ヘビーアームズの残骸に歩み寄る。  操縦席の位置には見当が付いた  人が入り込めるくらいの、機体の装甲に出来た裂け目。そこから操縦席の中に身体を入り込ませて―― 「……違う、か」  人違いだった。  カティアでも、メルアでもない。見覚えの無い、がっしりとした身体付きの中年男性だった。  ……生きていた。  傷付き倒れてはいるようだが、浅い呼吸を繰り返していた。  意識は、無い。統夜にとっては幸いな事に、男は目覚める様子を見せなかった。  機動兵器を使った戦闘に慣れてきたとはいえ、特殊な戦闘訓練を受けた訳でもない高校生の統夜である。  見るからに荒くれ者といった感のあるモンシアを相手に、生身の白兵戦で勝つのは不可能であろう。  さりとて、どうする? 「殺し合い……か……」  紫雲統夜は、まだ人を殺した事が無い。  一度は固めた覚悟にしても、吹けば崩れる砂礫の城だ。自ら望んで殺し合いを行えるほど、紫雲統夜は歪みきっていない。  それは、統夜が未だ人の道を踏み外してはいない証だった。  ……だが、それでは生き残れない。  この凄惨な殺し合いの中で、他人を蹴落とし生き延びる事など出来るはずがない。  そうだ、殺せ。  この男を、殺してしまえ。  迷いを断ち切り、殺してしまえ――! 「っ…………」  指が、肩が、身体が震える。  ばくばくと心臓は早鐘を打ち、耳の辺りが異様に熱く感じられた。  これから、自分は人を殺す。その事実が、統夜の心に重く圧し掛かっていた。  気絶した男の首に手を回し、それを全力で締めようとして――  しかし、迷いの為に、その手が途中で進まなくなり―― 「ぅ……ぁ…………」  ふと、男が呻き声を上げた。 「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!」  恐怖、そして絶叫する。  手の近くに転がっていた、装甲の欠片を拾い上げる。  それを思いっきり振り被って、男の顔面に叩き付ける。  ぐしゃり。鼻骨の砕ける感覚が手に伝わり、飛び散る血糊が統夜を濡らす。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!」  統夜が戦う事を決めた、たった一つの強い感情。  それは、死の恐怖。  殺さなければ、殺される。  だから、殺される前に、自分が殺す。  その恐怖が、男の呻き声によって呼び起こされてしまったのだろう。  狂ったような叫び声を上げながら、統夜は装甲の欠片で男の顔面を強打し続けていた。  何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――! 「が……っ! っっっっ! っっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」  もはや言葉にもなっていない叫び声を上げながら、統夜は男の顔面を打つ。  鼻が崩れた。目玉が潰れた。耳が削げ落ちた。骨が砕けた。血が飛び散って、脳漿さえも撒き散らされた。  だが、それでも止まらない。  統夜は絶叫を上げながら、狂ったように手を振り下ろす。  そして、およそ十分後―― 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」  ようやく体力の限界を迎えたか、やっと統夜の手が止まる。  彼の前には、男の死体。もはや元の顔立ちがわからなくなるくらいに崩れ去った、ベルナルド・モンシアの死体があった。  ……統夜の身体は返り血塗れだった。べっとりと身体を濡らす血の感覚に気付き、そこで統夜は我に返る。  とうとう、殺した。  踏み越えてはならない一線を、とうとう統夜は越えてしまった。 「お……おうっ、おげぇぇぇぇっ…………!」  血と脳漿の入り混じった臭いに、人を殺してしまった事実。それに統夜は吐き気を催し、そのまま胃袋の中身を撒き散らす。  殺した。  この手で、殺してしまった。  生きる為に殺すと決めた。他人を蹴落とし生きて帰ると、確かに覚悟は決めたつもりだった。  だが、それがどれだけ甘い覚悟であったのか。  ……知らなかった。人の命を奪うというのは、これほどまでに怖気が走るものだったのか。  ヴァイサーガの武装によって男を殺していたのならば、気付く事は出来なかっただろう。  死とは、これほどまでにおぞましいものだったのか―― 「あ……あがっ……、あが……ぁっ…………!」  震える。  自分の身体を強く抱き締めながら、ぼろぼろと涙さえも流して―― 「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!  ふ……ざけるなっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ!」  怯える心を打ち払うように、やおら統夜は叫び声を上げた。 「やれって言うからやったんだ、俺はっ!  カティアだって、メルアだって殺された! 俺だって、やらなきゃやられてたんだ!  何が悪い! 何が悪い!? 何が悪いって言うんだよ!!  俺は何も悪くない! 殺すんだ……殺して、俺は生きるんだ!!」  そうだ、殺せ。  殺して、殺して、殺し尽くせ。  このゲームに乗った連中も、このゲームに乗る気が無い連中も、一人残らず殺し尽くせ。  そして、生き延びるのだ。生きて、元の世界に帰るのだ。  そのためには、殺さなければならない。  なによりもまず、これまでの弱い自分を殺さなければならない。  たった一人殺した程度で震えるような、弱い自分は必要無い。  修羅に堕ちろ。  ヴァイサーガ。あの黒騎士に相応しい、非情の魂を手に入れるのだ。  そのために、どうすればいい?  どうすれば、この弱い自分と決別する事が出来る? 「……………………殺そう」  ぞっとするような、凄惨な響きの入り混じった声。  これまでの、どこか弱気な印象のある少年の声からは程遠い、鬼の声で統夜は言う。  そうだ、殺そう。  過去の自分と決別する為には、自分の過去を消し去らなければならない。  少年・紫雲統夜にとって過去の象徴と言える存在、フェステニア・ミューズ。  この手で彼女を殺した時、自分は過去を乗り越える事が出来るのだ。  もう二度と引き返す事の出来ない修羅道に、身と心の総てを捧げる事が出来るのだ。  ああ、そうだ―― 「殺れって言うなら、殺ってやるさ……!」  ヘビーアームズの操縦席を抜け出しながら、殺意の視線で虚空を見上げる。  ヴァイサーガ。黒の騎士は何も言わず、主の決意を受け止めていた。  もう、戻れない。  もう、帰れない。  あの優しかった日常には、決して引き返す事は出来ない。 【紫雲統夜 搭乗機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)  パイロット状態:返り血塗れ  機体状態:無傷、若干のEN消費  現在位置:G-6基地  第一行動方針:テニアを殺す  第二行動方針:テニアを殺すまで余計な戦闘は避ける  第三行動方針:殺せる相手は確実に仕留める  最終行動方針:優勝と生還】 【ベルナルド・モンシア 登場機体:ガンダムヘビーアームズ改(新機動世紀ガンダムW~Endless Waltz~) パイロット状態:死亡 機体状態:大破(運用不能)】 【残り43人】 【初日 20:15】 ---- |本編97話|[[ゲスト集いて宴は始まる]]| |本編107話|[[暗い水の底で]]| ----

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