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 「そこでだ、坊主。俺と手を組まないか?」
 
 四エリアに跨る南の巨大な市街地。その一角であるC-8の地下で響き渡ったその声に、少年は答えなかった。
 そうしたのは統夜に何も含むところがあったからではない。
 単に言葉が出てこなかったのだ。
 起き抜けから続く想定外の事態と申し出に思考が麻痺しかかっていた。
 その鈍った頭で考える。一体どういうつもりなのか、と。
 この男の頭は大丈夫なのか、とも思った。
 生き残れるのは一人だけ。その状況の中で一人は流石に辛いからと言って、他人に同行を求めるのが信じられなかった。
 まして、この男は自分が人を襲って動いている者だと認識しているのだ。
 得体の知れない者を見た気持ちで眼を見開いた。まともな神経の持ち主がこんな提案をしてくるとは思えなかった。
 
 「なぜ、そんなことを……」
 「だから言っただろ? さすがに歳なもんで、一人じゃ辛いのさ」
 
 呆れたように言い放つ男の姿は、言う程の歳には見えなかった。
 三十代後半から四十代と思しきその体に無駄な肉は付いていない。余すとこなく鍛え抜かれていると言ってもいい堂々たる体躯である。
 少なくとも自分とは比べ物にならない。
 そんな男が一介の高校生に過ぎない自分を必要とすることに違和感があった。
 もっとも、鍛え抜かれた体など機動兵器相手では無力に等しいことは十分承知していることだったが。
 意図を測りかねて猜疑に満ちた目で男を窺っていると焦れた男が動いた。
 
 「チッ! 決められねぇか……そうだな。手を組むかわりにお前は好きなように俺の命を狙っていい。
  寝ているとき、食っているとき、いつでもだ。戦っているときに後ろからなんてのもいい。
  逆に俺はお前を殺さない。ただし、残りが一桁になるまでだな。そのときは死に物狂いで頑張りな――どうだ?」
 
 答えられない。答えられるはずがなかった。
 あまりに異常な申し出だ。狂っているとしか思えない。いや、間違いなく狂っている。
 蛇に睨まれた蛙のように体が強張るのを感じた。顔はきっと蒼ざめているのだろう。
 そんな統夜を眺めて、目の前の男は楽しそうに笑っている。とても自分の命が話の対象となっている男の態度ではない。
 そこに疑問が差し込む。
 
 「あんたがその約束事を守るという保障は?」
 「さぁな。お前が信じるか信じないかだが、坊主お前は馬鹿か?」
 
 呆れたような苦笑い、あるいは冷笑だった。
 
 「こんなものに保証なんかあるわけがねえ。あったところでそれにどれだけ意味がある?
  坊主、こういう話にはな。表面だけ『はいはい』答えといて腹の底で疑ってりゃいいんだよ」
 
 その通りと言えばその通りだった。
 しかし、男の得体の知れなさがどうにも気味が悪く、答えることに二の足を踏ませる。
 かつて統夜が生きてきた世界にこういう男はいなかった。学校にも、成り行きで乗り込むことになった戦艦にも、だ。
 思考が袋小路に追い込まれる。とは言え縛られているのだ。元より選択肢は一つしかない。
 何度か喉もとまで出掛かった答えを飲み下し、しかし暫くして不承不承ながらも統夜は承諾の言葉を返した。
 
 「……わかった。あんたと手を組む」
 「ふぅ……このまま断られるかと思った」
 
 そんなことは微塵も考えてなかったという顔で男がにやりと笑い立ち上がる。
 
 「ガウルンだ。宜しく、ミスター……」
 「紫雲統夜だ」
 「宜しく、統夜。ま、精々仲良くやろうや」
 
 拘束していた縄が解かれる。自由になった体に思わず安堵の溜息が漏れた。
 体の自由が利かないというのは、それだけで不安にさせるものだ。まして状況が状況だった。
 立ち上がり、縄の跡が薄っすらと残る体を伸ばして動かし固まった筋肉をほぐす。
 
 「暫くはここで休むから疲れを取っておけ」
 
 そんな統夜の様子を全く気にすることなく言い置いて、ガウルンは背を向けた。
 その瞬間、後ろから跳びかかる。
 体格差は歴然。だから殴りかかったわけでも、蹴りかかったわけでもない。
 狙いは首。
 そこに縄をかけ締め上げる。上着を裂いて作られた物だが、その頑丈さは身をもって知っていた。
 しかし、力一杯締め上げたはずの腕にその感触はなく、気づくとうつ伏せに地面に叩きつけられていた。
 思わず声が漏れる。
 右腕を取られそのまま地面に押さえつけられた。全身力を使って抵抗するがびくともしない。
 
 「やれやれ油断したかな、トォ~ヤァ~?」
 「貴様ッ!!」
 「確かに殺さないと言ったがなぁ。
  あんまりお粗末な方法で襲い掛かられても困るんだよ、トォオオヤァァアアアッッッ!!!!」
 
 うつ伏せに体を固定され、背中越しに肩と腕を掴まれる。冷やりとしたものが背筋を通り過ぎ、表情が蒼ざめた。
 
 「こりゃお粗末過ぎてお仕置きが必要だな」
 「や、やめろッ!!」
 「んん?」
 
 器用に眉を吊り上げてみせたガウルンの顔が笑い、そして――
 
 ゴキャッ!!!
 
 肩の外れる音が鳴った。一拍遅れて声にならない悲鳴が上がり、閉じられた地下空間に響き渡る。
 
 「やれやれ……たかが肩が外れただけで大袈裟だねぇ。心配しなくても反省したらちゃんと戻してやるよ。
  次はもっとマシな手段で来てもらいたいものだねぇ、お互いの為にもな」
 
 肩が外れただけと男は言う。だが、それだけとは思えない痛みが駆け巡っていた。
 肩を抱え込むように身を丸くして歯を食いしばり、痛みを堪える。そのまま動くことも出来ない。
 だが、呪わしげに目の前の男を睨み付ける。憎悪と怒りの入り混じった視線をぶつける。
 そして、呻くように言葉が漏れた。
 
 「……殺す。殺してやる。絶対に殺してやる」
 
 その様子にガウルンの黒い瞳が半眼に細められ、唇が寒気のする笑みを浮かべて、物騒な言葉を紡ぎ出す。
 
 「クク……その意気だ。言い忘れたが、お前が俺を殺すのを諦めたとき、俺はお前を殺すぜ」
 
 返事は返せなかった。ただ、双眸を鋭く光らせて下から睨みつけていた。
 それが、慣れない痛みに襲われて動くことも出来ない統夜に唯一出来る抵抗だった。
 
 
 
 【紫雲統夜 登場機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)
  パイロット状態:疲労大、マーダー化、右肩脱臼(はめれば問題なし)
  機体状態:左腕使用不可、シールド破棄、頭部角の一部破損、全身に損傷多数
       EN1/4、烈火刃残弾ゼロ
  現在位置:C-8地下通路
  第一行動方針:殺してやる
  最終行動方針:優勝と生還】
 
 【二日目7:50】
 
 
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