◆

 火花が散る。数合剣戟を交え、剣刃が乱れ飛ぶ。灼熱する斧を弾き飛ばし、横に薙ぎ払う。押した。押して押し捲った。
 隙はない。防御も厚い。しかし、破れる。突き破り、この男を避わすことが出来る。それが見えた。が、同時に側面を衝かれ、手痛い被害を受ける自身の姿も見えていた。
 一瞬の躊躇。それで機を失う。攻めあぐね、跳び下がり距離を取る。五度目だった。突き破れる手ごたえを感じながらも、全て跳ね返された。
 目の前の男は待っている。それは確実だった。薄ら笑いを浮かべながら、強引に突破を図る瞬間を待ちわびているのだ。それに乗る事は出来ない。
 ブンドルは唇を噛んだ。すでに相当の時間が経過している。死者が出ていても不思議ではないだけの時間だ。それだけの時間を費やして突破も出来ない。それがプライドに傷をつけた。
 互いの損傷は皆無。僅かに斧を弾き飛ばした点だけ、相手に被害を与えた。ただそれだけだ。
 無傷では切り抜けられない。崩せない。手負う覚悟があって初めて傷を負わせられる。この男を突き崩せる。そう思った。
 だがそれは許されないのだ。ラプラスコンピューターに損害を与えることは避けねばならない。やはり無傷で切り抜けるしかないのだ。それには切っ掛けがいる。あの男の注意を逸らすだけの切っ掛けが。

 ◇

「つまらねぇな……」

 小さく呟いた。この敵はつまらない。技術技量は驚くほど高い。動きも目を見張るほどで、無駄がなく隙もない。攻めは苛烈。守りは堅固。しかし、つまらない。
 恐さがないのだ。堅実で、大きく賭けに出てくるような動きを取ろうとしない。機会は何度もあったはずだ。賭けに出れば突破できる程度には、何度も崩された。
 しかし、それに乗ってこない。そういう敵は手強くても恐ろしくはないものだ。つまりは、つまらない相手ということになる。
 面白味という点では、アキトやテニアとか言う嬢ちゃんの方が遥かに勝っている。興味も半ば失せて来ていた。
 その時だ。彼方に巨大な光輪の華が咲いた。咄嗟に背後を振り返る。その動作はモビルトレースシステムを伝わり、正確に機体に反映された。同時にゾッとした悪寒が体を包み込む。

「チィッ!!」

 正面に向き直った。既に白銀の機体は驚くほど近い。無駄のない剣閃が襲ってくる。辛うじて防いだ。
 そのまま二合三合と切り結ぶ。しかし、押されている。このままでは押し切られる。
 思わず笑みが漏れた。

「ククク……やりゃぁ出来るじゃねぇか。なぁ!! おいッ!!!」

 守りを捨て踏み込む。自らの身が傷つくことも厭わない。頭を断ち割るビームナイフの一撃。しかし、それは空を斬ることとなる。
 眼前で白銀の機体の姿が変わる。人型から鳥のような姿へ。交錯。瞬く間に脇をすり抜けて背後へ。踏み込んだ分動きの遅れたガウルンは、その変化について行くことは叶わない。
 振り返ったときにはその姿は既に小さくなっていた。とてもじゃないが追いつけない。

「やれやれ……やられたねぇ」

 突如巻き起こった巨大な爆発。
 おそらくは何らかの決着が着いたのだろう。だとすれば思ったほどの混戦にはならなかったということだ。それにあの爆発では生き残りがいるのかどうかも怪しい。いてもくたばり損ないだろう。
 となれば、いまいち面白味に欠ける戦場だ。興味が急速に失われていくのを感じていた。

「骨折り損のくたびれ儲けってやつかねぇ、こりゃ。まったくお寒いねぇ」

 地に落ちたヒートアックスを拾い上げたガウルンは、思わずそうぼやかずにはいられなかった。



【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
 パイロット状態:良好、主催者に対する怒り、焦り
 機体状態:サイバスター状態、各部に損傷、左拳損壊
 現在位置:D-3
 第一行動方針:ギンガナムとの合流
 第二行動方針:協力者を捜索
 第三行動方針:三四人の小集団を形成させる
 第四行動方針:基地の確保のち首輪の解除
 最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
 備考:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能】

【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状況:疲労小、DG細胞感染、気力120
 機体状況:全身に弾痕多数、頭部・左肩・胸部装甲破損、マント消失、ダメージ蓄積
        DG細胞感染、損傷自動修復中、ビームナイフとヒートアックスを装備
 現在位置:D-3
 第一行動方針:近くにいる参加者を殺す
 第二行動方針:アキト、テニアを殺す
 第三行動方針:皆殺し
 第四行動方針:できればクルツの首を取りたい
 最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
 備考:九龍の頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】

【グラキエース 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード)
 パイロット状況:精神不安定。放送の時刻が怖い
 機体状況:無数の微細な傷、装甲を損耗、EN残量1/2、ブレンバーにヒビ
        ENの減少により長距離バイタルジャンプの使用不可
 現在位置:D-3
 第一行動方針:アイビスと共に離脱
 第二行動方針:クルツの代わりにノイ=レジセイアを一発ぶん殴る
 最終行動方針:???
 備考1:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません
 備考2:負の感情の吸収は続いていますが放送直後以外なら直に自分に向けられない限り支障はありません】

【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ヒメ・ブレン(ブレンパワード)
 パイロット状況:気力回復、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)
 機体状況:頭部損失(実質大破)ソードエクステンション装備。
 現在位置:D-3
 第一行動方針:ラキを問い詰める
 第二行動方針:寝るのが少しだけ怖い
 最終行動方針:どうしよう・・・・・・
 備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません】

【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A)
 パイロット状況:死亡
 機体状況:大破】

【ギム・ギンガナム 搭乗機体:シャイニングガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状態―――――












 ざわり

 空気が揺れた。クルツの巻き起こした爆発の余波による電波傷害は、未だ治まる様子を見せていない。だからレーダーに反応は無かった。
 しかし、肌が不穏なモノを感じ取ったのだ。それは皮膚を焦がすように熱い闘争本能の塊。濃厚にして濃密。全てを焼き尽くさずにはおれない地獄の業火。
 そういったモノが、廃墟を荒野へと変えた爆発の中心地点のほうから迫って来る。間違いない。奴はまだ生きている。確信に近い思いでラキはそれを感じ取った。
 顔が難しい表情を作り、思い悩む。悩み悩んだ後で、ラキは諦めたようにポツリと呟いた。

「……どちらにしてもこれしかないか。すまないな、クルツ」

 クルツと自分の役回りが逆ならば、こんなことにはならなかった。クルツが命を落とすことなど無かった。
 そして、今自分はクルツが残してくれた命を散らそうとしている。今度は自分の番。そう思い定めている。そういう意味での二重の謝罪だった。
 通信をヒメ・ブレンへと繋げる。

「アイビス、さっきも頼んだようにこいつを頼む」
「えっ?」

 モニターにアイビスの顔が映し出される。驚いた目が大きく見開かれるのが見えた。
 恐らく死んでいったヒメ・ブレンの体をその内側までも綺麗に拭っていたのだろう。せめて綺麗な姿で弔ってやろう、そういう想いが、手に握り締められた汚れた布切れに込められているように思えた。
 その光景にふっと頬が優しく緩むのを感じる。こんな奴だからだ。こんな奴だからこそ、ジョシュアも守って死んでいったのだろう。そういう気がした。

「ギンガナムがそこまで迫っている。私はこれからあいつを止めに行く。心配するな。お前だけは何があっても絶対に守るから」
「待って! 私も行く。ラキ、あんただけに戦わせるなんて出来ない」

 懸命な目と声が迫って来る。一心に言い募ってくるその必死さに思わず押し切られそうになりながら、しかしラキはゆっくりと諭すようにアイビスの言葉を退けた。
 その語調には、子供に言い聞かせる母親の温もりがどこか染み出ている。

「それは出来ない。今のお前では足手まといなんだ。分かるだろう?」
「でもそれじゃあ、あんたが……あんたも……」
「気にするな。メリオルエッセである私には似合いの最後だ」

 アイビスが俯いた。分かっているのだ。自分が何の役にも立たないのだと。送り出せばもう帰って来ないのだと。
 肩が震えている。泣いているのか?
 そう思ってもどう声を掛けて良いのか分からず、途方に暮れながらも、何故かこのときラキはジュシュアに向けるのとはまた違った愛おしさが湧き出てくるのを感じていた。
 生きた時間で言ってしまえば、ラキはアイビスの十分の一も生きていない。しかし、それは母親が愛娘に向ける愛情のようなものだったのかもしれない。
 やがて袖口で目元を拭ったアイビスの顔が上がり、無理に貼り付けた笑顔を浮かべる。今にも崩れ去りそうな笑顔。しかし潤んだ眼差しは真摯に見つめてきていた。

「ラキ、あんたは……あんたはもう立派な人間だよ」

 そうか、泣いていたんじゃない……この娘は考えていたのだ。もう止められないと思い、最後に何を伝えられるのか、その言葉を探していたのだ。
 何だろう……胸が温かい。なんとなく分かった……これは一番私が欲しかった言葉なんだろう。
 ふっと目頭が弛む。笑顔で返そうとして、涙が溢れてくるのを抑えることが出来ない。

「そうか……私は人になれたのか……」

 ほぅっと溜息を吐くようにして言葉が漏れる。大事に大事に言葉を口の中で反芻し咀嚼する。あたたかい。胸に灯ったぬくもりが気持ちいい。
 何よりの餞だ……私には過ぎた餞別だ。思えば誰かにそう言ってもらえるのを私は待っていたのかもしれない。ありがたい。
 でも、だからだ。こんなことを言ってくれる人間だからこそ守らなきゃいけないんだ。

「アイビス、ありがとう。泣くな。胸を張れ。お前は精一杯頑張っている。
 ……会えてうれしかった。がんばれ」

 溢れた涙が零れ落ちるのを頬に感じた。その涙の一粒でさえも今は温かい。
 通信をそっと閉じる。暫くは体が震えて動くことが出来なかった。いや、胸中に湧き出てきたぬくもりを噛み締めていたかったのかもしれない。
 ぐいっと潤んだ目を拭い、鼻を噛む。大きく長い溜息を一つ。
 ちらりと横目で頭部を砕かれたヒメ・ブレンを確認する。その右手にはしっかりとソードエクステンションが握られていた。最後まで力強く戦った証だった。
 これで憂いはもう何もない。後はどれだけ完全な状態でネリー・ブレンをアイビスに明け渡せるかだ。
 キッと目元に力を込め、前方を睨みつけたラキは、いつもと同じ声、同じ態度でブレンに最後の戦いを促した。

「さぁ! 行こう、ブレン!!」

 ◇

 D-3地区に広がる広大な廃墟。その一角を円形に抉り飛ばし、出現した荒野の尽きるところ。
 徐々に白んでいく空の下、何もない荒野と瓦礫の町の狭間でただ二つの機動兵器が全てに取り残されたようにぽつんと対峙していた。
 装甲のいたるところに傷を拵え、金属特有の光沢を失っている蒼い機体ネリー・ブレン。
 表面装甲の六割が膨大な熱量によって融解し、氷柱のように垂れ下がった状態で凝固しているシャイニングガンダム。
 二つの機体はまさに満身創痍。だが、二機は戦う力も気概も失わず、かといって不用意には動くことも出来ずにただ睨み合いを続けていた。
 全身が、汗にまみれていた。ギンガムの放つ圧力は並大抵のものではない。それを押し返し睨み合う。ただそれだけで疲労は蓄積されていく。

(ブレン、分かっているな?)
(……)
(すまないな。嫌な思いをさせる)

 これまでの交戦で互いが互いの手を読みつくしている。ゆえに迂闊な初動は即座に死に繋がる。普通ならば容易には動けないものなのだが、この男にそんなことは関係なかった。

「名残り惜しい気もするが、そろそろこの戦いも終わりだな。ならば――」

 装甲が焼け爛れたシャイニングガンダムが光を発し、黄金に染まる。
 緻密な計算も、姑息な浅知恵も関係ない。全てを薙ぎ倒す力の信奉者ギム=ギンガナムは吼えた。

「この一撃をもってええぇぇぇえええ!! 神の国への引導を渡してくれるっ!!!」

 刹那、ブレンが一歩を踏み出し、その場から掻き消えた。ギンガナム相手に真っ向から攻める愚は冒さない。かと言って、初手から死角を使う愚かさもない。
 側面を突く。しかし、ギンガナムはもう、鋭敏に反応していた。
 雄叫びをあげ、ブレンバーを振るう。ぶつかった。押される。抗えたのは束の間だった。圧倒的な力で押し流される。それを何とか撥ね上げた。皹が広がる音。
 二撃目。力を受け流しきれずに、ブレンバーの刀身が半ばで砕け散る。三撃目は死。次は凌ぎ切れない。だから刺し違える。命を賭してならそれが出来る。そして、それはここしかない。
 跳躍。ギンガナムの右後方――左腕からもっとも遠い死角――そこへ。ギンガナムがにやりと笑った気がした。
 瞬間、相手の左腕が閃光を発する。動きはここにきて尚早い。ここぞというところを嗅ぎ分けるこの男の嗅覚には、思わず舌を巻く。
 三撃目。砕けた刀身を突き出した。前へ。ただ前へ。暁を背に二つの影が交錯する。ぐしゃりと砕ける音。モノが潰れる感触。
 光る腕は眼前で止まり、その光を失っていた。そして、ブレンバーの刀身はギンガナムを貫いている。

「生きて……いるのか? 私は……」

 死を覚悟して前に出た。にもかかわらず生きている。何故、自分は生きているのか? 生きていることを喜ぶよりも先に、疑問が思い浮かんだ。
 ジョシュアがギンガナムの右腕を持っていってくれた。クルツが装甲を脆くし、機体そのものの動きも鈍らせてくれた。その彼らが開いた血路のお陰で生き残れた。
 それは分かっていたが、やはり生きているということが不思議でならなかった。緊張の糸が途切れたのか、どこか呆然としているという自覚がある。
 心ここにあらずというのは、こういうことなのだろうか?

「貴様、名は?」

 不意に声を掛けられてびくりとした。思わず声が上擦るのを感じながら、言葉を返す。

「……グラキエース」
「ふ……ふふ……グラキエースか」

 不適な笑みをこぼしたギンガナムが、ブレンバーが突き立ったまま一歩前に出る。そして、一歩が二歩に。ブレンバーはさらに奥深く突き立つこととなり、黒いオイルが血の様に噴出していた。

「貴様の名、覚えたぞォォ!! 我、魂魄百万回生まれ変わってもおぉぉおおお!!! この恨み、晴らすからなああぁぁぁああああ!!!!」

 眼前の左腕が再び閃光を発した。近い。そして、反応が遅れた。避わせない。ブレンの頭部が捕まる。咄嗟に両腕でその腕を掴む。しかし、ビクともしない。
 突然、恐怖が襲ってきた。この身が消え果るという本能的な恐怖。ブレンのものか、自分のものか、判別はつかない。
 思わず胸をグッと掴む。あたたかい。そうだ。このあたたかさの為なら私は命を賭けられる。私が私のままで逝くことが出来る。
 ジョシュアはよくやったと褒めてくれるだろうか? あいつは私の頭にぽんと手を置き、優しくなでてくれるだろうか?
 きっと褒めてくれる。きっと優しくなででくれる。もう悔いは……ないっ!

「跳べ! 跳ぶんだ、ブレン!!」

 怨嗟の念と自身への誇りを残し、一つの命を糧に二つの機動兵機がその場から掻き消える。そして、一ブロック南――D-4地区に余りにも小さな爆発音が人知れず鳴り響いた。

 ◆

 ラキが出て行って暫くたってから、ネリー・ブレンが戻ってきた。その姿は泣いていた。何故だか分からないが、そんな気がしたのだ。
 コックピットを覗くとそこにはラキの遺骸が乗っていた。
 それとヒメ・ブレンの分の穴をネリー・ブレンと一緒に掘った。クルツは跡形もなく吹き飛んでいて、埋めるようなものは何も残っていなかったのだ。
 ブレンに触れ、そっと呟く。

「ねぇ、ブレン。ラキの最後は……どんなだった?」
(……)
「そう……そうか。うん。ありがとう」

 二つの遺骸を納め、土をかぶせていく。こみ上げてくるものをグッと堪える。
 ジョシュアを埋めたときには泣いた。シャアが死んだときには泣く気力すら残っていなかった。
 でも、今は泣くべきではないと思っていた。
 みんな見事に死んでいった。そうだ。見事な最後だったんだ。死ぬときはこうありたいと誰もが思えるような見事な死に様だ。
 でも……死は死だ。他の何者でもない。
 そして、自分は生かされた。たまたま自分は生かされたのかもしれない。そこにいたのが自分でない誰かであっても、きっとみんな守って死んでいっただろう。
 だからといって、自分が生かされたという事実はなくならない。それはやはり黙して受け止めるべきことなのだ。
 今はまだ泣かない。
 泣くのはやるべきことが全部終わったあとでいい。そのときに思い出して泣こう。そのときまで涙は取っておこう。
 遺骸が土に隠れると胸の前で手を合わせ、ゆっくりと目を閉じる。
 ジョシュアは何も言わずにただ守ってくれた。シャアは死ぬこと以外好きにしろと言った。
 クルツは命を懸けても譲れないことがあることを教えてくれた。ラキはただ頑張れと言ってくれた。
 そして、ヒメ・ブレンはこんな私に最後まで付き合ってくれた。文句の一言もなく。
 でも、何をやるべきなのかは、誰も教えてくれなかった。それはきっと自分で決めるべきことだ。みんなが生かしてくれた自分が自分で決めるべきことだ。
 そう思った。
 スッと目を開けたアイビスは、顔を上げてネリー・ブレンを見上げる。真似たのか両手を合わせた姿がそこにはあった。
 そのどこか滑稽な姿にふっと頬を緩ませ、墓に背を向けて歩き出す。後ろ髪引かれながらも振り向かない。振り向いてはならない。

『そりゃ、お前が引け目を感じているからだ』

 ギンガナムに接触する前、ラキのことを聞いた返しに、ここに来てからの話をしたときのクルツの言葉だ。

『一方的に何かをしてもらったと思ってる。自分は何もしてないのにってな。つまり対等だと思えないんだ。仲間なのにな。
 理由もないのに世話を焼かれ続けるのってきまりが悪いだろ? それと同じだ。相手は気にしてないのかもしれないが、お前はそれを気にしてる。
 だったら見返してやれるぐらいしっかりした人間になればいいのさ。そのくらい自分に自信がついたら、その後ろめたさは消えるんじゃねえかな』

 一人生き残ってしまった後ろめたさ。それはまだ消えない。多分そう簡単に消えるものでもないだろう。消えるようなものではないのかもしれない。
 それでも、いつかは死んでいった人たちの命に見合うような人間になりたかった。

「ジョシュア、ラキ、シャア、クルツ、ブレン……あんた達はそこで見ていて……もう迷わないから。もう立ち止まらないから。
 私は、私なりの生き方で精一杯生き抜いて見せるから……。だから、笑って見ていて」

 墓を背に、喉元まで出掛かった嗚咽と涙を押し戻し、空を見上げたアイビスは言う。思いのほか綺麗に澄んだ声が、朝露に溶けて消えていった。

「行こう、ブレン」

 ◆

 すり鉢上に抉れた荒野。直径10km程もあるその荒野の上空を一羽の神鳥が飛んでいた。
 その神鳥はぐるりと大きく旋回すると廃墟と荒野の境目に一つの人影を見つけて、軌道を変えた。
 やがて神鳥はその男の元へと降り立つ。

「ブンドルか……」
「ギンガナム、無事だったのか」

 神鳥――サイバードから声を上げ降りていく。それを目の前にギンガナムは実に誇らしげに笑った。

「うむ。危ういところだったが小生は勝ったぞ。一人は取り逃してしまったがな。だが、ギンガナム隊の勝利だ」

 頭が痛い。この男、確実に修復不能なまでの溝を作ってくれたに違いない。そして、自分はこいつの一派だと思われている公算が大きい。
 今後の行動に支障を来たす可能性は高かった。それに生き残った一人がギンガナムの健在を知るのもそう遠くはないだろう。眩暈すら覚える惨状である。

「ときにブンドル。貴様、マスターガンダムをどうした? まさか倒してはおらぬであろうな」
「やはりあれもガンダムというのだな。心配するな。撒いてきた」
「ならばよし! あれとは小生が戦う。貴様は手を出すなよ」

 それは一向に構わない。むしろ願ったり叶ったりなのだが、これだけ暴れておいてまだ戦うつもりなのか、と心底呆れ果てる。
 本当に付き合いきれない。

「ギンガナム、機体はどうするつもりなのだ? 言っておくが、サイバスターを貸す気は私にはないぞ」

 見つけたときからギンガナムは一人で、機体は跡形もなかった。にもかかわらず戦う気満々である。
 だから不安が過ぎる。せっかく苦労して守り通したサイバスターなのだ。あっという間に壊されてはたまったものではない。
 だが、ギンガナムからはカラッと陽気な声が返ってきた。非常に上機嫌だ。

「ふん。そのような機体に頼らずとも小生にはシャイニングガンダムがある」
「見当たらないが……」
「そろそろ頃合か。よいかブンドル。小生は機体ごと禁止エリアに転移されると悟った瞬間、飛び降りた。すなわち機体のみ跳ばされたのだ。
 そして、シャイニングガンダムは呼べば来る機体だ! 目には物を見よッ!!」

 前後の説明がないのでいまいち理解に苦しむ。とりあえず非常識なことをやらかしたのは分かった。だが、そんなこちらの様子を気にした風もなく、ギンガナムは天高く右手を掲げる。
 何だ? 何故こいつはこうまでハイテンションなのだ? こちらとしてはお前が巻き起こした惨状に頭が痛いというのに。その無邪気さが恨めしかった。

「出ろッッ!! ガンダアアアァァァァァアアアアアアアアアアアムッッッッッ!!!!!」

 それがやりたかっただけだろ。そう思わずにはいられない喜々とした表情で叫び、指を弾く。地鳴りが響き。何処からともなくシャイニングガンダムが姿を現した。
 しかし、その姿はお世辞に無事とはいえない。腹部に刃物が突き刺さっているのだ。その他の箇所も散々な有様である。

「見たか、ブンドル! シャイニングガンダムはこの通り健在だ。さぁ、 行くぞ!!
 ガンダムファイトの挑戦状を奴に叩きつけになぁぁぁぁあああああああ!!!」

 溜息を吐かずにはいられない。仲間にしたのは間違いだったのだろうか……。いや、間違いなく間違いだった。力一杯そう思う。
 そして、明けの荒野にギンガナムの笑い声が木霊する。

「フハハハハハハハハハハハ……ゲホッ!! ゲホゲホ!! み、水をくれ、ブンドル」
「知らん」



【レオナルド・メディチ・ブンドル 搭乗機体:サイバスター(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)
 パイロット状態:主催者に対する怒り、疲労(主に精神面)
 機体状態:サイバスター状態、各部に損傷、左拳損壊
 現在位置:D-3
 第一行動方針:状況の把握
 第二行動方針:協力者を捜索
 第三行動方針:三四人の小集団を形成させる
 第四行動方針:基地の確保のち首輪の解除
 最終行動方針:自らの美学に従い主催者を討つ
 備考:ハイ・ファミリア、精霊憑依使用不可能】

【ギム・ギンガナム 搭乗機体:シャイニングガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状態:あちこち痛いが気にしない(気力160:限界突破)
 機体状況:右腕肘から先消失、腹部装甲に折れたブレンバーが突き刺さっている
        各部装甲に多数の損傷、表面装甲の六割が融解して垂れ下がり凝固、EN10%
 現在位置:D-3
 第一行動方針:ブンドルについていく
 第二行動方針:強者を探してギンガナム隊に勧誘
 第三行動方針:倒すに値する悪を探す
 第四行動方針:マスターガンダムにガンダムファイトを申し込む
 第五行動方針:アイビス=ブレンを探し出して再戦する
 最終行動方針:最も強い存在である主催を討ち、アムロ達と心ゆくまで手合わせ
 備考:ジョシュアの名前をアイビス=ブレンだと思い込んでいる】

【ガウルン 搭乗機体:マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダム)
 パイロット状況:疲労小、DG細胞感染、気力120
 機体状況:全身に弾痕多数、頭部・左肩・胸部装甲破損、マント消失、ダメージ蓄積
        DG細胞感染、損傷自動修復中、ビームナイフとヒートアックスを装備
 現在位置:D-3
 第一行動方針:近くにいる参加者を殺す
 第二行動方針:アキト、テニアを殺す
 第三行動方針:皆殺し
 第四行動方針:できればクルツの首を取りたい
 最終行動方針:元の世界に戻って腑抜けたカシムを元に戻す
 備考:九龍の頭に埋め込まれたチタン板、右足義足、癌細胞はDG細胞に同化されました 】

【アイビス・ダグラス 搭乗機体:ネリー・ブレン(ブレンパワード)
 パイロット状況:精神は持ち成した模様、手の甲に引掻き傷(たいしたことはない)
 機体状況:ソードエクステンション装備。ブレンバー損壊。
        無数の微細な傷、装甲を損耗、EN残量1/2、
        ENの減少により長距離バイタルジャンプの使用不可
 現在位置:D-3
 第一行動方針:自分がするべきことを見つける
 最終行動方針:精一杯生き抜く
 備考:長距離のバイタルジャンプは機体のEN残量が十分(全体量の約半分以上)な時しか使用できず、最高でも隣のエリアまでしか飛べません】

【クルツ・ウェーバー 搭乗機体:ラーズアングリフ(スーパーロボット大戦A)
 パイロット状況:死亡
 機体状況:大破】

【グラキエース 搭乗機体:なし
 パイロット状況:死亡(首輪爆発)
 機体状況:なし】

【残り25人】

【二日目5:30】




本編130話 Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―(1)
Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―(2)
Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―(3)
Shape of my heart ―人が命懸けるモノ―(4)


最終更新:2008年12月12日 05:10