鍵を握る者 噛合わない歯車 ◆7vhi1CrLM6



「また揺れだしたニャ」
「マ、マサキ、早く何とかするニャ」

 機体が猛烈に震え始め、黒と白、二匹の猫が悲鳴をあげて頭を抑えた。
 それに言い返しつつマサキは手元の操縦に集中する。

「少しは黙ってろ!」

 『絶対的な火力と強固な装甲による正面突破』をコンセプトに作り上げられた試作機アルトアイゼン。
 その極端すぎる設計思想は、ベースとなったゲシュペインストの機体バランスを著しく損ねている。特殊な能力は必要ないとはいえその扱いは難しい。
 それに加えて各部に受けた損傷が、操縦性の悪さに拍車をかける結果となっていた。
 今現在のアルトの乗り心地は、例えるなら急発進と急ブレーキしかできない車が未舗装の岩山を走っているようなものである。
 ようするに最悪ということだ――機動兵器に乗り心地を求めるのもどうかと思うが。

「まったく……扱い辛いったらありゃしねぇぜ……」
「私が代わってあげましょうか?」
「結構だ。まだ諦めてなかったのか」
「ソシエ、代わるニャ。今すぐ代わるんだニャ」
「なっ! シロ、お前裏切る気か!!」

 ふと耳にカチャリと陶器が立てる音を聞いた気がした。

「お前、何か飲んでるのか?」
「コーヒーよ。だって、暇なんですもの」



 そんなこんなでマサキとソシエが機体争奪戦を繰り広げている一方で、キラは自身に違和感を覚えていた。
 腹の中に何か重い石のようなものを抱え込んでいる気がする。
 ホンの少し前まではなかったはずの感覚だった。
 なんだろうと思って、その正体を手探りで探してみる。程なくしてその正体に気づいた。
 ――ああ、これは重圧だ。
 アークエンジェルに乗っていたころ、仲間を、友達を守ろうとして覆いかぶさっていたものにとてもよく似ている。
 でも、これは仲間とか、友達とか、そんなものじゃない。もっと高圧的で傲慢な物体。
 今度、守らなければならないものは、反応弾という名の核だった。
 それをキラが受け持つことになったのは、必然と言えば必然であったのかもしれない。
 これまでのように行き当たりばったりで行動しているのではない。今は無敵戦艦ダイを敵と見定め、距離を詰めている。
 交戦は当然のように選択肢の中央に座り込んでいるのだ。
 そんな中、いつまでも収納する場所もないガンダムに抱えさせておくには、あまりに非常識な代物だった。
 だから武蔵の申し出を納得し、キラは二つ返事で受け入れた――受け入れたはずだったのだが、意識のどこかに嫌なものを抱え込んでしまったという重石が圧し掛かっている。
 理屈じゃない。他にいい方法がなかったから自分が抱え込んだだけで、出来ることならば投げ捨ててしまいたかった。

「敵影二。前方に四足歩行型大型戦艦と人型機動兵器」

 トモロの声にハッとして、思考の波から意識を戻す。モニターに目指す敵機の存在を確認した。
 鎌首をもたげた二頭の巨大なトカゲ、まず間違いはない。

「トモロ、皆に伝達を。あと同時に武蔵さんとソシエに確認を取って」

 今は悩んでいる暇はない――そう思い、悩みは一先ず押し込めることに決めた。



 周囲一面は焼け野原だった。
 大きなビルも小さなビルも今はただの瓦礫となりはて、無残な姿をさらしている。
 視線を上げてみる。
 モニターに、二、三十キロ程も離れた場所にある岩山が映った。
 本来ならば宵闇に遮られて見えないはずのそれも、機械的に処理され補正された視界には関係がない。
 だから、岩山と重なるように移動していたそれらに、ロジャーはすぐに気が付いた。
 ――大きい。
 抱いた感想はそれだった。
 目を惹かれたのは一隻の戦艦。周囲に展開している三機が小人のようにしか見えない。
 そのあまりの大きさに気を呑まれかけて、ふと隣に佇む戦艦を思い出して苦笑いを浮かべた。
 たしかに大きい――が、単純に大きさだけで言えばダイのほうがはるかに大きい。
 こうやって見上げてみるとこの戦艦の巨大さは心強かった。
 視線を遠方の戦艦に戻す。真っ直ぐにこちらへ向かっているのか、その影は先ほどよりも幾分か大きくなっていた。
 ――女性の眠りを妨げるのは趣味ではないのだが、仕方があるまい。

「ユリカ君、来客だ。そろそろ起きたまえ」

 通信機越しに呼びかける。スゥスゥと気持ち良さそうな寝息が帰ってきた。
 思わず苦笑いを漏らし、ややあって途方に暮れる。
 ――肩でも揺さぶって起こしたいところだが、通信機越しではそうもいくまい。
 ふと、あのアンドロイドはどうやって自分を起こしていたのかを思い出し、含み笑いをする。
 抑えた笑い声が漏れ、また途方に暮れた。
 さすがに、今からここでけたたましくピアノが弾けるはずもない。ピアノもない。
 なのにそんなことを考えている自分が可笑しかった。
 ――さて、どうしたものか……。
 そうして、あれこれ思案を張り巡らせているうちに、モニター内の影はむくりと起き上がり、一つ大きく伸びをする。

「ようやくのお目覚めかな、ユリカ嬢」
「ロジャーさん、おはようございます」

 手早く髪を整えながら屈託のない笑顔で彼女は挨拶をしてくる。対照的に苦笑いが浮かんだ。

「寝起きのところ悪いが、お客さんだ。私はこれから交渉に向かう。
 君には一先ず下がっていてもらおうかと思うだが、いかがかな?」
「じゃあ、私はお留守番ですか……分かりました。では、交渉は専門家の方にお任せします。失敗した場合はどうします?」
「ネゴシエイションに値しない相手には、鉄の拳をお見舞いするのも私の主義でね」
「じゃあ、交渉に失敗したらこちらの指定するポイントまで敵機を引き付けてください」
「構わないが、どうするつもりだ?」
「私に任せてください。考えがあります」

 やけに自信満々に彼女は答える。
 その額に赤く浮かんだ袖の痕を見て、ロジャーはどこまで期待すればいいのやらと、何度目かも分からない苦笑いを浮かべた。



 ダイから離れ、一人凰牙を走らせつつロジャー=スミスは自問する。
 相手は三機と一隻、少なく見積もっても四人の参加者。
 対してこちらは二機と一隻……いや、一機出払っているので一機一隻の二人である。
 この状況でいかにして対等な立場で交渉を始めるか、それを一瞬だけ考え、一笑にふした。
 ――馬鹿馬鹿しい。
 対等な立場と言えば聞こえはいいが、今頭を過ぎったのは互いが機体に乗った状態。
 銃をその手にいつでも引き金を引けるという状況。
 そこにあるのは距離だ。銃を突きつけたままの言葉を誰が信じるものか。
 ロジャー=スミス、お前に誇りを取り戻させた少女は一体何をした?
 彼女はただ見せつけたのだ。
 信念のためには、たとえ敗れるとわかっていても己を貫く、そういう精神の高貴さをだ。
 ――ならば彼女の代弁者として、私も見せねばなるまい。
 凰牙を停止させ、ギアコマンダーを引き抜く。
 そして、コックピットを開け放つと一人夜の草原へと足を踏み出した。
 ひやりとした夜気が肌に気持ちいい。
 視界に映るのは、青白い月夜とそれに照らし出された草原。
 その中にぽつんと一人放り出されて、我ながらちっぽけな存在だと自嘲する。
 同時に、悪くない――そう思った。
 振り向き凰牙を一度見上げ、また正面に向き直る。暗がりに慣れ始めた目が白亜の戦艦を捉えた。

「宙に浮かぶ方舟とはまたご大層なものだな」

 一度足元を確かめるように一歩を踏み出し、しっかりとした感触を確かめる。
 そしてそのまま二歩目を踏み出し彼は歩き始めた。真っ直ぐに前だけを見つめ、怖気づくことなく。
 まずは距離のない対等の席に着かせる――そのことだけを考えて――



 狂人は一人身を潜め、笑っていた。
 見つけた獲物、それに近づいてくる獲物。
 そう彼にとって全ては獲物でしかない。何を考え、何を思い動いているのか、それらは一切関係ない。

「ひい、ふう、みい……合わせて六匹か。クク……大漁だねぇ」

 まるで品定めをするかのように一人一人に視線を合わせ、舌なめずりしながら数え挙げていく。
 これは面白いことになる――そう彼の嗅覚が告げていた。
 そういった彼の野生の勘は、これまでの人生で当たることも多かったが、外れることもままあった。
 だが、こときな臭い臭いに関しては外したことがない。だから彼は動き出す。
 その結果、六匹全てが敵に回るのか、獲物同士での潰しあいが起こるのか、それはどちらでもいい。
 ブラインドに使っていた瓦礫を抜け、視界が開ける。
 目の前の三機が三機ともネゴシエイターに気を取られ、こちらに気づく様子はなかった。
 ――あのトカゲだけは奴の為に取っておくとして、後は……戴いちまうとするか。
 歪んだ笑みが口元に浮かぶ。

「よぉ、楽しそうなことやってるじゃねぇか」

 一番の近場にいた獲物を選び、ホンの戯れ程度に声をかけて突撃した。
 他の獲物がこちらに気づく。叫び声があがる。獲物がこちらを振り向く。
 振り向いた獲物の間合いにガウルンは紫の光跡を残しながら躊躇なく踏み込んだ。

「遅せぇんだよ、バーカ」



 何を考えたのか機体から降りてきた黒尽くめの男を見て、まずいって思った。
 え? なんでかって? 
 知った顔だったから。アタシだけじゃなくてみんなが知ってる顔。
 目の前の男が説明のときに、一歩も引かない毅然とした態度を貫き通したってことは、誰だって覚えている。
 だからむやみに手が出せない。まして丸腰だったらなおのこと。
 その証拠に、後方のキラはわかんないけど、一緒に先行してきた武蔵とマサキはどうすればいいのか分からずに迷っている風だった。
 そうこうしている間に事態はどんどん悪くなってった。こっちに向かって堂々と歩いてきた黒尽くめの男が言ったんだ。

「私の名はロジャー=スミス。ネゴシエイターを生業として者だ。
 君たちの代表者と話がしたい。誰か一人機体から降りてきてはくれないか?」

 アタシはやられたって思ったよ。
 だって、この男は話し合いに着たんだ。そりゃあ盾が増えるのはいいことだけど、それにも限度ってものがある。
 最後にはみんな殺さなきゃいけないんだ。アタシ一人で五人も六人も殺せるなんて思っちゃいない。
 理想としては、盾は多すぎず少なすぎず。最終的にはみんなボロボロ、アタシは元気ってのがベスト。
 だから、やたらと仲間が増えすぎるのも考え物だったんだ。

「テニア、避けろ!!」
「危ねぇ!!」

 そのとき、武蔵とマサキが突然叫んだんだ。でも考えることに集中していて、アタシの反応は遅れた。
 顔を上げたそのときには、もう既にその紫の光は迫っていて、それが視界いっぱいに広がったかと思うと物凄い揺れがアタシを襲ってきた。

「遅せぇんだよ、バーカ」

 でも、揺れは一瞬でおさまった。
 恐る恐る目をあけてみると、そこには頭部を潰され黒煙を上げるガンダムとそれによく似た黒い奴が立っていたんだ。

「罠だ!」

 誰かが短く鋭く叫ぶのが聞こえた。
 そして、黒い奴が動かなくなった武蔵のガンダムを持ち上げて投げ飛ばすのが見えたんだ。
 投げ飛ばされたガンダムはまるで玩具の人形の様に飛んでいって、市街地のビルを巻き込んだ。
 アタシには何が何だか分からなかった。
 でもアタシはそのとき――この混乱に乗ることに決めたんだ。



 ――この状況はなんだ?
 ロジャー=スミスは茫然とその場に立ち尽くしていた。
 一瞬前まで彼はその場で交渉をしており、それは白い機体から『少し話し合いたいから待ってくれ』という返答を貰うところまで漕ぎ着けていた。
 少なくともこちらの話に耳貸さない輩ではない、と一息ついたところだった。
 突然、黒い機体がその場に割り込んで来て、瞬く間にその場は戦場と化した。

「なんなのだ、これは――」

 声に出して呟く。誰かが罠だと叫び、勾玉を背負った機体の銃口がこちらに向けられる。
 それを察知したのかダイから砲撃が飛び、爆音が背後で炸裂する。

「一体、貴様はなんだというのだ!!」

 そんな様子に構うことなく、予期せぬ乱入者を睨み付け、衝動に任せるまま叫ぶ。
 そして、固く握りしめたギアコマンダー――それを天に突き上げ、彼は呼んだ。

「騎士凰牙、スクランブルッ!!」

 ギアコマンダーに赤い光が灯る。それに呼応するように凰牙が動き出す。
 そして、彼は乗り込み、いつもの台詞を有らん限りの声で叫んだ。

「騎士凰牙! ショウタァーイム!!」



 戦場が混乱を始めたころ、後方ではJアークもまた動き始めていた。
 交渉中に黒い機体が乱入し、武蔵のガンダムが損傷。マサキがこれとの交戦。
 誰かが罠だと叫び、テニアがダイの砲撃を受け、交渉を持ちかけてきた機体もまた動き出した。
 それがキラとトモロが確認した戦況の全てであった。

「トモロ、敵戦艦との通信は」
「圏外だ」
「仕方がない。前進して無敵戦艦ダイを叩こう」
「いいのか?」
「いいんだ。あれを放っておくわけにはいかない。それに――」

 戦場に砲撃を始めた無敵戦艦ダイをとめねば被害は拡大していく。
 罠だと言うのが本当かどうかはわからない。だが、ソシエが砲撃を受けたという現実とムサシの話がある。
 そして、今現実に仲間がその砲撃に晒されている。
 白か黒かの二択であれば、キラから見た彼らは黒に近かった。
 あの化け物に対する反抗を企てている以上、自分たちがここで倒れるわけにはいかない――そんな思いもあった。
 だから現状をズルズルと引き摺り、悪戯に被害が拡大する前に動き出す必要がある。

「――今ここで僕たちが倒れるわけにはいかない」



 元々、武蔵・マサキ・ソシエの三人には無敵戦艦ダイに対する不信感が充満していた。
 だからだろうか。ガウルンの奇襲から咄嗟にテニアを庇った武蔵は、気づくと『罠だ!』と叫んでいた。
 頭部を破壊され、メインカメラを失ったガンダムの中で、武蔵はそれをわずかばかり後悔している。
 幾らなんでも気が逸りすぎだったという思いがある。
 だが、それを伝えるのもままならない状況におかれていた。
 メインカメラを潰されたあとに、どこかに投げ飛ばされた。それは分かっている。
 そして、そのときに地面に打ちつけられた衝撃でガンダムの機能が停止した。同時に通信機能も。
 現在は、真っ暗なコックピットの中で首輪から得た知識だけを頼りに復旧作業中である。
 手元さえ見えない暗闇。慣れない機体。向かない作業。そして、うかうかしてられない状況。
 当然苛立ちが募る。

「あっ! 間違えちまった……」

 そして、募った苛立ちは、ちょっとしたことで爆発する。

「だいたいおいらにこんな作業はむかねぇんだ。機械なんてものは叩けば治ると昔から相場が決まってらぁ」

 そう言って、コンソールに当り散らした。鈍い音が狭いコックピットに響き、腕が痛んだ。
 同時に低い唸り声のような駆動音をたててシステムが復旧する。サブカメラに切り替えたモニターに爆走してくる大きな足が映った。

「はい?」

 目を擦ってもう一回、モニターを眺める。
 一心不乱に邁進してくる大きな足が映った。
 それが頭上に高々と振り上げられ、大きな足の裏がしっかりと見える。
 叫び、動かし、咄嗟に脇に飛んでそれを避ける。跳ね上げられた瓦礫が装甲の表面で乾いた音を立てた。
 目と鼻の先を巨大な前足が、後ろ足が、そして長い尻尾が通過していく。
 それらが完全に過ぎ去ったのを確認して、頬を伝ってきた冷や汗を手の甲で拭い、ホッと一息をついた。
 状況を確認しようとレーダーに目を落とす。
 次の瞬間、突然の地震。足元が崩れ落ちる。背を地下道に叩きつけられて、意識が明滅する。
 そして、見上げた空からは老朽化でも進んでいたのか大量の瓦礫が降り注ぎ、ガンダムは地に埋もれた。



 数十の火気群が一斉に火を吹き、数百の弾丸が二隻の戦艦の間で交錯する。
 その大半は自身の目的を達成する前にぶつかり合い爆発し失われていったが、それでもいくらかはそこを抜けて飛来した。
 その内の一つ、反中間子砲の直撃を受けて右のメカザウルスが悲鳴をあげ、胃液を撒き散らす。
 怒った左のメカザウルスがその口からミサイルを吐き出したが、それは対空レーザーに迎撃されて爆発。
 お返しとばかりに撃ち込まれたミサイルランチャーが左のメカザウルスの喉元で爆発してよろめき、その反動でユリカはブリッジの床に顔から突っ込む形でこけた。

「うう……痛い……」

 鼻頭がじ~んと痛む。その青い大きな瞳を潤ませながら痛みを堪えている間にも、第七波・第八波がダイに直撃して、尺取虫のような姿勢のまま体がブリッジの宙に浮かんだ。
 再度、鼻頭が床に直撃する。ものすごく痛い。
 だがまあ、いつまでもそうはしていられないのでガバッと身を起こすと、モニター一面を埋め尽くしている被害状況に目を通す。
 目を通している間にも文字はどんどんと増えていく。把握した状況の中で主砲全壊の四文字が凄く痛かった。
 現在の状況を一言で言い表すなら『物凄く分が悪い』である。
 火力そのものは大差ない。装甲の厚さでは若干ダイに分がある。だが、敵戦艦のバリアの存在が頭を悩ませている。
 そのバリアを抜けるのは、おそらく体当たりと主砲だけなのだが、前述の通り主砲は全壊。
 というか、いきなり目の前にワープしてきたESミサイルとかいう反則くさい攻撃で、真っ先に潰された。
 体当たりも相手が空を飛べる以上、下手に接近して艦直上にでもこられた日には目も当てられない。艦直上はダイの死角なのだ。
 というわけで、距離を詰めようと近寄ってくる敵に対して、応戦しながら後退を続けているのが現状であった。
 その現状をどうにかすべく打てる手が二つ。一つは通信圏外のガイに対する救援信号。
 他の参加者を集めてしまう危険も孕んでいる為、戦闘開始直後に30秒だけ既に行った。
 しかし、依然としてガイが戻ってくる気配はない。
 そして、もう一つは――。

 ゆれる戦艦の中地図とレーダーを交互に見比べる。現在地と五機の位置を確認し、いけるとユリカの頭が判断を下す。

「転進してください。これより無敵戦艦ダイは作戦ポイントまで後退します!」

 指揮を執るような口調で言い放ったあと、ややあって慌てて自分で操艦を始めた。
 その手つきは不慣れでどこか危なっかしい。


 無敵戦艦ダイが動きを変えた。
 それまでこちらに頭を向け砲撃を行いながら、後ずさりをするように後退していたのだが、いきなり後ろを振り返り、一目散に駆け始めたのだ。
 意図が読めずに困惑するキラにトモロが声をかける。

「キラ、まずいぞ。敵戦艦の進行方向に三人ともいる」
「踏み潰す気なのか」
「その可能性が高いと思う」

 キラは歯噛みした。Jアークの数倍を誇る巨体に踏み潰されれば、MSサイズの機動兵器などまずひとたまりもない。

「トモロ、砲撃を敵戦艦の足に集中して! それでもまだ動く場合は――」
「動く場合は?」

 人を殺したくはない。彼らが完全に敵だと決まったわけでもない。
 でも止めなければならない。だから――

「――僕も覚悟を決めます」


 ビルを行く手を阻むもの全てをなぎ倒し無敵戦艦ダイが爆走する。その後ろをJアークが追いすがり、砲撃を脚部に集中させる。
 轟音、そして爆発。メカザウルスの足の肉が吹き飛び、抉られ、傷口から黒いオイルのような体液が勢いよく飛び散る。
 嘶く様な悲鳴が廃墟に木霊する。しかし、その歩みは止まらない。
 残り1km――ユリカはもう少しだと思った。
 残り500m――ダイが動かないガンダムの脇を駆け抜ける。
 残り300m――それた反中間子砲がダイの横腹に命中し、腸がはみ出した。
 残り200m――キラはJクォースを射出する。
 残り100m――キラが艦橋爆破を、人を殺す覚悟を決める。
 そして、残り0m――ユリカはダイをジャンプさせた。

「えいっ!」

 全長約400m重量8万tの無敵戦艦ダイが10mばかり宙に浮かぶ。
 そして、直ぐに落下に転じたそれは、轟音と凄まじい振動を生じさせて地表と下水道・地下道を踏み抜いた。
 地響きが周囲に轟く。振動が伝播していく。
 無敵戦艦ダイがちょっと跳ねて着地したというたったそれだけのことで、周辺一体に大崩落が発生した。



 鉄の塊が唸りをあげて迫ってくる。咄嗟に左右のブースターを調節し、横にかわす。
 回り込み攻撃に繋げるつもりで小さくかわしたはずだったが、その動きは大きすぎて次の動きには繋がらなかった。

「よぉ、どうした? もうおしまいか?」

 稚拙な回避運動。それにも関わらずいまだにマサキが撃墜されていないのは、猫がネズミを甚振るようにガウルンが遊んでいるからに違いがない。
 頬を伝った汗が顎の先から滴り落ち、水音を立てた。
 だが、マサキは笑う。

「ヘヘ……。大体分かってきたぜ。こいつの扱い方がな」
「そうかい。そいつは結構。だったら、褌締めてかかってきな。もう遊んじゃやらねぇぞ」

 アルトアイゼンの機体コンセプトは『絶対的な火力と強固な装甲による正面突破』
 それを可能にせしめている最大の要因は、並みの特機相手なら当たり負けしない、PTとしてはおよそ規格外なほどの推進力である。
 ゆえに細かい動作はアルトアイゼンには向かない。どこまで大雑把に力強く、それがアルトアイゼンという機体である。
 だからマサキは――

「ああ、言われなくてもやってやらぁ!」

 ――真っ向から急加速で突進した。
 相手の懐に躊躇なく踏み込み、そのまま機体ごと叩きつけるようにしてリボルビング・ステークを突き出す。
 それをガウルンはヒートアックスで杭を受けながし、手放すと拳の部分を掴んだ。
 最大戦速で突撃してきた隻腕のアルトアイゼン。
 それをがっちり四つに組むような体勢で受けとめたマスターガンダムが、後ろへ後ろへと押し流されていく。

「クク……いいねぇ。そうこねぇと食いでがねぇってもんだ。なら――」

 足がしっかりと大地を捉え、マスターガンダムのブースターが唸りを上げる。
 出力が上昇し、二機の動きが止まった。

「――力比べといこうじゃねぇか」
「野郎、望むところだ!」

 創造を絶する化け物揃いの格闘家たちの中でも最強との呼び声高い東方不敗。
 その愛機であるマスターガンダムの性能はMFの中でも群を抜けている。
 例え、推進力一つ取ってもアルトアイゼンに決して劣るものではない。
 二機のエンジンが唸りを上げる。せめぎ合い。互いのブースターの起こす燐光が闇夜に浮かび上がった。
 上昇を続ける二機の出力。均衡を保っていたかに思えたが、先にガタが来たのはアルトアイゼンのほうだった。
 ほんのわずかばかり押され始めたかと思うと、それは直ぐに抗いようのない抵抗に変わる。
 機体が大地を削りながら押し流され、草原を突き抜けて市街地へと入り込む。
 背面をビルに叩きつけられ、壁面にずぶずぶとアルトが沈んでいく。

「どうした? それで精一杯か?」

 抵抗を続けるエンジンが悲鳴をあげた。限界だ。ゴステロ戦で一度は機能停止寸前まで追い込まれた機体。
 ガタは既に来ていたのだ。このままでは遠からずオーバーロードで機能不全に陥るのは目に見えている。

「マサキ、このままだとエンジンがもたないニャ」
「は、はやく何とかするニャ」
「うるせぇ! 少し黙ってろ!」
「ちっ! どうやら、本当に限界のようだな。なら――」
「ちぃっ!」
「――死ぬしかねぇな」

 言葉と同時に左腕の残骸を掴んでいる手が紫に発光していく。
 目の端でそれを確認して、首筋を蛇の冷たい舌で舐められたかのような寒気がマサキを襲った。
 咄嗟に残された右肩のスクエア・クレイモアのハッチをオープン。大量のベアリング弾を撃ち放つ。
 火薬が炸裂する音、金属同士がぶつかり合う音、ビルが粉塵を巻き上げ瓦解する音、それらが木霊した。

「やったかニャ?」
「いや、まだだ。あの野朗、攻撃をやめて咄嗟に逃げやがった」

 立ち込めた粉煙の中にゆらりと影が浮かぶ。足音だけが妙に大きく響いてくる。
 レーダー上の敵機を示す光点がゆっくりと接近して来ていた。

「おいおいズルはいけねぇな。悪い子には――」

 通信。陰湿な声が耳に届き、相手の動きが変わった。マスターガンダムが、煙幕を裂いて姿を現す。
 ベアリング弾の直撃を受けた左肩の装甲が、ボコボコに凹んではいるものの左腕の運動に問題はなさそうに見えた。
 舌打ちを一つして、咄嗟に回避運動。だが――出力上がらない。

「――ペナルティーだ!」

 不気味な紫に発光した手の平が迫る。スロットルを限界まで引き絞る。
 ――駄目だ。かわしきれねぇ。
 視界が発光する紫一色に塗りつぶされ、そう覚悟したときだった。突然、足元で地響きが轟き、地の底が抜けた。
 突然の落下に混乱する中、クロが咥えていた青い石ころが目の前を横切る。
 ――ああ、そう言えば返しそびれちまってたな。
 一瞬、そんなことが頭を掠めた。
 三、四十メートル下の穴の底に着地。見上げた視界にマスターガンダムの姿が入る。
 ――近い!
 落下の勢いのまま、マスターガンダムに押しつぶされる。
 馬乗りの体勢。右腕も左腕に押さえつけられ、身動きが取れない。

「まだだ! クレイモア!!」
「同じ手に二度もかかるかよ!!」

 声が交錯する。マスターガンダムがコックピットハッチを掴み、大きく横に跳ねてベアリング弾をかわす。
 同時に音を立ててコックピットハッチがもぎ取られた。
 視界一杯に降り注ぐ大量の瓦礫が映り、マサキの意識はそこで途絶えた。







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