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怒れる瞳 ◆VvWRRU0SzU




「つまり、あの騒ぎは芝居だったと。キラはアイビスさんとナデシコに先行して、ブンドルさんはそれを追っていった……そういうことなんですね?」

急発進したサイバスターを見送った後、アムロは一連の経緯をカミーユに説明していた。
甲児を拘束していた部屋にはアイビスの書置きがあった。
トモロが映し出したモニターに表示される、『ナデシコに行って来る』とだけ書かれた簡潔な手紙。

「ああ、アイビスと甲児が示し合わせていたんだとさ」
「じゃあ、俺達も……!」
「ブンドルに任せておけ。お前もあいつがキラに厳しい言葉をかけた理由は分かっているだろう?」
「……やり通す覚悟はあるかってことでしょう。それはわかりますけど、もし敵がいたら二人だけじゃ対処できませんよ!」
「ガロードがいる。シャギアという男も中々の人物だそうだ……カミーユ、彼らをもっと信頼しろ。
 仲間を失いたくないお前の気持ちもわかるが、俺達が今すべきは彼らを追うことでも心配することでもない。お前はお前のやれることをやれ」

三十六時間以内……正確な時間は分からないが、急がねばならないことには変わりない。
リミットは縮まりこそすれ、伸びるということはないだろう。

「ッ……わかり、ました。俺は、格納庫で作業を続けます。何かあったらすぐに教えてください」

納得できないとばかりに睨みつけられたが、それでもカミーユは食い下がることなくブリッジから出て行った。

「……ふう。わかってはいたが、やはり相当苛立っているな」
『しかし、いいのか? キラとアイビスは敵地に乗り込んで行ったようなものだぞ』
「印象でしかないが、甲児はあの二人をどうこうしようとするやつではないだろう。ガロードもしかりだ。
 シャギアという人物が理性的な人物であるなら、ここで交渉の芽を断つことはしないはずだ。まあ、何らかの譲歩は必要だろうがな。
 問題は、ユーゼス・ゴッツォとテンカワ・アキトの介入だ……ブンドルが何とかしてくれると信じよう」
『本当は、お前も行きたかったのではないか?』
「まあ、な。だがJアークをここから動かせない以上、俺とカミーユまで向かっては万が一の事態に対処できない。
 そういった事態がないことを祈りたいが、ここまで来ると何が起こっても不思議じゃあないしな」
『確かに。……では私は空間の観測に専念する。警戒を頼む』
「ああ、任せてくれトモロ」

キラ、アイビス、甲児、ブンドル、そしてガロード。
アムロが出会い、信じられると思った人達。願わくば誰も欠けることなくまた会えるように……神ではない何かに祈る。
運命を掴みとることができるのは神などではなく、人の意志。
だからこそ、信じる。彼らならどんな危機にも負けはしないと。根拠などなく、それでもアムロは絶望しなかった。


     □


シャギア・フロストは、自身が置かれている状況が極めてまずいものであると感覚的に理解した。
自らが操るヴァイクラン、相対していた黒いガンダム。
この二者から均等に三角形を成す位置に陣取る、戦斧を担いだ黒い特機――ブラックゲッター。
瞬きする一瞬の間に飛び込んできたその右手には、ガロードの乗るマジンガーZの頭部。
――確か、あの機体は頭部にコクピットがあったはず。
理解する。この機体はヴァイクランに仕掛け、ガロードが身を呈して割って入ったのだと。
仇敵であるシャギアを、助けるために。

「が、ガロード……? ……ガロード・ランッ! 返事をしろ、ガロードッ!」

もはやガンダムに対する警戒など遥か忘我の彼方。
通信機に血を吐くように呼びかける。
ブラックゲッターがマジンガーの頭部を放り出す。同時にマスターガンダムががら空きになったヴァイクランの背に強烈な蹴りを叩き込んだ。

「背中がお留守だぜ!」
「ぐっ……貴様!」

ブラックゲッターへと蹴り飛ばされるヴァイクラン。激しくシェイクされるコクピットの中、シャギアの目は戦斧を構えたブラックゲッターを捉えていた。
回避行動を取るよりも早く、カルケリア・パルス・ティルゲム――念を感知し増幅する機構が、危険を排除すべく残存する二基のうち一基のガンスレイヴを飛ばした。
ブラックゲッターに向かっていくガンスレイヴ。もう一基のスレイヴは念のためガロードの護衛に飛ばす。
迎え撃つブラックゲッターの両肩から何かが射出された。
その何かが、ガンスレイヴと交錯――破壊されたのは、ガンスレイヴだった。
捉えた映像を拡大。ガンスレイヴのような自働砲塔端末ではなく、手斧のようなものだった。

とはいえ、一瞬の時間は稼げた。機体を立て直し、改めて二機と対峙する。
だが、まずい――マスターガンダムは言うに及ばず、新たに現れた黒い機体も近接戦に特化しているようだ。
拳に誂えられたスパイク、腕から生えた鋭い刃。強大なパワーを有するであろう骨太のボディ。
機動性のマスターガンダム、パワーのブラックゲッター。対して自機は射撃戦に特化している。
一撃の火力は誰よりも秀でているが、機動性を代償としている。
敵と渡り合うためには前衛、アタッカーが足りない。それは奇しくもオルバが生前抱いていた懸念と一致した。
ジリジリと、押し込まれる空気を感じる。自分が奴らの立場であったとして、この均衡を崩すためまず狙うのは――ヴァイクランだ。
ガロードの安否は気がかりだが、それ以上に自身が危ない。
打つ手が足りない。どうする、どうする――!?
だが、焦るシャギアをよそにブラックゲッターは構えた戦斧をマスターガンダムへ向けた。
その動きに牽制され、マスターガンダムも足を止める。

「おいおい……相手が違うんじゃねえか? ここはまずデカブツにご退場願うとこだろ」
「…………ルン」
「あん? おい、なんか言ったか。聞こえねえぞ」
「ガ……ン。ガウ……ルン。――見つけたぞ、ガウルゥゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥンッッッ!!」

オープン回線で問いかけられたガンダムのパイロット――ガウルンの声に、ブラックゲッターのパイロットは咆哮で応えた。
黒い旋風となって、マスターガンダムへと踊りかかる。道すがらにいたヴァイクランには目もくれず。
振り下ろされる戦斧。
音速にまで達しているのではないかと思わせる刃先は唸りを上げてマスターガンダムに――否、一瞬前までマスターガンダムがいた位置に向けて叩きつけられた。
爆音とともに大地が砕ける。一撃に込められた速度、破壊力、そして憤怒。見て取ったシャギアの肌が粟立つ。
そしてその一撃を避け、背後の廃ビルへと跳躍したマスターガンダム。
奴は黒い機体が動いた瞬間に回避行動に入っていた。恐ろしいまでの危機察知能力。
少なくとも、自分よりより遥かに死の匂いに敏感だと確信する。

「おわっと……! んん? その声……そぉ~か、お前アキトちゃんかぁ~! おいおい、待ってたぜぇ。
 俺に会いに来てくれたのかい? 嬉しいねぇ~。随分、いい男になったみてえじゃねえかぁ」
「黙れッ! 貴様だけは――俺が殺すッ!」
「おやおや。そんなに愛しのユリカちゃんが殺されたのが気に喰わないのかい? 俺としちゃあお前の足枷を切ってやったつもりなんだがなぁ」
「お前がユリカの名を口にするなッ!」

戦斧をマントに隠し、ブラックゲッターの両腕の刃、そして拳のスパイクが伸びた。
鋭利な凶器と化した腕をボクサーのように掲げ、一直線にマスターガンダムの座す廃ビルに突っ込んでいく。
ブラックゲッターの全長の5倍はあろうかという廃ビルに、その身を弾丸のように叩き込む。
再びの爆音とともにぐらりと廃ビルが揺れる。一拍置いて、廃ビルの中を何かが駆け上がっていくように轟音が連鎖する。
アキトの狙いに気付いたマスターガンダムが跳ぶ。それを追うように、ビルを一階から真っ二つに立ち割ってブラックゲッターが飛び出した。
跳ぶことはできても飛べはしないマスターガンダムに、当然の帰結としてブラックゲッターが追いつく。
右腕を背中が見えるほど振りかぶる。
マスターガンダムの倍はあろうかという巨体から、豪速のパンチが繰り出された。

「オオオオォォォォォッォオォッッッ!」
「くっ……やりゃあできるじゃねえか、アキトちゃんよ!」

回避はできん、と確信したシャギアの予想を裏切るかのようにマスターガンダムは空中で身を捻る。
機動兵器の枠を逸脱した動き。操縦者の動きを完璧になぞる、モビルトレースシステムの真骨頂。
同時にブラックゲッターへとビームの布を伸ばし、敵機の体勢を崩すと同時に自機を引っ張る。
拳の延長線上から逃れたマスターガンダム。だがそこはまだ刃の殺傷圏内。

「ところがぎっちょん、てな!」

胴体を両断せんと迫る刃を、だがマスターガンダムは避けようとしなかった。
右腕の掌を突き出す。黒い光が収束――暗黒の指は、三本の刃のみならずブラックゲッターの腕そのものを浅く抉り取った。
小爆発がブラックゲッターの目を一瞬だが眩ませる。マスターガンダムはその一瞬の間に地表へと降り立ち、瞬く間に物陰にその身を隠す。

「危ねえ危ねえ。いいねぇ、その気迫。俺好みの男になってきたじゃねえか」

反響する声だけが廃墟に響く。
レーダーに目をやるも、戦闘のエネルギーが撒き散らす余波で周辺のミノフスキー粒子は掻き乱され、安定しない。
小柄であることの利点。容易くその姿を影に同化させることができる。

「……逃がしはしない。貴様はここで仕留める」
「おいおい、逃げやしねえよ。せっかく盛り上がって来たんだ、楽しもうじゃねえか――お前さんもよ!」

密かに、だが確実に戦域を離脱しようとしていたシャギアの目前にマスターガンダムが躍り出る。
その左腕にはヒートアックス。後退する間もなく、念動フィールドを全開にする。
超高熱の刃とフィールドが干渉し合い、激しい放電を起こした。

「つれないねぇ……お前さん、相棒の仇の俺が憎いんだろ? 許せないんだろ? じゃあ逃げちゃダメだ。
 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ――今この瞬間に、戦わなきゃさァッッ!」
「むう、ううッ……!」
「そこか」

廃墟の一角で起こった放電現象で位置を特定し、ブラックゲッターが迫る。
念動フィールドは既に全開、ガンスレイヴはない。
ヴァイクランの残る兵装はオウルアッシャー、そしてべリア・レディファー。
だがどちらも機体前面に撃ち出すもの、後方から向かい来るブラックゲッターには対応できない。
それはマスターガンダムにも同じこと。片腕一本でヴァイクランを押さえている今、対応する手段はない。

「ほら、どうするんだ? あいつは俺もお前も両方喰っちまう気だぜ?」
「貴様、この状況を楽しんでいるとでも言うのか!?」
「ああ、楽しいねぇ。最高じゃねえか! 一手打ち損なえばゲームオーバー、一寸先はあの世行き。
 誰も彼もが紙のような儚い命――何とも心躍る、最高にハイってやつだ」
「付き合っていられん……!」

フィールドを維持したまま強引に飛び立とうとする――だが、マスターガンダムはヴァイクランの腕にぴたりと機体をよせ、足を絡めて離れない。
ブラックゲッターが戦斧を取り出し、凄まじい勢いで回転する。
あの戦斧をあの勢いで叩き付けられたら、フィールドなど何の抵抗にもならず二機とも両断される――シャギアは絶望とともに確信する。

「ほうら、来たぜ来たぜ。どうする、どうなる? 俺が死ぬかお前が死ぬか、はたまた二人同時にイっちまうのか。
 なんなら協力してあいつを倒すかい? ああ、いいねぇ。それも楽しそうだ」
「冗談では……ない!」
「3、2、1――残念、タイムオーバーだ! ペナルティはお前の命で支払いな!」

寸前で、マスターガンダムヴァイクランを蹴って離脱した。
が、ヴァイクランはそうはいかない。元々の鈍重さ、フィールドを酷使したことによる出力の低下。
何より蹴り崩された体勢が咄嗟の離脱を許してはくれない。
離脱していくマスターガンダム、だがブラックゲッターは今さら止まることはできない。
アキトに率先してヴァイクランを狙う理由はないが、邪魔になるなら潰しておくことを躊躇うほどの理由もない。
一瞬が永遠に引き延ばされる――そんな感覚の中、ガウルンの哄笑だけが耳障りだ。
視界を黒い竜巻が覆う。

(オルバ、比瑪くん、ガロード――すまん)

シャギア・フロストは死を覚悟し、受け入れた。
死ぬことで比瑪を殺した罪や、弟を、そして宿敵を助けられなかった無力が清算されるわけではないと知りつつも。
最期くらい笑って死ね――とは、誰の言葉だったか。シャギアが今わの際にできたことは、己が失態を自嘲することだけだった――













「騎士凰牙――アァァァァァァァァァクションッッッ!!」













――轟音とともに響いた声は、何よりも力強く。
――誰よりも頑なに、己が法を追求し続ける男の声だ。

「……ロジャー・スミス」

呟いた声は誰のものか。
黒の戦鬼が振り下ろす大斧を、疾風の如く飛び込んできたこちらも黒い隻腕の闘士が受け止めて。
その腕に蔵されたタービンが戦斧を砕かんとばかりに猛回転する。
ブラックゲッターは戦斧を引き抜き後退した。

「いかにも、私はロジャー・スミス。いかなる理由があって君らが戦っているのかは知らん。
 だが敢えて言わせてもらおう――交渉の時間だ、諸君!」

パラダイムシティが誇るMr.ネゴシエイター。敏腕……いや豪腕の交渉人が、戦場へと舞い降りた。


     □


刻は三時間ほど遡り、所はB-1の市街地にて。
ここで踊るは騎士凰牙とガナドゥール、ロジャー・スミスとソシエ・ハイム。

「――よし。ソシエ嬢、D-3に向かおう」
「あら。随分待たされたけど、ようやく腹が決まったのね。で、どうしてD-3のルートなの?」
「うむ……先ほど交戦したチンピラどものことだ。私達が恐竜ジェット機でD-7区画を捜索したところ、やつらを捕捉することはできなかった。
 その後このB-1に移動するまで仕掛けてこなかったところを見ると既に移動していたのだろう。
 その場合、彼らが向かう先として最も可能性が高いのは」

ロジャーは彼方にうっすらとその存在を主張する光壁を指し示す。

「我々同様にあの壁を抜け、E-1の市街地を目指すルートだ。つまり北ルートは危険――必然、我らが選ぶ道は南ルートということになる」
「……なるほどね。でも待ってロジャー。一つ、言いたいことがあるわ」

ソシエの声はひどく静か。だが、その奥底に何やら剣呑な熱さを感じる。

「ん、何だね?」
「E-1が危険なのはわかった。でももしそこにナデシコがいたらどうするつもり?」
「……それは」

言葉に詰まる。
もしナデシコがE-1にいるなら、彼らは窮地に陥る。援護に行くべきだろう。
あるいはいないとしても、それならそれで市街地に入らず南下すれば危険は避けられる。ナデシコは目立つのだから、遠目でも十分に発見できるだろう。
戦場となるのがわかりきっている場所にソシエを連れていくわけにもいかない……。
言いくるめる言葉を探す。いつもなら滑らかに回る口がやけに重い。
ロジャーより先に、ソシエが口火を切る。

「ねえ、ロジャー。あなたって服の趣味は悪いし、フェミニストを気取ってるけど女性の扱いは全然ダメ。
 おまけに交渉人なんて肩書きがウソみたいに短気だわ」
「……ず、随分な言い草ではないかね、ソシエ嬢。私とて人並みの繊細さは持ち合わせているのだ、そこまで言われれば多少は傷つくぞ」
「いいえ、ロジャー。『本当の』あなたなら、この程度の嫌味なんてその厚い面の皮にヒビ一つ入れることはできないわ。『本当の』あなたなら、ね」
「何が、言いたい?」
「……はぁ。ハッキリ言わなきゃ分からないのかしら。なら言ってあげるわ」

スゥ、と息を深く吸い込む音。一拍の後。

「ロジャー・スミス。あなたは自分を見失っているのよ」

罪人を裁く断罪の鎌のように――少女の言葉は鋭く胸に切り込んできた。

「何を……言っている。私は、自分を見失ってなど……」
「あら、随分とまあ女々しい声ね。いいわ、順を追って言ってあげる。
 まずは北と南、どちらを行くか即決できなかったこと。私が考え付く程度の理由にあなたが気付かなかった、あるいは気づいていても無視した。
 次に、あのチンピラに騙されてJアークの所在をばらしてしまったこと。あなたはあんなテロリスト感丸出しの怪しげな男の口車に乗った。愚かにもね。
「…………」 
「そして何より――私が一番腹の立つ理由。
 プライドの塊みたいなあなたが、私みたいな小娘にこうまで言われて怒りも反論もしないことよ!」

烈火のような少女の舌鋒。ロジャーは返す言葉もない。
自分を見失っている――ロジャー・スミスをロジャースミス足らしめるもの、それは誇り。
プライド、あるいは自信といってもいいだろう。
その柱が、今ひどく脆く、そして細くなっている。原因――わかりきっている。自分の不甲斐無さゆえだ。
最初の依頼者、リリーナ・ドーリアンは守り切れなかった。
最初の交渉相手、神名綾人とはロジャーの未熟ゆえに交渉する前に殺害された。
極めつけはその後のナデシコ、Jアーク、ダイの三隻の戦艦による乱戦だ。
交渉を妨害するイレギュラー――テニアとガウルン――がいたとはいえ、結果的に対主催派の要になり得るダイが轟沈、ユリカは死亡。
Jアークとナデシコにも深い溝を残した。
あの場を無事に収めることこそが交渉人たる己の責務だったはず――それなのに。
崩壊したダイを目にしたことでその事実を一層突き付けられたのだろう。

「……ロジャー。あなたは確かに全てを救うことはできなかったのかもしれない。でもそれで自分を責めてはいけないのよ。
 迷いは目を曇らせる。大事なことを見逃してしまう――今のように」

ソシエは騎士凰牙に背を向けて歩き出す。その行く先はD-3――ではなく、E-1へと至る道。

「私はね、ロジャー。あなたのように人に誇れる立派な信念や、正義の味方っていえるような大義なんてない。
 でも、これだけはわかる。
 自分の心に嘘をついても、何も手に入らない。こうしたいと決めたのなら、迷っては駄目。
 時には理性よりも野性で行動することがあってもいい――それが、自由というものだわ
 私の心は今、危険に晒されているかもしれないナデシコを助けに行けと叫んでいる。だから、私は私だけの自由と正義に従って行動する」

ガナドゥールが歩き出す。呆然と見送り……我に返り、慌てて走り出す。

「待ちたまえ、ソシエ嬢……私も行く」
「あら、そう? まあついてきたいのなら許してあげるわ。ただし、E-1につくまでの間、私の言ったことをよく考えることね」

それきり、このお喋りなお嬢様は口をつぐんだ。
取り残されたロジャーは考える――理性よりも野性。それは法を重んじるロジャースミスの法に反する。
だがしかし、ソシエの言葉に揺さぶられたのも事実。心のままに行動する――では今の自分が心から望むことはなんだ?
わからない、わからない――

「……わからないな。ドロシー、君なら答えをくれるのだろうか?」

思わず漏れた弱々しい声。彼女が聞けば失望するだろう。
ソシエが通信を切っていてくれたことに、少しだけ感謝した。


     □


そして、時間は現在へ。
E-1に到達したロジャーとソシエは、黒煙を上げるナデシコの姿を見る。そしてその近辺を飛び交う砲火の光。
戦闘が行われている。ロジャーは瞬時に行うべき行動を決定する。

「ソシエ嬢、私は戦闘へ介入する。君はナデシコとの接触を頼む」
「大丈夫なの、ロジャー?」

心配そうな声。確かに答えは出ていない――だが、そんな事情を殺戮者が考えてくれるわけもない。

「ひとまずは戦闘を仲裁する。今はそれが――私が心から望むことだ!」

決意とともに騎士凰牙を走らせる。
ほどなく、あのチンピラが乗っていた黒い機体と、そして大乱戦の時にもみたナデシコの擁する白の特機が交戦している現場に到着した。
膠着状態に陥っている二機。さらに、後方から黒い鬼のような機体が巨大な斧を構えて突っ込んでくるのが見えた。
このままでは二機諸共に両断される。
そう判断した瞬間、ロジャーは全速で機体を特機の前に投げ出していた。

「騎士凰牙――アァァァァァァァァァクションッッッ!!」

間一髪。巨大な戦斧、その刃先ではなく持ち手の部分を受け止める。
騎士凰牙はヴァイクランが本来辿るはずだった大破という運命を変えることができた。
ブラックゲッターを弾き飛ばす。
そして聞こえる声。

「……ロジャー・スミス」

名前とは存在そのものを表す。
ロジャー・スミス。その名が示すのは、即ち交渉の担い手。
未だロジャーの霧は晴れない。だが、そう――それでも、この状況で言うべき言葉は決まっている。

「いかにも、私はロジャー・スミス。いかなる理由があって君らが戦っているのかは知らん。
 だが敢えて言わせてもらおう――交渉の時間だ、諸君!」

高らかに宣言する。
ヴァイクラン、マスターガンダム、ブラックゲッター。三者ともが、ロジャーの真意を測りかねるようにその動きを止める。
それぞれがそれぞれを牽制する位置にいる。三角形の中心に迎えるのは騎士凰牙。
ややあって、最初に応えたのはヴァイクラン――ナデシコのリーダー、シャギア・フロスト。

「ネゴシエイター、危機を救ってくれたことには礼を言おう。だが、一つ聞きたい」
「何だね? ああ、君はシャギア・フロスト殿か。弟君に会ったので、話は聞いている」
「……知っている。お前が受けた依頼のことも、大体は。その上で聞こう。交渉といったが、お前はこの場をどう収めるつもりだ?
 話し合って皆で手を取ろうなどというぬるい結末は有り得んぞ」
「そうそう、邪魔してもらっちゃ困るんだよネゴシエイター。せっかくイイところだったのに……いや、あんたも参加してくかい?」
「貴様……フン、あのときも言ったはずだ。
 交渉の場に争いを持ち込もうとする者は、この私ロジャー・スミスの名にかけて許しはしない、と。
 交渉に値しない人物はこの拳にて舞台から御退場願うのみだ」
「おぉ。怖い怖い。まあ、一つ乗ってやろうじゃねえか。
 この俺、ガウルンの立場はな、徹底抗戦だ。闘争を、一心不乱の大闘争を……ってな。
 さあ、俺は意見を表明した。お前らはどうなんだ?」

不敵に面々を見回すマスターガンダム。
彼らの出方次第では1対3という絶体絶命の窮地に陥ることなど何の問題でもない、むしろ楽しみだとというように。

「……シャギア・フロスト。君はどうだ?」
「お前の本来の依頼に応じることは吝かではない。だが、ここで矛を収めることはできん。
 そちらの斧を持ったやつに仲間が襲われ、安否が不明だ。非常に好戦的でもある。
 そして何よりガウルン……そいつだけはここで殺す。オルバの――弟の仇だ」
「何っ……!? 彼が死んだというのか?」
「そう、殺されたのだ、ロジャー・スミス。そこの男と、お前達が事情があったのでは、などとつまらん理由で見逃した……フェステニア・ミューズになッ!」
「……ッ!?」

シャギアとて、彼に直接の責任がないことは分かっている。
だがしかし、下手人とテニアを除けば生きているオルバと接触したのはロジャーが最後なのだ。
彼がテニアをその場で始末していたら――と、思わずにはいられない。
そうしていれば、自分が比瑪を撃つこともなく、ガロードが撃墜されることも――負の感情がドロリと身を包む。

「私も、そこの男と同じく交渉を放棄する。少なくともこの二人だけは、ここで始末する。邪魔をするなら貴様も排除するぞ、ネゴシエイター」
「……最後だ。君の意見を聞こう」

ガウルン、シャギアからの断絶を受けて残ったブラックゲッターに目を向ける。
未だ一言も発さぬこの男、ある意味では一番不気味な存在だった。

「まず、名前を聞かせてもらいたい。初対面であるなら改めて私から名乗ろう。私は」
「結構だ。初対面ではない」
「その声……ガイ? 君はガイか! 生きていたのか」
「ガイは偽名だ。俺の名はテンカワ・アキト……覚える必要はないがな」

ブラックゲッターが戦斧を旋回させ、騎士凰牙に向ける。
友好的とばかり思っていた相手に刃を向けられ、ロジャーは困惑する。

「どういう、つもりだ?」
「どうもこうもない。俺はゲームに乗る……優勝を狙っている」
「何故だ! 君はユリカ嬢とともにこの殺し合いに抗っていたはずでは」
「ユリカの名を口にするなッ! ユリカを守れなかった貴様がッ!」

ガツン、と頭を殴られたような衝撃。
そう、あの場にガイはいなかった。
先程彼の機体を発見したことから半ばで参戦したのは予想できたが、あの状況ならダイを、ユリカを守るのは自分の役目だったのだ。
二の句が継げないロジャーに、アキトは続けて言い放つ。

「ユリカを殺したのはそこのガウルンだ。わかるだろう、俺もお前の交渉に応じるつもりはない。
 奴の次はお前達だ。誰一人として、逃がしはしない」
「ククッ――クハハッ! ハハハハハハハハハハハッハハハハハハッッ!
 ざまぁねえなネゴシエイター! 聞いたかい? そう、全ての原因は俺にあったんだよ!
 だが俺だけの責任か? いいや違うね。あのとき俺を止められなかったお前が、そもそもの発端なのさ!
 ネゴシエイターが聞いて呆れる――お前は闘争の火種にしかなってねえんだよッ!」
「……貴様ッ!」

マスターガンダムが跳躍する――向かう先はヴァイクラン。
十分な時間を置いた念動フィールドは出力を回復している。鋭い蹴りを危なげなく受け止めた。
すぐさま反撃のオウルアッシャーを放つヴァイクラン。だが火線が閃く瞬間にはマスターガンダムは離脱していた。
そしてその後をなぞるようにブラックゲッターの剛腕がガンダムを追う。
マスターガンダムはビームクロスをビルへと伸ばし、猿のようにビルからビルへと飛び移っていく。
やはり追う、ブラックゲッター。残ったのは騎士凰牙とヴァイクランのみ。
今の攻防、ロジャーは一歩も動けなかった。もし誰かが彼を狙えば、なすすべもなく撃破されただろう。

「私は……私の交渉は……!」
「ロジャー・スミス。貴様とあのテンカワという男に何があったかは知らん。だが、ガウルンは明確な敵だ。
 私の機体はやつらと相性が悪い。協力を要請する」
「あ……ああ、そう、だな。だが、私は……」

チッ、と舌打ちが聞こえた。シャギアのものだろう。

「腑抜けめ……まあいい。私は奴らを追う。お前はナデシコに「――ガロードはどこだ?」

突如、声が割って入った。
女の声――ロジャーも、そしてシャギアも知らない声。
見上げる――そこにいたのは赤い鬼。ブラックゲッターと密接な関係を持つ、あるいはこの会場内でも最強に近い力を持つモノ。

真・ゲッターロボがそこにいた。


     □


目が覚めたのは、強烈な震動のおかげだった。
横たえられていたベッドから転げ落ち、頭をしたたかに床にぶつけるという情けない起床であったものの、ついにクインシィ・イッサーは覚醒した。
医務室から出る。どこだろう――艦内のようだ。ふらふらと彷徨い、唐突に風を感じた。
本来なら密閉空間である艦内で風が吹くはずがない。クインシィはその風が吹いてくる方へと足を向けた。
やがて、通路の一角に空いた大穴を発見した。
未だ黒煙を上げ続ける個所がある。先程の震動は砲撃を受けたことによるものと推測した。
壁に手をつき、外の景色を見下ろす。市街地――気絶する前は確かC-2にいたはずだ。
だが、あの街並みと違いここはあまりに荒れ果てている。移動したのだろうか――そんなことを考えて視線を巡らせる。

そして、見つけてしまった。悪鬼が魔神の首を刎ね、その手に掴むところを。
知っている。あれは、そう。マジンガーZ。

――――ガロードの機体。

思い当った瞬間、意識が一気にクリアになった。
あれから何時間経った!? ここはどこだ!? 私は何をしている!?
そう、気を失う直前まであの青い騎士の機体と交戦していたはず。ジョナサンが負傷して――
ジョナサン! ジョナサン・グレーンはどこだ!?
ガロードもいない。まさか、あのマジンガーに乗って――

クインシィは駆け出した。とにかく、情報が必要だ。最新の、生きた情報が。
戦艦ならブリッジに行けば誰かしらいるだろうと、適当な案内板を見つけブリッジへとひた走る。
飛び込んだブリッジには一人の男。髪を逆立て眼鏡をかけている。
男が振り向く。その唇が開かれる前にクインシィは男の首を絞めあげた。

「貴様、答えろ! ジョナサン・グレーンはどこだ!? ガロード・ランは!? 状況はどうなっている!?」
「……、……ッ!」
「何を言ってる! わかるように」

と、首を絞めていては話せるものも話せないと気付く。が、

『落ち着けよ! 今はそれどころじゃねえ!』

室内隅に設置されたスピーカーから男の声が響いた。
驚き、男を凝視する。男は手振りで放せと伝えていた。とりあえず手を放す。
軽くせき込み、男は顔を上げた。

『わりぃな、喉を傷めちまってこんな方法でしか話せない。俺は熱気バサラだ。アンタは?』
「……クインシィ・イッサー。ああ……いや、済まない。私も頭に血が昇っていたようだ」

障害を持つ相手に暴力を振るったことが少し情けなくもあり、クインシィは常になく素直に頭を下げた。

「それより、さっきの質問に答えてくれ。ジョナサンは、ガロードはどこだ?」
『ここはナデシコって戦艦だ。……ジョナサン・グレーンってやつは、死んだ。アンタを救助した時、遺体を回収したそうだ』
「なん……だと……? ジョナサンが、死んだ……?」

一歩、後ずさる。やはりあのとき、ジョナサンは致命傷を受けたのだ。
気付かなかった己の不手際。そればかりかのうのうと眠っていたのだ……今の今まで。

『で、ガロードだがな。これを見りゃわかるだろう』

バサラが手を振る。すると空中に映像が映し出された。
そこには首のないマジンガーZと、放り投げられたその頭部。

「これに、ガロードが乗っているのか!?」
『ああ。さっき一瞬だが通信が繋がった、生きちゃいるが、またすぐ気を失ったらしい。まずいことにすぐ近くで派手にドンパチやってやがる』

続けて黒と白の機体が激しくせめぎ合っているところが映し出される。クインシィの見た悪鬼もそこに加わった。
乱戦となった戦場――ガロードは動けない。
踵を返すクインシィ。その腕をバサラが掴む。

『待ちな。アンタ、病み上がりで出る気か? 死ぬぞ』
「そんなことはどうでもいい! ガロードが危ないんだ、黙って見ていられるか!」
『アンタ……』
「私の機体は、真ゲッターはあるのか?」
『回収してある。だがあいつは三人乗りだって聞いてる。アンタ一人じゃ』
「十分だ!」

手を振り払い、走り出す。そこへ、

『騎士凰牙――アァァァァァァァァァクションッッッ!!』

新たな声が響く。モニターを見やれば、隻腕の黒いマシンが新たに参戦していた。
そのまま、一時砲火が収まる。何をしているか知らないが、ガロードを助けるなら今が好機だ。
今度こそブリッジを出る。格納庫の位置を確認し、走り出した。

『おい、待て』
「なんだ、まだ何かあるのか!」

どこからともなく男の声が聞こえる。艦内であればどこにでも声は届くのだろう。

『白いデカブツは味方だ。ガロードの知り合いらしい。んで新しく来たやつは多分、Mr.ネゴシエイターってやつだ。あの声のやつ、最初の場所で見た覚えがある』

そういえば、クインシィにも覚えがある。主催者の少女に大見得を切っていた、黒服の男。やつだろう。
つまりはそれ以外、真ゲッターに似た黒い機体と黒いガンダムという機体を叩けばいい。

『俺の方はまだ準備に時間がかかる。ガロードを頼む』

男が何を言っているかわからないが、どうでもいい。まずはガロードだ。
格納庫に辿り着く。真イーグル号に乗り込みシステムを起動させる。
真ジャガー号の出力が上がらない――ジョナサンの棺。歯を食い縛り悔恨を呑み込む。
各ゲットマシン、真イーグル号のシステムに同調。自動操縦スタンバイ。
いける。本調子ではなくとも、十分戦闘は可能だ。
ハッチが開く。あのバサラという男がやってくれたようだ。
操縦桿を握る。叫ぶ――


「クインシィ・イッサー! 真イーグル号、発進する!」

弾丸のようにナデシコから飛び出る。後続の二機の位置を確認、調整。そして。

「チェェェェェェェェンジ! ゲッタァァァァァァァァァァァワンッッ!」

合体。
遅い、ジョナサンならもっと早く――無意識の苛立ちを振り払う。
今は――

眼下で、二機の黒い機体が縺れ合いながら移動していく。ともに排除対象。
残ったのは白い機体とネゴシエイター。急行し、回線を開く。

「――ガロードはどこだ?」

相手は何か言っていたが、気にせず割り込んだ。
一拍の後、応答。白い機体だ。

「お前は……クインシィ・イッサーか?」
「ああ。ガロードは無事なのか?」
「待て。……よし、あそこだ。損傷はないようだ」

ガンスレイヴに飛ばした念を辿り、位置を特定。
瓦礫の下、ガンスレイヴに守られてマジンガーZの頭部は無事だった。

「ガロード……良かった。まだ生きてる……」
「クインシィ、状況は見ての通りだ。初対面ではあるが、協力を要請する。やつらを仕留めるのに手が足りない」
「待て、シャギア。まだ……」
「貴様は黙っていろ、ネゴシエイター! ……クインシィ、やつらを倒さねばガロードも危ない。ここは手を貸してくれ」
「……いいだろう。おい、ネゴシエイター。お前の話はあとで聞く。今はガロードをナデシコへと連れて行け」

ロジャーは彼らを止める言葉を思いつかない。
そのまま、ヴァイクランと真ゲッターは激突する殺戮者たちの下へ向かって行った。







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