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――しかるに。
カミーユの前に現れたのは希望ではなく、圧倒的な力だった。

「……そういうことかよ……」

カミーユの前に立つのは、三機のメディウス・ロクス。デュミナスが他の掌から射出した個体たち。
当然、三機とも無傷の状態だ。一機でもあれだけてこずる相手が、同時に三体。
カミーユは、それでも片手でディスカッターをサイバスターに構えさせる。

「理解しまし」「たか? 現実が見えてない」「のは、あなたのほうです」

全く同一の声による三重音という不気味な声がカミーユに浴びせられる。
じりじりとにじり寄るメディウス・ロクスたち。サイバスターもじわじわと下がる。
天から現れるご都合主義の神様はいない。サイバスターを救ってくれる救世主はない。
それでも、サイバスターはカミーユの闘志に答え、動いてくれている。

「いい加減諦めたらどうです」「か? あなたが勝利する可能」「性はありません」

相変わらずの三重音と、人の気を逆なでするだけの丁寧語が聞こえてくる。

「「「諦めましたか?」」」

確かに、サイバスターを救う神はこの世界にはない。

だが。

「エネルギー反応――!」「速い!?」「隔壁を――!?」

その場にある全てを破壊しようとする魔神は、この世界にもいた。
所詮非生物のメディウス・ロクスにはなく、カミーユにはある感覚。それは、命の危機に対する反射だ。
巨大なプレッシャーを間近に感じるや否やカミーユはサイバードに変形してその場を飛び去った。
突然の反応に対応が一歩遅れたメディウス・ロクスたちは――天井の隔壁を突き破り、天から落ちてきた巨大な剣にその身を引き裂かれた。
空から落下する瓦礫がサイバードも巻き込み、サイバードは地に落ちる。
剣の突撃は止まらない。一撃は、そのまま床の隔壁すら貫通し、星の中心へ全てを落としていく。

「ァ――――!」

声にならない声が響く。それは、メディウス・ロクスと同じ声。
サイバードが瓦礫の中から顔を伸ばし、外を見る。そこには、デュミナスの巨体を、それに匹敵する巨大な剣で縦に貫く蒼い騎士がいた。
ギリギリで中心線を切られるのを避けたのか、肩口からデュミナスが両断される。宙に浮遊していた掌が、けたたましい音を立てて床に落下する。

「あれは……」

紫雲統夜とかいう奴が乗っていたはずの機体、のはずだった。
今のそれから立ち上るのは、まったく別の、ノイ・レジセイアによく似たざらついた何か。
だが、ノイ・レジセイアほど平坦で、単一ではない。目を焼かれるのではないかと錯覚を覚えるほど、激情が燃えている。
人間ではない。けれど、ひどく人間らしい。矛盾した蒼い騎士が、そこにいた。
サイバードを瓦礫から出そうともがく。サイバスターにもはや力はなく、僅かに体にかぶさった瓦礫を揺らすだけだった。
揺れが、余計にカミーユの意識を混濁させる。それでも、カミーユは叫ぼうとする。しかし、もはや、それすらできなかった。
口を開けば、口から内臓が、いや魂まで出てしまうのではないかと思うほどの苦しみ。
カミーユには、ただ歯を食いしばり、空に浮かぶ二機を見つめるしかなかった。






突き刺した斬艦刀を通して、力からが流れ込んでくる。ドクン、とこの力を得た時の感覚が再び蘇る。
行動はシンプルに、躊躇わず一直線に駆け抜けるという宣告通り、統夜は最短ルートを駆け抜けついにノイ・レジセイアの前に到達した。
斬艦刀の液体金属と、ナノマシンの融合によって吸い上げられる力が、イェッツト・ヴァイサーガと統夜に充填される。
倒れ伏すよくわからない化け物の大量の力の大部分が、もはや統夜のものへと変更された。

「ァ、ゥ、ゥ、ゥ、ゥ……」

切れ切れに言葉になっていないうめきを漏らす化け物から、縮めた斬艦刀を抜く。
そして、統夜は目の前に浮かぶ赤い髑髏の騎士を見上げた。統夜自身がアインストの亜種とも呼べる存在になり果てたから分かる。
間違いなくあの頭上に浮かぶものが、ノイ・レジセイアであることを。

「その力……その肉体……我らとは似て非なるもの……何故、お前が……」
「知らないさ。やらなきゃいけないことがあったから、こうなっただけだ」

ノイ・レジセイアは僅かに沈黙したが、すぐに再び口を開く。
それは、統夜の想像しているものとはまったく違うものだった。

「……素晴らしい」
「……なんだって?」
「我らを基礎として……人間の在り方を、力を納めることで完全となる……その正逆。
 人間としてもがく存在に、我らを宿す……さらに数多の力を納め……完全となる……」
 ここまで辿り着いたその生命力……意志力……素体の選択も間違っていない……」

ノイ・レジセイアからこぼれたのは、統夜に対する称賛だった。
この場でたどり着いた時点で戦いの鐘が即座になると思っていた統夜からすれば、逆に不意を突かれたことになる。

「ァァァァァ!! ワタし、は、まだ完全デはないィィィ……!!!」

足元に転がっていた化け物が起き上がり、暴れ始めた。腰を落とすことでバランスを取りなおすと、素早く跳躍し空へ。
化け物は、半分だけになった体を砲弾のように加速させると、空にあいた穴から何処かに飛んでいく。
統夜はとどめを刺すべく斬艦刀を振り上げるが、突然濁った桃色の掌4つが、統夜の視線を遮るように飛来した。
咄嗟に斬艦刀を通常の刀の倍程度の長さに変え、すぐ側に迫る掌をまとめて迎撃する。
さらに進化したイェッツト・ヴァイサーガの一撃は、それらをまとめて叩き切った。

「くっ!」

獲物を追うため反射的に統夜は自分があけた穴を振り仰ぐが、そこからは小さな破片が落ちるばかりでもう化け物の姿はない。
逃げられたことに小さく舌打ちをしつつ、統夜は追うことを諦める。
なぜなら、統夜の前にはあの化け物よりも狩らなければならない敵がいるのだから。

「完全から程遠い……あのような存在に価値はない」

はるか高みから、這いずる存在を断ずるノイ・レジセイアの声。
統夜は、斬艦刀を鞘におさめ、居合い抜きの姿勢を取る。しかし、ノイ・レジセイアはその手に掴んだ大太刀を構えようともしない。
それどころか、手を差し伸べるがごとく統夜に伸ばす。

「……なんのつもりだよ」
「静寂を乱す必要はない……もうすぐ古き宇宙は終わる……新たな宇宙に生きる資格を持つ者……」
「……新たな宇宙に生きる資格を持つ者? 俺のことなのか?」
「そうだ……新たなる完全に近しい生命……その雛型にふさわしい……全てが満たされた世界に行く資格を持つ、たった一人の……」
「そうかよ」

統夜が、イェッツト・ヴァイサーガが鞘から剣を抜き放つ。超射程・超高速を両立する斬撃。
しかし、ノイ・レジセイアは大太刀であっさりとそれを受け止めた。顔を統夜はゆがませる。
これで倒せるほど楽な相手はとは思っていなかったが、簡単に受け止められるとは。
やはり、ここに来るまでに来た人をガウルン呼ばわりした奴の機体とは比べものにならない。

「……何のつもりだ? 全てに満たされた世界……何故それを否定する……? 
 お前は望む物すべてを得ることができる……全てを叶えることができる……それを……何故……?」

髑髏の騎士に張り付いた顔が歪にねじ曲がる。
まったく統夜のことを理解できないと言わんばかりの声に、統夜は薄い笑いすら浮かべた。
ノイ・レジセイアはまるで自分のことを分かっていない。だから、平気でそんなことを言える。

「世界なんていらないね……そんなものがあったって――― 一人きりの世界のじゃないか!」

統夜は、どんな物も求めない。どんな世界だろうと必要ない。統夜が望むのは、たった一人の命。
望む者の名は――テニア。たった一人で新しい世界に行くなど、統夜からすれば戯言。
テニアを、この手で生き返らせて見せる。

手を血に沈めた自分が完全に近い生命? 新たな宇宙に生きる資格を持つ者?

ちゃんちゃら可笑しい話だ。

距離を詰めるイェッツト・ヴァイサーガ。
イェッツト・ヴァイサーガの剣と、ノイ・レジセイアの大太刀が再びぶつかり合った。

「理解できない……やはり……思考、思想は人間か……」
「ああそうだよ! みっともなくて、人間らしい考えで悪かったな!」

その手に握る武器を交差させ、鍔迫り合いの形で顔を突き合わせ統夜は叫ぶ。
イェッツト・ヴァイサーガは、足を止めず動き回る。加速したスラスターの火を背負い、マントを翻し何度なくノイ・レジセイアに切りかかる。
大きさは、ほぼ互角。しかし、動きの速さではイェッツト・ヴァイサーガに軍配が上がっていた。
化け物から取り込んだ力で腕の内部構造を復元させる。そして、両の手でしっかりと斬艦刀を掴んだ。
大上段からの討ち降ろし。真横に構えた大太刀でノイ・レジセイアが防ぐが、さらに一気に刃を引くと、ナイフの形にまで縮小する。
文字通り討って変わって、まっすぐと腰だめに構えたナイフによる突撃。今度は手首をつかみノイ・レジセイアは食い止めた。
逆に振り下ろされる大太刀だったが、イェッツト・ヴァイサーガはその状態から強引に手首を掴む相手の腕を蹴りあげた。
その衝撃で相手の手は離れ、自由になる。後退はしない。大太刀をかいくぐり、イェッツト・ヴァイサーガはさらに攻撃を仕掛ける。
剣を振るには、あまりにも不向きな距離。故に、統夜は別の攻撃手段を使用する。
蹴りあげた手首を足場に、高みに駆け登るようにイェッツト・ヴァイサーガが飛ぶ。
ちょうど、イェッツト・ヴァイサーガの腰の位置にノイ・レジセイアの頭がある。統夜は、その状態から一気に上体をひねる。
足の先から烈火刃が生え、スパイクを形成する。今イェッツト・ヴァイサーガが放つのは、

「――神槍裂脚ッ!!」

超人的、いや超機的瞬発力から放たれる回し蹴りが、真空刃を纏いながらノイ・レジセイアの頭部に炸裂した。
ノイ・レジセイアの頭部が砕け散り、形成していた骨に似た物質が空間にばらまかれる。
だが、ノイ・レジセイアはこの程度で死ぬような生易しいものではない。統夜は、目の前の光景に対応すべく、素早く腕を交差させた。
次の瞬間、ノイ・レジセイアの肩付近に浮かぶ二つの髑髏から、金色の極太の光が放たれた。

「が、ああああああ!?」

腕がぶすぶすと焼かれる感覚に統夜は絶叫する。今のイェッツト・ヴァイサーガは人機一刃。
痛みが100%還元するわけではないが、かなりの痛みが統夜を襲う。
それでも、決して剣は手放さない。逆に袈裟切りしようと加速するノイ・レジセイアを、焼けた腕を必死に動かし剣で受ける。

「再生しろ! こんなところで止まれないんだろ! こんなところで諦めるくらいならあそこで朽ちてるだろう!?」

脂汗を流しながらもイェッツト・ヴァイサーガに――自分に統夜は言い聞かせた。
蛇の脱皮に似た現象がイェッツト・ヴァイサーガに起こる。その下から現れたのは、新品同様の腕だった。
片手で握った斬艦刀で押し返しつつも、再生した腕にガーディアンソードに再び掴む。
下から、一気に切り上げる。だが、肩付近にあったはずの髑髏が独りでに動き出し、ガーディアンソードを咥え込む。
ヴァイサーガの手は、斬艦刀とガーディアンソードでうまっている。
それに対し、ノイ・レジセイアには、両の手と片方の髑髏を使用しても、まだ一つ髑髏が残っている――!
ノイ・レジセイアを射線に巻き込まないためか、静かにイェッツト・ヴァイサーガの側面に回り込んだ髑髏が、金色の力を口の中で渦巻かせる。
だが、イェッツト・ヴァイサーガにも牽制程度なら使える力がある。
ざわりと、イェッツト・ヴァイサーガの装甲表面が波立つと、装甲から刃が伸びる。
アキトのコクピット撃ち抜きを防いだ、装甲から精製する烈火刃。ガーディアンソードを手放しあいた手で相手へ投擲。
寸分たがわず髑髏の口の中に吸い込まれた烈火刃が、金色の光と反応し大爆発を起こした。

「その力……『人間』には過ぎた力……」
「化け物だったら持っていいのかよ!?」

目を焼く閃光の中、統夜はマントでどうにか光を遮断する。
どこからか攻撃が来る――しかし目は使いものになりそうにない。ならば、やるべきことは決まっている。
目が見えないのなら、相手の生体波動を追えばいい。統夜は、自分の感覚を信じて光の中拳を繰り出した。

「――そこだッ!」

自分の背後へ放たれる剛の拳。

「おひい」

はっきりしない、もごもごとしたノイ・レジセイアの声。
少女の声色のためか、声だけ聞けば舌っ足らずでとても愛らしいかもしれない。
だが光が収まり、見えるようになった目で何が起こっているかを知り、凍りつく。
再生されているノイ・レジセイアの顔へ、正確にイェッツト・ヴァイサーガの拳は当たっている。
拳はノイ・レジセイアの口の中にねじ込まれている。そう、鋭く長い歯が不均等に無数に並ぶ口の中に。
氷を砕くような音が、中空に響く。
叫びだしたいほどの痛みを、歯を食いしばって抑え、統夜はその拘束から逃れようとする。
これは、まずい。動きが止まれば、次に来るのは当然、髑髏からの砲撃。
それを悟った統夜は、イェッツト・ヴァイサーガの反対の手に持った斬艦刀を巨大化させる。手の力だけで、強引に振り切る。
半円の軌跡は、髑髏とノイ・レジセイアをとらえるコースだったが、ノイ・レジセイアも素早く手から口を離すと斬艦刀を回避した。
ノイ・レジセイアの側には既に二つの髑髏が浮かんでいる。
また再生させたのかとうんざりするが、自分もあまり人のことは言えないかもしれない。
ノイ・レジセイアは後ろに下がってさらに距離を取ると、髑髏の数を一気に十ほど増やした。
合計、十二。先程の六倍の砲撃が、星の中心を揺らす。
イェッツト・ヴァイサーガが第一波を回避するが、すぐさま第二波第三波が轟音とともに髑髏の口から放たれる。
分身を使い正確に回避しながら、接近する手段を、きっかけを統夜は探す。
ノイ・レジセイアはおそらくこちらは遠距離攻撃の手段が乏しいことを気付いたのだろう。
距離を取った上での砲撃を主軸に切り替えて倒すつもりなのか。
砲撃兵器を精製しよう――そういう発想が統夜に浮かぶ。だが、すぐさまその発想は打ち消された。
最初からあるものを、使ってきたものを元通りに戻すのは、あったときの感覚をイメージすればいいが、
後付けで何かを作るとなれば手間もかかるし、きちんと作れる自信がない。
無理に精製したところで、たいしたものにならず、しかも使いこなせないのが落ちだ。
では、統夜が正確にイメージできて、使いこなせる武器は何か。単純明快、剣だ。

「でも剣じゃ……っと!?」

意識が思考に傾いたせいで分身が減っていた。本体に直撃する寸前で砲撃を回避する。
銃は剣よりも強し。確かに名言だと統夜も思う。やってられないくらいに分かりやすい。だが、はいそうですかとは言っていられないのだ。
どうにか、イメージできる範疇で斬艦刀を操作し、砲撃に対処しなければ勝ち目はない。
一気にダメージ覚悟で突っ込むことも考えたが、それは相手が自分より接近戦で劣っている前提があって成り立つ。
このままなら、おそらくダメージを受けたまま再生する暇なく無傷の相手とぶつかり合うだけだ。
ついに、直撃コースに砲撃が入る。しかし、一発だけ。それを受け止めるため統夜は斬艦刀を盾代わりに出した。
斬艦刀に当たった砲撃は、それて別の場所へと飛んでいく。


その時、統夜に電流走るっ……!

逆に考えるんだ。剣で砲撃すればいいと考えるんだ。
そう考えた統夜は、斬艦刀を巨大な姿に変え、一気に後ろに引いて構えた。
一瞬対応を変えた姿を見て、ノイ・レジセイアは砲撃を停止するが、すぐさま再び砲撃を開始する。
紫雲統夜は動かない。
砲撃はまっすぐにイェッツト・ヴァイサーガに殺到する。十本以上の光の柱が統夜に迫る。

「………ここだぁぁぁぁぁ!!」

ギリギリまで引きつけ、イェッツト・ヴァイサーガは動き出す。
目には目を。歯に歯を。ダイヤモンドにはダイヤモンドを。

ならば、砲撃には、砲撃を。

統夜は、一気に斬艦刀を、刃を縦にしたまま振る。統夜がイメージするのは、鏡のイメージ。
それを伝達されて磨き抜かれた鏡のように光り輝く斬艦刀へ、砲撃がほぼ垂直にぶつかる。

野球のホームランさながらに、ノイ・レジセイアの砲撃はまとめて斬艦刀・ミラーコートに撃ち返され、逆にノイ・レジセイアに戻っていく。
ノイ・レジセイアは一瞬身動ぎしたが、すぐに対応に動き出した。
宙に浮かぶ髑髏の影から、髑髏の体が這いずるように現れ、それが本体を守るようにスクラムを組んだ。
骨の盾により、ノイ・レジセイアにイェッツト・ヴァイサーガの砲撃が届くことはない。

だが、そんなことは関係ない。

砲撃をはじいたのは、ノイ・レジセイアを攻撃するためではなく、ノイ・レジセイアを攻撃するチャンスを作るため。
巨大化した斬艦刀を再度振りかぶり、統夜はすでに飛び出している。
虚空を踏みしめ、そこを軸に統夜の斬艦刀が――振り切られない。
統夜の軸足が、一瞬で消滅した。僅かに空間に残るアインストの力の残滓から、空間ごと食われたことが統夜にも分かる。
それでも、どうにか斬艦刀を振る。無様な姿勢からでも、その大質量により生み出される一撃は、骨の盾ごとノイ・レジセイアの片足を断ち切っていた。
飛び出した勢いのまま、イェッツト・ヴァイサーガはノイ・レジセイアに突っ込んでいく。
斬艦刀に振り回された結果ついた横の回転を、そのまま統夜はノイ・レジセイアにぶつける。
ノイ・レジセイアも、足を切られバランスを欠いた状態をすぐさま立て直す。

「いっけえええええええ!!」

両者が、無くなった足を出す。
しかし、それは同時に再生し、突如生み出された質量同士がぶつかり合い、空間をたわませた。
空間が元に戻る反動で、ちょうど二機分ほどの距離が両者にあく。

――いける。

統夜は確信する。
そう簡単に勝てるとは思えない。しかし、さりとて負ける気がしない。
事実、これまでの攻防でも、ほぼ互角。今の自分なら、誰にも負けない。どんなことでもできる。

「その力……あまりにも惜しい」
「そんなことより、自分の身を心配したほうがいいんじゃないか?」

斬艦刀を突き付けて、統夜はノイ・レジセイアに言い放つ。
しかし、

「確かに純粋な力は今の我に近い……しかし……世界を拒絶するのならば……待つのは消失のみ……」
「あんたに俺が消せるのか? やってみろよ」
「審判を下すのは我ではない。新しい完全なる世界……
 それが全てを飲み込む……辿り着けるのは……意思と資格を持つ者のみ……」

髑髏の騎士の片腕が差し出され、掌が開かれる。すると、白い光がその場に放たれた。
白い光をくりぬき、どこかが映し出される。そこにあるのは、大小二つの球体。
その手順は、カミーユに対してやったものとまったく同じ。だが、映し出される光景は僅かに違っていた。

「……な、」

統夜も、アインストに近しい存在、その亜種であるから現れた光景の意味が理解できた。
白く小さな個体の球体にすぐそばには、小さいほうの数千倍ではきかないほど巨大な輝く球体が浮かんでいる。
小さいほうの球体は、 まるで砂粒のように見えるが、実際は違う。
小さいほうこそが、今統夜たちがいるネビーイームであり――輝き続ける球体こそが、新たな世界。
ネビーイームの40kmという大きさが、それほど矮小に見える。
いや、見えるのではなく事実矮小なのだ。単純な大きさだけではない。その存在が持つ力が。在る意味が。

ノイ・レジセイアはさらに言葉を続ける。




「……今、古き世界にいる……全てのものに……告げる……新たなる世界は古き世界のもの全てを飲み込み、塗り替える……」
 その時は近い……もはや、止める術はなし………我を倒したところで……宇宙の新生は止まることはない……」




その光景は、その言葉は、生き残った全ての人間へ送られていた。
宇宙の新生をすぐ近くで目の当たりにし、絶望する男にも。
仲間を失い、希望を砕かれ涙を流す少女にも。
混濁した意識の中、それでも歯を食いしばり声は出せずとも足掻く青年にも。
半ば壊れてもなお、主のために這いつくばる不完全な物質にも。
ノイ・レジセイアを前に、互角の力を見せた人在らざる何かにも。


――平等に、絶望は与えられた。






火にかけられた鍋がコトコトと揺れる音だけが、部屋に小さく響いている。
広くはあるが質素な木製の家屋は、長い年月そこにあったことを思わせるものの、不思議と汚らしさは感じない。
そこに住む人間同様、ここにあって当然、はるか昔からここにあり続けているという風格を持ってる。
ロジャーは椅子に腰かけ、肘をテーブルについたまま頭を抱えていた。
電話が通じない。今まで何度も何度もかけてきた我が家へ、電話が。もはや、手が覚えてしまっているほど押してきた番号をプッシュした。
しかし、繋がるのは使用されていない場合に流れる機械的なメッセージ。
間違っているのはないかとゆっくり、一つずつ確認しながら押しても、結果は同じ。

「本当に、ここはパラダイムシティなのか……?」

そう言いながら視線を上げれば、そこにいるのはパラダイムシティを作った初期メンバーの一人、
ゴードン・ローズウォーターがシチューの鍋をお玉でゆっくりかき混ぜている姿がある。
小皿に少しだけ赤いシチューを掬うと、一口含んで静かに頷いていた。

「失礼。確認させてもらいたいが、あなたは……その、ゴードン・ローズウォーターなのだろうか?」

ロジャーは、おそるおそる自分がゴードン・ローズウォーターだと思っている人物に問いかける。
既に、ロジャーは自分の記憶(メモリー)がホンモノであるか確証が持てなくなりつつあった。
ゴードン・ローズウォーターと思われる人物は、老人独特のゆっくりとした動きでロジャーへ向きなおす。
相変わらず何を考えているか分からない瞳が、じっとロジャーを見つめている。

「そうだとも。私は君がそう呼ぶ限り、ゴードン・ローズウォーターだとも」

言い方にどこか引っかかりを覚えながらも、自分はゴードン・ローズウォーターであるとの返事にロジャーは安堵する。
ロジャーは、自分の記憶(メモリー)の中からゴードン・ローズウォーターに関しての情報をさらに考え、
ふと思いついたことを問いかけてみた。

「……ゴードン・ローズウォーター。あなたは40年前の記憶(メモリー)を保持した数少ない人間と聞いた。
 40年前、人は宇宙を飛んでいたのだろうか? あの空の向こうには、白い星が浮かんでいたのか……」

そう、もしもこの老人が、ロジャーの記憶(メモリー)通り、40年以上前を知っているのならば。
ロジャーの知るあの世界が何なのかも知っているのはないか。
迷いながら、言葉を探しながらロジャーはゴードン・ローズウォーターに問おうとした。

「きみ」

しかし、ゴードン・ローズウォーターはそれを途中で遮り、ゆっくりと、おとぎ話でも語るように話し始めた。

「この街の誰も40年以上前の記憶もってはいない。全ては虚構。偽りでしかない。
 かつて君が見つけたあの本も、私が書いたのではなく、夢が私に書くように命じた物語。
 世界を破壊する強大なロボット。圧倒的な破壊。全ては偽りだ」
「しかし、事実人々は記憶(メモリー)を断片的ではあるが持っている……!」

叫ぶようにロジャーはゴードン・ローズウォーターの言葉に異論をはさんだ。
ロジャーがメガデウスを操れるのも、ノーマンがそれを整備できるのも、記憶(メモリー)のおかげに他ならない。
そのすべてが嘘偽り、ないとするならば記憶(メモリー)もあり得ない。
あり得ない出来事の記憶を保有することは誰にもできないのだ。
しかし、ゴードン・ローズウォーターは意に介した様子もなく淡々と言葉を続ける。
その様子は、さながら全てを知る賢者にも似ていた。

「なかった。初めから。全て」

ロジャーの脳裏に、ふと一冊の赤いハードカバーの本が浮かぶ。
そう、自分はかつて、40年前の出来事が記されたといわれる、ゴードン・ローズウォーターの書いた本を片手に彼のもとを訪れている。
今まで思い出せなかったはずのその記憶(メモリー)が、はっきりと経験として思い出せる。

「……記憶(メモリー)とは、人の中にあるもの。それ以外はまやかしでしかない」
「しかし……この街の住人は誰もがそれを失っている。だとするならば……!」
「この世界が壮大なるステージだとしたら、我々人間は役割を演ずる役者にすぎない。記憶(メモリー)など必要ない」

全ての記憶(メモリー)は作られたものに他ならず、誰かが配置したものでしかない。
そんなことは、ロジャーにとっても受け入れがたいことだった。なんであろうと自分が自分であることに変わりはないのだ。
どのように生を受けたとしても、一人の人間としての生き方は別なのだ。誰かの決めた脚本を演じたことなどない。
ロジャー・スミスが、ロジャー・スミスとしての意思で選択し続けたからこそロジャー・スミスはここにいる。
それは、揺るがしようのない事実だとロジャーは信じている。

だが、こうロジャー・スミスが考えること自体、誰かが定めたことだというのか?

壮大な虚飾の舞台の上で、踊るだけの書き割りにある登場人物にすぎないのか。
全ては記憶(メモリー)ではなく、設定され誘導するために作られた記録(データ)にすぎないのか。

ゴードン・ローズウォーターは赤いトマトのシチューを皿に注ぐと、木のスプーンとともにロジャーの前に差し出した。

「だが、その役割を変えられるものがいてもいい筈だ。だから私は君に、交渉を依頼したのだよ」

俯くロジャーに、ゴードン・ローズウォーターが言った。
その言葉に、思わずロジャーは振り仰ぐようなかたちでテーブルの側に立つゴードン・ローズウォーターを見る。

「交渉の依頼? 私に? ……失礼だが、私はあなたに依頼を受けた覚えはない。いったい、誰に対しての交渉依頼――」

ロジャーは、自分はネゴシエイターだと思っている。
そして、ネゴシエイターにとって最も重要なものの一つに、信頼があるとも。
依頼者と、ネゴシエイター。ネゴシエイターと、交渉相手。それらの間に信頼関係がなければ仕事は成り立たない。
故に、まだこなしていない仕事の依頼人を忘れることなど決してしない。
それが、ロジャー・スミスの考える、ロジャー・スミスという男に関しての記憶(メモリー)だ。
故に、ロジャーはそれを違え、暴力的な手段を取る相手には――


「ビッグ、オー……」

そうだ。ビッグオー。
その言葉をひらめいた瞬間、ロジャーの体に足りなかった何かが戻ってくる。
今の自分には、彼が足りない。それが、自分自身の欠落した感覚の原因だった。
ビッグオーは今どこにいるのか。

――ロジャーはついに思いだした。

ロジャーの様子を見て、ゴードン・ローズウォーターは大きく、ゆっくりと頷いた。

「私は確かに依頼した。この世界を演出する存在と交渉してもらいたい、と。そして、君はやり遂げた」

ロジャーは、襟を静かに正す。
ロジャーに記憶(メモリー)はない。本当に自分自身が誰なのか分からない。

だが。

記憶(メモリー)がなくとも。
過去を確認できなくとも。
自分という存在を。

―――ロジャー・スミスは確信している。誰でもない、自分自身が。
ロジャーは名乗ることができる。自分が今、何者なのか、誰であるのかを知っている。
ロジャーは背筋を伸ばす。誰にも己の存在を恥じず、迷わず、答えられる。

ゴードン・ローズウォーターの手には、一冊の赤い本が握られていた。
他でもない先程ロジャーが思い出した、ゴードン・ローズウォーターの書いた御伽噺(おとぎばなし)。

「もう、これは君に必要ない」

黒い手袋をしたロジャーの右手に、ゴードン・ローズウォーターはその本を握らせる。
赤かったはずの本は白い表紙の本になっていた。題名(タイトル)も、著者も刻まれていない。
中もまた、全てのページに何も書かれていない。白い、なにもない一冊の本。

「――ありがとう。君の役割は、君が決めたものしかない。君が望むのであれば、君はあり続けられる。
 この街の誰もが、過去をなくしてもそうやって生きることができるのだよ。
 私は、君の名前を呼ばない。もう一度、君の名前を教えてくれ」

ゴードン・ローズウォーターからの問い掛けに、ロジャーは、一音ずつ確認しながら正確に答えを返す。



「私の名はロジャー・スミス。この記憶喪失の町には、必要な仕事をしている」




ゴードン・ローズウォーターは満足げに一度うなずくと、左手でシチューを指した。

「それは君が持ち込んだ、ここにはあり得ない花の種だ。元の場所に返してきてほしい」

目の前にあったのは、もうトマトのシチューではなかった。
青く輝く、カッティングされた宝石がなみなみと盛られている。
ロジャーは、それを知っている。それは、凰牙の収納スペースに積まれていた、種に似た謎の宝石に間違いない。
ゴードン・ローズウォーターが持っていた赤い本と赤いトマトは、ロジャーの手の中で白い本と青い種に変わっていた。

左腕の袖を捲り、白と黒のモノトーンから成る腕時計を口元へ。
しかし、やろうとしているのは、家への通信ではない。自分が何故こんなことをするのか、過去のないロジャーには分からない。
だが、こうすることが正しいと、ロジャーは知っている。
自分の運命を自分で選ぶと決めた自分が、自分として生きていくために、ロジャー・スミスは選択する。
白い本は、黒い本へさらに変わる。
表紙に刻まれた題名(タイトル)は「negotiator」、著者は――ロジャー・スミス。

魂を震わせて力の限り呼んだ。ロジャーは自分の相棒の名を。それは―――



「ビィィッグオーーーゥ! ショォォーーウタァァァァーーーイム!!」






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