□


「エネルギーが半分切った! 甲児、もっと抑えて!」
「無茶言うな! 手加減して何とかなる相手かよ!」

狭いストレーガにはのコクピットで二人の少年が怒鳴り合う。
兜甲児、キラ・ヤマト。一度は銃を手に向き合い、今は何故か呉越同舟の身。
甲児は真ゲッターの動きを止めようと躍起になっているものの、元々のパワー、そしてスピードが違いすぎる。
ネリー・ブレンに乗るアイビスの回避が間に合わないときに割り込んでいくのも、そろそろ限界だ。
そして二人を焦らせている理由はもう一つ。

先程シャギアに通信したときに出た名前、ユーゼス。
ブラックゲッターがこの戦場にいたことから予想はしていたものの、まさかシャギアを援護しているとは思わなかった。
それでもカミーユから事のあらましを聞いたキラは確信した。何か裏があると。
突如使えなくなった通信回線をいじりつつ、説明を求める甲児に叫び返す。

「おい、ユーゼスさんとアキトさんが敵ってどういうことだ!? あの人達は主催者に反抗してるんだぞ!」
「僕の仲間が襲われたんだよ! それに、主催者に反抗してるからって安全な訳じゃない……他人を利用するためだってこともある!」

甲児も彼らと接触した一人だ。その印象は良いものであったからこそ、キラの言葉がにわかに信じられない。
しかし現実、アキトが駆るブラックゲッターはシャギア、クインシィ、そしてロジャーと交戦している。
半信半疑そうではあるが、とりあえず『味方ではない』という程度の認識は甲児にも伝わった。
ともあれ突如濃くなったミノフスキー粒子に手を焼きオープン回線で伝えたものの、シャギアからの応答はなく。
様子を見に行きたいが、もしストレーガがここを離れればアイビスが窮地に陥る。
そんなジレンマの中、索敵を続けていたキラは予想が最悪の形で的中したことを悟る。
ヴァイクランが黒煙を吹き上げ、膝をついていた。
その近くでネゴシエイター操る騎士凰牙と、巨大な天使が交戦している。
ヴァイクランが止めを刺される前に、ブラックゲッターを追ってきたロジャーが割って入った結果だ。
マスターガンダムはブラックゲッターと激しく交錯している。そちらは今は手を出さなくても良さそうだ。

そして、遅まきながらもバサラの歌が聞こえないことに気付く。
もしやユーゼスが、と想像はどんどん悲観的になる。
とにもかくにも、クインシィをなんとかしなければ――焦りだけが膨らんでいく。

「ダメ――もうバイタルジャンプを続けるエネルギーがない!」

アイビスの悲鳴。小柄なブレンの最大の武器、短距離転移が使えないという知らせ。
ソシエ操るガナドゥールも限界は近いのか、放たれる攻撃の頻度は減っている。
臍を噛む。何故、自分はただ見ているだけなのか――力が欲しいと、キラは強く願う。
接近警報。
新手かと真ゲッターに集中する甲児に代わり、サブモニターを確認。
そこに映っていたのは――

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

小さな影が、止める間もなく真ゲッターとネリー・ブレンそしてストレーガが入り乱れる空域に突っ込んできた。
その影――なんと生身。
飛行形態になったぺガスの上で、ガロード・ランという少年が強風にその身を晒し、両手を広げ真ゲッターの前に立ちふさがった。

「あいつ……ガロード!?」

上ずった甲児の声。キラも、アイビス、ソシエも同じ気持ちだった。
プラズマや熱線、ビルをも粉砕する拳が入り乱れる戦場に生身で乱入するなど正気の沙汰ではない。

「止めるんだ、お姉さん。この人達は、お姉さんの探してる勇じゃない!」

そんな驚愕をよそに、ガロードは真ゲッターを駆るクインシィに語りかける。

「お前……ガロード! 自分が何やってるかわかってるのか!? そんな危ない真似をして!」
「危ないって言うならお姉さんの方がよっぽど危ないよ……とにかく! 止めるんだ、お姉さん。お姉さんのやってることは間違ってる!」
「だ――黙れ! そのブレンはユウのブレンだ! だったら、ユウが乗ってなきゃおかしいだろう!?」
「だから私はアイビスだってば! 人違いなの!」
「うるさい! だったらそのブレンだけでも壊すんだ! そうすれば、戦う力のなくなったユウなんて簡単に……!」
「お姉さん!」
「うるさい――どくんだ、ガロードっ!」

真ゲッターが、拳をぺガスに――そこに立つガロードに突きつける。
このままでは彼が危ない。キラと甲児はそれをアイコンタクトでアイビス、ソシエに伝える。
二人は頷き返してきた。
真ゲッターが動く瞬間取り押さえようと、神経を緊張させる――

「みんな、大丈夫だ。手を出さないでくれ」

が、当のガロードから制止の声がかかった。
何か策があるのかと、息を呑んでその挙動を見守る。

「お姉さん――俺の言ってることが、信じられないかい?」
「ガロード……他のことならまだしも、これだけは譲れない。邪魔をするなら――」
「――するなら、俺を殺す? でもダメだぜ、お姉さんに俺は殺せない。何故なら――」

滞空するぺガス。ガロードはその淵に立ち――

「アーイ、キャーン……フラァァァァァァァァァァァァイッッ!」

飛び降りた。

「……なっ!?」

呟きは誰のものか――おそらくは全員だろう。
ガロードの身体は天空から真っ逆さまに落ちていく。
ストレーガが動こうとした。甲児だけでなく、アイビス、ソシエもまた同時に。
だがそれよりも早く――

「ガロードォォォォォォォォォォッッッ!!」

真ゲッターが、残像すら残しかねない速さでその後を追った。

ガロードを追い越し、地面に激突する寸前でオープンゲット。
真ベアー号のキャノピーが開き、間一髪でそのシートがガロードの着地点となる。

ゲットマシン三機が足並みを揃えて旋回する。その内部で、

「いてて……た、助かったぁ……」
「ガロードッ! お前、お前――馬鹿かっ!」
「うわ、やっぱり怒ってる……」

クインシィが、鬼の形相でガロードを怒鳴りつけていた。

「待ってよ、お姉さん。俺的にここはよく助かったっていう感動の――」
「黙れ! あんな危ないことをしておいて何が感動だ! 私が動かなかったらどうするつもりだったんだ!」
「――でも、お姉さんは動いた。復讐よりも俺の命を助けることを選んだ。だろ?」
「そ、それは……」
「言っても分からないだろうって思ったからさ。でも、良かったよ。もしかしたら見捨てられるかと思った」
「……私が、お前を見捨てるはずはないだろう……馬鹿」

それきり、不貞腐れたように黙るクインシィ。
ホッと、ガロードは息をついた。賭けだったが、何とかクインシィを落ち着かせることはできたようだ。
見守るストレーガに通信を入れる。

「甲児、何とかなったよ。お姉さんは落ち着「お前は馬鹿かッ!!!!」

途端、怒鳴り声がコクピットを満たす。甲児一人のものではない――他に知らない声が三人も。

「何考えてんだこの馬鹿! 死ぬ気かこの馬鹿! ええと、とりあえず馬鹿野郎!」
「アンタ何考えてんのよ馬鹿じゃないの!? 馬鹿、この馬鹿!」
「声は老けてるくせに頭の中身は空っぽじゃないのこの馬鹿! 私寿命が縮まったわよ!」
「君はば……いや、ええとみんな落ち着いて。とりあえず怒るのは後にしよう」

最後の一人、少年は自分以外の三人の声に押されたか怒鳴ることなく提案した。多分他の面々の剣幕に引いていたのだろうが。

「ガロード……だよね? 僕はキラ・ヤマト。アムロさんから話は聞いてるよ」
「あ、ああ。そんなに怒らなくても……い、いえ! 何も言ってません!」

ぼやくガロードは途中でクインシィに睨まれた。

「アムロさんから? ああ、よろしくな! 俺はガロード・ランだ!
 とにかく! お姉さんはもう大丈夫だ! ……だよね?」
「ふん」

モニターの向こうでクインシィがそっぽを向く。機嫌を取るのには苦労するだろうが、少なくとももう暴走はしないはずだ。

「よし、じゃあシャギアさんとロジャーさんを助けに行こう! 甲児!」
「あいよ!」

キラの号令を機に、ストレーガ、ガナドゥール、ネリー・ブレンときて殿に真ゲッターがつく。
すぐに騎士凰牙は見つかった。何しろラーゼフォンの巨体は目立つ。

「ソシエ、アイビスと一緒にシャギアさんの様子を見てきて。クインシィ……さんは、僕らと一緒にロジャーさんの援護をお願いします」
「……」
「お姉さん」
「……わかってる! 私に命令するな!」

キラの指揮のもと、ストレーガ、真ゲッターがラーゼフォンへと向かい、損傷のひどいガナドゥールとエネルギーの心許ないネリー・ブレンがヴァイクランを救助することになった。

離れていくストレーガと真ゲッターを見送り、二人の少女はヴァイクランへと急ぐ。
機体前面を走る太刀筋――が、強固な装甲が幸いしたかコクピットまでは届いていない。
外から呼びかけるも反応がない。
アイビスがブレンに命じてヴァイクランのハッチをこじ開け、気絶したシャギア・フロストを強引に掴み出した。
ソシエがコクピットから出て、シャギアの頬を張る。
数回平手が往復したところでシャギアは目を覚ました。

「う……う、うん? 君は、誰だ?」
「後にして! 早く乗って、行くわよ!」

と、足がおぼつかないシャギアに肩を貸してガナドゥールのコクピットへ。
ヴァイクランはまだ動くかもしれないが、この乱戦の中では安全とは言えない。
戦力は減るがこちらで保護した方がいいという判断。

「少し揺れるけど、しっかり掴まってて」
「う……うむ。すまんな」
「ソシエ、一旦引くよ。ナデシコまで後退しよう」
「わかったわ」

そしてネリー・ブレンとガナドゥールが後退する。
一方、ラーゼフォンを前にした甲児達。

「ゲッタァァァァビィィィイイムッ!!」

騎士凰牙を捉えんとするラーゼフォンの前に真ゲッターの放つ光線が割り込んだ。

「ロジャーさん!」
「キラ君か!? 彼女は大丈夫なのか?」
「ええ、もうクインシィさんは大丈夫のはずです」

モニターの中の真ゲッター。二人が乗ったことで、先程よりずっと鋭い動きでラーゼフォンへと挑みかかる。
ガロードというバランサーを得たクインシィは安定している。とりあえず心配はいらなそうだ。
ストレーガがライトニングショットで後方から援護する中、キラはロジャーとコンタクトを取っていた。

「済まんな、依頼された交渉を果たせずに……Mr.ネゴシエイターが聞いて呆れる」
「この状況じゃ仕方ないです……それより、今のことを考えましょう」
「うむ。とりあえずはだ、ガウルンには交渉の余地はない。私はやつは排除するべきだと思う」
「話には聞いてましたが、あの人はたしかに危険です。僕もその意見には賛成です。
 ……けど、ロジャーさん。ユーゼスとアキトって人はどう見ますか?」

あえて自分の知る情報は伝えず、ロジャーからの率直な意見を聞こうとするキラ。
甲児も援護を行いつつ、聞き洩らさないように何度も振り返っている。

「アキトは……彼が戦いに乗っているのは私にも責任がある。できれば止めたいところだが、今の彼は危険だ。君達は自分の安全を優先するんだ。
 そしてユーゼスだが、何を考えているか……そうだ、ガロード・ラン! 彼は無事か!?」
「あ、はい。今はそのロボット……真ゲッター? はい、真ゲッターに乗っています」

甲児から補足を受け、答える。

「そうか、良かった……後は、あの歌っていた男か」
「バサラさんですね。やっぱり、ナデシコで何かあったんでしょうか」
「かもしれん……くそっ! これまた私のミスだ、情けない!」

ガツ、と何かを殴る音。紳士然とした男が相当苛立っているのがわかる。

「えーと、つまり。ユーゼスさんもアキトさんも、敵ってことなのか?」
「甲児は二人に会ったことがあるって言ったよね。その時どんな話をしたのか知らないけど、よく無事だったって思うよ」
「ブンドルさんがいたからかな……くそ、俺は騙されてたってことかよ!」
「二人とも、済まないがここは任せる。私はナデシコの様子を見に行ってくるよ。この腕では君達の足手まといにもなりかねんしな」

騎士凰牙が後退する。行く先はナデシコの方角。

「ようし、じゃあ俺達はユーゼスさん――いや、ユーゼスをとっちめるぜ!」
「待って、甲児。ガウルンとアキトさんが気になる。迂闊に前に出ないで」
「ああん? ここで待ってろって言うのかよ」
「そうじゃなくて、いつでも不測の事態に対応できるようにしておこうってこと。クインシィさんなら僕らが手出ししなくても大丈夫のはずだし」
「……ちぇっ、わかったよ。一旦下がって、警戒に集中する」

いつの間にか甲児はキラの言うことを素直に受け入れるようになっている。
信頼されているということなのか、非常時だからか――キラにはわからないが、それでも悪い気はしない。
ビルの上に陣取り、この戦場に散らばる全ての存在に気を回す。
ガウルンはアキトと交戦中、ユーゼスはクインシィとガロードが抑えている。
今のところこちらの脱落者はなし――バサラだけが安否不明。
数としてはこちら――敢えて言うならナデシコ組+αが勝っているが、どうにも嫌な予感が消えない。
キラも、そして甲児も。まだ何かが起こる、それを感覚として感じ取っていた。


     □


ゲッターの様子がおかしい――ガロードはそう言った。

どういうことだと聞くクインシィに、あの機体と戦い始めてからだとガロードは答えた。
あの機体――ラーゼフォン。
そう、ラーゼフォンと戦い始めてから、真ゲッターは操縦者たるクインシィとガロードの知らぬところで出力を上げ続けている。
まるであの機体に共鳴しているかのように。

「とにかく、不具合はないんだろう!?」
「ああ、戦う分には問題ない。むしろ調子は良いくらいなんだけど……」

だったら問題はない、とクインシィは断定した。
ガロードも不可解ながらもそれに賛成する。今は敵を倒すことが先だ。


そして対するラーゼフォン、それに接続されたメディウス・ロクスのコクピットの中。
ユーゼスもまた、事態が己の知らぬところで転がり始めたと歯噛みしていた。

(チッ……ガロード・ランか。やはりあの程度では死ななかったようだな。止めを刺さなかった私の不手際か)

墜ちてゆくぺガスを見たとき、あれでは助からんと放置したのがまずかった。
やつはまんまと生き延び、目前の真ゲッターを安定させ、三つの戦いの内一つを終息させこうして向かってきている。
そして――この真ゲッターと戦い始めてから何かがおかしい。
奇しくもクインシィとガロードが囚われたその疑問に、ユーゼスもぶつかっていた。
真ゲッターが謎の出力上昇なら、こちらのAI1は異常活性化だ。
撃ち合うたび、すれ違うたび――AI1の中で何かが蠢いている。
それが何かは分からない。だからこそ、苛立たしい。
とにかく、目前の敵の撃破を。それもまた、相対する敵手と同じ思考。

(何をやっている、テンカワ! さっさとそいつを始末して援護に来い……!)

更に不愉快なことにアキトは通信回線を遮断している。ガウルンとの戦いの邪魔をするな、ということだろうが。
そのアキトは離れたところでガウルンとの決闘まがいの戦いに興じている。援護など期待できそうもない。
結果的にユーゼスは一人でこの真ゲッター、そして時折り光弾を放ち援護してくる兜甲児の機体と交戦することになっている。
そう、兜甲児――こいつもネックだ。
本来ユーゼスにはあそこでヴァイクランを攻撃する意図はなかった。
装甲に散見されるズフィルードクリスタル、そしてガンスレイヴ――カルケリア・パルス・ティルゲムを用い制御する自働砲塔。
ユーゼスの知らない、だが紛れもないバルマー製の機体。だが相性で言えば、参加者に支給されたどんな機体よりもユーゼスに合うはず。
このヴァイクランこそ、自らと同じ性を持つ科学者が建造し、その息子たる人工サイコドライバーが操る機体――つまりはゴッツォ家の怨念の結晶なのだから。
故にこのラーゼフォンの次に乗る機体として目をつけていたのだが。
甲児の機体に同乗しているあの少年――キラと言ったか。あの少年がオープン回線で叫んだ一言、あれがまずかった。
テンカワ・アキトと組んでいる――
ユーゼスが敵だと言われるのならまだ誤魔化しようがあったものの、ブラックゲッターの進路を譲ってやったばかりの時にああ言われては自分からそれを証明してやったようなものだ。
そこから先は咄嗟の判断だった。撃たれる前にヴァイクランを無力化――パイロットはおそらく生きているだろう。
まったく、腹立たしい――バサラといいガロードといいキラといい、思うようにいかないことばかりだ。

真ゲッターの拳を五大剣で受け、払う。凄まじい圧力。
紫雲統夜から剣を借りておいたのが幸いした。これがなければとうに撃破されていたろう。
とはいえ現状、打つ手がないことに変わりはない。
アキトがガウルンを撃破することを信じ、ここは待ちの一手しかないだろう。

(私が他人をあてにするとはな……この代償、高くつくぞ)

ここにいる全ての者に支払わせる。そんな暗い決意をよそに、レーダーが新たな反応を示す。
真ゲッターから注意を解かないまま横目で確認する。
そこにいたのは――


     □


ナデシコに一見して変わった様子はない。
それを見たロジャーはだが安心しない。あの中にバサラがいるかどうか、それをまず確認してからだ。
倒れ伏すマジンガーZを遠目に廃墟を駆け抜ける騎士凰牙。
幾度か角を曲がったところで、後方から奇妙な音を聞いた。ギターの音のような。
振り返らせると、はたしてそこには疲労困憊といった体のバサラがいた。

「君は……無事だったか!」

コクピットから飛び降り、その肩を支える。息が荒い。あちこち怪我もしているように見える。

「私の名はロジャー・スミス。甲児君やキラ君、シャギア・フロストの仲間と思ってくれていい」
「……ッ、……は」

自己紹介するロジャーに、応えようとしたバサラが己の喉を押さえて首を振る。
次いで地面に、転がっていた石で字を書き始めた。

『俺は熱気バサラ。悪いが今は声が出ないんだ』
「声が……ふむ、了解した。とにかく無事でよかった。さあ、乗りたまえ。安全な所まで君を送り届けよう」

と凰牙に乗るように勧める。だがバサラは首を縦に振らず、代わりに今も爆音響く戦場を指し示した。

「あそこに連れて行けというのか?」

YES。そう字を書くバサラ。

「何を馬鹿な……機体のない君が行ってどうするというのだ」
『決まってるだろ、歌うんだよ!』

書かれた文字を見て、ロジャーは目を疑った。
喋れもしないくせに歌うとはこれ如何に。この男は狂っているのか、と思った。
だがバサラは至って真剣な目で、

『俺には歌うことしかできねえ。だからどんな所でもどんな時でも歌い続ける。そうしなきゃ、俺が俺でなくなっちまう』

と綴った。
ロジャーはバサラの決意が並々ならぬものであると悟る。何となれば、それはロジャー自身が交渉に臨む心構えに通じるものでもあった。

「なるほど君の信条は大したものだ。だが、実際問題として声が出ないのはどうするつもりだ? それでは歌うも何もないだろう」

というロジャーの問いかけに、バサラは懐から一錠の錠剤を取り出した。
しばらくそれを複雑そうな眼で眺め――やおら飲み込んだ。ロジャーがそれは何だと聞く間もない。
錠剤を嚥下する――そしてすぐ。

「……!? ガッ――ハァっ! あぐっ……あああっ!」

バサラは身を折り苦しみ出した。取り分け喉を押さえている――まるでそこが痛みの発生源とでも言うように。

「おい、どうした!? しっかりしたまえ!」

まさか毒でも飲んだのかと、軍警察時代に習った応急処置法を必死に思い出そうとして、

「――いや、何、でも……ない。気に、しないで……くれ」

と、バサラ本人が制止した。紛れもない、『バサラ本人の肉声』で。

「……喋れるのか?」
「……ああ、たった今から、な。まだ少し違和感があるが……大丈夫だ。これで歌える。
 あの薬、効果は本物だった、みてえだ。少しは、あの仮面野郎にも……感謝しないとな」

ロジャーにはいまいちよくわからない独り言をつぶやく。

「さあ……行こうぜ、ネゴシエイター。俺達の歌を、この戦場に響かせによ!」

バサラが先に騎士凰牙へと乗り込む。あの様子では機体を奪って行きかねないと、ロジャーも慌てて乗り込んだ。
その身がどれほど傷つこうとも、己の道を外れることないその生き様。
現実というしがらみに囚われるロジャーには、何よりも眩しいもの。
同時に、こうありたいと思う。いや、自分はこうであったはずだ。
ひたすらに己の法を追究し、言って分からぬ者には鉄の拳を叩き込む――それも、交渉の一側面。
行く先を変え、戦場へと舞い戻る騎士凰牙。
ロジャーの傍らで、バサラがギターを掻き鳴らす。

「行くぜぇ……! 俺の歌を聴けええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」

狭いコクピットで歌い出したバサラ。

(これはドロシーのピアノよりも厄介だ……!)

当然騒音に耳をつんざかれるネゴシエイターは、そんなことを思ったとか思わなかったとか。


     □


再び、戦場に歌が響く。
ただし発信源が違う――ネゴシエイターの駆る、騎士GEAR鳳牙だ。
ガロードだけでなくバサラまで生きていた。その事実は一層ユーゼスの神経を逆撫でする。
そもそもあの男は喉を痛め歌えなかったはずだ。気合や根性でどうにかなるものではない、だとするなら――

(そうか、飲んだのか、アレを! 貴様もテンカワと同じくナノマシンのキャリアになったという訳か!)

貴重なサンプルの一つ――だが、アキトだけでなく健常者が服用すればどうなるかという絶好のケースでもある。
惜しくはなかった。とにかく、ナデシコだけでなくやつも確保せねばならない。
接近してきた真ゲッターを蹴り飛ばす。死角から飛んできたプラズマ弾は五大剣で撃ち落とした。
バサラの登場は敵にも、そしてユーゼスにもなんら戦力という点では変化をもたらさなかった。
ネゴシエイターは同乗するバサラを気遣っているのか積極的に仕掛けては来ず、ストレーガも同様。
前に出すぎると真ゲッターの邪魔になるという理由もあったのだろうが。

何にしろアキト待ちの状況は変わらない。
しばらくこの苦境が続くとユーゼス自身予測していたが――

「戻って来いラーゼフォン! お前はそんなやつに使われるために生まれたんじゃねえ! また俺と一緒に歌おうぜ!」

バサラの声。歌の途中でラーゼフォンに呼びかける。
最初は鼻で笑った。この機体は既に死に体だ。そんなことをしたところで反応などするはずがないと。

だが、違った。

AI1の中で何かが激しく暴れ回っている――呼応するかのようにラーゼフォンの浸食し切れていない部位から続々とエラーが発生した。
抗っている――何かと、ラーゼフォンが。

「馬鹿な……AI1、何が起こっている!?」

Ai1の示す回答――解析不能。如何に希代の天才とスーパーAIとはいえ、理解不能の現象については有効な手段は持ち得ない。
その間も、バサラの歌は響き続ける。

「俺達、いいコンビだったじゃねえか! お前も戦いなんかより自由に歌いたい、そう思うだろ!?」

ラーゼフォンに意志があると疑いもしないバサラ。少しづつではあるが――AI1が征服した箇所が奪回されつつある。
湖から引き揚げたとき、ラーゼフォンは完全に死んでいた。メディウスと繋がることによりかろうじて息を吹き返したのだ。
そして今、ある程度力を取り戻したラーゼフォンは、今度はバサラによって意志を――魂を吹き込まれつつある。
一切の迷いない、純粋に歌いたいという意志のみを凝縮したバサラの言葉。

「……ええい、黙れッ!」

バサラを黙らせんと騎士凰牙へと突撃する。だが、その目前に真ゲッターが割り込み、腕を伸ばす。
左腕と、胴体――メディウス・ロクスのコクピットを直接を押さえられる。
そして瞬間、メディウスと真ゲッターが繋がる部分が輝きを放つ。
ドクン、ドクンと。まるで血流のようにエネルギーのラインが走る――接続した?
真ゲッターが放つゲッター線は先程から高まり続けている。その勢いは外部からでも観測できるほどだ。
溢れ出すゲッター線が、AI1にも流れ込んでくる。
呼応するようにラーゼフォンの制御が危うくなる。

そして――

(いかん……! このままではコントロールが――)

「何度だって言ってやる! 来い、ラーゼフォン! 歌おうぜ――俺と、お前の歌を! 世界を、銀河を――全てを変える歌を!」

騎士凰牙のコクピットをバサラが放つ光が満たす。
それは、正しき時空で発現すればアニマスピリチアと呼ばれた力。
観測したAI1が解析しきれず停止――その瞬間。
抑えのなくなったラーゼフォンが剣を放り出し――



     真理の目が、開いた。




『ラァ――――――――――――――――――――――――――――――――――――……!』


ラーゼフォンの左腕が勝手に伸び、真ゲッターの腹部へと押し当てられる。
ユーゼスは知らないことだが、そこは真ジャガー号のコクピット。今は誰もいないはずの。

AI1が警告を発する。
メディウス・ロクスのコア部分からエネルギーの流出が認められる――それは腕を伝い真ゲッターへと流れ込んでいく。
数秒ほどエネルギーの流出は続き、やがて唐突に消える。
ラーゼフォンは腕を戻し――メディウスを掴んだ。

(何だ……!? 一体何が起きた? ラーゼフォン、いやメディウスから何が出て行ったのだ!? )

ラーゼフォンが腕に力を込める――侵食した個所を砕きながら、バリバリとメディウスが剥がされていく。

(ラーゼフォンがメディウスを排除しようとしている!? 馬鹿な――)

ドン、とひときわ大きな衝撃の後、モニターが黒く染まる。
次いで浮遊感――もぎ取られたと直感する。
コクピットの外、ラーゼフォンが掴み取ったメディウスのコクピットを振りかぶり――大きく放り投げた。

「こんな馬鹿な事がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ――――!?」

あらぬ方向へと、メディウス・ロクスのコアはユーゼス諸共飛んで行った。
それきり、ラーゼフォンが動きを止める。
そして真ゲッターからガロードの声が漏れる。

「お姉さん! 真ジャガー号のコクピットに、誰かいる!」
「はあ!? 何を馬鹿なことを……!?」
「ほんとだって! 今、画像を……!」


「よう、しばらくだなガキども。中々楽しそうじゃねえか」


ガロードの声に割り込んだのは、この場にいるはずのない者の声。
ガロードは、そしてクインシィは知っている。その名は――







「まさか、貴様は――――――――流竜馬か!?」





【流竜馬 搭乗機体:真ゲッター1(真(チェンジ)ゲッターロボ~世界最後の日)
 パイロット状態::蘇生】








|