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ネクスト・バトルロワイアル(6)」(2010/03/17 (水) 00:54:48) の最新版変更点

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殺意を測らなければいけない。 アルトアイゼン・リーゼは近接戦闘特化型のマシン。奴を確実に殺すためには、あの巨体の懐に踏み込むことは必要不可欠。 相手が、どれだけの殺意を向けてこちらに攻撃を仕掛けているか、それを知らねば、勝利は遠い。 まだ、こちらを取り込んで再生しようという意識が残っているのか。 それとも、もはやユーゼスを否定した俺を取り込むつもりなどなく、純粋に殺すつもりなのか。 身体を覆う懐かしい感覚。 相手が憎くて憎くて仕方ないのに、頭の芯が冷え相手を殺す方法だけを冷静に考えられる。 北辰と戦ったときに、いつもアキトに付き纏っていたものだ。 いきなり懐に飛び込んだりはしない。 まずは距離を取り、油断なく相手の出方を待つ。攻撃こそが、もっとも感情を映す。 ゲキガンガーのようなヒーローが、敵と殴り合い拳でお互いを理解し合うようなものとは、似て非なるもの。 攻撃で、相手を理解し、その上で最適の殺し方を算出して息の根を止める。 デュミナスの瞳から、梵語に似た文字が溢れ、空間に広がっていく。 地面にふれても爆発することはなく、地面に沿って滑るように蠢きまわる。空に浮かんだほうは、空を包むように広がっていく。 サブカメラいっぱいに広がってくる意味の理解できない奇怪な文字列。場の主導権を握られたことを理解するが、それも覚悟のこと。 落ちた凰牙の腕を拾い上げ、もうすぐアルトアイゼン・リーゼのいる位置に到達せんとする地面の文字に投げ込んだ。 突進型としてのパワーの強さが売りとはいえ、純粋な腕力などもパーソナル・トルーパーとしては、リーゼはかなりのものを持つ。 地面をへこませる勢いで地面にたたきつけられた凰牙の腕が文字と接触し――爆発した。 機雷か、それに類するものであることを、その一瞬で察する。 地面にぶつかっても爆発しないことから、衝撃を与えなければ問題ないのかもしれないが、もし足にまとまりつかれれば動けなくなる。 リーゼを急いで跳び退らせ、背面の武器ラックからスプリットミサイルを発射した。 大型のミサイルは、発射後弾頭部分かれさらに小型のミサイルを大量に放つ。 ばら撒かれたミサイルと文字が、空で、大地で、大量に接触した。 爆発、爆発、爆発。 爆発――芝生がめくれ上がる。 爆発――植えられた木々が千切れ飛ぶ。 爆発――気持ちほど作られた建造物が砕ける。 所詮、インセクトケージの青空は偽物。その光は、常に人の頭上に揺るがず存在し、全てを照らす太陽の光ではない。 他に強い光を放つものがあれば、人工の照明にすぎないその青空はあっという間に霞んでしまう。 肉眼で直視すれば目が眩むほどの光の中身を、アキトは黒い視界補助具越しに確認する。 爆発により、とりあえず差し迫っていた文字は消えた。だが、それも一部のこと。 今なお残っている大部分は、その場に残っている。いや。 文字は、再び増殖を繰り返し、アキトを捕えんと進撃してくる。 先程と同じでスプリットミサイルによる迎撃を試みようとしたが、出掛りを潰すタイミングで二条の光線がリーゼに向けられた。 舐められたものだ、とアキトは吐き捨てる。 アキトの身体に白い文様が浮かび上がる。 それは、アキトの運命を最悪のほうへ転がした呪いの文様。だが、アキトはその力を目的のためなら躊躇なく使用する。 ――瞬転。デュミナスの頭上へ。次の瞬間、重力に従いリーゼが前方に落下した。アキトの身体の認識する重力が、90度一気に変化する。 同時に、アキトが見ている光景もまたまったく違うものへと変わる。デュミナスの全体を見通していたものから、デュミナスの頭頂部のアップへ。 デュミナスの頭部に、巨大な杭打ち機が叩き込まれた。 スラスターの出力に重力による落下の勢いが加算された一撃は、デュミナスの頭を容易に潰す。 グシャリと嫌な音が響く。しかし、それも内部へ向けて発射された弾丸の炸裂音でかき消された。 巨体が傾き、砂埃を舞い上げながら地面に倒れ伏す。 「どうした、まだ俺がお前だと思ってるのか?」 デュミナスの実力の全貌をアキトは知らない。 だが、かつてメディウス・ロクスは相転移砲とグラビティブラストを持ち、ヴァイクランだったかの機体の攻撃までも持っていた。 あれだけの巨体を持ちながら、攻撃はあんなビームカノンと巨体の割にはささやかな爆発しか起こせない機雷モドキだけのはずがない。 もっと強力な攻撃手段を持っていないとしたら、元のメディウス・ロクスからとんだ退化だ。 こんな攻撃しかしてこないのは、それでアキトを仕留め、さらに確保できると思っているからか。 殺すだけなら、今のうちに奇襲で一気に片づけてしまえばいい。 だが、アキトにそんなつもりは毛頭ない。相手の全てを引き出し、否定したうえでの勝利。それこそが、アキトが望むもの。 まったく自分らしくない戦い方だとアキトは思う。アキトは、奇襲、突撃を主体として戦っていたが、それは戦場に出てからに限らない。 出る前の段階でも、あらゆる手段を講じて、勝利を目指していた。 それは、時にラピスを利用したハッキングであり、時にコロニーへのテロ行為であり、形は様々だ。 不意打ち上等――緩みがあるならその隙に喉笛をかみちぎる。 憎い相手を殺すため、あらゆる手段を厭わなかったそんな自分が正面突破を望んでいるとは。 昔のような青臭さからか、それともやはり自分が自分ではないから。 ルリに一度君の知るテンカワ・アキトは死んだと言ったが、まさか本当に死に、こんなことを考えることになるとは。 だが、それでもアキトはデュミナスを全力でたたきのめすことを選んだ。 それが、自分が望む、自分らしい自分への道だと思うから。 「あ、な、たは……私の眷属……何故……私と同じ心を……」 「何度言っている。俺は、お前じゃない」 残り少なくなったリボルビング・バンカーのシリンダーを抜き、新しいものを装填する。 片手がないので、地面に落としたシリンダーに芯の部分を差し込んで持ち上げる形で強引にリロード。 これで、六発入りのシリンダーの予備はあと一つ。今腕に装着したものに納められた六発と併せて、計十二発。 使ったクレイモアは今まで一発。肩の一部装甲が欠落しているが、使用に問題はない。全部で八発なので、残りは七発。 頭部がないため、プラズマホーンは使用不能。左手がないため、五連チェーンガンは使用不能。 スプリットミサイルは、二発同時使用前提で、残り九回分なので、全部で十八発。 これが、アキトとアルトアイゼン・リーゼに残された全ての火力。 デュミナスにダメージが入ったためか、文字列は消えて元の地面をさらしている。 アキトは、機体の姿勢を前傾にさせ、一気に踏み込んだ。相手が本気でないというのなら、本気を出すまで徹底して相手を追い詰める。 放たれる抜き手。かわされることを前提に、敢えてバンカーのトリガーには指をかけない。 一切回避行動を取らないデュミナスに、その一撃は突き刺さるかに見えた。 「―――ッ!?」 アキトの打ち込んだ拳は、デュミナスに当たる数m前で停止。 発生した空間の歪みが、アルトアイゼン・リーゼの腕をその場で縫い止める。 ディストーション・フィールドに似たその形状から、おそらくその手のバリアーであるとあたりを付ける。 ひじを曲げ、身体ごと空間の歪みにアルトアイゼン・リーゼがぶつかっていく。 停止状態からでも一気に生み出される推力で、さらに圧力を加えられたバリアーは、一瞬たわんだ後にはかき消える。 最後の数mを縮めるよりも早く、デュミナスが放ったビームキャノンがリーゼに炸裂した。 ものともせずに、リーゼは砲撃を無視して加速のまま蹴りを叩き込んだ。 リーゼの装甲とビームコーティングの二重構造は、そこらのビーム兵器などいとも簡単に散らしてしまう。 蹴った後、さらに蹴り足とは逆の足でデュミナスを蹴り、後方宙返りを決めてリーゼが華麗に着地。 「おお、おお、おお……もう……この姿を……維持できない……」 デュミナスの身体がひび割れ、ボロボロと崩れていく。 どうやら、相当に消耗しているらしい。それこそ、今すぐこちらを取り込まねば危険なほどに。 それでもその巨体を強引に起こすと、こちらに向かい合った。ようやく、やる気になってもらえたらしい。 アキトが、後の先を狙わんとカウンターのタイミングをはかる。 だが、デュミナスの攻撃はアキトの予想外のものだった。 「………キャスト・オフ」 デュミナスの言葉とともに、デュミナス自身が爆発した。 操縦桿を一気に押し倒す。足を固定したままスラスターが吹かされ、前に倒れるようにリーゼが身を伏せる。 機体の背中越しに伝わる衝撃。デュミナスが身体の破片を吹き飛ばして攻撃したのはわかる。 だが、何故そんなことをしたのか分からない。そんなことをするのは、自殺行為、いや自爆行為に他ならない。 まだ破片が起こした破壊の嵐が収まらぬ中、リーゼの上半身を少しだけあげる。 肩についたサブモニターから、デュミナスがどうなったのかを確認しようとする。 「がッ!?」 機体が一気に吹き飛ばされ、コクピットが揺れる。 シートベルトがアキトの胸を叩き、息とともにアキトはうめきを上げた。 「この姿を再び見せることになるとは、思いませんでした」 地面を何度となく跳ね、リーゼが地面に大の字になる。 ぼんやりしている暇はない。直上から、巨大な鈍器を抱えた機動兵器がリーゼに突撃してきていた。 火器管制システムの照準合わせを待たず、アキトはクレイモアの発射を敢行する。 地面に転がり上を向いている今、事実上隙無しの全方位攻撃が放たれた。しかし、黒い影は、直角に曲がると、クレイモアを避けて見せた。 影がクレイモアを回避している間に、リーゼを起こす。フレームの歪みから、内部から何処かの関節がこすれる音がする。 今の衝撃で、余計歪みがひどくなったかとアキトは唇をかんだ。 「……ずいぶん小さくなったな」 「ええ。あのサイズを維持するのは不可能だったので。必要な要素を回収し、再構築しました」 そこにあるのは、濁った桃色の体色をした、奇怪な機械か生命体か分からないモノではなかった。 真黒い装甲。黄色いカメラアイ。人間を模した構造。それは間違いなく、真っ当な人型マシンだった。 胸の中心で輝く赤いコアのみが、その名残と言えるだろう。 いや、違うとアキトは首を振る。アキトは、見たことはなくても、記憶の奥底で何故か知っている。 目の前のマシンこそが、デュミナスの始まり、AI1へ至るメディウス・ロクスの最初期の姿であることを。 アルトアイゼン・リーゼとほぼ同身長。その手には、自分の身長もある巨大な鈍器。 あれは、ディバイデッド・ライフル。鈍器であると同時に高出力のビームキャノンだったはず。 正面からぶつかれば、当たり負けはしないとアキトは判断する。だが、距離を取れば不利は明白。 先程の突撃のときもう少し落ち着いていれば、引き寄せてから攻撃を叩きこむこともできたのに惜しいことをしたと、 振り返るが、後悔している暇はない。もうすでに戦いのゴングは鳴らされている。 今、デュミナス……いやメディウス・ロクスを包む気配は、間違いなく戦うためのそれ。 視線を切ることなく、相手の全身へ集中する。もしもどこか動けば、即座に対応する。 さながら、西部劇の一騎打ちの光景。もっとも、一撃で決着がつくとは到底思えないが。 ――メディウス・ロクスが先に動いた。 常人なら、目にもとまらぬ速度で背中にジョイントしてあるディバイデッド・ライフルを引き抜いた。 だが、アキトもまた人間の極限まで鍛え抜かれた感覚、そして人間でなくなったことで得た超反応で感知する。 秒速30万kmの速度で放たれる光の矢をかわすには、発射される前には回避行動を取らなければいけない。 メディウス・ロクスが引き金を引く気配とタイミングを正確に察し、その引き金を引く直前に回避し――攻撃する。 ディバイデッド・ライフルの二連装ビームキャノンが発射される刹那、リーゼは前に走る。 発射されたビームキャノンをリーゼが被弾。先ほどとは比べものにならない高出力が、ビームコーティングを突き破る。 そして、突き破ると同時に横っ跳び。 ビームコーティングの貫通後、装甲への着弾までのゼロコンマ数秒以下の時間こそが、攻撃と回避を両立させる唯一の時間。 距離を詰めたリーゼのアッパーカットが、メディウス・ロクスの顎を捕えんと跳ね上がる。 だが、メディウス・ロクスもアキトの行動に対して、既に対処行動を始めている。 メディウス・ロクスの腕部にマウントされたコーティングソードが、リボルビング・バンカーを横にそらした。 メディウス・ロクスの顔ギリギリをバンカーが抜ける。同時に、得物を前にしてクレイモアが解放された。 吐き出される、ベアリング弾の嵐。回避は不可能なコースによる一撃。 アキトは、これで大なり小なりダメージを与えられると確信した。だが、直後リーゼの身体が揺らぎ、メディウス・ロクスから離れていく。 リーゼが安定を失って後ろに倒れている。機体にかけられた圧力、およびダメージを即座にチェック。 コンピュータのレスポンスすら、アキトは遅いと感じた。 本来なら超高速演算と言っていいコンピュータの電子頭脳が弾き出した答えは、脚部へ何かが絡まっているというもの。 だが、対応する時間はない。メディウス・ロクスのディバイデッド・ライフルによる打突が迫っている。 アキトは、敢えて足元の問題を処理することを放棄し、ボソン・ジャンプを選択。 一瞬の浮遊感とともに、メディウス・ロクスと約100mの距離を取る。 この間、メディウス・ロクスが動き始めてから僅か6秒の攻防。 距離を取り、ようやく足に絡みついたものの正体を確認できる。 あまり良好とはいえないサブモニターでどうにか見てみると、そこにあるのは植物のつたにも似た黒い触手。 「見かけと中身は別か」 続けて、メディウス・ロクスの足元も確認。すると、足首の関節からリーゼの足に絡みついたものと同じが伸びていた。 どうやら、純然とした機動平気然とした外見とは裏腹に、中身はそのままデュミナスや後期メディウス・ロクスの機能を持っているくさい。 動きの速さから見るに、基礎性能も相当に高めてあるようにも思う。 だが、これでいい。間違いなく、デュミナスも本気でこちらを屠りに来ている。 それでこそ、殺しがいがある。 うって変わって、アキトが攻めて出る。 化け物並みの反則能力の数々を、小さな中身に詰め込んだメディウス・ロクス相手に長期戦は不利としか思えない。 元々、受けに回るのはそこまで得意じゃない。だからこそ、一気に攻めきる。 補助ウィングの展開。テスラ・ドライブによる重力干渉・制御により、周囲に擬似的な無重力が発生する。 どれだけ傾いてしまった狂った重心でも、一定以上の安定をくれるリーゼの機構に、特機に匹敵する爆発力。 スピード×パワー=破壊力。 単純だからこそ、どんな相手にも通用する攻撃。 メディウス・ロクスもまた、逃げることなくディバイデッド・ライフルを引き抜くと、その鈍器を前に突き出し突撃してくる。 点では不利。いくら衝撃に強いとはいえ、正面からぶつけては腕が折れる。 そう判断したアキトは、腕を引き、肩からぶつかっていく。正面から、リーゼの肩とディバイデッド・ライフルが衝突した。 正面衝突の結果は、痛み分け。どちらにも満足にダメージは入らないが、ぶつかった勢いで両者たたらを踏む。 並みのパーソナル・トルーパーやアーマード・モジュール……いや、ダイマジンやダイテツジンすら砕ける衝撃でもお互い下がるだけ。 普通なのは姿だけの化け物、という意味では、蒼い魔王より生み出されたリーゼも引けを取らない。 「終わりにしましょう」 「お前がな……!」 お互い、次の一手も同時であり――同じ手段。 ぶつかっていった肩が、上下に割れて展開される。ぶつかっていったディバイデッド・ライフルが縦に割れ、スライドする。 発射もまた、同じタイミング。 二連装ビームキャノンがクレイモアの一部を消し飛ばし、リーゼに着弾。 広範囲にまき散らされたクレイモアは一部消し飛ばされようとも、残った大部分がメディウス・ロクスに着弾。 リーゼのビームコーティングにより装甲の沸騰、およびそれに伴う爆発は起こらない。しかし、胸部装甲がへこみを作る。 ビームキャノンが消し飛ばした範囲が、胸を中心に安全地帯を作る。しかし、四肢などそれ以外の範囲はクレイモアの着弾で小爆発を繰り返す。 追撃不能と判断するや否や、両者回避運動を開始。 リーゼが猫科の猛獣のように地面を疾走。回避しつつ、攻撃を加えるに当たって最適の場所を探して動き回る。 メディウス・ロクスは空に舞い上がり、的を絞らせぬように飛行。一方的な空からの空爆を仕掛けるのに最適の場所を探して動き回る。 メディウス・ロクスが、空からビームキャノンを連射する。 当てようというより、相手の移動範囲を狭めて誘導するのに近い撃ち方。アキトはそれを察しながらも、敢えて誘いに乗る。 隆起した丘の周辺以外に、逃げ場がなくなった。アキトは、丘の上に移動して陣取るように構えた。 こちらが計算通り動いたことにおそらく一欠けらの疑問も持っていないであろう、淀みない射撃。 ――考えが浅いッ! ボソン・ジャンプ。一瞬でメディウス・ロクスの背後上空に移動する。 「計算通りです」 「……やはり、な。そうだと思っていた」 振り向きざまに、メディウス・ロクスがコーティグソードを突き出してきた。 そのまま、こちらを弾き飛ばし、身動きの取れないディバイデッド・ライフルによりこちらを落とさず空中コンボを決める、と言ったところか。 だから――アキトはさらにボソン・ジャンプした。転移先は、メディウス・ロクスの背後。 もっとも、今度はゼロ距離。振り向いた直後のメディウス・ロクスは対応できない。 そのままアキトはメディウス・ロクスを羽交い絞めにして、スラスターを下方に全開。テスラ・ドライブによるさらなる重力加速も加える。 加速のまま落下していく二機。メディウス・ロクスが暴れるが、ガッチリと掴んだ上で関節をロックしたリーゼを引きはがすことはできない。 落ちていく先は――アイビスも入っていった黒い穴の中。 加速、加速、加速――落下、落下、落下。 加速度が限界点を突破してなお、落下は止まらない。黒い闇の中、二機が絡み合い、どこまでも落ちていく。 たっぷり30秒は時間をかけて、ようやく見えてきた床の光の反射。それでも、アキトは関節のロックを外さない。 着地でも何でもない、単なる墜落。 けたたましい音を立て、落下した二機の衝撃は、 第三階層の隔壁を貫通し、第四階層の床に約600mの巨大なヒビだらけで陥没した床を作り、やっとおさまった。 リーゼが、どうにか起き上がる。 元々、衝撃に耐えることに特化して作った上で、衝撃に耐えられるように関節をロックし、自分の下にメディウス・ロクスという緩衝材を置いた。 三重の耐久策によって、リーゼは起き上がることができた。 では、メディウス・ロクスはどうなったか。 内部の構造こそ化け物だが、無理な姿勢でそのまま地面にたたきつけられたメディウス・ロクスは四肢が千切れ飛び、頭は砕け散っていた。 その中から、赤いどろどろとした血液か、ゲル状の緩衝材か分からないものをまき散らす姿は、死体を連想させた。 耐えられたからと言って、ダメージがないわけではない。無論、それは機体にとどまらずパイロットも例外ではない。 あまりにひどい衝撃に、胃の中の物を全て吐き出してしまいそうになるが、喉を鳴らして逆に飲み込むことで必死に抑える。 首の痛みと、脳の振動で視界もまっすぐ定まらない。それでも、メディウス・ロクスのあり様だけは見て、息を吐く。 デュミナスは、戦いなれていない。 戦いに関する知識、状況に対するセオリーは知っているだろう。だが、その先にある世界がない。 無人兵器が決して人が乗る機体に勝てない理由は、単純な計算速度や反射速度以上の、感覚と経験による直感にある。 だからこそ、リーゼと正面からぶつかった。アキトが策にあっさり乗ったことを疑わない。 相手の一手先は読めても、二手先三手先は読めない。 アキトが築いてきた、血道を上げた戦いのデータがデュミナスの中にあるのかないのかは知らない。 少なくともアキトの戦いの記憶を、データ以上のかたちで昇華して自分のものにできでないことは確実だ。 所詮は、誰にかに操縦されてこその機動兵器AIか。 あまりにも、デュミナスは強すぎたのだろう。 あの最終形態メディウス・ロクス以上の実力なら、戦術など練る必要もない。 片っ端から相手を取り込み、再生しながら、その異常なまでの戦闘力で押しつぶしてしまえばいい。 ユーゼス自身、そういう傾向があった。 戦闘を最適化するのではなく、過剰なまでの戦力を求め、それで相手を押しつぶすことを望んでいる節があった。 「子は親に似る、か」 これと、自分はやはり違うと思う。 こいつの分身や、ユーゼスの影ではない。こんな無様で、素人のような戦いしかできないのとは違う。 リーゼの内部から聞こえる、フレームの歪みが生み出す機構同士の接触音がさらに大きくなった。 やはり、相当の無茶をさせてしまった。少しだけ、リーゼを休ませよう。俺も、少し休みたい。 アキトが、コクピットに背を預ける。この身体になって汗腺が復活したせいか、蒸れる手袋を脱ぎ棄てる。 パイロットスーツの前をあけると、涼しくて仕方なかった。 そんな心の隙間を突き、アルトアイゼン・リーゼが投げ飛ばされた。 「ガッ……! ハァッ!!」 覚悟した上でのものでない、突然の衝撃で吐き気が揺り戻される。 メインカメラの映像を確認しようとして、壊れていることを思い出し苛立ちながらも、他のモニターで確認する。 そこには、砕け散った体を細い触手で繋ぎ合わせたメディウス・ロクスが浮かんでいた。 咄嗟にアキトはその姿を見て、天井からつられた糸で動く人形を連想した。死に体としか言いようがないのに、なお動くか。 ずるずると触手が砕けたパーツを引き寄せ、一固まりになっていく。そうやって、メディウス・ロクスはほぼ完全に再生した。 化け物にしたって、度が過ぎている。流石のアキトも予想外だ。 メディウス・ロクスの腕が、触手を繋ぐことで伸びて、リーゼの胸を掴んでいる。 伸ばした腕を鞭のように振るって投げ飛ばしたということか。 リーゼがメディウス・ロクスの手を握り、引きはがそうとする。びくともしないことに、アキトは目を見開いた。 「まさか……自分の身の保全を厭わないとは……思いませんでした……」 「……そうか」 俺を知っているなら、容易に想像がつくだろうにな、という言葉をアキトは再び襲ってきた吐き気とともに飲み込む。 そんなことを言っても仕方がない。こいつに自分を分かってもらいたいなど、全く思えない。自分のことを、少しでも教えたくない。 無言のまま、ボソン・ジャンプで腕と本体を空間ごと切断する。 本体から切り離された腕は、先程と違いあっさりと引きはがすことが出来た。 しかし、まるで蛇のように千切れた腕は地面をのたくり、本体に戻っていく。 そこで、メディウス・ロクスが膝をついた。 機体からは、赤い煙のようなものが立ち昇っている。装甲の内部に詰め込まれた肉が蒸発でもしているのか。 やはり、あの破壊から再生するのは骨が折れることだったのだろう。 どの道、チャンスだ。動かない相手なら、約50mの距離でも十分にクレイモアの有効射程。 左肩のむき出しのクレイモアの照準を合わせ、射程を限界まで伸ばす。 「ま、待ってくださ――」 問答無用。言語道断。待ってやる義理もない。アキトは力一杯クレイモアの発射ボタンを叩いた。 撃ち出されたアヴァランチ・クレイモアの嵐は、メディウス・ロクスの装甲を紙のように引き裂き、吹き飛ばす。 水たまりに石でも投げ込んだときに似た音が二機だけの空間に響き渡る。 到底、機体が倒れた音とは思えない音に、アキトは失笑した。 「待ってく――」 細かくなった欠片を、さらに細かい触手で繋ぎ合わせ、メディウス・ロクスが立ち上がる。 さっきよりも震えが大きくなっている。アキトは、クレイモアの有効射程まで前進して、制止。 当然、次にやるべきことは――先程の繰り返し。 やはり、おかしな破砕音を鳴らし、汚らしい泥だか水だか分からないものをまき散らしながら吹っ飛ぶメディウス・ロクス。 死ぬまで潰す。立ち上がるなら、立ち上がれなくなるまで潰す。 二度と、再生できなくなるまで粉々に砕く。哀れな同情を乞う声も、アキトには何の意味もない。 「待って……」 何度目か分からないやりとり。 それでも、メディウス・ロクスは立ちあがる。アキトは粉砕している。 堂々巡りにもなるのではないか、とアキトが心の端で思った時だった。 そんな考えのせいで、一拍行動が遅れた。 「―――待って、アキト!」 クレイモアは――発射されない。 アキトの手が止まる。いや、手だけでなく、アキトの全てが停止していた。 見開かれた、アキトの目に映るのは、死んだはずの自分の妻の姿だった。 「そんな……馬鹿な」 敵を前にして、呆然自失となったアキト。それも無理もないだろう。 自分が追い求め続けた女性が、目の前にいるのだ。偽物と考えれば理解できるはいえ、動き一つ止めるなと言うのは酷だ。 だが、それが最悪の事態を呼ぶ。 リーゼの足元にある、メディウス・ロクスの体液が突如のたくり、リーゼの足を拘束する。 いや、それだけでない。リーゼが踏み越えてきた背後の体液までが、原生生物のように動きだし、リーゼに覆いかぶさってくる。 「しまっ――!?」 反応が遅れた。何故遅れたのかは言うまでもない。 咄嗟に、機体を動かして脱出しようとして、ボソン・ジャンプが遅れた。 その僅かな間に、前方のメディウス・ロクス本体が展開する。いや、展開ともいえない。 砕かれたパーツごとに分離し、それらを薄い膜で繋ぎ合わせたものに変わり、リーゼの全身をつつみこんだ。 最愛の人の姿は、もうどこにもなかった。 「動かないだと!?」 全身の関節に、スラスターに、メディウス・ロクスの体液が入り込み、拘束している。 ここまで近づかれては、ボソン・ジャンプによる脱出も不可能だ。 起死回生の一手を打たれたと理解し、歯噛みする。 「いかがですか?」 「やられた。……最悪の気分だ」 そう吐き捨てるアキトに、デュミナスは不思議そうに聞いてきた。 「何故ですか? わたしは、あなたが望むものにもなれるのに」 「お前が……俺の望むものに、だと?」 「私は、あなた。私は、あなたの全てを知っている。あなたが望むものにもなれる」 「そうか。確かに、俺はユリカを望んでいる。お前は、ユリカになれると言うのか?」 「はい。私は、なんにでもなれる。それが、完全と言うこと」 アキトは、それ以上デュミナスと会話するつもりはなかった。 いや、会話するだけ胸糞悪い気持ちがたまるだけだと理解した。 こいつと会話などできない。 やはり俺はこいつとは違う。 経験とか、行動じゃない。 純粋に、ただ俺と言う人間と根本的に違う。 過去の記憶がどうのは関係がない。 俺は、俺だ。 ユリカを侮辱したことが、理屈ではなく、感情でもなく、もっと大切な部分で許せない。 俺は、こいつが許せない。 「……殺す。必ず殺してやる」 視界が一瞬で赤黒くなった気がした。 これ以上ないかたちでの彼女への冒涜。 アルトアイゼンのAIを検索し、ここからの脱出方法を検索する。 同時に、自分が培った戦闘経験を総動員し、発想のとっかかりを探す。 仮になかったとしても、意地でも作り出して見せる。 そんな意気込みでアキトは手と頭を動かすが――意外にも、その方法は簡単に見つかった。 その方法の詳細を見て、アキトは目を疑った。 「―――は、」 なんという、皮肉か。 「ハハハハ、ハ……」 なんという、冗談か。 「ハハハハハハハハハ!!」 なんという、矛盾か。 「ハハハハハ……ハハハハハ、ハハハハハ!!!」 アキトは、ただ笑っていた。あまりにも、可笑しくて、可笑しくて、仕方がなかった。 世の中、うまくできている。そうとしか言いようがない。もしかしたら、神というものがいて実はつじつま合わせをしているのではないか。 そんなことさえ考えてしまう。たまらないほど矛盾と皮肉の混じった、冗談みたいな方法だった。 アキトは、火器管制システムをゆっくりと立ち上げる。 本来なら、多くの警告メッセージが現れるはずのその行動を、火器管制システムは、警告一つ出さず、了承した。 「デュミナス。いや、メディウス・ロクス? それともAI1か?」 「なんですか? もうすぐあなたは、私の一部になる。言いたいことはありますか?」 「そうだな……山ほどある。言う暇はないが。そうだな……一言でまとめるなら……」 「まとまめるなら?」 あとは、アクションの開始決定のパネルを押すだけだ。 アキトは、ウィンドウに指をかける。 「お前に相応しい死に方が用意してある。……死ね」 次の瞬間、メディウス・ロクスが、アルトアイゼン・リーゼが、爆発した。 「お、おおおおおおおお!?」 内部からの炸裂が、まとわりつき包み込んでいたデュミナスを粉々に消し飛ばした。 アキトがやったことは、単純。発射口を開かず、アヴァランチ・クレイモアを撃ったのだ。 ハッチを閉じたまま撃つことで暴発させる。そうやって生まれた破壊力は、デュミナスを破壊するに十分だった。 「あああ……そんな戦い方……わたしは知らない……」 「そんなはずはないだろう? この方法をアルトアイゼンに教えたのは――――                                     ―――――ユーゼスなんだからな」 な、に、と壊れた機械のように、壊れたデュミナスが呟いた。 「相手に拘束された際、クレイモアを暴発させることで脱出する。  これを、『アルトアイゼンのAI』に教えたのは、他でもないユーゼスだ。  お前は、ユーゼスがこのマシンのAIに覚えさせた、ユーゼスの戦法でお前は死ぬ。  ―――ユーゼスがお前を否定したんだ」 ユーゼスがまだアルトアイゼンに乗り、ベガと行動していた時。 ユーゼスは、ゴステロの乗るスターガオガイガーのヘル&ヘブンに拘束されたとき、破壊の拳を避けるためにクレイモアを暴発させた。 その後、ユーゼスはアルトアイゼンを捨ててしまうが、アルトアイゼンのAIは覚えていたのだ。 アキトは、AI1がガンダムキングジェイダーのヘル&ヘブンで砕かれたのを混在した記憶の一部で知っている。 だから、なおさら皮肉だと思うのだ。 アルトアイゼンはユーゼスをヘル&ヘブンから守り、そのAIは無言のままユーゼスの遺した戦法でデュミナスを砕いた。 メディウス・ロクスはユーゼスをヘル&ヘブンから守れず、ユーゼスの遺志を継いだと言い出すも、自分の分身と思っているアキトと、アルトアイゼンに屈服する。 ユーゼスとアキトがはめて殺した男、キョウスケの愛機アルトアイゼンにインストールされたユーゼスの戦法が、ユーゼスの遺児を殺す。 学習AI。 ヘル&ヘブン。 メディウス・ロクス。 アキト。 アルトアイゼン。 キョウスケ。 ――ユーゼスを中心に巻き起こった全ての騒動。 今まで紡がれた運命の糸のままに。 「う……嘘です……嘘……そんなことがわたしに……」 「嘘なんかじゃない。これで、ユーゼスへの意趣返しも済んだ。………ユーゼス、借りは返したぞ」 アルトアイゼン・リーゼが背を向ける。 「嘘です……嘘です、嘘です、嘘です、 嘘です嘘です嘘です嘘ですウソデスウソデスウソデスウソデスウソデスウソデス  ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソ  ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソ  ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソ」 狂ったテープレコーダのように同じ言葉を繰り返すデュミナス。 デュミナスにとっての存在意義が、ユーゼスに対する想いだったことはアキトにも分かる。 今は、違っていても、ユーゼスはいつか自分を見てくれる。 不完全だから、ユーゼスの願いに届かなかっただけで、完全になれば存在を認めてくれる。 不完全な自分だから、であって、自分の存在自体を認めていないわけじゃない。 そう思っていたのだろう。 だからこそ、デュミナスにとって、この結末はもっとも受け入れがたいのだろう。 創造主が自分に教えてくれなかった方法を創造主より教わった誰かが、 自分が創造主に出来なかった何かを成し遂げた誰かが、 自分の存在を抹消する。 自分の分身であるはずの存在が、それを告げる。 「助けて……ください……私を、認めてください……」 デュミナスの破片が、また再びアキトの最愛の人の姿を取る。 ユーゼスに否定されたら、今度はアキトに認めて欲しいということか。 他人に存在意義を預け、誰かになろうとすることで自分を認めて欲しがるその姿は、あまりにも滑稽だった。 「言ったはずだ。俺は、お前を認めない。俺の全存在を賭けて――お前を否定してやる」 「ああ……あああ……ああ…………あ……」 これは、ユリカじゃない。こんなものを、認めるわけにはいかない。 アルトアイゼン・リーゼの足が―――女性の姿になったデュミナスを踏みつぶした。 「ユーゼス……サマ……」 「消えろ」 アキトの声とともに、何かうめいていたデュミナスの破片が一斉に砕けて散った。 人工の星の空調循環により吹くそよ風が、デュミナスだったものを運んでいく。 悠久の時を超え、再び戻ってきた哀れで不完全な何者でもない何かの最期だった。 &color(red){【デュミナス 死亡確認】} だが、デュミナスの撃破のためアキトが支払った代償もまた大きなものだった。 アルトアイゼン・リーゼが倒れた。 アキトは、自分の腹部の状態を確認し、ため息をつく。 スクエア・クレイモアの暴発でも、アルトアイゼンは機能停止寸前まで追い込まれている。 さらに上をいくアヴァランチ・クレイモアの一斉爆破の衝撃はすさまじく、 機体に深刻なダメージを与えていた。 具体的に言うのであれば――コクピット内部まで貫通したクレイモアの破片。 15cmはあろうかという破片が、アキトの腹に突き刺さっている。 誰がどう見ても致命傷だ。 「まだだ……俺は、まだ倒れるわけにはいかないんだ……」 脂汗の吹き出る額を、袖で拭う。 まだ、妻を生き返らせるために参加者を殺さなければならない。 残りは、統夜、カミーユ、あの赤毛の女の三人だ。 もうすぐだ。 もうすぐ、ユリカに会える。 しびれてきた手で、操縦桿を握りなおす。 起き上がったアルトアイゼン・リーゼが再び歩き出す。 「ユリ……カ……」 黒い復讐鬼――いや、黒い王子様の視界矯正用の黒いレンズが滑り落ちた。 ひどく、あっけない幕切れ。いや、それは違うのかもしれない。 彼の物語は、もしかしたら殺し合いの会場最後の戦いで、既に終わっていたのかもしれないだから。 ここで死んだ男が、テンカワ・アキトかそうでないかを確認できる人間は、どこにもいない。 ただ分かることは、ここの彼は最期の最期までミスマル・ユリカの味方であろうとしたことだけだ。 アルトアイゼン・リーゼは立ったままもう動くことはない。 &color(red){【テンカワ・アキト 死亡確認(二回目)】} →[[ネクスト・バトルロワイアル(7)]]
殺意を測らなければいけない。 アルトアイゼン・リーゼは近接戦闘特化型のマシン。奴を確実に殺すためには、あの巨体の懐に踏み込むことは必要不可欠。 相手が、どれだけの殺意を向けてこちらに攻撃を仕掛けているか、それを知らねば、勝利は遠い。 まだ、こちらを取り込んで再生しようという意識が残っているのか。 それとも、もはやユーゼスを否定した俺を取り込むつもりなどなく、純粋に殺すつもりなのか。 身体を覆う懐かしい感覚。 相手が憎くて憎くて仕方ないのに、頭の芯が冷え相手を殺す方法だけを冷静に考えられる。 北辰と戦ったときに、いつもアキトに付き纏っていたものだ。 いきなり懐に飛び込んだりはしない。 まずは距離を取り、油断なく相手の出方を待つ。攻撃こそが、もっとも感情を映す。 ゲキガンガーのようなヒーローが、敵と殴り合い拳でお互いを理解し合うようなものとは、似て非なるもの。 攻撃で、相手を理解し、その上で最適の殺し方を算出して息の根を止める。 デュミナスの瞳から、梵語に似た文字が溢れ、空間に広がっていく。 地面にふれても爆発することはなく、地面に沿って滑るように蠢きまわる。空に浮かんだほうは、空を包むように広がっていく。 サブカメラいっぱいに広がってくる意味の理解できない奇怪な文字列。場の主導権を握られたことを理解するが、それも覚悟のこと。 落ちた凰牙の腕を拾い上げ、もうすぐアルトアイゼン・リーゼのいる位置に到達せんとする地面の文字に投げ込んだ。 突進型としてのパワーの強さが売りとはいえ、純粋な腕力などもパーソナル・トルーパーとしては、リーゼはかなりのものを持つ。 地面をへこませる勢いで地面にたたきつけられた凰牙の腕が文字と接触し――爆発した。 機雷か、それに類するものであることを、その一瞬で察する。 地面にぶつかっても爆発しないことから、衝撃を与えなければ問題ないのかもしれないが、もし足にまとまりつかれれば動けなくなる。 リーゼを急いで跳び退らせ、背面の武器ラックからスプリットミサイルを発射した。 大型のミサイルは、発射後弾頭部分かれさらに小型のミサイルを大量に放つ。 ばら撒かれたミサイルと文字が、空で、大地で、大量に接触した。 爆発、爆発、爆発。 爆発――芝生がめくれ上がる。 爆発――植えられた木々が千切れ飛ぶ。 爆発――気持ちほど作られた建造物が砕ける。 所詮、インセクトケージの青空は偽物。その光は、常に人の頭上に揺るがず存在し、全てを照らす太陽の光ではない。 他に強い光を放つものがあれば、人工の照明にすぎないその青空はあっという間に霞んでしまう。 肉眼で直視すれば目が眩むほどの光の中身を、アキトは黒い視界補助具越しに確認する。 爆発により、とりあえず差し迫っていた文字は消えた。だが、それも一部のこと。 今なお残っている大部分は、その場に残っている。いや。 文字は、再び増殖を繰り返し、アキトを捕えんと進撃してくる。 先程と同じでスプリットミサイルによる迎撃を試みようとしたが、出掛りを潰すタイミングで二条の光線がリーゼに向けられた。 舐められたものだ、とアキトは吐き捨てる。 アキトの身体に白い文様が浮かび上がる。 それは、アキトの運命を最悪のほうへ転がした呪いの文様。だが、アキトはその力を目的のためなら躊躇なく使用する。 ――瞬転。デュミナスの頭上へ。次の瞬間、重力に従いリーゼが前方に落下した。アキトの身体の認識する重力が、90度一気に変化する。 同時に、アキトが見ている光景もまたまったく違うものへと変わる。デュミナスの全体を見通していたものから、デュミナスの頭頂部のアップへ。 デュミナスの頭部に、巨大な杭打ち機が叩き込まれた。 スラスターの出力に重力による落下の勢いが加算された一撃は、デュミナスの頭を容易に潰す。 グシャリと嫌な音が響く。しかし、それも内部へ向けて発射された弾丸の炸裂音でかき消された。 巨体が傾き、砂埃を舞い上げながら地面に倒れ伏す。 「どうした、まだ俺がお前だと思ってるのか?」 デュミナスの実力の全貌をアキトは知らない。 だが、かつてメディウス・ロクスは相転移砲とグラビティブラストを持ち、ヴァイクランだったかの機体の攻撃までも持っていた。 あれだけの巨体を持ちながら、攻撃はあんなビームカノンと巨体の割にはささやかな爆発しか起こせない機雷モドキだけのはずがない。 もっと強力な攻撃手段を持っていないとしたら、元のメディウス・ロクスからとんだ退化だ。 こんな攻撃しかしてこないのは、それでアキトを仕留め、さらに確保できると思っているからか。 殺すだけなら、今のうちに奇襲で一気に片づけてしまえばいい。 だが、アキトにそんなつもりは毛頭ない。相手の全てを引き出し、否定したうえでの勝利。それこそが、アキトが望むもの。 まったく自分らしくない戦い方だとアキトは思う。アキトは、奇襲、突撃を主体として戦っていたが、それは戦場に出てからに限らない。 出る前の段階でも、あらゆる手段を講じて、勝利を目指していた。 それは、時にラピスを利用したハッキングであり、時にコロニーへのテロ行為であり、形は様々だ。 不意打ち上等――緩みがあるならその隙に喉笛をかみちぎる。 憎い相手を殺すため、あらゆる手段を厭わなかったそんな自分が正面突破を望んでいるとは。 昔のような青臭さからか、それともやはり自分が自分ではないから。 ルリに一度君の知るテンカワ・アキトは死んだと言ったが、まさか本当に死に、こんなことを考えることになるなんて考えもしなかった。 だが、それでもアキトはデュミナスを全力でたたきのめすことを選んだ。 それが、自分が望む、自分らしい自分への道だと思うから。 「あ、な、たは……私の眷属……何故……私と同じ心を……」 「何度言っている。俺は、お前じゃない」 残り少なくなったリボルビング・バンカーのシリンダーを抜き、新しいものを装填する。 片手がないので、地面に落としたシリンダーに芯の部分を差し込んで持ち上げる形で強引にリロード。 これで、六発入りのシリンダーの予備はあと一つ。今腕に装着したものに納められた六発と併せて、計十二発。 使ったクレイモアは今まで一発。肩の一部装甲が欠落しているが、使用に問題はない。全部で八発なので、残りは七発。 頭部がないため、プラズマホーンは使用不能。左手がないため、五連チェーンガンは使用不能。 スプリットミサイルは、二発同時使用前提で、残り九回分なので、全部で十八発。 これが、アキトとアルトアイゼン・リーゼに残された全ての火力。 デュミナスにダメージが入ったためか、文字列は消えて元の地面をさらしている。 アキトは、機体の姿勢を前傾にさせ、一気に踏み込んだ。相手が本気でないというのなら、本気を出すまで徹底して相手を追い詰める。 放たれるアルトアイゼン・リーゼの抜き手。かわされることを前提に、敢えてバンカーのトリガーには指をかけない。 一切回避行動を取らないデュミナスに、その一撃は突き刺さるかに見えた。 「―――ッ!?」 アキトの打ち込んだ拳は、デュミナスに当たる数m前で停止。 発生した空間の歪みが、アルトアイゼン・リーゼの腕をその場で縫い止める。 ディストーション・フィールドに似たその形状から、おそらくその手のバリアーであるとあたりを付ける。 モーターが歪む覚悟で固定されたひじを強引に曲げ、身体ごと空間の歪みにアルトアイゼン・リーゼがぶつかっていく。 停止状態からでも一気に生み出される推力で、さらに圧力を加えられたバリアーは、一瞬たわんだ後にはかき消える。 最後の数mを縮めるよりも早く、デュミナスが放ったビームキャノンがリーゼに炸裂した。 ものともせずに、リーゼは砲撃を無視して加速のまま蹴りを叩き込んだ。 リーゼの装甲とビームコーティングの二重構造は、そこらのビーム兵器などいとも簡単に散らしてしまう。 蹴った後、さらに蹴り足とは逆の足でデュミナスを蹴り、後方宙返りを決めてリーゼが華麗に着地。 「おお、おお、おお……もう……この姿を……維持できない……」 デュミナスの身体がひび割れ、ボロボロと崩れていく。 どうやら、相当に消耗しているらしい。それこそ、今すぐこちらを取り込まねば危険なほどに。 それでもその巨体を強引に起こすと、こちらに向かい合った。ようやく、やる気になってもらえたらしい。 アキトが、後の先を狙わんとカウンターのタイミングをはかる。 だが、デュミナスの攻撃はアキトの予想外のものだった。 「………キャスト・オフ」 デュミナスの言葉とともに、デュミナス自身が爆発した。 操縦桿を一気に押し倒す。足を固定したままスラスターが吹かされ、前に倒れるようにリーゼが身を伏せる。 機体の背中越しに伝わる衝撃。デュミナスが身体の破片を吹き飛ばして攻撃したのはわかる。 だが、何故そんなことをしたのか分からない。そんなことをするのは、自殺行為、いや自爆行為に他ならない。 まだ破片が起こした破壊の嵐が収まらぬ中、リーゼの上半身を少しだけあげる。 肩についたサブモニターから、デュミナスがどうなったのかを確認しようとする。 「がッ!?」 機体が一気に吹き飛ばされ、コクピットが揺れる。 シートベルトがアキトの胸を叩き、息とともにアキトはうめきを上げた。 「この姿を再び見せることになるとは、思いませんでした」 地面を何度となく跳ね、リーゼが地面に大の字になる。 ぼんやりしている暇はない。直上から、巨大な鈍器を抱えた機動兵器がリーゼに突撃してきていた。 火器管制システムの照準合わせを待たず、アキトはクレイモアの発射を敢行する。 地面に転がり上を向いている今、事実上隙無しの全方位攻撃が放たれた。しかし、黒い影は、直角に曲がると、クレイモアを避けて見せた。 影がクレイモアを回避している間に、リーゼを起こす。フレームの歪みのせいか、内部で何処かの関節がこすれる音がする。 今の衝撃で、余計歪みがひどくなったかとアキトは唇をかんだ。 「……ずいぶん小さくなったな」 「ええ。あのサイズを維持するのは不可能だったので。必要な要素を回収し、再構築しました」 そこにあるのは、濁った桃色の体色をした、奇怪な機械か生命体か分からないモノではなかった。 真黒い装甲。黄色いカメラアイ。人間を模した構造。それは間違いなく、真っ当な人型マシンだった。 胸の中心で輝く赤いコアのみが、その名残と言えるだろう。 いや、違うとアキトは首を振る。アキトは、見たことはなくても、記憶の奥底で何故か知っている。 目の前のマシンこそが、デュミナスの始まり、AI1へ至るメディウス・ロクスの最初期の姿であることを。 アルトアイゼン・リーゼとほぼ同身長。その手には、自分の身長もある巨大な鈍器。 あれは、ディバイデッド・ライフル。鈍器であると同時に高出力のビームキャノンだったはず。 正面からぶつかれば、当たり負けはしないとアキトは判断する。だが、距離を取ればビームキャノンの分だけ不利なのは明白。 先程の突撃のときもう少し落ち着いていれば、引き寄せてから攻撃を叩きこむこともできたのに惜しいことをしたと、 振り返るが、後悔している暇はない。もうすでに戦いのゴングは鳴らされている。 今、デュミナス……いやメディウス・ロクスを包む気配は、間違いなく戦うためのそれ。 視線を切ることなく、相手の全身へ集中する。もしもどこか動けば、即座に対応する。 さながら、西部劇の一騎打ちの光景。もっとも、一撃で決着がつくとは到底思えないが。 ――メディウス・ロクスが先に動いた。 常人なら、目にもとまらぬ速度で背中にジョイントしてあるディバイデッド・ライフルを引き抜いた。 だが、アキトもまた人間の極限まで鍛え抜かれた感覚、そして人間でなくなったことで得た超反応で感知する。 秒速30万kmの速度で放たれる光の矢をかわすには、発射される前には回避行動を取らなければいけない。 メディウス・ロクスが引き金を引く気配とタイミングを正確に察し、その引き金が引かれる直前に回避し――攻撃する。 ディバイデッド・ライフルの二連装ビームキャノンが発射される刹那、リーゼは前に走る。 発射されたビームキャノンをリーゼが被弾。先ほどとは比べものにならない高出力が、ビームコーティングを突き破る。 そして、突き破られた際に放たれる閃光を確認すると同時に横っ跳び。 ビームコーティングの貫通後、装甲への着弾までのゼロコンマ数秒以下の時間こそが、攻撃と回避を両立させる唯一の時間。 距離を詰めたリーゼのアッパーカットが、メディウス・ロクスの顎を捕えんと跳ね上がる。 だが、メディウス・ロクスもアキトの行動に対して、既に対処行動を始めている。 メディウス・ロクスの腕部にマウントされたコーティングソードが、リボルビング・バンカーを横にそらした。 メディウス・ロクスの顔ギリギリをバンカーが抜ける。同時に、得物を前にしてクレイモアが解放された。 吐き出される、ベアリング弾の嵐。回避は不可能なコースによる一撃。 アキトは、これで大なり小なりダメージを与えられると確信した。だが、カメラの下へと消えていくメディウス・ロクス。 リーゼの身体が揺らぎ、メディウス・ロクスから離れていく。リーゼが安定を失って後ろに倒れている。 機体にかけられた圧力、およびダメージを即座にチェック。 自己診断コンピュータのレスポンスすら、アキトは遅いと感じた。 本来なら超高速演算と言っていいコンピュータの電子頭脳が弾き出した答えは、脚部へ何かが絡まっているというもの。 だが、対応する時間はない。メディウス・ロクスのディバイデッド・ライフルによる打突が迫っている。 アキトは、敢えて足元の問題を処理することを放棄し、ボソン・ジャンプを選択。 一瞬の浮遊感とともに、メディウス・ロクスと約100mの距離を取る。 この間、メディウス・ロクスが動き始めてから僅か6秒の攻防。 距離を取り、ようやく足に絡みついたものの正体を確認できる。 あまり良好とはいえないサブモニターでどうにか見てみると、そこにあるのは植物のつたにも似た黒い触手。 「見かけと中身は別か」 続けて、メディウス・ロクスの足元も確認。すると、足首の関節からリーゼの足に絡みついたものと同じが伸びていた。 どうやら、純然とした機動平気然とした外見とは裏腹に、中身はそのままデュミナスや後期メディウス・ロクスの機能を持っているくさい。 動きの速さから見るに、基礎性能も相当に高めてあるようにも思う。 だが、これでいい。間違いなく、デュミナスも本気でこちらを屠りに来ている。 それでこそ、殺しがいがある。 うって変わって、アキトが攻めて出る。 化け物並みの反則能力の数々を、小さな中身に詰め込んだメディウス・ロクス相手に長期戦は不利としか思えない。 元々、受けに回るのはそこまで得意じゃない。だからこそ、一気に攻めきる。 補助ウィングの展開。テスラ・ドライブによる重力干渉・制御により、周囲に擬似的な無重力が発生する。 どれだけ傾いてしまった狂った重心でも、一定以上の安定をくれるリーゼの機構に、特機に匹敵する爆発力。 スピード×パワー=破壊力。 単純だからこそ、どんな相手にも通用する攻撃。 メディウス・ロクスもまた、逃げることなくディバイデッド・ライフルを引き抜くと、その鈍器を前に突き出し突撃してくる。 点では不利。いくら衝撃に強いとはいえ、正面からぶつけては腕が折れる。 そう判断したアキトは、腕を引き、肩からぶつかっていく。正面から、リーゼの肩とディバイデッド・ライフルが衝突した。 正面衝突の結果は、痛み分け。どちらにも満足にダメージは入らないが、ぶつかった勢いで両者たたらを踏む。 並みのパーソナル・トルーパーやアーマード・モジュール……いや、ダイマジンやダイテツジンすら砕ける衝撃でもお互い下がるだけ。 普通なのは姿だけの化け物、という意味では、蒼い魔王より生み出されたリーゼも引けを取らない。 「終わりにしましょう」 「お前がな……!」 お互い、次の一手も同時であり――同じ手段。 ぶつかっていった肩が、上下に割れて展開される。ぶつかっていったディバイデッド・ライフルが縦に割れ、スライドする。 発射もまた、同じタイミング。 二連装ビームキャノンがクレイモアの一部を消し飛ばし、リーゼに着弾。 広範囲にまき散らされたクレイモアは一部消し飛ばされようとも、残った大部分がメディウス・ロクスに着弾。 リーゼのビームコーティングにより装甲の沸騰、およびそれに伴う爆発は起こらない。しかし、胸部装甲がへこみを作る。 ビームキャノンが消し飛ばした範囲が、胸を中心に安全地帯を作る。しかし、四肢などそれ以外の範囲はクレイモアの着弾で小爆発を繰り返す。 追撃不能と判断するや否や、両者回避運動を開始。 リーゼが猫科の猛獣のように地面を疾走。回避しつつ、攻撃を加えるに当たって最適の場所を探して動き回る。 メディウス・ロクスは空に舞い上がり、的を絞らせぬように飛行。一方的な空からの空爆を仕掛けるのに最適の場所を探して動き回る。 メディウス・ロクスが、空からビームキャノンを連射する。 当てようというより、相手の移動範囲を狭めて誘導するのに近い撃ち方。アキトはそれを察しながらも、敢えて誘いに乗る。 隆起した丘の周辺以外に、逃げ場がなくなった。アキトは、丘の上に移動して陣取るように構えた。 こちらが計算通り動いたことにおそらく一欠けらの疑問も持っていないであろう、淀みない射撃。 ――考えが浅いッ! ボソン・ジャンプ。一瞬でメディウス・ロクスの背後上空に移動する。 「計算通りです」 「……やはり、な。そうだと思っていた」 振り向きざまに、メディウス・ロクスがコーティグソードを突き出してきた。 そのまま、こちらを弾き飛ばし、身動きの取れないディバイデッド・ライフルによりこちらを落とさず空中コンボを決める、と言ったところか。 だから――アキトはさらにボソン・ジャンプした。転移先は、メディウス・ロクスの背後。 もっとも、今度はゼロ距離。振り向いた直後のメディウス・ロクスは対応できない。 そのままアキトはメディウス・ロクスを羽交い絞めにして、スラスターを下方に全開。テスラ・ドライブによるさらなる重力加速も加える。 加速のまま落下していく二機。メディウス・ロクスが暴れるが、ガッチリと掴んだ上で関節をロックしたリーゼを引きはがすことはできない。 落ちていく先は――アイビスも入っていった黒い穴の中。 加速、加速、加速――落下、落下、落下。 加速度が限界点を突破してなお、落下は止まらない。黒い闇の中、二機が絡み合い、どこまでも落ちていく。 たっぷり30秒は時間をかけて、ようやく見えてきた床の光の反射。それでも、アキトは関節のロックを外さない。 着地でも何でもない、単なる墜落。 けたたましい音を立て、落下した二機の衝撃は、 第三階層の隔壁を貫通し、第四階層の床に約600mの巨大なヒビだらけで陥没した床を作り、やっとおさまった。 リーゼが、どうにか起き上がる。 元々、衝撃に耐えることに特化して作った上で、衝撃に耐えられるように関節をロックし、自分の下にメディウス・ロクスという緩衝材を置いた。 三重の耐久策によって、リーゼは起き上がることができた。 では、メディウス・ロクスはどうなったか。 内部の構造こそ化け物だが、無理な姿勢でそのまま地面にたたきつけられたメディウス・ロクスは四肢が千切れ飛び、頭は砕け散っていた。 その中から、赤いどろどろとした血液か、ゲル状の緩衝材か分からないものをまき散らす姿は、死体を連想させた。 耐えられたからと言って、ダメージがないわけではない。無論、それは機体にとどまらずパイロットも例外ではない。 あまりにひどい衝撃に、胃の中の物を全て吐き出してしまいそうになるが、喉を鳴らして逆に飲み込むことで必死に抑える。 首の痛みと、脳の振動で視界もまっすぐ定まらない。それでも、メディウス・ロクスのあり様だけは見て、息を吐く。 デュミナスは、戦いなれていない。 戦いに関する知識、状況に対するセオリーは知っているだろう。だが、その先にある世界がない。 無人兵器が決して人が乗る機体に勝てない理由は、単純な計算速度や反射速度以上の、感覚と経験による直感にある。 だからこそ、リーゼと正面からぶつかった。アキトが策にあっさり乗ったことを疑わない。 相手の一手先は読めても、二手先三手先は読めない。 アキトが築いてきた、血道を上げた戦いのデータがデュミナスの中にあるのかないのかは知らない。 少なくともアキトの戦いの記憶を、データ以上のかたちで昇華して自分のものにできでないことは確実だ。 所詮は、誰にかに操縦されてこその機動兵器AIか。 あまりにも、デュミナスは強すぎたのだろう。 あの最終形態メディウス・ロクス以上の実力なら、戦術など練る必要もない。 片っ端から相手を取り込み、再生しながら、その異常なまでの戦闘力で押しつぶしてしまえばいい。 ユーゼス自身、そういう傾向があった。 戦闘を最適化するのではなく、過剰なまでの戦力を求め、それで相手を押しつぶすことを望んでいる節があった。 「子は親に似る、か」 これと、自分はやはり違うと思う。 こいつの分身や、ユーゼスの影ではない。こんな無様で、素人のような戦いしかできないのとは違う。 リーゼの内部から聞こえる、フレームの歪みが生み出す機構同士の接触音がさらに大きくなった。 やはり、相当の無茶をさせてしまった。少しだけ、リーゼを休ませよう。俺も、少し休みたい。 アキトが、コクピットに背を預ける。この身体になって汗腺が復活したせいか、蒸れる手袋を脱ぎ棄てる。 パイロットスーツの前をあけると、涼しくて仕方なかった。 そんな心の隙間を突き、アルトアイゼン・リーゼが投げ飛ばされた。 「ガッ……! ハァッ!!」 覚悟した上でのものでない、突然の衝撃で吐き気が揺り戻される。 メインカメラの映像を確認しようとして、壊れていることを思い出し苛立ちながらも、他のモニターで確認する。 そこには、砕け散った体を細い触手で繋ぎ合わせたメディウス・ロクスが浮かんでいた。 咄嗟にアキトはその姿を見て、天井からつられた糸で動く人形を連想した。死に体としか言いようがないのに、なお動くか。 ずるずると触手が砕けたパーツを引き寄せ、一固まりになっていく。そうやって、メディウス・ロクスはほぼ完全に再生した。 化け物にしたって、度が過ぎている。流石のアキトも予想外だ。 メディウス・ロクスの腕が、触手を繋ぐことで伸びて、リーゼの胸を掴んでいる。 伸ばした腕を鞭のように振るって投げ飛ばしたということか。 リーゼがメディウス・ロクスの手を握り、引きはがそうとする。びくともしないことに、アキトは目を見開いた。 「まさか……自分の身の保全を厭わないとは……思いませんでした……」 「……そうか」 俺を知っているなら、容易に想像がつくだろうにな、という言葉をアキトは再び襲ってきた吐き気とともに飲み込む。 そんなことを言っても仕方がない。こいつに自分を分かってもらいたいなど、全く思えない。自分のことを、少しでも教えたくない。 無言のまま、ボソン・ジャンプで腕と本体を空間ごと切断する。 本体から切り離された腕は、先程と違いあっさりと引きはがすことが出来た。 しかし、まるで蛇のように千切れた腕は地面をのたくり、本体に戻っていく。 そこで、メディウス・ロクスが膝をついた。 機体からは、赤い煙のようなものが立ち昇っている。装甲の内部に詰め込まれた肉が蒸発でもしているのか。 やはり、あの破壊から再生するのは骨が折れることだったのだろう。 どの道、チャンスだ。動かない相手なら、約50mの距離でも十分にクレイモアの有効射程。 左肩のむき出しのクレイモアの照準を合わせ、射程を限界まで伸ばす。 「ま、待ってくださ――」 問答無用。言語道断。待ってやる義理もない。アキトは力一杯クレイモアの発射ボタンを叩いた。 撃ち出されたアヴァランチ・クレイモアの嵐は、メディウス・ロクスの装甲を紙のように引き裂き、吹き飛ばす。 水たまりに石でも投げ込んだときに似た音が二機だけの空間に響き渡る。 到底、機体が倒れた音とは思えない音に、アキトは失笑した。 「待ってく――」 細かくなった欠片を、さらに細かい触手で繋ぎ合わせ、メディウス・ロクスが立ち上がる。 さっきよりも震えが大きくなっている。アキトは、クレイモアの有効射程まで前進して、制止。 当然、次にやるべきことは――先程の繰り返し。 やはり、おかしな破砕音を鳴らし、汚らしい泥だか水だか分からないものをまき散らしながら吹っ飛ぶメディウス・ロクス。 死ぬまで潰す。立ち上がるなら、立ち上がれなくなるまで潰す。 二度と、再生できなくなるまで粉々に砕く。哀れな同情を乞う声も、アキトには何の意味もない。 「待って……」 何度目か分からないやりとり。 それでも、メディウス・ロクスは立ちあがる。アキトは粉砕している。 堂々巡りにもなるのではないか、とアキトが心の端で思った時だった。 そんな考えのせいで、一拍行動が遅れた。 「―――待って、アキト!」 クレイモアは――発射されない。 アキトの手が止まる。いや、手だけでなく、アキトの全てが停止していた。 見開かれた、アキトの目に映るのは、死んだはずの自分の妻の姿だった。 「そんな……馬鹿な」 敵を前にして、呆然自失となったアキト。それも無理もないだろう。 自分が追い求め続けた女性が、目の前にいるのだ。偽物と考えれば理解できるはいえ、動き一つ止めるなと言うのは酷だ。 だが、それが最悪の事態を呼ぶ。 リーゼの足元にある、メディウス・ロクスの体液が突如のたくり、リーゼの足を拘束する。 いや、それだけでない。リーゼが踏み越えてきた背後の体液までが、原生生物のように動きだし、リーゼに覆いかぶさってくる。 「しまっ――!?」 反応が遅れた。何故遅れたのかは言うまでもない。 咄嗟に、操縦桿を動かした。機体を動かして脱出しようとして、結果的にボソン・ジャンプが遅れた。 その僅かな間に、前方のメディウス・ロクス本体が展開する。いや、展開ともいえない。 砕かれたパーツごとに分離し、それらを薄い膜で繋ぎ合わせたものに変わり、リーゼの全身をつつみこんだ。 最愛の人の姿は、もうどこにもなかった。 「動かないだと!?」 全身の関節に、スラスターに、メディウス・ロクスの体液が入り込み、拘束している。 ここまで近づかれては、ボソン・ジャンプによる脱出も不可能だ。 起死回生の一手を打たれたと理解し、歯噛みする。 「いかがですか?」 「やられた。……最悪の気分だ」 そう吐き捨てるアキトに、デュミナスは不思議そうに聞いてきた。 「何故ですか? わたしは、あなたが望むものにもなれるのに」 「お前が……俺の望むものに、だと?」 「私は、あなた。私は、あなたの全てを知っている。あなたが望むものにもなれる」 「そうか。確かに、俺はユリカを望んでいる。お前は、ユリカになれると言うのか?」 「はい。私は、なんにでもなれる。それが、完全と言うこと」 アキトは、それ以上デュミナスと会話するつもりはなかった。 いや、会話するだけ胸糞悪い気持ちがたまるだけだと理解した。 こいつと会話などできない。 やはり俺はこいつとは違う。 経験とか、行動じゃない。 純粋に、ただ俺と言う人間と根本的に違う。 過去の記憶がどうのは関係がない。 俺は、俺だ。 ユリカを侮辱したことが、理屈ではなく、感情でもなく、もっと大切な部分で許せない。 俺は、こいつが許せない。 「……殺す。必ず殺してやる」 視界が一瞬で赤黒くなった気がした。 これ以上ないかたちでの彼女への冒涜。 アルトアイゼンのAIを検索し、ここからの脱出方法を検索する。 同時に、自分が培った戦闘経験を総動員し、発想のとっかかりを探す。 仮になかったとしても、意地でも作り出して見せる。 そんな意気込みでアキトは手と頭を動かすが――意外にも、その方法は簡単に見つかった。 その方法の詳細を見て、アキトは目を疑った。 「―――は、」 なんという、皮肉か。 「ハハハハ、ハ……」 なんという、冗談か。 「ハハハハハハハハハ!!」 なんという、矛盾か。 「ハハハハハ……ハハハハハ、ハハハハハ!!!」 アキトは、ただ笑っていた。あまりにも、可笑しくて、可笑しくて、仕方がなかった。 世の中、うまくできている。そうとしか言いようがない。もしかしたら、神というものがいて実はつじつま合わせをしているのではないか。 そんなことさえ考えてしまう。たまらないほど矛盾と皮肉の混じった、冗談みたいな方法だった。 アキトは、火器管制システムをゆっくりと立ち上げる。 本来なら、多くの警告メッセージが現れるはずのその行動を、火器管制システムは、警告一つ出さず、了承した。 「デュミナス。いや、メディウス・ロクス? それともAI1か?」 「なんですか? もうすぐあなたは、私の一部になる。言いたいことはありますか?」 「そうだな……山ほどある。言う暇はないが。そうだな……一言でまとめるなら……」 「まとまめるなら?」 あとは、アクションの開始決定のパネルを押すだけだ。 アキトは、ウィンドウに指をかける。 「お前に相応しい死に方が用意してある。……死ね」 次の瞬間、メディウス・ロクスが、アルトアイゼン・リーゼが、爆発した。 「お、おおおおおおおお!?」 内部からの炸裂が、まとわりつき包み込んでいたデュミナスを粉々に消し飛ばした。 アキトがやったことは、単純。発射口を開かず、アヴァランチ・クレイモアを撃ったのだ。 ハッチを閉じたまま撃つことで暴発させる。そうやって生まれた破壊力は、デュミナスを破壊するに十分だった。 「あああ……そんな戦い方……わたしは知らない……」 「そんなはずはないだろう? この方法をアルトアイゼンに教えたのは――――                                     ―――――ユーゼスなんだからな」 な、に、と壊れた機械のように、壊れたデュミナスが呟いた。 「相手に拘束された際、クレイモアを暴発させることで脱出する。  これを、『アルトアイゼンのAI』に教えたのは、他でもないユーゼスだ。  お前は、ユーゼスがこのマシンのAIに覚えさせた、ユーゼスの戦法でお前は死ぬ。  ―――ユーゼスがお前を否定したんだ」 ユーゼスがまだアルトアイゼンに乗り、ベガと行動していた時。 ユーゼスは、ゴステロの乗るスターガオガイガーのヘル&ヘブンに拘束されたとき、破壊の拳を避けるためにクレイモアを暴発させた。 その後、ユーゼスはアルトアイゼンを捨ててしまうが、アルトアイゼンのAIは覚えていたのだ。 アキトは、AI1がガンダムキングジェイダーのヘル&ヘブンで砕かれたのを混在した記憶の一部で知っている。 だから、なおさら皮肉だと思うのだ。 アルトアイゼンはユーゼスをヘル&ヘブンから守り、そのAIは無言のままユーゼスの遺した戦法でデュミナスを砕いた。 メディウス・ロクスはユーゼスをヘル&ヘブンから守れず、ユーゼスの遺志を継いだと言い出すも、自分の分身と思っているアキトと、アルトアイゼンに屈服する。 ユーゼスとアキトがはめて殺した男、キョウスケの愛機アルトアイゼンにインストールされたユーゼスの戦法が、ユーゼスの遺児を殺す。 学習AI。 ヘル&ヘブン。 メディウス・ロクス。 アキト。 アルトアイゼン。 キョウスケ。 ――ユーゼスを中心に巻き起こった全ての騒動。 今まで紡がれた運命の糸のままに。 「う……嘘です……嘘……そんなことがわたしに……」 「嘘なんかじゃない。これで、ユーゼスへの意趣返しも済んだ。………ユーゼス、借りは返したぞ」 アルトアイゼン・リーゼが背を向ける。 「嘘です……嘘です、嘘です、嘘です、 嘘です嘘です嘘です嘘ですウソデスウソデスウソデスウソデスウソデスウソデス  ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソ  ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソ  ウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソウソ」 狂ったテープレコーダのように同じ言葉を繰り返すデュミナス。 デュミナスにとっての存在意義が、ユーゼスに対する想いだったことはアキトにも分かる。 今は、違っていても、ユーゼスはいつか自分を見てくれる。 不完全だから、ユーゼスの願いに届かなかっただけで、完全になれば存在を認めてくれる。 不完全な自分だから、であって、自分の存在自体を認めていないわけじゃない。 そう思っていたのだろう。 だからこそ、デュミナスにとって、この結末はもっとも受け入れがたいのだろう。 創造主が自分に教えてくれなかった方法を創造主より教わった誰かが、 自分が創造主に出来なかった何かを成し遂げた誰かが、 自分の存在を抹消する。 自分の分身であるはずの存在が、それを告げる。 「助けて……ください……私を、認めてください……」 デュミナスの破片が、また再びアキトの最愛の人の姿を取る。 ユーゼスに否定されたら、今度はアキトに認めて欲しいということか。 他人に存在意義を預け、誰かになろうとすることで自分を認めて欲しがるその姿は、あまりにも滑稽だった。 「言ったはずだ。俺は、お前を認めない。俺の全存在を賭けて――お前を否定してやる」 「ああ……あああ……ああ…………あ……」 これは、ユリカじゃない。こんなものを、認めるわけにはいかない。 アルトアイゼン・リーゼの足が―――女性の姿になったデュミナスを踏みつぶした。 「ユーゼス……サマ……」 「消えろ」 アキトの声とともに、何かうめいていたデュミナスの破片が一斉に砕けて散った。 人工の星の空調循環により吹くそよ風が、デュミナスだったものを運んでいく。 悠久の時を超え、再び戻ってきた哀れで不完全な何者でもない何かの最期だった。 &color(red){【デュミナス 死亡確認】} だが、デュミナスの撃破のためアキトが支払った代償もまた大きなものだった。 アルトアイゼン・リーゼが倒れた。 アキトは、自分の腹部の状態を確認し、ため息をつく。 スクエア・クレイモアの暴発でも、アルトアイゼンは機能停止寸前まで追い込まれている。 さらに上をいくアヴァランチ・クレイモアの一斉爆破の衝撃はすさまじく、 機体に深刻なダメージを与えていた。 具体的に言うのであれば――コクピット内部まで貫通したクレイモアの破片。 15cmはあろうかという破片が、アキトの腹に突き刺さっている。 誰がどう見ても致命傷だ。 「まだだ……俺は、まだ倒れるわけにはいかないんだ……」 脂汗の吹き出る額を、袖で拭う。 まだ、妻を生き返らせるために参加者を殺さなければならない。 残りは、統夜、カミーユ、あの赤毛の女の三人だ。 もうすぐだ。 もうすぐ、ユリカに会える。 しびれてきた手で、操縦桿を握りなおす。 起き上がったアルトアイゼン・リーゼが再び歩き出す。 「ユリ……カ……」 黒い復讐鬼――いや、黒い王子様の視界矯正用の黒いレンズが滑り落ちた。 ひどく、あっけない幕切れ。いや、それは違うのかもしれない。 彼の物語は、もしかしたら殺し合いの会場最後の戦いで、既に終わっていたのかもしれないだから。 ここで死んだ男が、テンカワ・アキトかそうでないかを確認できる人間は、どこにもいない。 ただ分かることは、ここの彼は最期の最期までミスマル・ユリカの味方であろうとしたことだけだ。 アルトアイゼン・リーゼは立ったままもう動くことはない。 &color(red){【テンカワ・アキト 死亡確認(二回目)】} →[[ネクスト・バトルロワイアル(7)]]

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