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星落ちて石となり ◆7vhi1CrLM6



 目の前で燃えさかる炎の濃淡は同じようでいて、一時も同じ形を留めない。
 集めてきた枯れ木を真ん中あたりで二つに折り、炎の中に投げ込む。
 焚火を眺めつつ、ぼんやりと物思いにふけっていた。
 思い出すのは、わずか数時間行動を共にし、自分の為に命を落とした青年のこと。

 最初は敵だった。襲いかかったところを気絶させられた。
 そのとき、殺そうと思えば殺せたはずだ。一人しか生き残れないルールだって知ってたはずだ。
 なのに、あいつは私を殺さなかった。
 そして、私をかばって……死んでいった。
 そう考えるのは自分の思い上がりなのかもしれない。実際はかばったのではなく、単に逃げ切れなかったのかもしれない。
 例えそうだとしても……あいつが死ぬことなんてなかったんだ。
 馬鹿だよ、あんた……。会いたい人だっていたはずなのに……。

 彼のことをラキに伝えると決めた。やると決めた。
 それで吹っ切れた。吹っ切れたはずだった――。
 けれども、やることに追われているときはともかく、少し余裕ができると頭はそのことにとらわれる。
 回り巡った思考は消極的になり、ついついそこに落ち込んでいく。
 そしてジョシュアの他にもう一人。自分たちを逃す為に身を残した男――アムロのことも気がかりだった。
 ――みんな、自分勝手だ。
 心底そう思う。
 身を犠牲にして人を庇うのも、庇って死ぬのも、気は楽だ。
 待たされるほうが辛い。残されるほうがしんどい。
 両膝を抱く手に力がこもる。うつむきがちだった顔がさらにうつむき、額がこつんと膝頭に当たった。

「アムロのことを心配しているのなら無用だ。私の知る限り、奴ほど優れたパイロットは他におらんよ。それに――」
 悩みを見透かしたかのような声が飛んできた。わずかに顔をあげて、目の前の男をぼんやりと眺める。
 そこにいるのは一匹の濡れ鼠。
 F-2の補給ポイントが湖の底だったため、強引に潜った名残だった。
 今は近場の岸で乾かしつつ、アムロを二人で待っている。
「それに?」
「それに私も奴も多くの者の犠牲の上に生き過ぎた。こんなところで死ぬなどということは許しては貰えんよ」
 目の前の男はどこか遠い目をして語る。
 多くの者と言ったが本当に心に残っている人はそんなに多くないのかもしれない。でもそれだけに大事な人だったのだろう――なんとなくそんな気がした。
「何より、私との決着をつける前に死ぬなど、この私が許しはせん」
 力強い声。そこに込められているのは一体何なのだろうか――。
「そっか……信頼してるんだ」
 そんな感想が知らずと口から洩れた。
 強い信頼、妄信ではない何かに裏打ちされた信頼。そしてそこにどんな感情が身を潜めているのか――予想もつかない。
 ふと自分はどうなのかと気になる。
 DCに所属していた分だけ人の生き死には並より多く見てきたという気はする。
 それでも外宇宙への夢があった分だけ前向きに生きていたと思う。
 でも、今は何が何でも生き残りたいという目標がない。
 決して死にたいわけではないけど、ここには私なんかより生きたがっている人がいる。
 それでもラキにジョシュアのことを伝えるまでは死ねない、そう思うのは我が侭なんだろうか……。
 今の私をみたら、きっとスレイはいつもの台詞を吐くのだろう、『負け犬』と。
「ジョシュアといったかな」
「えっ?」
「あまり悩むな。恨んでも悔やんでも、死んだ人間は、生き返らん。己が生き残れただけでも良しと思うことだ」
 どこか重い響き。その言葉には人生を生き抜いてきた一人の人間としての真実が込められている。そういう響きだった。
 まぁ、別に復讐を思って考え込んでいたわけではないのだけれど……。

 そんなことを考えていた時、突然の強風に襲われ、火の粉が舞った。煽られた焚火の火が消え、辺りは暗闇に包まれる。
「あらあら、灯りが見えたから、試しにきてみれば……こんなところで呑気な人たちね。いつ、誰が、あなたたちを殺しに来るのか分らないのに」
 頭上から声が降ってくる。向けた視線の先には大型機が静かに鎮座していた。
 月の照り返しを受けて白銀に輝くそれは、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。頭から羽根を生やしているという意匠が、神体を連想させているのかもしれない。
 だがパイロットが放っているのは、頭の上から爪先まで品定めをするかのような視線。嘲り笑うかのような口調。
 あまりにも機体の意匠からかけ離れているため、かえってそれらが際立って感じられる。思わず全身の毛が怖気立った。
「あなたたち、残念だけど……使えそうにないわね」
 逃げてごらんなさいとでも言いたげに機体の足を踏み出し、脅かしてくる。
 思わず後退りしたアイビスとは逆に、シャアが果敢にも一歩を踏み出す。
「アイビス、何故こうまで多くの争いが起こっていると思う」
「えっ?」
「病んでいるのだよ。この世界も、人の心も……。ここは私にまかせて貰おうか」
「うん」

 相手に向かって歩いていく後姿を見つめる。相手の機体の大きさに比べてその背中は、あまりにも小さかった。

「君は我々を使えなさそうだと言ったな。ならば、我々に用はないはず。お引取り願いたいものだな」
「あの化け物が言ったことを忘れたの? 私は生き残りたいのよ」
「あれが約束を守るとも限るまい。他の方法を考えてみても無駄ではないと思うのだが」
「現実的ではないわね。あの化け物を相手にするのより、ここであなた達を殺すほうが現実的だわ」
 圧倒的優位を自覚しているのだろう。その口調には余裕があった。
「なるほど。だが、君は分っているのか? あそこにある私に支給された機体は核ミサイルだ。あれが爆発すれば君も生きては帰れない」
 説得。その次は脅し。実に落ち着いた声で淡々とシャアは述べる。
 相手が沈黙した。表情を伺い見ることはできないが、おそらくは示された機体を確認しているのだろう。
 その隙に気付かれないように、アイビスはゆっくりと湖ににじり寄る。
「確かに核ね。でも、あなたのほうこそわかっているのかしら? 今、あなたを踏みつぶしてしまえば爆発なんてしないのよ」
 機体の手に光が灯し、笑いをこぼしながら彼女は言う。いまだに彼女の優位性は揺るがない。
「残念。寿命を縮めただけになっちゃったわね」
 その声にシャアはわずかに肩を竦ませて見せた。そして「君は何もわかってはいない」と言葉を投げかける。
「何故、私が外部シートを申し訳程度にあつらえただけのミサイルを操ることができると思う? 全てはこのパイロットスーツとメットから動かすことができるからだ。
 つまり、私は念じるだけで君を巻きこみ自爆することができるということなのだよ」
 相手の嘲笑が消えた。
 その様子を満足げに眺め、余裕を持った態度で男は言葉を繋げる。
「そこで一つ提案があるのだが、このまま我々を見逃してはもらえないか?」

 ――上手い。
 その様子を傍から見ているアイビスは、正直にそう思った。
 現状は互いの喉元へナイフを突きつけ合っている状態によく似ている。
 ただし、本物らしく見せてはいるがシャアのナイフはただの紙切れ、まがい物である。
 だからこそ核という無視できない手札を明かすことによって相手の意識をそこに縛りつけた。
 そうすることによって意識は手元の本物ナイフから離れ、相手の偽のナイフばかり気にするようになる。
 やがて重い口を開けた彼女は憎々しげに言葉を漏らす。
「そんな虫のいい話が通ると本気で思っているの?」
 虚勢と動揺の入り混じったような声。もう一押しだ。そう思った。
「そうか。ならば仕方がない――


                   ――私だけでも見逃してくれ」
「本気?」
「今ならこの樹脂マスク三点セットも付いてきて、よりお買い得だ。どうだ? 悪い取引ではないと思うが」
「それは魅力的ね」
「ボイスチェジャー機能付きの逸品だ。他人に化けることが出来る」
「こずるい人」
 混乱するアイビスを傍目に、交渉は進んでいく。
 あまりの出来事に、思考がごっそりと停止してしまったかのような感じだ。
「チャンスは最大限に活かす。それが私の主義でな」
「いいわ。あなたは見逃してあげる。でも、そっち娘は別よ」
 どこか安心したような声だったが、その内容は洒落になってない。
「いいだろう。感謝する」
「えっ? えっ?」
 口を挟む間もなく交渉は終了した。
 視界の中を、コックピットに向かって放り投げられた樹脂マスクが横切っていく。
「ちょっと、一体どういう」
「聞いての通りだ。後は頑張りたまえ」
 ようやく抗議するも、あっさりと突き放されて終わる。
 呆然とするアイビスの目の前を、男はゆったりと通り過ぎ、核ミサイルに乗り込む。
「一つ、言い忘れていた。この核は衝撃によって誘爆もおこる。今後も私への手出しはさけることだな」
 そして、一つ念を押すとあっさりと飛び去って行ってしまった。
 離れ行く噴射口の明かりが徐々に小さくなる。その様をなすすべもなくただ見送っていた。
 胸中に渦巻くのは『売られた』という思いだけ。
「残念。見捨てられたようね」
「うるさい! 黙れ!!」
 ジワリジワリと怒りが込み上げてきてつっけんどんに返す。なんか気持ちがささくれ立っていた。
 難題を押し付け、相手が渋ったところで一歩引いてみせる。交渉としては理に適ったやり取りだったのだが、切られた身としては納得がいくはずもない。
「やつあたり? ヒスおこしたって知らないわよ」
「黙れって言ってんのよ! おばさん!!」
「あたしはまだ17よ」
 そうして暫くぎゃいぎゃいと始まる口喧嘩。というより、一方的にアイビスが噛み付き、カテジナがそれをあしらっているだけなのだが。
 しかし、罵詈雑言を掴みかからんばかりの勢いで浴びせかけられたら、さすがに誰でも嫌気が指す。むしろよく耐えたと褒め称えたい。
「もういいわ。何であたしがあなたのヒスに付き合わなければならないの。今すぐ黙らせてあげるわ」
「やれるものならやってみろ! ブレン!!」
「……!!」
 月を映し出した湖面から、一筋の光が飛び出してくる。不意を付いた攻撃にカテジナは思わず跳びさがる。
 その様子を確認し、アイビスは湖に向って一目散に駆けた。
 補給中のブレンは湖底にいた。それがいい方向に作用し、隠れているという形になっていたのだ。
 牽制を行いつつ浮上してきたブレンが見える。躊躇なくコックピットに跳び移る。

「ブレン、いくよ!!」
 ソードエクステンションを三制射、同時に弾けるように空を駆ける。
 ――相手の動揺が消えないうちに攻撃を仕掛ける。
 牽制の三射は全てかわされた。予想外に敵の動きが早い。しかし、詰めた距離も残り幾許もない。
 躊躇することなく懐に飛び込む。それを阻止しようと腕が突き出されるのが見えた。
 ならば、まず邪魔なそれを斬り落とそうと、ソードエクステンションを振り下ろす。
 鳥の地鳴きにも似た接触音。伝わってくる手ごたえは金属のそれとは異なる。
 ――フィールド?
 予想外の違和感に困惑するのも束の間、全身の細胞が警告を発した。
 一切の確認を放棄して全速でその場を駆ける。風を切る音が耳元で唸る。
 それに構わず駆け抜け、一先ず距離を取った。
「……シールド」
 苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
 距離を取り確認してみたところ、斬撃を弾いたのはフィールドではなくて盾。
 六角形の赤い光が寄り集まり形を形成しているそれは、これまでに見たことのない物だった。技術体系の得体の知れなさが、どうにも薄気味悪い。
 あの赤い光体は攻撃にも転用できるものなのだろうか、と頭の隅で考える。
「盾? へえ、こんなものもあったんだ。楽しくなってきたじゃないか!」
 猫が獲物を嬲り殺しているかのような楽しそうな声。
 予想外の出来事に驚かされはしたものの、自分の優位性を自覚しなおし、ジワリジワリと楽しさ込み上げてきた、そんな感じなのだろう。
 ゆっくりと差し出された手に、光が瞬くのが見えた。咄嗟に左へ跳ぶ。
 ブレンの間際を抜けた光が湖に着弾。巨大な水柱が吹きあがった。
「なっ!?」
 思わず絶句する。あまりにもあっさりとチャクラシールドを突き破ってきた。
 回避が少しでも遅れたらブレンの装甲ではもたない。一撃でもまともに当たればそれで終わり、そう直感が告げている。
 ――冗談じゃない。
 射撃で牽制を繰り返す。それを意にもかいさずに相手は光を乱射してきた。
 しばらくの間、光線と光りが互いの間を行き交う。肩のすぐ脇を、頭上を、腰のすぐ左を飛び交う光が抜けていく。
 それを無我夢中でかわしていた。
「どうしたの? 口数が減っているわよ」
 時折、余裕を見せつけるかのように話しかけてくるのが癪に障った。しかし、それに言葉を返す余裕すらない。
 最初に感じたように、大型機の癖に動きが機敏で捉えきれていない。放ったソードエクステンションはまだ一発も当たってはいなかった。
 機体そのものの動きというより反射が異常に鋭いという感じだ。ほとんど攻撃を仕掛けた瞬間には反応されているという気さえする。
 同時にその反応の鋭さはこっちの回避行動を圧迫している。
 唯一の救いは、周囲の暗さで光を発する相手の攻撃を見極めやすいことと、相手が弄ぶつもりであるということ。
 だけど、このままじゃいずれ――
 ――冗談じゃない!
 何度目も反芻するその言葉で、想像の先を遮る。
 まだだ。まだラキに会ってない。ラキにジョシュアのことを伝えていない。
 ――まだ……死にたくない!!
 何か、何か手があるはずだ。いままで培ってきた経験の中で、何か――GRaMXs。

 ――無理だ。

 手が震え、頭が否定した。できるわけないだろう、そう思う。今まで一度だって成功したことはないのだ。 
 GRaMXs――重力加速制御応用の急加速突撃、ならびに攻撃対象との交差射撃による空間戦術。
 その肝は最高速を保ちつつ行う急降下射撃と繰り返し行われる急加速と急停止。口で言うのは簡単だが、その機体制御は困難を極める。 
 ――冗談じゃない……。
 心底そう思う。機体を保ち切れずに墜落までしているのだ。もうあんな思いは二度としたくなかった。
 第一、ブレンは重力加速制御なんかで動いてはいない。リオン系ですらない。GRaMXsなんて土台無理な話なのだ。
 だが、相手の軌道を読み切り旋回半径に飛び込むGRaM系とRaM系に共通する基本動作――。
 ――それだけの動きならブレンと今の私でも!
 迷っている暇はなかった。今この間も相手の攻撃は容赦なく襲ってきている。このままかわし続けてもジリ貧だった。
 他に試せるものもない。飛び込んだ後はどうとでもなれだ。
 心臓の鼓動が速い。腕に力が籠る。
 『落ち着け、落ち着け』『きっと大丈夫、平気だ』そう何度も自分に言い聞かせる。
 大きく息を吸い込み、ゆっくりと長く吐き出す。しっかりと前を見据えた。
「ブレン、やるよ!!」
 今もジョシュアのようにブレンの声が聞こえてくることはない。やさしいというのもわからない。それでも声だけはかけようと決めていた。

 相手の放った貫通光を避けた瞬間、ソードエクステンションで制射を行う。
 牽制ではなく制射。相手を制するための射撃。
 攻撃と回避を交互に行う。神経を針の先ほどに集中させながら相手の動きをつぶさに観察する。
 反応は並はずれて鋭い。攻撃を仕掛けた瞬間に最小の動きで回避し、無駄なく攻撃に転じている。
 相手は口喧嘩を行った時とは違い、極めて冷静な操縦を行っているとも言えるだろう。
 逆に言うと、最小の動きでしか回避しようとしていない。少しでも守勢に回るのを極端に嫌っている、そういう風にも見えた。
 ――そこにつけ込み誘導する。
 大きく回避ができても小さく細かくとしか避けようとしない。ならば、予め狙いを調整することで。
 まずは三発。焦っているように見せるよう狙いをいくらかずらせた攻撃。そして、脳内で予想した動きに合わせて続けざまにもう三発。
 一度でもあてがはずれたら終わり、そういう攻撃を執拗に繰り返しながら突撃のタイミングを計る。
 手に汗が滲んでいるのがわかった。
 『焦るな』『慌てるな』、飛び出したくなる衝動を何度も何度も押さえつける。
 そして、こちらの攻撃を嫌がり下に避けたとき、さらに下方に逃げ込むよう射撃を行いつつ急加速突撃を開始する。
 一度大きく夜空に舞いあがる。
 相手が湖面に邪魔をされて逃げ場を失い、射撃に捕まる。水煙に邪魔されて着弾の状況は確認できない。
 ――構うものか!
 霧がかったように霞むそこ目掛けて、垂直降下の最高速で突っ込む。
 ソードエクステンションを下方へ真っ直ぐと伸ばした。銃口に明かりが灯り急降下射撃。
 被弾した相手がこちらに気づく。
 ――構うものか!!
「行っけえぇぇぇええ!!」
 そのまま一直線に、一切の減速なしに突貫した。
 前腕部に現出した赤いシールド、そこに刃が突き立ち、貫く。
 大きな減速感。だが、まだブレンの足は止まってはいない。腕をすり抜け再加速。しかし、感じるのは何かに包まれているような減速感。
 ――構うものか!!!
 そのまま全身を叩きつけるようにソードエクステンションを突き刺す。 
 だが、その刃は巨神まであとわずか数十cmというところで届かない。磁石が反発しあうような抵抗。
 カタカタと小刻みに揺れる刃を全力で押し込む。だが、届かない。
「アハハハ……残念。惜しかったねぇ」
 死を宣告する死神の声。表情が凍りつく。
 知らずに腰が引け、それがブレンに伝わり徐々に押し戻される。
 ――もう、逃げるしか……。
 逃げる? また私は逃げるのか?
 フィリオから、プロジェクトTDから逃げ、ギンガナムから逃げ、アムロさんを置いて逃げ、そして夢からも逃げてきた。
 それなのに、また助かりたいために逃げる。この先もずっと逃げ続ける。それでいいのか?
 バイタルジャンプで逃げるしか手は残されていない、それはわかっていた。そして、補給はすんでいる。逃げ切ることは可能だ。
 でも、それでいいのか――。

 ――いいわけ……あるか!!

「うわあああぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 目の前の障壁を破ること以外何も考えてない、ただ力任せの突撃。しかし、渾身の突撃。
 アイビスも、ブレンも、全ての力をそこに注ぎ込む。
 だが、無情にも刃は届かない。ほんの少し、わずか紙切れ一枚の距離が埋まらない。
「見苦しい特攻ね……」
 もはや飽きたとでもいいたそうな声。
 ゆったりと巨神の腕に光の刃が現出し、大きく振り上げるのが見えた。
 悔しい。悔しかった。悔しくて涙がこぼれた。だが、目の前の埋まらない距離はどうにもならない。
 そして、死の宣告は最後の言葉を告げる。
「今終わりにしてあげるわ」
「それはどうかな」
 割って入ってきたのは聞き覚えのある声。立ち去り、逃げていったはずの男の声。
 一瞬、幻聴かと耳を疑った。だが、続く言葉で幻聴ではないと知る。
「下か!? くっ!!」
 目の前に立ちはだかり決して動かなかった抵抗が消えた。巨神が動き、逃げたのだ。
 そして、目と鼻の先を、水中から姿を現した真っピンクのボディが飛沫を散らしながら流れていく。
 風を切る、流線形の先端とそこにあつらえられた角。そして、危険を示す独特のマーク。
 見間違えるはずがない。見間違えようがない。シャア=アズナブル、彼が戻ってきたのだ。
「機体の性能の差が戦力の決定的な差ではないということを教えてやろう」

 ――速い!

 瞬く間に二機の差が詰まり、慌てた巨神が機体を翻して突撃を避けるのが見えた。
 接触寸前、あわやというところで核ミサイルは巨神の脇をすり抜ける。
「ちっ! 何故、まとわりつく。気持ちの悪い」
「どうした? 集中して避けねば、私もろとも地獄行きだぞ」
「い、言われるまでもない」
「そうしてもらいたいところだな。私もまだ死ぬわけにはいかないのだよ」
「なら、こんな無茶はやめたらどうだい!」
「そういうわけにもいかんのでな」
「くっ・・・・・・ふざけたことを!」
 上空で行われる二機のやり取り。
 核ミサイルが執拗に追い回している。巨神は誘爆を恐れて牽制を行うことすらできずに逃げまどう。
 相手の動きと技量を読み切り、余裕を与えないために接触ギリギリのところで追い回す腕――圧倒的だった。
 桁違いに鋭いと思っていたあの反応速度でさえも、一歩も二歩もシャアが上をいっている。
 あの女が攻撃と同時に反応しているとしたら、シャアは予備動作のうちに既に反応しているという感じだ。
「凄い……」
 知らずにそんな言葉が口から洩れていた。

「アイビス!」

 怒声が通信機を伝って流れてきた。それではっとする。
 気づけば目の前の戦闘に見惚れていたのだ。
「さっきの攻撃をもう一度しかけろ。私では決め手がない」
「でも……」
 口ごもる。眼の前の戦闘に割って入れるとは思えなかった。
 核ミサイルに追われることで無秩序性を増した動きを読み切る自信もない。 
「私がサポートするのだ。自信を持っていけ」
 隠してはいるが、どこか辛そうな表情。
 高速で動くミサイルに剥き出しで座っているのだ。その身体にかかる負担は想像を絶するのだろう。
「わかった。やってみる」
「二手三手先を読むよう心がけろ。私の軌道予測も忘れるなよ」
 通信はそれだけで終わりだった。シャアとて無駄口を交わしている余裕などないのだ。
 一度顔を拭い、上空を見上げる。 
 シャアは自分の軌道予測も忘れなと言った。つまり無秩序に追いかけまわしているように見えて、そこに何かしらの条件があるのだろう。
 外から見ていればわかるだけの何かを――。
 目を皿のようにして、目まぐるしく動き回る二機の軌道を追いかける。
 最接近する際の位置関係――違う。
 追いやる方向の規則性――違う。
 方向転換――全然違う。
 焦りと不安を押さえつけ必死に、必死に探す。
 どれだ? どこだ? どこに規則性が、ルールが、条件が――。

 ――見つけた。

 もしかしたら間違いなのかもしれない。それでも――。

(ブレン、私に付き合ってもらうよ)
(…………)

 一瞬、ブレンが相槌を打ってくれたような、そんな気がした。
 今度は射撃なしの急加速突撃。目指す先は今現在の敵機の場所よりやや北東。
 シャアは一定空域から逃さないように相手を追っている。逃げようとすれば回りこみそ転進させているように見えた。
 だから読みが正しければ、次はそこで軌道が変わるはずだ。
 読みは的中。相手は核に追われて狙った場所へと押しやられている。
 後は不意を討てるかどうか、盾さえなけば障壁は抜ける。相手が気づくか気づかないか、それだけは賭けだった。
 軌道に合わせて微調整。タイミングを合わせる。あとは――。

 ――思いっきり突っ込むだけだ。

 前回同様、ソードエクステンションを構え、最高速で突撃する。
 僅かに違うのはその軌道。上方から抉るように突っ込んだ。
 直前で気づかれ、進路を遮った赤い光のシールド。それを突き破る。だが、やはりここで速力がそがれる。

 ――まだだ。まだ!

 腕をかい潜って再加速。
 纏わりつく減速感。構わずに全身全霊を込めて突き進む。ただ前に。ほんのわずかでも前に。
 だが、刃は届かない。わずか紙切れ一枚の距離が絶望的に遠い。
「諦めな。お前たちでは盾と音障壁は破れないわ」
「そうでもない。アイビス、撃て!」
 薄ら笑いを貼り付けたような声を突き破り、シャアの声が届いた。
 咄嗟にトリガーを引く。突き付けた切っ先に光が灯り、ようやく、ようやく音障壁を突き抜けた。
 そして、狂ったようにただひたすら撃ち込む。
「落ちろ! 落ちろ!! 落ちろ!!!」
 被弾した巨神が湖岸に沈み、その爪痕を大地に残す。
 そこへ間髪入れずにシャアが追いすがる。土を撒き上げ、四肢全てで大地を蹴るようにして巨神がかわす。
 土に混じった石。それを弾いた核の外装で火花が散る。
 シャアの核ミサイルがそこを抜けたときには、既に敵は離脱を始めていた。
「逃がさない!!」
「待て、アイビス!」
 追撃をかけようとしたアイビスをシャアが止める。
 核ミサイルもこれまでのように追いすがってはいなかった。

「何故、止めた!」
「土を掴んで逃げた。あれぐらいでは核はびくともしないが、剥き出しの私はそうはいかんのでな。
 かといって、君一人に追わせるわけにもいかん。それに、絶対的に有利な状況を覆して見せ、心理的に追い込みはしたが、実際は大した被害は与えておらんよ。ここが引き際ということだ」
 諦め切れないように逃げた方向を睨みつける。漠々たる闇があるのみで、そこには既に敵の姿はなかった。
 それからふと思い出したように声を投げかける。
「怪我は? 土を撒き上げられたでしょ?」
「大丈夫だ。大きな塊は私には当たらなかったようだ」
「そっか」
 身振り手振りをまじえて無事をアピールしてくる様子を見て、ほっと息をつく。
 そして、また別のことを思い出し、口を開いた。それもひどく刺々しく。
「何で逃げた?」
「余裕を奪うために不意を突く必要があった。彼女が冷静な状態ならば、ああも上手くは追い込めなかっただろう。
 同時に、ある程度こちらの実力を見せつけておく必要もあった。これで今後彼女は我々に手出しをしにくくなるはずだ」
 そりゃあ、誰だって核ミサイルなんかには追いかけられたくないだろう。執拗に相手をつけ狙いそうな彼女だって例外じゃないはずだ。そう思った。
「付け加えるなら、樹脂マスクはコックピットの位置を確認するための小道具だったといったところだな」
「そのせいで私は死にかけたんだけど……」
「あの程度の時間で君はやられたりせんよ。それにバイタルジャンプの存在もある。もっとも少々買いかぶり過ぎだったようだが……」
「どういう意味よ……」
「だが最後の動き、あれは自信を持っていい」
 睨みながら返した言葉にシャアは笑って見せた。

「しかし、アムロが遅いな。少々気になる……なっ!!」
 そう口にした瞬間だった。突然飛来した赤い光の矢が数本、核ミサイルを襲った。
 慌てて飛んできた方向にソードエクステンションを構える。遠距離から狙い撃ちされたのか何も見えない。だが、方角はさっきの敵が逃げたほうだった。
 甘かった、そう思う。あれほど執念深そうな相手がこのまま見逃してくれるはずはなかったのだ。
 きっと核が爆発しても平気な距離から攻撃を仕掛けてきたんだ。そう思った。
 しかめっ面で夜の闇を睨みながら声を掛ける。
「無事か?」
「逃げろ!」
 返ってきたその言葉が意味するもの、それは絶望だった。



 私ともあろう者が、間の抜けた失敗をしたものだ。
 おそらく相手はミサイルの噴出孔の明かりを目印に攻撃をしてきた。さっさと地上に降りるべきだった。旋回を行いつつ空中で会話などするべきではなかったのだ。
 不意を突かれたが矢は全て避けた。中には際どいものもあったが、一本たりともかすりもさせていない。
 しかし、しかしだ。際どいもののうちの一つが体の間際を抜けていった。
 その余波の熱と風圧。たったそれだけで、僅かなパイロットスーツに身を守られただけの身体は、ズタズタにされた。
 普通の機体に乗っていればなんでもないことだった。
 今は、気を失わなかったのが、ほとんど奇跡と言ってもいいありさまだった。

「逃げろってどういう意味さ!!」
 アイビスがブレンから身を乗り出し叫んでいる。無茶をするものだ、そう思った。
「わからんのか。私の体がもたんのだよ。もうじき核が地表に落ちる」
 最後の意地のようなものだけでミサイルを水平に保っていた。
 しかし、徐々に高度が落ちてる。一度、気を失えば激突は免れえないだろう。
「今、助ける!」
「どうする気だ?」
「ブレンで操縦席だけはぎ取る」
「ハハハ……無駄なことはよせ、アイビス。私がいなくなれば即座に核は落ちるのだぞ」
 大口を開けて笑う。体中が痛かった。
「だからって、見捨てられるか!!」
「アイビス、お前はジョシュアに命を託されたのだ。 お前は、彼の骸の重さを知っている。だが、託された命の重さはその比ではない。 お前はそれを背負ってしまった。
 自分を支えられる強さを持て、アイビス。お前が生き抜いていくために、ここで私を捨てて行け」
「まだあきらめるな! 決着をつける相手がいるんだろ!!」
「ブレン、優しい子だ。だが、迷うな。守るべき人間を間違えるな。跳べ!」
「待て、ブレン」
「アイビス、死ぬことだけは許さん。後は好きにしろ。行け、ブレン!」
 歪な音と共に眼前からブレンが掻き消える。
「私の命も背負っていけ、アイビス……」
 宵闇の空に一人取り残された男の呟きは、闇に溶けて消えた。
 次の世代に託す。それもまんざらではない。そんな気分だった。

 死を直前にしてみて、意外と未練は少なかった。
 ただ、アムロと決着をつけられない、それだけが残念だと思った。
 頭がくらりとする。痛みはもう感じない。
 まだだ。まだ私は生きている。生きている限り、核を落としはせんよ。そう思った。
 コロニー落としを行なった自分が、何を今さらといささか滑稽な感じがした。
 視界が暗い。あれは地表なのか。ということは、私は落ちているのか。水平に保とうと機体を起こす。
 月が目に入り、次に真っピンクの円筒形が、視界の中を下から上へ流れていった。
 浮遊感に包まれながら、月を見続けていた。

『大佐……』

 どこからか声が聞こえてくる。ひどく懐かしく優しい声。すぐ行く。ただ、そう思った。
 そして、光の海に呑み込まれた。



 常闇の中に灯りが燈る。その灯りを受けて、白銀の巨神がオレンジに染まっていた。
 その中でカテジナ=ルースはうっとりと恍惚の表情を浮かべている。
「あたしを追い払った。それだけで勝った気になっているなんて、甘いよねぇ」
 長距離から核を狙うことに、まったく自信がなかったわけではなかったが、不安もあった。
 ――だが、うまくいった。
 小賢しい手を使って追い回してきた男と、生意気な女を葬り去れたことが愉快だった。
 これで憂さも晴れるというものだ。
 そして、なによりも心かきむしるほど目の前の光景は素敵だった。歴史上のどんな芸術家が描いた絵画よりも魅力的だった。
 核の炎、あらゆる歴史が否定するそれは、実際に見てみると見惚れるほど素晴らしかった。
 とはいえ、いつまでも眺めているわけにもいかない。ラーゼフォンのエネルギーが底を突きかけている。補給が必要なのだ。
 それでも、もう少しだけこの愉快で美しい灯火を鑑賞していよう。そう彼女は思った。



 時を、三時間ばかり逆行させたその光は、落ちゆく夕陽のように美しく、どこか幻想的で、そして禍々しかった。
 その背筋の凍るような光景をただ呆然と眺めていた。地鳴りが耳に響いている。

 ――みんな、自分勝手だ。
 心底そう思う。
 勝手に一人でかっこつけて、勝手に死んでいく。
 助けられたほうがどんな気持ちになるかなんてまるで考えてない。
 ――みんな、馬鹿だ。
 あんたたちのやったことなんて、ただの自己満足だ。
 私なんか助けずに逃げたらよかったんだ。ジョシュアも、シャアも、私に構わなければ逃げ切れた。
 自分だ。自分の存在が人を殺している。そう思えた。
「好きにしろだって? こんな私に一体どうしろっていうのよ……」
 死ぬことを禁じられた。だが、泣くことは許されていた。



 星落ちて意志となり、小さき星に受け継がるる。




【カテジナ・ルース 搭乗機体:ラーゼフォン(ラーゼフォン)
 パイロット状況:精神不安定(強化の副作用出始めてます)
 機体状況:胸部に軽傷・頭部の両側の羽根が焼け焦げている・EN残量1/10
 現在位置:F-1
 第一行動方針:補給
 第二行動方針:自分が利用できそうな存在を探す
 第三行動方針:利用価値の出来ない人間は排除
 第四行動方針:利用価値が無くても大所帯はあまり相手にしない
 最終行動方針:生き残る
 備考1:カテジナはラーゼフォンの奏者として適性が無いため真実の眼が開眼せずボイスも使えない
 備考2: ブライト、ガトー、アズラエルの樹脂マスクを所持。ボイスチェンジャー機能付き】


【シャア・アズナブル 搭乗機体?:核ミサイル(スーパーロボット大戦α外伝)
  パイロット状況:死亡
  機体状況:消滅
  現在位置:F-2東部】


【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ヒメ・ブレン(ブレンパワード)
 パイロット状況:良好
 機体状況:ソードエクステンション装備。機体は表面に微細な傷。
      バイタルジャンプによってEN1/4減少。
 現在位置:E-2北東
 第一行動方針:核の汚染を避けるためにその場を離れる
 第二行動方針:アムロと合流
 第三行動方針:ラキを探し、ジョシュアのことを伝える
 最終行動方針:どうしよう・・・・・・
 備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません。 】

【残り35人】

【時刻 21:00】




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青い翼、白い羽根 カテジナ 心、千々に乱れて
赤と流星、白と勇者王 シャア
赤と流星、白と勇者王 アイビス 死人の呪い


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