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*&color(red){Shape of my heart ―人が命懸けるモノ― ◆7vhi1CrLM6}  目が二つあった。  パープルアイとでも言うのだろうか? 深く暗く沈んだ紫紺の両眼が、言い逃れは許さない、と詰問の視線を突きつけている。  どこか追い込まれているような、自分で自分自身を追い詰めているような、そんな目だった。  似てるなと思う。初めて戦場に狩り出された新兵が、自分のミスで仲間を死なせてしまった。そう思いつめているときの目が、ちょうどこんな感じなのだ。 「お前、ラキの何なんだ?」 「質問してるのはこっちだ」 「知ってることを全部話せって言われてもな……何処の誰とも知れない奴に話す義理はねぇ。  もっとも、俺のことなら別だがな。今夜のご予定から泊まっている部屋の番号まで何でもお答えいたしますよ」 「ふざけるなっ!!」 「悪い悪い。そう怒るなって。だが、そっちが答えなきゃこっちも答える気はないぜ」  努めて冷静に、出来るだけ刺激を与えないように(?)気をつけながら話す。両手は頭の上だ。別に銃を突きつけられているわけじゃなかったが、これが一番意思が伝わりやすい。  強引に切り抜けられるか、と問われれば、多分出来るだろう。  目の前のお嬢さんは筋肉に無駄が少なく(ついでに削ぎ落としたのか、胸の脂肪まで死亡してるのが残念でもあるが)細身なりに鍛えられているようだが、動きはどちらかと言うと素人くさい。  ただ、柄じゃない。  となると、受け答えの中で情報を引き出せれば御の字といったところか。だが、無言を衝立にして返されたんじゃ埒があかない。軽口にも乗ってこない相手に溜息まじりに言葉を投げかける。 「おいおい。黙ってちゃ何にも分からないぜ。もう一度聞く。お前とラキの関係は?」  あまり友好的な関係ではないのだろう。置かれた状況を鑑みれば、ラキが何か不祥事をやらかしたとしか思えない。  現に目の前の少女は歯を食いしばって思い悩み、苦悶の表情を浮かべていた。強気の表情の裏で弱気が揺れ、顔は俯いている。その口元が微かに動いた。 「ある人の最後を伝えなくちゃいけない……。伝えなきゃいけないんだ……私は……ラキに……」  自身の見当違いに気づくのと同時に、そろそろと視線を伏せた少女の顔に落とす。前髪越しに見える真一文字にきつく閉じた唇が、小刻みに震えていた。  泣いているのか? そう思った瞬間、少女の顔ががばっと持ち上がり、涙が滲んだ視線が突き刺さる。 「さぁ、私は言ったぞ! 今度はお前が答える番だ!! 教えろ、ラキについて知っていることを!!!」  ラキを探している理由は分かった。危惧していたようなことではなさそうで、人知れず胸を撫で下ろす。目の前の少女は、どう見ても他人を謀ることに長けているようには見えないのも安堵感を大きくしていた。  しかし、まだ分からないことがある。ラキが原因でないのならば棘の出所が分からない。  それにこの娘の気の張り詰め方は危うい。的の位置が分からぬまま弓を目一杯引き絞っている。そんな矛先の定まらぬ危うさだ。  それらに引っ掛かりを覚えながらもクルツは、ラキのことについて話すことに決めた。 「分かった。何から聞きたい?」  背格好からという要望が返ってき、クルツはそれに答えて話し始めながら、それとなく様子を覗い続けた。  目の奥が暗い。肌にチリチリと焼け付くような感情がそこで燻っている。目の前の少女は笑う気配すら見せない。  やはり棘がある。ラキでないなら向けられているのは自分か? 「あんたとラキの関係は?」 「仲間ということになるかな。放送前まで同行していた」  何でもない言葉。それが彼女の心の弓弦に触れた。刹那、紫紺の瞳が揺れ動き、動揺。そして、驚愕へと少女の表情が変わり、焦点のぼやけた少女はぽつりと呟く。 「……嘘だ」 「嘘じゃねぇ」  手が震えた少女の眉間に皺が寄り、険しい表情を形作る。その目に灯った感情を読み取り肝を冷やした。  気圧されて一歩退がり、ラーズアングリフの装甲が背中にぶつかる。思わず振り返り、慌てて視線を戻したクルツに飛んで来たのは、怒声だった。 「嘘を吐くな! あんたがラキの仲間な訳がない!! そんなわけないじゃないかっ!!!」  取り乱し、感情的に声を荒げて詰め寄る様子に息を呑む。感情の堰が切れ掛かっている。怒りの、殺気の矛先は間違いなく自分に向けられていた。  訳が分からない。初対面のはずだ。こうまで嘘つき呼ばわりされる心当たりは全くない。そんな疑問符で頭が埋め尽くされる。 「嘘じゃねぇって。間違いなくあいつとエイジと俺の三人で行動してた。これは保証する」 「だったらなんでアムロを殺した!! あんたがラキの仲間ならアムロを殺すもんかっ!! 殺すもんかっっ!!!」  身の潔白を証明するしか他なく喚いたクルツの言葉に、アイビスの叫びが重なった。  怒りに目を滾らせながら目肩で息をする少女を見つめて、再び疑問符が頭に浮かぶ。今度の疑問符は一個だけ。ただしでかい。即ち、アムロって誰よ?  そうして頭の中で一通り検索にかけて、なお心当たりのないクルツの口を吐いて出た言葉は―― 「ぬ、濡れ衣だァーーーーーーーーー!!!!」 「惚けるな!!!」  思わず手が出たという感じで頬を叩かれた。クリーンヒット。直撃。反動で後頭部を固い装甲板でしたたかに打ちつける。正直、そっちのほうが痛かった。 「惚けてねぇ! 俺はそんな奴知りやしねぇ。まして恨みを買われる筋合いもねぇ」 「見たんだ!!! あんたがアムロを……赤い小型機を落とすところを!!!  そんなあんたがラキの仲間だなんて認めるものかっ!!! 認めてやるものかっ!!!!」  必死の目と一緒に、これまで押さえ込んでも押さえ切れずに、瞳の奥で燻っていたものが露になる。その感情の堰が切れる様を目の当たりにしながら、クルツは事情を理解した。  事情は単純。赤い小型機、おそらくは戦闘に介入してきたタイミングから考えて戦闘機にも変形するほうのことだろう。それが彼女の仲間で、自分はその仇というわけだ。  だが一つこの少女は思い違いをしている。そこを正せば少しは立場が楽に……なるのか? 「ちょっと待て! 殺してねぇ!!」 「……えっ!?」 「殺しちゃいねぇって! そいつは生きてる」 「嘘だっ!!」  何度目かも分からない否定。全く信用されてない立場というのは辛い。 「まぁまずは落ち着けって。確かに小型機は落とした。けど、あの時そいつは既に青い機体に乗り換えていた。  見たろ? 俺がその青い機体に追い詰められるところを。あんたが介入してなかったら死んでたのは俺のほうだった。だから嘘じゃねぇ」 「生……きてる?」 「そう。そいつは生きてる」 「本当?」 「本当だ。もう五六時間もすれば放送が流れる。嘘を吐いても意味がねぇよ」  胸を撫で下ろし大きな安堵の溜息を漏らすのが見えた。少しはこれで険が取れるかな、と思って油断した隙に再び詰問の視線が向けられ、思わず表情が強張って気持ち身構える。  ぐぅ~  薄く開いた唇が言葉を発するより早く少女の腹の虫が鳴いた。険が取れるどころか緊張が霧散し、空気が弛緩する。  思わず笑ったクルツの大声が夜空に響く。開けた口を訳もなくパクパクさせている目の前の少女の顔は真っ赤だ。 「わ、笑うな」 「ハハハ……腹減ったとよ。どっかで飯にするか?」 「減って ま せ ん 」  躍起になって否定する少女を尻目に中央廃墟で一息吐くことを勝手に決める。北の市街地には行きたくなかったのだ。  全くの偶然の腹の虫ではあったが、お陰で今話の主導権はクルツに移行している。気持ちにも余裕が出来た。  機体に乗り込もうと背を向け、背後の気配の動き出す様子のなさに振り返る。  そこに強い光を見止めた。真摯さ。熱心さ。そんな光だ。そしてその奥にはまた別の暗い光が併在している。 「一つ聞かせて。何でアムロと争ってた?」  思わず頭をガシガシと掻いてあらぬ方向を見上げてしまった。一番答えにくい質問だったのだ。何しろ最初に手を出したのはこちらなのだから。  ちらりと視線を戻す。そこに最初と同じ『言い逃れは許さない』という詰問の視線を確認して、慌ててまた逸らした。どうにも答えずにすむという訳にはいかないようだ。 「あいつとやり合ったのは二回目だ。一回目は俺から仕掛けた。それを覚えてたんだろうな。二度目は奴から仕掛けてきた。後は通信を交わすこともなく戦闘さ」 「一度目はなんで?」 「さぁ、何でだろうな。いきなり殺し合いを強要されて、情けねぇことにパニクってたのかもな」 「そう……」  目線を合わせる勇気はなかった。僅かに混ぜ込んだ自分を守るための嘘。それに言いようもない引け目を感じたのかもしれない。  逃げるようにして機体に乗り込むとホッと胸を撫で下ろす。下手な嘘がバレやしないか冷や汗ものだったが、どうやら信じては貰えたようだった。もっとも疑いが完全に晴れた風には見えないが。  通信を繋げる。 「んじゃ、行くとしますか。行き先は中央廃墟。そこで朝まで一休みだ」  とそこまで言って肝心なことを聞いてないことを思い出す。 「お嬢さん、そろそろお名前を教えてもらっても良いんじゃないでしょうかね?」 「へっ?」  目を丸くするのが見え、ちょっと間の抜けた声が響く。どうやら向うも名乗ったつもりになっていたようだった。 「アイビス……アイビス=ダグラス。あんたは?」 「クルツ=ウェーバー……俺名乗んなかったっけ?」 「名乗ってないよ」  呆気羅漢と返ってきた声に「おっかしいな」と応じながら頭を掻き、「まぁいいさ」と繋いだクルツは、とりあえずラキとアイビスを会わせてみようという気になっていた。  そうして二機は中央廃墟へと向かう第一歩を踏み出す。そこに待ち受けている結果も知らずに……。  ◆  アイビス・クルツから遅れること約四時間。C-3地区にも中央廃墟を目指す機体の姿があった。  その低空を僚機となったシャイニングガンダムと共に飛びながら、ブンドルの思考は一つのことに囚われていた。  サイフラッシュ・ハイファミリア・アカシックバスター・コスモノヴァ、そして精霊憑依。  ブンドルが扱いきれないサイバスターの武装や機能は多い。  ゆえにブンドルはこれまで機体の基本性能と剣戟、そして僅かな火力での戦いを強いられてきた。それらはひとえに操者の資格を持たぬがゆえのことであったが、一つ事情の異なるものが存在する。  ラプラスコンピューター――それは一種のブラックボックスと言っても過言ではないサイバスターの中枢を司るメインコンピューター。  これだけは操者の資格を持たないが為か、それともただ単純にそっち方面の専門家でないことによる技術力不足によるものか、判別に難しい。だが、どういうものかの憶測はついていた。  ラプラスの名を耳にしたとき、ブンドルが真っ先に思い浮かべたのは18世紀から19世紀にかけて活躍したフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラス。ラプラス変換の発見者として、彼の名は高い。  その彼によって提唱されたものの中に『ラプラスの悪魔』というものが存在し、彼は自著の中でこう語っている。 『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、  この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も全て見えているであろう。  (確率の解析的理論)』  この仮想された超越的存在の概念であり、ラプラスがただ単に知性と呼んでいたものに、後世の者が付け広まった名称が『ラプラスの悪魔』である。  それは量子論登場以前の古典物理学における因果律の終着地点と言ってもいい。  そのラプラスの名を冠する以上、おそらくこのコンピューターが目指したものは未来予測。 「ラプラス自身の理論は後に量子力学によって破られることになったが、果たしてこのコンピューターは『全てを知り、未来をも予見できる知性』足り得るのか……」  目指しはしても、そこに至れるかどうかは別問題。『ラプラスの悪魔』にまで至れているという保証はどこにもない。  だが、最低でも物質と現象を解析し予測する為の機能が備わっているはずである。例え完全ではなくとも、それらの機能がなくてはラプラスの名に対して失礼と言うべきであろう。  そして、その処理速度も並々ならぬもののはずだ。1秒後の未来を算出するのに1秒以上の時を要しては意味がない。  ならばだ。然るべき者の手に渡りさえすれば、首輪の解析など容易くやってのける代物なのではないか――それがブンドルの抱いたものであった。 「ブンドル」  突然の通信に思考の波から意識を拾い上げる。無骨な男の顔がモニターに映し出されていた。 「ギンガナム隊のことについてだがな」 「……なんだ? そのギンガナム隊とかいうのは」  薄々感づきながらも言葉を返す。妙に嫌な予感がしていた。そして、こういう勘は当たるものだ。 「ギンガナムとはムーンレイスの武を司る一族の名。そして、我が部隊の名だ。  ロンドベル隊の名も惜しかったのだがなぁ。アムロ=レイが存在する以上、あちらにその名を譲るのに小生も吝かではない。  貴様もギンガナム隊の一員となったのだ。覚えておけ」 「少し待て。それは君の名ではなかったか? というかいつ私が君の下に付いた?」  こめかみを押さえ、俯きがちに頭を左右に振る。色々と頭が痛い。だがそんな様子に構うことなくギンガナムは返答を寄越してくる。 「いかにも。我が名はギム=ギンガナム。ギンガナム家の現党首よ。  どこの馬の骨とも知れぬ者をギンガナム隊に加えるのには小生も少々の抵抗があったのだが……ブンドル、貴様はなかなか見込みがあるので特別に許可した。誇りに思うが良い」 「話が食い違っている……それにその美しさの欠片も見当たらないネーミングには反対させていただこう」 「異論があるのならば代案を出すべきであろう。  だが、あの化け物を討つのに、ギンガナムの名以上に相応しい名はない。そう、ロンドベル隊とギンガナム隊の共同戦線によってあの化け物は討ち倒される。  フフフ……ハーハッハッハッ……素晴らしい! これぞまさしく小生が夢にまで見た黒歴史との競演!! だがそれにはぁ、我が隊の戦力を充実させねばなぁっ!!!」  勝手にテンションを鰻上りに上昇させるギンガナムを脇目に、ブンドルは僅かに考え込んだ。代案を出せというギンガナムの言には一理ある。  そして、頭に思い浮かんだ部隊名は―― 「……ドクーガ情報局」 「フンッ! 大 却 下 だ!!」 「ならば……」  そこで言葉を飲み込む。言おうか言わまいか、束の間悩んだ。目の前の男に自分の美的センスが理解できるとは到底思えない。  芸術の何たるかを全く理解しない無知蒙昧な輩に、自分の美的センスが扱き下ろされるのはどうにも我慢がならない。 「ならば何だ?」 「……なんでもない」 「どうせ大したことのない部隊名を思いつき慌てて引っ込めたのであろう。やはりここは武を納めるギンガナムの名こそ相応しい!!」 「それには反対だと言った」 「ギンガナム隊に反対ならばシャッフル同盟で決まりだな。異論があればもっとマシな対案を出してみよ。  どうした? 何か言いたそうだな? その貧弱なお頭でぇ何を思いついたか言うがいい。ほれ! ほォ~れ! ハーッハッハッ……!!」  あからさまな挑発。見え透いた手。だが、悔しいが効果的だ。小馬鹿にされているようで地味に腹が立ってくる。というかうざい。 「そうまで言うのなら聞かせてやろう。この部隊の名は――  ――『美しきブンドルと愉快な仲間達』だ」  満足気に言い放ったブンドルを残して時が凍りついた。 「……」 「なんだ、その痛いものを見るような目は? そんな悲しそうな憐れみの目で私を見るな」 「その今にも『全ては我らのビッグ・ファイアの為に!』とか言いだしそうなネーミングは……それに後半……」 「それはだな」 「いや別に説明しなくともよい。すまん。小生が悪かった。だから悪いことは言わぬ。ここは大人しくギンガナム隊にしておけ」 「それには反対だと言っている!」 「ええい。人が下手に出ておればいい気になりおって。何が不満なのだ?」  議論は白熱(?)していき、多くの名が挙がっては切って落とされていくこととなった。  そして、目的地D-3廃墟の上空に差し掛かる頃、両者は半ば折れる形で部隊名はなんの捻りもなく『ドクーガ情報局ギンガナム隊』に決定される。 「まぁいい。とにかくブンドル、貴様にはギンガナム隊の参謀を務めてもらう」 「お断りさせてもらおう。私はドクーガ情報局の『局長』だ。降格は勘弁願いたい。それではよろしく頼むよ、『隊長』殿」 「くっ……貴様、またしても謀ったな」 「部隊名はそちらも納得して決めたはずだ。それとも君は一度口にした言葉をひっくり返す程度の男かね」 「ぐっ! おのれ……」  悔しげに睨み付けてくる眼光を飄々と受け流す。戦闘行為ならともかくとして、口と謀でこの男に負ける要素は皆無といって良い。  未だブツブツと文句を呟くギンガナムを尻目に、視線を眼下の廃墟へと落とした。  現在、ブンドルの頭の中には幾つかの集団が刻まれている。  北西の市街地にはアムロとガロード。南部市街地にはトカゲ型の戦艦とガロードの仲間。そして、ゼクスを中心とした集団は中央廃墟の方角を目指していた。  もっともトカゲ型の戦艦とゼクスの集団はそれなりの時間が経過している為、移動している可能性が高い。そう考えるとこの中央廃墟と北の廃墟は大きな空白地帯と化す。  つまり参加者の保護・小集団の形成という観点から考えて、ここは見過ごせない地域なのだ。  そして、出来ればもう一度サイバスターの操者と接触を取りたいという欲が、ブンドルに中央廃墟を選ばせていた。  だが見下ろした廃墟に人影は見当たらない。深夜という時間帯と廃墟という死角の多さが目視を遮っているのだ。加えてレーダーの不調もある。 「ギンガナム、そちらのレーダーに反応は?」  文句を止めて取り合えずはレーダーを確認したらしいギンガナムが、「なにも」と返してくるのを聞いて、これは骨が折れるかもしれない、といった思いが頭を過ぎり―― 「ところでな、ブンドル」  思考を中断させられた。 「……まだ何かあるのか?」 「うむ。毎回戦闘前に名乗りを上げていたのだが、どうもパターンが尽きてな。そこで二人で是非とも試して」 「断る!!」 「つれないな」  当然だ。嫌な予感しかしない。 「だが、これを聞けば貴様の気もきっと変わるであろう」 「言わなくていい。言わなくていいから、少しあっちに行っててくれないか?」 「まずは小生が問いかける。それに貴様は答えていけばよいのだ」  思いっきりスルーされた。あまりのマイペースさに殺意を覚えないでもない。少しくらい聞けよ、人の話……いかん。キャラが崩れてきている。自戒せねば。 「『流派東方不敗は』と問われれば貴様は『王者の風よ』と返すのだ。あらん限りの声を振り絞り叫ぶのだぞ。分かるな? 気迫がここではモノを言う。そして、続きは――」  得意気に説明を続けるギンガナムを完全に無視して、思案を再開することに決めた。とてもじゃないが付き合いきれない。  改めて廃墟へと目を向ける。ざっと見渡した限り目視にかかるほど大きな機体は見当たらない。また死角が非常に多い。空を飛ぶ来訪者は見つけやすく、自身は隠れやすい地形ということだ。  好戦的な者を除いたほとんど全ての者は、一度隠れてこちらの様子を覗うと思ったほうがいい。かと言って、地上を歩き路地の一つ一つを覗いて回っても埒があかない。  つまりは目立つ空に機体を曝け出して、いるかどうかも分からない相手のコンタクトを待つしか方法がないのである。  ならば時間で区切るべきだ。交代制で半分を休息に当てるとして、一時間か? それとも放送までか?  そうやって先のことに思考の手を伸ばしていたとき、視界の隅で何かが煌めいた。モニターに警告のメッセージが灯るのよりも素早く身を翻す。  虹色をまとめて撃ち出したかのような光軸が間際を駆け抜け、装甲を焦がした。それを脇目に射撃地点を睨んだブンドルは、しかし突然後方で鳴った衝撃音に思わず振り返ることとなる。  火花を散らしながら銃と剣の中間のような武器を叩きつける流線型の機体と、それをアームプロテクターで受け止めるギンガナムの姿が目に飛び込む。  やばい――そう思った瞬間、女の憎悪に塗れた声とギンガナムの剛毅な声が木霊した。 「ギンガナム! お前を!! お前だけはああぁぁぁぁあああああ!!!」 「小生をギム=ギンガナムと心得て向かってくるその心意気や良し! だがしかあぁぁしっ!!」  ギンガナムが相手の武器を跳ね上げ、腕を掴み、豪快に投げ飛ばした。空中をくるくると舞った敵機は、数百m離れたところでようやく体勢を整える。その鼻頭にギンガナムの声が飛ぶ。 「貴様では足りん! 小生を、このギム=ギンガナムを倒したくば、このシャイニングガンダムの右腕を見事斬りおとしてみせたあの男を出すがいい!!  勝利の二文字を持って屈服させええぇぇぇ!! 我がギンガナム隊の一員としてくれるっ!!!」 「黙れっ! お前が、あいつを殺したお前が気軽にあいつのことを口にするなっ!!」  突然、流線型の機体がぶれたかと思うとその場から消失する。次の瞬間、それはギンガナムの死角に姿を現した。  銃剣の切っ先が下から上へと振り上げられる。それらの動きに瞬時に反応して見せたギンガナムはワンステップでかわすと同時に振り向き、掌を胸部に添える。 「遅い。温い。伸びも芸もない。その程度でぇこのギム=ギンガナムの首が取れるものかよぉ!!」  中空にも関わらず踏み込む。流線型の機体が体をくの字に折り曲げて、すっ飛んだ。刹那、ブースターが青白い燐光を瞬かせ、ギンガナムが追撃に移る。  それらの光景を前にブンドルは再度思う。これはやばい、と。この闘争本能の塊のような男は、既に燃え盛る炎と化している。襲い掛かる者に対して容赦はないだろう。  そして、漏れ聞く限り突如襲撃してきた女は復讐者。この組み合わせはまさに火に油を注ぐようなもの。勢いのままに暴走を許せば、後の結果は火を見るより明らかだ。  そこまで分かっていながらブンドルは動けなかった。  理由は二つ。  一つはテレポーテーションとでも言うべき移動に度肝を抜かれ、介入のチャンスを見出せなかったこと。  そして、まだ何かがある気がする。あるいはいるのかもしれない。ともかくギンガナムと女と自身の他にまだ何かがここに介在している。  理屈というよりかは勘のようなものだ。未だ表に出てこない潜んでいる何かがあると告げていた。  さらにもう一つ加えるのならば、サイバスターのラプラスコンピューターに対しての憶測もブンドルを慎重にさせることに一役買っていたのかもしれない。  ここで悪戯に失うわけにはいかない。そういった思いがあったことは確かなのだから。  雲越しに火線が煌めき、幾度目かの火花が散る。  ギンガナムもあの男一流の嗅覚で違和感を感じ取っているのか、女とギンガナムの戦いはどこかぎこちなかった。が、そのぎこちなさは程なく融解することとなる。  ギンガナムの狂喜に彩られた声が大地に響き渡ったのだ。 「見つけたぞ!! アイビス=ブレエエェェェェェェェンッッッ!!!」  何処か女性的な丸みを帯びた流線型の敵機。それを弾き上げたシャイニングガンダムのスラスターが噴射音を唸らせたと思った瞬間、敵機を無視し、地表の一点目掛けて突撃を開始した。  夜空に流星のような一筋の光が灯る。  その流れ落ちる先に赤い無骨な機体を発見したブンドルは、サイバスターのブースターを焚き、フルスロットルでそこに突撃した。  上空にギンガナム。地表面付近に自身。どちらが早いとも考える余裕はなく、二機は急速に赤い機体との距離を詰める。  朽ち果てたビル、鉄骨を露にした廃墟、腐食し赤く錆び付いた鉄筋、それらの景色が後ろへと飛んで行く。その先で、赤い機体がギンガナムに銃を向けるのが見えた。  横合いから懐に飛び込む。銃を潰れた左腕で制し、間髪入れずにギンガナムの拳を右手の剣で受け流す。そして、返す刀でギンガナムの脳天に降って来た女の剣閃を受け止めた。 「チッ!!」 「ブンドル、貴様ッ!!」 「なっ!!」 「三人とも剣を引け。この場は私が預か……ッ!!」  全てを流れるような動作で隙なくこなしてみせたブンドルであったが、そこが一呼吸における挙動の限界でもあった。  黒い弾丸のようなものが飛び出してくるのを視認する間もなく、轟音がコックピットを揺らす。  動から静に転じる瞬間を狙い済ましたように突かれたサイバスターは、なすすべもなく押し流され、瞬く間に瓦礫の街並みへとなだれ込んで消えていった。  ◆  二つの機体が縺れ合っている。白銀の機体が大人と子供以上も体格差のある黒い機体に押し負け、瓦礫を巻き込みこんで後退を続けていた。 「聞こえるか? 黒い機体のパイロット、私は君との争いを望まない。剣を納めてくれ。そうすれば私はギンガナムを諌め、あの場を丸く治めてみせる」 「ククク……ハーッハッハッ……!!」  通信。流れてくるのは休戦の提案。黒い機体のパイロットガウルンは、堪えきれずに思わず噴出した。  その様子にモニターの端に開いた通信ウィンドウの中の顔が、眉を顰める。 「何か可笑しいか?」 「冗談言っちゃいけねぇな。せっかく面白くなりそうなところだ。それを潰されちゃたまんねぇ」  一番動きが良かった奴を狙いすまし、隙を衝いて仕掛けたが、正解だったってわけだ。赤い奴はどうだか知らねぇが、白い機体も丸っこい機体も剣を引く気は毛頭なさそうに見えた。  ということはだ。ここでこいつを喰っていけば争いが治まることはないと言える。その後は、選り取り見取りだ。  それに面白味はねぇがこいつ自身も一級品。暇つぶしの玩具としては、何の不足もない。 「悪いがここで死んでもらうぜ」 「なるほど……そういう輩か。ならば君などに付き合っている暇はないッ!!」  白銀の機体が刀剣を抜き放つ。密着した状態で掲げた剣を振り下ろす。上から下。頭部と背面を狙った刺殺。鋭いッ!!  咄嗟にヒートアックスで受け止めた。その隙を衝いて押さえ込んだ状態から抜け出される。一塊だった二機がパッと左右に分かれた。 「やるじゃないか。大したものだ」 「そちらこそ……な。野放しにしておくには少々危険だ」  数百mの距離を置いて二機は対峙する。互いにまだ瀬踏みの段階。つまりは小手調べの前哨戦。それでもある程度の力量は伝わってくる。  その力量だけで言えば、信じられない程の上物だ。自分自身に対する絶対の自信も持っている。そんな奴の鼻を明かしてやるってのは、たまらねぇな。そうガウルンは一人ごちた。  ◆ 「クックックッ……ハハハ……フハハハハハ……!!!!」 「何が可笑しいッ!!」  愉快さを隠し切れないといった無邪気な笑い声に反発を覚え、思わず叫んでいた。 「何が可笑しいだと? ククク……、黒歴史において最強の武道家と誉れ高い東方不敗がマスターアジア。その愛機マスターガンダムが姿を現したのだ。  そして、小生は今その弟子の機体に乗っておるのだぞ! 何たる僥倖! 宿命!! 数奇!!!  これが笑わずにいられるものかっ! もはや貴様の偽善になど付き合っていられぬ。今すぐにでも奴を追いかけぇッ!! ガンダムファイトの挑戦状、叩き付けてくれるわッッ!!!」  言うが早いか、シャイニングガンダムのブースターに明かりが灯る。銃声一つ。その鼻先を七色の燐光を発するチャクラの波が駆け抜けた。 「行かせない。ギンガナム、あんたの相手は私だ」 「ほぉ。貴様ごときが小生と渡り合えると本当に思っているのか? それにそこの赤い機体。奴ではないな。接近戦における動きの冴えがまるで違う。  もう一度言う。そんな貴様らごときに勝ち目がぁあると本当に思っているのかあぁぁあああ?」  白銀の中型機が介入してくるまで、ギンガナムに押されっぱなしだった。それも片手間でだ。  勝てるという道理はない。五分に渡り合える理屈もない。でもそんなことは―― 「やってみないとわからないだろ。あいつを追うんなら私を倒してからにしろッ!」 「舐められたものだな。まぁいい。せっかくのガンダムファイト。横槍を入れられても面白くない。  ならば、貴様らを殺した後、ゆっくりと専念させてもらおうではないかッッ!!」  言葉と同時にギンガナムの姿が掻き消える――否、そう思えるほどの速度で横っ飛びに跳ねた。  咄嗟に追随。同時に『轟』と重い金属音が響き、ラーズアングリフがよろけ―― 「固いな」 「なろっ!!」  シザースナイフを振るったときには既に背後に抜けていた。結果、ラーズアングリフに視界を遮られギンガナムの姿を見失う。  赤い胸部装甲板が拳大に窪んでいるのを確認しつつ、その脇をすり抜けようとした瞬間、体を悪寒が覆った。  咄嗟にバイタルジャンプ。ほぼ同時にラーズアングリフの脇で肘鉄が空を切った。そこに二制射撃ち込んだときには、クルツ一人残して影も形もない。  ――廃墟に紛れ込まれた。  足元に着弾した銃撃に文句を散らすクルツを無視して、視界を八方に目まぐるしく動かす。  ――見つけた。右後方。  振り向き様にソードエクステンション。が、それよりもギンガナムが懐に潜り込む方が遥かに素早い。  斬撃は肘の位置を掌で捌かれ、そのまま背中を合わせるように動いたギンガナムの右足が大きく踏み込む。  重い音が大地を揺らし、肩で弾き飛ばされたブレンがすっ飛んだ。瓦礫を巻き上げ、ビルの残骸に埋没する。  追撃を予想して跳ね起きた視界に、距離を置き銃口をちらつかせて牽制を仕掛けているクルツの姿が目に入った。同時に通信。 「無事か?」 「何とか……そのまま奴の気を引ける?」 「無理だ。弾が殆んどきれかけてる。弾幕も敷けねぇ」 「五分でいい。お願いっ!」 「だから無理だって。牽制に回す弾すらないんだぞ!」 「クルツ!!」  思わず出た大声にギンガナムに注がれていた視線がこちらを向いた。その視線はホンの一瞬だけ交錯し、直ぐにまた元に戻る。 「やれるのか?」 「やれる! いや、やってみせる!」 「……分かったよ。五分だな?」 「ごめん」 「任せろ」  クルツの声を耳にバイタルジャンプ。戦場からいくらか離れた空に転移した。そこから戦場を見守り、具にギンガナムの動きを観察する。  シャアに褒められたことが一つだけあった。相手の軌道を読み切り、旋回半径に飛び込むGRaM系とRaM系に共通する基本動作だ。  それしか自分にはない。だから持てる力を全てつぎ込む。ギンガナムの動きを読みきり、全力を一撃に、急加速度突撃に全てを賭ける。  時間は?  三分。  焦るな。  落ち着け。  二分。  小型ミサイル。  回避。  避け。  一分。  ビルをブラインドに。  回り込む。  そう見せかけて跳躍。  音もなく上空へ。  ここだっ!!  青白い噴射光と七色の燐光が夜空に浮かび上がる。ギンガナムのシャイニングガンダムとアイビスのヒメ・ブレンが同時に突撃を開始したのだ。  フルスロットル。  眼前の廃墟をブラインドに。  一度、互いの死角へ。  廃墟を抜ける。  そして――見つけた。  微調整。  ソードエクステンションを前に。  あとは――  ――ただ突っ込むだけだッ!! 「行っけええぇぇぇぇぇえええええ!!!」  叫んだとき、距離はもう幾許もなかった。直前でギンガナムが反応するのが見えた。構わず突っ込む。リーチはこちらのほうが長いのだ。  突きつけたソードエクステンションの切っ先。それが胸部装甲に突き立つのが鮮やかに見えた。 「アイビスッッ!!」  次の瞬間、眼前に迫った大地に気づく。  気を失った? 何故? いつの間に? そんなことよりもブレンを――。  この速度で大地に叩き付けられると危ない。そう思い、減速しようとして、身動きが取れないことに気づく。  どうして? 何で? 何で、動いてくれないんだっ! 「つまらんな。ただ突っ込むだけの戦い方など赤子でも出来る」  耳元で誰かが囁いた。瞬間、ぞっと肌が粟立つ。  積み上げてきたものを崩され、心に隙間が生じる。そして、その隙間に過去の恐怖が入り込み、鮮明に蘇る。大地迫るこの状況が過去の墜落経験と頭の中で噛み合った。  堕ちる……嫌だ。嫌だ。嫌だ! 嫌だッ!! 「うわああぁぁぁああああああ!!!!!!」  ◆  北西から南東に向けて一直線に粉塵が立ち上った。それは間に乱立し散在する廃墟の山を一切問題にしていない。  粉塵の中に双眸が輝くのが確認できた。次はお前の番だとそれが何よりも雄弁に物語っている。思わず唾を飲み込み、薄ら笑いを浮かべた。  強い。半端な敵ではない。それが素直な感想だった。  あの瞬間、アイビスの仕掛けた攻撃は受け流され、その場で半回転したギンガナムは背に一撃を加えた。その上で間接をロックし、加速して地面への衝突直前に叩きつけるという荒業をやってのけていた。  結果、敵機は装甲表面に引掻き傷程度の怪我を残して健在。アイビスは恐らく沈黙だろう。  アイビスの加えた攻撃は、タイミング・速度共に申し分ない一撃だったはずだ。少なくともクルツにはそう見えた。それを物ともしない強さがある。接近戦ではまず話にならないと言っていい。  射撃戦を展開するにしても弾薬は尽きかけている。一戦はとても持たない。だがそれでもやりようはある。それにはまず距離を取ることだ。  そう思い浮かべた瞬間、巨大な圧力がクルツを包み込んだ。距離を詰められた。読まれている。既に後退は間に合わない。  前。咄嗟に思い浮かべたのはそれだった。活路はそこにしかない。雄叫びをあげ、馳せ違う。右脚部で鈍い音が鳴った。構うことなくフルスロットルで前進を続け距離を取る。  だが速度が上がらない。ラーズアングリフは空を飛べない。だから、脚部の損傷は致命的だ。追ってくる。振り切れない。駆けながら、全身の毛が怖気立つような恐怖に襲われた。  南下させられているのだ。いずれ禁止エリアに突き当たる。方向を変えようとしても、出来なかった。  刺し違える。咄嗟にそう決めていた。このままでは振り切れない。追いつかれるなり、禁止エリアに追いやられるなりして、殺される。ならば強引に反転し立ち向かう。  刺し違える覚悟で相打つ。それしか手がなかった。そして、それが一番生存率が高い。一つの廃墟が眼前に迫った。決死の覚悟で機首を巡らせる。  装甲の厚いラーズアングリフだ。一撃で落とされることはない。まずは相打つ。その上で何か見えてくるものがあるはずだ。何も見えなければ死ぬ。それだけだ。そう思った。  しかし、反転してクルツは唖然とした。距離がない。構える時間すらない。眼前には既にギンガナムが迫っていた。想像以上に動きが早かったのだ。  重い音。衝撃。重厚なラーズアングリフが背にした廃墟に埋没する。肩から腕にかけて熱いものが走った。やけに鮮明な視界の中、ゆっくりと拳が近づいてくる。  甘かった。敵の狙いはラーズアングリフのキャノピー。重厚な装甲など関係ない。足を止めたその後は、あからさまに弱点なそこを狙うのは当然といえた。  死とはいつもすれすれの所で生きてきた。戦と死は古い友人のような気もする。それがついにやってきた。お前が俺の死か。そう思い、ギンガナムの機体を睨みつけた。  その機体が不意にぶれ、横っ飛びに跳んだ。 「なっ!」  咄嗟のことに頭がついて行かない。その眼前を七色の光が突き抜ける。そして、通信が一つ。 「クルツ、無事か?」  ほんの半日前まで耳にしていた声がやけに懐かしく感じる。思わず笑みがこぼれた。 「へっ! 何処に行ってやがった。しかもこのタイミングでご帰還たぁ、美味しすぎじゃねぇのかぁ? おいっ!」  ◇  右腕が通信を繋げようと動き、モニターに一人の男の顔が映し出される。  肩までかかる青い長髪がワカメのようだと一瞬思い、一度会った男だということが記憶の引き出しから出てくる。  その男とモニター越しに目が合い。男の顔がにぃっと笑うのが見えた。瞬間、全身の血が身の内を駆け巡る感覚に襲われる。視線を交わしただけの通信が途切れる。  ラキはそれ以上を必要としなかった。目が合った瞬間に理解し、訳もなく確信したのだ。  待ちきれずに逸った気持ちからか、宙に浮いている錯覚を覚える。  今、私はどんな顔をしているだろうか?  きっと笑っている。  何をしている?  早く来い。  お前も気づいたのだろう?  私がお前の敵であると。  理由も理屈もなくただそう思い、確信している。  告げているのは負の感情を集めるために作られたメリオルエッセとしての性か。それともベースとなった人間の持つ原初の本能か。  白い隻腕の機体が各部を展開させ、一歩を踏み出す。まるで鏡映しのようにネリー・ブレンも一歩を踏み出す。そのまま二歩三歩と間合いが縮まり、走り、駆け、疾走する。  不意に全身が熱くなり、熱いものが込み上げて来るのを感じた。その熱いものが胸にぶち当たった瞬間、二つの機体は地を蹴り、激突した。 →[[Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―(ver.IF)(2)]]
*&color(red){Shape of my heart ―人が命懸けるモノ― ◆7vhi1CrLM6}  目が二つあった。  パープルアイとでも言うのだろうか? 深く暗く沈んだ紫紺の両眼が、言い逃れは許さない、と詰問の視線を突きつけている。  どこか追い込まれているような、自分で自分自身を追い詰めているような、そんな目だった。  似てるなと思う。初めて戦場に狩り出された新兵が、自分のミスで仲間を死なせてしまった。そう思いつめているときの目が、ちょうどこんな感じなのだ。 「お前、ラキの何なんだ?」 「質問してるのはこっちだ」 「知ってることを全部話せって言われてもな……何処の誰とも知れない奴に話す義理はねぇ。  もっとも、俺のことなら別だがな。今夜のご予定から泊まっている部屋の番号まで何でもお答えいたしますよ」 「ふざけるなっ!!」 「悪い悪い。そう怒るなって。だが、そっちが答えなきゃこっちも答える気はないぜ」  努めて冷静に、出来るだけ刺激を与えないように(?)気をつけながら話す。両手は頭の上だ。別に銃を突きつけられているわけじゃなかったが、これが一番意思が伝わりやすい。  強引に切り抜けられるか、と問われれば、多分出来るだろう。  目の前のお嬢さんは筋肉に無駄が少なく(ついでに削ぎ落としたのか、胸の脂肪まで死亡してるのが残念でもあるが)細身なりに鍛えられているようだが、動きはどちらかと言うと素人くさい。  ただ、柄じゃない。  となると、受け答えの中で情報を引き出せれば御の字といったところか。だが、無言を衝立にして返されたんじゃ埒があかない。軽口にも乗ってこない相手に溜息まじりに言葉を投げかける。 「おいおい。黙ってちゃ何にも分からないぜ。もう一度聞く。お前とラキの関係は?」  あまり友好的な関係ではないのだろう。置かれた状況を鑑みれば、ラキが何か不祥事をやらかしたとしか思えない。  現に目の前の少女は歯を食いしばって思い悩み、苦悶の表情を浮かべていた。強気の表情の裏で弱気が揺れ、顔は俯いている。その口元が微かに動いた。 「ある人の最後を伝えなくちゃいけない……。伝えなきゃいけないんだ……私は……ラキに……」  自身の見当違いに気づくのと同時に、そろそろと視線を伏せた少女の顔に落とす。前髪越しに見える真一文字にきつく閉じた唇が、小刻みに震えていた。  泣いているのか? そう思った瞬間、少女の顔ががばっと持ち上がり、涙が滲んだ視線が突き刺さる。 「さぁ、私は言ったぞ! 今度はお前が答える番だ!! 教えろ、ラキについて知っていることを!!!」  ラキを探している理由は分かった。危惧していたようなことではなさそうで、人知れず胸を撫で下ろす。目の前の少女は、どう見ても他人を謀ることに長けているようには見えないのも安堵感を大きくしていた。  しかし、まだ分からないことがある。ラキが原因でないのならば棘の出所が分からない。  それにこの娘の気の張り詰め方は危うい。的の位置が分からぬまま弓を目一杯引き絞っている。そんな矛先の定まらぬ危うさだ。  それらに引っ掛かりを覚えながらもクルツは、ラキのことについて話すことに決めた。 「分かった。何から聞きたい?」  背格好からという要望が返ってき、クルツはそれに答えて話し始めながら、それとなく様子を覗い続けた。  目の奥が暗い。肌にチリチリと焼け付くような感情がそこで燻っている。目の前の少女は笑う気配すら見せない。  やはり棘がある。ラキでないなら向けられているのは自分か? 「あんたとラキの関係は?」 「仲間ということになるかな。放送前まで同行していた」  何でもない言葉。それが彼女の心の弓弦に触れた。刹那、紫紺の瞳が揺れ動き、動揺。そして、驚愕へと少女の表情が変わり、焦点のぼやけた少女はぽつりと呟く。 「……嘘だ」 「嘘じゃねぇ」  手が震えた少女の眉間に皺が寄り、険しい表情を形作る。その目に灯った感情を読み取り肝を冷やした。  気圧されて一歩退がり、ラーズアングリフの装甲が背中にぶつかる。思わず振り返り、慌てて視線を戻したクルツに飛んで来たのは、怒声だった。 「嘘を吐くな! あんたがラキの仲間な訳がない!! そんなわけないじゃないかっ!!!」  取り乱し、感情的に声を荒げて詰め寄る様子に息を呑む。感情の堰が切れ掛かっている。怒りの、殺気の矛先は間違いなく自分に向けられていた。  訳が分からない。初対面のはずだ。こうまで嘘つき呼ばわりされる心当たりは全くない。そんな疑問符で頭が埋め尽くされる。 「嘘じゃねぇって。間違いなくあいつとエイジと俺の三人で行動してた。これは保証する」 「だったらなんでアムロを殺した!! あんたがラキの仲間ならアムロを殺すもんかっ!! 殺すもんかっっ!!!」  身の潔白を証明するしか他なく喚いたクルツの言葉に、アイビスの叫びが重なった。  怒りに目を滾らせながら目肩で息をする少女を見つめて、再び疑問符が頭に浮かぶ。今度の疑問符は一個だけ。ただしでかい。即ち、アムロって誰よ?  そうして頭の中で一通り検索にかけて、なお心当たりのないクルツの口を吐いて出た言葉は―― 「ぬ、濡れ衣だァーーーーーーーーー!!!!」 「惚けるな!!!」  思わず手が出たという感じで頬を叩かれた。クリーンヒット。直撃。反動で後頭部を固い装甲板でしたたかに打ちつける。正直、そっちのほうが痛かった。 「惚けてねぇ! 俺はそんな奴知りやしねぇ。まして恨みを買われる筋合いもねぇ」 「見たんだ!!! あんたがアムロを……赤い小型機を落とすところを!!!  そんなあんたがラキの仲間だなんて認めるものかっ!!! 認めてやるものかっ!!!!」  必死の目と一緒に、これまで押さえ込んでも押さえ切れずに、瞳の奥で燻っていたものが露になる。その感情の堰が切れる様を目の当たりにしながら、クルツは事情を理解した。  事情は単純。赤い小型機、おそらくは戦闘に介入してきたタイミングから考えて戦闘機にも変形するほうのことだろう。それが彼女の仲間で、自分はその仇というわけだ。  だが一つこの少女は思い違いをしている。そこを正せば少しは立場が楽に……なるのか? 「ちょっと待て! 殺してねぇ!!」 「……えっ!?」 「殺しちゃいねぇって! そいつは生きてる」 「嘘だっ!!」  何度目かも分からない否定。全く信用されてない立場というのは辛い。 「まぁまずは落ち着けって。確かに小型機は落とした。けど、あの時そいつは既に青い機体に乗り換えていた。  見たろ? 俺がその青い機体に追い詰められるところを。あんたが介入してなかったら死んでたのは俺のほうだった。だから嘘じゃねぇ」 「生……きてる?」 「そう。そいつは生きてる」 「本当?」 「本当だ。もう五六時間もすれば放送が流れる。嘘を吐いても意味がねぇよ」  胸を撫で下ろし大きな安堵の溜息を漏らすのが見えた。少しはこれで険が取れるかな、と思って油断した隙に再び詰問の視線が向けられ、思わず表情が強張って気持ち身構える。  ぐぅ~  薄く開いた唇が言葉を発するより早く少女の腹の虫が鳴いた。険が取れるどころか緊張が霧散し、空気が弛緩する。  思わず笑ったクルツの大声が夜空に響く。開けた口を訳もなくパクパクさせている目の前の少女の顔は真っ赤だ。 「わ、笑うな」 「ハハハ……腹減ったとよ。どっかで飯にするか?」 「減って ま せ ん 」  躍起になって否定する少女を尻目に中央廃墟で一息吐くことを勝手に決める。北の市街地には行きたくなかったのだ。  全くの偶然の腹の虫ではあったが、お陰で今話の主導権はクルツに移行している。気持ちにも余裕が出来た。  機体に乗り込もうと背を向け、背後の気配の動き出す様子のなさに振り返る。  そこに強い光を見止めた。真摯さ。熱心さ。そんな光だ。そしてその奥にはまた別の暗い光が併在している。 「一つ聞かせて。何でアムロと争ってた?」  思わず頭をガシガシと掻いてあらぬ方向を見上げてしまった。一番答えにくい質問だったのだ。何しろ最初に手を出したのはこちらなのだから。  ちらりと視線を戻す。そこに最初と同じ『言い逃れは許さない』という詰問の視線を確認して、慌ててまた逸らした。どうにも答えずにすむという訳にはいかないようだ。 「あいつとやり合ったのは二回目だ。一回目は俺から仕掛けた。それを覚えてたんだろうな。二度目は奴から仕掛けてきた。後は通信を交わすこともなく戦闘さ」 「一度目はなんで?」 「さぁ、何でだろうな。いきなり殺し合いを強要されて、情けねぇことにパニクってたのかもな」 「そう……」  目線を合わせる勇気はなかった。僅かに混ぜ込んだ自分を守るための嘘。それに言いようもない引け目を感じたのかもしれない。  逃げるようにして機体に乗り込むとホッと胸を撫で下ろす。下手な嘘がバレやしないか冷や汗ものだったが、どうやら信じては貰えたようだった。もっとも疑いが完全に晴れた風には見えないが。  通信を繋げる。 「んじゃ、行くとしますか。行き先は中央廃墟。そこで朝まで一休みだ」  とそこまで言って肝心なことを聞いてないことを思い出す。 「お嬢さん、そろそろお名前を教えてもらっても良いんじゃないでしょうかね?」 「へっ?」  目を丸くするのが見え、ちょっと間の抜けた声が響く。どうやら向うも名乗ったつもりになっていたようだった。 「アイビス……アイビス=ダグラス。あんたは?」 「クルツ=ウェーバー……俺名乗んなかったっけ?」 「名乗ってないよ」  呆気羅漢と返ってきた声に「おっかしいな」と応じながら頭を掻き、「まぁいいさ」と繋いだクルツは、とりあえずラキとアイビスを会わせてみようという気になっていた。  そうして二機は中央廃墟へと向かう第一歩を踏み出す。そこに待ち受けている結果も知らずに……。  ◆  アイビス・クルツから遅れること約四時間。C-3地区にも中央廃墟を目指す機体の姿があった。  その低空を僚機となったシャイニングガンダムと共に飛びながら、ブンドルの思考は一つのことに囚われていた。  サイフラッシュ・ハイファミリア・アカシックバスター・コスモノヴァ、そして精霊憑依。  ブンドルが扱いきれないサイバスターの武装や機能は多い。  ゆえにブンドルはこれまで機体の基本性能と剣戟、そして僅かな火力での戦いを強いられてきた。それらはひとえに操者の資格を持たぬがゆえのことであったが、一つ事情の異なるものが存在する。  ラプラスコンピューター――それは一種のブラックボックスと言っても過言ではないサイバスターの中枢を司るメインコンピューター。  これだけは操者の資格を持たないが為か、それともただ単純にそっち方面の専門家でないことによる技術力不足によるものか、判別に難しい。だが、どういうものかの憶測はついていた。  ラプラスの名を耳にしたとき、ブンドルが真っ先に思い浮かべたのは18世紀から19世紀にかけて活躍したフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラス。ラプラス変換の発見者として、彼の名は高い。  その彼によって提唱されたものの中に『ラプラスの悪魔』というものが存在し、彼は自著の中でこう語っている。 『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、  この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も全て見えているであろう。  (確率の解析的理論)』  この仮想された超越的存在の概念であり、ラプラスがただ単に知性と呼んでいたものに、後世の者が付け広まった名称が『ラプラスの悪魔』である。  それは量子論登場以前の古典物理学における因果律の終着地点と言ってもいい。  そのラプラスの名を冠する以上、おそらくこのコンピューターが目指したものは未来予測。 「ラプラス自身の理論は後に量子力学によって破られることになったが、果たしてこのコンピューターは『全てを知り、未来をも予見できる知性』足り得るのか……」  目指しはしても、そこに至れるかどうかは別問題。『ラプラスの悪魔』にまで至れているという保証はどこにもない。  だが、最低でも物質と現象を解析し予測する為の機能が備わっているはずである。例え完全ではなくとも、それらの機能がなくてはラプラスの名に対して失礼と言うべきであろう。  そして、その処理速度も並々ならぬもののはずだ。1秒後の未来を算出するのに1秒以上の時を要しては意味がない。  ならばだ。然るべき者の手に渡りさえすれば、首輪の解析など容易くやってのける代物なのではないか――それがブンドルの抱いたものであった。 「ブンドル」  突然の通信に思考の波から意識を拾い上げる。無骨な男の顔がモニターに映し出されていた。 「ギンガナム隊のことについてだがな」 「……なんだ? そのギンガナム隊とかいうのは」  薄々感づきながらも言葉を返す。妙に嫌な予感がしていた。そして、こういう勘は当たるものだ。 「ギンガナムとはムーンレイスの武を司る一族の名。そして、我が部隊の名だ。  ロンドベル隊の名も惜しかったのだがなぁ。アムロ=レイが存在する以上、あちらにその名を譲るのに小生も吝かではない。  貴様もギンガナム隊の一員となったのだ。覚えておけ」 「少し待て。それは君の名ではなかったか? というかいつ私が君の下に付いた?」  こめかみを押さえ、俯きがちに頭を左右に振る。色々と頭が痛い。だがそんな様子に構うことなくギンガナムは返答を寄越してくる。 「いかにも。我が名はギム=ギンガナム。ギンガナム家の現党首よ。  どこの馬の骨とも知れぬ者をギンガナム隊に加えるのには小生も少々の抵抗があったのだが……ブンドル、貴様はなかなか見込みがあるので特別に許可した。誇りに思うが良い」 「話が食い違っている……それにその美しさの欠片も見当たらないネーミングには反対させていただこう」 「異論があるのならば代案を出すべきであろう。  だが、あの化け物を討つのに、ギンガナムの名以上に相応しい名はない。そう、ロンドベル隊とギンガナム隊の共同戦線によってあの化け物は討ち倒される。  フフフ……ハーハッハッハッ……素晴らしい! これぞまさしく小生が夢にまで見た黒歴史との競演!! だがそれにはぁ、我が隊の戦力を充実させねばなぁっ!!!」  勝手にテンションを鰻上りに上昇させるギンガナムを脇目に、ブンドルは僅かに考え込んだ。代案を出せというギンガナムの言には一理ある。  そして、頭に思い浮かんだ部隊名は―― 「……ドクーガ情報局」 「フンッ! 大 却 下 だ!!」 「ならば……」  そこで言葉を飲み込む。言おうか言わまいか、束の間悩んだ。目の前の男に自分の美的センスが理解できるとは到底思えない。  芸術の何たるかを全く理解しない無知蒙昧な輩に、自分の美的センスが扱き下ろされるのはどうにも我慢がならない。 「ならば何だ?」 「……なんでもない」 「どうせ大したことのない部隊名を思いつき慌てて引っ込めたのであろう。やはりここは武を納めるギンガナムの名こそ相応しい!!」 「それには反対だと言った」 「ギンガナム隊に反対ならばシャッフル同盟で決まりだな。異論があればもっとマシな対案を出してみよ。  どうした? 何か言いたそうだな? その貧弱なお頭でぇ何を思いついたか言うがいい。ほれ! ほォ~れ! ハーッハッハッ……!!」  あからさまな挑発。見え透いた手。だが、悔しいが効果的だ。小馬鹿にされているようで地味に腹が立ってくる。というかうざい。 「そうまで言うのなら聞かせてやろう。この部隊の名は――  ――『美しきブンドルと愉快な仲間達』だ」  満足気に言い放ったブンドルを残して時が凍りついた。 「……」 「なんだ、その痛いものを見るような目は? そんな悲しそうな憐れみの目で私を見るな」 「その今にも『全ては我らのビッグ・ファイアの為に!』とか言いだしそうなネーミングは……それに後半……」 「それはだな」 「いや別に説明しなくともよい。すまん。小生が悪かった。だから悪いことは言わぬ。ここは大人しくギンガナム隊にしておけ」 「それには反対だと言っている!」 「ええい。人が下手に出ておればいい気になりおって。何が不満なのだ?」  議論は白熱(?)していき、多くの名が挙がっては切って落とされていくこととなった。  そして、目的地D-3廃墟の上空に差し掛かる頃、両者は半ば折れる形で部隊名はなんの捻りもなく『ドクーガ情報局ギンガナム隊』に決定される。 「まぁいい。とにかくブンドル、貴様にはギンガナム隊の参謀を務めてもらう」 「お断りさせてもらおう。私はドクーガ情報局の『局長』だ。降格は勘弁願いたい。それではよろしく頼むよ、『隊長』殿」 「くっ……貴様、またしても謀ったな」 「部隊名はそちらも納得して決めたはずだ。それとも君は一度口にした言葉をひっくり返す程度の男かね」 「ぐっ! おのれ……」  悔しげに睨み付けてくる眼光を飄々と受け流す。戦闘行為ならともかくとして、口と謀でこの男に負ける要素は皆無といって良い。  未だブツブツと文句を呟くギンガナムを尻目に、視線を眼下の廃墟へと落とした。  現在、ブンドルの頭の中には幾つかの集団が刻まれている。  北西の市街地にはアムロとガロード。南部市街地にはトカゲ型の戦艦とガロードの仲間。そして、ゼクスを中心とした集団は中央廃墟の方角を目指していた。  もっともトカゲ型の戦艦とゼクスの集団はそれなりの時間が経過している為、移動している可能性が高い。そう考えるとこの中央廃墟と北の廃墟は大きな空白地帯と化す。  つまり参加者の保護・小集団の形成という観点から考えて、ここは見過ごせない地域なのだ。  そして、出来ればもう一度サイバスターの操者と接触を取りたいという欲が、ブンドルに中央廃墟を選ばせていた。  だが見下ろした廃墟に人影は見当たらない。深夜という時間帯と廃墟という死角の多さが目視を遮っているのだ。加えてレーダーの不調もある。 「ギンガナム、そちらのレーダーに反応は?」  文句を止めて取り合えずはレーダーを確認したらしいギンガナムが、「なにも」と返してくるのを聞いて、これは骨が折れるかもしれない、といった思いが頭を過ぎり―― 「ところでな、ブンドル」  思考を中断させられた。 「……まだ何かあるのか?」 「うむ。毎回戦闘前に名乗りを上げていたのだが、どうもパターンが尽きてな。そこで二人で是非とも試して」 「断る!!」 「つれないな」  当然だ。嫌な予感しかしない。 「だが、これを聞けば貴様の気もきっと変わるであろう」 「言わなくていい。言わなくていいから、少しあっちに行っててくれないか?」 「まずは小生が問いかける。それに貴様は答えていけばよいのだ」  思いっきりスルーされた。あまりのマイペースさに殺意を覚えないでもない。少しくらい聞けよ、人の話……いかん。キャラが崩れてきている。自戒せねば。 「『流派東方不敗は』と問われれば貴様は『王者の風よ』と返すのだ。あらん限りの声を振り絞り叫ぶのだぞ。分かるな? 気迫がここではモノを言う。そして、続きは――」  得意気に説明を続けるギンガナムを完全に無視して、思案を再開することに決めた。とてもじゃないが付き合いきれない。  改めて廃墟へと目を向ける。ざっと見渡した限り目視にかかるほど大きな機体は見当たらない。また死角が非常に多い。空を飛ぶ来訪者は見つけやすく、自身は隠れやすい地形ということだ。  好戦的な者を除いたほとんど全ての者は、一度隠れてこちらの様子を覗うと思ったほうがいい。かと言って、地上を歩き路地の一つ一つを覗いて回っても埒があかない。  つまりは目立つ空に機体を曝け出して、いるかどうかも分からない相手のコンタクトを待つしか方法がないのである。  ならば時間で区切るべきだ。交代制で半分を休息に当てるとして、一時間か? それとも放送までか?  そうやって先のことに思考の手を伸ばしていたとき、視界の隅で何かが煌めいた。モニターに警告のメッセージが灯るのよりも素早く身を翻す。  虹色をまとめて撃ち出したかのような光軸が間際を駆け抜け、装甲を焦がした。それを脇目に射撃地点を睨んだブンドルは、しかし突然後方で鳴った衝撃音に思わず振り返ることとなる。  火花を散らしながら銃と剣の中間のような武器を叩きつける流線型の機体と、それをアームプロテクターで受け止めるギンガナムの姿が目に飛び込む。  やばい――そう思った瞬間、女の憎悪に塗れた声とギンガナムの剛毅な声が木霊した。 「ギンガナム! お前を!! お前だけはああぁぁぁぁあああああ!!!」 「小生をギム=ギンガナムと心得て向かってくるその心意気や良し! だがしかあぁぁしっ!!」  ギンガナムが相手の武器を跳ね上げ、腕を掴み、豪快に投げ飛ばした。空中をくるくると舞った敵機は、数百m離れたところでようやく体勢を整える。その鼻頭にギンガナムの声が飛ぶ。 「貴様では足りん! 小生を、このギム=ギンガナムを倒したくば、このシャイニングガンダムの右腕を見事斬りおとしてみせたあの男を出すがいい!!  勝利の二文字を持って屈服させええぇぇぇ!! 我がギンガナム隊の一員としてくれるっ!!!」 「黙れっ! お前が、あいつを殺したお前が気軽にあいつのことを口にするなっ!!」  突然、流線型の機体がぶれたかと思うとその場から消失する。次の瞬間、それはギンガナムの死角に姿を現した。  銃剣の切っ先が下から上へと振り上げられる。それらの動きに瞬時に反応して見せたギンガナムはワンステップでかわすと同時に振り向き、掌を胸部に添える。 「遅い。温い。伸びも芸もない。その程度でぇこのギム=ギンガナムの首が取れるものかよぉ!!」  中空にも関わらず踏み込む。流線型の機体が体をくの字に折り曲げて、すっ飛んだ。刹那、ブースターが青白い燐光を瞬かせ、ギンガナムが追撃に移る。  それらの光景を前にブンドルは再度思う。これはやばい、と。この闘争本能の塊のような男は、既に燃え盛る炎と化している。襲い掛かる者に対して容赦はないだろう。  そして、漏れ聞く限り突如襲撃してきた女は復讐者。この組み合わせはまさに火に油を注ぐようなもの。勢いのままに暴走を許せば、後の結果は火を見るより明らかだ。  そこまで分かっていながらブンドルは動けなかった。  理由は二つ。  一つはテレポーテーションとでも言うべき移動に度肝を抜かれ、介入のチャンスを見出せなかったこと。  そして、まだ何かがある気がする。あるいはいるのかもしれない。ともかくギンガナムと女と自身の他にまだ何かがここに介在している。  理屈というよりかは勘のようなものだ。未だ表に出てこない潜んでいる何かがあると告げていた。  さらにもう一つ加えるのならば、サイバスターのラプラスコンピューターに対しての憶測もブンドルを慎重にさせることに一役買っていたのかもしれない。  ここで悪戯に失うわけにはいかない。そういった思いがあったことは確かなのだから。  雲越しに火線が煌めき、幾度目かの火花が散る。  ギンガナムもあの男一流の嗅覚で違和感を感じ取っているのか、女とギンガナムの戦いはどこかぎこちなかった。が、そのぎこちなさは程なく融解することとなる。  ギンガナムの狂喜に彩られた声が大地に響き渡ったのだ。 「見つけたぞ!! アイビス=ブレエエェェェェェェェンッッッ!!!」  何処か女性的な丸みを帯びた流線型の敵機。それを弾き上げたシャイニングガンダムのスラスターが噴射音を唸らせたと思った瞬間、敵機を無視し、地表の一点目掛けて突撃を開始した。  夜空に流星のような一筋の光が灯る。  その流れ落ちる先に赤い無骨な機体を発見したブンドルは、サイバスターのブースターを焚き、フルスロットルでそこに突撃した。  上空にギンガナム。地表面付近に自身。どちらが早いとも考える余裕はなく、二機は急速に赤い機体との距離を詰める。  朽ち果てたビル、鉄骨を露にした廃墟、腐食し赤く錆び付いた鉄筋、それらの景色が後ろへと飛んで行く。その先で、赤い機体がギンガナムに銃を向けるのが見えた。  横合いから懐に飛び込む。銃を潰れた左腕で制し、間髪入れずにギンガナムの拳を右手の剣で受け流す。そして、返す刀でギンガナムの脳天に降って来た女の剣閃を受け止めた。 「チッ!!」 「ブンドル、貴様ッ!!」 「なっ!!」 「三人とも剣を引け。この場は私が預か……ッ!!」  全てを流れるような動作で隙なくこなしてみせたブンドルであったが、そこが一呼吸における挙動の限界でもあった。  黒い弾丸のようなものが飛び出してくるのを視認する間もなく、轟音がコックピットを揺らす。  動から静に転じる瞬間を狙い済ましたように突かれたサイバスターは、なすすべもなく押し流され、瞬く間に瓦礫の街並みへとなだれ込んで消えていった。  ◆  二つの機体が縺れ合っている。白銀の機体が大人と子供以上も体格差のある黒い機体に押し負け、瓦礫を巻き込みこんで後退を続けていた。 「聞こえるか? 黒い機体のパイロット、私は君との争いを望まない。剣を納めてくれ。そうすれば私はギンガナムを諌め、あの場を丸く治めてみせる」 「ククク……ハーッハッハッ……!!」  通信。流れてくるのは休戦の提案。黒い機体のパイロットガウルンは、堪えきれずに思わず噴出した。  その様子にモニターの端に開いた通信ウィンドウの中の顔が、眉を顰める。 「何か可笑しいか?」 「冗談言っちゃいけねぇな。せっかく面白くなりそうなところだ。それを潰されちゃたまんねぇ」  一番動きが良かった奴を狙いすまし、隙を衝いて仕掛けたが、正解だったってわけだ。赤い奴はどうだか知らねぇが、白い機体も丸っこい機体も剣を引く気は毛頭なさそうに見えた。  ということはだ。ここでこいつを喰っていけば争いが治まることはないと言える。その後は、選り取り見取りだ。  それに面白味はねぇがこいつ自身も一級品。暇つぶしの玩具としては、何の不足もない。 「悪いがここで死んでもらうぜ」 「なるほど……そういう輩か。ならば君などに付き合っている暇はないッ!!」  白銀の機体が刀剣を抜き放つ。密着した状態で掲げた剣を振り下ろす。上から下。頭部と背面を狙った刺殺。鋭いッ!!  咄嗟にヒートアックスで受け止めた。その隙を衝いて押さえ込んだ状態から抜け出される。一塊だった二機がパッと左右に分かれた。 「やるじゃないか。大したものだ」 「そちらこそ……な。野放しにしておくには少々危険だ」  数百mの距離を置いて二機は対峙する。互いにまだ瀬踏みの段階。つまりは小手調べの前哨戦。それでもある程度の力量は伝わってくる。  その力量だけで言えば、信じられない程の上物だ。自分自身に対する絶対の自信も持っている。そんな奴の鼻を明かしてやるってのは、たまらねぇな。そうガウルンは一人ごちた。  ◆ 「クックックッ……ハハハ……フハハハハハ……!!!!」 「何が可笑しいッ!!」  愉快さを隠し切れないといった無邪気な笑い声に反発を覚え、思わず叫んでいた。 「何が可笑しいだと? ククク……、黒歴史において最強の武道家と誉れ高い東方不敗がマスターアジア。その愛機マスターガンダムが姿を現したのだ。  そして、小生は今その弟子の機体に乗っておるのだぞ! 何たる僥倖! 宿命!! 数奇!!!  これが笑わずにいられるものかっ! もはや貴様の偽善になど付き合っていられぬ。今すぐにでも奴を追いかけぇッ!! ガンダムファイトの挑戦状、叩き付けてくれるわッッ!!!」  言うが早いか、シャイニングガンダムのブースターに明かりが灯る。銃声一つ。その鼻先を七色の燐光を発するチャクラの波が駆け抜けた。 「行かせない。ギンガナム、あんたの相手は私だ」 「ほぉ。貴様ごときが小生と渡り合えると本当に思っているのか? それにそこの赤い機体。奴ではないな。接近戦における動きの冴えがまるで違う。  もう一度言う。そんな貴様らごときに勝ち目がぁあると本当に思っているのかあぁぁあああ?」  白銀の中型機が介入してくるまで、ギンガナムに押されっぱなしだった。それも片手間でだ。  勝てるという道理はない。五分に渡り合える理屈もない。でもそんなことは―― 「やってみないとわからないだろ。あいつを追うんなら私を倒してからにしろッ!」 「舐められたものだな。まぁいい。せっかくのガンダムファイト。横槍を入れられても面白くない。  ならば、貴様らを殺した後、ゆっくりと専念させてもらおうではないかッッ!!」  言葉と同時にギンガナムの姿が掻き消える――否、そう思えるほどの速度で横っ飛びに跳ねた。  咄嗟に追随。同時に『轟』と重い金属音が響き、ラーズアングリフがよろけ―― 「固いな」 「なろっ!!」  シザースナイフを振るったときには既に背後に抜けていた。結果、ラーズアングリフに視界を遮られギンガナムの姿を見失う。  赤い胸部装甲板が拳大に窪んでいるのを確認しつつ、その脇をすり抜けようとした瞬間、体を悪寒が覆った。  咄嗟にバイタルジャンプ。ほぼ同時にラーズアングリフの脇で肘鉄が空を切った。そこに二制射撃ち込んだときには、クルツ一人残して影も形もない。  ――廃墟に紛れ込まれた。  足元に着弾した銃撃に文句を散らすクルツを無視して、視界を八方に目まぐるしく動かす。  ――見つけた。右後方。  振り向き様にソードエクステンション。が、それよりもギンガナムが懐に潜り込む方が遥かに素早い。  斬撃は肘の位置を掌で捌かれ、そのまま背中を合わせるように動いたギンガナムの右足が大きく踏み込む。  重い音が大地を揺らし、肩で弾き飛ばされたブレンがすっ飛んだ。瓦礫を巻き上げ、ビルの残骸に埋没する。  追撃を予想して跳ね起きた視界に、距離を置き銃口をちらつかせて牽制を仕掛けているクルツの姿が目に入った。同時に通信。 「無事か?」 「何とか……そのまま奴の気を引ける?」 「無理だ。弾が殆んどきれかけてる。弾幕も敷けねぇ」 「五分でいい。お願いっ!」 「だから無理だって。牽制に回す弾すらないんだぞ!」 「クルツ!!」  思わず出た大声にギンガナムに注がれていた視線がこちらを向いた。その視線はホンの一瞬だけ交錯し、直ぐにまた元に戻る。 「やれるのか?」 「やれる! いや、やってみせる!」 「……分かったよ。五分だな?」 「ごめん」 「任せろ」  クルツの声を耳にバイタルジャンプ。戦場からいくらか離れた空に転移した。そこから戦場を見守り、具にギンガナムの動きを観察する。  シャアに褒められたことが一つだけあった。相手の軌道を読み切り、旋回半径に飛び込むGRaM系とRaM系に共通する基本動作だ。  それしか自分にはない。だから持てる力を全てつぎ込む。ギンガナムの動きを読みきり、全力を一撃に、急加速度突撃に全てを賭ける。  時間は?  三分。  焦るな。  落ち着け。  二分。  小型ミサイル。  回避。  避け。  一分。  ビルをブラインドに。  回り込む。  そう見せかけて跳躍。  音もなく上空へ。  ここだっ!!  青白い噴射光と七色の燐光が夜空に浮かび上がる。ギンガナムのシャイニングガンダムとアイビスのヒメ・ブレンが同時に突撃を開始したのだ。  フルスロットル。  眼前の廃墟をブラインドに。  一度、互いの死角へ。  廃墟を抜ける。  そして――見つけた。  微調整。  ソードエクステンションを前に。  あとは――  ――ただ突っ込むだけだッ!! 「行っけええぇぇぇぇぇえええええ!!!」  叫んだとき、距離はもう幾許もなかった。直前でギンガナムが反応するのが見えた。構わず突っ込む。リーチはこちらのほうが長いのだ。  突きつけたソードエクステンションの切っ先。それが胸部装甲に突き立つのが鮮やかに見えた。 「アイビスッッ!!」  次の瞬間、眼前に迫った大地に気づく。  気を失った? 何故? いつの間に? そんなことよりもブレンを――。  この速度で大地に叩き付けられると危ない。そう思い、減速しようとして、身動きが取れないことに気づく。  どうして? 何で? 何で、動いてくれないんだっ! 「つまらんな。ただ突っ込むだけの戦い方など赤子でも出来る」  耳元で誰かが囁いた。瞬間、ぞっと肌が粟立つ。  積み上げてきたものを崩され、心に隙間が生じる。そして、その隙間に過去の恐怖が入り込み、鮮明に蘇る。大地迫るこの状況が過去の墜落経験と頭の中で噛み合った。  堕ちる……嫌だ。嫌だ。嫌だ! 嫌だッ!! 「うわああぁぁぁああああああ!!!!!!」  ◆  北西から南東に向けて一直線に粉塵が立ち上った。それは間に乱立し散在する廃墟の山を一切問題にしていない。  粉塵の中に双眸が輝くのが確認できた。次はお前の番だとそれが何よりも雄弁に物語っている。思わず唾を飲み込み、薄ら笑いを浮かべた。  強い。半端な敵ではない。それが素直な感想だった。  あの瞬間、アイビスの仕掛けた攻撃は受け流され、その場で半回転したギンガナムは背に一撃を加えた。その上で間接をロックし、加速して地面への衝突直前に叩きつけるという荒業をやってのけていた。  結果、敵機は装甲表面に引掻き傷程度の怪我を残して健在。アイビスは恐らく沈黙だろう。  アイビスの加えた攻撃は、タイミング・速度共に申し分ない一撃だったはずだ。少なくともクルツにはそう見えた。それを物ともしない強さがある。接近戦ではまず話にならないと言っていい。  射撃戦を展開するにしても弾薬は尽きかけている。一戦はとても持たない。だがそれでもやりようはある。それにはまず距離を取ることだ。  そう思い浮かべた瞬間、巨大な圧力がクルツを包み込んだ。距離を詰められた。読まれている。既に後退は間に合わない。  前。咄嗟に思い浮かべたのはそれだった。活路はそこにしかない。雄叫びをあげ、馳せ違う。右脚部で鈍い音が鳴った。構うことなくフルスロットルで前進を続け距離を取る。  だが速度が上がらない。ラーズアングリフは空を飛べない。だから、脚部の損傷は致命的だ。追ってくる。振り切れない。駆けながら、全身の毛が怖気立つような恐怖に襲われた。  南下させられているのだ。いずれ禁止エリアに突き当たる。方向を変えようとしても、出来なかった。  刺し違える。咄嗟にそう決めていた。このままでは振り切れない。追いつかれるなり、禁止エリアに追いやられるなりして、殺される。ならば強引に反転し立ち向かう。  刺し違える覚悟で相打つ。それしか手がなかった。そして、それが一番生存率が高い。一つの廃墟が眼前に迫った。決死の覚悟で機首を巡らせる。  装甲の厚いラーズアングリフだ。一撃で落とされることはない。まずは相打つ。その上で何か見えてくるものがあるはずだ。何も見えなければ死ぬ。それだけだ。そう思った。  しかし、反転してクルツは唖然とした。距離がない。構える時間すらない。眼前には既にギンガナムが迫っていた。想像以上に動きが早かったのだ。  重い音。衝撃。重厚なラーズアングリフが背にした廃墟に埋没する。肩から腕にかけて熱いものが走った。やけに鮮明な視界の中、ゆっくりと拳が近づいてくる。  甘かった。敵の狙いはラーズアングリフのキャノピー。重厚な装甲など関係ない。足を止めたその後は、あからさまに弱点なそこを狙うのは当然といえた。  死とはいつもすれすれの所で生きてきた。戦と死は古い友人のような気もする。それがついにやってきた。お前が俺の死か。そう思い、ギンガナムの機体を睨みつけた。  その機体が不意にぶれ、横っ飛びに跳んだ。 「なっ!」  咄嗟のことに頭がついて行かない。その眼前を七色の光が突き抜ける。そして、通信が一つ。 「クルツ、無事か?」  ほんの半日前まで耳にしていた声がやけに懐かしく感じる。思わず笑みがこぼれた。 「へっ! 何処に行ってやがった。しかもこのタイミングでご帰還たぁ、美味しすぎじゃねぇのかぁ? おいっ!」  ◇  右腕が通信を繋げようと動き、モニターに一人の男の顔が映し出される。  肩までかかる青い長髪がワカメのようだと一瞬思い、一度会った男だということが記憶の引き出しから出てくる。  その男とモニター越しに目が合い。男の顔がにぃっと笑うのが見えた。瞬間、全身の血が身の内を駆け巡る感覚に襲われる。視線を交わしただけの通信が途切れる。  ラキはそれ以上を必要としなかった。目が合った瞬間に理解し、訳もなく確信したのだ。  待ちきれずに逸った気持ちからか、宙に浮いている錯覚を覚える。  今、私はどんな顔をしているだろうか?  きっと笑っている。  何をしている?  早く来い。  お前も気づいたのだろう?  私がお前の敵であると。  理由も理屈もなくただそう思い、確信している。  告げているのは負の感情を集めるために作られたメリオルエッセとしての性か。それともベースとなった人間の持つ原初の本能か。  白い隻腕の機体が各部を展開させ、一歩を踏み出す。まるで鏡映しのようにネリー・ブレンも一歩を踏み出す。そのまま二歩三歩と間合いが縮まり、走り、駆け、疾走する。  不意に全身が熱くなり、熱いものが込み上げて来るのを感じた。その熱いものが胸にぶち当たった瞬間、二つの機体は地を蹴り、激突した。 →[[Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―(ver.IF)(2)]] ----

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