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家路の幻像 ◆7vhi1CrLM6




静まり返った何の飾り気も無い無機質な通路。病院のそれによく似た機能のみが優先されたその空間に、靴音が高く鳴り響く。
仰々しい衣装を身に纏い悠然と闊歩するその男――ユーゼス=ゴッツォが静寂を振り払い歩みを進めていた。
向かう先は格納庫の脇に設置されている事務室のような部屋。
最初にこの基地に腰を下ろして以来、すっかり集合場所として馴染んでしまったそこを目指していた。
時間だ。あと僅か数分で放送が始まる。
この首に繋がれた忌々しい首輪の解析と疲れを癒すための休息、特に休息の必要を感じてはいる。
一戦を交え、一つの重要な実験を終えた直後。疲れは重なっている。だが、集合を命じたのは自らであった。
例え相手がとりあえず協力者であろうともここは行かねばならない。
情報は必要だ。
誰が死に、何人が生き残り、何処が禁止エリアとされるのか。
カミーユ=ビダンが何を見、何が起こり、そして何故キョウスケ=ナンブがいないのか。
それらは重要だ。
それに、一先ずの解析はAI1に任せている。
解析結果のバックアップの為に管制塔に位置する司令室を探し当て、取り合えずの防壁を施した上でメインコンピューターと有線で繋いでもいる。
不測の事態が起こらなければ手を下す必要はなく、仮に起こってもそれは基地内のネットワークを通じてユーゼスに知らされる。開発室のほうも同様だ。
口元が笑う。
極めて順調。道は開けている。ならば一時的に目を離し、手を離しても問題は無い。
そう思い広大な基地内部を足早に歩いているときだった。
赤が目に留まった。
僅かな蛍光灯に照らし出されたまだ薄暗い通路。そこに赤い粒が点々と続いている。
――血。
誰のだ、と思い立ちめぐらせた頭に一人の男の顔が思い起こされる。
――バーナード=ワイズマン。
不運にも瓦礫の下敷きとなり死に絶えたはずの男。
あの男が生きていたのか――いつからだ? いつ奴は瓦礫の底から抜け出して動き始めた?
湧き上がる疑問に対する答えはユーゼスの中にはない。明るく開けているはずの道にほんの僅かな影が射す。
死んでいるものと決め付けていた。だから確認を怠った。
それは幾ら疲れていたとは言え失態だ。あの男がベガやカミーユに接触すれば事態がどう転ぶのか。
予測は難しい。だが、良いほうに転ぶ可能性は極めて稀。いや、それよりも奴がメディウスを見つければどうなる?
優先すべきはベガ達との合流か、ワイズマンの追跡か。
時間が経てば経つほど追跡は困難になる。あの男に渡した首輪のメモもある。野放しには出来ない。
膝を付き、溜まりを成している血に触れてみた。粘り気を帯びた血が手先に付着する。
まだ固まっていない。
そう遠くはないな。追跡は可能か……仕方がない。
僅かな逡巡を得て追跡を取ることを決める。
問題はこの血の道しるべ。どちらの端が奴へと続いているのかだった。

「手間を取らせてくれるものだな」

 ◆

『まずは長い夜を越え生き延びられたこと、お祝い申し上げますの』

幼い少女の声が響き渡る中、一人の青年――バーナード=ワイズマンは息を切らしつつ細い通路を進んでいた。
目指す場所はあるが、どこに向かっているのかが分からない。
前回の放送の前、ブラックゲッターの整備を行なったときに基地内の見取りは一通り頭に叩き込んではいる。
だが、気絶中に動かされたことが災いし現在位置を見失っていた。
今いる場所が分からなければ、地図など何の役にも立ちはしない。だから、指標となる場所を闇雲に探していた。
一人、また一人、死者の名が読み上げられていく。
聞きたくなかった。聞きたくはなかった。
死んだ人間の名を聞くごとに『自分は本当に生き残れるのか』という疑問が沸き立つ。
ついていただけだ。
既に三度も気を失い機体も失った。そのどこで死んでもおかしくはなかった。
ついていただけだ。それは誰よりも自分自身で身に染みて分かっていることだ。
失血からくるものか、頭がくらりと揺れた。歩みを止め、うつむき、壁に手をついて崩れ落ちようとする体を支える。
そのとき、一つの名を耳にして弾けるように天を仰いだ。

「嘘だろ……」

知らない名の中に混ざり込んでいたただ一つ耳に覚えのある名――シャア=アズナブル。
赤い彗星の異名を持ち、戦艦五隻をただ一人で沈めてみせたルウム戦役の英雄。
会った事はない。だが『通常の三倍の速度』の性能を引き出すとまで言われた彼は、生きながらの伝説となりつつある。
そんな男でも死んだ。
そのことがお前程度では生き残れない、と告げてくる。
歴戦の勇士に比べ撃墜数ゼロの新兵である自分はあまりにもちっぽけだった。

「なぁ、アル……こんな俺でも本当に生き残れるのかよ……」

弱音。滲んだ視界の向うにサイド6の光景が見える。
ホンの僅かな時間だけ滞在したその場所。里心が込み上げる。
中立コロニーでの戦闘。撃墜。アルとの出会い。再会。クリス。所属部隊の壊滅。核。
そして、ガンダム。
そこは余りにも濃密な時間を過ごした場所だった。
あの連邦の男は言った。サイド6にジオンの核攻撃はなかった、と。
だったらもう一度あそこに戻りたい。
約束したんだ。運よく生き延びて戦争が終わったら帰ってくると、会いに行くと。
それにアルやクリス、自分が守ったものを見てみたいんだ。見栄や虚栄心からじゃなく誇りたいんだ。
今度は嘘じゃなく、俺は本当に凄いんだぞってことをアルに言ってやるんだ。
生き残りたい。帰りたい。あの場所に帰りたい。……そうだ。

「俺は帰るんだ、あいつらが待っている……あの場所に」

言葉の最後は無理という思いに押しつぶされ涙声となって消えていった。

 ◆

「そんな……」

沈痛な面持ちで放送に聞き入っていたベガは、格納庫の一角に間借りしている事務所のような建物の中で、突然発せられた声に振り返った。
「知っている人?」と言葉を発しかけて異常に気づく。
顔に色が無い。口を開け、呆然とした状態のままでカミーユは立ちすくんでいた。

「カミーユ」

呼びかけるが返事がない。もう一度。

「カミーユ!」

やはり返事は無い。反応一つ返ってこない。
思わず歩み寄り、肩を掴んで揺さぶりつつ叫んだ。

「カミーユ、しっかりしなさい!! カミーユ!!!」

それでようやく顔がこちらを向く。しかし、焦点が定まっていない。
そのままどこを見ているのか分からない目、虚空を仰ぎ見る目でカミーユはぽつりと呟いた。

「戻らなきゃ……」
「えっ?」

急にもがき始めたカミーユを押さえ込もうと手に力を込める。

「カミーユ、落ち着きなさい」
「早く戻らなきゃ……」
「何を言って」
「だってそうでしょ!? あの人も、クワトロ大尉もいない。百式もない。そうだ、俺がここにいるってことはZだって無いかもしれない。
 それでどうしてティターンズやアクシズの連中と戦えるって言うんだッ!! 離してくださいよ。早くエゥーゴに、アーガマに戻らないと」

何処を見ているのか分からない目。いや、カミーユの目はただ出口だけを見ていた。
そこだけを目指し、出て行こうと必死でもがいている。扉の先に何があるのかなんて考えていない。
ただ扉があるからそこに向かっている。その先はここよりも元いた場所に近いと思い、何とかそこに辿り着こうとしている。
押しとめようとして突き飛ばされ、応接用のソファーに仰向けにひっくり返った。
起き上がったときにはカミーユは既に扉を開け、事務室から格納庫の中へと進んでいる。慌てて後を追う。

「カミーユ、待ちなさい!」

その間にもカミーユは格納庫から通路へ、狭い通路を突き進みまた別の建物へ、と脇目も振らずに進んで行く。
何度も繰り返し名前を呼ぶ。聞こえていないのか、無視しているのか、返事は無い。
VF-22に向かうわけでもなく。その動きに一貫性はない。何となく目に付いた場所を横切り、ただ外を目指しているように見えた。
突き当たりの角を曲がったカミーユの背が消える。
追いかけて曲がったとき目の眩むような光が辺りを満たした。その眩しさに思わず手を翳す。
細めた視界に建物の出口と、その先で立ち止まり呆然としているカミーユの後姿が見えた。
清々しい朝の空気の中、太陽が昇っていた。
一歩基地の外へと歩み出し、格納庫や機体と遠ざかった場所に出ていることにホッとした。
もし外に出た目の前に機体があれば、そのまま何処かへ飛び去ってしまいかねなかった。
そんな勢いだった。
それも今はなりを潜め、ただ呆然と朝陽の昇る空を眺めている。
若干弾む息を整えてからゆっくりと側に寄って行く。
寄って行ってなんて声をかけていいか分からずに焦った挙句「綺麗な朝陽ね」と的外れな言葉を投げかけてしまう。
反応はない。しまったと思ったが、もう遅い。無言のまま五分十分と時間が流れる。何度か声をかけようとしたが、かける言葉はやはり見つからない。
そしてベガが途方に暮れ始めた頃、もう諦めていた返事がきた。

「……そうですね」

息をするように零れた言葉。何の考えも込められていないようなその言葉に優しい響きを何となく感じた。
放送直後とはうって変わった平静の光をその瞳に認めて安堵の息を吐く。
朝陽を眺めたまま無言の時間がまた流れていく。しかし、その空気が幾分か軽くなっている気がした。
しかし、そうではなかった。

「勝手なんですよ、あの人はいつも」

平静? とんでもない。触れれば崩れ去ってしまうような表情がそこにはあった。
処理しきれない感情を押し隠そうとしてどうにもならず、どうしていいのか分からなくなっている。
訥々と静かに語られる言葉の裏でどれほどの激情が渦を巻いているのか……。

「自分勝手で、臆病者で。大人の責任ばかりを押し付けてくるくせして、一人前の大人として扱おうともしない。
 人に夢みたいなことばかりを説きながら、その気になれば戦争を終わらせられるだけの立場にありながら、大人の責任を果たそうともしない。
 あなたにはまだやることがあったはずだ! あなたにはまだやるべきことがあったはずだ!! あなたはまだ果たすべき責任を全うしてない!!!
 なのにッ!! なのに……こんなところで死んでどうするんですか……」

次第に激を増していった語調は、しかし急速に閉じられて擦れた様な声で幕をおろした。
不安定だ。そして、子供だ。置いて逝かれてしまった感情を愚痴に変換することで処理しようとしている。
そうする他無いその身が不憫に思え、引き寄せて慰めようとして――突っぱねられた。

「カミーユ?」
「同じだ、あなたもあの人と。俺にやるべきことや責任ばかり求めるくせに、そうしてすぐ子ども扱いしようとする。
 なのに、そのくせして自分では何もしようとしない」
「そんなことは……」

やり場の無い感情が次なる捌け口を見つけた。
とめどなく湧き出てくる感情が自己の不満へと姿を変え、ベガに襲い掛かってくる。

「だったら何ですか? あの男の、ユーゼスのいいようにさせている。汚いやり口から目を塞いで自分は見ない振り、気づかない振りをしている」
「違……」
「違うと言うのなら何故、好きにさせているんです?」

カミーユのユーゼスに対する不満や反発は知っていた。ユーゼスの行動や発言も知っている。
しかし、その殆んどは一応の筋が通っているものばかりである。合理性を突き詰めればそうなるというものが多い。
ただ彼に抜けているのは、人を思いやるという行為。
それを説くことは出来た。でもしなかった。今理屈を説いてもおそらく逆効果。
感情に流された頭を余計熱くさせるだけのように思えて、ベガは言葉が見つからなかった。

「答えることも出来やしないじゃないか。そうやって反発の一つもしないで、物分りがいい大人を演じて。
 それが汚い大人のやり方だって言うんですよ」

カミーユは捨て台詞を残し踵を返すと、基地の内部へと戻り始める。
何もしてない大人。そのように思われ、見られていたということが痛かった。自分は自分なりにやってきたという思いはある。
集団を集団として機能させるため、ユーゼスの力を十二分に発揮させるために、陰日向無く頑張ってきた。
それがまさかあのように見られ、不満を募らせているとは思いもよらなかった。
カミーユが絶対的な味方として自分を自分の側に置きたがっているような気はしてた。
しかし、それを子供の甘えと判断し、努めて中間に位置しようとしてきたのは自分だ。
それが間違いだったのだろうか? それとも知らず知らずのうちに少しユーゼスの側に寄りすぎていたのだろうか?
答えは出ない。出せばカミーユか、ユーゼス、どちらかを切り捨ててしまうように思えた。
それにこの後、二人が顔を会わせるとき、私はどうすればいいのだろうか? どうしたいのだろうか?
そう、私は――

意を決した顔が前を向く。カミーユの消えた基地内部へと続く入り口、そこを見据える。
自分がどうすべきなのか。自分がどうしたいのか。答えは単純だった。

私は――守りたい。
今のこの絆を、手の届く仲間を。
そして、導きたい。
例え自分は嫌われても、間違った大人にならないように人として正しい方向へと。

足を踏み出し入り口から基地の中へ、一歩一歩前へ。
そうやって消えていくその背中には母親の強さが滲み出していた。

「カミーユ、待ちなさい」

 ◆

「見つけた」

薄暗い司令室の中、無機質なモニターの明りが燦然と並び立ち無数の文字の羅列を浮かび上がらせている。
襲撃や占拠に備えた迷路の如く入り組んだ造りに迷いに迷い、どうにかこの司令部を見つけ出したのが十数分前。
そこから僅かな時間で目的のシステムを探り当てた。それは性質的に咄嗟に発動できないような造りにはなってはいないとはいえ、まずは上出来と言える。
瓦礫の底から抜け出した後、バーナード=ワイズマンは何よりも優先したことがある。それは機体の確保でもなく、傷の手当てでもない。
その優先するものの為に基地のシステムにアクセスできるポイントを探し、ここを見つけた。
その目的の目途は立った。しかし――

上げた視界がメインモニターを捉えた。
そこでは無数の数式や文字の羅列が表れては消え、消えては表れている。
目で追う暇もないほど目まぐるしく書き換えられていく文字列。
「これは……なんだ」と首を傾げた瞬間、耳が靴音を捉えた。同時に響く聞き覚えのある声。

「解析結果だよ。開発室で行っている首輪の解析とはまた違う役目、バックアップと万が一に備えた解析結果の保存、それが私がここに与えた役割だ。
 まさか生きていたとはな。不運な男と思っていたが、存外に悪運が強いものだ」

硬質な音を響かせゆっくりと規則正しく誰かが迫って来る。背筋が凍りつくのを感じた。
迷いに迷い歩いても誰にも出くわさなかった。だからここに、少なくともこの棟に人がいる可能性は低いと思っていた。
それは単なる幸運な思い違いだった、と知る。その思い違いが一番会いたくなかった人間をここに運んだ。
怖気の走るような雰囲気を纏った男。奴とは顔を会わせたくは無かった。苦みばしった声が漏れる。

「ユーゼス=ゴッツォ!!」
「その通り。この私だ」
「どう……」
「どうやって生きていると知った? どうしてここが分かった? 簡単だ。放送に名前が無いようではすぐに分かる。
 もっとも放送以前に気づいていたがね。
 それに、その出血。何と言ったかな? 獣が狩人に追われているときに足跡を重ねて戻り、大きく跳ねて離れ、逃げるあの性質。狼などイヌ科の仲間によく見られるあれだよ。
 二股に道を分ける。突然跡を消す。血の跡を自覚し、それと似たようなことはしていたようだが無駄な足掻きだ。その程度のことで私を撒けるはずがない」

質問に先んじて与えられた答えに臍を噛む。急く足を抑えて施した術が撹乱にもなっていない。
悔しかった。貴様の浅知恵など何の役にも立たないと言われている様で、それは悔しい。だが、まだ手はある。

「動くな! これ以上俺に近づくな」

警告。
しかし、それに頓着することなく、一切の気を払うことなくユーゼスが歩を進める。ゆっくりゆっくり、しかし確実に間合いが詰まってくる。

「そういえば、まだ答えを聞いていなかったな。三度目だ。返答を聞こう。この私に協力するか否かをな」

くぐもった声でユーゼスは愉しげに笑う。
こちらが敵愾心を抱き始めているのを承知の上で、それを意にも介していない。こちらの答えなどどちらでもいい。
最初からこいつはそうだ。自分以外の人間など認めていない。自分さえいれば何でも出来ると思っている。
ゆえに人を駒と断じて臆すことも、恥じることもない。人に手駒となれというのにいささかの躊躇も持たない。
そんな人間について行けるはずが無い。だから答えは――

「答えはノー! 絶対にノーだッ!!」

答えると同時に手元のキーボードを叩く。手順は簡潔。既に確認済み。後はエンターキーを押すだけだ。

「俺は警告したぞ、ユーゼス。これ以上俺に近づくなって」

基地内に赤色ランプが灯り、警報が鳴り響き始める。一拍遅れて機械の駆動音が響き、ユーゼスの真上に位置する天井が動いた。

「何だと!?」

隔壁が直上から落下する。ユーゼスと自分の間に降ろされる隔壁の数は二枚。
ユーゼスはその二枚目の真下だ。手前の一枚目が重音を鳴らして降り切り、視界を塞いだ。
これでいい。例え、直撃を免れても一枚目と二枚目に挟まれ、ユーゼスは行き場を失う。
終わりだ、ユーゼス。もうお前はどうすることも出来ない。
同質の重低音が続いて鳴り響く。連鎖的に巻き起こり基地全体が震えたかのような”ズン”と腹に響く重い音は司令室にいても十分に感じ取れた。
開閉機能にロックをかけてほっと息を付く。
基地内のそこここに設置され有事の際には使用される隔壁を全て降ろした。これで基地内部にいるはずの人間の行動は著しく制限される。
ユーゼスと言わず全ての人間は閉じ込められたはずだ。後は現状を維持したまま機体を手に入れれば、全てにかたがつく。
不安なのは外部に人がいて内部の異変に気づくことだが、ここから確認できる動きは今の所は無い。
気づいていないだけなのかもしれないが、それは上手く閉じ込めたことを祈る他なかった。
気を取り直して上げた顔、その耳に耳障りな機械音が聞こえた。
先ほどと全く同じ機械音。降り切っていなかった隔壁がまだ残っていた? 馬鹿な。音はすぐ背後から聞こえてくる。
隔壁が巻き上がっていく。

「嘘だろッ!! ロックはかけたはずだ……向こう側にも端末があるにしてもこんなに素早く隔壁の解除なんて出来るはずが……ない」
「全く度し難い愚かさだな。基地の全ては掌握している」

分厚く重厚な弾丸すら通さないその壁体の向うに冷え冷えとした鋭い眼光を感じた。

「君程度の浅知恵で私を閉じ込められると思っていたのか、この空間からの脱出を謀る私を」

通れるようになるまでにはまだ間があったが、そのどす黒い声に全身の肌が音を立てて粟立つのを感じた。
逃げなければと半ばパニックになった頭が働き、隠れ場所を求めて司令室内部をグルリと見渡す。
青白く浮かび上がるディスプレーと端末が整然と並び立ち、その後ろはぽっかりと穴が空いたように空間の開けている指揮所。
隠れる場所などない。あって精々デスクの下、という程度である。
それでも視線は世話しなく動き逃げ場所を探す。
司令室の出入り口は一つ。そこは隔壁で塞いでしまった。なによりもその間にユーゼスがいる。
何か、何かあるはずだ。それでもその思いが視線を巡らせ、メインコンピューターから束になって外へと向かっている有線ケーブルに気づかせた。

――外に何かある。

振り返る。丁度その時、潜り抜けられる高さまで上がった隔壁の闇に青白い仮面が浮かび上がった。

――ユーゼス=ゴッツォ。

迷っている暇は無かった。
度重なる戦闘で割れた窓枠に手をかけ外を覗く。伸びるケーブルの先、巨大な機体がそこに佇んでいる。
ついていると思う余裕も無く腕に飛び移り、つんのめる様にコクピットに身を滑り込ませる。
途端に首輪から脳内へと湧き上がってくる情報の束。疑いも不審がる暇も無くその情報そのままに起動シーケンスを踏んでいく。
スタンバイ状態から復旧したメディウス・ロクスの瞳に光が灯ったその瞬間に、間髪入れず上昇。
とにかくその場から離れたかった。
上空を目指しながら、ディスプレイに次々と表示される機体のコンディションに目を通す。
損傷多数。ENの残量も50%未満。余り状態は芳しくない。
しかし、何だ? 損傷修復中? EN回復中? メンテナンスフリーを実現した機体だとでも言うのか?
だとすれば永久機関が搭載されている? そんなこと可能なのか?
いや、今はそれより……。
湧き上がる疑問を一先ず隅に置き、すっかり全景が視界に収まりきるようになった眼下の基地を見下ろす。
目視で確認できる機体は数機。ユーゼスは仲間が三人いると言っていたが、その数よりも遥かに多い。
破損の激しいものから無傷なものまで様々。だが、あの機体が見当たらない。
あいつはこうも言っていた『内二人は此処にはいないがな』と。

「なら、いないのは……あいつか」

そこに一抹の不安を覚えたが、今現在起動している機体はこのメディウス・ロクスだけ。
つまり残りの機体は未稼働。恐らくここにいるパイロットは隔壁内に閉じ込められている。ならば――

顔が苦渋に歪む。
抗う術はなく、何が起こったかさえ分からないまま人が死ぬ。
人の、生き物の尊厳を無視したその考えを憎悪し、嫌悪し、嫌忌し、そしてそれを行なうことを受け入れた。
初めての機体。万全とは言い難いコンディション。
エネルギーゲインを一目見れば、メディウス・ロクスがMSやMA、ブラックゲッターと比較してさえも規格外な程の性能を秘めているのは分かる。
分かるが、それでも今はまともに一戦を交えたくは無かった。
なによりもあのコロニーに、あいつらの元に帰るためになるべく確実な手段を……だから。

「……すまない」

搾り出すように漏れた言葉が空気を揺らし、メディウスの胸に明かりが灯る。
その明りは大きく赤黒い残照を一瞬吐き出すと、一際鋭く中央に集約されていく。
一撃だ。一撃で中にいる人ごと基地を薙ぎ払う。その準備が整った。
後はトリガーを引き絞るだけ。
出来ることなら誰か止めてくれ、と願った。本当はこんなことしたくないんだ、と思った。
そう念じつつ指をかけた。
震える指でゆっくりとゆっくりと躊躇いがちにトリガーが引き絞られ、願う邪魔者は現れず閃光は解き放たれた。
ターミナス・ブレイザーと呼ばれるそれが、地獄の業火と呼ぶに相応しい赤黒い奔流を伴って降り注ぐ。
予想外の威力に僅か機体が揺らぎ目標にズレが生じたが、それはもたらされる結果からすれば無視して構わない程度の誤差に過ぎない。
大地と言う遮蔽物に遮られたそれは一瞬地表でマグマの吹き溜まりのような光球となり、爆ぜ、広域に広がっていく。
建ち並ぶ倉庫群。基地らしく質素にして剛健に誂られた建物達。あらゆるものが薙ぎ払らわれ焦土と変わる。
膨大な熱量に晒されたモノは粟立ち、瞬く間に熔けて消えて行く。蒸発という言葉がピタリと当てはまる破壊。
直撃を免れた建物も高圧空気の衝撃波に押し潰され、粉微塵となって吹き飛んでいく。
砕かれた破片は渦を巻く爆風に遥か高くまで舞い上がり、上空1000mの高さで佇むメディウス・ロクスの装甲を叩いた。
その破壊が過ぎ去った後、眼下に残されていたのもまた破壊だった。
瓦礫の山が散乱している。そこここで火災が発生し、飛び火した火の粉が被害を免れた火薬に燃え移り、爆ぜ、連鎖的に爆発が続いている。
遺棄された機動兵器達に残されていた弾薬が爆ぜているだけでこの惨状なのだった。
通常、二重三重の防護が施されている弾薬庫とはいえ、そこが空であったことは不幸中の幸いと言えるだろう。
それでも巻き上がる膨大な量の黒煙は周囲を満たし、燃え上がる炎の熱量が機体を焦がす。観測されている外部温度は場所によっては鉄すら溶かす。
僅か数秒前から様変わりした景色。焦土と言うに相応しい情景。
辛うじて原型を留めているのは、司令室の存在する管制塔とあと幾つかだけ。それも無傷とはとても言い難い。
それを改めて丁寧に壊しなおす気力はなかった。
剥き出しの鉄骨、鉄筋、砕かれひび割れたコンクリートの塊、それらが何処といわず混ざり合い散乱し、千に砕けた硝子がそこに混じって煌いている。
呆然と全てを眺めた後、顔が苦悩に歪む。自責の念に駆られて――愕然とした。
生き残りたいと願った。あの場所へ帰りたいと願った。
その為に人を殺すしかないのなら殺す覚悟を決めたのも自分だ。
だがしかし、その代償がこれなのか? 人を殺すのにこんな馬鹿げたモノが必要なのか?
MSが誇る火力とは比にならない。大量破壊兵器。その言葉で収まりきらないほどの強大な火力。
人一人の手には有り余る。人と言わず目に映る景色そのものをこの力は壊してしまう。
そんなものが、こんなものが人を殺すのに本当に必要なのか?
手が震え、未だトリガーにかけられたままの指に気づき、慌てて引き剥がした。
おぞましいモノを握っているような気がした。
何かが間違っている。
生き残る代償とはわかってはいても、目の前には人の生き死にとはまた別次元の破壊が横たわっている。
こんなもの徒手空拳の人間相手にふるっていいはずがない。それをやってしまった。
核が何故禁忌とされているのか、分かった気がした。
あまりに破壊が大きすぎる。人を殺すため、戦争を終わらせるため、その目的に対して相応な域を逸脱している。
何よりもその巨大な爪跡を背負える人間がいないのだ。
自らが押したボタン一つで眼下の光景が様変わりする。それを喜々として行なえる人間はもはや常人とは呼べない。
大なり小なり心が壊れてしまうのが人というものだ。だからその重荷を人は分けて背負う。
核を作った者、決断を下した者、命令を伝達した者、最後にボタンを押した者。
皆が皆、その重荷を感じ、少しずつ他の者に押し付けて軽くする。それでも耐え切れず潰れてしまう者はいるのだろう。
大き過ぎる力は人を狂わせてしまう。
無論、ターミナス・ブレイザーの一撃がもたらした被害は核に及ぶべくも無い。
それでも人と言わずあらゆる物が瓦礫と化したこの光景は、あまりに重い。気が進まない。
何よりも重荷を共に背負うべき存在がここにはいない。全ての重圧に自分一人で耐えねばならない。
だけどその一方で、生き残るためにはこの力が必要だという事実を自覚している。
もう自分では止められない。この力を行使せざる得ない自分が分かる。
生き残りたいんだ。帰りたいんだ。こんな光景を撒き散らしてでも……。
それほどに望郷の念は強い。荷が重い。自分で自分を呪い殺したくなってくる。それでも自分はきっとこの力を振るい続ける。

「嘘を言い通す根性もないクセに……か。どこで耳にした言葉だったかな。
 ハハ……その通りだ。アルやクリスにだけじゃない。自分についた嘘ですら俺は……」

卑怯者だと思う。根性無しだとも思う。こんなことをしたって俺がしたことが許されるわけじゃない。
『いつ』じゃなく。『どこ』でもなく。『今』俺はきっと道を間違えたんだと思う。自分に誇れるモノがこの道の先にはきっとない。
でも、もう戻れない。進むしかないんだ、この道を……なのに自分ひとりでは背負いきれない。だから――

ひどく震える指先でゆっくりと通信のスイッチを入れる。
ランプに通信可能を示すグリーンの光がゆっくりと灯るのを確認して、バーニィは渇き切ったその口を開いた。

「こちらジオン軍サイクロプス隊所属バーナード=ワイズマン。もし――」






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