統夜の震えが、イェッツト・ヴァイサーガに伝導する。
ひたすら、目的へ向けて一直線に邁進していた統夜ですら、無意識に後退してしまうほどの存在感。
正面に立っているだけで、強風で吹き飛ばされる錯覚すら覚える。

これが、この殺し合いを開いた元凶の全力。
平行世界を歪め、世界の新生を企んだ、因果律という神の遣わした歪んだ大天使。
シュテルン・ノイ・レジセイアが存在するだけで放たれる生命波動は、明確な意思と力を感じるほどだった。

『我の力を宿した人間よ……もう一度問おう。我とともに歩むつもりはないか?』
「誰が……ッ!」

誰がそんな誘いの乗るものか、と言おうとするが、かみ合わぬ奥歯が、乾ききった口内が、それを許さない。
これが、おそらく最後通牒。これを断れば、まさに次元が違う存在と剣を交えることになる。
いや、そもそも剣を交えると、戦闘と呼べるだけのものになるのか。ただ、一方的な蹂躙だけで終わるのではないか。

「お、俺は……」
『答えは……?』
「俺は、俺は……おおおおおおおあああああああああッ!!」

高層ビルから飛び降りるのはおそらくこんな気持ちなのだろう。
統夜は、冷静に考えることをやめた。考えれば、考えるほど動けなくなる。
なら、一歩を踏み出すだけだ。目をつぶり、最愛の人、テニアを強く意識する。
そして、そのまま斬艦刀を振り上げ、ノイ・レジセイアに切りかかっていく。
限界まで引き絞られ、震えていた弦がはじけ弓が飛ぶように、イェッツト・ヴァイサーガが空間を駆ける。
これまで以上の加速を持って、ノイ・レジセイアを切り伏せんと。
あれだけの巨体で、しかも地面から生えていることから、到底回避などできようはずがない。
200m強まで巨大化した斬艦刀も、1000mを超えるノイ・レジセイアに比べればひどく矮小だ。

ノイ・レジセイアが、爪が並んだ手をこちらにかざす。すると、そこに光が集まり、巨大な光球が形成される。
背中が泡立つ感覚に従い、イェッツト・ヴァイサーガが進路を変えて後ろに下がる。
鋭角的な軌跡で動くことのできるイェッツト・ヴァイサーガだからできる技だ。

イェッツト・ヴァイサーガだから、助かった。

次の瞬間、本来イェッツト・ヴァイサーガが飛び込むはずだった空間が、食われた。
先程の戦闘では、足先程の空間をえぐるだけだったが、今度は違う。
前方数百mほどの範囲が食われ、消失した空間が黒く塗り潰された。

「――引っ張られる!?」

突然抹消させられた空間は、何も存在しない状態になる。すなわち、真空。
消失した空間に大気が流れ込むことで、イェッツト・ヴァイサーガの身体が前方に引き寄せられる。
それでも姿勢を立て直そうと嵐の中でイェッツト・ヴァイサーガがもがく。
斬艦刀が大きいままでは、風にあおられるだけだ。いったん、素の日本刀サイズまで戻さなくてはならない。
だが、そんなことをしている隙をノイ・レジセイアがくれるはずがなかった。
ノイ・レジセイア本体が存在する周囲の肉壁が盛り上がり、金属を引き延ばした棒のようなものが現れる。
一本二本ではない。十本二十本でもない。数百ですら足りない。その数――数千以上。
びっしりと針鼠の刺のごとく、乱立するそれが―― 一斉に光を放つ。

斬艦刀をそのまま盾にする。しかし、跳ね返せた時とは数が違う。圧力が違う。
なすすべなく、イェッツト・ヴァイサーガは吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。
一度目のバウンドで、素早く受け身を取ったことですぐさまイェッツト・ヴァイサーガが立ち上がる。
だが、統夜の視界に映るのは、ノイ・レジセイア本体ではなく、地面から沸き立つ異形の軍勢だった。

一種は、白。骨だけを固めて作った獰猛な獣。アインスト・クノッヘン。
一種は、緑。植物をより合わせ束ねた砲撃手。アインスト・グリード。
一種は、紫。からっぽの鎧を繋いで作る闘士。アインスト・ゲミュート。

失われた力を取り戻したノイ・レジセイアに、眷属を精製することなどたやすいこと。
無言のまま進む大軍勢。イェッツト・ヴァイサーガの振るう斬艦刀が、まとめて二十体以上を吹き飛ばす。
上半身か下半身を失い砕け散った軍勢は、地面に溶けてノイ・レジセイアに還元されていく。
そして、その後ろからはまたも無数の下位アインスト。

「きりがない……!」

いくらイェッツト・ヴァイサーガが一騎当千の実力とはいえ、万の軍勢を抑える力はない。
仲間の死骸を踏み越え、ひたすらに前進し殺到する下位アインスト達。
どうにか状況の変わるきっかけを探す統夜だったが、それは意外なところから訪れた。
きっかけをくれたのは、他でもないノイ・レジセイア自身。

ノイ・レジセイアの砲撃が、統夜に降り注いだのだ。
もちろん、下位アインストの僅かな隙を縫っての砲撃などではない。
下位アインストごとまとめて吹き飛ばす、一切の慈悲なき破壊の光がイェッツト・ヴァイサーガを焼く。
全身の神経に、マグマでも流し込まれたような痛みに、イェッツト・ヴァイサーガが地面を転がる。
さらに降り注ぐ砲撃を、自分の上に斬艦刀を重ねることでどうにか回避する。
砲撃の圧力で肉の地面に機体が埋まっていくなか、砲撃の途切れる瞬間を探すが、そんなものは見つからない。
当然だ。数千もあるなら、適当に撃ちまくるだけでも、常に砲撃が行われる。

だが、その砲撃がぴたりと突然やんだ。
なにが起こったのかを知るより早く統夜はイェッツト・ヴァイサーガの身を起こす。
ノイ・レジセイアの本体の前に、何かいる。
統夜が目を細めると、イェッツト・ヴァイサーガもフィードバックでカメラの倍率を上げた。
ずいぶん、小さい。イェッツト・ヴァイサーガの五分の一以下だ。

「あれは……あいつの!?」

確かに、自分をガウルンの同類呼ばわりした女の機体だった。
右手が欠けた小型機。僅かな生命波動を感じることから、生体マシンか。
瞬間移動を使うことで砲撃の死角に入り、何処かに向かっている。
向かっている先を視線で追うと、そこにいたのはあの以前の面影のないボロボロのマシン。
合流するつもりというのは、すぐさま理解した。理解したからこそ――統夜は、ノイ・レジセイアの本体に突っ込んだ。
ノイ・レジセイアはすぐさまこちらに反応し、砲撃を一部こちらに回した。
だが、一部なら、そしてすでに準備完了した今なら問題ない。
思い切り振りかぶったのち、フルスイングされた斬艦刀が光を跳ね返し、逆に砲台を破壊していく。

「そっちは……!」
「俺のことはいいから、早く行け!」

統夜に気付き、驚いた声を上げる小型機に声を飛ばす。
こっちのことにかまっている暇があったら、速く合流してほしい。
統夜もまた、あのロジャーとアキトのやりとりを見ている。ロジャーが、何かをあの二人に託したことを。
それが、何か分からない。けれど、それらが何かの切り札になることを願う。

一人では、勝てない。
弾よけでも、連撃のための間繋ぎでも、なんでもいい。
力を合わせなければならない。皆殺しにするのは分かってる。
だが、一人では戦えない。だから、統夜は敢えてアイビスを助けたのだ。

『愚かな……我を殺し、人を残すか……因果の使徒たる力を持つ者が……』
「悪いけど、あんたは俺一人じゃ倒せそうにない。俺は、誰とだって必要なら手を組むさ」

仮にそれが、ユーゼスやガウルン、地獄の悪魔でも知らない誰かでもいい。
そうやって、統夜は生き残ってきたのだから。

悪魔の腸の中に突入したブレンが飛ぶ。
まっすぐ、目指すべき場所であるカミーユのところへ。
背後をちらりとアイビスは振り返る。蒼い騎士が、一人あの姿を変えたノイ・レジセイアへ立ち向かっている。
相手になっているとも言い難い。必死に、倒れないようにするのが限界だった。
しかし、おかげでアイビスに砲撃が来ることはない。
本当にアイビスの言葉が伝わって協力してくれるようになったのか、それとも別の理由があるのかは分からない。
だが、ああやってあの騎士が食いとめてくれるおかげで、アイビスはカミーユのもとへ急行できる。

「斬艦・光刃閃! でやああああああああ!!」

200m近い巨大な刃が、目にもとまらぬ速度で振り回される。
そのたびに、わらわらと地面から現れる奇怪な生き物を吹き飛ばしている。
心の中で、アイビスは頭を下げた。今言ったところで、蒼い騎士の集中を乱すだけだ。
だから、アイビスはその代わりに蒼い騎士の期待にこたえるためにカミーユへ急いだ。

「カミーユ!」
「う……あ……」

さっきよりも酷いサイバスターの姿。
その傷は、アイビスがここに来るまで、カミーユが必死戦っていたことをありありと物語っていた。
カミーユの衰弱もさらに進行しているのは、医者でもない素人のアイビスの目にも見て取れる。
戦えるコンディションとは、とても言えそうにない。

「あの人の……遺したものを……ッ!」

どう声をかけるべきなのかとアイビスが戸惑っていると、逆にカミーユが口を開く。
あまりにも弱弱しく、息絶え絶えの様子でありながら、カミーユの声には、芯があった。
サイバスターの腕が、もう白い装甲板など全て剥げしまった腕が、ブレンへ伸ばされる。
カミーユも、諦めていない。まだ、絶望なんかしちゃいない。
アイビスはそう悟ると、すぐにギアコマンダーとJジュエルをサイバスターの手に握らせた。

「これが……あの人の……」

サイバスターの手を中心に、光が満ちる。
光が収まった時、そこにいたのは、紫の蛇と緑の猪。ロジャーが契約したデータウェポン。
いや、それだけではない。赤の竜も。燈の牛も。白の獅子も。蒼の一角獣も。
ユーゼスの操っていたAI1が一度は爆散したことによって解放されたデータウェポンもまた、
ギアコマンダーが全て一か所に集まったことで、再び姿を現したのだ。
七匹目の不死鳥はなくとも、いまだ星を守る聖獣たちの大部分はなお健在だった。
六匹とも、暴れるわけでもなく、どこかに行くわけでもなく、ただじっとサイバスターを見つめていた。
静かに、カミーユを見定めるように。

「力を貸してくれ……! 俺は、あの人ほど自分に自信が持てるわけじゃない、何かを創れるわけじゃない……!
 けど、あの人が、クワトロ大尉が、中尉が、ベガさんが、アムロ大尉が……みんながこうしてくれって言ってるんだ。
 俺は駄目かもしれない。だけど、彼らを認めてくれるのなら、俺に……!」

データウェポンは、沈黙を守っている。
背後からは、蒼い騎士が処理しきれなかったアインスト軍団が進軍しつつある。
アイビスは、そちらに対処するためにカミーユに背を向ける。
ソードエクステンションから放たれるチャクラ光が、空から飛びかからんとしたクノッヘンを叩き落とす。
だが、正面に並んだ無数のグリードが口か茎の切り口か分からぬ部分から放たれた光がブレンを襲った。

「お願い! ブレン!」

後ろにカミーユがいる以上、下手に回避すればそちらが被弾してしまう。
展開したチャクラシールドが、ハイストレーネの雨を、どうにかはじき返す。しかし、チャクラシールドはきしんでいる。
ブレンが得意とする、機動力とバイタルジャンプによる撹乱戦法が使えないのだ。
足を止めての戦闘は、最悪ともいえた。

それでも、アイビスはその場から動くことはない。
方法は分からずとも、もうすぐカミーユは立ちあがる。そうカミーユを――「信頼」しているから。
ゲミュートの上半身と下半身がバックリと割れ、中から紅球が姿を現した。
明滅する紅球が同じ大きさの赤い光球を放つと、それはチャクラシールドに吸着し、その光を吸い取っていく。
薄れていくチャクラシールド。

「くっ!」

シールドに固執すると、逆に危ない。
そう判断したアイビスは、さらに赤い光球を放とうとするゲミュートの紅球を、ソードエクステンションで撃ち抜いた。
たちまち、崩れていくゲミュート。どうやら、あの赤い部分が核だったらしい。
だが、弱点を見つけたに安堵している暇はない。なぜなら、次々とブレンへアインスト軍団は迫ってきているのだから――!

降り注ぐ角、光球、ビーム砲。
数に任せたごり押しの攻撃。バイタルジャンプできない以上、再びフォトンシールドを張るしかない。
だが、先ほどとは規模が違う大砲撃はあっさりとフォトンシールドを突き破ろうとしていた。

「頑張って、ブレン! ブレンなら、きっと私たちならできるから!」

『一方的に何かをしてもらったと思ってる。自分は何もしてないのにってな。つまり対等だと思えないんだ。仲間なのにな。
 理由もないのに世話を焼かれ続けるのってきまりが悪いだろ? それと同じだ。相手は気にしてないのかもしれないが、お前はそれを気にしてる。
 だったら見返してやれるぐらいしっかりした人間になればいいのさ。そのくらい自分に自信がついたら、その後ろめたさは消えるんじゃねえかな』

意味は、ないのかもしれない。けれど、アイビスはブレンへ強く思念を送る。
アイビスの脳裏に響くのは、一人の男の声。クルツ・ウェーバーの言葉。このままじゃ終われない。
まだ、自分はカミーユにも――

『私の命も背負っていけ、アイビス……』

――シャアにも受け取った分を返していない。いや、自分を守ってくれた人々の多くに、何も返していない。
なにも、この世界に来てからだけじゃない。ツグミにもだ。
だから。

――『アイビス、死ぬことだけは許さん。後は好きにしろ。行け、ブレン!』

思いを託してくれた仲間を信じる――皆が信じてくれた自分を信じる!

巨大な津波すら押し返すほどの巨大なチャクラシールドが、地面の肉壁すら巻き上げ、アインストを飲み込んでいく。
波紋のように広がる光の津波は、大多数のアインストを粉砕した。
だが、アインストはあまりにも多すぎた。あれだけの力を放ってなお、砕ききれぬほどの数のアインスト達。
生き残った者たちが、力を振り絞り限界近いブレンを食い殺さんと骨と金属を打ち鳴らし、接近してくる。
ブレンに動くように言うが、さしものブレンも疲労で咄嗟に動けない。
もう、爪がブレンに触れる。

いや、触れることはない。アインストたちが、横やりから現れた影になぎ倒された。

「えっ……!?」

アインストを粉砕し、ブレンの前に立つのは、蒼の一角獣ユニコーンドリルと、白の獅子レオサークル。
カミーユの前にいたはずの二匹は、今はアイビスを見つめている。

「力を、貸してくれるの……?」

アイビスの声に、二匹は一度ノイ・レジセイアを見た後、静かに頷いた。
ブレンの側に二匹の聖獣が寄り添ったかと思うと、その姿は溶け――ブレンの一部となっていた。
失われた右腕には、ユニコーンドリルが。背中に円形のブースターとしてレオサークルが。
凰牙とは違うかたちでの、半生半機の生体マシンであるブレンと電子の聖獣の融合。
アイビスの仲間を信じる「信頼」と、どんな苦境でも諦めない「勇気」が、かたちとなって力に変わる。

「すごい……これならいける!」

元々、大容量のエネルギー施設を好むデータウェポンたちは、それ自体が大きな力を持っている。
そのうちの二体と同時に融合、シンクロしたブレンのエネルギーがみるみるうちに回復していく。
無限のエネルギーには程遠くとも、少なくとも再びブレンに活力を満たすには十分すぎるエネルギー量だ。

また新たなアインストが生まれ、ブレンを倒さんとする。
しかし、新生ブレンから放たれるソードエクステンションは、一撃で雑魚アインストを粉砕した。
特機にはまだ及びつかない威力だが、それでも今までを考えれば比較にならない。

「行こう、ブレン……!」
「――ああ、こっちもだ」

ブレンの背後から放たれる炎の渦が、さらにアインストを燃やしつくす。
その声に、アイビスは振り向いた。そこにいたのは、ほとんど元通りになったサイバスターの姿。

「カミーユ、その姿……」
「あのデータウェポンたちが、サイバスターと契約してくれたんだ。
 俺との契約は駄目でも……このサイバスターに残ってた思いに」

カミーユは、どこか遠くを見つめながら静かに呟いた。
「ベガさんは、分からず屋の俺みたいな人間にも優しい人だった」
ドラゴンフレアが望む契約条件――慈愛。
「ロジャーさんは、どんな時でも、自分を見失わなかった。いつも自信に満ち溢れていた」
バイパーウィップの契約条件――自信。
「ブンドルは、誰よりも未来を見通してた。俺たちが、目先のことで熱くなるのを抑えて、最期まで導いてくれようとしていた」
ブルホーンの契約条件――知恵
「アムロ大尉は、壊すよりも、何かを作り出そうと、何かを積み上げようとしていた。それを信じていた」
ガトリングボアの契約条件――創造。

「皆、俺とは違って大人として最後までやったんだ。あの人たちは、違ったんだ」

サイバスターの修復は、体内に取り込まれたデータウェポンの作用と言うことなのか。
それとも、装甲すら再生成させる精霊憑依の力の片鱗なのか。
アイビスには、どちらかもわからない。ただ、今のカミーユはアイビスの目にも酷く危うく見えた。

「終わらせるさ……あの人たちはみんな死んでいい人じゃなかった。それを、あいつに分からせてやるんだよ」

サイバスターが、空へ再び舞い上がる。続いて、ブレンもまた肉の空へ。
蒼い騎士が、砲撃にさらされ、こちらに吹き飛ばされて来る。しかし、空中でどうにか減速すると、姿勢を立て直した。

「……間にあったみたいだな」
「助けてくれてありがとう。けど、どうして……」
「別に。俺一人じゃ倒せそうにないから、あんたらにも手伝って欲しかっただけだ。
 ……言っただろ、俺はガウルンとは違う。戦えれば何でもいいわけじゃない。あいつを倒さないといけないんだ」

ガウルンとは違うという部分にアクセントを置いた声。
どれだけガウルンが嫌いなんだろうとアイビスもちょっと思ったが、敢えて口には出さないでおく。

「あいつを倒して、あいつの力を奪わないといけないんだよ。協力してくれたら、こっちだって融通くらいするさ。
 ここから脱出する際の、世界間通路は開いてやるよ」
「あれの力を奪う……? どれでどうするつもりなんだ。まさか、今度はお前が神を気取るつもりなのか?」

カミーユの声が怒気混じりになる。
しかし、蒼い騎士は平然と答えた。

「神、か……興味ない。俺は、もう一度会いたい人がいるだけだ。会うためには、あいつの力がいる。それだけだ。
 神様みたいな力があっても……俺じゃ力を神様として使えるような頭じゃない。あいつが言うには考え方は、人間らしいから」

そうやって、ノイ・レジセイアを指さした。
カミーユは、まだ納得いっていない様子だったが、一応は飲み込めたのだろう。

「そういうことなら、いいさ。会いたい人は、俺にだって大勢いるんだ。……名前は?」
「紫雲 統夜だよ。そっちは?」
「私は、アイビス」
「……カミーユだよ」
「それじゃ、アイビス、カミーユ。今から、少しだけど一応仲間だ」

サイバスターが、ディスカッターを構える。
ブレンが、ソードエクステンションを構える。
イェッツト・ヴァイサーガが斬艦刀を構える。

『……七つ目の、無限の聖獣ならいざ知らず……それ以外の六つと……不完全な生命機が一つ……
 それでは我との力の差を埋めることなど……できぬ……』

しかし、その三機を前にしてもノイ・レジセイアの声色は変わらない。
全く無意味だと、思念一つぶらさずそう伝えてくる。

「埋められるか、埋められないかはお前が決めることじゃあない」
「それに、できるできないで考えるなら、ここまで来てないよ」
「やりたいことがあったから、ここまで来たんだ」

それに対する、三人の想いは、奇しくも三人とも同じ。

『人間とは……つくづく度し難い……失せよ……!』


ノイ・レジセイアの本体周囲から、またも砲門が生まれ、三機を射抜かんと向けられる。
先程と同じ、当たったらその場で追撃をかけられアウト。回避を取るだけでは、執拗な砲撃でじり貧になる。
それを知っていたアイビスは、側にいた二機の腕をなにも言わず強引に掴んだ。

「なにするんだよ!?」
「いいから黙ってて! このまま懐に飛び込むから! ブレン、お願い!」

砲門が進路変更するまで、時間がかかる。それだけではない。相手の懐に入れば、自分を傷つけるのは避けるため砲撃が抑えられる。
統夜に助けられるまでにアイビスが発見したことだ。ブレンの身体が虹色の輪をその場に遺し、三機まとめて跳躍する。
転移した先では、ノイ・レジセイアの巨体がもうすぐ目の前にあった。

「っと!?」
「このままいくよ!」

ブレンの能力を把握していなかった統夜以外の二人が、転移と同時にノイ・レジセイアへ向けて飛ぶ。
サイバスターがノイ・レジセイアの懐に潜り込む。ドラゴンフレアの能力によって焔を纏った剣が思い切りを叩き付けられた。
並みのモビルスーツなら、触れるよりも早く溶けだしてしまうほどの聖獣の熱量を帯びた剣が、爆音を放つ。
だが敵は、モビルスーツなどとは比肩にできぬ世界の遣わした醜悪な天使。
桁外れの超存在の前には、今のサイバスターの一撃すらかすり傷にしかならない。
巨体の肩口あたりを、確かに刀身以上の範囲切り裂いている。だが、あまりにも敵が大きい。
20m近い斬撃の傷跡も、1kmを超える上半身の前ではほぼ無意味。

『理解できん……古い人間すべてにどれだけの価値がある……?』

カミーユも、アイビスも一発で結着を付けられるとは最初から思っていない。
大きいがゆえに鈍重で、死角の多いノイ・レジセイアへ、二発目三発目とさらに斬撃を放つ。
アイビスもソードエクステンションで切り裂いているが、到底ダメージを与えられたとは思えない。
そうこうしている間に、ノイ・レジセイアもまた動き出す。
本体の、骨や鎧に似た部分と、肉に似た部分のつなぎ目から、緑色の触手があふれだした。
身体を這うように進む触手が、アイビスの乗るブレンとカミーユのサイバスターが攻撃する地点まであっという間に到達した。

「そんな……再生!?」

触手の津波から逃れるためノイ・レジセイアから二機が離れる。
すると、触手が傷口に潜り込み、欠損を埋め、元通りに戻してしまう。
ソードエクステンションでそれを食い止めようとするが、爆破したそばから再生する。
明らかに、再生速度のほうが早い。いや、それだけではない。
再生に必要のない、手のあいた触手たちはサイバスターたちを追ってきている。
その速さは――尋常ではない。

「――速い!?」
「ブレン、かわして!」

刺し殺すようにまっすぐ伸びた触手をどうにか回避する。二機の背後でさらに触手は曲がり、戻ってくる。
同時に、前からは新しい触手が挟み込むかたちで進んできていた。

輝線の残像を残しジグザグに折れ曲がる触手の群れは、絶えず爆竹の束がはじけるような音を立てている。
音を超えた速度の鞭の先が空気を叩く音だ。音速を超えた時に放たれる衝撃波。つまり、鞭の速度は音速をはるかに凌駕していることに他ならない。
どうにか、ターンカットといったRaM系の独特の飛び方とバイタルジャンプで、鞭をかわす。
いくらブレンでも、音速を超える鞭より早く動くことはできない。
サイバスターのほうはと言うと、全包囲に目が付いているような最小限の動きで回避し、さらに触手を切っていこうとしている。
だが、分が悪いのは明白だった。
触手に、追われ、ノイ・レジセイアとの距離が再びあこうとしている。
もうすぐ、砲撃が再開する距離になる。じりじり下がるしかないことに、アイビスは焦る心を抑えようとする。

ブレンの真横から、蒼色の疾風が吹き荒れた。
サイバスターとブレンに近づく触手の盾になるように現れたのは、統夜のイェッツト・ヴァイサーガ。

「まったく、このくらいの相手になんで苦戦しているんだ」

視界を埋め尽くすほどの巨大な触手の束が、前方で花が咲くように開いた。
一気にこちらを飲み込むつもりだとわかり、全員でバイタルジャンプするためと統夜に近づこうとして、

「―――九頭龍光刃閃・霞」

触手に、光の線が刻まれる。その数、合計九つ。
いや、大きな線が九つというだけで、さらに細い線はよく見れば無数に刻まれていた。
目の前の触手たちが、粉みじんに切り裂かれ、地面に落下していく。
イェッツト・ヴァイサーガが持つ剣をよく見れば、大きな芯となる部分以外に、細いワイヤーのようなものが大量に付いていた。

「まさか……それ全部で、切ったの?」
「別に大したことじゃないさ」

あっさり言ってのける統夜の技量に、アイビスはあきれるしかなかった。
もし、さっきのやりとりの時、本気で殺しに来ていたら――おそらく自分は一秒と持たなかったんじゃないか。
そう思わざるを得ないが、仲間になるとなればこれほど頼もしいものはない。
もっとも、実は統夜のこの力はデュミナスの力を奪ってからのものなので、実はアイビスの考えは見当違いなのだが。

『何故足掻く……古き者たち……お前たち自身には……価値などないというのに……』

触手を統夜が払うことによって、再び進軍のための通路があく。
サイバスターとブレンが、再び突っ込んでいく。さらに数を増す触手。それも、やはり統夜の前には文字通り『一瞬』で切り刻まれる。

「そんなことを決める権利がお前にあるのかよ!」

サイバスターの羽に似た三対六個のスラスターが、スカイブルーの粒子を放つ。
サイバスターは純白の翼によりさらなる加速を付け、ノイ・レジセイア目掛けての直線軌道による突撃(ラッシュ)。
そのまま勢いを活かし、ディスカッターを渾身の力で振り下ろそうとする。
ノイ・レジセイアはそれに対応すべく、爪の生えた異常に肥大化した右腕をサイバスターの方に突き出した。

「あれは……ッ! よけろ!」

統夜のそんな制止の声も振り切り、サイバスターは突っ込んでいく。
足を止めたブレンとイェッツト・ヴァイサーガの前に現れるのは、黒穴。空間ごと食いちぎられた虚無の空間だ。
空気が再び流れ込み、暴風を生む。

「カミーユ……!?」
「あの馬鹿……食われる地点に自分から……!」

思わず飛び出そうとするブレンを、イェッツト・ヴァイサーガの腕が押しとどめた。

「離して! カミーユが、このままじゃカミーユが……」
「馬鹿言うな!」

空間ごと食われたら、物質の強度など意味を持たない。即座に抹消される。
そう分かっていても、アイビスは走り出そうとする。仲間の最期がこんな終わりだと、信じたくなかったから。
腕を振り払い、飛び出すアイビス。
しかし、後ろにいるイェッツト・ヴァイサーガから聞こえてくる声はアイビスの予想していたものとは逆だった。

「生命波動をはっきり感じるんだ! 死ぬどころか、逆にさっきより輝いてる! 巻き込まれてないんだよ!」

「え……?」
「だから焦るなよ。焦ったら、勝てるものも勝てなくなるってガウ……いや、よく言うだろ」

そこまで、統夜が言った時。
黒い暴風の渦から、深紅の何かが現れ、ノイ・レジセイアへ矢のように向かって行く。
その姿は人型ではなく、猛禽類の形をしている。

「あれ……そうか、サイバード!」

突っ込んださなか、カミーユはおそらく変形し、さらに加速したのだ。
あのままの速度で突っ込んでくると踏んで設置された空間攻撃を、さらなる速度で炸裂するまえに突っ切る。
とんでもない無茶だと思うが、カミーユはそれを成功させたのだ。

『この力……望んでいない……!』

爆発に近い風の流れを生み出して、深紅の火球を核とする不死鳥が大空を羽ばたいた。
肉を焦がし燃やし溶かし、ノイ・レジセイアの身体へ到達したアカシック・バスターがノイ・レジセイアの巨体にめり込んでいく。
爪をかけて弾き飛ばそうと動いたノイ・レジセイアの手が、近づけただけで熱によって発火する。
紅蓮の塊は、ノイ・レジセイアですら触れることが困難なほどの火力だ。

「俺たちも行くぞ」
「うん……!」

イェッツト・ヴァイサーガとブレンが、サイバスターの後を追い、ノイ・レジセイアへ。
頭上スレスレを切り裂いてゆく敵の触手など気にも留めず、サイバスターの後を追う。
サイバスターは、ノイ・レジセイアの身体に大穴をあけ、さらにその中へ潜り込もうとしていた。

『聖獣の力……それは人の持つ完全なる欠片とは言い難い……』

奇怪な声が、場に響く。人の言葉に強引に返還するならエアヴァントゥルングといったところか。
緋色と橙色の絶叫が、サイバスターが掘り進む傷口から噴出した。
今までサイバスターに与えられた熱をそのままそっくりお返ししたとしか思えない炎の光が、サイバスターを弾き飛ばした。
アカシック・バスターの炎の領域によりサイバスターに怪我はなさそうだが、その纏った力場は剥がれてしまった。

『人間に価値はない……人間と人間が結び付いたときにおこる力……事象にのみ価値がある……
 それが……何故……分からない……!?』
「命は、命自身が力なんだ。命は、この宇宙を支えているものなんだ!
 それを価値がないなんて……分かるものかよ!」

ガトリングボアの力がサイバスターの手から放たれたが、
それはノイ・レジセイアの前に発生した空間のねじれにあっさりかき消された。

『ならば、人間と言う存在に……価値があると……?』
「当たり前だ!」
『ならば……その価値を奪う資格が何故お前にある……?』

触手が、サイバスターとノイ・レジセイアの間に壁を作る。
その間に、アイビスと統夜は触手の影からノイ・レジセイアへさらに切りかかった。
ブレンのソードエクステンションはともかく、
200m級まで肥大化したイェッツト・ヴァイサーガの斬艦刀は、ノイ・レジセイアの肩に深く食い込んだ。
しかし、ノイ・レジセイアは平然としたまま、その巨眼をアイビスと統夜に向けた。

『お前たちは……命に価値があると言いながら……それを奪う……理解できない……
 価値があるというのなら……何故、それを奪える……価値あるものを奪う権利が……お前たちには存在するのか?』

さらに、ノイ・レジセイアはカミーユへ目をやると、

『お前が奪った命は……価値があったのか? 存在しなかったから奪ったのか……?』
「俺が奪った命……」
『あの人間は、ただ帰ろうとしていた。あの世界における法則に従い他者の生命を奪おうとした……
 あの人間の命は……なんだった?』
「あの、ジオン兵……」

カミーユの動きが、止まる。
どう答えればいいのか、懊悩しているのはアイビスにもすぐに分かった。
ノイ・レジセイアもまた、カミーユがなんと答えるのか攻撃を仕掛けることもせずただ待っている。
アイビスには、ノイ・レジセイアとカミーユに視線を行ったり来たりさせることしかできない。

「くだらない……!」

右から左。上から下。斜めに入る袈裟切り。下から振るう突き上げ。怒涛の連撃が、次々とノイ・レジセイアの巨体に叩き込まれる。
大空洞内に鳴り響く轟音は、イェッツト・ヴァイサーガの剣とノイ・レジセイアの皮膚との衝突音。
一撃打ち込まれる度にノイ・レジセイアの身体に大きな切り傷が生じてゆく。
それでも、ノイ・レジセイアは一度イェッツト・ヴァイサーガを見ただけで、何をしようともしない。

「お前が殺し合わせておいて、なにが価値だ! どんな時でもそうするしかなかった!
 どんな時だってそうだ! 俺が決められる部分なんてたいしてなかった。それでも、選んできたんだ!」

イェッツト・ヴァイサーガが突然吹き飛ばされた。
傷口から吹きあがる力を持つ声が、イェッツト・ヴァイサーガを遠く離れた地面に叩きつける。

『否……箱庭は、世界の縮図……世界で、人は殺し合う……宇宙を乱す……それは我の関することではない……
 選択は……無数……事実……最後まで我に抵抗しつづけた者も……人間と言うものは……他者と触れた時……拒絶し……否定する……』

さらに、その異形の腕でイェッツト・ヴァイサーガを指し、

『お前は……選んだのだ……闘争に塗れた道を……。それは、お前という本質が……闘争を望み……
 静寂を破壊することに愉悦を覚えるものたちの一人であるという……証明に他ならない……』
「俺が……ガウルンと同類だって言いたいのかよ……」

イェッツト・ヴァイサーガが立ち上がろうとするが、アインスト軍団がそれを阻止し、さらに踏みつけにしようとしていた。

『拒絶、否定、闘争こそ……人の邂逅……』
「違う! そんなことない! 人は、皆で手を取り合って生きていけるんだ!」

まだ知らぬ宇宙の隣人との邂逅。
それが、温かいものであるとアイビスは信じているからこそ、アストロノーツの道を選んだのだ。
他人と触れた時、起こることは否定や拒絶ではない。
事実、この世界で出会った異世界の多くの人々は、打ち解けることが出来た。
殺し合いに乗った者もいたが、アイビスから見ればそっちのほうが少数だ。
今度は、アイビスを見て、ノイ・レジセイアは告げる。

『そう……時に、そういった矛盾が起こる……そして、それは我すら超える、大きな力のうねりとすらなる……』
「それが、人が手を取り合うってことなんだよ!」

アイビスの攻撃に対しても、ノイ・レジセイアは何もしない。
傷口すら再生させず、ノイ・レジセイアはアイビスを見ていた。

『矛盾した……宇宙を乱す生命……人間……それが結ばれたときに現れる力には……価値がある。
 しかし……人間自身には……価値などない……故に―――――』

光線が伸びる。薄く引き延ばされ、空に舞い上がりながら、折れ曲がり無数に分かれていく。
別れたものがさらに伸び、再び折れ曲がり、多種多様なものを作り上げる。
一つは、円。そのうち二つは、三角形。無数のねじくれた文字のようなもの。
さらに、よくわからない多角形がいくつもいくつもいくつも組みあがっていき、

『―――要素を抽出し、次なる世界の礎とする』

魔法陣になった。
巨大すぎる魔法陣が、球形のため湾曲している天井に張り付く。
それは、高速で回転し、深紅色に輝き、大空洞を光で満たし、なお回転を加速させ――




―――次の瞬間、大空洞に光があふれた。



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