ネクスト・バトルロワイアル ◆XrXin1oFz6


場に三界あり。

一つ、監査官の住む、世界の狭間に存在する赤き世界。
二つ、時の向こうに存在する調停者の力で生まれた。時を重ね作られた世界。
三つ、二つ目の世界が生まれ変わり現れた新たなる世界。

因果律という名の神に仕える大天使ノイ・レジセイアが生み出した完全に近き宇宙。
人の希望と、絶望と、慟哭と、歓喜と、数多の魂を練り込み作った世界。

新たなる世界は、古き世界を飲み込まんと膨らみ始める。



行く末を決めることが出来るのは、今この場に居合わせた者のみ。

ノイ・レジセイアの願いが達成されるのか?

ノイ・レジセイアへの反抗者の願いが達成されるのか?

それとも、どちらにも属さない者たちの願いが達成されるのか?


遥かなる戦い――開幕(オン・ステージ)





風が世界に吹いた。世界のすべてを駆け抜けていく一陣の風が、偽りの大地を両断する。
めくれ上がり、舞い上がる土が、盛大に土埃を巻き上げた。視界に映るもの全てを叩き割る剛剣が唸る。

「おおおおおああああああああああ!!」

青年の口から放たれる叫びが、白い魔星を揺らす。
もう戻れない。元通りなど願えない。それでも、なおその眼に眩しく映るものがあるならば。
他者と、世界と、自分を捧げてでも叶えたい願いがあるならば。
青年は、その問いに「イエス」と答えた。その選択が、自分の求めたものを汚す行為であっても。
それを知ってなお、青年は「イエス」と答えたのだ。
それは、血みどろの腕で、ウェディングドレスを抱きしめるに等しい。
けど、それでもいいのだ。

だから。

己の血を大地に流し、切り伏せた他人の血を大地に流し、それでも歩みを青年は止めることはない。
青年の視界に移るのは、黒い騎士と、赤い古鉄。
敵の姿をはっきりとその瞳に映す。
音速をはるかに超過する速度であろうとも、もはや敵を、目標を見失うことはない。
紫雲統夜は、目標に向けてのみ動く一本の剣と化した。

黒い騎士が、その手に掲げた鞭を伸ばす。追いすがる鞭を、統夜はいとも簡単に弾き落とした。
統夜の体の一部、延長であるイェッツト・ヴァイサーガが、大地を踏みしめ減速する。
普通なら、装甲や関節の衝撃緩衝が追いつかず、足が砕け散り倒れていただろう。
しかし、イェッツト・ヴァイサーガは大地を離すことなくつかんでいる。
減速が一定以下になったところで、一気に再びイェッツト・ヴァイサーガが大地を蹴る。
砕けた土が落ちるより早く、背中から噴出されたスラスターが、舞い上がった土を溶かす。
目標は赤い古鉄。かつて闘ったときは、統夜の技量の低さもあって敗北を舐めることとなった。
だが、今は違う。
一瞬にして距離をゼロにし、イェッツト・ヴァイサーガが剣を振り上げる。
それを見上げる赤い古鉄は、攻めるためにあるはずの大出力スラスターを、逃げるために惜しげもなく利用した。
反撃はない。よけるだけで精一杯なほど、今の統夜の一撃は、重く、速く、鋭い。

「なぜだ……先程まで動くことすらままならない状態だったはず、それがこうも……!」

ネゴシエイター、ロジャー・スミスのいぶかしむ声を遮り、イェッツト・ヴァイサーガの投擲したクナイが、凰牙をかすめる。
クナイを投げて空になった手に再びガーディアンソードに滑り出された。
肘の部分で接続されたガーディアンソードは、手を離してもイェッツト・ヴァイサーガからは離れない。
視界の端にかすめる赤い古鉄が、五連チェーンガンを撃つ姿が見えた。
銃口が放たれる眩い光が、火薬の臭気とともに運ばれる。統夜は、身をかがめることでチェーンガンを回避する。
統夜には、分かる。外の爆発音も、火薬の臭いも、何もかもが。

「……人間をやめたのか」

じりじりと間合いを取ろうとする赤い古鉄。
思い出すのは――アキトとの一度目の戦い。
以前の統夜は飛び込むのを躊躇し、駆け引きとも呼べぬ迷いを生じさせた。
その結果、統夜は負けたことを覚えている。だから、統夜は相手の考えの一切をあえて無視し、一直線に切り込んだ。

止められるものなら、止めてみればいい。

向こうがただの古鉄から巨人の名を冠したものに変わっても、ヴァイサーガの変化はそれを上回る。
五大剣とガーディアンソードを交差させ風を集め圧縮、そして解放することで衝撃波を全体に放つ。
その衝撃波に追いつくように、イェッツト・ヴァイサーガが駆ける。
全体をなぐ五大剣の衝撃波でネゴシエイターを足止めし、同時にガーディアンソードのそれで赤い古鉄の逃げ場を防ぐ。
その上で、追撃を加える。絶対必中の確信を持って統夜は攻撃を放った。
赤い古鉄は、クレイモアの発射口こそ開いたが、動かない。
近づく衝撃波を、迎え撃つように泰然と立っている。衝撃波と言えど、イェッツト・ヴァイサーガの繰り出す技である。
当たれば、行動が一拍遅れることは間違いない。続いてイェッツト・ヴァイサーガの剣も受けることになるのは必定。
クレイモアによるカウンター狙いとしても、衝撃波の威力をアキトは見誤っている。
僅かな時間にそれだけのことを思考し、なお直撃を確信した統夜は、スピードを上げた。

もう一秒もかからず赤い古鉄にイェッツト・ヴァイサーガの両手の剣による二連撃が叩き込まれる。
そんな中、赤い古鉄が、統夜から見て向かって右の手を開いた。何をする気かと統夜は視線を赤い古鉄の手に集中させる。

(あれは、宝石?)

赤い古鉄の手の上には、小さな青い宝石が置かれていた。だが、それでどうするというのか。
視線だけはそちらに向けたまま、イェッツト・ヴァイサーガは切り込んでいく。額の角に触れるか触れないかまで剣が迫る。

そして。
赤い古鉄が消えた。
剣は空を切り、大地に突き刺さるのみ。

(―――!?)

一つだけ、アキトが統夜と闘ったとき、使わなかった戦法がある。いや、使えなかったと言うべきか。
アルトアイゼンの受領に際して、主催者側より加えられた制限があったのを覚えているだろうか。
それは、ボソン・ジャンプの禁止。故に、あの戦いではアキトはボソン・ジャンプを統夜に見せることはなかった。
だが、今のアキトに首輪という枷はない。故に。

「ゼロ距離、とったぞ……!」

左後方より聞こえる声。
さっきまで右前方にあった手に集中していたため、視線を向けるのが遅れた。
統夜が、五大剣を横へなぎ回転切りを繰り出すのと、前より肥大化したクレイモアが打ち出されるのは同時だった。
アルトアイゼン・リーゼのアヴァランチ・クレイモアの散弾がイェッツト・ヴァイサーガの装甲を叩き、
イェッツト・ヴァイサーガの剣がアルトアイゼン・リーゼの肩部装甲の一部を削り飛ばす。

「お前がゼストのような存在になったとしても同じだ」

イェッツト・ヴァイサーガの胸板に、赤い古鉄が飛び込んでくる。両者の身長差は約二倍。
ひとたび、懐に潜り込めば、有利になるのは赤い古鉄だった。

「コクピットを抜く」

手を振り上げ、打ち込む時間すら惜しいと判断したのだろう。
赤熱化した角で、赤い古鉄はイェッツト・ヴァイサーガの胸に突撃を仕掛けてきた。
アキトの言葉通り、いかにイェッツト・ヴァイサーガでも、パイロットである統夜を潰されてはどうしようもない。
しかし、浅く突き刺さったところで角の動きが止んだ。それ以上、突き込むことはない。
なぜなら、アルトアイゼンのコクピットの前にも、刃が突きつけられていたからだ。

今のイェッツト・ヴァイサーガの投擲具は、自己生成されている。その機能を使い、装甲表面に烈火刃を発生させたのだ。
大きさ故に装甲表面からコクピットまではアルトアイゼンのほうが短い。踏み込んでいれば、アキトはつぶれている。
剣をふるい、赤い古鉄を統夜は引き剥がそうとする。しかし、それより早く赤い古鉄は再び消えて、自分の背面へ。

「ッ! ちょこまかと!!」

再び振るわれる回転切り。
今度はそれをくぐり、赤い古鉄はリボルビングバンカーを五大剣に打ち込んだ。
さしものジョイントの接合部分も衝撃に耐えられず、五大剣がイェッツト・ヴァイサーガの手から離れ空を舞う。

統夜は、知らない。
アキトが元の世界で黒い王子様と呼ばれ、テロリストとして活動していたことを。
そして、そのテロ活動の間、神出鬼没であることから幽霊とも扱われていたことを。
――アキトはボソン・ジャンプによる強襲を得意とし、短距離ボソン・ジャンプと突撃仕様の機動力で相手を撹乱してきたことを。
木連が利用するような大型機相手にも、アキトはこうやって闘っていた。

はっきり言って、イェッツト・ヴァイサーガとアルトアイゼン・リーゼの性能差は、とてつもなく大きい。
デビルガンダムと、そこらの突撃仕様のモビルファイターが闘うにも等しい。
だが、それでも。相手の手を知り尽くし、自分が最も得意とする状況に引きずり込み、相手に不利な状況を強要すれば。

その差は、確実に詰まる。

もっとも、徹底したインファイト故、援護が全く見込めない状況になるが、もともと一人で戦ってきたアキトには問題ない。
ネゴシエイターの援護なしでも、アキトは統夜に勝利するつもりでいたのだ。

「ネゴシエイター、そこで見ていろ。手を出すな」

しかし、あくまで援護が難しい状態であって、援護が必要ないわけではない。
それでも、アキトはネゴシエイターにそう通信を出した。オープンチャンネルで行われた通信のため、統夜にもそれが聞こえている。

「そうかよ! 俺なんか、一人でも大丈夫って言いたいのかよ!」

統夜を無視し、アキトはさらにネゴシエイターに声を送っている。

「ネゴシエーションと言うつもりはない。だが、こいつには話したいことが残ってる」
「俺には、あんたに話すことなんてないっ!」

イェッツト・ヴァイサーガの剣を、重量級の赤い古鉄でひらりとかわされた。

翻弄されている。

強くなったはずなのに、全てを殺さなくてはいけないのに。
それでもなお依然と同じように力が詰まっていない錯覚を、統夜は感じていた。
ガウルンにすら勝った自分。確かに強くなったという実感は何だったのか。

「テンカワ、君が何をしようとしているのはわからない。しかし、君が誠実に言葉を尽くすつもりと言うのなら……」

どうせ、この鍔迫り合い同然のインファイトでは、凰牙は手は出せない。
そう思い、血を頭に登らせていた統夜は反応が遅れた。
黒い何かしらの力を称えた球体が、イェッツト・ヴァイサーガに近付いていたことを感じ、統夜は反射的に上に飛ぶ。
しかし、60mオーバーの巨体ではいくら機敏なイェッツト・ヴァイサーガといえど完全な回避は難しく、黒球は下半身をとらえていた。

「私は力を貸そう。先程君に使った力を使わせてもらった」

イェッツト・ヴァイサーガの下半身が動かない。感覚はある。痛みはない。異常もない。
だというのに、その場に固定されている。スラスターを吹かしても、その場から動くことができない。
いや、スラスターを切っても動くことができない。偽物の星とはいえ、ここには擬似的な重力がある。
それによって起こるはずの自由落下すら起こらないのだ。

「なんだよっ! なんだよこれっ! 動け、動けよ!」

いくら操縦桿を動かしても、動くのは上半身だけ。
そもそも、下半身が固定されている以上、せいぜい腕が届く範囲までが有効範囲。これでは、どうしようもない。
アルトアイゼン・リーゼが悠々と足を進めてきた。そして足元から、イェッツト・ヴァイサーガを見上げている。
動けさえすれば、そのまま踏みつぶすこともできるのに、と統夜が顔をゆがめた時。

「テニアは、どうした?」

アキトの妙に平坦な声が統夜に投げかけられる。
嘲るわけでもない。しかし、疑問形でありながら、本当に疑問に思っているようにも聞こえない。
それは――確認だった。
テニア。その言葉を聞いた瞬間、統夜は目の前が真っ赤になるのを感じた。同時に操縦桿を傾けてもいた。
しかし、イェッツト・ヴァイサーガが動くことはない。何もできないことを再度自覚し、頭が自然と冷える。

「……死んだよ」

死。
そう、テニアは死んだのだ。
その認めがたい事実を覆すため、統夜はこうして足掻いている。もがいている。

「やったのはガウルンか?」
「そうだよ、だから、どうしたって言うんだよ!?」

覆してしまえばいい。自分にとって不都合な真実は、変えてしまえばいいのだ。
今、存在している真実に意味なんてない。塗り替えた後の真実だけに、意味がある。
凰牙が、イェッツト・ヴァイサーガに背を向けた。ロジャー・スミスの声がインセクト・ケージの中に響く。

「そういうこと、か。テンカワ。しかし、それを聞くということは君も……本当はわかっているのではないか?」
「……さっきも言ったはずだ。お前には、関係ないと」
「ならば、そこの統夜には関係があるというのか? ……違うのではないかね」
「…………」

統夜には理解できない問答をしているネゴシエイターとアキトを睨みつけたまま、統夜は無言で待つ。
どんな事情であろうと関係ない。動けるようになった瞬間、目の前の二人を叩き切る。それだけに思考を集中させる。
アキトがまた口を開くのを、統夜はただ見つめていた。

「それで。お前はテニアを生き返らせたい。だからこうやって闘っている」
「そうだよ、それの何が悪い?」

統夜は悪びれない。罪悪を感じる地点はもう過ぎ去った。
手段を正当化するつもりもないが、悪いと指摘されても心は疼かない。

「人間をやめてでも、か?」
「そういうあんたはどうなんだ? まだ自分が人間のつもりか!?」

生体波動の判別すら可能になった統夜には分かる。今のアキトが、通常の人間からはるか離れたものであることが。
そもそも、いくらインファイトとはいえ、いやインファイトだからこそ、ギリギリの反射神経が何よりも重要になる。
先程の戦いでイェッツト・ヴァイサーガの攻撃を裁いたアキトの能力は、もはや人間の枠の外にあるだろう。

「いや、違うだろうな。俺自身、本当に俺が俺なのか分からない。だから、何かが足りないと感じるのかもしれない。
 それでも、俺は生き返らせたい。ユリカを。ガウルンに殺された、ユリカを」
「……アキト?」

ずいぶんと親しげなニュアンスで、統夜はアキトの名前を呼んでいた。
今まで名前も呼んだこともなく、面識も薄い相手を。統夜にも、何故そんな呼び方をしたのか分からない。
一瞬、頭をよぎったのは、あのJアークに乗っていたキラだったかと、自分と、アキトの三人が顔を突き合わせて話すシーン。
だが、そんな記憶があるはずもない。そもそも、イメージのアキトは目の前にいるアキトより若かった。

「お前は、その意思が紛れもなく自分だと納得できるか? いらない誰かの横やりでないと……証明できるのか?」

似ている。
統夜と、アキトは似ているのだ。
愛する者を奪われ、復讐に固執し、奪われたものを取り戻すために生き足掻く。
今までろくに交わることのなかった、二本の線。しかし、それが描いてきた軌跡はどこまでも似ていた。

統夜は、歯を食いしばる。
ここで違うと言うのは自分全ての否定だ。
自分が本当に、純然に、純粋に自分と言えるのか。
統夜にも、分からない。統夜は、もう人ではない。さまざまな力をその身に宿した。
その力の一つが意思を持って、自分を動かしているのかもしれない。
そんな想像は、身の毛もよだつものだった。

だが。それでも。

「……だったら、何なんだ?」

テニアが大切な人である事は変わりがないのだから。
例え統夜の意思が誰かのものだったとしても、今まで自分がやってきたことは間違いないのだから。
悩み、怯え、竦み、人を切ったことに戸惑い、後悔し、何度も挫けそうになり、ようやくつかんだ温もり。
ズタボロになった心と身体を引きずりながらも、ここまでやってきた。

それを嘘にはしたくない。

人道的とか心の問題ではなく、もはや存在として人を外れたとしても、そこは嘘じゃない。
きっと、自分はずいぶんいびつな存在なのだろう。


だから、どうした。


イェッツト・ヴァイサーガが再び吠える。
固定された空間でも、なお足掻く。その行為は、統夜の生き写しであった。
空間ごとの固定のため動けない。攻撃することができない。だから、どうした。
なら、変えてしまえばいい。真実は、事実は、世界は、統夜のためにあるのだから。

「!? ……機体ごと割れるだけのはずだ、それを……!」

空間に、ヒビが走る。
ガトリングボアによる時間停止で固定された空間が割れる。空間に寄り添う形で必ず存在する時間が割れる。
イェッツト・ヴァイサーガに備わった機能ではない。純粋に力押しで、己の意思の強さで統夜は押し通る。
そこにはもう、うずくまり、泣いていた少年の影はなかった。

「ヴァイサーガ……フルドライブッッッ!」

そして時は動き出す。
この一歩は時間より早く、光より速い。連続で放つ必要はない。
すれ違いざまの一刀で十二分。放つは絶技、ヴァイサーガの必殺剣。

「光」

再び、ネゴシエイターが腹の猪型のガトリングガンを向ける。

「刃」

しかし、それが放たれるより早く、ヴァイサーガは接近している。

「閃」

煌めく剣筋が、袈裟がけに凰牙に刻まれる。


「斬ッッ!」


ギリギリで一歩下がったため、深くは入らなかったか。もともと、無理な姿勢で放った一撃だった。
それでも、十分だ。凰牙の厄介な兵器は一刀の下、砕け散ったのだから。
たたらを踏む凰牙に、なおも剣をひるがえして切り込むイェッツト・ヴァイサーガ。
タービンの回転により力を受け流され、刃をいなされる。
しかし、その衝撃は凰牙の手に握られていた斬艦刀を弾き飛ばした。
背後から来る気配。
即座に統夜は、失った五大剣の代わりとして空中に浮かびあがった斬艦刀をつかみ、横に体を回しながら振り向いた。

「覚えたぞッ!」

背後まで剣を振っても、まだ止まらない。
そのまま、自分が元々向いていたほうへ、一回転するかたちで剣を振る。

「一度戦った相手には! もう絶対に負けなあああああああいィィィ!!」
「……ッ! 跳躍を読んだ!?」

中空に身を投げているアルトアイゼン・リーゼに逃げ場ない。
咄嗟に左手を盾にしたのが見えた。だが、それごとイェッツト・ヴァイサーガの剛剣は叩き切る。
左手、左肩、頭部。踏ん張りが利かない以上、剣の衝撃が伝えにくい空中でさえ、重装甲の赤い古鉄をやすやすと切り裂く。
飛び石のように地面を跳ねながら、赤い古鉄が遠くに弾き飛ばされる。

「くっ! まだだ!」
「それも、もう見た!」

思い出すのは―-ロジャー、ソシエをガウルンごと切ろうとした戦い。
僅かに右手が持ち上げられる。それだけで統夜は凰牙が次に何を行うのかを理解した。
左腕に誂られたタービンが高速回転を起こし、風を巻き上げる。
だがそれは、ネゴシエイターたちを奇襲した時に、既に見ている。
あの時は、先に撃ったのが自分で、阻んだのは凰牙だった。
今度は、逆。
イェッツト・ヴァイサーガが、両腕のねじりを加えながらまっすぐに剣を突き出す。
それによって一方向に纏まり、円を描き、急速に風は勢力を増していく。
凰牙から放たれた風の竜巻、『波動龍神拳』が、吹き荒び渦を為す風の障壁『風刃閃』によって打ち消される。
二つの竜巻がぶつかり合い、猛烈な突風を起こした後に流れるのは、そよ風のみ。

そんな僅かな静寂の中、凰牙の右腕が地面に落下し、重苦しい音を立てた。

「ぐっ……!?」
「風刃閃・双牙……!」

本来なら、片腕に重心を乗せて放つ両者の技。
しかし、イェッツト・ヴァイサーガは力に任せて両腕から風刃閃を放った。
もう一つの風刃閃は、竜巻を放たぬ凰牙の右腕を、根元からえぐり取っていた。
肩からは紫電が走り、切り口からおびただしい緩衝材の液体を噴出させ、凰牙が膝をつく。
赤い古鉄に視線を向ければ、ぎこちない動きで立ち上がろうとしていた。
いかに重装甲言えど、フレームのどこかが歪みでもしたのかもしれない。

一瞬の、形勢逆転。

イェッツト・ヴァイサーガの装甲が湯気を立てる。すると、装甲の傷が閉じていく。
その様子は、生物の新陳代謝によく似ていた。内部から、裏返るように装甲が盛り上がり、内部に食い込んだクレイモアの破片を排出する。
暗い青の装甲は、ラズムナニウムにより再生能力を獲得していた。

赤い古鉄の姿が消えた。また跳躍したということか。
急に眼の前に飛び込んできた赤い古鉄。統夜はそのスラスターの輝きを確認し――そっと身を引いた。
赤い古鉄の杭打ち機は、『統夜の目の前にいるイェッツト・ヴァイサーガ』に当たり、すり抜けた。
ヴァイサーガの力を完全に引き出すことで可能にした能力、『分身』。

思い出すのは――白銀の可変機、真・ゲッター2と戦ったときと、インベーダーと戦った時のこと。

足を止めず小刻みに動き、残像を残すことで、的を絞らせない。
本体が分からなければ、下手な跳躍は無防備な姿をさらすだけだ。
統夜の思った通り、アキトはネネゴシエイターと背を合わせ、周囲を警戒するばかりだ。

統夜は、誰よりも闘った。そして、生き延びてきた。
アキトやガウルン、シャギアにジョナサン。そういった手合いに何度となく敗北し、鍛えられてきた。
精神的な伸びしろではキラ・ヤマトもいる。潜在能力ではシャギア・フロストも。
しかし、純粋な戦闘能力に関してだけ言えば、紫雲統夜は誰よりも成長した。過去戦った相手を、ガウルンすら下すほどに。
その成長は、止まっていない。新たな戦い方を見せられれば、それを学び、対処法を編み出す。
そういった天賦の才も持っていた。

左腕を失ったアルトアイゼン・リーゼと、右腕を失った凰牙が背中を合わせた結果、両機とも腕を持たない側面が生まれた。
そこに統夜は烈火刃を投げ込み、分断を図る。しかし、敵同士であったはずの二機は、ぴたりと背中を合わせ離れない。
生き残るためなら咄嗟に手を組むあたり、一流の戦士である証明と言えるだろう。

統夜は、このまま攻め続ければ確実に勝利できた。
牽制とはいえイェッツト・ヴァイサーガの攻撃ならば、風刃閃を含み十分に防御の上から削り殺すことができたのだ。
だが、統夜にはあまり時間がない。いや、あるのだがここまで来たのだから一刻でも早く目的を成したい、
そして、真の敵、最も強く警戒すべきはノイ・レジセイアであり、ここで躓いている暇はないという意識が心の奥でわずかにあった。

故に、統夜は動いた。
腕を失った側面から、最大最速の攻撃である光刃閃で再び切り込む。
向き合う時間など与えず、二機まとめて両断しようという、シンプルで、それでいて強力な戦法。
ラーゼフォンすら撃墜し、真・ゲッターもコクピットまで切り裂いた。ガウルンを下したのもこの変型。
エネルギーの問題が進化により解消された今、統夜が一番信用する業である光刃閃を何度も選択するのは当然だった。

「コード・光刃閃……!」

極度の集中で、引き伸ばされる時間。ヴァイサーガの身体が、矢へと変わる。
掌に刃の重さを感じ、足場を踏みしめ、ヴァイサーガは音を超え、一筋の閃光となって突撃した。
対処する時間すら与えない一撃が二機に迫る。

「やはり、そう来ると思っていた。だからこそ、やりようもある!」

凰牙は、こちらを向いていない。当然だ、向く時間などないのだから。
だが、統夜は見落としていた。相手の腕のない側面から仕掛けるとなれば――もう片方、腕がある側は死角になるということを。
のたうつ紫の光線が、凰牙の左腕側、死角となったところから伸びる。
イェッツト・ヴァイサーガは身をかがめそれを紙一重で回避しようとする。
しかし、光線はさながら野球のフォークボールのように落ちた。
統夜は反射的に剣でそれを防ごうと手を上に突き出した。
今度は剣の直前で曲がると、そのまま腕を這うように回転し、締め付けてくる――!
それがバイパーウィップという名であることを統夜は知らない。
しかし、これが自分にとって致命的な何かをもたらすことは理解する。
ぐしゃり、とイェッツト・ヴァイサーガの腕が割れた。
フィードバックされる痛みよりも、必倒の剣である光刃閃が潰されたことに統夜は眼を一瞬見開いた。
手からこぼれ落ちるガーディアンソード。さらに、勢いよく飛び出した体は、鞭のため二機の直前で停止。
目の前には、鞭となった片腕を全力で支え踏ん張る凰牙と、杭打ち機のついた右腕を掲げた赤い古鉄。

「抜き打ちだ。……いくぞ」

あの時は、統夜の逃走によりつかなかったヴァイサーガとアルトアイゼンの抜き打ち勝負。
アルトアイゼン・リーゼの左腕がまっすぐと伸びる。
もう一方の手に握られていたイェッツト・ヴァイサーガの斬艦刀が、下から跳ね上がる。
リボルビングバンカーがイェッツト・ヴァイサーガのコクピットの半ばまで食い込む。
イェッツト・ヴァイサーガの斬艦刀が横からコクピットを両断しようと近付く。

そして――




「……ここまでか!? だが、まだ――!」

コンマ数秒の差で統夜は勝利を確信する。だが、同時にアキトもまた敗北を悟ったのだろう。
統夜の予想した「真っ二つに砕け散るアルトアイゼン・リーゼ」という光景が訪れることはなかった。
次の瞬間、目を焼く蒼い輝きが周囲にまき散らされ――凰牙とアルトアイゼン・リーゼは統夜の目の前から消失していたのだから。
空間跳躍かと周囲を見回すが、何も起こらない。本当に、その場から二機とも忽然と消えた。
生体波動も、感じることができない。それは、この世界のどこにもいないことを示している。

「どこに消えたんだ……?」

その統夜の呟きも、どこにも届かず消えていくだけだった。

「まあ、いいさ……絶対に倒さなきゃいけないのは……」

一番大きな力を持つ、ノイ・レジセイア。そして、それに匹敵する命の輝きを持つ何か。
そのためには、足を止めている暇など統夜にはない。統夜は、受けたダメージを確認する。
残念だが、片腕は即座に再生は不可能。簡単なものをつかむことはできるが、刀を振り回すだけの握力は戻っていない。
両手に刀を持つことはできないようだ。ガーディアンソードはまだ肘にはジョイントされているが、使用は難しい。
だが、それ以外はまだ再生の範囲内。
手の中にある斬艦刀を統夜は、イェッツト・ヴァイサーガは握りなおす。

目指すは、この星の中心へ。さらに深い、奈落の底へ。

ただ、地獄の果てに希望を夢見て。






「――断る」

デュミナスに対する、ノイ・レジセイアの答えは非常に短いものだった。たった、四音。文字なら二文字。
ノイ・レジセイアの答えを受けて、デュミナスと名乗ったAI1は次元の裂け目から露出している体を小さく震わせた。

「何故?」

問い返すデュミナスの言葉に答えることなく、ノイ・レジセイアの体は深紅の幽鬼に吸い込まれて消える。
ペルゼイン・リヒカイトの瞳に燃えるような輝きが灯った。仮面と仮面がずれ、骨がきしむような音が鳴る。
そこから生えるのは、一本の大太刀。
さらにきしむ音は止まらず、今度は両肩から浮かんでいた仮面から本体と同じ深紅色をした骨の手と体が現出する。
指揮者の指揮棒のように、振り上げた大太刀をノイ・レジセイアとなったペルゼイン・リヒカイトが振り下ろす。
瞬間、轟音とともに人魂を束ねて燃やしたか如き炎が次元の裂け目に殺到した。

「何、故?」

再び、デュミナスが問う。
次元の裂け目が広がり、濁った桃色の巨大な拳が現れた。
掌の中心に瞳の文様があしらわれたそれを前に差し出し、ノイ・レジセイアの炎をデュミナスは受け止める。

「完全な世界……完全な存在……そうなるための世界……お前は」

大太刀をまっすぐにデュミナスに向けて、一言。

「完全ではない。完全な存在ではない。不完全」

その言葉に、デュミナスが動きを止めた。完全ではない。不完全である。それが、デュミナスにとっての呪い。
あのお方にかけられた呪いを、ノイ・レジセイアに突き付けられ、一瞬思考がフリーズした。
自分が、過ちである。間違いである。それがデュミナスは嫌で嫌でたまらない。

「あなたも……私をデュミナスと……不完全と呼ぶか……なら……」

次元の狭間を引き裂き、デュミナスの全貌が明らかになる。
四つの巨大な掌。下半身はなく、先細る円錐のみが備わっている。そして円錐の先端と、胸に当たる部分には巨大な瞳。
胸にある二つの瞳の上には三つの顔。全身から伸びる黒白の触手が五本。全身の基本カラーは、淀んだ桃色。
かつて、メディウス・ロクスだった時は比べモノにならない醜悪な姿だった。
見るだけで言いようのない不安を増大させ、まるで調和の取れていない肉体はまさに『不完全』。

「私はあなたを取り込むことで完全となろう……そして世界とも交わり究極となろう……」
「もうすぐ生まれる……完全なる世界……何故……その完成を待てない……?」

言葉というお互いの認識を深めるための道具を用いながらも、それは会話ではなかった。
お互いの目的、理由をただ呟くばかりの意味のない単語の羅列にすぎない。
当然だ、なぜなら両者とも人間ではないのだから。
他者という存在を本当に理解する気などどちらにもない。
故に、この衝突は必然。

無から有を、大量の骨の形をしたナニかをノイ・レジセイアは精製し、次々に射出。
しかし、デュミナスはそれを空間に穴をあけることで回避した。
同時にデュミナスは腕の質量を増大させ、両側からノイ・レジセイアを挟みこもうとする。
だが、その手よりも大きな手が全体を包むように顕現。ウアタイル・スクラフトが、デュミナスの腕をいとも簡単に防ぐ。
ないものを、あるものに。小さなものを、強制的に大きなものに。物質が伝導する空間自体を捻じ曲げ、攻撃を変える。
白き魔星を揺るがす二つの超存在の激突は、もはや人間の理解を超えたものだった。





そんな足元を這う、二つの人型。
自分の身長の二倍はあろうかというサイバスターを抱え、よたよたとブレンが地を這う。
元々、目もくらむ閃光で一時的に昏倒していただけのアイビスは、すぐに目を覚まし動くことができた。
しかし、カミーユはそうもいかない。意識こそあるものの、限界を超過してしまったことは間違いない。
機体を立たせるだけで精一杯。闘うなどできそうにもなかった。

「くそっ、くそっ……ここまで来て……ッ!」

カミーユの声は、悔しさで震えていた。アイビスは、無言のままブレンに動くように意思を飛ばす。
アイビスにも、分かる。あの主催者とAI1が、どれだけ桁違いの力を持っているのか。
もし、あのカミーユのコスモノヴァが決まっていれば勝てたのかもしれない。
アイビスは、あの光で気を失ってしまった。
そのため細かい顛末はわからないが、ノイ・レジセイアが無傷である以上いなされたということだろう。
間違いなく、こちらの最大最高の力であるカミーユの一撃すら通用しない。
ブレンのエネルギーが少なく、
サイバスターのほうはと言うとエネルギーだけでとどまらずカミーユの自身の精神まで限界近い今、勝てる見込みはほとんどない。

「ロジャーと一旦合流しよう。それに、あの化け物がお互い傷つけ合って倒れてくれれば……」

それしか勝ち目はない。こちらの持てる力すべてを結集させ、双方、もしくは生き残った片方が弱ったところを叩く。
最終的な勝利のための戦略的撤退と言えば聞こえはいい。しかし、事実上の敗走であることを二人は理解していた。
アイビスは、一度だけ振り向いた。そこには、デュミナスと名を変えたAI1の威容。
ユーゼスが育て、生みだした怪物。それが、今はこうやって自分たちが逃げる盾になっている。
ノイ・レジセイアと直接向かい合って闘える数少ない戦力になっている。
味方とは言い難いが、認めなければいけない事実。
自分たちの敵であり、自分たちを殺し、AI1を成長させようとしたユーゼスの遺したものが自分たちを守り、闘っている。
両者ともこちらなど見ていない。意識を向ける必要もない、殺す価値すらない、そうきっと思っている。

サイバスターがスラスターを吹かせるのに合わせて、ブレンが浮き上がる。
このまま、ひとまず脱出できるとアイビスは考えるが、

「いかせはしない……」

デュミナスの4つある手の一つから、濁った桃色の光球が放たれる。
それはブレンとサイバスターの前に着弾するも、爆発することはなかった。
しかし、

「……な」

光球は見る見るうちに巨大化し、球の表面に人型の影が浮かび上がる。
急いで逃げようにも、登り口は球の後ろ。素通りすれば、この球に背中を見せることになる。
もしも何か起こったときに対処しなければならないという気持ちがアイビスの足を止めてしまった。
球の中から、長大な爪が姿を現した。球をばらばらに引き裂き、中にいる自分を外へと産み落とす。

「あの姿になる前の……メディウス・ロクス……ッ!」

カミーユが絞り出すような声で目の前に現れたそれの名を呼んだ。
確かに、それはアイビスの知るメディウスによく似ていた。ただ、大きさはアイビスの知るそれの半分で、下半身も人型のものだ。
胸の中心にあるべき深紅のコアはなく、そこにはぽっかりと空洞が広がっていた。

「サイバスター……その力は、あのお方が欲した完全へ至る力の一つ。逃がすわけにはいかない。
 『私』に代わり『かつて私』だった『私』があなたを手に入れる」

目の前から聞こえてくるのは、AI1、いやデュミナスの声。

「狙いは俺か……!」
「あなたではない。あなたの乗るサイバスターこそが、私の求めるもの」

デュミナスの分体となったメディウス・ロクスが肘から伸びた角を投擲する。
思考が追いついていないアイビスを突き飛ばし、カミーユのサイバスターがディスカッターで受け止めた。
だが、サイバスターはあっけなく吹き飛ばされる。どうにか空中で姿勢を立て直すのがやっとだ。
ふいに、カミーユがせき込んだ。通信でカミーユを確認すると、その口からは血が滴っている。

「カミーユ!?」
「あいつの狙いは俺なんだ。先に行ってくれ」
「でも……ッ!」
「早く行けよ! やらなきゃいけないことがあるんだろ!」

荒い息をつき、胸を抑え、それでも目だけは不屈の意思を宿して。歯を食いしばってアイビスにカミーユが叫ぶ。
サイバスターのほうが本来戦闘力は上だが、今やカミーユもサイバスターも限界だ。先程のうち打ち合いだけでも見てとれる。
だから、本来アイビスが前に出てどうにかしなければならない。だが、カミーユはアイビスに先に行くように促している。
あのメディウス・ロクスがカミーユ、というよりサイバスターを狙っているのはわかる。
おそらく、アイビスだけが行く分には邪魔はしないと読んだのだろう。

「早く!」

カミーユの声にせかされ、アイビスはバイタルジャンプを使い一瞬でメディウスの背後に移動する。
メディウスはこちらを追撃する様子はない。どうやら、本当に狙いはサイバスターだけのようだった。
ブレンがソードエクステンションを構え、その背中へ照準を合わせ、引き金を引いた。
しかし、それはメディウス・ロクスを中心に発生した球形のバリアによってあっさりと阻まれた。
今の自分では力になることができない。そう認識してアイビスは唇をかんだ。

「すぐに戻るから! それまで……」
「分かってるさ、こんなところで死んでたまるかよ」

サイバスターとメディウス・ロクスの激突を背に、ブレンはどこまでも続く暗い縦穴を登っていく。

その先に希望があることを信じて。






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