※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 ◆

 素早く、それでいて非常に巧緻に長けた剣閃が迫って来る。受け止め、受け流す。数合切り結ぶ。そして引き際に小さく、それでいて鋭く剣を振るった。空を斬る感触に臍を噛む。
 再び距離を開けての対峙。長く細い息を吐く。
 手ごわい。少なくとも刃物の扱いに関してはギンガナムを上回り、自身と拮抗していると言っていい。さらに、その妙を得た動きには目を見張るものもある。
 黒い機体の後方のただ一点だけを睨みつけ、剣を構える。ギンガナムと他の二機が戦闘を繰り広げている場所だった。そこだけを見ている。目的は一つ。
 この黒い機体を避わし、その場へ急行する。
 然る後、ギンガナムにこの機体の相手をさせ、他の二人を説き伏せる。それが最善手。
 下手にここで戦闘を繰り広げても意味はない。まして、ラプラスコンピューターが破損するようなことがあれば、それは致命的だ。それだけは避けねばならない。
 その上で、ギンガナムとあの二人の溝が修復不能になる前に舞い戻らなければならなかった。それが課せられた課題なのだ。

「難儀な話だな……」
「あん? 何がだ?」
「いや、なんでもない」

 黒い機体の膂力はギンガナムの機体とほぼ互角。速力と大きさもだ。外見的にも幾らか似通っている。恐らくはこれもガンダムと呼称される機体なのだろう。
 力では相手、素早さでは自分ということになる。
 全く肝心なときにいない男だ。このような相手こそギンガナムにうってつけであり、黒歴史とやらの知識も役立つというものだというのに。
 それを生かすには目の前の男を突破する他ない。
 隙は見えない。それでも突破せねばならない。それも速やかに、被害なくだ。心気を澄ませる。掌に刃の重さを感じ、そして、ブンドルは一陣の風となって駆けた。

「悪いが押し通らせて頂く」
「させねぇよ」

 ◆

 廃れ、荒れ果てた廃墟で閃光が瞬き、光軸が飛び交う。音響がさらなる音響を導き、廃墟に似つかわしくない喧騒が辺りを支配している。
 白桃と浅葱、二色のブレンパワードが織り成す連携を受け、ギンガナムは劣勢を強いられていた。
 蒼い機体が視界から消える。ゾクリとしたモノを感じて、振り向き際に左拳を振るった。
 頑強な金属音が響き、真っ向から接触する拳と剣。
 蒼いほうが動きを変えていた。
 それまでの自機の非力さを悟り、単純な押し合いには決して持ち込ませまいとする態度から、真っ向から力勝負を挑むような我武者羅さに変わっている。
 二機の足が止まる。押し合い圧し合いの純粋な力勝負。ならばギンガナムに負ける道理はない。
 押し切れる。そう思ったその瞬間、白桃色の機体に割って入られ、あえなく距離を取る。

「ちっ!」

 蒼い機体がギンガナムを一点に押し留め、足が止まるその隙を白桃色の機体が衝いて来る。
 それが相対する二機の基本戦術だった。
 まったくもってうっとおしい。決め手の放てぬ戦いというのはストレスが溜まるものだ。
 だが、ギンガナムは笑っていた。
 こういう戦い方もあるのか、という好奇の心が疼いていた。これは一対一では知りえぬ戦い方なのだ。
 愉快だった。こみ上げてくる感情を抑えることが出来ない。今、確実に生きていると実感できる。そのことが堪えようもなく愉快だった。
 ギム=ギンガナムは、月の民ムーンレイスの武を司り、勇武を重んじるギンガナム家の跡を継ぐべき存在として生れ落ちてきた。
 それを当然のように受け入れ、幼少の頃から鍛錬に勤めてきたギムの誇りは、しかし158年前の環境調査旅行を境に裏切られることとなる。
 月に帰還したディアナ=ソレルに軍を前面に押し立てた帰還作戦を主張したギムの父の言が、一言の元に退けられたのだ。
 同時に『問題の解決に武力を使うことしか思いつかない者は、過去、自らの手で大地を死滅させた旧人類の尻尾である』と言葉を被せられ、ギンガナム家は軍を没収された。
 以後、自害した父に代わりギンガナム家を統治することとなったギムであったが、そこには望んだものは微塵も残されておらず、虚しさだけが胸の内を占めていた。
 そして、120年前、30代の終わりに差しかかったとき、ギンガナムの鬱屈が限界に達することとなる。離散していた旧臣を集め、クーデターを企てたのだ。
 だが、事を起こした末路に待っていたのは無残な敗北だった。結果、形だけの裁判の末、永久凍結の刑に処され、120年の眠りに付くこととなる。
 つまり押し込められ、追いやられ、爆発するも報われず、死んだように過ごしてきたのが彼の半生であった。
 しかしだ。彼はここに来て生を実感していた。
 幼い頃に夢見た乱世がここにある。血湧き肉踊る戦いがここにはある。心憧れた、絵巻物の中の存在に過ぎなかった黒歴史の英霊達がここには存在する。
 そして、なによりも今自分は闘っている。闘っているのだ。これほど嬉しいことがあるか。
 生まれて初めて、生が実感できる。生きていると思える。幼少の頃に望んだ自分が今ここには存在しているのだ。
 だからこそギンガナムはこみ上げてくる歓喜の声を抑えることが出来なかった。
 気持ちが高ぶる。全てがよく見える。体に力が漲っているのが実感できた。そして、それに呼応するかのようにシャイニングガンダムの出力が上昇していく。
 想いを力に変えるシステム。まったく良く出来た相棒だ、と一人感心する。
 相手は二機。蒼が動きを押し留め白桃が隙を衝いて来るのならば、白桃から先に始末するだけのこと。そう思い定める。
 蒼が消える。それを合図にギンガナムは猛然と突撃を開始した。

「芸がないな。マニュアル通りにやっていますというのは、アホの言うことだ! このギム=ギンガナムにぃ、同じ手がそういつまでも通用するものかよぉっ!!」

 ◇

 突然、弾丸のように突撃を開始したギンガナムを見て、アイビスは考えたものだな、と一人ごちた。
 ラキのバイタルジャンプは多少の揺らぎを持たせてはいるものの、死角への移動を基本としている。そして、攻撃は組合に持ち込むための剣戟が主体。
 つまり、消えた瞬間に視界が開けている方向に高速で突っ込めば、攻撃に晒される可能性はきわめて低いのだ。そこを衝かれ、なおかつこちらに狙いを定めてきた。
 ならばどうする? 決まっている。

(ブレン!)
(……)
(やるよっ!!)

 今度は自分がギンガナムの打撃を受け止め、力勝負に持ち込み、ラキに隙を衝かせる。役どころが入れ替わった。ただそれだけだ。
 歯を食いしばり、アイビスは受けの姿勢を取る。巨岩のような圧力を放つギンガナムを目の前に、大地をしっかりと捉え、構える。

「アイビス、受けるな! 避けろっ!!」

 クルツの声だったが、遅かった。一度止まった足を動かすには彼我距離が近すぎる。
 ならば、とソードエクステンションを両の手で掲げ、受ける。接触の瞬間、刀身を反らし、受け流す。受け流したはずだった。
 天と地が逆さまに、視界が反転する。
 巨大なダンプ、あるいは列車に撥ねられた人間のように錐揉み回転をしながらヒメ・ブレンが宙を舞う。
 ブレンが大地に打ち付けられ、アイビスもまたコックピットにその身を激しくぶつけられる。意識が明滅し、追撃を予想して身を固くした。
 が、次の瞬間襲ってきたのはギンガナムの追撃ではなく、クルツの怒声であった。

「馬鹿野郎! 真っ向から受け止めるなんて正気か?」

 クルツの顔面越しに投影されたモニターには、ギンガナムと交戦を続けるラキの姿があった。恐らくは追撃をかけられる前に割って入ってくれたのだろう。
 結局はまだ足を引っ張っている。その口惜しさが拳を固くした。

「うるさい。ラキは同じブレンパワードで止めてる。なら、私だって……」
「お前には無理だ。あれはお前には向いてねぇ、俺にもだ」

 アイビスの抗弁をクルツは軽く受け流す。
 そう。アイビスとラキでは受け方が違う。というよりラキの受け方が少々特殊だった。
 通常の受けは相手に押し負けぬように足場を、土台をしっかりと安定させて受け止める。
 対して、ラキはその場で受けようとせずに前に出る。受けるというよりはぶつけに行っていると言ったほうが正しいのかもしれない。
 相手の一番力が乗るところでは決して受けず、前に出ることで打点をずらし、力を半減させ、自身の前に出る力をそこに上乗せさせる。言葉にすればそんなところだろう。
 だが、それでようやく五分。いや、それでも四分六でギンガナムの膂力のほうが強いのだ。真っ当な受け方では勝負にならない。
 だから今モニター向うのラキは、受けの後瞬時に弾き距離を置く戦い方に戻していた。一機でギンガナムに抗うには、そうする他はない。

(ブレン、悔しいね……あいつらには出来て、私らには出来ない)

 俯き、ブレンの内壁に添えた手にギュッと力を込める。
 悔しかった。他人には出来て、自分には出来ない。それは落ちこぼれと言われているようで悲しい。悔しい。そしてなによりも自分の不甲斐なさは腹立たしかった。
 そんな思いがその手には込められている。

「アイビス、ラキを羨ましがるんならお門違いだ。だが、そうじゃねぇ。そうじゃねぇだろ?
 ラキにはラキのブレンの扱い方がある。だったらお前にはお前なりのやり方ってもんがあるだろうが。違うか?」
「私なりの……やり方?」

 見透かしたように掛けられた声に驚く。考えたこともなかった。
 人を羨むのではない自分なりの乗り方。スレイにでも、ラキにでも、誰に対するでもない自分なりのやり方。こんな何でもないことなのに、考えたこともなかった。
 No.1に対するNo.4。負け犬という別称。流星という不名誉な字。それらに引け目負い目を感じてきたのは、知らず知らずのうちに誰かに対する自分を意識していた証なのかもしれない。

「クルツ」
「ん?」
「ありがと。ただのスケベ親父じゃなかったんだ」
「おいおい、親父はよしてくれ。俺はまだ二十代だぞ」
「そっちに反応するんだ」

 軽口を叩き、笑い、顔を上げる。目にキラリと光が灯る。また一つ憑物が取れた。そんな顔だった。

(……)
(ブレン?)
(……)
(うん。わかった。やってみよう!)

 いつからかブレンの声が聞こえるようにもなっている。普通に会話も出来る。そのことに未だ気づかぬまま、アイビスは声を張り上げた。

「いくよ、ブレン!!」

 視界の先には、ギンガナムに押しやられ、ついに体勢を崩したネリー・ブレンの姿がある。
 そこへ跳び、ネリー・ブレンの真横にジャンプアウトした。叫ぶ。

「ラキ、ブレン同士の手を合わせて!」
「手を?」
「早く!!」

 ギンガナムとの距離は既に幾許もない。そんな中、二機のブレンパワードが手をつなぎ、胸を張る。
 次の瞬間に顕現するのは二体のブレンパワードが張り巡らすチャクラの二重障壁――ではなく、ただ一重のチャクラシールド。
 しかし、二つのチャクラが混ざり合うそれは、強固な分厚い壁である。打ち付けられた拳とチャクラの間で火花が散り、拳を弾かれたギンガナムの姿勢が仰け反るような格好で崩れた。
 その瞬間、ヒメ・ブレンは飛び出し、真っ直ぐに距離を詰める。

「ギンガナム、あんたは私の行為を偽善だと言った。でもね、人の為の善と書いて偽善と読むんだ!! なら、私はジョシュアのためにあんたを討つ!!!」

 体勢が整う前に畳み掛けると決めていた。擦れ違い様にソードエクステンションによる横薙ぎの一閃。
 しかし、ギンガナムもさすがと言うべきか、体勢が不完全ながらも咄嗟にアームカバーを構える。
 固い金属音が鳴り、受けたギンガナムの体勢が完全に崩れ、仰向けにひっくり返った。この好機、逃す手はない。

「ラキ、合わせるよ! やり方はブレンが教えてくれる」
「ブレンが? ……ひっつく? くっつくのか?」

 二機で小規模なバイタルジャンプを繰り返し、翻弄し、体勢を立て直させる隙は与えない。ラキが次の瞬間何処に現れるのか、それはアイビスにもわからない。
 しかし、決め手を放つ瞬間、どこに現れ、どうすれば良いのか、それはブレンが全て教えてくれた。

「1・2・3」

 タイミングを計る。体勢の崩れたギンガナムの右後方。ドンピシャのタイミングで二機はそこに現れた。
 背中が合わさる。ブレンバーとソードエクステンションが、鏡合わせのように突きつけられる。その動きには寸分のズレさえも存在しない。

「チャクラ」
「エクステンション」
「「シュートオオオォォォォオオオオオオオオオオ!!!!」」

 二つの銃口に光が灯り、濃密で重厚なチャクラの波が放たれる。巨大な破壊の力を携えたそれが、堰が決壊し氾濫した濁流の如くギンガナムへと猛進していく。
 その光景の最中、突如として覇気に満ちた笑い声が大地を震撼させた。

「ふはははは……。これをおおぉぉぉ待っていたっ!!」


 そう。ギンガナムはこのときを待っていた。かつて相対した男が最後に放つはずだった一撃。
 それに酷似したこの一撃を真っ向から打ち破ることには二重の意味がある。すなわち、この戦いとあの男との戦い、二つの勝利。

「貴様らが七色光線ならばぁぁ、小生は黄金の指いいいぃぃぃぃいいいいいいいい!!!」

 押し包み、瞬く間に呑み込まれて消えるその刹那、ゆらりと起き上がったシャイニングガンダムは左腕を無防備に突き出した。その指間接が外れ、隙間から染み出した液体金属がマニピュレーターを覆い、発光。そして――

「喰らえっ!!! 必いいぃぃぃ殺っ!!! シャアアアァァァイニングフィンガアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 その光り輝く左腕が荒れ狂うチャクラの波に真っ向からぶつかった。
 真っ直ぐに伸びたチャクラエクステンションが、ギンガナムがいる一点で遮られ四方に拡散する。拡散した幾筋ものチャクラのうねりは大地を抉り、暴れ、阻むもの全てを破壊する。
 だが、それで終わりではない。三者の激突は未だ続いている。チャクラエクステンションはシャイニングフィンガーただ一つで抑えきれるほど甘くはない。
 強大な圧力に押さえ込まれ、ギンガナムは前に出ることが出来ない。いや、むしろ押されている。
 重圧を一点で受け止める左腕は断続的に揺れ、ぶれ動き、機体を支える両脚は爪のような跡を残しながら徐々に後ろへと押し流され、爪跡はチャクラの濁流に呑まれて消え去る。
 このままでは押し切られ、呑み込まれるのは時間の問題なのだ。だがしかし、ギンガナムに諦めの色はない。あるのはただ狂気的とも言える喜色のみ。

「ぬううぅぅぅぅぅぅっ!! 見事! まさに乾坤一擲の一撃!! 実に見事な一撃よ!!!
 だがなあぁぁぁっ!!!! この魂の炎! 極限まで高めれば、倒せない者などおおぉぉぉぉっないッッッ!!!!!」

 押し流され続けるシャイニングガンダムの足が止まる。エンジンの出力が上がり続け、背面ブースターが限界を超えてなお唸りを上げる。

「シャイニングガンダムよ。黒歴史に記されしキング・オブ・ハートが愛機よ。お前に感情を力に変えるシステムが備わっているというのならああぁぁぁっ!
 小生のこの熱き血潮!! 一つ残らず力に変えてみせよおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」

 そのギンガナムの雄叫びを合図に、それは始まった。
 機体の色に変化が生じる。白を基調としたトリコロールカラーから、色目鮮やかな黄金色へ。そして、機体を構成する全てのものが眩く発光を始め、闇夜を切り裂くチャクラ光の中に黄金が浮かび上がる。
 変化は外見のみに留まらない。充溢する気力を喰らい天井知らずに上がり続ける出力は、計測器の針を振り切り、それを受けた推力は前進を可能にしていたのだ。

「ふはははは……このシャイニングガンダム凄いよ! 流石、ゴッドガンダムのお兄さん!!」

 爆発的なスラスター光を背に感嘆の声を上げ、七色の輝きの中に飛び込んだギンガナムは激流に逆らい、遡上を始める。
 その様は鯉の滝登り等という生ぬるいものではない。天を衝くが如き勢いと圧力を持って遡上し、そして、金色の光がチャクラの波を衝き抜けた。

「なっ!」

 阻むものを失ったギンガナムの突進は、限界まで引き絞られた矢が飛び出すようなもの。
 弾ける勢いでヒメ・ブレンの頭部を掴んだギンガナムは一筋の閃光となり、建ち並ぶ廃墟の群を物ともせずに突き破る。そして、その終着でヒメ・ブレンを天高く掲げ――

「絶っ好調であるっ!!!!」

 爆発。轟音を残して頭部を粉砕されたヒメ・ブレンが崩れ落ちる。同時に背後で異音。俊敏に反応し、振り向き際に蹴り飛ばした。

 ◇

 蹴り飛ばされたネリー・ブレンが瓦礫の海に埋没する。息を弾ませ、衝撃から来る苦痛にラキは顔を歪ませた。
 虚を衝いたはずの視覚外からの攻撃にも対応してみせる油断のなさ。加えて、奴の言をそのまま信じるのならば、あの闘争心がそのまま反映されるシステム。
 つくづく厄介だというのが、率直な感想だった。
 そう考えて、ふと自分らも似たようなものか、という思いを抱いた。アンチボディーはオーガニックエナジーを糧に動く。そこには人の放つものも含まれているのだ。
 ならば、自分やアイビスの感情もまたブレンに力を与えているのだろう。そう思った。

(ブレン、すまない。大丈夫か?)
(……)
(よし)

 心を落ち着け、ブレンに声をかけると立ち上がらせる。その姿を前にギンガナムから通信が飛んできた。

「ほう。まだ戦う意志を失わぬか……見上げた根性と誉めてやろう。どうだ? ギンガナム隊に入らぬか?」
「悪いがお断りだな」
「ならば死に物狂いで戦うことだな。それにここで小生を倒せばジョシュアとやらの魂も救われるかも知れぬしなぁっ!!」
「ジョシュアはそれを望まない。人には戦いなど必要ないんだ」

 本心だった。ジョシュアの弔いの為と思い定めて戦いはしても、どこか違うという思いは常について回っている。
 不意にギンガナムが動く。早い。咄嗟に拳をブレンバーで受け止める。

「それは違うな。人は己の内に闘争本能を飼っている。
 それを解き放つために戦いは必要なのだ! その為にこのような場が用意されている!!」
「本能の赴くままに戦い続ける姿のどこに人間らしさがある!」

 言葉を返し、弾き、距離を取る。意外なほどブレンの掌に伝わる重みは軽かった。遊ばれている。咄嗟にそんな思いが頭を突く。
 揺れ動き、翻弄させるような動きを取りながら、ギンガナムが言葉を吐く。その口調には言葉遊びを愉しむような余裕が込められていた。

「ならば聞く! 水槽の中で飼われている魚のような生のどこに人間らしさがある!!」
「どういう意味だ」
「外敵もなく、餌も十分に与えられ、安全で平和な住みやすい環境。それを世界の全てだと思い込んでいる。まるで飼われた魚の様ではないか。
 だがなぁ、人間はそのような環境に息苦しさを覚える。だからこそ、ディアナは地上へ帰ることを望んだ。
 だからこそ、このギム=ギンガナムは戦い、戦乱をもたらすのだ。人として生きる為になぁっ!!」

 突如動きが変わり、強烈な一撃がラキを襲う。それをブレンバーで受け流し、攻撃に転じながらラキは反論を返す。
 ギンガナムの言を受け入れることはジョシュアの、人として生きようとした自分の生き様を否定することだ。それは、死んでも受け入れることはできない。

「それは違う。確かに人は生きるために戦うことがある。憎しみにまみれて道を見失う者もいる。
 だけど、それだけが人じゃない。それを私はジョシュアから、人から学んだ」
「だが、貴様は戦っているぞ!!」

 受けたギンガナムが言う。シャイニングガンダムとネリー・ブレンの双眸が、ギンガナムとラキの眼光がぶつかり火花が散った。
 巨大な重圧を伴ってギンガナムは圧し掛かってくる。そのギンガナムの言葉には迷いがない。だからこそ強く、なによりも危険なのだ。気を抜くと押し切られそうになる。

「そうだ。私は戦っている。私はメリオルエッセ……負の感情を集めるだけの働き蜂。所詮、人にはなれない。だから――」

 唇を噛み締めて言う。渾身の力で押し返し、再び距離を取ったところで泣き出しそうになり、思わず言葉を区切った。
 人にはなれない。それはある意味では分かっていたことだ。いくら憧れ、恋焦がれようとも、蛾に生まれついた者が蝶になることは適わない。
 同じだ。私もメリオルエッセに生まれついたからには、人になることなど適わないのだ。
 分かっていた。分かっていたが、どこかでそれを受け入れてない自分がいたことは、確かだった。
 それなのに、今自分の言葉で肯定し、受け入れてしまった。それがどうしようもなく悲しい。
 でも、それよりも受け入れ難いことが存在する。だからこそ泣き出したい思いで受け入れた。
 人は私とは違う。私の周りにいた人は、負の感情を集めるためだけに作られた私に、それだけが人ではないと教えてくれた。
 そんな人間が、憧れ恋焦がれた人間が、戦いを自ら望むような者であって良いはずがない。
 私の傍にいた人が与えてくれたぬくもりは、そんな人からは決して得られないものだ。そう信じたい。

「だからこそ、貴様は私の手で止めてみせる!!」
「それは結構。だが、できるのか? このギム=ギンガナムをぉ!!」

 切り結び、跳び、かわし、攻め、守る。目まぐるしく入れ替わる攻防ではあったが、バイタルジャンプを多用してようやくギンガナムの動きについて行けるという状態だった。
 初手を合わせたときから比べ、ギンガナムの気力は満ち溢れている。それに伴ってシャイニングガンダムの基礎能力が桁外れに上がっていた。
 対し、ラキの操るネリー・ブレンは少しずつ消耗し、痛み始めている。ラキ自身も似たようなものだ。
 それでも方法はあった。死ぬ気になればやることができるただ一つの方法が。

(……)
(ブレン、落ち着け。仇は私が討たせてやる。それと私に遠慮はするな)
(……)
(恍けるな。お前が私を気遣ってくれているのは分かっている。でも、それじゃ駄目なんだ)

 分かっていたことだ。ネリー・ブレンが自分を気遣い、自分の周辺に集まり渦巻いている負の感情のオーガニックエナジーを主として動いていたことは。
 それはラキの負担を減らすためだろう。それに造られた生命であるラキのオーガニックエナジーは、自然の生命に比べると驚くほど希薄で弱いのだ。だがそれでも――

(……)
(いいさ。ここで全て吸い尽くしていけ)
(……)
(すまないな。ありがとう)

 ブレンの説得を終え、しかし、息をつく暇もない。攻防は続いているのだ。
 視界の端でギンガナムを捉えつつ、隙を見て通信をヒメ・ブレンへと試みる。
 頭部を失ったヒメ・ブレン相手に通信が繋がるか不安はあったが、程なくそれが要らぬ心配だったということが証明された。通信は繋がった。

「アイビス……無事か?」
「うん。私は大丈夫。でもブレンが……ブレンが私のせいで……」

 ギンガナムの攻撃を受けるその一方で盗み見たアイビスの表情は暗く沈んでいる。
 アンチボディーは半分機械半分生物という特殊な存在だ。頭部を失うということは死を意味している。
 それを自分のせいだと思い込み、責任と重荷を背負い込んでいるといった感じだった。その姿に一瞬頬を緩ませる。
 やはり人間は優しく暖かいのだ。ブレンはきっとそんな人の優しさに魅かれたからこそ、人を必要とする体に生まれたのだろう。そう思った。
 その一方で、無理だろうなとは思いつつ慰めの言葉をかける。

「気にするな。お前は精一杯やった。だれもお前を責めやしない。お前のブレンもきっとお前を恨んでやしない。
 そして、これから起こる事もお前のせいではない。だから、気に病まないでくれ……そうなると、私は悲しい」
「えっ?」

 伏せていた顔が上がるのを目の端が捉えた。バルカンを二発三発とかわしつつラキは言う。

「……私のブレンを頼む。こうみえても寂しがりやなんだ。きっとお前の力になってくれる」
「ラキ、あんた……」
「ジョシュアが最後に守った者を私も守れる。それだけで十分だ」
「違う。違うよ……ラキ」

 顔を左右にふるふると振るわせるアイビスを無視して、言葉を続ける。
 自分の声が湿り気を帯びていくのに辟易しながらも、どうすることも出来ない。

「アイビス、会えてよかった」
「ラキ、ジョシュアが本当に守りたかったのは私じゃない! あんたなんだ!!
 だから、だから一緒に生き延びよう……二人で生き延びる道もきっと見つかるからっ!!!」

 耳に飛び込んできた声にハッと目を見開き、俯いた。出来ることならそうしたかった。でも目の前の現状はそれを許すほど甘くはない。
 だから、ラキは一度だけギンガナムから視線を外し、アイビスを見て声を掛ける。努めて明るく、精一杯の笑顔で。

「本当はもっと落ち着いて話がしたかった。でも時間がない。アイビス、お別れだ」
「ラキ!!」
「盛り上がってるとこ悪いがな。お前らは死なねぇよ」
「「クルツ!!」」

 突然割って入った声にラキとアイビス――二人から驚きの声が上がった。そんな二人に構うことなくクルツは飄々と言葉を繋げる。

「ラキ、お前がろくでもないことを考えてるのは分かってる。でも悪いな。こいつは俺が貰う。お前はアイビスと行け」
「何、無茶なことを言っている。その半壊した機体でこいつを押さえられるはずがないだろう」
「無理だよ、クルツ。あんた一人ならまだ逃げられる。機体が動くのなら逃げて」
「うるせぇっ!!! うるせぇよ……行きたいんだろ? 本当はそいつと行きたいんだろうが!!!」
「それは……」

 言い澱み、覚悟が揺らぐ。
 諦めたはずの先を突きつけられ、そこにいる自分を連想してしまい生きたいという衝動が膨らむ。思わずクルツの言葉に縋りつきたくなり、浅ましいと自分で一喝する。
 そんな心の機微を見通してか、クルツは言葉を畳み掛けてきた。

「行けよ。とっとと行っちまぇ! いいか? 勘違いするんじゃねぇぞ。俺はお前の代わりにこいつの相手するんじゃねぇ。誰かの代わりなんて真っ平ごめんだ。
 俺は俺が好きでこいつの相手をするんだ。こいつは俺の我侭なんだよ。あいつと一緒に行くのはお前の我侭だ。だったら、我を張れよ。押し通せ。
 会ったときからお前は我侭尽くしだったんだ。いまさら変に遠慮なんてしてんじゃねぇっ!!」
「しかし、お前は……」
「俺は俺の我を通してここに残る。お前はお前の我を通してあいつと行く。それで全部まとめてオールO.K。円満解決。大団円だ。違うか? 違わねぇだろ。
 分かったか? 分かったら、さっさと行っちまえよ。お前らがいると邪魔なんだよ。気になっちまって、切り札が切れねぇ」
「ならばそのカード、小生が切りやすくしてやろおっ!!」
「ッ!!」

 クルツに気を取られすぎていた。気がつけばギンガナムが間近に迫っていたのだ。
 近いっ! 近過ぎる。回避も何も、全てが間に合わない。直撃? 当たるのか? くらうのか? くらえば――
 豪腕を目前にぞっと全身が怖気立ち、肝が冷えた。思わず目を閉じ、首を竦める。身を固く小さくして来るべき衝撃に備える。
 しかし、その瞬間はついぞ訪れなかった。変わりに怒声が飛んで来る。

「何やってんだ! 早く行け!! ちんたらしてんじゃねぇ! 今すぐ走れ!!」

 恐る恐る開けた視界に、いつの間に忍び寄ってきたのか、ギンガナムに背後から組み付くラーズアングリフの姿が映しだされる。

「ク……ルツ?」
「さぁ行け! 行くんだ! 行って、俺の代わりに二人であの化け物に一発かましてこい……頼んだぞ」

 目が合い、気圧された。その目には一本の筋が通った、ぴんと背筋の伸びた胸に迫る何かがある。
 それに抗おうと胎に力を込めたが、一度揺れた覚悟はそれを押し返すまでの強さを持ってはいなかった。
 乾いた口が動く。何度か唾を飲み込み、何度も言葉を喉元で押し殺したその口は、しかし最後には辛うじて聞き取れる程度の声で喉を震わせた。

「……すまない。頼む」
「いいってことよ。任せろ」

 陽気な、いつもと変わらぬ声が耳朶を打つ。悲壮さなど微塵も感じさせない、ちょっとした用事を引き受けるような、そんな声だった。
 クルツとギンガナムに背を向け、ネリー・ブレンが跳ぶ。
 決めた以上、戸惑ってはならない。速やかに動かなければクルツの覚悟に水をさすことになる。それが、似たような覚悟をほんの少し前まで決めていたラキには、痛いほど分かっていた。
 ジャンプアウト。物言わぬヒメ・ブレンを抱え上げる。アイビスが文句を言ってきた。その気持ちも、やはり痛いほどに分かる。
 だがそれに耳を貸すわけにはいかない。例え恨まれようと構わない、とラキはその場からの離脱を開始する。
 普通に長距離のバイタルジャンプを行う余力は、もう残されていなかった。

 ◆

 赤い戦車のような人型機動兵器が投げ飛ばされ、瓦礫の海に埋没した
 ラキとアイビスが離脱を開始して数分。ずぶずぶと上下逆さに埋没していく機体の中、クルツは一人ぼやく。

「やれやれ、こんなつもりじゃなかったんだけどな。こういうのを親心って言うのかね」

 本当に初めて会ったときから世話のかかる奴だった。意見は食い違うわ、一度決めたら梃子でも動かねぇわ、自分勝手に動き回るわで、本当に面倒ばかり掛けやがる。
 でも気持ちのいい奴らだった。
 にしてもついてねぇな。こんなとこに呼び出されてまでして、俺、何やってるんだろうな……。

「……まぁいいさ。悪かぁねぇ」

 がばっと起き上がり、コンクリートの破片を跳ね除けながら呟いた。
 ああ、そうさ。悪かぁねぇ。女を守って死ぬ。男として最高の死に様じゃあねぇか。あんたもそんな気分だったんだろ? ジュシュア=ラドクリフ。
 ふぅ~っと長い息を吐く。横目でちろりとこれから命を賭ける相手を見やり、リニアミサイルランチャーを突きつける。

「悪いな、大将。俺の我侭に付き合ってもらってよ」
「貴様がその半壊した機体で何をするのか興味があってな。だが、空の銃では小生は倒せぬ。そこのところは分かっているのか?」

 クルツが最も懸念していたこと、それは無視をされ二人の後を追われることだったが、どうやらその心配はなさそうだった。人知れず胸を撫で下ろす。
 敵さんは、こちらの手札に興味津々なご様子。ならどうすればいい? 簡単だ。挑発して好奇心を呷ってやればいい。そうすればもう少し時間を稼ぐことが出来る。

「知ってるか? プロってのは、弾を撃ち尽くしても最後の一発ってのは取っておくもんだ。本当にどうしようもなくなっちまったときに自分の頭を撃ち抜く為にな」
「下らんな。己の頭を自ら撃ち抜くぐらいなら、その一発で相手を倒すことを考えるべきだ。
 最後まで相手の喉下に喰らいついて初めて一人前の兵士と言える。貴様もそうだろう……違うか?」
「そういう考え方もありっちゃありなんだが……。勿体つけといて悪りぃんだけど、実は弾なんか残っちゃいねぇんだな、これが」

 リニアミサイルランチャーを手放す。瓦礫で跳ねたそれが乾いた音を立てた。
 からかわれたとでも感じたのかモニター越しの表情が怒り、睨みつけてくる。想像以上に単純な奴だ、とほくそえんだ。話術では負ける気がしない。

「短気は損気。そう怒りなさんなって……。代わりにギンガナム、あんたには別のもんをぶつけてやるよ」
「ふんっ! 貴様のごとき雑兵の命一つで小生を止められると本当に思っておるのか?」

 完全に臍を曲げたらしい男を前に急にクルツの目つきが変わった。

「馬鹿言っちゃいけねぇな。あんたに生き残られちゃ、せっかくのお涙頂戴シーンが台無しだ。
 それになぁ、お前さん自分のこと買いかぶり過ぎだ。こちとら戦争屋。弾なんざなかろうが、手前を倒す手段なんざいくらでも思いつくんだよ。塵一つ残さねぇから覚悟しろい」
「吠えたな」
「吠えたさ」

 売り言葉に買い言葉。睨み合い。互いの鼻が白み。直ぐに二つの哄笑が廃墟に木霊し始める。カラッとした笑い声が大地を包む。

「面白い! ならばきっちり殺してみせろよ!!」
「上等だ! そろそろ行くぜ!!」

 時間は十分とは言えないが稼いだ。もう巻き込む心配も多分ない。あとは俺が上手くやれば万事オッケー、全ては上手く収まる。
 シザースナイフを抜き放ち、握り締める。接近戦の不利は百も承知。だがそれでもラーズアングリフに残された武器はそれしかない。

「来いっ!!!」

 腰を低く落とし、ギンガナムの声を合図に猛然と突進を開始する。敢行したのは命がけの接近戦。
 だが、それは余りにも馬鹿げた行為だった。ただでさえ鈍重なラーズアングリフだ。脚部を損傷した現在、ギンガナムと比べるまでもなく動きは鈍重を極めている。
 動きは鈍く、勢いも無ければ、切れも伸びも無い。ギンガナムから見れば凡庸も凡庸。ただ愚鈍なだけの特攻としか映らなかった。
 ゆえにギンガナムは激昂した。軽んじられた。甘く見られた。そういう思いが有り、自尊心についた傷が感情を刺激したのだ。

「どんな隠し玉があるのかと思えば、ただの特攻とは……実に下らん!!」

 ギンガナムが動く。ラーズアングリフの鈍重さに比べ、その動きはまさに疾風。

「小生を愚弄した罰だ!! DNAの一片までも破壊しつくしいいぃぃぃいいいい、鉄屑にしてやるっ!!!」

 間合いが瞬時に潰れる。ギンガナムが放った手刀は、頑強な装甲の継ぎ目を狙う一突き。
 右胸を貫かれるその寸前、クルツはシザースナイフを投げ捨てた。右腕で逃さぬようシャイニングガンダムを抱きしめる。

「野郎に抱きつくなんざ趣味じゃねぇが……この時を待っていたんだよ!」
「何だこれは! この馬鹿げた熱量は!! 貴様ぁ、一体何をした!!!」

 キーボードに指を滑らせ、一つの文字列を叩き込んだ。それは祈祷書の『埋葬の儀式』の一節を捩ったシャドウミラーの自爆コード。
 その真髄は機密保持の為、後には何も残さない絶対の破壊。文字通り全てを無に帰す力。
 即ちコード名――
              ――Ash To Ash――

「別に大したことなんざしてねぇよ。ただ土に還るだけさ。俺もお前もなっ!!」

 勝利を確信し、誇らしげに笑ったクルツを光の海が包み込んだ。






|