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楽園からの追放者 ◆VvWRRU0SzU




白い、光……全てを呑み込む……強く、激しい輝き……

ああ……消えていく……私が……

主は……私を助けては……くれない……

必要じゃ、ないから……? あの方の望む存在に……なれなかったから?

では、私は……私の存在していた、意味は……私は、何?

私は……何になれた? ……何にも……なれなかった……

この宇宙は……静寂でなければ……いけない……

望んでいない世界……修正……しなければ……

静寂の世界……その世界になら……私の、居るべき……場所は……ある?

違、う……どこにも……ない……不確かな私……不確かな存在が、居てもいい……場所なんて……

このまま……消える……それが、あるべき……私の……終焉……


…………!


これは……想いの力……

静寂を乱す……違う……静寂を望む……いいえ、そうでもない……

意志の力……そう、ただ一つ……大切なものを取り戻す……そのためだけの……

そう……まだ、生きて……抗う……戦う意思が……ある……

消えかけた命……消えかけた私……

世界を変える……想いの力……あなたが強く……想う……悲しくて……温かい……力……

でも、私は……


     □


「おはよう、統夜!」

背中を叩く衝撃と共に、弾けるような声が耳に抜ける。
俺が振り向いた先には、予想通りの顔。

「いったいな……いきなり叩くの止めろって何回も言ってるだろ、テニア!」
「あはは、ごめんごめん」

取り落としていた鞄を拾い、改めて向き直る。
フェステニア=ミューズ。
俺――紫雲統夜のクラスメイトにして、その、なんだ。先日から付き合っている女の子。
付き合い始めてから最近、こうして一緒に登校することにしている。
家もさほど離れている訳じゃない。だから家に迎えに行こうと思えばできるけど、それはしない。

「ん、カティアとメルアは?」
「もう先に行ってるよ。気を遣ってくれたんじゃないかな」

カティア=グリニャールと、メルア=メルナ=メイア。
テニアの姉妹……のようなものらしい。三人は一緒に住んでいるのだ。
少し前までは四人で登校していたのだけど、テニアと付き合うようになってからは、今日みたいに二人は先に行くことが多くなった。

「そっか。今度、何か奢らないとな」
「あ、じゃあ駅前に新しくできたカフェがいい! ケーキが美味しいんだって!」
「いや、なんでお前にまで奢らなきゃいけないんだよ……」

そんな他愛もない事を話していたらあっという間に学園へ着いた。
校門を通って、校内へ。

「よう、紫雲。今日も仲がいいな」
「あ、おはようございます先輩」

下駄箱で会ったのは、一見無愛想だけど何かと周りに頼りにされることの多いジョシュア=ラドクリフ先輩だった。
その隣にはそのジョシュア先輩の彼女の、グラキエース先輩がいた。こちらはあまり話したことはないので軽く会釈するだけだ。
ジョシュア先輩には俺も世話になっている。主に……そう、テニアと付き合うようになったことでの相談で。
ジョシュア先輩とグラキエース先輩は入学前から付き合っていて、まだまだ経験の浅い俺は色々アドバイスをもらっている訳だ。

「ジョシュア、早くいかないと遅刻するぞ」
「ああ、ごめんラキ。じゃあ紫雲、またな」

美人だけどあまり感情を出さないグラキエース先輩に急かされ、ジョシュア先輩達は通路の向こうへと去っていく。
二人はごく自然な感じの距離の取り方で歩いていく。それを眺めていた俺はと言うと、

(なんかいいなあ……あの自然な感じ。俺とテニアも傍から見たらあんな感じ……だったらいいんだけど)

「お待たせ、統夜」

と、靴を履き替えてきたテニアが戻って来た。この学校は男女の靴箱が別の位置なのだ。
予鈴のチャイムが鳴る。俺も慌てて靴を上履きに履き替え、テニアと一緒に教室に向かって走り出した。
ドアを開けて、滑り込む。先生は……まだ来ていない。セーフだ。

「おはよう、統夜」
「おはようございます、統夜さん」

カティアとメルアは先に着いていた。まあ、家を出た時間が遅いので当り前か。

「おはよう、二人とも。なんとか間に合ったみたいだな」
「ギリギリだったけどな」

挨拶を返した俺にからかうように声をかけて来たのは、クラスメイトのガロード=ランだ。

「もうちょっと早く家を出たらどうなんだ? いつもギリギリじゃないか」
「そうだよ。せっかく彼女がいるんだから、起こしてもらえばいいのに」
「まあ、したらしたで見せつけられてるようでなんかムカつくんだけど」

同じくクラスメイトのカミーユ=ビダン、アイビス=ダグラス。そしてソシエ=ハイム。
この四人に俺達四人を足した八人でいつもつるんでいる。

「起こしてもらうって、テニアに? そりゃ無理だろ」
「無理ね」
「無理ですね~」

俺とカティアとメルアが全く同じタイミングで返す。そういう面ではテニアはあまり頼れないというのは俺達の共通の認識だ。

「ちょ、ちょっと! それは失礼ってもんじゃないの!? アタシだってそのくらい……」
「あら、今日あなたを起こしたのは私だった気がするんだけど気のせいかしら?」
「うっ……」

反論しようとしたテニアを、カティアが一瞬で黙らせた。まあそうなんだろうとは思っていたが、本当にそうだったとは。
テニアがなおも言い返そうとしたとき。

「ホームルームであぁぁぁぁぁぁぁぁぁるッ! 貴様ら静まれぃッ!」

ドアを蹴り飛ばす勢いで(って言うか実際に蹴ってた)担任が入って来た。
歴史の教師、ギム=ギンガナム。
どう見てもあんたそのスジの武闘派だろという風貌のこの男、どんな裏技を使ったのか今年から新任教師としてこの学園に赴任してきた。
普通初めて生徒を受け持つとなればどんな奴だろうと委縮しそうなものだが、こいつは違った。
なんせ最初の挨拶で「諸君、小生は闘争が大好きであぁぁる!」とぶち上げたのだ。
唖然とする俺達を尻目に、暑苦しさ全開で一年戦争で使用された戦術の講義(こいつはまともに歴史の講義をした試しがない)を始め、一時限目から四時限目までぶっ通しで語り通した。
途中で別の教科の教師も来たが、ヒートアップしたギンガナムが睨むとみんな逃げて行った。まあ無理もない。

生徒の中にはもちろん途中で音を上げる奴もいた。
が、こいつは自分が語れれば満足らしく、こっそりと生徒が後ろの扉から出て行っても気付かず(無視していたのかも知れない)特に咎める事もなかった。
最終的に残ったのは俺達八人だけで、その内真面目に聞いていたのはカティアとカミーユ、アイビスだけだ。
俺やテニア、ソシエは早々に夢の世界に旅立っていたし、メルアはなんか持ち込んだお菓子をこっそり食べてた。
ガロードに至ってはこれまた持ち込んだらしいゲーム機でずっと遊んでいた。後で聞いたところによると好きな娘とクラスが離れていじけていたらしい。
とにかくそんな感じで俺達は仲良くなって、またギンガナムにも目を掛けられていた(付けられていた、か?)。

「あー、注意事項である。最近この界隈に通り魔が出没するらしい。貴様らも登下校の際、気をつけるように」
「通り魔って……あ、聞いたことある。夜出歩いてると刃物で切りつけられるってあれですか?」
「うむ。どうも犯人は相当の手練れらしく、格闘技経験者にも犠牲が出ている。見つけたら決して応戦しようなどとは思わず、小生に連絡するように」
「え……逃げろとか警察に連絡しろとかじゃなくて、先生に連絡するんですか?」
「然り。警察の包囲網を潜り抜け、屈強な戦士をもねじ伏せるその力……小生のこの熱く燃え滾る胸の高鳴りをぶつけるに不足なき武士よぉ!」

また勝手に盛り上がってるギンガナムに構わず、俺達の話題はその通り魔のこと一色になった。
多少剣を扱える俺や空手をやってるカミーユ、やたらと機転の利くガロードはともかく、女子は単独で行動させるのは危ない。
そうは見えないが生粋のお嬢様であるソシエはいつも車で登校してくるし、アイビスもまたこう見えてスピード狂だ。
彼女はバイクで登校しているのだが、なんかテスラドライブとか言うエンジンを積んだそのバイクは短時間なら空も飛べるとかいう話で、正直通り魔だろうとなんだろうと追いつけはしないだろう。
問題はテニア、カティア、メルアの三人だが……

「じゃあ、カティアとメルアは私の車に乗ればいいわ」
「え、アタシは?」
「あんたは統夜に送ってもらいなさいよ。そのための騎士さまなんでしょう?」

ソシエが意地の悪い笑顔で言った。たしかに俺が最近剣の練習をしているのはそういう気持ちがなくはないが……

「む、わかったわよ。相手のいないソシエと違って、アタシにはちゃーんと守ってくれる人がいるもんね」
「なんですってぇ……!」

ソシエの挑発に乗ったテニアが返した一撃は、ソシエの気にしているところでもあったようだ。
火花を散らし始めた二人から視線を外し、仲間達を見る。

「まあ、それがいいんじゃないか。俺やガロードも、いつも一緒に帰れる訳じゃないし」
「だな。それに俺はティファと一緒に帰るつもりだから……悪いな」

言い忘れていたがカミーユとガロードも普通に仲の良い娘はいる。
ティファって娘一筋のガロードはともかく、カミーユの方は幼馴染とか妹みたいな娘とか、あともう一人仲の良い娘がいるらしい。
俺も人の事を言えた義理ではないからかもしれないが、なんとなくカミーユには親近感を感じなくもない。

とりあえず登下校の際テニアと一緒に行動することを決めた。と言っても、今までもそうだったのだから特に変化がある訳じゃないが。
いつの間にやら始まっていたギンガナムの講義(今日のテーマは戦車部隊をどのように運用すればモビルスーツを撃破できるか、だ。もはや歴史ですらない)を聞き流しつつ、放課後どうするかを考える。
今日は――



放課後。
そうだ、ギンガナムは忘れていたがその次の授業で通り魔らしき男の人相書きの載ったプリントが回って来た。
髪を短く刈り上げた、蛇のように鋭い眼をした男。
こいつが通り魔だという確証はないらしいが、見た目とても怪しくはある。どう見ても堅気ではない。
とにかくこいつに気をつけるように、そういうことらしい。

男の顔を思い出しつつ、授業を終えた俺とテニアは寄り道することもなくさっさと帰ろうということになった。
ん……なんだか下駄箱の辺りが騒がしい。
近づいていくと、人だかりができている。
その内の一人を捕まえて何があったのか聞いてみた。

「あれだよ。クインシィ先輩とカテジナ先輩。止めてほしいよね、こう毎日だと」
「ああ……またあの二人か」

挙げられた名前の二人は、この学園でもトップクラスに凶暴とされる先輩だ。
何が気に入らないのか、日に三度は口論するらしい。口論が殴り合いに発展する確率は三回の内二回。迷惑な話だ。
近くに寄ってみれば、ガロードともう一人、ジョナサン先輩がクインシィ先輩を。カテジナ先輩の方はアフロ頭の学生がなだめている。
ガロードは何故かクインシィ先輩のお気に入りなんだそうだ。とてもティファには会わせられないと度々愚痴られているからよく覚えている。
アフロは……先輩らしいが、俺とは関わりのない人だ。カテジナ先輩と仲がいい訳じゃないらしいが、よく対応に駆り出されているのを見るな。
そうだ、何故かあのアフロとジョナサン先輩もまた仲が悪い。こうして同じ場にいるってことは……

「あ、あの二人もケンカし出したね」
「飽きないな、あの人達も」

ジョナサン先輩がクインシィ先輩を援護するためか、敵の陣営のアフロの頭、つまりアフロヘアーをからかった。
カテジナ先輩をなだめていたアフロもキレたらしく、ジョナサン先輩の弱点……つまりはその、マザコンだと攻める。
こちらも一瞬で沸点を突破したか、何も言わずアフロへと殴りかかるジョナサン先輩。応じるアフロ。
当然、抑えのなくなったクインシィとカテジナ(なんかもう先輩って呼ぶのも恥ずかしい)も口をつぐみ、互いの隙を窺うように視線を刺し合っている。
ガロードは……あ、なんか携帯端末をいじってる。現実から逃げたか……
図らずもツインユニット同士の戦いの舞台となった下駄箱。
ひしひしと感じる流血の匂いを、誰もが他人事特有の無責任な期待を以って受け入れようとしたとき。

『俺の歌を聴けぇッ――――――――――!』

帰宅部はさっさと帰れ的なことを言っていたスピーカーから凄まじい騒音が迸った。
咄嗟に耳を押さえる。この学園の生徒なら誰もが知っている声だ。
熱気バサラ。軽音部に所属する学生。生粋の音楽バカだ。
いつでもどこでもギターを持ち歩き、気が向いたらかき鳴らす。
人の迷惑を考えもしない。でも何故か、あまり憎めない――そんな奴。
今この放送を流してるのも多分偶然だ。そもそも放送ジャックなんて学園側は認めてない。
だがタイミングとしてはバッチリだった。水を差されたジョナサンとアフロは殴り合うのを止め、離れて不本意そうに鼻を鳴らす。
とにかくこれで騒動は収まった。やっと帰れる――と、思ったのに。

「ねえ、統夜……あの二人、今の全然聞こえてなかったみたいだよ」
「……うん、そうみたいだな」

クインシィとカテジナは、今のバサラの騒音など聞こえていなかったかのようにがっぷりと手を組んで睨み合っている。
膂力が拮抗しているのか、その腕は二人のちょうど中心あたりで静止している。
だが腕に浮かぶ筋肉の張り詰め具合から、決してじゃれ合っている訳ではないとわかる。こいつら、マジでやり合ってやがる……
ジョナサンとアフロももう止める気はないのか、明後日の方を向いて明日の天気について話している。苦労人同士、実は気が合うのだろうか。

「お前達、何をしているのだ! ええい、散れ散れッ! 用のない者はさっさと帰れ!」

と、そこに現れたのは校長のユーゼスゴッツォだ。
校長のくせに仮面で顔を隠す、学園変態ランキングのトップ1(ちなみに二位はギンガナム、三位は総代と呼ばれる理事長だ)。

「また貴様らか! 私の職場で問題を起こすなと何度言ったら……!」

ユーゼスは無謀にも実力でクインシィとカテジナを引き剥がそうとしたらしい。
横合いから無遠慮に差し出された手に、二人は敏感に反応する。

「「邪魔だ!」」

一瞬で組んでいた手を離し、ユーゼスの腹へと固めた拳を叩き付ける×2。
咳き込んだその隙に伸ばした手を掴む二人。そのまま全く同じ動作でユーゼスの足を払い、投げ飛ばす。

「う、ゴホッ! き、貴様らッ! 校長に暴力を振るっていいとおもっ……!」

言い終わるのを待たずゴミ箱に頭から突っ込んだユーゼス。
投げ飛ばした当の二人はもはや見向きもせず、当初の敵へと向き直り威嚇し合っている。

「やれやれ、懲りない輩だ。オルバ、そっちの足を持ってくれ」
「了解、兄さん」

どこからともなく現れたフロスト兄弟(教師)が、ユーゼスを引っ張り出そうとする。
いや……よく見たらあいつら校長をさらにゴミ箱に押し込んでやがる。

「おい、これを使え」

これまたいきなり現れた食堂のコック・テンカワ(こいつら喧嘩を見てただろうに止める気0だ……)が、やたらと大きいゴミ袋をフロスト兄弟に渡していた。

「む、気が利くなテンカワ。よし、これに詰めて焼却炉に持って行こう」
「名案だね。ついに僕らがこの学園を支配するときが来た」
「モゴ、ムガッ!? 待て、貴様ら何をする気だ!? 私はこの学園で一番偉いのだぞ!?」
「だからさ。貴様さえいなくなればこの学園の支配者は我ら兄弟ということだ」
「俺はそんなものに興味はないが、貴様は今日俺の作った火星丼を残しただろう。許せんな」
「ま、待て! これは組織的な犯罪だ! 誰か、ちょ、ま」

……何か見てはいけないものを見たような気がする。周りの奴はみんな、見て見ぬふりだ。テニアも例外じゃない。
止めるべきか迷っていたら、

「……まあ、あの校長なら別にいなくなってもいいんじゃない?」
「……それもそうだな。ほっとこう」

テニアの一言で止めた。どうでもいいことだ。てかもう帰りたい。
でもまだクインシィとカテジナが睨み合っている。しかもその場所は俺の靴箱の真ん前だ。
このままだとしばらく帰れそうにない。どうするかな……

「待ちたまえ! 当方に交渉の用意あり!」
「あ、統夜。ネゴシエイターが来たよ!」

テニアの声に顔を上げる。そこにいたのは紛れもない、学園一の交渉人の名を取るロジャー=スミスだった。
国語の担当教師であるこの男はやたらと弁が立つ。
その口の回り様から、様々なトラブルの解決役に大いに頼りにされている。
おそらくこの騒ぎを聞き付けた誰かが事態の収拾を依頼したのだろう。誰だか知らないがGJだ。
騒動の渦中たる二人に話しかけるロジャーの横には、肉を前にした犬のようにうずうずとした様子のギンガナムがいた。
ロジャーだけで抑えられないときの実力行使を行う保険ということだろう。明らかに人選段階でミスってる気がするが。

とにかく、今のうちだ。俺とテニアはロジャーが場の空気を掌握した一瞬を逃さず靴を履き替え、学園を脱出した。


太陽が稜線の向こうに沈み、薄暗くなったころ。道を歩く俺とテニア以外に人の影はない。
通り魔のことを思い出した。いかにも、って感じのシチュエーションだ。
隣を歩くテニアが、ぎゅっと俺の腕を掴む。強気そうに見えて実はそれほど打たれ強くはないと知っているから、俺もそのままにさせておいた。
しばらく、会話もなく歩く。
通り魔のことがあるとはいえ、概ね穏やかな、いつも通りの日常だった。
今までずっと続いてきた、これからもずっと続いていく――そう、根拠なく思っていた時間。

「ねえ、統夜……あれ」

幸福感に浸っていた俺にテニアが声をかける。
その視線の示す方に目を向ければ、そこにいたのは昼間配布された通り魔らしき人相書きと、同じ顔の男。
がっしりとした体格に、ナイフのように研ぎ澄まされた気配。
通り魔かどうかなどこの際問題ではない。どうであれ、危険な臭いしかしない。
その男が、じっとこちらを見ている――いや、俺を、見ている。
ギンガナムに連絡、なんて思い浮かばない。もちろん、背負った剣で戦うなんて論外だ。
すぐにこの場から逃げようと、それだけで思考が埋め尽くされる。
テニアの手を引き、来た方向に向けて走り出す。テニアは疑問の声を発することもなく、黙って俺について来た。
走りながら横目で男を確認する。追っては来ない――だが、その口元は確かに嗤っているように見えた。


十数分ほど走っただろうか。
先程の場所から結構離れた公園へと走り込んだ俺達は、荒い息をついて立ち止まった。
俺もテニアも、何を言う間もなく酸素を貪る。走った距離以上に、あの男のプレッシャーは異質だった。
数分後、ようやく落ち着いた俺は顔を上げテニアへと声をかける。

「はあ……驚いた。なあ、あれってやっぱり……?」
「通り魔……だよね? 怖かったぁ」
「ああ……あれは無理だ。警察か、ギンガナムに任せよう」

携帯を取り出し、その二者へと連絡しようと思った。
コール音。忙しいのか、警察に中々繋がらない。

「でもさ、やっぱり統夜がいてくれて良かったよ。アタシ一人だけだったら動けなかったもん」
「はは……守るって言っておいて、逃げ出したんじゃカッコ付かないけどな」
「そんなことないよ。統夜はいつもアタシを守ってくれてるよ。そうだよ、いつも……私を……守って……」


お、繋がった。
テニアとの話をいったん中断し、係員にさっきの状況を説明する。
時間、場所、状況をできるだけ詳しく説明する。パトカーが急行してくれるそうだ。
俺達も迎えに行こうかと言われたが、ギンガナムを呼べばいいだろう。丁重に断った。
通話を切った。次はギンガナムに連絡だ、と冗談めかしてテニアに振り向き、笑いかける。、
その瞬間、俺の目に飛び込んできたのは。


そこには、血塗れで倒れ伏している、テニア、だ――


「な……ッ!?」
「おやおや、間に合わなかったか。まあ、人命救助は俺の仕事じゃねえしなあ」

状況を掴めない俺の耳に、第三者の声が飛び込んでくる。
はっと振り向く。そこにいたのは先程の通り魔らしき男だった。

「お前が……お前がやったのか!?」
「あん? そこのお嬢ちゃんのことかい? 馬鹿言うな、俺じゃねえ」

男はにやにや笑いながらゆっくり近づいてくる。
その眼は堪え切れない愉悦が滲み出て、今にも吹き出しそうにも見えた。

「俺は最近この辺りで多発している通り魔事件を追ってたんだが……いやはや、驚いたねえ。
 まさか犯人がこんなガキだったなんてよぉ」

ガキ……?
何言ってるんだ、こいつは。
それより、そうだ。救急車を呼ばないと。テニアが死んでしまう。
いや、先に警察か? こいつを捕まえてもらわなきゃ……ギンガナムもだ。
携帯を取り出そうと、手を離す。

ガシャン。

何かが、手から落ちた?

「お前さん、そんなわかりやすい証拠持ってて人様に責任を押し付けちゃいけねえや。
 お前なんだろ――そのお嬢ちゃんを、斬り殺したのはよ?」

男の声が耳に抜ける。
視線を下ろす。
俺の手から滑り落ちたモノ、それは――


血に濡れた、抜き身の刃だった。


誰の血だ……? 考えるまでもない。テニアの血だ。
やったのは誰だ? 目の前の男……違う。俺だ。


俺が……テニアを……斬った……のか?


「あ……ああ……うああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁッ!」
「ク……ククク……クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


視界が、赤い鮮血で満たされる。もう我慢できないと言わんばかりの男の高笑いだけが耳に残って――。


     □


――う……?
――ここは……?
――モニターは……一応、生きてる……
――ヴァイサーガ……まだ、動けるか……?
――DFS……再起動……無理、か……
――ぐっ……ごほっ……!?
――俺の身体……くそっ……力が……入らない……
――ガウルンを斬ったときの……アレか……一発で……このザマか……
――静かだ……まるで……世界に俺一人しか……いないみたいだ……
――さっきのは……夢、か……
――死に際に……あんな夢を、見るなんて……ガウルンの呪いか……?


――――――ふざけるな。あんたはもう死んだんだ。引っこんでろよ。


――俺はまだ……まだ、諦めちゃいないッ……!
――取り戻すんだ……どんな犠牲を払っても。どれだけ時間がかかっても。
――あんな夢じゃない……本当の、本物の『彼女』を……!
――こんなところで……立ち止まっていられないんだ……ッ!

まだ、抗うのですの?

――当たり前だ。

あなたが殺したんですのよ? その人を生き返らせるために、他の人を殺すつもりですの?

――そうだよ。何が悪い。

悪いと、心の中で自覚しているから……あの夢の結末は、ああなったんですの。
でなければ、あのまま穏やかな夢に包まれて……あなたは逝けたはずですの。

――結構だ。俺が欲しいのは夢なんかじゃない。現実だ。現実に生きているテニアだ。

あなたが見た夢は、ある意味ではあなたの現実。あなたはもう、以前の生活になど戻れはしませんの。

――うるさい。わかってる。そんなことはどうでもいい。

あなたはもうその手を血に染めている。取り返しがつかないほど尊い命を奪っている。

――うるさいって言ってるだろ! どうだっていいんだ……そんなことはッ!
――他の奴らなんてどうだっていい……! 俺と、あいつさえいれば……他には何も要らないんだ!

そのために、まだ生きて抗うと言いますの?

――そうだ……。 俺の命がまだ尽きていないのなら……選ぶ道は一つしかない。
――戦って、戦って、戦って……最後の一人になって、テニアを取り戻す! 何も変わらない、それが俺の生きる道なんだ!
――欲しいものは奪う。邪魔をするなら斬り伏せて進む。『あいつ』みたいに、躊躇わないで……

でも、あなたにはもう戦う力はない。

――わからないさ。ヴァイサーガはまだ……俺の剣はまだ、折れちゃいない……!

辛うじて朽ちてはいない、というだけですの。もう自力で起き上がる事だって出来はしませんの。

――うるさいな……! お前、一体何なんだよ。邪魔をしに来たのなら消えろ!

邪魔だなんて。むしろ、お手伝いして差し上げようかと思っているくらいですの。

――お前、あの主催者の一人だろう。名前は……なんて言ったっけか。

私のことはどうでもいいですの。私は……自分自身になれなかった存在……
だからこそ、あなたに。絶望の底にいてもなお諦めないあなたに、先へ進んで欲しい……

――主催者が俺を助けるって言うのか?

私はもう、正しくアインストとは言えない存在……いずれ消えゆく、残骸でしかありませんの。
でもそれはあなたも同じ……あなたも、その機体も。このままでは遠からず朽ちて果てる。

――じゃあ……どうすればいいんだ。手伝うって……新しい機体でもくれるのか?

そんなことをしてもあなた自身は助かりませんの。
私にできるのは……そう。あなたを、『こちら』へと誘うことだけ……。

――お前らの仲間になれってことか? あの蒼い機体に乗ってた奴みたいに。

ちょっと……違いますの。アインストになるだけでは、あなたの願いを遂げることはできませんの。
私の主ならあなたの願いを叶えることはたしかにできますの。でもそれは、あくまで条件付きのこと。
エクセレンのようにアインストとなって蘇生させることは出来ても、眷族の枷から逃れることはできない……

――テニアを生き返らせても、お前らに首輪をつけられたままってことか。

はい……。でも、あなたが新しいアインストになれば、話は別……

――新しい、アインスト?

この場に満ちる生命の欠片……デビルガンダム、そしてあの新たに自我に目覚めた命の破片。
これを用い、アインストとなったあなたが更なる進化を行いますの。
そうすることであなたは属性の変化によりアインストの支配から逃れ、また新たな命の創造を行う力を手に入れる……

――新たな命の……創造。

もちろん容易く行えることではありませんの。
生まれたての命が、新たな命を創生する……途方もない力が必要になりますの。
それこそ……私の主が持っている力、全てを奪い取らなければ……足りないほどの。

――お前の主……いいのか? それは裏切りじゃないのかよ。

私はもう、あの方の望む種子ではない……なら、最期くらい。望むままに生きてみたいと……あなたを見て、思いましたの。
たとえそれが……あの方に対する、反逆であっても。

――断ったら、どうなる?

どうも……しませんの。私は消えて、あなたも果てる。
あなたの願いもまた、どこへもたどりつけず……

――お前は、どうして俺にそこまでしてくれるんだ?

さあ……どうしてでしょう。
今のあなたは似ている……そんな気がしますの。かつて、私が焦がれた……あの方に。
だから、そのあなたの行く末を見極めたいと……そう思ったからかも、知れませんの。

――俺の行く末、か。……わかった。お前の話、乗るよ。
――どうせ、他に選べる道はなさそうだしな。

信じて……くださいますの? 私は……自分で言うのも何ですけど……怪しさ満点だと……思ったりも、致しますのよ?

――いいさ。そんな奴と手を組むのは慣れてる。
――あの夢……お前が見せてくれたんだろ? 最後はああなっちゃったけど……それでも、いい夢だった。
――お前に借りが一つ出来てるってことだ。なら、ここで返しておく。

あなた……本当に、面白い方ですのね。

――ほっといてくれ。さあ、何でもいいからやってくれよ。時間がないんだろ?

はい……契約、成立……ですの。
では、名残惜しいですが……ここで、お別れですの。
あなたは誰からも祝福されることのない旅路を選んだ……だからこそ、私くらいは幸運を祈らせていただきますの。

――ありがとう……そうだ。お前、名前はなんて言うんだ?

え?

――最期ってことは、結果がどうあれお前は消えるんだろ? だったら俺も……俺くらいは、お前のことを覚えておいてやるさ。

一度、自己紹介したはずですけど。女の子の名前を忘れるなんて、マナー違反ですのよ?

――あれは……あれだ、大勢に向けてだろ? 今は俺とお前だけなんだ。改めてってことでさ。
――俺は統夜……紫雲統夜。お前は?

私……
私の名前は……



■■■■■■――。





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