◇  ◆  ◇

(くっ……まだ、メインシステムは死んでいない)

コンクリートへ激突する寸前に無理やり体勢を整え、運よく気絶を避けたアムロがF91の状態をチェックする。
爆風に煽られた事により多少の装甲の融解、それ以外は衝撃によるへこみを除けば特に問題はない。
再びモニターに目をやり、マスターガンダムの様子を探る。
先程、ダメージをやった腰を少し抑えるようなそぶりは見せているが、此方よりも状況は良い。
更に、此方は先程の戦闘でかなりエネルギーを使ってしまった。
やはりヴェスバーはエネルギーを喰う。
このまま長期戦を続けては此方が不利な事は間違いない。
一旦体勢を整え、再び戦闘を行うか。敵はガウルンだけでなく、あのアルフィミィという少女達も居る。
此処で無理をする必要はない――筈だった。

(しかし……ガウルン、お前を此処で逃すわけにはいかない……!)

再びF91を立ち上がらせ、アムロは戦闘続行の意を示す。
恐らく、今戦闘を行う相手がガウルン以外の参加者だったらアムロは撤退したかもしれない。
そう。まるで戦闘を楽しみ、自分の殺人行為を躊躇なくしゃべり散らすガウルンが酷く気に入らない。
ああ、本当に気に入らなかった。
無邪気に人の命を消す事が出来るガウルンの存在がアムロには理解が出来なかった。
撤退の意思を考えさせないほどに。どうしても気に食わない。
両のヴェスバーを構えるF91。

(シャア……俺が人の光を導ける器があるかどうかはわからない。
ニュータイプは進化しすぎてしまった……行き過ぎた進化だったんだ……。
そう。ガロードの世界で言われたように幻想であるべきだった……俺はそう思う。
この力は簡単に人を殺し、人の意識に敏感すぎる……そして、その力を願い新たな火種が撒かれる。
ニュータイプは居なくても良かった筈だ……)

数時間前、聞こえたシャアの声。
恐らく最期の最期で自分に投げ掛けたニュータイプの共振。
確かに届いたシャアの声が何度も聞こえ、自然と口が開いた。
F91のコクピット内で無意識的に眼を瞑る。
何故か、自分の意識が漆黒の宇宙の渦の中に紛れ込んだような感覚を覚えた。

(だが、俺は決して絶望はしない……この力は正しい方向へ使ってみせるさ。
お前やララァの死を無駄にしないためにも……俺は足掻いてみせる!
だから、見ていろ……シャア、ララァ!)

意識が一点に集中する。
両目を見開き、レバーにかけた腕に力を掛ける。
アムロの意思が通じたようにF91のカメラアイが鋭く光った。

「よぉ……そろそろチェックメイトってところか?」

マスターガンダムからオープンチャネルの声が響く。
嬉しそうに訊ねるガウルン。
しかし、アムロは何も答えず、只F91の操縦に専念。


「舐めるな、たかがビームランチャーを失っただけだ……」


低い声で答える。
その言葉には先程のような怒りはなかった
だが、決して曲げる事はない、意思の強さを感じられる。
そして、再度F91のカメラアイが鋭い光を灯した。


「『ガンダム』は伊達じゃない!!」


強く叫ばれたアムロの言葉。
続けて、メインノズルから橙のバーニアが辺りに吹き荒れる。
瞬間、F91内の『何か』が作動し、急撃な上昇を行った。
まるでなんらかの意思がアムロの言葉に反応したかのように。

「何ッ!?」

この市街地一帯で一際大きい、全長300メートル程の高層ビル付近を走っていたマスターガンダム。
F91に接近していたマスターガンダムの中でガウルンが驚く。
アムロ程の技量があれば確かに失神は免れていたかもしれない。
しかし、ここまで迅速に持ち直す事は予想以上の出来事。
再び腕を翳し、ダークネスショットを撃とうとマスターガンダムは構える。
だが、それよりも速く、F91はヴェスバーを向けていた。
ダークネスショットが撃ち出されるまえよりも、速くヴェスバーが火を噴き――直撃した。
但し、マスターガンダムではなく傍に立っていた高層ビルに対してだが。

「狙いはこっちじゃないだと!?」

驚きながら、ガウルンはマスターガンダムを動かす。
ヴェスバーの直撃によって倒壊を始めた高層ビルから逃れるためだ。
地を蹴り飛ばし、マスターガンダムは宙に跳んだ。
轟音が周囲に響き渡り、高層ビルの破片が撒き散る。
そして、残骸と共に大量の埃が湧き上がり、マスターガンダムの視界を遮った。
止む無くガウルンはレーダーを使い、F91の姿を確認しようとするが――眼を疑った。

「あぁん? なんだこれは? なんでこんなにも反応がある!?」

レーダーに映ったF91を示す影。
何故かそれは一つだけではなかった。
無数の、数十以上の光点がレーダーに表示され、ガウルンを混乱させる。
これは一体なんだ。
そんな事を思いながら、F91の本当の位置を誇り塗れの視界の中で探す。
そんな時、ガウルンは見た。
一際、黄金の燐粉を撒き散らしながら、接近してきた影を――ヴェスバーを向けたF91を。


「おおおおおおぉぉぉぉッ!!」


“バイオコンピューター”が発動したF91が其処にあった。
ジグザグに飛びながら、ヴェスバーを乱射。降り注ぐビーム粒子の雨。圧倒的な速度。
マスターガンダムは堪らず、後方へ跳び身を捻らせ避ける。
だが、マスターガンダムは完全には避け切れず、一撃を左腕に貰い後方へ吹き飛ぶ。
更に追撃を仕掛けるF91。その時、ガウルンははっきりとその眼でしかと見た。
F91に起こった信じようのない出来事に。

「分身だとッ!!」

そう。F91は文字通り分身していた。
両肩のフィンは桃色の輝きを放ちながら三枚に開き、全身の周囲には黄金の光を纏わせて、飛び回るF91。
パイロットのニュータイプ能力に反応し、機体に掛けられたリミットを解除するバイオコンピュータ。
そのバイオコンピューターの作用により、F91は更に速い高機動を行える。
あまりの速さに全身の外部装甲が焼き解け、その金属剥離現象が軌道上に熱を帯びた装甲の成れの果てを残す。
それらは熱源を発し、暫くの間あたかもF91が存在していたかのように残り続ける。
いうなれば、“質量を持った残像”をF91は造り、攪乱を行っていた。
F91の姿を追うように残像が連続して生まれ、更にヴェスバーの引き金を引く。
今度は右足に直撃し、ガウルンの右足に強烈な痛みが生じた。
続けてF91はビームサーベルを握り締め、落ちてゆくマスターガンダムへ急接近を行う。


「うおらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


だが、ガウルンも未だ退こうとはしない。
崩れ行く体勢の中で、左腕を突き出す。タイミングはまさにドンピシャ。
こんな悪状況の中でもこれほどまでの反撃を行えるのはガウルンの戦闘技術の賜物といえる。
マスターガンダムの左腕が減速せず上空から突っ込んでくるF91を完全に捉え、貫く。
だが、その瞬間F91のマスクが開き、口腔から黄色の息のようなものが吐き出されたようにガウルンからは見えた。
まるで化け物が小規模な炎を吐き出したかの如くに。
しかもそれだけではない。

「なんだ!?」

貫いた筈の左腕がF91を突き抜け、流石のガウルンも身体中の汗が噴出した感じを覚える。
そして、その左腕に貫かれたF91の姿は次第に消え――背後にもう一機の、本物のF91の姿があった。
そう、F91はマスターガンダムに近づく寸前、急停止を掛け残像を造り、あたかも目の前まで接近していたように見せかけた。
秒が経つ間もなく、本物のF91がヴェスバーの引き金を引き絞る。
今も伸びきったマスターガンダムの左腕に直撃。
爆発が巻き起こり、マスターガンダムの左腕が爆炎に包まれ、粉砕される。

「があああああああぁぁぁぁぁッッ!!」

絶叫を上げるガウルン。
それもその筈、ガウルンはマスターガンダムと同じく、左腕が断裂した痛みを感じている。
失神しても可笑しくはない痛みがガウルンを襲った。
アムロはその事を知らない。いや、知っていても情けをかけるはずもない。
ヴェスバーの爆風に吹き飛ばされたマスターガンダムを尚も、F91は残像を残しながら追い縋る。
最早、ガウルンに投降を呼びかけるつもりもない。
既に三人も殺したガウルンを生かしてはおけない。
正確にコクピットを焼き尽くすためにビームサーベルを握り締める。

「終わりだ、ガウルンッ!」

ビームサーベルを振りかぶり、F91が加速する。


(終わりだと……? おいおい、そいつは可笑しいなぁ……)

左腕の痛みに耐え、一瞬の時間の中でガウルンは苦笑を漏らした。
確かに自分の方が不利だ。こっちには変てこな分身などない。
ダメージを受ければいちいち生身の肉体にも痛みが走る。
しかし、それだがどうした? 自分にはこの殺し合いに優勝するよりもやる事がある筈。
アムロやどこぞの他人を一人でも殺す事よりももっと魅力的な事を。
そうだ。ガウルンには譲れない目的がある。
たとえ、それが他人から褒められるような願いではなかったとしても。
それにそんな事は関係ない。
ガウルンはその目的にために命をかけられるから。
そのため、こんな痛みに意識を飛ばすわけにいかない。

(すっかり腑抜けちまったあいつにまた、会うまで死ねないんだぜ……俺はなぁッ!)

いつか良い眼をしながら、死体の処理を行っていた少年兵を。
日本のハイスクールに潜り込み、あの時の素晴らしい瞳の輝きを失った軍曹殿が気になる。
そう。心を焦がれるといった感じか。一目見てわかった。
ああ、こいつが俺の運命の人なんだろうなという事を。
今まで何度も自分のASを潰し、邪魔をしてくれたミスリルの傭兵。
相良宗助ことカシムともう一度会うまでには――死ねるわけがない。
そう強く思った。
そんな時だ。


「ハッハハハハハハハハハハハハッッッ!!」


胸の奥底から込み上げてくる高揚感がガウルンを包む。
気がつけば笑い、そして輝きに包まれた。
そう。マスターガンダムがガウルンの気の昂ぶりを象徴するように黄金に輝く。
その黄金の色はF91のそれよりもはっきりと目につく。
マスターガンダムが起こした発光現象。
パイロットの感情の高揚により発動する“ハイパーモード”の光が周囲に差し込む。
本来は明鏡止水の境地に辿り着いた者にしか行えない金色の輝き。
だが、アインストによって改修を受けたのだろうか。
今は眩しいくらいにハイパーモードの輝きが吹き荒れる。


「いいねぇ!サイコーの気分だッ!!」
「そんなもの! F91でなんとかしてみせる!!」


地に叩きつけられる瞬間、一瞬の内に反転。
地を蹴り飛ばし、マスターガンダムは跳躍。
一気に上空のF91へ向かう。
対してF91も減速はしない。
マスターガンダムのハイパーモードをもさえも気にせずに突撃を敢行する。
恐らく残像はもう、ガウルンには通用しない。
そのため、小細工はせずにF91はバイオコンューターの光を撒き散らしながら、流星のように進んでゆく。
そんな時、マスターガンダムの右の掌が紫色の輝きを放ち始め、やがてそれ一色に染まる。


「ダアアアアクネスゥゥゥゥゥゥゥゥ――」


ガウルンの喉の奥底から搾り出すように上げられた声。
紫に染まった掌を広げ、五本のマニュピレーターの指が禍々しいエネルギーを滾らせながら開く。
マスターガンダムに乗った時、脳に流れ込んだ必殺技。
本来はガウルンなぞに使う事は許されなかった天下一品の技。
世界最強の格闘技、“流派東方不敗”を駆使するマスターアジアの必殺の拳。
至高の技をガウルンが操縦するマスターガンダムが模倣する。


「フィンガアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!!」


そう。“ダークネスフィンガー”をマスターガンダムは前方へ突き出した。
ダークネスフィンガーの強大な出力により、周囲の空気が揺れる。
波を打ったように揺れる。あまりにも速く、その腕が突き出されたためだ。
おびただしい紫の光が一瞬の内にF91を包み込む。
バイオコンピューターによりリミットが解除されたF91ですらも反応しきれない程に速い。
ビームサーベルを振りかぶったF91は僅かに身を逸らす。
しかし、それでは足りない。距離が近すぎる。
F91の頭部はダークネスフィンガーに捉えられ、鷲掴みにされた。
その間際にF91はビームサーベルを突きつけたが、僅かにマスターガンダムの胸部を抉るだけに終わった。
強大なエネルギーがF91の頭部を包み始める。


「F91! お前も託されたんだろう!?
ガンダムの名前を、人々の願いを……そしてニュータイプの願いをもッ!!」


しかし、アムロは諦めようとはしない。
ありったけの声を想いを飛ばし、F91を動かし、バイオコンピューターが更に反応する。
F91のバイオコンピューターは様々な感情を含み取り、それをパイロットに伝えるもの。
ニュータイプ専用機として、アムロ・レイのような伝説を残す事を潜在的に期待されたF91がそのアムロを乗せて、抵抗を行う。
数奇な運命の絡み合いが一つの意思を形成し、F91の外部装甲の剥離が進み、幾重の姿が重なる。
そして、この距離でヴェスバーやビームライフルを使えば此方も誘爆するおそれがあった。
何せこちらの方がサイズは小さく、その点では圧倒的に不利。
そのため頭部バルカンとメガマシンキャノンをフルオートで掃射。
マスターガンダムの頭部や腕が揺れ、ガウルンに痛みを植えつける。
だが、マスターガンダムは決してF91を手放さない。
ギシギシと軋み、F91の頭部が縮んでゆく。


「そうだ。やらなくていはいけない……指し示さなければならない……!
シャアやララァが……そして俺が望んだ――」


只、ありったけの声で吼える。
そして、アムロは無事な右腕を突き出す。
最早、自爆覚悟でヴェスバーやビームライフルを撃ち込む時間はない。
そんな時、アムロはF91の右腕を突き出す。
まるで『ファースト・ガンダム』の伝説のように一人のニュータイプの少年である、シーブック・アノーを乗せ、戦場を駆け巡ったF91。
そんなF91がアムロの意思を受け、自機とマスターガンダムの間へ割り込むかのように突き出した。
そして、アムロはF91のバーニアに送っていた出力をカット。
ジェネレーターを振り絞り、行き場をなくしたエネルギーを最大で――


「ニュータイプの未来を……人の未来を切り開く!
そのためにも俺に力を貸せ、ガンダムF91ッ!!」


ビームシールドのエネルギーへ変換し、強振させた。
F91の全出力が注ぎ込まれたビームシールドは爆発的な光を齎す。
それはマスターガンダムのハイパーモードよりも、ダークネスフィンガーよりも輝きに満ちたもの。
そう。温かな光――アクシズで見た人の心の光とどことなく似たような光に感じた。
アムロの全神経が更に鋭敏化され、
そして強振されたビームシールドの輝きはF91の装甲を焼き、マスターガンダムに強烈な閃光を発した。
強力な閃光が走り、ガウルンの眼眩ましになり、思わず体勢が崩れた。
しかし、ガウルンはしぶとく手を離そうとはしない。
そのため、アムロは最大で展開したビームシールドを振り上げ、伸びきったマスターガンダムの腕の手首へ振りかぶる。
ビームシールドが手首へ直撃する瞬間――


「うおおおおおおおおぉぉぉぉッッ!!」
「ぬおおおおおおおおぉぉぉぉッッ!!」


響きあう金属が擦れ合う音、そして両者の声に少し遅れて湧き上がる轟音。
F91の頭部が爆発を起こし、マスターガンダムの腕は手首の辺りから大きな爆発を起こした。
両機、グラっと後方へ体勢をよろけ、二つの爆風により吹き飛ぶ。
頭部が握り潰され、限界以上に出力を上げ、オーバーヒートを起こしたビームシールドの爆風により右腕を失ったF91。
そして無事であった片腕さえも、手首から先を失ったマスターガンダムは共に後方へ投げ出された。

◇  ◆  ◇

(ッ……流石に無茶だったか…………)

消え行く意識の中、アムロが声にならない声を漏らす。
メインカメラは死に、右腕も失われ、バイオコンピューターもイカレたようだ。
メインノズルにも損傷が酷く、もう飛行する事は不可能に近い。
出来る事といったらほんの小距離の歩行くらいだろうか。
じきに機体の限界を向かえ、爆発を起こすかもしれない。
その事をアムロはF91のコクピット内でやけにぼんやりとした思考で考えていた。
そう。激突時の衝撃により、頭から朱の血を流したアムロは。

(だが、まだだ、まだ俺の仕事は終わっちゃいない…………)

ガウルンが死んだかどうかはわからない。
死んでいるのならば言う事はないが、生きていたらもう勝つ事は不可能だろう。
何せF91はボロボロで、自分自身も碌に操縦出来はしないのだから。
しかし、それでもアムロの身体を突き動かすものがあった。
その意思が既に限界を迎えているアムロを支配するかのように、F91を歩かせる。
もう、バイオコンピューターも作動していないというのに。
ビームライフルを携えながら見通しの良いところへF91は進んだ。
そんな時、大声が周囲に響き渡った。

「残念だったなぁぁぁぁぁ! 俺は未だ、死んじゃあいないぜッ!!」

下品な大声、聞き慣れてしまった不快な声。
そう。左肘から先を失い、右手首を失い、胸部装甲はズタボロな有様で、全身に損傷がある。
どう考えてもボロボロな状態であるにも関わらず、マスターガンダムが此方に向けて疾走してきた。
勿論、搭乗者のガウルンも健在のまま。
流石に動きは本調子とはいえないが、確実にマスターガンダムはF91に接近している。
しかし、F91は振り返らない。
只、徐にビームライフルを構えた。
但し、何故か銃口を上に向けながらだが。

(すまんな、ブンドル。奴を仕留め切れなかった……悪いが、後は頼む。
アインスト達との戦い、必ず勝って生き残ってくれ…………。
アイビス、君もな。強く生きろよ…………)

この殺し合いで出来た仲間。
ブンドルやアイビスに短い別れを告げる。
最早、アムロにこの戦いで生き残るつもりはない。
そう。自分の死に場所はもう悟っている。
だから、アムロは思い残す事のないように――最期の仕上げを行う事を決めた。
徐にアムロはF91の機器を動かし、オープンチャンネルを開き、外部スピーカーの音量を全開にする。
聞こえないかもしれない。だが、それでもいい。
どうしても言葉を届けたい人物がアムロには居たから。やらないよりはましだ。
声を、最早尽きかけた命をアムロは絞り出す。


「……聞こえるか? ガロード! こちらは……アムロ・レイだッ!!」


大音量でアムロの声が周囲に響いた。
そう。それはほんの少ししか行動を共にしなかった少年、ガロード・ランに対してのものだった。


「確かにニュータイプは幻想かもしれない。
いつの時代や世界でも戦争の元となる……必要とされていない存在かもしれない……!」


突如自分に背を向け、何処かへ話しを始めたアムロにガウルンは面食らう。
だが、直ぐにガウルンは気を取り直す。
マスターガンダムが大地を疾走する。

「だが、ニュータイプも人の一種なんだ。
そこに違いはない。ガロード、君のように……ニュータイプの一人一人が未来という希望を信じている!
そしていつかは実現しなければならない……オールドタイプとニュータイプが隔たりもなく希望を持てる時代を!」


ニュータイプとして生まれ、散々人を殺してきた自分にこんな事を言う資格はないかもしれない。
所詮、此方の都合の良い言い分で、自分殺された人間は納得しないかもしれない。
だが、どうせ自分に助かる術はない。ならば、最期の最期くらいは少し一人よがりな事を言っても許されるかもしれない。
一段とぼんやりとしてきた意識の中でアムロはそんな風に思った。
ふと気がつけば血が片方の眼の視界を遮っている。
ガウルンも更に近づいている。此方に辿り着くのは最早時間の問題だろう。
しかし、未だやめるわけにはいかない。


「ぶしつけな願いですまない。
だが、俺は君のような新しい世代の人間になんとしてでもやってもらいたい…………。
所詮、古い時代の人間が言う戯言かもしれないが…………!」


ガクンとF91の右膝が崩れる。
最早碌な姿勢制御にすら注意が行かなくなった。
直ぐに体勢を整え、言葉を続けた。
そんな時マスターガンダムは跳躍した。
恐らく、上空から此方を踏み潰す気なのだろう。
だが、メインカメラが死んでいるため、その事がわからない筈であるアムロはその事を完全に察知した。
それはガウルンの未だ健在な悪意に反応したせいなのだろう。
しかし、アムロに焦る気持ちはない。
もうすぐ伝えたいコトは終わるのだから。
ガロードのような未来ある若者達に向けて――この意思を繋げたい。
人の心の光の素晴らしさを知ってほしい――絶対に。
だから、アムロは未だ生き永らえる事が出来た。

「俺達の意思を礎に新しい世界を、時代を創ってくれ!
アインストのような奴らにも屈さない……人間の可能性を信じられる時代を、人の心の光が満ちた世界を……頼む。
ガロード・ランッ!!」

脚を向け、急降下してくるマスターガンダム。
その時、アムロは咄嗟にF91を動かす。
依然、明確な位置はわからないがアムロにはガウルンの気配を感じ取った。
そしてビームライフルを握り締めていた腕を空に突き出す。
マスターガンダムに向かって真っ直ぐと。
トリガーに手を掛け、ビームライフルの照準を合わせる。
そんな時、アムロは自分の両腕にそれぞれ誰かの手が重なった感じを覚えた。



(そうか……シャア、ララァ……お前達も付き合ってくれるか……。
すまないな、ガロード達が創ってくれるかもしれない…………いや、きっと創ってくれる時代の…………礎になるための、最後の仕上げに…………。
お前達の想い……悪いが俺にくれ…………………!)



褐色の肌の少女、ララァと揺ぎ無い意思を秘めた眼光を持つ男、シャアが頷く。
それはアムロが見た幻だったのかもしれない。
それは最期の最期でアムロのニュータイプ能力に反応したバイオコンピューターが見せた奇跡だったのかもしれない。
本当の事実なんてわかるわけはない。
だが、アムロは温かい心地を覚えた。
半壊したF91が黄金の粒子を放ち、太陽の光と混じる。
それはとても神々しい姿――アムロが信じた人間の力が具現化したようなもの。
そしてアムロは――


「……最期まで生き延びろ!
アインストに抵抗する、全ての皆…………決して君達の可能性を信じるコトを止めずにッ!!」


最期の意思を、願いをビームライフルと共に解き放った。
残っていたF91のエネルギー全てを出力に注ぎ込んだ緑の一閃が空へ昇る。
そしてF91の上空から迫っていたマスターガンダムの下へ迫った。
頭部を潰され、片腕がない状態ながら、無事な腕を掲げ、上方から迫る敵にビームライフルを射ったF91。
それは偶然だったのだろう。当人のアムロもきっと気づいていない。
そう。今のF91の姿は――いや、ガンダムF91の姿は似ていた。
一年戦争末期、ア・バオア・クー内でジオングの頭部に向けてビームライフルを射った、ファーストガンダムことRX-78-2ガンダムの――


『ラストシューティング』を行った姿に酷似していた。


(シャア…………ララァ…………やったぞ……………お前達のお陰で…………。
後は、俺達は大人しく降りるとしよう…………ガロードや彼らが俺達の願いを継いでくれるコトを信じて………………)


ビームライフルの光が空へ昇っていく事を確認し、アムロは満足げに眼を瞑った。
とっくに限界を通り越していた疲労と負傷がたたったのだろう。
急激な眠気に襲われ、アムロの意識は静かに沈んでゆく。
そして――


「あばよ」


機械が踏み潰される大きな音が響き、アムロは完全に意識を失った。
もう二度と覚醒する事はない、漆黒の暗闇の中へ――
沈みきった。

◇  ◆  ◇

「へっ……なかなか、楽しませてもらったぜ」

マスターガンダムの中でガウルンが口を開く。
ガウルンの視線の先には白と青で彩られた機械の残骸――F91の成れの果てがあった。
良く眼を凝らせば赤い液体のようなものも飛び散っている。
F91のラストシューティングは寸前のところでマスターガンダムには当たらず、そのままF91は為すすべもなく、踏み潰された。
機体の大きさも二倍ほど違うため、容易な事だった。
そして、ガウルンは既にアムロから興味を失くしている。
但し、別の相手に対しては大きな興味を持ち始めたのだが。

「あの黄色の奴に乗ってたのがガロードって奴だろうな……遊び相手が増えちまったなぁ」

そう。それはガロード・ラン。
アムロの仲間であり、彼の口振りからガウルンはガロードに興味を持った。
流石にアムロ程の力量は見込めないかもしれないが、それでもそれなりには出来るだろう。
寧ろ、そうではなくて困るというものだ。

「さて、ちょっくら移動するか。
流石にこの状態じゃあ殺してくれといっているようなもんだしな……」

やがて、ガウルンは今後の方針を決める。
アムロとの戦いでマスターガンダムはかなり損傷を負った。
これではいつ足を掬われても可笑しくない。
ならば、自分の状況が整うまで何処かで身を潜めるのも悪くはない。
北上して、森林地帯へ逃げ込むのも一手だろう。
そんな事を考えながらガウルンは兎に角マスターガンダムを走らせた。
何せ、先程アムロが音量を最大にし、大声で叫んだため、誰かが様子を見にやってくる可能性もある。
この状態で他者との接触は避けたいため、ガウルンの足は自然と速いものとなっていく。
そんな時、ガウルンはある事に気づいた。

(ん……もう左腰の傷が直ってるな……まぁ、いいか)

F91のビームサーベルで斬られた傷がもう殆ど直っていた事に驚くガウルン。
理由は勿論、マスターガンダムに感染したDG細胞によるもの。
そう。F91との戦闘で多大なダメージを受けたため、DG細胞が更に活性化していた。
その事をガウルンには知る由もなかったが。
そして、マスターガンダムは去っていった。
残骸となったF91を。
新しき時代の礎となったアムロ・レイの亡骸を残して――

只、静寂がその場を支配していた。



【アムロ・レイ 搭乗機体:ガンダムF91( 機動戦士ガンダムF91)
 パイロット状況:死亡
 機体状態:全壊
 現在位置:C-8

【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状況:好調、DG細胞感染、疲労(大)
 機体状況:全身に弾痕多数、頭部・左肩・胸部装甲破損、右手首切断、左肘から指にかけて欠失、マント消失、ダメージ蓄積
DG細胞感染、損傷自動修復中、ビームナイフとヒートアックスを装備
 現在位置:C-8
 第一行動方針:取り敢えずこの場を離れ、一旦体勢を整える。
 第二行動方針:アキト、テニア、ガロードを殺す
 第三行動方針:皆殺し
 最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
 備考:九龍の頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】
    :DG細胞による自己修復機能の回復速度、効果が向上しました。
     時間が経てば欠失した部分も再生する可能性があります(具体的な時間は不明)
    :何処へ向かうかは未定です

【残り22人】

【二日目 7:20】
 ※アムロの声、ビームライフルの光が何処まで聞こえたか、見えたかは不明です




本編148話 疾風、そして白き流星のごとく


最終更新:2008年08月01日 20:16