□


二つの色が交錯する。
片や交渉人が駆る黒のGEAR、騎士凰牙。
片や復讐鬼が操る赤のパーソナルトルーパー、アルトアイゼン・リーゼ。

静寂の世界に響く、鋼鉄の衝撃。
激突の度に大気を振るわせ、地を揺らす。
だが何故か、銃声砲音一切がなし。
それもそのはず――二機の巨人はその身に許された武装兵装を一つとして用いず、徒手空拳にて渡り合っているからだ。

凰牙がその脚部に纏うタービンを回すことなく、しかし鋭い回し蹴りを放つ。
対するアルトは無理に避けようとせず、逆に踏み込んで身体ごとの体当たり。
100t近い質量が砲弾となって凰牙を襲う。
が、全長こそ大差ないとはいえ凰牙の重量は400tを超える。
すぐさま足を引き戻した凰牙が吹き飛びつつも大地をしかと踏みしめ、アルトの突進の勢いのまま背筋を逸らす。
両腕はアルトの腕の下にひっかけている。
運動エネルギーのベクトルは凰牙から大地へと移り、再度アルトへと戻る。
自身の突進の勢いを殺されないまま、アルトが天高く放り投げられる。地に背をつけた凰牙は、しかし休むことなく追撃をかける。

「隙ありッ!」

体勢の整わないアルトへ向けて、凰牙が全力で走り、跳ぶ。
体を回し、がら空きの背中へと必殺の一撃を叩き込む――

「……甘いな」

その刹那、アルトの背面のブースターが吠え、莫大な推進力を発生させる。
体勢の悪さから天地逆様のままあらぬ方向へと打ち出されるアルト。
だが、そのコクピットに座るアキトは何事もなかったかのように機体を制御、姿勢を回復させた。
必勝を期した蹴りを避けられ、着地した凰牙からロジャーの呆れたような声が届く。

「なんとまあ……よくあの回転の中で自分の位置を正確に認識できるものだ。酔わないのかね?」
「この程度の機動なら、ボソンジャンプに比べれば何ほどのこともない。機体ごと転移している訳ではないのだからな」
「ふむ……私は知らないが、宇宙とやらで生活していると空間への認識率が高まるものなのか。実に興味深い」
「知るか」

言い捨て、アキトは再度機体を加速。まったく同じタイミングで、凰牙も突っ込んでくる。
素手での戦いを始めて、もう10分は経っただろうか。
交渉人と言うからには戦いの最中にも口撃があるとばかり思っていたが、予想に反しロジャー=スミスは説得の言葉など一度も吐いては来ない。
事ここに至っては言葉など不要――あの男自身が、拳で語ると言ったのだ。
交渉人への評価を気持ち上向きに修正し、アキトは迫る黒の機体の拳をかわし、返礼とばかりアルトの拳を送り出す。
だが予想通りその拳は受け止められる。わかっていた。この数分の激突で、この男の技量の程はほぼ把握している。
格闘戦の技量はほぼ互角。
差があるとすれば、アキトは空間把握の長による機動、ロジャーは組み付いてからの戦術のバリエーションといったところか。
木連式の柔を少々かじった自分よりも、実践的な戦闘術を身に付けているようだ。
ときにその動きは有機的で、人間の動きの延長にあるものを感じさせる。
アルトと凰牙の違いもあるだろう。
接近戦仕様とはいえ、アルトのそれはあくまで武装を使った接近戦だ。
純粋な格闘戦にも対応できる凰牙が一歩先んじている感は否めない。

(だからと言って……負ける気はないがな)

最も、それは向こうも同じだろうが。
突進力で勝るアルトがじりじりと凰牙を押し込んでいく。
凰牙が腰を落とし、拮抗していた力が一瞬抜ける。
つんのめったアルトの腕を引き、一本背負いの構えで凰牙がアルトを投げ飛ばす。

「そう何度も……同じ手を喰うか!」

しかし、完全に手が離れる前にアルトのブースターが再度点火。空中にある体勢のまま、下方向へと加速。
とっさにアルトの張り出した肩を凰牙が受け止める。
100tの加速するアルトと、400tの静止した凰牙。一瞬の停滞が生まれる。
少しでも気を緩めればいなされる……その確信がアキトの痩身を震わせた。

「……フッ」

機体の接触回線から、ふと。ロジャーの零れた笑声が聞こえた。
何がおかしい――と、聞くまでもない。おそらくそれは、アキトが感じている感情と同じものなのだろう。
全力でぶつかり合う、二人の男。
しかし武装を使わない、殺し合いとは呼べない戦い。
ただ己の我を通すためだけの、相手を屈服させるためだけの、無意味な戦い。

――無意味? 違う、そうではないと、アキトは明白な確信を持って否定する。
こうして、この場でこの男と戦うことに意味がある。
黒騎士に乗っていた少年に確かめようと思っていたこの胸の霞みが、この男と戦うことで少しずつ……少しずつだが、晴れていっている気がする。
勝敗にはさほど拘っていないのかも知れない。
この戦いの果てにある答えが得られるのなら、俺は――。




ぞくり。


背を駆け上がった異質な悪寒。

唐突に奔ったそれに、アキトは一も二もなく従った。
アルトを弾くように上昇させ、凰牙から距離を取る。
だがその見据える先はもうネゴシエイターではない。今だ倒れ伏す、少年の機体。

「……テンカワ?」
「水入りだ。何か……来るぞ」

この感覚を知っている。
アキト自身が生み出した、最悪の災厄――キョウスケ・ナンブ。
それと全く同じかそれ以上のプレッシャーを、あの黒騎士ヴァイサーガが発している!

ネビーイーム、この魔星のそこかしこに散らばる有形無形の破片――おそらく、ユーゼスの乗っていた機体の破片――が、脈動する。
とうに機能を停止したはずのそれらが、這い、集まり、融け合い――ヴァイサーガへと集結していく。

黒の塊となったヴァイサーガ。動かない、動かない、動かない――否。
繭の表面を突き破ったものがある。腕。
びくりとその腕が蠢き、大地へと突き立てられる。
再び、繭から顔を出したのは、おそらくもう一方の腕。アキト自身が、このアルトの前身で奪った左腕だ。
繭を引き裂くように腕が振り回される。
立ち上がる――黒騎士、その姿は一見特に変異したようには見えない。
だが――

「……ゼスト」

ロジャーが震える声で呟く。
蠢く装甲、脈動するエネルギーライン、おぞましいほどに巨大なエネルギー、本能的に忌避するこの気配。
アキトとほぼ同じ推測に行き着いたようだ。
だが違う。決定的に違う。致命的に違う。
ゼストではない。ユーゼス・ゴッツォは、アインストを凌駕するためにゼストの成長を欲した。
あの機体は器は確かにゼストに酷似している。しかしその体内から漏れ出る気配はアインストそのもの。
ゼストと、アインスト。出会うことのなかった二者が、融合している――。

もはや是非もない。
ヴァイサーガ――だったモノ――が動き出す前に、アキトは排出していた弾薬を再度装填していく。

「ネゴシエイター、貴様も死にたくなければ武装しろ。アレは……交渉など通じる相手ではないぞ」
「む……くっ、やむを得んか……!」

鞭と、機銃と、斬艦刀を回収し、凰牙がアルトの傍らに並び立つ。
もう勝負がどうのと言ってはいられない。
目前に、凄まじいプレッシャーの塊――今にも牙を剥いて襲いかかってきそうな、一匹の獣がいる。

彼らの視線の先――ヴァイサーガ、らしきモノの中で。今まさに最後の、そして新たなアインストが誕生する。


     □


首輪が砂になって消える。
『こちら』側――彼女はそう言った。
先程までいくら力を込めても痛みすらなかった身体に、まるで燃料が注ぎ込まれたかのように力が漲っていく。

これが……アインスト。そして――

ヴァイサーガのコクピットの内壁から、絞り出すように金属片らしきものが排出された。
ユーゼスの機体に積まれていた、ラズムナニウム。それに付着したDG細胞。
情報が脳裏に踊る。これも『進化した』恩恵であるのか。
黒の金属片が蠢く。もう一つ、これには何かある……ゲッター線?
自己再生、自己増殖、自己進化。
無限の可能性を秘めた、新たな生命の萌芽。それが、統夜の手の中にある。

躊躇わず――飲み込んだ。身体の奥底に、新しくエンジンができたかと思った。
凄まじい熱。心臓を呑み込み、血流に乗って、統夜の身体の隅々にまで変革の波が押し寄せる。
腕の甲に、黒光りする金属が浮き出て来た。
痛みはとうに消え、高揚感と共に今まさに『人間を止めている』感覚が、統夜を満たす。

もう、戻れない。いいや、戻る気もない――

手を伸ばし、操縦桿を握る。DFS、起動。
普段の何倍も鋭敏になった神経が、直接機体と繋がる。

ヴァイサーガ――否、イェッツト・ヴァイサーガ。

統夜の分身にして、至高の剣。神も悪魔も斬り捨てる、唯一無二の、天下無双の……『力』だ。

目を開く。そこにいるのは、統夜自身が何度も交戦してきた機体。
騎士凰牙。アルトアイゼン。
乗っているのは……ネゴシエイターと、テンカワ=アキト。生体波動の判別すらできるようになっている。

かける言葉なんてない。奴らもそれはわかっているのか、既に武器を構えている。
いいだろう、やってやるさ――まずは、お前らからだ。
おあつらえ向きに、片方があの大剣を構えている。ガウルンの剣、斬艦刀。
亡霊は、ここで完全に振り払ってやる。
そして次に残りの生存者、最後は主催者。何も問題はない。
行動はシンプルに。躊躇わず、一直線に、駆け抜けるのみ。


「ヴァイサーガ……。
 俺達に、静かな眠りは似合わない……そうだろう? だから、もう少し……もう少しだけ、付き合ってくれ。
 さあ……行こう、相棒ッ! お前には俺が力を与えてやる……ッ!」


イェッツト・ヴァイサーガがその一歩を、踏み出す。
二振りの剣。肘部へとマウントされたブレードが旋回し、その手に握られる。
二人の敵手。その向こうに感じる、三つ……いや四つの輝き。
立ち塞がるものを斬り裂き、奪い取る。これが開戦の狼煙。
未知なる無限の開拓地へと、ここから始めるのだ。
それでいいと、消滅したはずの彼女が笑っている――そんな気がした。

全ては、ここから――




「ヴァイサーガ……フルドライブッ!」




【紫雲統夜 登場機体:ヴァイサーガ(スーパーロボット大戦A)
 パイロット状態:イェッツト化(アインスト化+DG細胞感染+ラズムナニウム侵食+ゲッター線含有) 首輪解除
 機体状態:イェッツト化(アインスト化+DG細胞感染+ラズムナニウム侵食+ゲッター線含有) ガーディアンソード所持
 現在位置:ネビーイーム内部
 第一行動方針:主催者を含め、全てを消滅させて新たな命の創生に足るエネルギーを手に入れる
 最終行動方針:テニアを生き返らせる
   備考:外見はヴァイサーガとほぼ同一。五大剣、ガーディアンブレードは肘の部分に接続されています】


【ロジャー・スミス 搭乗機体:騎士凰牙(GEAR戦士電童)
 パイロット状態:肋骨数か所骨折、全身に打撲多数  首輪解除
 機体状態:右の角喪失、 側面モニターにヒビ、EN90%  斬艦刀を所持
 現在位置:ネビーイーム内部
 第一行動方針:アキト、統夜と交渉する
 第ニ行動方針:仲間と合流する
 第三行動方針:ノイ・レジセイアの情報を集める
 最終行動方針:依頼の遂行(ネゴシエイトに値しない相手は拳で解決、でも出来る限りは平和的に交渉)
 備考1:ワイヤーフック内臓の腕時計型通信機所持
 備考2:ギアコマンダー(黒)を所持
 備考3:凰牙は通常の補給ポイントではEN回復不可能。EN回復はヴァルハラのハイパーデンドーデンチでのみ可能
 備考4:ハイパーデンドー電池4本(補給2回分)携帯
 備考5:バイパーウィップ、ガトリングボアと契約しました】


【テンカワ・アキト 搭乗機体:アルトアイゼン・リーゼ
 パイロット状態:健康 首輪解除
 機体状態:良好
 現在位置:ネビーイーム内部
 第一行動方針:ロジャーと統夜に対処する。
 最終行動方針:???】



【三日目 2:45】





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最終更新:2009年11月23日 00:11