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Alter code Fire ◆VvWRRU0SzU


見渡す限りの空が血のような朱に染まっている。
夕暮れ時でもないのに不思議なものだと嘆息した。
無人の荒野を、灰色の巨人が飛んで往く。

不意打ちを警戒する必要はなかった。
芽生えた新たな力はエリア一つを覆うほどに広がっていて、自分以外の命がいないことを告げている。
今、ここにいるのは自分一人だけ。音の無い世界が否応なくその事実を突き付けてくる。

一人。
思えば、ここに来てから――否、生まれて初めて。シャギア・フロストはたった一人で行動している。
ずっと弟と一緒だった。
生まれてからずっと、片時も離れたことはない。
たとえ傍にいなくても繋がっていた。どこにいてもシャギアは弟を感じ取ることができ、弟もまた兄を見失うことはなかった。
カテゴリーFと名付けられた力。距離を超越し感応する魂。
もう一人の自分。欠くべからざる、二つで一つの心。

「……オルバ」

応える声はない。
それが――ひどく悲しい。



当然ながら、基地も無人だった。視界に映るのは無残に砕かれたインベーダーの死骸のみ。
カミーユ、そしてユーゼスが滞在したという基地もその面影すらなく、散らばる大小様々な瓦礫が数時間前までここに建造物があったと感じさせる。
そんな中、見覚えのある色がシャギアの目に留まる。
赤銅色の破片。かつてディバリウムと呼ばれていた機体の、残滓。
シャギアは固く目を閉じた。
結果はわかっていた。断たれた感覚がそれを事実だと痛いほどに主張していたのだから。
だが、やはりそれを目の前にすると。
改めて自身の半身はもういないのだと、シャギアは一人なのだと。
喪失感は鋭い刃のように、シャギアの心を切り裂いていく。

探せるだけの破片を集め、シャギアはF91から降りた。
コクピットらしい部分の損傷が一番激しい。おそらくそこに直撃を受け破壊されたのだろう。
せめてオルバの遺体を、と願っていたシャギアの望みは叶えられない。
弟がいたことを示すものは、もはや何もないのだ。

数時間前を思い出す。
ナデシコでの一幕。甲児がいて、比瑪がいて、自分がいて、そしてオルバがいた。
もう一人余計な者もいたが、それはあえて考えない。
和やかな空気。
もちろんそれは甲児や比瑪の信頼を得るための演技だったものの、今考えれば悪くない時間だった。
甲児の底抜けの明るさや、比瑪の優しさ。そういったものを無意識ながらに心地良いと感じていたのかもしれない。

戦争の傷跡が色濃く残る世界、存在を否定されたシャギアとオルバは兄弟二人で生き抜いてきた。
兄弟はお互い以外誰も信用せず、差し伸べられた手を逆に引き摺り降ろすことすら躊躇いはしない。
そうした生き方の果て、ニュータイプを幻想と言い切る少年に敗北しその野望を否定されても――兄弟が離れることはなかった。
そんな兄弟の前に現れたあの少年と少女は、オルバ以外の人間に価値を認めていなかったシャギアの心にするりと入り込んできた。
今ではもう素直に認めることができる。


甲児と比瑪は兄弟に初めてできた、仲間だったのだ。


「しかし、もう……誰もいない。オルバよ、私にはもう……お前も、比瑪君も、甲児君も。誰もいないのだ」


シャギアは地面に力無く座り込み、通り過ぎてしまった者達のことを思い浮かべる。

比瑪はシャギア自らが殺した。
人を殺すこと、自分を信じた人間を殺すことなど初めてではない。なのに、この手にはあの時の感触が今なお色濃く残っている。
銃口の先に飛び出してきた比瑪。瞬間気付いた意識は止めようとするものの、怒りに支配された身体は既に引き金を引いていた。
一瞬が引き延ばされ、永遠に感じられて――言い残すことを言う間もなく比瑪は消えた。

甲児はシャギアを守って死んだ。
怯え、甲児を置いて逃げ出そうとしたシャギアを救うために囮となって。
恨み言の一つもなく、ただただシャギアの身を案じ、最期にシャギアを縛る呪縛を振り払うかのように言葉を遺して。

オルバはこの地でテニアと、そして先刻打倒したキョウスケ・ナンブによって命を絶たれた。
弟の最期の言葉――助けを求める声に、シャギアは応えられなかった。
仇の片割れであるキョウスケは討ったものの、テニアはまだ生きている。テニアの協力者であるガウルンも。

「ガロードも、か」

そして、ガロード・ラン。
宿命のライバルとシャギア自らが評した、何の力も持たない少年。
ティファ・アディールを巡り幾度も戦場で相対し、兄弟が生きる意味を完全に否定した少年。
しかし不思議と憎いと思うことはなかった。それは彼がニュータイプではなく、ただの人間として兄弟の前に立ち続けたからだろう。
彼は何故か宿敵たるシャギアに、ティファ・アディールへの言葉を託した。ガロードなりに、シャギアの変化を感じ取っていたのかもしれない。


ニュータイプでも、カテゴリーFでもない、一人の人間。
神でもない、悪魔でもない、ただ一人の人間。


甲児が言い遺した言葉は正にガロードそのままではないか。
今さらながらにシャギアは納得した。兄弟がガロードに敗れたのは、力で劣っていたからでも運が悪かったのでもない。
その行動を決定づける意志が、ガロードの方が強かったというだけ。
ガロードにあり、甲児にあり、比瑪にあり。
そしてオルバにはなく、シャギアにもなかったもの。

皮肉にも半身を失ってからやっと、シャギアはそれに気付くことができた。
今の自分なら、あの月での戦いに負けはしないのに。そう思うと苦い笑みがこぼれる。
力は手に入れた。憎み消し去ろうとしたニュータイプの力。
オルバ、比瑪、甲児、ついでにガロード――シャギアを取り巻く全ての命と引き換えに、手に入れた。

だが、だがしかし――


「こんなに寂しいのなら……力なんて要らないよ、オルバ」


項垂れ、拳を強く地面へと叩きつけた。
どんなに強くなっても、たとえ世界を変えることができても。
オルバのいない、比瑪や甲児のいない現実を変えることはできない。
オルバとともにガロードとティファ・アディールの旅に横槍を入れることはもうできない。
比瑪の笑顔を見ることも、甲児とふざけ合うことも、もう。

「寂しいよ……一人では寂しい」

失ったものは大きく、そして数多い。
だが諦観が心を埋め尽くす前に、シャギアは立ち上がった。
やることがある。過去へ囚われ立ち止まることはできない。最後に生き残ったナデシコのクルーとしての矜持がそうさせる。

借りを返さねばならない。
弟を殺し、比瑪までも犠牲にしたテニア。間接的に同罪のガウルン。
テニアの逃亡を幇助した統夜なる少年、ガロードが狭間の世界に消える原因となったユーゼス、アキト。
そして何より、こんなふざけた殺し合いに兄弟を呼び寄せた主催者。
これら全ての愚か者どもに、ケジメをつけさせねば気が済まない。否、利子をつけて横っ面に叩きつけてやる。

不意に目尻から温かいものが溢れ出す。
顔を拭い、振り払ったその手から滴が飛び散る。

「だが、私はこれを言わねばならん……ガロード、甲児君、比瑪君、そしてオルバ」

ぐっと、腹に力を込める。
足を肩幅に広げ、強く大地を踏み締める。
深く息を吸い、震える戦意を叱咤する。

ディバリウムの残骸、そこにいたであろうオルバ。
もはやこの世界に存在を示すものなき比瑪、甲児。そしてガロードへ向けて。


「さよならだ」


短く、ただそれだけを。
シャギアは踵を返し、振り返ることなくF91へと歩いていく。
くすんだ灰色の巨人。
何もかも失い、それでもまだ倒れることのできない――白と黒、どちらも選べないどっちつかずの自分には相応しいと皮肉気に笑う。
コクピットに座る。シャギアはそこに自分以外の臭いを感じ、フッと鼻を鳴らした。

「お前もだ。この機体、そしてJアークの面々は私に任せておくがいい。お前が担うはずだった役割くらいは代わりにこなしてやる」

虚空へ告げると、温かな、どこか包容力のある声が伝わってきたような気がした。
任せた――そう言いたげな声が。
今際の時、握り締めたこの手に託されたもの。
アムロ・レイの想いもまた、シャギアへと受け継がれたものの一つ。

別れは告げた。
しかし忘れることはない。
死者が見守っているなど、現実を知らぬ子どもが口にするような世迷言。だが今のシャギアは信じて見てもいいと思った。
アムロ・レイ、ガロード・ラン、兜甲児、宇都宮比瑪、そしてオルバ。
この背に五人もの想いを背負っている。簡単に倒れることなど許されない。

ガウルンやテニアなど恐れるに足りない。
ユーゼス、アキト。所詮は通過点だ。
主催者? 待っていろ、すぐに貴様達の喉元を食い千切ってくれる。

身体の底から力が湧いてくる。
得体の知れない、でも頼もしいこの感情――シャギアの得た、唯一無二の力。

F91がビームソードを抜き放つ。
その刀身は激しい閃光を撒き散らし、膨れ上がっていく。
空へ、天へ至る塔の如き光剣を掲げる。
これは狼煙。開戦の狼煙だ。


「見るがいい……これが私の、私達の! 天を衝き、闇を払い、そして世界すらも変えていく――」


振り下ろす。
瞬間、たしかにシャギアは見た。
閃光が赤い空を切り裂き、その向こう……紅い宇宙に座す巨大な白き魔星を。
主催者が潜む、乗り込むべき旅の終わりの場所。
一瞬だ。もしかしたらシャギアの錯覚かもしれない。ただのビームソードでそんなことができるはずもない。
だが、そんな現実などどうでもいい。
シャギアがそうと望み、その意志の下で現実と対決していくのならば、きっと。世界は変わる、変えていくことができる。



「――――――――――――勇気の力だ!」



上がるのだ。
主催者との、仇敵との、オルバを奪ったこの世界との――対決の舞台へ。



     □



日付が変わるまであと一時間。
愛用の腕時計が示す刻の経過を、ロジャー・スミスは憂鬱な気持ちで眺める。
その時が来たということだ。
この世界から脱出し、主催者の下へ乗り込む――そのために、ユーゼス達と協力する。
だがロジャーは、いや、おそらくここにいる全員が。荒事なく主催者の下へと辿り着けるとは思っていない。
ユーゼス・ゴッツォ。ロジャー自身が拳を交え排除すべき敵と見定めた男。
かつて交渉してきたどのような悪党とも違う、純粋なる悪。
交渉に武力は必要ないというのが持論のロジャーをして、騎士凰牙の状態を万全にして当たらねばならないと思わせる男。

凰牙の背から排出された電池を適当に放り出し、凰牙から降りた。
余った電池の内2セットを腰のアタッチメントに固定し、もう1セットをJアークに残す。
格納庫の一角へと腰を下ろし、ふうと息を吐くロジャー。
凰牙の横に並ぶ機動兵器群を見上げる。
魔装機神サイバスター。
アンチボディ・ネリーブレン。
そして――

「アルトアイゼン・リーゼ……」

頭部の角、肥大した肩、厚い装甲、右腕に誂えられた巨大な杭打ち機。
そしてその体躯を包む色――真紅。
先の戦いでレオナルド・メディチ・ブンドル、アムロ・レイ、兜甲児という三人の尊い命と引き換えに得た勝利。
主催者の手駒と成り果てたキョウスケ・ナンブという男の悪夢。
その悪夢を断ち切った少年、カミーユ・ビダンはロジャーの見つめる先で一心不乱にJアークの機材を使って何かを作っている。
彼は意識的にアルトアイゼンに視線を向けないようにしているようだ。
約束だとはいえ、仲間を討ったその心の傷は深いはず。そう思い、ロジャーもあえて声はかけずにいる。

あの戦闘が終わった後、遅れてやって来たJアークから降りたキラ・ヤマトの顔は生涯忘れないだろうとロジャーは思う。
仲間を失った悲しみ、参戦できなかった自分の無力、主催者への怒り――色々な感情がごちゃ混ぜになった、何とも言い難いあの表情を。
彼と協力して医務室へと運んだカミーユとアイビス・ダグラスもすぐに目覚めた。
カミーユは自分の手でキョウスケを討ったことを確かめるかのように歯を食い縛り、アイビスはもういないアムロやブンドル、甲児の事を思い涙を流した。
唯一の年長者となったロジャーは、悲しみに暮れる少年達へと絞り出すように言った。
泣いたり、後悔するのは後にしろ。すぐにユーゼス達が来る、準備をしよう。
アイビスを慰めていたソシエからすぐさま盛大な罵声が浴びせられた。
死者を悼む事すら許さないなんて、そんなことはないでしょうと。
ロジャーとてもちろん気持ちは同じだった。が、ここで現実的に物を見ることができるのはもはやロジャーだけだ。
だからこそ、たとえ憎まれても彼らを前へと進ませなければならない。
決意も新たにソシエを諭そうとした時、意外にも泣きじゃくっていたアイビスがロジャーに同意した。
アイビスの瞳を見たロジャーはすぐに自分が無用な心配をしていた事に気付いた。
その瞳には絶望の影はない。どこまでも真っ直ぐに前を見つめる瞳だ。

キラも、そしてカミーユも何かを呑み下すように深く呼吸して言った。
キラは首輪をプログラム面から解析する。
カミーユは先程入手したベルゲルミルの腕からマシンセルを抽出し、ハード面から首輪へとアタックする。
その間ロジャー、アイビス、ソシエは機体の補給と空間の観測を。
これ以上誰の犠牲も許さない――その強い決意とともに。
これにはソシエも仕方ないとばかり槍を納め、そして彼らは各々の役目を果たすべくこの数時間を過ごした。

ロジャーが調べた限りこのアルトアイゼンにはアインストの痕跡は一切なく、使用するには何の不都合もなさそうだ。
破壊したはずの蒼いアルトアイゼンの残骸から埋もれ出たこの機体は、あるいはキョウスケが最後に残した希望なのかもしれない。
ゲシュペンストではなくアルトアイゼンとして。
アインストではなく人間として。
支配から解き放たれるためにあえてこの因縁深き機体を使えと、そういうことなのだろうか。

しかし問題もあった。機体ではなく、それを操るパイロットの面で。
一つ、誰が乗るかという事。
順当に考えれば現在機体のないソシエ・ハイムが乗るのが妥当なのだが、それはできない理由がある。
二つ目の理由。このアルト、クセはあるが非常にピーキーな仕上がりで凄まじく扱い辛いという事だ。
操縦方法はすぐに理解できても、それは使いこなす事とは全く別の事。
元々が一か八かの出たとこ勝負好みのキョウスケ専用に調整されたこの機体に(もちろんキョウスケの優れた操縦技術の裏付けがあってのことだが)、他の者が乗っても性能を活かし切れる訳もない。
キラやカミーユ、ロジャーなら時間さえあればあるいは乗りこなす事もできるが、あいにく今はその時間がない。
アイビスの持ち味は高機動領域でのヒットアンドアウェイ。この機体の扱い方とはまるで噛み合わない。
そして問題のソシエはその負けん気こそ強いものの、パイロットとしての腕は正直なところ他のメンバーよりいくらか見劣りする。
加えて今、ソシエは足を骨折している。アルトの巨体を無理やり飛ばす推力を司る重いペダルを踏み抜くことなど到底不可能。
ソシエ本人は自分が乗ると頑として譲らない。それもロジャーの頭を痛める要因の一つ。

「ん……?」

回想の海から浮上し、ロジャーは耳を澄ませた。艦内放送が聞こえる。

『キラです。皆さん、ブリッジに集まってください。僕の仕事は完了しました』

告げる声。
いよいよ最後のピースが埋まったという事か。ロジャーは勢いよく立ち上がり、カミーユへと目を向けた。
少年もまた立ち上がったところだった。その顔には疲労の色が濃いが、同時に達成感のようなものがあった。

「行きましょう、ロジャーさん。俺の方も終わりました」
「つまり、鍵は揃ったという事か。いよいよだな」
「はい」

カミーユと肩を並べ、ブリッジへと歩き出すロジャー。
お互いが無言。しかし気不味いという訳ではなく、むしろ和やかな空気があった。

(生まれた世界も年代も違う我らだが、事ここに来て本当の仲間になれた――と、いう事だろうか)

願わくばこんな形で会いたくはなかった。それは今までに戦った者達も同様だ。
この殺し合いの中で出会わなければあるいは手を取り合い共に戦う事もあったかもしれない。

(皮肉なものだ。出会わなければ殺し合う事もわかり合う事もなかった。しかし私は今、彼らと出会えた事を嬉しいと思っている)

パラダイムシティ。記憶のない街。
ネゴシエイターとして活動していたロジャーは、ある意味では誰よりも孤独だった。
信頼できる執事や気の置けない同居人。
腐れ縁のチンピラや度々迷惑をかける元上司。
謎の女スパイや街の支配者。
一癖も二癖もある面々ばかり。だが考えてみれば、ロジャーと対等である存在はいなかったのかもしれない。
背中を預け、同じ目的に一丸となって突き進む。
集団行動は好むところではないが、たまには悪くない。今となってようやくそう思えた。

物思いに耽っている内、ブリッジへと着いた。
扉を潜るとそこにいたのはキラ・ヤマトただ一人。女性陣は遅れているようだ。

「アイビスとソシエは?」
「二人は少し遅れるそうです。バサラさんが起きたそうで、少し様子を見ていくと」
「そうか、彼も気がついたか。これで我らは六人だが、彼を戦力として期待するのはおそらくできんな」
「ええ。あの人は戦う人じゃない。本当に、歌う事だけを考えているんでしょう」
「今はあの人のことは置いておこう。とりあえず現状の確認からでいいか、キラ?」
「うん。今、僕らはE-3にいる。隣のD-3の上空に、ブンドルさんが観測した空間の綻び――ヘブンズゲートがある」

Jアークのモニターが映す赤い空に一点浮かぶ黒の歪み。鳴動を続けるそれは、今にも決壊し溢れ出しそうなダムの水を思わせる。
言葉からタイピングに切り替える。

『あれを突破するには強力なエネルギーが最低六つは必要。しかし、今の消耗した我らではその条件を満たす事は難しい』
『ええ。いえ、突破するだけならできるかも知れません。
 Jアークのフルパワー、ブンドルさんが置いて行った反応弾、サイバスターのコスモノヴァ、レース・アルカーナ……とかいうよくわからないエンジン、そして騎士凰牙のファイナルアタック。
 後はアムロさんがいてくれれば確実に突破できたんですがね……』
『シャギア・フロストなら大丈夫だ、カミーユ。彼は必ず我々の力になってくれる』
『うん、信じようカミーユ。とにかく、僕達だけでゲートを突破するのは不可能じゃない、でも難しいっていうのは……』
『我らの全力を使い果たすという事だ。凰牙のファイナルアタックや核を撃つのはもちろんの事、カミーユのサイバスターは全力を出し切るならその身を削らねばならない。Jアークも同様だろう』
『その覚悟はあります。でも、僕達の目的はゲートを突破して主催者の下へ辿り着くことであって、ゲートの突破だけじゃない』
『そうだ。ユーゼスがどういう意図で我らと接触したかは分からないが、いざ相対した時我らに戦う力がないとわかれば』
『必ず牙を剥いて来る』

カミーユが一際強い音を立ててキーを押し込む。
個人的な感情が含まれるとはいえ、その意見にロジャーも疑うところはない。
ユーゼスにはロジャー達と同じ主催者を倒す目的があるとは言え、足手まといを連れていくよりは始末して取り込む事を選ぶだろう。
ゲートを突破した時点で用済みとして排除。あるいはもっと直接的に、Jアークの機体を取り込んだ力でゲートを突破するか。

『さっきの戦いで、こちらの戦力はかなり減衰した。フォルテギガス、VF-22……そして三人の命』
『今の俺達の戦力はこのJアーク、サイバスター、ネリーブレン、騎士凰牙』
『別行動してるシャギアさんのF91もだね』
『ラーゼフォンは……バサラさんと同じで、戦力としては見れないな。空間を突破する補助にはなるのかも』
『そして、あのアルトアイゼンか。あれはどう扱うべきかな』
『僕は、ソシエが乗ることは反対です』
『今は一機でも人手は欲しい。選択肢としてそれも考えておかねばなるまい』
『でも』

喰い下がろうとしたキラを抑え、カミーユが指を躍らせる。

『でも実際問題、あの機体は扱い辛いですよ。俺やキラならともかく、女のソシエに、しかも足を怪我してるんです。役に立つとも思えない』
『それは同感だ。しかしな、もしユーゼス達と戦闘になるとしたら彼女はどうする? 我らが出撃すれば彼女を抑える者はいない。勝手に出撃する姿が目に浮かぶのだが』
『一応、考えています。ソシエにはバサラさんを診ていてもらおうと思ってます』
『彼を?』
『ええ。ラーゼフォンはJアークの格納庫に入らないから地上に下ろしてますよね? 
 もし、もしもの場合ですがバサラさんの歌が必要になった時、ソシエにはバサラさんをラーゼフォンまで運んでもらおうと』
『彼女がそれを納得するか?』
『しないでしょうね。だから、言わないで行くつもりです。どちらにしろバサラさんは下の街に隠れていてもらうつもりですから、ソシエにも付き添って降りてもらってそのまま発進します』
『それはまた……』

思い切ったものだ。この場にソシエ本人がいなくて良かった。こんな企みが知られればキラはまた鈍器で殴られて昏倒させられかねない。

『アルトアイゼンは状況に応じて僕が乗ります。Jアークがもし被弾して動けなくなった時のために』
『ふむ……そうだな。それが最善かも知れん』
『怒りそうですね、彼女は。キラ、こっちに火を飛ばさないでくれよ?』
『同罪だよ、カミーユ。その時は一緒に殴られよう』

少年達が笑い合う。ロジャーも薄く口の端を吊り上げた。

「お待たせ。あれ、どうかしたの?」

その時、アイビスとソシエがブリッジに入ってきた。その手に湯気の立つコーヒーのカップを乗せたトレイを持って。
キラが後ろ手にログを削除するのが見えた。全く、抜け目がない。

「これが最後なんだし、決戦に備えてお茶にしましょう。お茶っていうか、コーヒーなんだけどね」
「いや、良いタイミングだ。丁度熱いコーヒーが飲みたかったところでね」
「はい、どうぞ。ミルクはいるかしら?」
「まさか。紳士はブラックで飲むものだ」
「僕はもらうよ。砂糖もある?」
「俺もブラックで。根を詰めて作業したから、目の覚めるくらいのが良い」

ブリッジに温かな湯気が満ちる。熱いコーヒーは凝り固まった頭も程良くほぐしてくれた。
全員が落ち付いた笑顔を見せたのを確認し、ロジャーが一歩進み出る。

「さて、では改めて作戦会議といこうか。まず各々の成果から。私、アイビス君、ソシエ君の三人で機体の整備は万全だ」
「それに、あのアルトアイゼンもだね」
「あの赤カブトは私が乗るんですからね。止めても駄目なんだから!」
「うん、わかってるよソシエ。止めないってば」

平然と嘘を吐くキラを見て、したたかなものだとロジャーは笑った。途端ソシエに睨まれたが、その視線を柳のように受け流す。

「シャギアさんは間に合うかな? 基地まで行ったんなら、結構ギリギリだね」
「わからない。でも、ここにいない以上はないものとして考えるしかない。そのつもりで作戦を立てよう」
「うむ……そう言えば、バサラ君はどうしたのだ? 目が覚めたと聞いたが」
「それがね、起きた途端に『食い物はないか?』ですって。お礼の一つもなかったのよ!」
「ずっと寝てたんだから仕方ないよ。とにかく、すごい勢いで食べ物食べてまた寝ちゃったの。でも顔色も良くなったから、もう大丈夫だと思うよ」
「あの人なりに準備をしているんだろうな。体力を回復させて、温存しておこうって事なのかも」
「たしかに、彼の歌は何か尋常じゃない力を放出しているように見えた。ひどく体力を消耗したのもわからんではないな」
「ま、放っとけばその内起きるんじゃない? まさかドンパチやってる間まで寝てるほど図太くはないでしょ」
「それなんだけどね。いっそ、あの人は艦を降りてもらおうと思ってるんだ」

キラが言う。意味ありげに向けられた目配せは、ロジャーとカミーユに話を合わせろという事だろう。
ここは話術の専門家たるロジャーの出番と、内心で張り切って言う。

「先程話し合ってな。どの道彼は戦う事が出来ないのだから、Jアークに乗っているのはむしろ危険だ。市街地の片隅にラーゼフォンと一緒に隠しておこうという事になった」
「もしユーゼスと戦って俺達に何かあったとしても、あの人は空間の歪みに干渉する力がある。早々殺したりはしないはずだ」
「戦わないに越した事はないけど、楽観するのは危険だからね。あの人の力が必要になるのは会談を乗り切ってから。それまで休んでいてもらおうよ」
「うん……それがいいね。私も賛成かな」
「で、ソシエ嬢。後で彼を下に運ぶから手伝ってくれ。私が凰牙でお送りする」
「また私にそういう事を押し付けて。ま、いいわ。それくらいはするわよ」

バサラの処遇について大体決まり、次にキラがアムロが遺していった首輪を取り出した。
解析された首輪の断面図が表示され、いくつもの計算式が付随する。
続いて、今まで沈黙を保っていたもう一人の仲間――トモロが発言した。

『キラ、頼まれていた仕事が終わった。結果はやはり、君の想像通りだ』
『そう、やっぱりダメだった?』
『うむ。ユーゼスから渡されたプログラム、それを私と君が可能な限り補い、取得したマシンセルと組み合わせたアンチプログラム。
 シミュレーション上ではあるが、やはり駆逐されたのはこちらのプログラムだった』
『俺もマシンセルを解析してわかったんだけど、ユーゼスの送ってきたナノマシンよりやっぱり力で劣ってる』
『器も、それを満たす水も用意できた。足りないのは水の絶対量という事か』
『うん。マシンセルの力をもっと強めるか、あるいは首輪のアインスト細胞の支配力を弱めるかしないとダメだね』
『私達だけじゃ解除はできないの? やっぱりユーゼスを頼らなきゃ……』
『……とにかく、僕のプログラムとカミーユのマシンセルを組み合わせた物を後でみんなに渡すよ。Jアークが沈んだりしたら解析もできないからね』

そして話題はもっと差し迫ったもの、ユーゼスの機体にどう対処するかに移る。
100mを超える巨体、先のキョウスケの機体とほぼ同サイズ。機体出力も同じかそれ以上と見るべきか。
再生能力もまた、かの機体と同じく強力なものがある。
鋭い爪や肘から突き出た触手が武器で、腹部から突き出た砲身はおそらくナデシコを取り込んだもの。恐らく他にも取り込んでいるだろう。
重力波砲や未知のエネルギーによる砲撃も可能という事だ。有り余るほどの出力から放たれるそれらはオリジナルを遥かに超えているだろう。
キョウスケと比べても見劣りしない強敵だ。しかも乗っているのがユーゼスな分、どんな奥の手があるかもわからない。
こちらで対抗できる手札はまずキングジェイダーだ。しかしこれを使えるのは一度きり、切り札中の切り札。できる事ならノイ・レジセイアとの戦いまで温存しておきたいところ。
Jアークを戦艦として運用し、次点のサイバスターがユーゼスを相手取ると結論が出た。

「でもカミーユ、あの力をそう何度も使うのは君の身体が保たないよ」

キラの言うとおり、サイバスターとのシンクロは絶大な力をもたらす半面操縦者に凄まじい負荷を与える。
キョウスケを撃破した時のような力を振るい続ければ、先にカミーユの身が朽ちることになるのは明白だった。

「それはシャギア・フロストのあの力も同様だな。命を削って力に変える。あまり多用するべきではない」
「そんな事言ってられないでしょう。力を出し惜しんで負けたらそれこそ元も子もない。数が行える分、キラより俺が行く方が理にかなってるはずだ」
「でも……」
「サイバスターを調べて、わかった事もある。次はもっと負担を減らして戦えるはずさ」
「……現実問題、私やアイビス君では奴に対抗できん。君に無理を強いることになるが、頼む」
「ええ、わかってます。敵はユーゼスだけじゃないんだ。あなた達は俺とキラがユーゼスに集中できるよう、他の奴を抑えてください」
「紫雲統夜と、フェステニア・ミューズ。そしてテンカワ・アキトとガウルン、か。前二人はともかく、後ろ二人までが生きているなんてね」
「アキトって人はユーゼスに任せたから、納得できなくはないけど。ガウルンって奴、一体どうやって生き残ったのかな? あいつの機体、ユーゼスに取り込まれてたけど」
「わからない。が、少なくとも無力ではないだろう。あの男なら生きていれば必ず戦の匂いがするところに現れる。
 統夜少年と組んでいたところからして、その少年と逃げたフェステニア嬢もまた同行していると見るべきだ」
「ユーゼスとアキト、ガウルンと統夜とテニア。五人……数の上では僕らと同じですね」
「アキトはガウルンを憎んでいる。交渉人としてどうかとは思うが、彼らが敵対していればやり様はある。が、もし手を組んでいるとなれば」
「私達にとっては最悪って事ね」
「そうだ。中尉は強力ではあっても一人だったから、他に気を散らす事も連携を警戒する必要もなかった。でも奴らは違うかもしれない」
「軍隊というのは一個一個は雑兵の群れでも優秀な指揮官がいればがらりと働きは変わる。ユーゼスが指揮するとなれば、一筋縄ではいかんな」

重い空気が落ちる。
せめて集団を率いる長であるブンドルか、モビルスーツ隊をまとめる隊長だったアムロがいれば対抗もできただろうが。
しかし、キョウスケの時はなし崩しに戦闘になったから考える暇もなかったが、今は少なくとも作戦を立てる時間はある。
数と能力の不利は策で埋める。たとえ敵陣にそれ以上の策士がいようと、考える事をやめてしまえばそれ以上の進歩もない。
じっと考えていたキラが物憂げに言った。

「いざという時は……核、反応弾を使う事も検討に入れた方がいいかも知れません」
「む……核か。たしかにあれなら戦況をひっくり返せるかも知れんが」
「人に、個人に向けて撃つのはやはり許されない事だとは思います。でも僕らは負ける訳にはいかない……だから、撃つ時は僕が銃爪を引きます」
「……」

言うべき事も思いつかず、沈黙する。
未だ撃っていないため反応弾を補給できるかは分からない。だがおそらく、殺し合いというバランスを崩す要素たる核を何度も支給する事はないはずだ。
一発きりのジョーカー。撃てばゲートの突破も危うくなる。

「結局……なるようにしかならないって事ね」

と、ソシエがこれまでの議論の結果を容赦なく切って捨てた。
苦笑するが、たしかにその通りだ。先の事を考え過ぎて動けなくなれば本末転倒というもの。
ユーゼス達と和解するにせよ、戦うにせよ、その時その時で最良と思った道を行くしかない。
開き直りに近い感情だが、無理に気負うよりはマシだ。
時計を見れば24時まであと30分ほど。

「そろそろ我らの切り札――バサラ君を市街地に運ぼう。ソシエ嬢、来たまえ」
「はいはい。まったくあの寝ぼすけは世話を焼かせるわね」

ソシエを促し、ロジャーはブリッジを出る。去り際、少年達に任せておけとアイコンタクトで伝える事も忘れない。
眠っているバサラを背負い、格納庫へ。凰牙のコクピットへ乗り込み、掌にバサラとソシエを載せる。
Jアークを出て、廃ビルの影に隠したラーゼフォンの近くで機体を止める。
程なく、病人を安置するに丁度良い民家を見つけた。
古ぼけたベッドへバサラを寝かせ、ソシエに細々とした処置を任せる。
水や食べ物を枕元に置き、バサラの体調を診ているソシエを尻目にロジャーは屋外に出てギアコマンダーを操作する。
凰牙の手が静かにロジャーの下へ。飛び乗った直後、民家からソシエが転がり出てきた。

「ちょっとロジャー! 私を置いて行こうっての!?」
「済まないがその通りだソシエ嬢。君にはバサラ君の看護を頼む」

喚き散らすソシエに胸を痛ませつつも、ロジャーは素早く凰牙へと乗り込みソシエから飛び退いて離れる。
見ればJアークも浮上を始めている。これで徒歩の彼女はもう戻ってこれない。
ラーゼフォンが起動しないことも確認していた。首輪が反応しないことからしてあの機体はもう死んでいるか、あるいはバサラでなければ動かせないようだ。
非情と思わないでもない。ロジャー達が勝てばともかく、敗北した場合は彼女たちの命運も尽きるのだから。
しかし先の取り決め通りソシエは役に立つとは言い難い。脱出の鍵となるバサラを一人にしておけない以上、彼女を割り当てるのは致し方のない事だった。
外部スピーカーを閉じる。
ショックを受けた少女の顔をできるだけ見ないようにして、ロジャーはJアークへと急ぎ帰還した。

発進したJアークの格納庫。既にアイビスとカミーユはそれぞれの乗機の中で待機していた。
ソシエとバサラを置いてきたと、手短に告げる。キラやカミーユからは嫌われ役を押し付けたという謝罪の、そしてアイビスからは怒りの言葉が届いた。

「……そうしなきゃいけないって事情はわかるよ。でも納得はできない。私がソシエの立場なら、きっと傷つくよ」
「承知の上だ。生きてまた会えたのならどんなお叱りも受けるさ」
「お付き合いしますよ、ロジャーさん」
「僕もです。まあ、もうバールで殴られるのはちょっとごめんだけど」
「お前がそれを言うか?」

茶化すような少年達にアイビスの頬が膨らむものの、それを吐き出す前に四人目、トモロの声が響いた。

『話はそこまでにしろ。来たぞ、ユーゼスだ』

感情のないその声が、今はどこか緊張を孕んでいるように聞こえた。
言い様もないプレッシャーを、誰もが感じていた。隠そうともしない巨大な存在感。
数時間前に対峙した時と同じ、ざらりとした気配。
このままの速度なら接触まで数分。

「カミーユ・ビダン、いつでも行けます!」
「アイビス・ダグラス、ネリーブレン。こっちもオーケー!」
『Jアーク、各部異常なし。戦闘モードへ移行する』
「みなさん、Jアークの事は気にしないで! 各自の安全を優先して下さい!」

頼もしい仲間達の声。誰一人として怯えに呑まれてはいない。
これでは大人がカッコ悪いところを見せる訳にも行くまい――ロジャーは自身の内に薪をくべる。
困難を打開するのは「熱」だとロジャーは思う。
誰しもが持つ欲望、希望と言った意志の力。それこそが不可能を可能にしていく原動力。
一つ一つは単なる火でも、二つ合わされば炎となり、三つ合わされば火炎となる。

(じゃあ四人では――知らん、そんな事。とにかく、だ。我らの力、合わされば――どんな敵でも、粉砕する! そう信じる!)

スウ、と大きく息を吸い込む。
不敵に、高らかに。パラダイムシティでいつもそうしていたように、自信に満ち溢れたロジャー・スミスという男を見せてやる。
紫紺の蛇がそれでこそ我が主だというように鎌首をもたげ鳴く。






「よろしい。さあ、行こうか諸君。ここがいわゆる正念場――ショウ・ダウンと言うやつだ!」





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