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心の天秤」(2009/03/14 (土) 19:54:03) の最新版変更点

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*&color(red){心の天秤 ◆YYVYMNVZTk} 茫然自失。 その四文字こそ、今のシャギアを表すのに最も相応しいだろう。 ヴァイクランのコックピットの中、誰に向けるというわけでもなくシャギアは疑問の言葉を脳内で繰り返す。 ――私は今、誰を撃った? 誰が死んだ? ナデシコの格納庫内には、シャギアを含めて五人いたはずだ。シャギア、ガロード、テニア、比瑪、名も知らぬギターの男。 それが今では二人いなくなり三人になってしまっている。 テニアはベルゲルミルに乗り、ナデシコを飛び出した。 ならばいないのは、比瑪ということになる。比瑪が、いなくなっている。 ならばさっきシャギアが撃ったのは、間違いなく比瑪なのだろう。 自分が比瑪の命を――意図したわけではないにしろ、奪ってしまった。 そのことをはっきりと自覚した瞬間、全身に何とも形容し難い悪寒が走り、纏まろうとしていた思考が霧散する。 比瑪の喪失がそのまま感覚の欠如に繋がり、まるで世界がひっくり返ってしまったかのような眩暈さえ覚える。 ショックを受ける自分がいるのと同時に、比瑪を殺してしまったことで、ここまで心乱されることになるとは思ってもいなかったと、ショックを受けたという事実そのものに同程度の衝撃があった。 そうだろう。シャギア自身、自分がここまで不安定になっているとは想定の範囲から大きく外れていた。 オルバにしろ、比瑪にしろ、失ってから初めて自分がどれほど心の拠り所にしていたのかに気付かされる。 生まれついての仲であったオルバならまだしも、出会ってから一日と経っていない比瑪までもが、こんなにもシャギアの心に入り込んでいた。 それだけナデシコで過ごした時間が特別なものだったということなのだろうか。 楽しすぎた。そう、ナデシコは――シャギアにとって楽しすぎる場所だった。 もしかすると、シャギアとオルバが何の力も持たず、それゆえに世界を恨むことさえなければ在り得ていたかも知れない光景。 「おい、シャギア! しっかりしろ!」 「ガロード……」 「ぼんやりしてる暇なんてないんだ。斬りかかってきた機体……戦ったんだから分かるだろ。  このまま放っておいたら、やられるのはこっちだ」 「ガロード。……ナデシコを、お前に任せる。クインシィという女も、そこのギターの男も、私は殆ど面識がない。  纏め上げるのならばお前が適任だ。今更私がナデシコを率いる根拠も、随分薄くなっている。  これはオルバが交渉人――ロジャー=スミスから得た情報だが、Jアークはナデシコと直接話をしたいとのことだ。  場所はE-3、時間は次の放送後。おそらくは、この戦いの一番の山場となるだろう。頼むぞ、ガロード」 「おい……何言ってるんだよ! ナデシコはあんたたちの艦じゃなかったのか、俺じゃ意味がないんだよ!」 「私には……やらねばならないことが出来た。ようやく気付いたのだよ。  ――私の手は、私が思うよりもずっと小さかったようだ。何もかも全て掴むことなど出来ない。大事なものを取り零してしまうとね」 想定外の事態に陥り、自分でも自分が分からず、何をすればいいのかなどそれ以上に分からない今。 それでもなお、唯一つだけ、やらなければならないとはっきりしていることがあった。 こうなってしまった全ての元凶――フェステニア=ミューズを、この手で殺す。 オルバと比瑪を失って欠けてしまった心の空洞が、殺意というどす黒い意思に満たされていく。 背筋が凍るほどに冷たいそれがシャギアの頭をクールダウンし、冷静沈着なシャギア=フロストが甦る。 そうだ。昔からシャギア=フロストという男は、憎悪を原動力とし世界に復讐を果たしてきた。 何と言うことはない。ただ、戻るだけなのだ。 「ガロード……やはり私たちは、共に歩めない運命なのかもしれないな」 かつて何度も戦った宿敵の顔を、改めてまじまじと眺める。 ガロードには、シャギアの真似できない眩しさがあった。 真似ようなどとは思ったことはない。そんなものは必要無かったからだ。 だが今は、その愚直とも言えるひたむきさが、少しだけ羨ましかった。 本当は、あの頃から思い焦がれていたのかもしれない。無意識の内に羨望は積み重ねられていたのかもしれない。 この場所に連れられ、そして甲児たちと出会い、彼らにガロードと似た何かを感じた。 自分もまた、そうなることが出来るのかもしれないと思ってしまったのかもしれない。 オルバが何度も困惑していたシャギアの奇行――あれは、元々のシャギアの人格を知っていたからこそ、奇行と見えたものだ。 実際、甲児や比瑪、テニアなどは、何だか馬鹿みたいなところもあるけれど、面白くて信頼できる人物だと、そう捉えていた。 カテゴリーFと評される力さえなければ、世界を恨むことさえなければ、あるいは有していたかも知れない人格が、ナデシコでのシャギアのそれだった。 だがしかし、それはあくまでも仮定。IFの話に過ぎない。 結局、シャギアはシャギア=フロストであり、それ以上でもそれ以下でもなかったという、それだけの話だ。 ガロードが期待した「本当のシャギア」などというものはただの虚像であり、そのメッキはオルバと比瑪の死により剥げてしまっただけなのだ。 シャギア自身は何も変わってなどおらず、今また、復讐の対象を変えてそれを果たそうとしている。 『おい。格好つけてるんじゃねぇよ』 ――だと言うのに、何故、私のことなどろくに知らないはずのお前が、そんなことを言う? 『確かに俺はあんたのことなんかこれっぽっちも知らないさ。だがな、あんたは俺を助けてくれたし、比瑪の仲間だった。  俺にとっちゃそれで十分なんだよ――俺の歌を、聞かせるにはなあっ!  ……比瑪が死んじまって、悲しいのが自分だけだなんて思うな。仇を討とうだなんて、そんな馬鹿げたことはもっと考えるんじゃねえ。  そんな下らないことで頭を悩ませるくらいなら……俺の歌を、聴けぇぇぇぇぇっ!』 男はギターをかき鳴らし、唄った。力強く唄った。 それは別れを謳う歌。だがしかし、悲哀とは遠い歌だった。 まだ自分の声を取り戻すことが出来ず、ナデシコで得た新しい声もまた、経験値の不足からかところどころでミスも目立つ。 それでもなお、男の歌には力があった。小手先の技術などでは到底込めることが出来ない熱意や情熱――それがあった。 「やめろ! ……何だ、貴様たちは、この私に……!」 いったい何をさせたいんだ。 私はそんなことをして欲しいのではない。ただ、黙って私の言うことに頷いてくれればそれが最善だろう。 袂を分かとうとしている相手にこんなことをして、何の得がある? 何になるというのだ。 シャギアの呟きを受け、演奏と歌がしばし中断される。 『俺はあんたのことなんか、何も分からない。だけどよ……そんなに泣きそうな声をしている奴を、そのまま放っておくわけにはいかないってだけだ。  俺は比瑪の優しさに救われた。俺はあいつみたいに優しくはないけどよ、きっと比瑪も、あんたを慰めてやると思ったのさ』 男に泣きそうな声だと言われて、初めてシャギアは自らの目もとに手を伸ばす。 濡れていた。涙を落とすほどではない。だが、目尻を濡らすほどには、温かい液体が染み出ていた。 涙。 自分がまだ、涙を流せる人間だったとは思わなかったと、そのこと自体に軽い衝撃を覚える。 もしかすると、自分は本当に変わることが出来たのではないかと、期待をしてしまう。 だが――期待すればするほど、落胆もまた大きくなると知っている。 だから期待など捨てると、そう決めた。そのはずだったのに。 「……俺はまだ、シャギアのことを信用出来たわけじゃない。だけどそれはきっと、俺がシャギアのことを何も分かってないからなんだ。  どうしても行くっていうんなら、俺が信用できるだけの証拠を見せてから行けよ、シャギア!」 「証拠など何もない。貴様が知っているシャギア=フロスト像は、なんら間違ってはいない!」 「俺が知ってるシャギアは比瑪が言ってたみたいに和気藹々とするような奴じゃないし、そんな泣きそうな顔もしない!  そんなの俺の知らないシャギア=フロストだ! ナデシコを捨てるだなんて、そんなこと言うなよ。  それは比瑪や甲児を裏切るってことなんだぞ!」 「貴様に……! 貴様に何が分かる! オルバを、半身を失った私の怒りと悲しみが分かるというのか!  オルバの仇討ちとナデシコと、どちらを選ぶかなど今更考えるまでもない」 「なら、甲児や比瑪たちの前で見せてた姿は全部演技だって言うのかよ! ――ふざけるなよ!」 「言いたいことは、それだけか? ならば私は行く。フェステニア=ミューズを殺しにな。  ……ナデシコは任せたぞ。私たちをあれほど苦しめたお前だからこそ、頼むのだ」 「もう、俺が何を言っても……行くつもりなんだな」 「ああ」 「なら絶対に帰ってくるんだ。お前が何を言ったとしても、ナデシコは俺たちの艦じゃない。お前たちの艦だ。  それまでは、俺が代わりに守ってみせる。だから……必ず戻ってこい」 そんな言葉をかけられてしまえば、淡い期待を捨てることさえ難しくなってしまうではないか。 誰よりも、ガロードにだけは言ってもらいたくなかった。 自分の本質を知っている人間だった。 甲児や比瑪のように、一日足らずの付き合いだったならばそれは勘違いだったと言葉を正すことも出来ただろう。 しかしガロードとの因縁は、勘違いだったで済ませるにはあまりにも深すぎる。 「私はいったい、何をすればいいのだろうな……」 極自然に、その呟きは生まれた。 これだけ心が揺れようとも――それでもなお、譲れないものはあるという予感があった。 男の歌がいくら心に響こうと、ガロードの声がいくら心を動かそうとも、その心はやはり、オルバという存在に縛られている。 今この瞬間でさえ、オルバを確実に生き返らせることが出来るのならば、即座に掌を返しナデシコを墜とすことでさえ厭わないだろう。 それほどまでにフロスト兄弟の肉親への愛は強かった。当り前の話、仕方の無い話だろう。 これまでの人生、喜怒哀楽の全てを共有してきた唯一の存在が、シャギアにとってのオルバなのだから。 むしろ、オルバと並ぶほどに心中を占めるナデシコでの仲間たちとのひと時のほうが例外過ぎるのだ。 いくら濃密だったとはいえ、一日足らずの記憶が、半生と同等の価値を持ってしまうということが信じられなかった。 これは自分の弱さになるのだろうか。それさえも、何もかも、分からないことばかりだ。 ただ唯一分かる、しなければいけないこと――テニアの殺害のために、シャギアはヴァイクランを発進させる。 ナデシコから出てすぐに、テニアの乗るベルゲルミルを捕捉した。 そう離れてはないビルの屋上でナデシコを襲った機体と向かい合ったまま、戦う様子も逃げ出す様子もなかった。 元々グルだったのだろうか、などと考えることもなくガンスレイヴの照準をベルゲルミルに合わせる。 この引き金を引けば、自分を苦しめた存在、フェステニア=ミューズを確実にこの世から消失させることが出来る。 しかしその引き金が引かれることはなかった。 その前に、何者かの攻撃がヴァイクランを襲う。 念動フィールドにかき消されたその攻撃を、シャギアは知っている。 かつて一戦交わした、黒いガンダム――! 『よう、元気だったか? ――ちょいと、遊んでもらうぜ』  ◇ ヴァイクランとガンダムの距離は数十メートル。 この距離の意味合いは、二機にとっては大きく異なる。 ヴァイクランの全長は約50メートル。そしてマスターガンダムは17メートル。 ほぼ三倍の差を持つ二機は、リーチの差もまた、大きく違う。 ヴァイクランにとってはこの距離というものは完全に近距離――インファイトを強いられる距離だ。 ヴァイクランの武装には近距離専用のものは存在しない。 いや、確かにショートレンジでも使用できるものはあるが、本来は中距離をもっとも得意とする機体なのだ。 元々はゼ・バルマリィ帝国特殊部隊ゴラー・ゴレム隊の指揮官機として作られたものであるため、これは道理であるとも言えよう。 それに対し、マスターガンダムにとっては数十メートルという距離は近距離とは言い難い。 今更言うまでもなく、マスターガンダムは近距離での格闘戦を目的として作られている。 しかし、この距離でマスターガンダムがその真価を発揮するには、相手に近づくという行程を必要とする。 たとえ俊敏性に優れたMFであっても、全くの隙無しに埋められる距離ではない。 必然的に二機の戦いは死闘とは程遠い、牽制の仕合となった。 ガウルンがダークネスショットを放とうと、シャギアは意にも介さず念動フィールドでかき消し――ヴァイクランの操るガン・スレイヴはマスターガンダムに決定打を与えることが出来ない。 距離を取ろうとするシャギアと、近寄ろうとするガウルン。 両者の技量には大きな差はない。それ故に、戦いは早くも膠着の具合を見せていた。 こうなると、勝敗の行く末を決めるのは機体の能力差やパイロットの技量差ではない。 如何に相手を取り込み、自分を優位に出来るか――心理・精神面での駆け引きが重要となる。 「アー、アー。……聞こえてるかい?」 先に仕掛けたのはガウルン。 通信回線をオープンにし、シャギアへと揺さぶりをかける。 相手の狙いはシャギアとて分かっている。 これはまた、シャギアにとっても好機。相手の攻めを上手く受け流すことが出来れば、逆にシャギアが有利となる。 だが――敢えて乗らない。無視を貫く。 何故ならば、シャギアには勝機があるからだ。 後ろに控えるナデシコ、そしてガロードが回収したマジンガー。 一対一ならば、勝負はどちらに転ぶか分からないが、総戦力ならば確実にシャギアの方が上回っている。 このまま膠着状態に持ち込み、ガロードの発進を待てば、それでシャギアに軍配が上がる。 ここで勝負を仕掛ける必要はない――そう考えての判断だ。 「だんまりとはつれないねぇ。あんたとは色々と話したいことがあるんだがな」 沈黙のままにガン・スレイヴを操作。 シャギアの念を受け自由自在に飛び回るビットが、直進するものと大きく迂回するものと、二通りのパターンでガンダムへと向かう。 二つの軌道から同時に襲い来るビットを、しかしガウルンは正確に見極め回避していく。 ヴァイクランの武装の中ではもっとも使い勝手に優れ、初速もけっして悪くはないガン・スレイヴが通用しないのであれば、ヴァイクランではガンダムを墜とすことは出来ない。 口惜しいが、シャギアはそう判断する。 ヴァイクランには更に強力な武装も存在するが、それらは発動までのタイムラグが大きく、このような白兵戦では有効ではないのだ。 また、ディバリウムとの連携を前提としているこの機体では、単独戦それ自体が不向きなのである。 一対一での決闘を前提とし設計されたモビルファイターであるマスターガンダムとは、相性が悪いのは明白だ。 だがヴァイクランが勝るのは、その防御力。 戦場で最重要・最優先となる指揮官機であるために、その生存能力は他の機体に比べ著しく強化されている。 特機と称される巨躯に見合う重厚な装甲、そして念動フィールド。総合的な耐久性ならばガンダムとは比べ物にならない。 故に時間稼ぎを目論むシャギアにとって、この機体性能は望むべきもの。 「前にやった時と比べて動きが悪いな。――もう一機はどうしたんだ?」 ククク、と邪悪な笑みを浮かべガウルンが言葉を重ねようと、シャギアは無視する。決して反応を返さない。 たとえその言葉が心に軋みをもたらそうとも、相手にしてはならないと自分に言い聞かせる。 「そういえば、テニアはどうやら別行動してたみたいだったが――まさか一人で好き勝手にさせたというわけじゃないよな。  あれだけ大暴れして、それでもあの嬢ちゃんを疑わないなんてのは、よほどのお人好しだ。  ここで俺の狙いに気づいて無視する人間なら――気づくだろうねぇ」 気づけばマスターガンダムは攻撃の手を緩めている。 闇雲に攻撃しようと意味がないと判断したのか、それともこの口撃に専念するつもりか、シャギアには分からない。 ガロードの出撃が遅れていることに苛立つ。 この黒いガンダムとガロードの間に何らかの面識があったかどうかは分からないが、有無を言わさず戦闘を仕掛けてきた好戦的な様子を見れば、危険人物だと判断するのにそう時間はかからないだろう。 ならばすぐにでも発進し、シャギアと共にガンダムを討つのが合理的判断というものだ。 なのにガロードは動かない――それが苛立つ。あの男の言葉と同様に。 「なら、別行動をさせるにしても誰か一人は見張りをつけるはずだ。  確か……前に戦った時、そこの戦艦から出てきたのはあんた含めて二機だけだったな。  なら、もう一機のほうと嬢ちゃんで、別行動をしたんじゃないのか?  でも戻ってきたのは嬢ちゃんだけ。おまけに嬢ちゃんは、せっかく帰ってきたばかりだったってのにいきなりあんたらを襲った機体と一緒に何処かへ行っちまった。  つまりあんたらは嬢ちゃんと仲違いをしたってわけだ。原因は、何なんだろうなぁ?  実はあの嬢ちゃんは人殺しで、別行動している内にあんたのお仲間を一人殺した……そして何故かそれを知っていたあんたらは、嬢ちゃんを突き詰めた。  そこでタイミング良く現れた嬢ちゃんの王子様。……フフ、ベタすぎて、嘘くさい話だよ」 「何故……貴様がテニアのことを知っている……!」 「おおっと、ようやく口を聞いてくれたか。そりゃあ簡単さ。あの時俺が、嬢ちゃんがあんたらのところに潜り込む手伝いをさせてもらったからだよ。  あの後、嬢ちゃんの知り合いと組ませてもらった。面白いねぇ、あいつ等は。本当に良い素材だ」 つまり、ガンダムに乗るこの男もまた、オルバが死んだ原因の一つなのだと知る。 胸の動悸が速くなり、邪魔をされ削がれていた殺意が、むくむくとその鎌首をもたげ始める。 「貴様もか……! 貴様のせいで、オルバは!」 「ああ、そうさ。……にしても、怒るねぇ。そんなに大事な奴だったのかい?」 そうだ――自分の命と等価値と言っていいほどに、オルバは私にとって大きな存在だったのだ。 口には出さない。だがモニターに映る男に向ける殺意の眼差しの中に、それと同意の感情をこめる。 「おお怖い怖い。……フフ、それで仇討ちに嬢ちゃんを追うってわけか。  だけどよ……あんたは結局、どうするつもりなんだい?  嬢ちゃんを殺した後、またこの戦艦で仲良しこよしと――出来ないだろうな。顔を見れば分かるよ。  あんたは――最後の一人を狙って、そしてオルバって奴を生き返らせようとするんじゃないか?」 「……そこまで分かっているのなら、私の邪魔をするな!」 「邪魔? 違うね。俺はあんたの背中を押してやろうとしてるんだよ。  なんであんたは律義に俺の相手をしようとしてる? あんたが俺の相手をしようとするから、あんたにとっちゃ俺が邪魔者だ。  邪魔してほしくないのなら、俺のことなんか放っておいてさっさと嬢ちゃん達を追えばいいのさ。  あんたがそれをしないのは――あの戦艦をかばってるからだとしか考えられないね。  どうしてあんたがアレを守らなくちゃいけないんだ? そんなに義理立てするような人間じゃないだろう?  ……俺には分からんね。あんたがそこまで迷う理由がな。そして――このくらいのことで迷ってるような人間に、嬢ちゃん達を殺されては困るんだよなぁ。  ようやく熟し始めたんだ……美味しいところだけつまみ食いするってのは、マナー違反だぜ」 さあ、どうする――? 男の顔は、はっきりとそう訊ねていた。 そして、それと同時にナデシコ内部――ガロードとバサラは二人、慌てていた。 「テニアたちや黒いガンダムとはまた別の機体が接近してる……!?  くそっ、どうなってるんだ!?」 『何で誰も彼もそんなに闘いたがるんだよ……!』 シャギアが飛び出すと同時、二人はテニア達の位置を把握すべくバサラに施されたIFSを用いてナデシコ周辺のレーダー図を格納庫内に表示することに成功した。 その時点でナデシコが捉えた機影は三。 テニア、騎士のような機体、そして黒いガンダム。 シャギアがガンダムと交戦を始めてから、テニアともう一機は移動を始めた。 このまま逃がすわけにはいかない――そう考え、ガロードはマジンガーに乗り込みシャギアの加勢に出撃しようとした。 だがその瞬間、不意にレーダーの有効範囲が伸びた。 これはガロードたちが知らぬことだが――この会場内では、通信とレーダーを阻害する粒子が散布されている。 宇宙世紀におけるミノフスキー粒子だと考えてもらって構わない。 それは会場全域に散布されてはいるものの、場所ごと、時間ごとにその濃度を変化させている。 とはいえその効果が完全に消えたり、逆に限界濃度に達するということはない。 どんなに濃度が薄くなろうともエリアを跨ぐような距離で通信することは不可能であるし、機体の運用に支障が出るほどに悪影響を及ぼすこともない。 この不規則な濃度変化――それはこの会場の不安定さにも起因する現象だ。 急拵えのこの場所は、他の参加者が気付き始めたように歪みが蓄積し、空間として破綻しようとしている。 会場に撒かれた粒子もまた、その影響を受けているのだ。 破れ、薄くなり、脆くなった結界には、その分他の箇所から維持しようとする力が流れてくる。 その力の流れに乗り――粒子もまた、移動するのだ。 無論それだけではなく、機体の移動、戦闘の余波など様々な要因が複雑に重なり合い、流動現象は起きている。 例えるなら、潮の満ち引きのように。そして今、一瞬だけ潮は引いた。 その一瞬――ナデシコのレーダーは、二つの機影を捕捉した。 そしてまた瞬時に潮は満ち――機影はレーダーの射程外に消えることとなる。 これを見てしまったからこそ、ガロードは動けなくなる。 もしここでガロードがシャギアの応援に出てしまえば、ナデシコに戦闘員がいなくなることになってしまう。 せめてお姉さんだけでも起きてくれてればと思うも、今から医務室へ向かったところでクインシィが目を覚ましてくれるかどうかさえ定かではない。 ナデシコを守るというシャギアとの約束故に、シャギアの助けになれないというのは、何とも皮肉な話だ。 だが今は、動くわけにはいかない――じりじりとした焦燥が、ガロードの中で燻ぶるばかりだ。 【シャギア・フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第三次スーパーロボット大戦α)  パイロット状態:憎悪 戸惑い  機体状態:EN45%、各部に損傷  現在位置:F-1市街地  第一行動方針:ガウルン、テニアの殺害  第二行動方針:首輪の解析を試みる  第三行動方針:比瑪と甲児・ガロードを利用し、使える人材を集める  第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除  最終行動方針:???  備考1:首輪を所持】 【ガロード・ラン 搭乗機体:マジンガーZ(マジンガーZ)  パイロット状態:全身鞭打ち・頭にたんこぶその他打ち身多数。  機体状況:装甲にダメージ蓄積・ドリルミサイル10数ほど消費・ルストハリケーン一発分EN消費  現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)  第一行動方針:戦況を確認し、とにかく動く  第二行動方針:勇、及びその手がかりの捜索  最終行動方針:ティファの元に生還】 【熱気バサラ 搭乗機体 プロトガーランド(メガゾーン23)  パイロット状況:神経圧迫により発声に多大の影響あり。       ナデシコの機能でナデシコ内でのみ会話可能。  機体状況:MS形態       落ちたショックとマシンキャノンの攻撃により、故障  現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)  第一行動方針:???  最終行動方針:自分の歌で殺し合いをやめさせる  備考:自分の声が出なくなったことに気付きました】 【クインシィ・イッサー 搭乗機体:真ゲッター2(真(チェンジ)ゲッターロボ~世界最後の日)  パイロット状態:気絶中  機体状態: ダメージ蓄積(小)、胸に裂傷(小)、ジャガー号のコックピット破損(中)※共に再生中  現在位置:F-1市街地(ナデシコ医務室)  第一行動方針:勇の捜索と撃破  第二行動方針:勇がここ(会場内)にいないのならガロードと協力して脱出を目指す  最終行動方針:勇を殺して自分の幸せを取り戻す】 【ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)  パイロット状態:パイロットなし  機体状態:良好、現在ナデシコの格納庫に収容されている。現在起動中  現在位置:F-1(ナデシコ格納庫内)】 【旧ザク(機動戦士ガンダム)  パイロット状態:パイロットなし  機体状態:良好  現在位置:F-1(ナデシコ甲板) 】 【ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)  パイロット状態:パイロットなし  機体状態:下部に大きく裂傷が出来ていますが、機能に問題はありません。EN100%、ミサイル90%消耗  現在位置:F-1市街地  備考1:ナデシコの格納庫にプロトガーランドとぺガス、マジンガーZを収容  備考2:ナデシコ甲板に旧ザク、真ゲッターを係留中】 【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)  パイロット状況:疲労中、全身にフィードバックされた痛み、DG細胞感染  機体状況:全身に弾痕多数、頭部破損、左腕消失、マント消失       DG細胞感染、損傷自動修復中、ヒートアックスを装備       右拳部損傷中、全身の装甲にダメージ EN80%  現在位置:F-1 市街地  第一行動方針:シャギアと交戦  第二行動方針:統夜&テニアの今からに興味深々。テンションあがってきた。  第三行動方針:アキト、ブンドルを殺す  最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す  備考:ガウルンの頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】 【二日目14:00】 ---- |BACK||NEXT| |[[破滅の足音]]|[[投下順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/11.html]]|[[Stand by Me]]| |[[破滅の足音]]|[[時系列順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/12.html]]|[[Stand by Me]]| |BACK||NEXT| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|シャギア|| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|バサラ|| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|ガロード|| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|クインシィ|| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|ガウルン|| ----
*&color(red){心の天秤 ◆YYVYMNVZTk} 茫然自失。 その四文字こそ、今のシャギアを表すのに最も相応しいだろう。 ヴァイクランのコックピットの中、誰に向けるというわけでもなくシャギアは疑問の言葉を脳内で繰り返す。 ――私は今、誰を撃った? 誰が死んだ? ナデシコの格納庫内には、シャギアを含めて五人いたはずだ。シャギア、ガロード、テニア、比瑪、名も知らぬギターの男。 それが今では二人いなくなり三人になってしまっている。 テニアはベルゲルミルに乗り、ナデシコを飛び出した。 ならばいないのは、比瑪ということになる。比瑪が、いなくなっている。 ならばさっきシャギアが撃ったのは、間違いなく比瑪なのだろう。 自分が比瑪の命を――意図したわけではないにしろ、奪ってしまった。 そのことをはっきりと自覚した瞬間、全身に何とも形容し難い悪寒が走り、纏まろうとしていた思考が霧散する。 比瑪の喪失がそのまま感覚の欠如に繋がり、まるで世界がひっくり返ってしまったかのような眩暈さえ覚える。 ショックを受ける自分がいるのと同時に、比瑪を殺してしまったことで、ここまで心乱されることになるとは思ってもいなかったと、ショックを受けたという事実そのものに同程度の衝撃があった。 そうだろう。シャギア自身、自分がここまで不安定になっているとは想定の範囲から大きく外れていた。 オルバにしろ、比瑪にしろ、失ってから初めて自分がどれほど心の拠り所にしていたのかに気付かされる。 生まれついての仲であったオルバならまだしも、出会ってから一日と経っていない比瑪までもが、こんなにもシャギアの心に入り込んでいた。 それだけナデシコで過ごした時間が特別なものだったということなのだろうか。 楽しすぎた。そう、ナデシコは――シャギアにとって楽しすぎる場所だった。 もしかすると、シャギアとオルバが何の力も持たず、それゆえに世界を恨むことさえなければ在り得ていたかも知れない光景。 「おい、シャギア! しっかりしろ!」 「ガロード……」 「ぼんやりしてる暇なんてないんだ。斬りかかってきた機体……戦ったんだから分かるだろ。  このまま放っておいたら、やられるのはこっちだ」 「ガロード。……ナデシコを、お前に任せる。クインシィという女も、そこのギターの男も、私は殆ど面識がない。  纏め上げるのならばお前が適任だ。今更私がナデシコを率いる根拠も、随分薄くなっている。  これはオルバが交渉人――ロジャー=スミスから得た情報だが、Jアークはナデシコと直接話をしたいとのことだ。  場所はE-3、時間は次の放送後。おそらくは、この戦いの一番の山場となるだろう。頼むぞ、ガロード」 「おい……何言ってるんだよ! ナデシコはあんたたちの艦じゃなかったのか、俺じゃ意味がないんだよ!」 「私には……やらねばならないことが出来た。ようやく気付いたのだよ。  ――私の手は、私が思うよりもずっと小さかったようだ。何もかも全て掴むことなど出来ない。大事なものを取り零してしまうとね」 想定外の事態に陥り、自分でも自分が分からず、何をすればいいのかなどそれ以上に分からない今。 それでもなお、唯一つだけ、やらなければならないとはっきりしていることがあった。 こうなってしまった全ての元凶――フェステニア=ミューズを、この手で殺す。 オルバと比瑪を失って欠けてしまった心の空洞が、殺意というどす黒い意思に満たされていく。 背筋が凍るほどに冷たいそれがシャギアの頭をクールダウンし、冷静沈着なシャギア=フロストが甦る。 そうだ。昔からシャギア=フロストという男は、憎悪を原動力とし世界に復讐を果たしてきた。 何と言うことはない。ただ、戻るだけなのだ。 「ガロード……やはり私たちは、共に歩めない運命なのかもしれないな」 かつて何度も戦った宿敵の顔を、改めてまじまじと眺める。 ガロードには、シャギアの真似できない眩しさがあった。 真似ようなどとは思ったことはない。そんなものは必要無かったからだ。 だが今は、その愚直とも言えるひたむきさが、少しだけ羨ましかった。 本当は、あの頃から思い焦がれていたのかもしれない。無意識の内に羨望は積み重ねられていたのかもしれない。 この場所に連れられ、そして甲児たちと出会い、彼らにガロードと似た何かを感じた。 自分もまた、そうなることが出来るのかもしれないと思ってしまったのかもしれない。 オルバが何度も困惑していたシャギアの奇行――あれは、元々のシャギアの人格を知っていたからこそ、奇行と見えたものだ。 実際、甲児や比瑪、テニアなどは、何だか馬鹿みたいなところもあるけれど、面白くて信頼できる人物だと、そう捉えていた。 カテゴリーFと評される力さえなければ、世界を恨むことさえなければ、あるいは有していたかも知れない人格が、ナデシコでのシャギアのそれだった。 だがしかし、それはあくまでも仮定。IFの話に過ぎない。 結局、シャギアはシャギア=フロストであり、それ以上でもそれ以下でもなかったという、それだけの話だ。 ガロードが期待した「本当のシャギア」などというものはただの虚像であり、そのメッキはオルバと比瑪の死により剥げてしまっただけなのだ。 シャギア自身は何も変わってなどおらず、今また、復讐の対象を変えてそれを果たそうとしている。 『おい。格好つけてるんじゃねぇよ』 ――だと言うのに、何故、私のことなどろくに知らないはずのお前が、そんなことを言う? 『確かに俺はあんたのことなんかこれっぽっちも知らないさ。だがな、あんたは俺を助けてくれたし、比瑪の仲間だった。  俺にとっちゃそれで十分なんだよ――俺の歌を、聞かせるにはなあっ!  ……比瑪が死んじまって、悲しいのが自分だけだなんて思うな。仇を討とうだなんて、そんな馬鹿げたことはもっと考えるんじゃねえ。  そんな下らないことで頭を悩ませるくらいなら……俺の歌を、聴けぇぇぇぇぇっ!』 男はギターをかき鳴らし、唄った。力強く唄った。 それは別れを謳う歌。だがしかし、悲哀とは遠い歌だった。 まだ自分の声を取り戻すことが出来ず、ナデシコで得た新しい声もまた、経験値の不足からかところどころでミスも目立つ。 それでもなお、男の歌には力があった。小手先の技術などでは到底込めることが出来ない熱意や情熱――それがあった。 「やめろ! ……何だ、貴様たちは、この私に……!」 いったい何をさせたいんだ。 私はそんなことをして欲しいのではない。ただ、黙って私の言うことに頷いてくれればそれが最善だろう。 袂を分かとうとしている相手にこんなことをして、何の得がある? 何になるというのだ。 シャギアの呟きを受け、演奏と歌がしばし中断される。 『俺はあんたのことなんか、何も分からない。だけどよ……そんなに泣きそうな声をしている奴を、そのまま放っておくわけにはいかないってだけだ。  俺は比瑪の優しさに救われた。俺はあいつみたいに優しくはないけどよ、きっと比瑪も、あんたを慰めてやると思ったのさ』 男に泣きそうな声だと言われて、初めてシャギアは自らの目もとに手を伸ばす。 濡れていた。涙を落とすほどではない。だが、目尻を濡らすほどには、温かい液体が染み出ていた。 涙。 自分がまだ、涙を流せる人間だったとは思わなかったと、そのこと自体に軽い衝撃を覚える。 もしかすると、自分は本当に変わることが出来たのではないかと、期待をしてしまう。 だが――期待すればするほど、落胆もまた大きくなると知っている。 だから期待など捨てると、そう決めた。そのはずだったのに。 「……俺はまだ、シャギアのことを信用出来たわけじゃない。だけどそれはきっと、俺がシャギアのことを何も分かってないからなんだ。  どうしても行くっていうんなら、俺が信用できるだけの証拠を見せてから行けよ、シャギア!」 「証拠など何もない。貴様が知っているシャギア=フロスト像は、なんら間違ってはいない!」 「俺が知ってるシャギアは比瑪が言ってたみたいに和気藹々とするような奴じゃないし、そんな泣きそうな顔もしない!  そんなの俺の知らないシャギア=フロストだ! ナデシコを捨てるだなんて、そんなこと言うなよ。  それは比瑪や甲児を裏切るってことなんだぞ!」 「貴様に……! 貴様に何が分かる! オルバを、半身を失った私の怒りと悲しみが分かるというのか!  オルバの仇討ちとナデシコと、どちらを選ぶかなど今更考えるまでもない」 「なら、甲児や比瑪たちの前で見せてた姿は全部演技だって言うのかよ! ――ふざけるなよ!」 「言いたいことは、それだけか? ならば私は行く。フェステニア=ミューズを殺しにな。  ……ナデシコは任せたぞ。私たちをあれほど苦しめたお前だからこそ、頼むのだ」 「もう、俺が何を言っても……行くつもりなんだな」 「ああ」 「なら絶対に帰ってくるんだ。お前が何を言ったとしても、ナデシコは俺たちの艦じゃない。お前たちの艦だ。  それまでは、俺が代わりに守ってみせる。だから……必ず戻ってこい」 そんな言葉をかけられてしまえば、淡い期待を捨てることさえ難しくなってしまうではないか。 誰よりも、ガロードにだけは言ってもらいたくなかった。 自分の本質を知っている人間だった。 甲児や比瑪のように、一日足らずの付き合いだったならばそれは勘違いだったと言葉を正すことも出来ただろう。 しかしガロードとの因縁は、勘違いだったで済ませるにはあまりにも深すぎる。 「私はいったい、何をすればいいのだろうな……」 極自然に、その呟きは生まれた。 これだけ心が揺れようとも――それでもなお、譲れないものはあるという予感があった。 男の歌がいくら心に響こうと、ガロードの声がいくら心を動かそうとも、その心はやはり、オルバという存在に縛られている。 今この瞬間でさえ、オルバを確実に生き返らせることが出来るのならば、即座に掌を返しナデシコを墜とすことでさえ厭わないだろう。 それほどまでにフロスト兄弟の肉親への愛は強かった。当り前の話、仕方の無い話だろう。 これまでの人生、喜怒哀楽の全てを共有してきた唯一の存在が、シャギアにとってのオルバなのだから。 むしろ、オルバと並ぶほどに心中を占めるナデシコでの仲間たちとのひと時のほうが例外過ぎるのだ。 いくら濃密だったとはいえ、一日足らずの記憶が、半生と同等の価値を持ってしまうということが信じられなかった。 これは自分の弱さになるのだろうか。それさえも、何もかも、分からないことばかりだ。 ただ唯一分かる、しなければいけないこと――テニアの殺害のために、シャギアはヴァイクランを発進させる。 ナデシコから出てすぐに、テニアの乗るベルゲルミルを捕捉した。 そう離れてはないビルの屋上でナデシコを襲った機体と向かい合ったまま、戦う様子も逃げ出す様子もなかった。 元々グルだったのだろうか、などと考えることもなくガンスレイヴの照準をベルゲルミルに合わせる。 この引き金を引けば、自分を苦しめた存在、フェステニア=ミューズを確実にこの世から消失させることが出来る。 しかしその引き金が引かれることはなかった。 その前に、何者かの攻撃がヴァイクランを襲う。 念動フィールドにかき消されたその攻撃を、シャギアは知っている。 かつて一戦交わした、黒いガンダム――! 『よう、元気だったか? ――ちょいと、遊んでもらうぜ』  ◇ ヴァイクランとガンダムの距離は数十メートル。 この距離の意味合いは、二機にとっては大きく異なる。 ヴァイクランの全長は約50メートル。そしてマスターガンダムは17メートル。 ほぼ三倍の差を持つ二機は、リーチの差もまた、大きく違う。 ヴァイクランにとってはこの距離というものは完全に近距離――インファイトを強いられる距離だ。 ヴァイクランの武装には近距離専用のものは存在しない。 いや、確かにショートレンジでも使用できるものはあるが、本来は中距離をもっとも得意とする機体なのだ。 元々はゼ・バルマリィ帝国特殊部隊ゴラー・ゴレム隊の指揮官機として作られたものであるため、これは道理であるとも言えよう。 それに対し、マスターガンダムにとっては数十メートルという距離は近距離とは言い難い。 今更言うまでもなく、マスターガンダムは近距離での格闘戦を目的として作られている。 しかし、この距離でマスターガンダムがその真価を発揮するには、相手に近づくという行程を必要とする。 たとえ俊敏性に優れたMFであっても、全くの隙無しに埋められる距離ではない。 必然的に二機の戦いは死闘とは程遠い、牽制の仕合となった。 ガウルンがダークネスショットを放とうと、シャギアは意にも介さず念動フィールドでかき消し――ヴァイクランの操るガン・スレイヴはマスターガンダムに決定打を与えることが出来ない。 距離を取ろうとするシャギアと、近寄ろうとするガウルン。 両者の技量には大きな差はない。それ故に、戦いは早くも膠着の具合を見せていた。 こうなると、勝敗の行く末を決めるのは機体の能力差やパイロットの技量差ではない。 如何に相手を取り込み、自分を優位に出来るか――心理・精神面での駆け引きが重要となる。 「アー、アー。……聞こえてるかい?」 先に仕掛けたのはガウルン。 通信回線をオープンにし、シャギアへと揺さぶりをかける。 相手の狙いはシャギアとて分かっている。 これはまた、シャギアにとっても好機。相手の攻めを上手く受け流すことが出来れば、逆にシャギアが有利となる。 だが――敢えて乗らない。無視を貫く。 何故ならば、シャギアには勝機があるからだ。 後ろに控えるナデシコ、そしてガロードが回収したマジンガー。 一対一ならば、勝負はどちらに転ぶか分からないが、総戦力ならば確実にシャギアの方が上回っている。 このまま膠着状態に持ち込み、ガロードの発進を待てば、それでシャギアに軍配が上がる。 ここで勝負を仕掛ける必要はない――そう考えての判断だ。 「だんまりとはつれないねぇ。あんたとは色々と話したいことがあるんだがな」 沈黙のままにガン・スレイヴを操作。 シャギアの念を受け自由自在に飛び回るビットが、直進するものと大きく迂回するものと、二通りのパターンでガンダムへと向かう。 二つの軌道から同時に襲い来るビットを、しかしガウルンは正確に見極め回避していく。 ヴァイクランの武装の中ではもっとも使い勝手に優れ、初速もけっして悪くはないガン・スレイヴが通用しないのであれば、ヴァイクランではガンダムを墜とすことは出来ない。 口惜しいが、シャギアはそう判断する。 ヴァイクランには更に強力な武装も存在するが、それらは発動までのタイムラグが大きく、このような白兵戦では有効ではないのだ。 また、ディバリウムとの連携を前提としているこの機体では、単独戦それ自体が不向きなのである。 一対一での決闘を前提とし設計されたモビルファイターであるマスターガンダムとは、相性が悪いのは明白だ。 だがヴァイクランが勝るのは、その防御力。 戦場で最重要・最優先となる指揮官機であるために、その生存能力は他の機体に比べ著しく強化されている。 特機と称される巨躯に見合う重厚な装甲、そして念動フィールド。総合的な耐久性ならばガンダムとは比べ物にならない。 故に時間稼ぎを目論むシャギアにとって、この機体性能は望むべきもの。 「前にやった時と比べて動きが悪いな。――もう一機はどうしたんだ?」 ククク、と邪悪な笑みを浮かべガウルンが言葉を重ねようと、シャギアは無視する。決して反応を返さない。 たとえその言葉が心に軋みをもたらそうとも、相手にしてはならないと自分に言い聞かせる。 「そういえば、テニアはどうやら別行動してたみたいだったが――まさか一人で好き勝手にさせたというわけじゃないよな。  あれだけ大暴れして、それでもあの嬢ちゃんを疑わないなんてのは、よほどのお人好しだ。  ここで俺の狙いに気づいて無視する人間なら――気づくだろうねぇ」 気づけばマスターガンダムは攻撃の手を緩めている。 闇雲に攻撃しようと意味がないと判断したのか、それともこの口撃に専念するつもりか、シャギアには分からない。 ガロードの出撃が遅れていることに苛立つ。 この黒いガンダムとガロードの間に何らかの面識があったかどうかは分からないが、有無を言わさず戦闘を仕掛けてきた好戦的な様子を見れば、危険人物だと判断するのにそう時間はかからないだろう。 ならばすぐにでも発進し、シャギアと共にガンダムを討つのが合理的判断というものだ。 なのにガロードは動かない――それが苛立つ。あの男の言葉と同様に。 「なら、別行動をさせるにしても誰か一人は見張りをつけるはずだ。  確か……前に戦った時、そこの戦艦から出てきたのはあんた含めて二機だけだったな。  なら、もう一機のほうと嬢ちゃんで、別行動をしたんじゃないのか?  でも戻ってきたのは嬢ちゃんだけ。おまけに嬢ちゃんは、せっかく帰ってきたばかりだったってのにいきなりあんたらを襲った機体と一緒に何処かへ行っちまった。  つまりあんたらは嬢ちゃんと仲違いをしたってわけだ。原因は、何なんだろうなぁ?  実はあの嬢ちゃんは人殺しで、別行動している内にあんたのお仲間を一人殺した……そして何故かそれを知っていたあんたらは、嬢ちゃんを突き詰めた。  そこでタイミング良く現れた嬢ちゃんの王子様。……フフ、ベタすぎて、嘘くさい話だよ」 「何故……貴様がテニアのことを知っている……!」 「おおっと、ようやく口を聞いてくれたか。そりゃあ簡単さ。あの時俺が、嬢ちゃんがあんたらのところに潜り込む手伝いをさせてもらったからだよ。  あの後、嬢ちゃんの知り合いと組ませてもらった。面白いねぇ、あいつ等は。本当に良い素材だ」 つまり、ガンダムに乗るこの男もまた、オルバが死んだ原因の一つなのだと知る。 胸の動悸が速くなり、邪魔をされ削がれていた殺意が、むくむくとその鎌首をもたげ始める。 「貴様もか……! 貴様のせいで、オルバは!」 「ああ、そうさ。……にしても、怒るねぇ。そんなに大事な奴だったのかい?」 そうだ――自分の命と等価値と言っていいほどに、オルバは私にとって大きな存在だったのだ。 口には出さない。だがモニターに映る男に向ける殺意の眼差しの中に、それと同意の感情をこめる。 「おお怖い怖い。……フフ、それで仇討ちに嬢ちゃんを追うってわけか。  だけどよ……あんたは結局、どうするつもりなんだい?  嬢ちゃんを殺した後、またこの戦艦で仲良しこよしと――出来ないだろうな。顔を見れば分かるよ。  あんたは――最後の一人を狙って、そしてオルバって奴を生き返らせようとするんじゃないか?」 「……そこまで分かっているのなら、私の邪魔をするな!」 「邪魔? 違うね。俺はあんたの背中を押してやろうとしてるんだよ。  なんであんたは律義に俺の相手をしようとしてる? あんたが俺の相手をしようとするから、あんたにとっちゃ俺が邪魔者だ。  邪魔してほしくないのなら、俺のことなんか放っておいてさっさと嬢ちゃん達を追えばいいのさ。  あんたがそれをしないのは――あの戦艦をかばってるからだとしか考えられないね。  どうしてあんたがアレを守らなくちゃいけないんだ? そんなに義理立てするような人間じゃないだろう?  ……俺には分からんね。あんたがそこまで迷う理由がな。そして――このくらいのことで迷ってるような人間に、嬢ちゃん達を殺されては困るんだよなぁ。  ようやく熟し始めたんだ……美味しいところだけつまみ食いするってのは、マナー違反だぜ」 さあ、どうする――? 男の顔は、はっきりとそう訊ねていた。 そして、それと同時にナデシコ内部――ガロードとバサラは二人、慌てていた。 「テニアたちや黒いガンダムとはまた別の機体が接近してる……!?  くそっ、どうなってるんだ!?」 『何で誰も彼もそんなに闘いたがるんだよ……!』 シャギアが飛び出すと同時、二人はテニア達の位置を把握すべくバサラに施されたIFSを用いてナデシコ周辺のレーダー図を格納庫内に表示することに成功した。 その時点でナデシコが捉えた機影は三。 テニア、騎士のような機体、そして黒いガンダム。 シャギアがガンダムと交戦を始めてから、テニアともう一機は移動を始めた。 このまま逃がすわけにはいかない――そう考え、ガロードはマジンガーに乗り込みシャギアの加勢に出撃しようとした。 だがその瞬間、不意にレーダーの有効範囲が伸びた。 これはガロードたちが知らぬことだが――この会場内では、通信とレーダーを阻害する粒子が散布されている。 宇宙世紀におけるミノフスキー粒子だと考えてもらって構わない。 それは会場全域に散布されてはいるものの、場所ごと、時間ごとにその濃度を変化させている。 とはいえその効果が完全に消えたり、逆に限界濃度に達するということはない。 どんなに濃度が薄くなろうともエリアを跨ぐような距離で通信することは不可能であるし、機体の運用に支障が出るほどに悪影響を及ぼすこともない。 この不規則な濃度変化――それはこの会場の不安定さにも起因する現象だ。 急拵えのこの場所は、他の参加者が気付き始めたように歪みが蓄積し、空間として破綻しようとしている。 会場に撒かれた粒子もまた、その影響を受けているのだ。 破れ、薄くなり、脆くなった結界には、その分他の箇所から維持しようとする力が流れてくる。 その力の流れに乗り――粒子もまた、移動するのだ。 無論それだけではなく、機体の移動、戦闘の余波など様々な要因が複雑に重なり合い、流動現象は起きている。 例えるなら、潮の満ち引きのように。そして今、一瞬だけ潮は引いた。 その一瞬――ナデシコのレーダーは、二つの機影を捕捉した。 そしてまた瞬時に潮は満ち――機影はレーダーの射程外に消えることとなる。 これを見てしまったからこそ、ガロードは動けなくなる。 もしここでガロードがシャギアの応援に出てしまえば、ナデシコに戦闘員がいなくなることになってしまう。 せめてお姉さんだけでも起きてくれてればと思うも、今から医務室へ向かったところでクインシィが目を覚ましてくれるかどうかさえ定かではない。 ナデシコを守るというシャギアとの約束故に、シャギアの助けになれないというのは、何とも皮肉な話だ。 だが今は、動くわけにはいかない――じりじりとした焦燥が、ガロードの中で燻ぶるばかりだ。 【シャギア・フロスト 搭乗機体:ヴァイクラン(第三次スーパーロボット大戦α)  パイロット状態:憎悪 戸惑い  機体状態:EN45%、各部に損傷  現在位置:F-1市街地  第一行動方針:ガウルン、テニアの殺害  第二行動方針:首輪の解析を試みる  第三行動方針:比瑪と甲児・ガロードを利用し、使える人材を集める  第四行動方針:意に沿わぬ人間は排除  最終行動方針:???  備考1:首輪を所持】 【ガロード・ラン 搭乗機体:マジンガーZ(マジンガーZ)  パイロット状態:全身鞭打ち・頭にたんこぶその他打ち身多数。  機体状況:装甲にダメージ蓄積・ドリルミサイル10数ほど消費・ルストハリケーン一発分EN消費  現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)  第一行動方針:戦況を確認し、とにかく動く  第二行動方針:勇、及びその手がかりの捜索  最終行動方針:ティファの元に生還】 【熱気バサラ 搭乗機体 プロトガーランド(メガゾーン23)  パイロット状況:神経圧迫により発声に多大の影響あり。       ナデシコの機能でナデシコ内でのみ会話可能。  機体状況:MS形態       落ちたショックとマシンキャノンの攻撃により、故障  現在位置:F-1市街地(ナデシコ格納庫)  第一行動方針:???  最終行動方針:自分の歌で殺し合いをやめさせる  備考:自分の声が出なくなったことに気付きました】 【クインシィ・イッサー 搭乗機体:真ゲッター2(真(チェンジ)ゲッターロボ~世界最後の日)  パイロット状態:気絶中  機体状態: ダメージ蓄積(小)、胸に裂傷(小)、ジャガー号のコックピット破損(中)※共に再生中  現在位置:F-1市街地(ナデシコ医務室)  第一行動方針:勇の捜索と撃破  第二行動方針:勇がここ(会場内)にいないのならガロードと協力して脱出を目指す  最終行動方針:勇を殺して自分の幸せを取り戻す】 【ぺガス(宇宙の騎士テッカマンブレード)  パイロット状態:パイロットなし  機体状態:良好、現在ナデシコの格納庫に収容されている。現在起動中  現在位置:F-1(ナデシコ格納庫内)】 【旧ザク(機動戦士ガンダム)  パイロット状態:パイロットなし  機体状態:良好  現在位置:F-1(ナデシコ甲板) 】 【ナデシコ(機動戦艦ナデシコ)  パイロット状態:パイロットなし  機体状態:下部に大きく裂傷が出来ていますが、機能に問題はありません。EN100%、ミサイル90%消耗  現在位置:F-1市街地  備考1:ナデシコの格納庫にプロトガーランドとぺガス、マジンガーZを収容  備考2:ナデシコ甲板に旧ザク、真ゲッターを係留中】 【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)  パイロット状況:疲労中、全身にフィードバックされた痛み、DG細胞感染  機体状況:全身に弾痕多数、頭部破損、左腕消失、マント消失       DG細胞感染、損傷自動修復中、ヒートアックスを装備       右拳部損傷中、全身の装甲にダメージ EN80%  現在位置:F-1 市街地  第一行動方針:シャギアと交戦  第二行動方針:統夜&テニアの今からに興味深々。テンションあがってきた。  第三行動方針:アキト、ブンドルを殺す  最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す  備考:ガウルンの頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】 【二日目14:00】 ---- |BACK||NEXT| |[[破滅の足音]]|[[投下順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/11.html]]|[[Stand by Me]]| |[[破滅の足音]]|[[時系列順>http://www30.atwiki.jp/srwbr2nd/pages/12.html]]|[[驕りと、憎しみと]]| |BACK||NEXT| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|シャギア|[[かくして漢は叫び、咆哮す]]| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|バサラ|[[かくして漢は叫び、咆哮す]]| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|ガロード|[[かくして漢は叫び、咆哮す]]| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|クインシィ|[[かくして漢は叫び、咆哮す]]| |[[Lonely Soldier Boys &girls]]|ガウルン|[[かくして漢は叫び、咆哮す]]| ----

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