すべて、撃ち貫くのみ ◆VvWRRU0SzU




「あれは……キョウスケ中尉か。あの人は、今さら……!」

カミーユの見上げた空を、紅き隼が駆け抜ける。
ただ見上げるだけの自分をあざ笑うかのように、その軌跡はぶれることはない。
向かう先は異形の機体。
閃く砲火に我に返る。そうだ、呆けている場合じゃない。ベガを殺したあの男を……!
半壊した基地を走りだす。格納庫はさほど離れていない。
ユーゼスも、キョウスケも、クワトロのことも。すべては頭から抜け落ちる。あのふざけた理由で悪意をばら撒く男を、倒す。

「許さない……絶対に、許すものかッ! お前は、生きてちゃいけないんだ!」

やがて、半壊した格納庫へと辿り着く。粉塵で汚れこそすれ、VF-22Sは健在だった。
小型ということもあり、横のローズセラヴィーの影に隠れていたことが幸いしたのだろう。
その、ベガの乗機は―――右半身が丸々溶け消えていた。まるで、主の後を追うように……
また、怒りがこみ上げる。その熱を抑えないまま、カミーユはバルキリーへと乗り込む。
空でキョウスケが戦っている。だが、援護に行くのではない―――

「俺が、お前を討つ! バーナード・ワイズマンッ!」

咆哮とともに、蒼穹に向けて飛び立った。


          □


「バーナード・ワイズマン……敵の名前など、知るべきではないな」

ファルケンは目視で敵機を確認できる距離に入った。
先程の黒い機体ではないが、こちらもやはり特機。つくづく相性の悪いパイロットだと独りごちる。
眼下の基地はもはや廃墟と言う方が正しい有様だ。管制塔や倉庫など僅か残った施設がかろうじてここが先刻まで基地であったことを連想させる。
カミーユとベガ、そしてユーゼスがどうなったかはわからないが、今は敵機の制圧が最優先だ。

「その機体……またあんたか!」
「今度は見逃がさん。ここで貴様がしたことのツケを払ってもらう……!」

相変わらず全周波数帯に向けて発信される声に、だが呟きで返す。
ここに来てキョウスケに語ることはない。あるのはただ、この状況を招いたこの男、ユーゼス、そして己への怒り。
ミサイルの弾幕を張りつつフルスロットルで接近する。
敵機には見た限り銃器に類する武装はないが、特機を見た目で判断するのは愚策だ。
パターンTBS・シングルモード起動。動く前に仕留めると、一気に距離を詰める。

「く、来るなッ! 何か、何か武器は……!?」

狼狽に満ちた声が聞こえるが、容赦するつもりはない。
唯一の接近戦用の武装たるブーストハンマーは先の交戦で失った。オクスタン・ライフル、「槍」の名を冠するライフルを掲げる。
モードB、自分に合っている実弾での射撃を選択。
サイズの差は二倍以上だが、接近すれば狙いが甘くとも関係ない、とばかりに乱射する。

「うああああああああッ!」

だが完全な素人でもないらしい新兵は、腕を掲げて防いだ。と同時に敵機が発光、その腕にある爪が展開、赤熱した。
膨大なエネルギーを纏った爪は、ファルケンの装甲など容易く引き裂くだろう。
ファルケンは接近戦は不得手だというのに……つくづく分が悪い、と苦笑する。
テスラ・ドライブの出力を上げ、再度加速する。
倍以上の全長だ、接近しての小回りはこちらに分がある。唯一勝っている機動力で掻き回すしかない。
敵機が再度光を放つ。今度は全身の突起に熱が集まり、本体からパージ……射出された。
飛び来る6つの鋭刃。ファルケンは後退しつつスプリットミサイルを放ち迎撃する。

「チッ、あのサイズでは一発でも受ければ命取りか。どうする……!?」

ミサイルで撃墜しきれない刃は回避あるいは力場を纏わせた翼で斬り払った。詰めた距離は開き、敵機からは再び刃状のパーツが確認できた。
破壊できず回収された刃はともかく、どうやら自己再生機能まで備えているようだ。
これがアルトあるいはアルトの後継機なら刃の中に強引に突っ込むことも可能だが、射撃兵装がメインのファルケン、そして自分の技量では攻撃を避けつつ前進するのは難しい。
オクスタン・ライフルで敵機の装甲を抜くためにはやはり接近し、近距離から撃たねばならない。キョウスケの技量では遠距離からの狙撃はおそらく躱される。
だが敵機はキョウスケが接近しようとすると機体性能にまかせて強引に距離を開ける。
さすがに二度目の交戦だ、こちらの手の内は知られているらしい。射撃は不得手、接近されなければ致命打はない、と。

何度か接近を試みるも、さすがに易々と懐に飛び込むことはできなかった。
どうする、と手をあぐねている内、レーダーが新たな反応を捕らえる。眼下の基地からの反応だ。
見る間にその反応は接近してきた。どうやら戦闘機、向かう先は交戦中の特機だ。
二機を同時に視界に収めるべく移動しようとするも、その戦闘機は凄まじいスピードで突っ込んできた。
それはキョウスケの知っている機体だ。カミーユが乗っていたはずの可変戦闘機。
傍らを駆け抜けた戦闘機、特機はやはり敵と認識したか再び、刃……ブーメランを放った。
舞い踊るブーメランの中に、しかし戦闘機は減速せず飛び込んだ。
キョウスケなら後退を選ぶ場面、戦闘機はまるで軌道を読んでいたかのようにロールし、刃をすり抜けていく。
前面から迫る刃は機銃で迎撃し、囲まれれば脚部―――ガウォーク形態といったか―――を振り回し強引に軌道を変える。
瞬きをする間に戦闘機、いやバルキリーは敵機を至近距離に捕らえた。
人型へと変形し、ガンポッド、ミサイルを一斉発射するバルキリー。決まったか、とキョウスケが思った瞬間。

「イグニション! うわあああああああッ!」

特機の胸部に凄まじいエネルギーが集中する。閃光は巨大な火球となり、眼前のバルキリーへと放たれる。
バルキリーの攻撃を呑み込み、誘爆させ、火球は突き進む。寸でのところでバルキリーはファイターへ変形、一気に上昇して回避した。
回避された火球は減衰する様子も見せず地平線の彼方で炸裂した。その凄まじい熱量は、どれだけの出力で放たれたか想像もできないほどだ。
しかし臆した様子など微塵も見せず再び飛び込もうとするバルキリー、その鼻先をキョウスケが抑えた。

「バルキリー、応答しろ。こちらはキョウスケ・ナンブ。誰が乗っている?」

通信を送るも、返答がない。キョウスケは再度試みる。

「応答しろ、バルキリー。カミーユが乗っているのか?」
「うるさい……うるさい! 邪魔をしないで下さいよッ!」

ようやく返ってきた少年の声は怒りに満ちていて、基地で取り返しのつかないことが起こったのだと確信させた。

「あいつはベガさんを殺したんですよ! 帰る場所があった、待っている人がいた! なのに虫ケラのように踏みにじった! 許せない……許せるものかッ!」

それきり、通信は途切れた。ファルケンを跳ね飛ばさんばかりの勢いで躱し、敵機へと踊りかかっていく。
ベガが死んだ。後悔、そして怒り。だがそれよりもまずいな、とキョウスケは焦燥する。今のカミーユは冷静さを欠いている。
持前のセンスと技量、そして機体性能のおかげでなんとか被弾していないものの、地力で勝る敵手、いつか直撃を受けるだろう。
フォローしようにもカミーユの動きは直感的すぎてこちらでも掴めず、迂闊に飛び込めば同士討ちになりかねない。
これがエクセレンなら何も言わずとも合わせられるキョウスケだが、さすがに昨日今日会ったばかりのカミーユの呼吸はわからない。
援護すら難しいか……と歯噛みしていると、通信が入る。カミーユかと思ったがそうではない。基地の管制塔からだ。

「キョウスケ・ナンブ、聞こえるか? こちらはユーゼスだ。応答を願う」
「ユーゼス……生きていたか。貴様には聞きたいことが山ほどあるぞ」
「心得ているよ、だがそれはあの機体を無力化してからにしてくれ。いつまた地上を攻撃されるかわからん」
「言われずとも……何、無力化だと?」
「時間がないので詳しくは言えんが、あの機体には高度な人工知能が搭載されている。破壊されるわけにはいかんのだよ」

モニターの中でユーゼスは首輪を指で叩く。解析に必要、と言いたいのだろう。

「簡単に言ってくれるな。破壊ですら難しいぞ」
「君が一度下した相手だろう? 同じことをもう一度やってくれと言っているのさ」

抑揚のない声ではあるが、キョウスケには暗にお前の不手際だ、と言っているように思えた。

「……俺の責任であることは認めよう。だが貴様にもその一端はある。落とし前はつけてもらうぞ」
「構わんよ。私もできる限りの協力はする。しばし時間を稼げ。直に私も出る」

通信は途切れた。信用などできるはずもないが、それでも今はやつの手が必要だ。
時間を稼ぐ。不本意だが、意志の疎通のできていないカミーユとでは敵機の撃破は困難。仕方ないと無理やりに自分を納得させた。
カミーユは相変わらずブレーキが壊れた車のようにがむしゃらに攻撃を仕掛けている。
援護するには敵機だけでなくカミーユの動きも念頭に入れて動かねばならない。

「俺がフォローする側、か。エクセレン、お前の気持ちが少しだがわかった気がするよ」

突っ込み専門だったアルト、その隙をいつもカバーしてくれたヴァイス。
やってみれば難儀なことだ、と呟いて、キョウスケはファルケンを加速させていった。


          □


「始まったか」

基地を臨む森の中でも砲火の煌めきは確認できた。派手に撃ち合っているようで、五感の鈍ったアキトにも戦の匂いは感じ取れた。
あの寡黙な男は勝つだろうか? いずれ消すべきとは考えていても、もしここで彼が敗れれば今度は自分が危うくなる。
もし発見されれば薬を飲まざるを得ないだろう。それでもこの機体では、勝てる見込みは薄いように思えたが。

「万が一のこともある……離脱する準備はしておくか」

できるだけ長距離を移動できるようにブースターを調整する。小回りは効かずとも瞬発力ならこの機体は中々のものだ。
タイミングさえ誤らなければ撤退は可能。薬をいつでも服用できるよう、一錠をビンから出して懐へ入れる。
準備が終わり、改めて戦場へ目を向ける。紅い隼は接近に手間取っているようで、大型の敵機に近づいては離れてを繰り返している。
状況は不利……撤退を第一に考え始めた時。不意に暗号通信が入った。

「アルトアイゼンのパイロット、応答しろ。位置は把握している。1分以内に応答がなければ敵と判断し砲撃を開始する」

位置を掴まれていることよりも、ピンポイントでこのアルトに通信を送られたことに狼狽した。
発信源は基地、管制塔だった。
なるほど基地の目と言えるレーダーを統制する管制塔なら隠れていたアルトを発見できたのも頷ける。
だが何故この機体固有の周波数を知っているのか。

(いや、こいつは『アルトアイゼン』と言った。キョウスケ・ナンブと同じく、この機体を知っているものか……!)

以前にこの機体に乗っていたのなら固有周波数も知っていて当然だ。そして、アルトには砲撃に対応する装備がないことも。
この距離では当たることはそうないだろうが、存在を喧伝されるのはまずい。誰がどう見ても高機動機のファルケンより鈍重そうなアルトの方が狙いやすいだろう。
まず数を減らすとばかりに狙われてはかなわない。しぶしぶ、通信に応じる。

「こちらはアルトアイゼン、……テンカワ・アキトだ」

偽名を使うかとも考えたが、機体が変わっているのだ。もし知った顔に会ったとき、ガイの名前を名乗り続けていてはむしろ不審がられる。

「テンカワ・アキト……私はユーゼス・ゴッツォという者だ。いくつか聞きたいことがあるが、構わんかな?」
「俺はキョウスケ・ナンブに連れられてきた。戦う気はない」
「ふむ、中尉にか……よろしい、敵ではないと判断しよう。では何故中尉を援護しないのかね? こちらから確認する限り、アルトに大きな損傷は見受けられないが。
 ああ、先に言っておくが私は出られる機体がない。あの特機に全て破壊されたのでな、お前はどうだなどと聞いてくれるなよ」

敵ではないと言いつつも、声には微塵も友好的な成分は含まれていない。

「……問題があるのは、俺自身だ。身体に障害を持っている」

一方的に手札を晒すことに憤りを感じるが、主導権は相手にある。ここはやり過ごすしかない。

「障害……ね。その割にはその機体、戦闘を経験したかのような有様だな? 本当に戦えないのかね?」

と、声の調子が変わる。感情を感じさせない人形の声から、蛇のような陰湿な気配へと。

「それは、」
「私の考えはこうだ。君は『戦えない』のではなく『戦わない』。何故なら戦える時間あるいは機会に限りがあるから。
 そしてそれは後から補えるものでなく、故に自分が直接襲われるような事態でもなければ戦闘は極力控えたい。……違うかね?」

抗弁を遮られ、続けざまに放たれた言葉はまさに今のアキトの現状そのままだった。
なんとか否定しようとするも、口を開く前にまたも先手を打たれる。

「加えて言うならその機体、アルトアイゼン。実は私に支給された機体もそれでね。どうして君が乗っているのか、答えられるか?」
「同じ機体が支給されたのだろう。あれだけ参加者がいたのなら同一の機体があってもおかしくはない」
「なるほど、おかしくはないな。だがそれを言うには機体に問題があるぞ?
 一度乗った身から言わせてもらえばアルトアイゼンは決して使いやすい機体ではない。
 装甲と引き換えにした機動性、実弾のみで固められ、射出型のクレイモアやステークといった癖の強い兵装。突進力こそあるものの最悪と言ってもいいほどの機体バランス。
 たとえ首輪が操縦方法を示すとはいえ、そのような扱い辛い機体ばかりでは殺し合いなど促進しない。私が主催者なら二機も支給することは有り得んな」

即座に返ってきた声は確信に満ちていて。

「……そうそう、私はこの基地や市街地を探索したが放置されている機体や資材はなかった。
 また補給も行ったが、補給されるのは失った弾薬とエネルギー系のみ。
 損傷部位は補修されず、故にこの会場での修理は応急処置程度しか行えず欠落した部位はそのものが消滅した場合修復は不可能だ。私の機体でいえば左腕だな。
 だがそのアルトアイゼンにはさしたる損傷はなく、カラーリングも異なる。
 つまりその機体と私に支給された機体は別物? ……いいや違うな。その機体は間違いなく私に支給されたアルトアイゼンだ」

口を挟む暇などなかった。この男、僅かな情報から一気にこちらの核心へと迫ってくる。これ以上情報を与えるのはまずい。

「……矛盾しているぞ。修復が不可能ならば、何故この機体には左腕がある。この左腕こそが違う機体であることの証拠だろう」
「そう、証拠だ。私はその機体に乗っていた時、一度戦闘を行ってな。左腕以外にも損傷を受けた部位がある。
 君の機体、まったく同じ箇所にその損傷があるな。これはどう説明するつもりかね?」

あの少女、完璧には修復しなかったのか―――焦燥が漏れ出る。
突き付けられた言葉は刃のようだった。銃火を交えないまでも、これはたしかにこの男とアキトとの戦いだ。
迂闊なことは言えない。主催者と接触したことを知られてはならない、絶対に。
損傷とやらは気になるが、ここで大きな反応を返しては相手の思うつぼだ。

「……そんなものはどうとでも言える。貴様が言っていることがハッタリで、俺から情報を引き出そうとしているということもありえるだろう」

とはいえ、有効な返し方も思いつかない、なんとか煙に巻くしかない。
まさか主催者が修復してくれた、などという突拍子もない考えには至らないだろうと願って。
だが。

「その機体の本来のパイロット、君を連れてきたキョウスケ・ナンブだ。彼はあの主催者を一度撃破しているそうだ」
「……それがどうした」
「自らを葬った男とその乗機。何らかの思い入れがあってもおかしくはないな。特にあのアルフィミィとかいう小娘、キョウスケ・ナンブとは深い関わりがあるように見えた」
「だからそれが」

急に見当違いのことを言い出した男に困惑する。言葉を続けようとしたとき、凄まじい悪寒が全身を走り抜けた。

「戦えないパイロットと使えなくなった機体。そんな者がどうやって戦闘を切り抜けた? 簡単だ、誰かの助力があった。では誰だ?
 仲間、違うな。君の念は孤独なものだ。他者を拒み、孤独であろうとするものだ。なら考えられる可能性は一つ……」

一拍置いて。

「……貴様ッ! 主催者と接触し、機体を修復され、何らかの取引をした……そうだなッ!?」

語気も荒くに断言された。
……なんだこいつは。今さらながらにアキトは恐怖を覚えた。この男は危険だ。これ以上話すべきでは―――

「……っと、失礼。少し熱くなってしまったようだ……。とは言え、今の推論、間違ってはいないと思うがどうかね?」

唐突に重苦しいプレッシャーが消える。どうといわれても答えようはない。もし答えたら―――いや、あの少女は特に秘密にしろとは言わなかった。
今も首輪を通して聞いているだろうが、特に制止される様子もない。ばれても困らないということだろうか。
どう答えたものかと思案していると。

「……まあ、答えにくいものであろうな。私も少し急ぎ過ぎたようだ、この件は後で話すとして……本題に入ろう。
 私は上空で交戦中の特機を確保したい。キョウスケ・ナンブは腕は確かだが、機体性能に差がありすぎる。彼一人では困難だろう。
 一人でも多くの手が欲しいのだが……協力する気はないかね?」

先程とは打って変わった内容だった。後で、がいつかはわからないが、こいつは確実に殺さねばならない。今ここを離れるわけにはいかなくなった。

「……この機体では大した援護はできん」

もはや戦えることが前提となっているが、この男相手に隠し通すのは難しいと思えた。どのみち、生き残るのがまず最優先だ。敵機の排除に異論はない。

「それについては問題ない。ここにはアルトより強力な特機が一機ある。協力してくれるなら君に譲り渡そう」
「貴様、さっきは機体はないと」
「信用できないのはお互いさまということだ。むしろ厚意と思ってもらいたいな。その機体よりは優勝が狙いやすいはずだ」

優勝、と言った。どこまで見透かされているのか……

「……俺が優勝するつもりだと知った上で、誘っているのか」
「もちろんだとも。別に青臭い正義感で仲間になれと言っているわけではない。この場を切り抜ける最善手を打っているだけだ」

どうするか。この男はいずれ殺すにしろ、今この場にいるのは自分たちだけではない。
特機、そしてキョウスケ・ナンブが―――

―――キョウスケ・ナンブが戦っている。そうだ、今なら―――

ふと思いつく。この状況下なら。そしてこの男なら。

「……条件がある」
「なんだね?」
「キョウスケ・ナンブを殺す。それだけだ」

そう、これはチャンスだ。あの腕が立ち、油断しない男も戦闘中なら、それも味方からなら。……討つのは容易い。
普通ならキョウスケの仲間というこの男に言っても承諾などするはずがない、だが―――

「……いいだろう。特機を確保後であれば、キョウスケ・ナンブの殺害を許可する」

やはり、乗ってきた。この男には仲間意識などなく、あるのは徹底した合理性だ。

「随分、軽く決めるのだな。仲間なのだろう?」
「すでに聞くべきことは聞いた。腕は惜しいが飼い慣らせない狼など傍に置いておくメリットはない」

声には一切の感傷がない。本当に、必要ないから切り捨てる、それだけだというように。

「君がどうしてキョウスケ・ナンブを殺すのか興味はあるが……まあ後でおいおい聞くとしよう。この地点に来たまえ。君の機体が置いてある」

座標が転送され、通信が途切れた。
現在位置からさほど距離はない―――薬を飲めば、だが。歩くのもやっとというこの体で油断ならないユーゼスなる男の前に出向くのは危険……
躊躇なく、薬を噛み砕いた。身体を覆う倦怠感が掻き消える。
蒼いアルトが弾かれたように発進する。上空からでも確認できるだろうが……今のキョウスケにそんな余裕はないだろう。
もちろん、急ぐに越したことはない。目標地点が見えたところで身体を固定するハーネスを解き、いつでも降りられるようにする。
辿り着いた場所には、大型の特機があった。マントを纏う漆黒の体躯、鋭い刃を生やした腕、ピエロの仮面をつけた頭部。
たしかにアルトよりよほど強力なのは見て取れる。それにこの色、禍々しさ―――復讐者たる自分にはお似合いだ。
周辺にユーゼスはおらず、訝しりながらもアルトを降りた。
「ブラックゲッター」。操縦席に座ったとたん流れ込んできた情報はこの機体の名称を告げていた。
ゲッター線なるエネルギーで駆動し、インベーダーを駆逐するゲッターロボ、その一機。
だが首輪は同時に炉心の異常をも告げていた。動くことはできるが、炉心から直接エネルギーを供給するゲッタービームの使用は不可、と。
機体をチェックしていると、不意に通信が入った。

「どうかね、ブラックゲッターの乗り心地は? 接近戦用の特機だ、アルトに乗っていた君なら使いこなせるだろう」
「ふざけるな。この機体、炉心に異常がある。まともに動くのかすら怪しいものだ」
「何、使えないのはゲッタービームだけだ。格闘戦なら問題なくこなせる。その辺に武器も転がっているはずだ」

辺りを見回せば、そこには一振りの巨大な戦斧。アルトでは振り回せない大きさだが、この機体なら。

「一応、応急処置は済ませてある。突然機体が爆散するなどということはないから安心したまえ」
「……信用できるものか」
「それはそちらの自由だ。……さて、言っておくべきことがいくつかある。
 まずあの特機は破壊せず無力化すること。まあ自己修復機能もある、破壊するつもりで攻撃して構わんがな。コックピットを直接つぶしてくれれば助かる。
 次にあの戦闘機……確認できるか?」

ユーゼスの言葉で上空を見やる。たしかにそこには一機、青い戦闘機が飛んでいた。
自分に最初に支給されたYF-21によく似た機体だ。同型、あるいは後継機だろうか。

「確認した。あれは敵か?」
「いや、こちら側の人間だ。カミーユ・ビダンという少年が乗っている」
「……そうか、で?」
「それだけだ。何をしろと言うつもりはないよ」

殺しても構わない。言いたいことはそういうことだろう。

「……了解した。もういいか」
「いや、もう一つ。君は基地に保護したことにする。キョウスケ・ナンブは勘が鋭い、気付かれては面倒だ。
 ブラックゲッターには私が乗っていることにしておけ。通信は私に転送されるように細工しておいた。君は敵機の制圧に専念してくれ」

その意見には賛成だ。あの男は薬を飲んだ自分が戦えるということは知らない、ならそれも利用する。
了解、と返し通信を切る。キョウスケと別れて既に一時間近く近く経過している。あの男もさすがに消耗しているだろう。
薬を飲んでおよそ2分。残り28分で敵機の制圧、キョウスケ・ナンブ、カミーユ・ビダン……そしてユーゼス・ゴッツォの殺害。
厳しいが、やれなくはない。この乱戦だ、何が起きても不思議はない―――殺意を仮面の下に押し込み、アキトは、黒いゲッターは飛び立った。


          □


「キョウスケ・ナンブ。援護する」

その声は唐突に響いた。
特機とカミーユ、その双方に注意を配り神経をすり減らしていたキョウスケは新たな反応に気づかなかった自分に毒づいた。
基地から上昇してきた機体、あれは最初に交戦した黒い特機。目前の敵手が最初に乗っていた機体。
ユーゼスは大破したと言っていたが……やはり、ブラフだったようだ。
問い詰めることが増えたなと思いつつ、その考えを頭から追い出す。今考えることではない。
ともあれ、これで三機。あの黒い特機―――ブラックゲッターと言うらしい―――の攻撃力なら、敵機に致命打を与えることも可能だろう……通常なら。
ファルケンが示すブラックゲッターのデータは依然交戦した時とは比べ物にならないほど低い数値を示している。

「ユーゼス、話は後で聞く。その機体、戦えるのか」
「格闘戦はこなせるが、残念ながら最大の打撃力であるビームは使用できん」
「チッ、当てにならんやつだ……!」
「そう言ってくれるな。今、もう一機の起動準備を並行して進めている。ローズセラヴィーだ、知っているだろう。あれの砲撃なら十二分だ」
「……ベガは死んだと聞いた。誰が動かすんだ」
「それも私だ。複雑な戦闘は不可能だが、狙った地点を砲撃するだけなら遠隔操作とあらかじめ組んでおいたプログラムで行える。
 チャージまでの時間を稼げ。あとは私の支持するタイミングで一斉攻撃を仕掛ける」
「いいだろう……乗ってやる。どれくらいかかるんだ」
「月の子……エネルギーデバイスは射出は終了した。チャージまで2分というところだ」

基地の上空、交戦空域より更に上。二機の小型デバイスが上昇していくのが見える。
ある程度まで上昇したデバイスは停止し、展開した。

「この世界では雷雲などそうそう望むべくもない……そのあたりを主催者も考慮していたようだ。
 月の子の周辺の空間が歪曲している。どこからかエネルギーが転送されてきているようだな」
「理屈はどうでもいい。2分だな?」
「ああ。だが時間を稼ぐだけでは足らん。確実に命中させるために足を止めろ」
「無茶を言う……しくじるなよ、ユーゼス」
「お互いにな」

2分。暴走するカミーユはともかく、自分とブラックゲッターでなんとか敵機の推進装置を破壊するしかないだろう。

「カミーユ、聞け。黒い特機にはユーゼスガ乗っている。今は撃つな。
 そして2分以内に敵機の移動力を奪う。成功しようがしまいが、合図したら敵機から距離を取れ。巻き添えを食らうぞ」

返事はないと予想していたが、言っておかなければ本当に巻き込みかねない。
ブラックゲッターが突進していく。機体特性からしてファルケンは援護に徹するべきだ。
射撃は苦手と言っている場合ではない……ファルケンもライフルを放ちつつ飛び込んでいった。


          □


「また増えた!? しかもあれは……ブラックゲッター! まだ動いたのかよ!」

メディウス・ロクスの中、バーニィは必死に機体を制御していた。
もともとこの機体は複座だ。一人が操縦を、一人が機体のエネルギー管理を担当し、十全の力を発揮する。
ゼクス・マーキスのような優れた技量のパイロットやユーゼス・ゴッツォのように操縦・管制を同時にこなせる者なら一人でも支障はないが、新兵上がりであるバーニィには荷が重すぎた。
AI1とかいう人工知能もサポートしてくれてはいるが、その方面に知識のないバーニィでは有効にAI1を活用することもできない。
機体性能でなんとか紅い機体を寄せ付けずにいたら、新たに参戦してきた戦闘機は手に負えないくらい速く、そして先読みされているかと思うほどに攻撃が当たらない。
幸い火力は低いものの、時折り肉薄してはバリアを纏う拳を撃ち込んでくる。あれがまともにコックピットへ当たればさすがに死ぬだろう。
死を遠ざけようとしつつも止めてほしいと願う……矛盾だとわかってはいても止められない。
自分はどうしたいのか。この場をどのような形で切り抜けたいのか、それすらもわからない。
ただ目前に迫る死を回避しようと、それだけを想い操縦桿を握る。

やがて、火器が尽きたか戦闘機は接近戦を果敢に挑んでくるようになった。
こちらの距離だ、攻撃を―――おかしい、紅い機体の援護がない。先程までの、効果が少ないとはいえ牽制の意味はあった砲撃が止んでいる。
咄嗟にレーダーを見れば、いた。少し距離を取って、二機―――二機?
そして、ブラックゲッターまで戦線に加わった。余裕の体で作戦会議でもしていたのだろうか。
自分が乗っていたときはあんな巨大な斧を持っていなかったのに、と歯噛みする。
戦闘機が、そしてブラックゲッターが凄まじいスピードで向かってくる。その後ろを固めるのは紅い機体。
四機が交錯する。
紅い機体が後方からライフルを連射するも、AI1が判断するその射線の危険度は低い。射撃は不得手という勘は当たっていたようだ。
意識をブラックゲッターと戦闘機に集中する。より危険なのはこの二機だ。
ブラックゲッターが斧を振り回す。スパイラル・ファングで受け止めるも、その隙に戦闘機が殴りかかってきた。
コックピットを守るために肩で受ける。光を纏った拳は小型機とは思えないパワーで肩の装甲を吹き飛ばした。
後退しなければ……後ろに紅い機体。回り込まれた。槍のようなライフルがゼロ距離で閃光を放つ。
背面から衝撃。弾け飛ぶメディウス・ロクス。
もうダメだ―――と諦観が頭をもたげる。降伏しよう、と誰かが囁き、受け入れられるはずがない、とまた別の誰かが否定する。
前にも後ろにも進めない……でも。
基地の惨状を目に焼き付ける。あそこには人がいたはずだ。そして、何人かは死んだはずだ―――
ここで引くことはできない。何のために引き金を引いたのか。自分がここで折れれば、そのために死んだ人は何なのか。
そうだ、もう後戻りはできない。全力で戦うことしか、できることはない。
態勢を整える。ブースターに損傷、機動力が67%に低下―――まだやれる!

「イグニション……!」

エネルギー全開。
この機体の膨大な出力を全て攻撃に回す。敵機はどれも一騎当千のパイロット揃いだ、一機ずつでは埒が開かない。
すべて同時に撃墜すべく、AI1が指し示す最善の攻撃プランを実行する。

「ヘブン・アクセレレイション! 行けぇぇぇええええええええええッ!」

虚空に穴が穿たれ、そこから全てを溶かす暗い闇が溢れ出し、メディウス・ロクスを除いたあらゆるものがその中心点に向けて引き寄せられていく。

紅い機体、青い戦闘機、ブラックゲッター……接近していたその全てが射程に入った。
本来は後部座席で制御するべき兵装なのか、収束率が低い。それでも三機の動きは止まった。
引力から離脱するべく三機は全力でブースターを吹かしている。だが一向に機体は動かない。
元より一手で倒しきれるとはバーニィも思っていない。必要だったのは三機を一度に狙える状況だ。

「ライアット・ブーメラン……当たれよぉッ!」

都合6つのブーメランを解き放つ。一機につき二本、それぞれ違う軌道で射出。
どの機体も動かない―――勝ったッ!



―――そう思った瞬間、機体に衝撃が走った。



見る間にコックピットをレッドランプが埋め尽くす。何が起こったんだ……と、AI1に確認する。

【高密度指向性エネルギー体の衝突。右脚部及び右腕部消滅、出力43%に低下】

映し出されたのは無機質な文字の羅列だが、バーニィに絶望を植え付けるには十分だった。
地上、右半身が破壊されている大型の赤い機体。その機体がいま、巨大な砲身を向けていた。どうやらあれで砲撃を喰らったらしい。
まだ生き残ってる人がいたのか、と後悔と同時、安堵が込み上げる。次の瞬間それどころじゃないと思い直すも、被害は甚大だ。
見れば、敵機たちも健在だった。
ブラックゲッター、そして紅い機体にはライアット・ブーメランが多少なりとも損傷を与えたことが見て取れた。
だが戦闘機は驚いたことに全くの無傷だった。あの状況でも躱してのけたらしく、まさか噂のニュータイプか、なんて考えが頭をよぎる。
仕留めそこなったのは痛いが、敵もあれが切り札だったようだ。そのためにわざわざ接近戦を挑み、動きを止めたのだろう。
眼下の機体から感知できるエネルギーはゼロに近い。もうあの砲撃はないと判断し、ここは逃げるべきかと撤退を視野に入れる。
……と、新たな機体が動いたということは、そこにはパイロットがいるはずだと思いつく。
どうやら人的被害は最小に留まったようだ。自分のやったことが正当化されるわけではないが、その事実はバーニィの心をいくらか慰めた。
もはや気負うこともなく、冷静に戦場を見れば……上空に何か反応がある。確認しようとした刹那、その反応が膨大なエネルギーを打ち出した。
向かう先は地上の大型機……その巨砲。

「あれでエネルギーを補給するのか……? くそっ! チャージなんてさせるものか!」

もう一機の装置へとターミナス・ブレイザーを放つ。結果を確認もせず、今度は地上へ。
生き残った人には悪いが、あの大砲だけは破壊しなければ逃げることも難しい。

―――その瞬間、バーニィは勝つことよりも逃げることを優先し、一瞬だけ、対峙していた三機の存在を忘れた。
それはすなわち油断であり、敵対していたパイロット達が見逃すはずもない隙だった。

一秒。黒の機体が傍らを駆け抜ける。
メディウス・ロクスの左腕が宙に舞う。

二秒。紅の機体のライフルが膨大なエネルギーを解き放つ。
メディウス・ロクスの左脚部がもぎ取られる。

三秒。ようやく振り返ったバーニィが見た物は。
パイロットの怒りをそのまま形にしたかのような、蒼い炎。
スロー再生のようにコックピットへ、そこにいる自分へ向けて突き進んでくるそれを見つめ、思う。

―――ごめんな、アル……クリス。俺はもう、帰れない―――

言葉に出したかどうか。それを確かめる間もなく、バーナード・ワイズマンはこの世界から消え去った。







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