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前を向いて」(2008/12/17 (水) 01:58:07) の最新版変更点

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*&color(red){前を向いて ◆YYVYMNVZTk} ――明けない夜はない。どんな一日であっても夜は終り、朝は来る。 始まってから二回目の放送が流れて、死んでいった人たちの名前を聞いて、その中でも知っている人の名前が幾つかあった。 悲しいだとか、そんな感情もあったけれど――でもそれよりも、その人たちの死を無駄にしたくないという気持ちのほうが強かった。 この殺し合いに乗っていようとそうでなかろうと、悪人であろうと善人であろうと、そんなことは関係なく、死んでいい命というものはなくて。 けれど死んでいった命がいくつもあって、自分はその中のいくつかのおかげで、今を生きている。 そのことを痛感する。字面のままに、心が痛くなるほどに、感じている。 だから前を向くのだ。顔を下げることなく、進むのだ。 「……あたしはもう大丈夫。君のおかげで落ち着いたよ」 本当のことを言うと、放送が聞こえ始めたその瞬間――やっぱり恐怖はあった。 シャアやクルツ、ラキのように――アムロの名前が呼ばれてしまうかもしれない、誰か見知った人間が死んでしまっているかもしれないと。 怯えが伝染するのは、なにも人から人に限った話ではなく、人からオーガニックマシンへのそれも、十二分にあり得る。 アイビスの心の影を、ネリー・ブレンは敏感に感じ取った。 優しいブレンはコックピットの内部に文字を浮かばせた。 リバイバルしたてのオーガニックマシンが、意思疎通のために多用する手段である。 様々な、けれど同じ意味を示す単語が次々と浮かんでは消えていった。 ブレンの優しさ――今のアイビスはそれをそのまま素直に受け止めることが出来る。 もう、負け犬と自嘲していた頃の自分とは違う――違うのだ。 ついさっき、決めたばかりではないか。 こんな自分のために命をかけてくれた皆に、胸を張れるように、恥ずかしくないように、精一杯生きるんだ。 ブレンに声をかけ、アイビスは動き出した。 今はまだ出来ることも少なくて、何をすればいいのかもはっきりと分からない。 だけどそれを言い訳に、歩みを止めるようなことはしたくない。 「行こう、ブレン!」  ◇ 結果から言うと――三機の遭遇は、僅かな問題さえもなく、非常にスムーズに行われた。 アイビスの乗るネリー・ブレン。 キラの乗るJアーク。 アムロの乗るガンダムF91。 先に二機が合流してから残りの一機と遭遇したというわけでもなく、三機の出会いはほぼ同時、同じ場所で起こった。 にも関わらず大した混乱もなしに接触できたのは、アイビスとアムロが知己であったということが大きいだろう。 キラもまた、無敵戦艦ダイと事を構えることになってしまった先の例を反省し、慎重な態度で交渉にあたった。 ほどなくして、三機共に交戦の意思は無しということが判明し――Jアークの甲板にブレンとガンダムを係留し、Jアークブリッジにて本格的な情報交換を行っているというのが現在の状況である。 「……なるほど。これで三人ともそれぞれの動向は理解できたと思うが……ここまでの話の中で、何か気になったことはあるか?」 三人がまず行ったのは、現在に至るまでのそれぞれの行動についての情報交換だった。 アムロとアイビスは面識があったとはいえ、共に行動したのは短時間。離れてからの時間の方が長いほどだ。 ちなみに、場の司会は最年長であるアムロが行っている。 「……特にない、か。では次に考えたいのは……今後、我々はどう行動するのか、ということだ」 「一つ、提案があります。これから先……僕と一緒に行動してくれませんか?」 アムロの声に応えたのはキラである。 キラの目的――ひとつは、ナデシコ組との交渉だ。 殆ど最悪といっていい別れ方をした戦艦ナデシコとの再接触は、打倒主催を目指すのならば避けては通れない道であるはずだ。 それはJアークだけに言えたことではなく、ナデシコにとってもそうだろう。 ……というより、この殺し合いに反逆の意思を持つ者全てにとって、この二艦の動向は最重要項目。 強力な戦闘力を持ち、象徴――旗頭としての意味合いも持つのが戦艦なのだ。 二艦が共に在ることを選ぶのならば――それは、これ以上ないほどの求心力を持つはずである。 だが、ナデシコとの交渉の時間まで、まだ幾らかの余裕がある。 それまでにキラがやっておきたいことは、一人でも多くの同志を募り、力を蓄えることだ。 あの怪物と少女がどれだけの力を持つのかは全くの未知数である。 あれらに対抗するためにどれだけの戦力が必要なのか――備えは、あればあるだけ良いということだ。 当然同様のことはアムロとアイビスとて考えている。 この提案を断る理由もない。 「ああ。Jアークが味方に付いてくれるのは、俺たちも願ったりだ。……これからよろしく頼む、キラ」 「……ありがとうございます! それじゃ……」 友好の証として、キラは両の手をアムロとアイビス、それぞれに差し出す。 アムロとアイビスも、それをしっかりと握り返す。 多くは語らなくとも、互いの目を見れば、目指すところは同じだということは分かる。 今はそれで十分だった。 「それでだ。話を戻すが……今後、俺たちはどう動く?」 「どこか目的地を決めるなら――やっぱり、街や基地みたいにはっきりした場所のほうが人も集まってるんだろうけど、難しいね。  三か所ある街には、あたしたち三人が一度は訪れてるし……今のところ、仲間のあてになりそうなのは」 「ブンドル、ガロード、ジョナサン、クインシィ、ロジャー、ソシエ、カミーユ……といったところか。  ロジャーが上手く接触できているのならば、ナデシコの面々と遭遇することがあっても、すぐに敵対するということはなさそうだが……」 「出来れば、まだ接触していない集団と会いたいですね。まだ会っていないといえば、その……カミーユさんでしたっけ。  アムロさんの話を聞く限りでは、彼も『あれ』についての知識を持っている……そうなんですよね?」 「ああ。技術者としてだけではない。戦闘についてもエース級の実力。出来る限り早く合流しておきたい人物だ」 だがそれだけではない、という言葉をアムロは飲み込んだ。 二回目の放送で流れたシャアの名前――それがカミーユにどのような影響を与えるのか。 ブンドルが会ったカミーユは、少年と言っていい年の頃だったという。 もし、戦時中のカミーユが、「召喚」されたのならば―― (急ぐ必要があるな……) 「なら向かう先は基地?」 「うん、それが一番いいと思う。アムロさんはどう思います?」 「基地に向かうことを反対するつもりはない……が、基地を最優先にすることには反対だ」 「確かに俺も基地と合流することをブンドルと約束している……だが、それは次の放送までに、というはっきりとした期限がある。  せっかくJアークという目立つ印があるんだ。合流までに少しでも多くの参加者を集めておきたい。  基地周辺の地形を見てもらえば分かると思うが、高台にあるこの場所は守りに適している。  拠点としては十分この上ない――ここに集団がいたとてしても、そうは動かないだろう。  今俺たちが急いで向かう必要はない。むしろ必要なのは、街や基地――ここから離れている参加者との合流だ」 「今、俺たちはこの殺し合いを止めるために、積極的に他者と接触しようとしている。  だがこれは、このバトルロワイアルの本来の目的を考えると、非常に効率が悪い行動だ。  この殺し合いを完遂し――最後の一人になるつもりがあるのならば、重要なのは殺すことではなく生き残ること。  人数減らしは他人に任せ、周りが疲弊し、自分の勝利を確信できたその時、初めて積極的に殺す側に回る――それがもっとも現実的な戦略だろう。  ……仮に、殺す気がなかったとしてもだ。生き残るために人が来ないであろう場所に引きこもるというのは、十分あり得る選択だ。  もし俺たちが街や基地だけを回り、そこで集まった人間とだけで徒党を組むことは、消極的な――巻き込まれ型の参加者を見捨てることに繋がりかねない。  だから、敢えて拠点になりそうな場所を外し、隠れている参加者も見つけるつもりで探索をするべきだというのが、俺の意見だ」 これには勿論、基地を目指す参加者は自分たちのほかにもいるだろう――という計算も含まれている。 たとえばブンドルだ。先ほどはブンドルがギリギリまで基地を訪れない可能性もあると言ったが、逆に、ガロード達と合流次第すぐに基地へ向かう可能性だってある。 ガロードのおおよその位置は分かっており、ガロードもアムロと合流するつもりがある。二人の合流はたやすいだろう。 それに対し、結果的にはすぐに叶ったとはいえ、アムロとアイビスの合流はいつになるか分からないものだった。 アムロの第一方針がアイビスとの合流であるということはブンドルも理解している。 アイビスとの合流がかなわなければ、アムロが基地へ向かうのもギリギリになってしまう。それを考えれば、早い段階で基地を抑えに回るのが、ブンドルという男だ。 いざとなればガロードとその仲間を基地において、自分は足取り軽く各地を飛び回る……ということさえしてしまうかもしれない。 ブンドルだけではない。基地が拠点として優秀であるというのは、地図を一目見れば誰でもわかることだ。 ここへ向かう人間は、少なからずいるはずである――そう考えての提案だった。 「確かにそれも一理あるかも……キラはどう思う?」 「うん、僕もアムロさんの意見に賛成」 「……とりあえず、話し合うべきことは以上か? 悪いが、少しF91の整備をしたい。二人はここで休んでいてくれ。  それと……それが終わった後、Jアークの施設を使わせてくれないか?」 「はい、大丈夫ですけど……いったい何を?」 「『あれ』さ。……出来ることは試しておきたい」  ◇ 赤毛を肩のあたりでざっくりと切った、多少女っけに欠けた後姿をキラは見つめていた。 ――何故、彼女はあんなに堂々と立っていられるんだろう。 アイビスがこの場所に呼ばれてから、どんな風に行動してきたのかを知っている。 彼女とともに行動していた人間が、何人も死んでいったということを、キラは知っている。 それでも彼女は、前を見て、自分の足で立っていた。 キラは、それが彼女の強さか来るものなのか……それを、知りたいと思ったのだ。 「あの、アイビス……さん」 「何? ――あ、それと、呼び方」 「え?」 「アイビス、って。呼び捨てでいいよ。さん付けで呼ばれるのって慣れてないんだ」 そう言ってほほ笑むことが出来る――何故、どうして? 仲間が――友達が死んでいって、それで自分はあんなにも心を揺らして、色んな人に支えてもらうことになった。 でも、アイビスは……独りになってしまったんだ。 その細身の体で、どうやって自分自身を支えることが出来るのか。 「アイ、ビス……聞きたいことがあるんだ」 殆ど初対面に近い年上の女性を呼び捨てにするということに少しばかりの気恥ずかしさを覚えて、それでも疑問はぶつけていく。 聞きたいのは、どこからその力が湧いてくるのか、ということ。 「僕は、仲間と、昔からの友人を亡くしてしまった」 「……うん」 「もう、どうなってもいいと自棄になって……何をするにも、力が湧いてこなくて」 「分かるよ、その気持ち」 「でも、ソシエ……仲間のおかげで、少しだけ立ち直ることが出来て。前を見ようという気になれた。  ……教えてほしいんだ。僕が、ソシエから元気を分けてもらったように……アイビスにもそんな何かが、あったの?」 キラが零したのは不安だ。これから先――仲間のだれもが無事なまま、この殺し合いを止めて元の世界に帰ってと、そんな理想が叶うとは思っていない。 もしまた仲間を失って、それからまた立ち直れるという保証は、どこにもない。 また、誰かの助けを借りて……? いや、それでは駄目だと、キラはそう思ったのだ。 この先、誰が死んでもおかしくないのだから。誰かを支えにしなければ、自分だけでは立って歩けないような、そんなことにはなりたくなかった。 キラの言葉を受けたアイビスは、少しだけ考え込み、静かに話し始めた。 「あたしの場合は、……やっぱり、仲間、なんだよね。さっきも話したけど、ジョシュア、シャア、クルツ、ラキ……みんなあたしを助けてくれた。  だからその分、みんなに胸を張って、あたしはみんなの分も生きているんだ――って、自信を持って言えるようになりたい。いや、ならなくちゃいけないんだ。  うん、だから別に――あたしが強くて、キラが弱くてなんて、そんなことはないよ」 見透かされた――!? 自分の質問の奥に隠れていた真意を言い当てられ、言葉に詰まる。 キラの様子を見たアイビスは、フッと微笑み、言葉を続ける。 「まぁあたしも……今のキラより、ううん、きっと落ち込んでた時のキラよりずっと酷い状態が長いこと続いてたからね。  さっきも言ったでしょ? キラの気持ちが分かるって。自分がそうだったからなんだよね」 「でも……! やっぱり僕は、弱い人間だ! こうやって人を頼って、それでようやく少し安定して……  本当は、今だってどうすればいいのか、何をすればいいのか分からないんだ。  さっきは仲間を集めたいなんて言ったけど、実際にアスランやカズイを殺した人と会った時、仲良く手を取り合うなんてことが出来るなんて思えないんだ!」 「いいよ、今はそれで」 「今はそれでいい――どちらにせよ、選ばなきゃいけない時が来るんだから、それまでいくらでも悩んでいいよ。  きっと、悩んだ分だけ良い結果になる……少なくとも、悩みもせずに周りに当たり散らしていたあたしよりは、ね」 アイビスの言葉は――と、そこで全てを台無しにする音が鳴った。 血糖の値が一定を下回ることにより、身体のとある部分の活動が活発になり――内在する空気を圧縮し、音と成す。 空腹を示す音だ。 「あ……あはははは……よく考えたらあたし、ずっと何も食べてないんだ……」 「……ぷっ、……はは……あははははは」 バツが悪そうな顔をして照れ隠しに笑うアイビスを見て、思わず吹き出してしまう。 そういえば、ずっと笑っていなかったなと、ようやくそのことに気づけるくらいには心に余裕が出来ていた。 「それじゃ、アイビス……アムロさんが戻ってきたら、一緒に御飯にしようか」 「う、うん……どうしよ、せっかくお姉さんぶるいい機会だったのにぃ……」  ◇ そんな二人の微笑ましい光景を、物影から見守る男がいた。アムロである。 F91の整備も終わりブリッジに戻ってこようとしたところ、先ほどの場面に遭遇したのだ。 心配していたアイビスの精神状態も良好であるということが分かり――キラの心の内を聞くこともできた。 若い二人を導くのは自分の仕事だと、アムロは了解している。 自分がホワイトベースでブライトやミライに一人前の男に育ててもらったように――今度は、アムロがキラとアイビスを助ける番だということだ。 懸念は、二人がこの殺し合いの空気に呑まれ、暴走してしまうことだった。 だが、今の二人を見ている限り、しばらくはその心配をする必要もなさそうだ。 (頑張れよ、キラ、アイビス。俺はいつでも見守っているぞ……!) ……しかし、見守られる側には慣れているが、見守る側になるというのは新鮮だと、アムロはそう感じていた。 【キラ・ヤマト 搭乗機体:Jアーク(勇者王ガオガイガー)  パイロット状態:正常  機体状態:ジェイダーへの変形は可能?、各部に損傷多数、EN・弾薬共に100%、反応弾を所持。  現在位置:D-2  第一行動方針:出来るだけ多くの人を次の放送までにE-3に集める  第二行動方針:ナデシコ組と和解する  最終行動方針:ノイ=レジセイアの撃破、そして脱出】  備考:Jアークは補給ポイントでの補給不可、毎時当たり若干回復。】 【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード)  パイロット状況:精神は持ち成した模様、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)  機体状況:ソードエクステンション装備。ブレンバー損壊。        無数の微細な傷、装甲を損耗、EN残量1/2(ENの減少により長距離バイタルジャンプの使用不可)  現在位置:D-2  第一行動方針:Jアークと共に仲間を集める  最終行動方針:精一杯生き抜く  備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません】 【アムロ・レイ 搭乗機体:ガンダムF91( 機動戦士ガンダムF91)  パイロット状況:軽度の疲労 頭部から出血(処置済み)  機体状態:ビームランチャー消失 背面装甲部にダメージ  現在位置:D-2  第一行動方針:Jアークと共に仲間を集める(カミーユを優先)  第二行動方針:Jアーク内の施設で首輪を解析  第三行動方針:基地にてブンドルと合流  最終行動方針:ゲームからの脱出  備考:ボールペン(赤、黒)を上着の胸ポケットに挿している     首輪(エイジ)を一個所持】 【二日目9:00】 ---- |本編―|―| ----
*&color(red){前を向いて ◆YYVYMNVZTk} ――明けない夜はない。どんな一日であっても夜は終り、朝は来る。 始まってから二回目の放送が流れて、死んでいった人たちの名前を聞いて、その中でも知っている人の名前が幾つかあった。 悲しいだとか、そんな感情もあったけれど――でもそれよりも、その人たちの死を無駄にしたくないという気持ちのほうが強かった。 この殺し合いに乗っていようとそうでなかろうと、悪人であろうと善人であろうと、そんなことは関係なく、死んでいい命というものはなくて。 けれど死んでいった命がいくつもあって、自分はその中のいくつかのおかげで、今を生きている。 そのことを痛感する。字面のままに、心が痛くなるほどに、感じている。 だから前を向くのだ。顔を下げることなく、進むのだ。 「……あたしはもう大丈夫。君のおかげで落ち着いたよ」 本当のことを言うと、放送が聞こえ始めたその瞬間――やっぱり恐怖はあった。 シャアやクルツ、ラキのように――アムロの名前が呼ばれてしまうかもしれない、誰か見知った人間が死んでしまっているかもしれないと。 怯えが伝染するのは、なにも人から人に限った話ではなく、人からオーガニックマシンへのそれも、十二分にあり得る。 アイビスの心の影を、ネリー・ブレンは敏感に感じ取った。 優しいブレンはコックピットの内部に文字を浮かばせた。 リバイバルしたてのオーガニックマシンが、意思疎通のために多用する手段である。 様々な、けれど同じ意味を示す単語が次々と浮かんでは消えていった。 ブレンの優しさ――今のアイビスはそれをそのまま素直に受け止めることが出来る。 もう、負け犬と自嘲していた頃の自分とは違う――違うのだ。 ついさっき、決めたばかりではないか。 こんな自分のために命をかけてくれた皆に、胸を張れるように、恥ずかしくないように、精一杯生きるんだ。 ブレンに声をかけ、アイビスは動き出した。 今はまだ出来ることも少なくて、何をすればいいのかもはっきりと分からない。 だけどそれを言い訳に、歩みを止めるようなことはしたくない。 「行こう、ブレン!」  ◇ 結果から言うと――三機の遭遇は、僅かな問題さえもなく、非常にスムーズに行われた。 アイビスの乗るネリー・ブレン。 キラの乗るJアーク。 アムロの乗るガンダムF91。 先に二機が合流してから残りの一機と遭遇したというわけでもなく、三機の出会いはほぼ同時、同じ場所で起こった。 にも関わらず大した混乱もなしに接触できたのは、アイビスとアムロが知己であったということが大きいだろう。 キラもまた、無敵戦艦ダイと事を構えることになってしまった先の例を反省し、慎重な態度で交渉にあたった。 ほどなくして、三機共に交戦の意思は無しということが判明し――Jアークの甲板にブレンとガンダムを係留し、Jアークブリッジにて本格的な情報交換を行っているというのが現在の状況である。 「……なるほど。これで三人ともそれぞれの動向は理解できたと思うが……ここまでの話の中で、何か気になったことはあるか?」 三人がまず行ったのは、現在に至るまでのそれぞれの行動についての情報交換だった。 アムロとアイビスは面識があったとはいえ、共に行動したのは短時間。離れてからの時間の方が長いほどだ。 ちなみに、場の司会は最年長であるアムロが行っている。 「……特にない、か。では次に考えたいのは……今後、我々はどう行動するのか、ということだ」 「一つ、提案があります。これから先……僕と一緒に行動してくれませんか?」 アムロの声に応えたのはキラである。 キラの目的――ひとつは、ナデシコ組との交渉だ。 殆ど最悪といっていい別れ方をした戦艦ナデシコとの再接触は、打倒主催を目指すのならば避けては通れない道であるはずだ。 それはJアークだけに言えたことではなく、ナデシコにとってもそうだろう。 ……というより、この殺し合いに反逆の意思を持つ者全てにとって、この二艦の動向は最重要項目。 強力な戦闘力を持ち、象徴――旗頭としての意味合いも持つのが戦艦なのだ。 二艦が共に在ることを選ぶのならば――それは、これ以上ないほどの求心力を持つはずである。 だが、ナデシコとの交渉の時間まで、まだ幾らかの余裕がある。 それまでにキラがやっておきたいことは、一人でも多くの同志を募り、力を蓄えることだ。 あの怪物と少女がどれだけの力を持つのかは全くの未知数である。 あれらに対抗するためにどれだけの戦力が必要なのか――備えは、あればあるだけ良いということだ。 当然同様のことはアムロとアイビスとて考えている。 この提案を断る理由もない。 「ああ。Jアークが味方に付いてくれるのは、俺たちも願ったりだ。……これからよろしく頼む、キラ」 「……ありがとうございます! それじゃ……」 友好の証として、キラは両の手をアムロとアイビス、それぞれに差し出す。 アムロとアイビスも、それをしっかりと握り返す。 多くは語らなくとも、互いの目を見れば、目指すところは同じだということは分かる。 今はそれで十分だった。 「それでだ。話を戻すが……今後、俺たちはどう動く?」 「どこか目的地を決めるなら――やっぱり、街や基地みたいにはっきりした場所のほうが人も集まってるんだろうけど、難しいね。  三か所ある街には、あたしたち三人が一度は訪れてるし……今のところ、仲間のあてになりそうなのは」 「ブンドル、ガロード、ジョナサン、クインシィ、ロジャー、ソシエ、カミーユ……といったところか。  ロジャーが上手く接触できているのならば、ナデシコの面々と遭遇することがあっても、すぐに敵対するということはなさそうだが……」 「出来れば、まだ接触していない集団と会いたいですね。まだ会っていないといえば、その……カミーユさんでしたっけ。  アムロさんの話を聞く限りでは、彼も『あれ』についての知識を持っている……そうなんですよね?」 「ああ。技術者としてだけではない。戦闘についてもエース級の実力。出来る限り早く合流しておきたい人物だ」 だがそれだけではない、という言葉をアムロは飲み込んだ。 二回目の放送で流れたシャアの名前――それがカミーユにどのような影響を与えるのか。 ブンドルが会ったカミーユは、少年と言っていい年の頃だったという。 もし、戦時中のカミーユが、「召喚」されたのならば―― (急ぐ必要があるな……) 「なら向かう先は基地?」 「うん、それが一番いいと思う。アムロさんはどう思います?」 「基地に向かうことを反対するつもりはない……が、基地を最優先にすることには反対だ」 「確かに俺も基地と合流することをブンドルと約束している……だが、それは次の放送までに、というはっきりとした期限がある。  せっかくJアークという目立つ印があるんだ。合流までに少しでも多くの参加者を集めておきたい。  基地周辺の地形を見てもらえば分かると思うが、高台にあるこの場所は守りに適している。  拠点としては十分この上ない――ここに集団がいたとてしても、そうは動かないだろう。  今俺たちが急いで向かう必要はない。むしろ必要なのは、街や基地――ここから離れている参加者との合流だ」 「今、俺たちはこの殺し合いを止めるために、積極的に他者と接触しようとしている。  だがこれは、このバトルロワイアルの本来の目的を考えると、非常に効率が悪い行動だ。  この殺し合いを完遂し――最後の一人になるつもりがあるのならば、重要なのは殺すことではなく生き残ること。  人数減らしは他人に任せ、周りが疲弊し、自分の勝利を確信できたその時、初めて積極的に殺す側に回る――それがもっとも現実的な戦略だろう。  ……仮に、殺す気がなかったとしてもだ。生き残るために人が来ないであろう場所に引きこもるというのは、十分あり得る選択だ。  もし俺たちが街や基地だけを回り、そこで集まった人間とだけで徒党を組むことは、消極的な――巻き込まれ型の参加者を見捨てることに繋がりかねない。  だから、敢えて拠点になりそうな場所を外し、隠れている参加者も見つけるつもりで探索をするべきだというのが、俺の意見だ」 これには勿論、基地を目指す参加者は自分たちのほかにもいるだろう――という計算も含まれている。 たとえばブンドルだ。先ほどはブンドルがギリギリまで基地を訪れない可能性もあると言ったが、逆に、ガロード達と合流次第すぐに基地へ向かう可能性だってある。 ガロードのおおよその位置は分かっており、ガロードもアムロと合流するつもりがある。二人の合流はたやすいだろう。 それに対し、結果的にはすぐに叶ったとはいえ、アムロとアイビスの合流はいつになるか分からないものだった。 アムロの第一方針がアイビスとの合流であるということはブンドルも理解している。 アイビスとの合流がかなわなければ、アムロが基地へ向かうのもギリギリになってしまう。それを考えれば、早い段階で基地を抑えに回るのが、ブンドルという男だ。 いざとなればガロードとその仲間を基地において、自分は足取り軽く各地を飛び回る……ということさえしてしまうかもしれない。 ブンドルだけではない。基地が拠点として優秀であるというのは、地図を一目見れば誰でもわかることだ。 ここへ向かう人間は、少なからずいるはずである――そう考えての提案だった。 「確かにそれも一理あるかも……キラはどう思う?」 「うん、僕もアムロさんの意見に賛成」 「……とりあえず、話し合うべきことは以上か? 悪いが、少しF91の整備をしたい。二人はここで休んでいてくれ。  それと……それが終わった後、Jアークの施設を使わせてくれないか?」 「はい、大丈夫ですけど……いったい何を?」 「『あれ』さ。……出来ることは試しておきたい」  ◇ 赤毛を肩のあたりでざっくりと切った、多少女っけに欠けた後姿をキラは見つめていた。 ――何故、彼女はあんなに堂々と立っていられるんだろう。 アイビスがこの場所に呼ばれてから、どんな風に行動してきたのかを知っている。 彼女とともに行動していた人間が、何人も死んでいったということを、キラは知っている。 それでも彼女は、前を見て、自分の足で立っていた。 キラは、それが彼女の強さか来るものなのか……それを、知りたいと思ったのだ。 「あの、アイビス……さん」 「何? ――あ、それと、呼び方」 「え?」 「アイビス、って。呼び捨てでいいよ。さん付けで呼ばれるのって慣れてないんだ」 そう言ってほほ笑むことが出来る――何故、どうして? 仲間が――友達が死んでいって、それで自分はあんなにも心を揺らして、色んな人に支えてもらうことになった。 でも、アイビスは……独りになってしまったんだ。 その細身の体で、どうやって自分自身を支えることが出来るのか。 「アイ、ビス……聞きたいことがあるんだ」 殆ど初対面に近い年上の女性を呼び捨てにするということに少しばかりの気恥ずかしさを覚えて、それでも疑問はぶつけていく。 聞きたいのは、どこからその力が湧いてくるのか、ということ。 「僕は、仲間と、昔からの友人を亡くしてしまった」 「……うん」 「もう、どうなってもいいと自棄になって……何をするにも、力が湧いてこなくて」 「分かるよ、その気持ち」 「でも、ソシエ……仲間のおかげで、少しだけ立ち直ることが出来て。前を見ようという気になれた。  ……教えてほしいんだ。僕が、ソシエから元気を分けてもらったように……アイビスにもそんな何かが、あったの?」 キラが零したのは不安だ。これから先――仲間のだれもが無事なまま、この殺し合いを止めて元の世界に帰ってと、そんな理想が叶うとは思っていない。 もしまた仲間を失って、それからまた立ち直れるという保証は、どこにもない。 また、誰かの助けを借りて……? いや、それでは駄目だと、キラはそう思ったのだ。 この先、誰が死んでもおかしくないのだから。誰かを支えにしなければ、自分だけでは立って歩けないような、そんなことにはなりたくなかった。 キラの言葉を受けたアイビスは、少しだけ考え込み、静かに話し始めた。 「あたしの場合は、……やっぱり、仲間、なんだよね。さっきも話したけど、ジョシュア、シャア、クルツ、ラキ……みんなあたしを助けてくれた。  だからその分、みんなに胸を張って、あたしはみんなの分も生きているんだ――って、自信を持って言えるようになりたい。いや、ならなくちゃいけないんだ。  うん、だから別に――あたしが強くて、キラが弱くてなんて、そんなことはないよ」 見透かされた――!? 自分の質問の奥に隠れていた真意を言い当てられ、言葉に詰まる。 キラの様子を見たアイビスは、フッと微笑み、言葉を続ける。 「まぁあたしも……今のキラより、ううん、きっと落ち込んでた時のキラよりずっと酷い状態が長いこと続いてたからね。  さっきも言ったでしょ? キラの気持ちが分かるって。自分がそうだったからなんだよね」 「でも……! やっぱり僕は、弱い人間だ! こうやって人を頼って、それでようやく少し安定して……  本当は、今だってどうすればいいのか、何をすればいいのか分からないんだ。  さっきは仲間を集めたいなんて言ったけど、実際にアスランやカズイを殺した人と会った時、仲良く手を取り合うなんてことが出来るなんて思えないんだ!」 「いいよ、今はそれで」 「今はそれでいい――どちらにせよ、選ばなきゃいけない時が来るんだから、それまでいくらでも悩んでいいよ。  きっと、悩んだ分だけ良い結果になる……少なくとも、悩みもせずに周りに当たり散らしていたあたしよりは、ね」 アイビスの言葉は――と、そこで全てを台無しにする音が鳴った。 血糖の値が一定を下回ることにより、身体のとある部分の活動が活発になり――内在する空気を圧縮し、音と成す。 空腹を示す音だ。 「あ……あはははは……よく考えたらあたし、ずっと何も食べてないんだ……」 「……ぷっ、……はは……あははははは」 バツが悪そうな顔をして照れ隠しに笑うアイビスを見て、思わず吹き出してしまう。 そういえば、ずっと笑っていなかったなと、ようやくそのことに気づけるくらいには心に余裕が出来ていた。 「それじゃ、アイビス……アムロさんが戻ってきたら、一緒に御飯にしようか」 「う、うん……どうしよ、せっかくお姉さんぶるいい機会だったのにぃ……」  ◇ そんな二人の微笑ましい光景を、物影から見守る男がいた。アムロである。 F91の整備も終わりブリッジに戻ってこようとしたところ、先ほどの場面に遭遇したのだ。 心配していたアイビスの精神状態も良好であるということが分かり――キラの心の内を聞くこともできた。 若い二人を導くのは自分の仕事だと、アムロは了解している。 自分がホワイトベースでブライトやミライに一人前の男に育ててもらったように――今度は、アムロがキラとアイビスを助ける番だということだ。 懸念は、二人がこの殺し合いの空気に呑まれ、暴走してしまうことだった。 だが、今の二人を見ている限り、しばらくはその心配をする必要もなさそうだ。 (頑張れよ、キラ、アイビス。俺はいつでも見守っているぞ……!) ……しかし、見守られる側には慣れているが、見守る側になるというのは新鮮だと、アムロはそう感じていた。 【キラ・ヤマト 搭乗機体:Jアーク(勇者王ガオガイガー)  パイロット状態:正常  機体状態:ジェイダーへの変形は可能?、各部に損傷多数、EN・弾薬共に100%、反応弾を所持。  現在位置:D-2  第一行動方針:出来るだけ多くの人を次の放送までにE-3に集める  第二行動方針:ナデシコ組と和解する  最終行動方針:ノイ=レジセイアの撃破、そして脱出】  備考:Jアークは補給ポイントでの補給不可、毎時当たり若干回復。】 【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード)  パイロット状況:精神は持ち成した模様、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)  機体状況:ソードエクステンション装備。ブレンバー損壊。        無数の微細な傷、装甲を損耗、EN残量1/2(ENの減少により長距離バイタルジャンプの使用不可)  現在位置:D-2  第一行動方針:Jアークと共に仲間を集める  最終行動方針:精一杯生き抜く  備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません】 【アムロ・レイ 搭乗機体:ガンダムF91( 機動戦士ガンダムF91)  パイロット状況:軽度の疲労 頭部から出血(処置済み)  機体状態:ビームランチャー消失 背面装甲部にダメージ  現在位置:D-2  第一行動方針:Jアークと共に仲間を集める(カミーユを優先)  第二行動方針:Jアーク内の施設で首輪を解析  第三行動方針:基地にてブンドルと合流  最終行動方針:ゲームからの脱出  備考:ボールペン(赤、黒)を上着の胸ポケットに挿している     首輪(エイジ)を一個所持】 【二日目9:00】 ---- |本編158話|[[黄金の精神]]| ----

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