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「分かってるけど……一応聞いとく……生きてるよな?」
「生きてるよ……まだ……死んじゃいない……」
「あたしも、なんとか……」

大空洞の地面にうずくまる三機のマシン。
その前には、傷一つ付いていない巨体でノイ・レジセイアが見下ろしている。
ノイ・レジセイアの放った一撃を、カミーユたちはどうにかバリアを全開にすることでやり過ごせはした。
しかし、それの結果受けた三機のダメージは深刻なレベルに達している。

「ごめん、やっと治ったのにまたぼろぼろになっちゃったね、ブレン」
「再生も、追いつきそうにない、かな……」

それでも、三機ともなお健在。
立ち上がることはできるし、武器を持つこともできる。
ノイ・レジセイアは、何をするわけでもなく三機を無言で見下ろしている。

「くそっ……余裕のつもりなのかよ」
「いや、たぶん違う。待ってるんだ。俺たちが、自分の望んだ力を見せるのを」
「なんだよそれ、倒されたがってるのか?」
「そう……とも言えるのか……?」

カミーユは、感情を移すことのないノイ・レジセイアの瞳の奥を初めて見た。
ノイ・レジセイアに会ってから、激情に駆られ続けていたカミーユは、今の今まで見えなかった。
――ノイ・レジセイアは純粋だ。目的意識を持って、ただ愚直にそれを守ろうとしている。
そのためなら、自分の身など二の次三の次なのだろう。
悪意や打算を滴るほど織り交ぜて近付いてくる人間は、山ほどいる。
だが、そんな人間とはまるでノイ・レジセイアは違う。純然たる、善意から全ての行動が来ている。

だからこそ、余計にカミーユには最悪の気分だった。
顔色一つ変えず人を殺せるのは、己の正義に酔った人間か狂人だという。
それは、正義感で罪悪感を塗りつぶしごまかしているか、純粋に人間としての軸が狂っているかのどちらか。
ノイ・レジセイアは後者なのだ。命の価値など、最初からノイ・レジセイアの中に勘定されていない。
故に罪悪感など最初からなく、正しいと信じることを妄信している。

立ち上がったサイバスターの横に、イェッツト・ヴァイサーガが吹き飛ばされて戻ってきた。
どうやら、カミーユがノイ・レジセイアのことを考えている間に仕掛けて、返り討ちにされたのだろう。

「きっついな……けど、諦めるわけにはいかないんだから、大変だ……」

それでも、なおイェッツト・ヴァイサーガが立ち上がり、剣を構える。

『やはり……闘争を望むか……』
「違うさ。ただ………」
『…………?』
「最後はやっぱり主人公が勝ってハッピーエンドじゃないといけないだろ!?」

まっすぐに。一直線に。愚直に。
ノイ・レジセイアへイェッツト・ヴァイサーガが向かっていく。
しかし、それも四方八方から押し寄せる触手に行く手を塞がれ、追撃に放たれる声に押し返される。
全身から煙を上げ、倒れ伏すイェッツト・ヴァイサーガ。

「主人公だって……?」
「ああ、そうだよ。主人公だ」

膝を抑え、イェッツト・ヴァイサーガは何度でも立ち上がる。
自分に酔っているのかともカミーユは思ったが、統夜から伝わってくる気配は全く違う。
むしろ、不安を必死に抑えようとしているように感じた。

「人の命を、勝手な都合で奪って……なにが主人公だ」
「お前だって人を殺したんだろ。お互い様だよ」
「俺は、自分が物語の主人公なんて思いあがっちゃいない」

そう吐き捨てるカミーユに、統夜は、小さく笑いを返してきた。

「ハハハ、別に、物語の主人公じゃなくていいさ。ただ、俺は……俺を主人公と信じてくれる人の、主人公を演じたいんだ」

カミーユにイェッツト・ヴァイサーガの背を向けたまま、統夜は静かにとつとつと話し始める。

「皆、言うんだよな……俺は、ガウルンと同じだって。人を殺して喜ぶような奴だって。
 俺だってそんなの嫌だよ。認めたくなんてない。けど、結局俺のやってきたことってそういうことなんだろうな。
 でもさ……そんな俺を、主人公だって。ヒーローだって言ってくれたんだ」

心の奥に秘めたものを、静かに組み上げるような調子で、統夜の声は続く。

「だから、俺は……テニアが望んでる主人公になりたい。別に、誰からも尊敬されるような主人公じゃなくていい。
 俺が、俺の望んだ俺でありたいから、俺はテニアが望んでる主人公になりたいんだ」

テニア。カミーユはその名を知っている。
自身が殺されかけたのだ。忘れるはずがない。どろどろとした悪意がうねっていた少女、それがカミーユのテニアの印象だった。
目の前の統夜は、テニアが死してなお騙されているのではないかと思った。
しかし、統夜の声からは、そんな推測を挟むことが無粋に感じるほど真摯なものを感じた。

「だから、俺はテニアにもう一度会う。生き返らせる」
「……死人が生き返るかよ」
「だろうな。そんな当然のことを自力でひっくり返そうとしてるんだから自分でも自分が馬鹿だと思うよ」

「……ごめん、さっきはそんなことも知らないであんなこと言って」

アイビスの、小さな謝罪の声。
それがなにを意味するのかカミーユには分からなかったが、統夜はアイビスの声に頷いて了承していた。

「それより、大切なのは目の前のあれを倒すことだろ」

イェッツト・ヴァイサーガが、斬艦刀を自分の脇に立てる。
サイバスターも、アイビスのブレンパワードも、まだ戦える。
自分は、どうか。一度冷めた思考が、冷静に自分の現状を教えてくれる。
震えっぱなしの腕。霞み始めた視界。身体が冷たくて、冷水の中にいるようだ。
どこまで、戦えるのか全く分からない。
それでも、やらなければいけない。

ノイ・レジセイアを見上げ、カミーユは思考する。
目の前にいるノイ・レジセイアを倒す方法はおそらく一つ。
相手が再生する暇など与えず、一撃で本体を丸ごと抹消する。
幸いと言うべきか、今のノイ・レジセイアは明らかに本気ではない。
うまく最大級の一撃を叩き込むことさえできれば、けして無理ではないはずだ。
だが、カミーユの思考に影を落とす要素があった。
サイバスターの最大攻撃は、コスモノヴァ。炸裂すれば、世界の新生すら推し進める究極兵器だ。
これを、ノイ・レジセイアには一度防がれている。しかも、空間転移という手段で。
下手に撃てば、前回の二の舞。
しかも、

(俺も……きっと……)

痛む心臓をパイロットスーツの上からカミーユは抑えた。
小さなデータウェポンたちが、カミーユを心配そうに見上げている。
次にコスモノヴァのような技を使えば、その時が最期であろうことはなんとなくわかった。
先程のアカシックバスターも、データウェポンたちの支援があってこそ撃てたし、当てることが出来た。
実は、あの一瞬カミーユは操縦すら困難な状況だった。それをデータウェポンたちが支えてくれたのだ。
どこまでも、俺一人じゃ何もできないんだなと自嘲気味にカミーユは笑う。
エマさんに自分の都合で大人と子供を使い分けるなと言われたが、自分がどれだけ子供だったのかいまさらながらに思う。
サイバスターの、何処か猛禽類を思わせる尖った細い指を見る。間違いなく、それはサイバスターのものだ。
けれど、カミーユにはあの時見えたのだ。
何故ジオン兵を殺したと問われた時、それがいつか見た血のついたガンダムMkⅡ三号機の指に。

「殺すことは……なかったんだ。殺すことはなかったんだ」

誰もが、手を取り合うことを望んでいる。
なのに、人を信じないから疑い、疑うから他人を悪いと思いはじめる。人間を間違わせる。
そしてちょっとしたすれ違いや運命に翻弄されて人は、遠く離れてしまう。
そんな離れた手と手の間を埋め合わせるのは、時として武器なのかもしれない。
ニュータイプだってスーパーマンじゃないと言っていたのはジェリドだったか。
それは本当だ。アムロ大尉も、クワトロ大尉も、そのことに悩み、足を止めてしまっていた。
けど、最初から人は拒絶しているのではない。人を否定するために出会うんじゃない。

「そうだろ……フォウ」

サイバスターの内燃機関が、燃え上がる。
パイロットの思念を受け止め、精霊と電子の聖獣は応えてくれる。
サイバスターの白い羽が、再び身体を空に舞い上げる。

「なあ……ノイ・レジセイアの動きを止めることはできるのか?」
「ブレンじゃ……難しいかも」
「……できないことはないさ」
「なら……」
「ちょっと待て。できないことはないってだけだ。
 やれば最後、あいつの力を全部奪ったって質はともかく量が足らなくなる。そうなったら、結局意味がない」

言葉面だけ聞けば、拒絶の言葉。
だが、統夜の言葉の微妙なニュアンスをくみ取り、カミーユは聞いた。

「でも、やるつもりなんだろ?」
「ああ。単なる障害物のつもりだったけど、今は違う。あいつは、俺をガウルンと同じだって呼んだんだ。
 感情って意味でもあいつを倒せって、俺が、俺自身に言ってる。違うってことを見せてやるさ」

最後に、「もしもの時のあてもあるしな」と付け足すと、統夜は、地面に突きたてた斬艦刀を握る。
イェッツト・ヴァイサーガがなにをするのか分からない。だが、確かにやってくれるという温かみを感じた。
それを信じるしかない。

「ただ、準備に時間がかかるんだ。それまで、時間稼ぎはそっちでやってくれ」
「分かった」

ノイ・レジセイアが全力でこちらを叩きつぶす前に決める。
そのため、一瞬に全てを賭ける。狙いは、空間転移で回避できない超至近距離からの、コスモノヴァの直撃。
正直、分の悪い賭けとしか言いようがない。だが、カミーユはその賭けに全てを賭けることにした。

「勝手に話進めて、悪い」
「気にすることなんてないよ。統夜に攻撃がいかないようにすればいいんだね」
「……頼む」

二機が構える同時に、ノイ・レジセイアが口を開く。

『人間同士の接触によって生まれる可能性……我に見せてみるがいい……!』

それが第二回戦の始まり。
ノイ・レジセイアが再び触手を伸ばす。同時に身体の周りに生えた砲身による援護射撃も。
隙間なく放たれる悪意を、サイバスターはくぐりぬけ、ノイ・レジセイアへ接近を試みる。
目の前に現れる妨害物を、ドラゴンフレアの炎やカロリックミサイル、ディスカッターで散らし、
ノイ・レジセイアの巨大な頭へ果敢に攻撃を仕掛けた。
ダメージを与えるわけではない。ただ、ノイ・レジセイアの意識をこちらに回すための攻撃だ。
カメラで少しだけ後ろを見る。そこでは、アイビスのブレンがイェッツト・ヴァイサーガの前で壁のようなフォトンシールドを作っている。
これなら、多少の流れ弾が向こうに行っても問題ないはずだ。

サイバスターの炉心の温度がさらに上がる。
カミーユの体温が比例して下がる。

攻撃をしかけながらも、いつでもコスモノヴァを撃てる体勢を作らなければいけない。
それは、巨大な爆弾に細心の注意を払いつつ、それを抱えて激しく踊るようなものだ。
下手な衝撃であっさり力は爆発し、直結されたカミーユの身体にも影響を与えるだろう。
震える腕に、カミーユは、爪を立てる。
流れる血と、痛みがどうにか自分をまだこちら側に縛り付けてくれる。

ノイ・レジセイアが腕を直接振り回してきた。
しかし、大きさ故にサイバスターから見ればその動きは鈍重だ。
下から回り込むと、一気にノイ・レジセイアの角をディスカッターで横一文字に叩き切る。
剣の軌跡が走ったかと思うと、塔の崩壊のようにゆっくりと角が横に滑って落ちる。
だが、それを眺めている暇はない。

カミーユは先に何があるのかすら目を向けず、上方にミサイルを放つ。
そこには、空から生まれ落ちようとしていた下位アインストの群れ。
完全に作られる前の段階でミサイルを撃ち込まれため、なにもできず下位アインストは砕け散る。

一斉砲撃が、サイバスターに向けられる。
だが、砲撃が着弾するより早く、サイバスターは一瞬でノイ・レジセイアの顔の側面へ。
それも、ノイ・レジセイアには読まれていた。砲台の隙間から触手があふれ、さらにサイバスターへ追撃してくる。
サイバスターには当たらない。いや、正確には――無数にいるサイバスターの影を貫いたに過ぎない。

『この力……聖獣の……』

ノイ・レジセイアの呟きが、最期まで言い切られることはない。
首を掻っ切るかたちで、巨大な水晶の刃物が生えたのだ。
動きを止めることなく、胸のあたりから声を放つノイ・レジセイア。
しかし、破壊の声は、空中で停止。そのまま、一ミリも動くことはない。

――パイパーウィップの高速移動、分身。
――ブルホーンの構成物質の結晶化。
――ガトリングボアの時間停止。

不死鳥に姿を変えたサイバスターの突撃。
ドラゴンフレアの存在情報すら破壊する光を纏った突撃は、ノイ・レジセイアの腕を粉々に粉砕した。

「ごめんな……頼りっぱなしで……」

カミーユは、データウェポンに声をかける。
サイバスター自身の力は、ぎりぎりいっぱいまで温存しなければならない。
そのため、今のサイバスターはデータウェポンの力を借りてほぼ戦っている。
だが、データウェポンを装着し武器として使う本来の契約機である凰牙と違い、
サイバスターは、巨大なデータウェポンの存在をそのまま力に変換して戦っている。
つまり、データウェポンの存在を、命を削って戦っているのだ。

データウェポンたちは何一つ不満を漏らさない。

「え……仲間を……そうか、お前たちも……」

音はない。それでも、カミーユにはデータウェポンの声が聞こえる。
データウェポンたちも、仲間をノイ・レジセイアに殺されたのだ。
最後の、七体目のデータウェポンを。その仇を、データウェポンたちも取ろうとしているのだ。

「ありがとうな」

気を抜けば、時間稼ぎすらできない。

何度となくサイバスターが分身し、
何度となくサイバスターはノイ・レジセイアを結晶化させて、
何度となくサイバスターは時間を止め、
何度となくサイバスターはノイ・レジセイアの存在を削る。

それでも、ノイ・レジセイアは再生してしまう。
失われた存在の力すら復元してしまう。
データウェポン四機の力を結集しても、ノイ・レジセイアを揺るがすことすらできない。
命を賭けても、それでも意味がない。

「まだなのか……」

必死にカミーユはノイ・レジセイアの攻撃を避け、ノイ・レジセイアに攻撃を当て、データウェポンの命を削り生き延びる。

「まだなのか……!」

結着を付けるための時間を、ただ待ち続ける。





力が身体から抜ける。
力が手の先に集まっている。
力の全てが、斬艦刀に集まっていく。
統夜が貯め込んだ力の全てを、斬艦刀に注ぎ込む。
今は変化を命じていないため、大きさは目に見えて変わっていないが、重さは先ほどとは段違いの重量だ。
イェッツト・ヴァイサーガの力が下がっていることを加味しても、無茶苦茶な質量が剣に圧縮されている。
せっかく、剣から身体に流し込んだ力を、逆に剣に戻して使う。
もったいない、と思う気持ちはないわけじゃない。
けれど、ノイ・レジセイアを倒せるだけの威力を持った攻撃は、イェッツト・ヴァイサーガにはこれしかない。
倒せなければ、全ておじゃんだ。やれることを残して死んでは死んでも死にきれない。
結局、統夜にはカミーユにもったいぶらずとも、この手段しか残ってなかった。
動きを止める、すなわち、一撃で息の根を完全に止める。
統夜の考えはそれだ。

「ねえ……最初、なんで殺し合いに乗ったのさ」

自分の前で角突きの馬と一緒に、バリアを張って自分を守っている少女が聞いてきた。
集中をあまり乱したくないが、ひたすら同じ場所に立って力を込め続ける以上、話そうと黙っていようと対して変わらない。

「別に……最初はただ死にたくなかった。帰りたかった。だから、乗ったんだ」

少女はただ「そっか」と呟くと、またバリアのほうを向いてしまった。
流れ弾が何発もバリアに当たるが、揺らぐことはない。恐ろしく強固な防壁だと感心した。

「あたしとさ……おんなじだね」
「同じ?」
「うん。あたしもさ、最初死にたくない、帰りたいって一心で人を襲ったんだ」

意外な事実に統夜は驚く。目の前の、どんな現実にもへこたれそうにない少女がそうだとはとても思えなかった。
だからか、その続きが少しだけ気になってしまった。

「……それで? それからどうしたんだ?」
「返り討ち、かな。あたしは弱かったから。それで、いまいち踏ん切りつかなくて。
 ただ、ぼんやり色んな人と一緒にいるうちに色々分かったんだよ。やっぱり、殺し合うのは間違ってるって」
「そこらへんも俺と同じだな。俺も弱かったよ。何度も負けたし、決心もつかなくて……
 ただ、俺はやっぱり殺すしかないって思ったけどな」

いまさらながら自分が情けないと統夜は息を吐く。
何かにつけてすぐに悩んで、ふっ切ったと思えばまた悩み、ガウルンといつの間にか一緒にいて。
今、統夜はここにいる。

「もしかしたら……あたしたち、逆だったかもしれないんだね」
「逆?」
「あたしは、会う人に恵まれたからさ。こうやっていられたけど、もし違う人と会っていれば、
 私が殺すしかないって結局決めて、統夜が人殺しはよくないってキラたちと一緒にいたかもしれない」

会う人に恵まれていたとはうらやましい話だと思う。
こっちはよく考えてみろ。戦う相手はこっちの説得なんてろくに考えず、叩きつぶしにくるような連中がほとんどだった。
挙句の果てに、会って一緒にいたのがガウルンだ。そのあとも、ユーゼスやらなんやらかんやら。最低最悪としか言いようがない。
唯一、よい出会いと言えたのは、テニアと再会できたのと、あのグラキエースって娘くらいだ。

『あはは……そんな慌てなくてもいいのにさ。それで? それで統夜は今までどうしてたの?
 統夜のことだから、またどこかで女の子でも助けてたりしたんじゃない?』

ふと、思い出すテニアの声。
あの時、テニアは、アイビスが今言ったような、逆の道を進んだ統夜の姿を想像していたのだろうか。
自分の横に、大勢の仲間がいる。一緒に、ノイ・レジセイアに立ち向かう仲間がいる。
そして、その中には、テニアがいる。それだけじゃない、カティアやメルアもいる。
皆で、笑い、同じものを目指す。そんなヒーローの中の一人に自分がいる。
アルフィミィとかいう少女が見せた妙な夢のような、自分。

そんな、自分。

だが、そんなifは意味がない。統夜の周りには、誰もいない。
統夜は、皆のヒーローではなく、たった一人の少女のためのヒーローとなることを選んだのだから。
そのことに、後悔なんかしちゃいない。けど。
もしも、そんな道を進んで、テニアの望む形で出会えたなら、もっと良い可能性があったのだろうか。

「結局、ここまで来てこんなこと考えるんだから……筋金入りだな、俺」

悩んで、悩んで、悩んで、なお悩む。それが、統夜にとってのバトルロワイアルだった。
自分は、強くなった。色々と常識外れの力を得た。
後悔するつもりはないが、これが正しい進化なのかは分からない。

流れ弾の数が増え始める。
当然、バリアが被弾する数も増える。
空に目をやれば、サイバスターの動きが悪くなり始めていた。
もう、向こうも限界が近いのだろう。

だが、こちらの準備も完了している。
統夜は、斬艦刀の柄の部分を最大まで伸ばし、肉の地面にしっかりと突き立てた。

「アイビス、どけ! 準備が出来た!」
「わかった!」

その声に、弾かれるようにブレンが後ろに飛び退る。
それと同時に、斬艦刀に統夜が望んだとおりの変化が現れる。


『まさか……我の力を………ぉ―――――!!??』
「そうだ! あんたの力を、そのままあんたにぶち当てる!」


地面に立てられた柄が、植物の根のごとく、ノイ・レジセイアの力を吸い上げる。
ノイ・レジセイアの本体も、すべてのこの肉の地面や壁と繋がっている。
だからこそ、ひとたび突きたてればそこからノイ・レジセイアの力を奪うこともできる――!

斬艦刀の切っ先を、ノイ・レジセイアへまっすぐに向ける。
奪った力は、そのまま斬艦刀に貯められる。
もっとも、純粋にただの力の塊では液体金属と言うれっきとした物質である斬艦刀を伸ばすことは不可能。
しかし、事前に統夜の、イェッツト・ヴァイサーガの力を斬艦刀内部に移動させ物質に変換してある。

斬艦刀の封印が解かれた。
内部に圧縮してあった超重量の圧縮金属が、ノイ・レジセイアから奪った力で膨張する。
しかし、

「ぐ、あああああああああああああああ!!!?」

斬艦刀が剣の形すら維持できない。
あまりも膨大すぎる力が、統夜の精製した物質に収まらないのだ。
風船に、過剰な空気を送り込むに等しい。その先に待つのは、破裂のみ。

―――愚かな……我の力を人として完全に超越することなく受け止めるのは……不可能……

統夜の脳に直接響くノイ・レジセイアの声。
力とともに、意思が流れ込んでいる。接続された統夜とノイ・レジセイア。
しかし、意思が、存在が強固なのはどちらか言うまでもない。統夜は力こそ常人離れしているが、所詮基準点は人間。
生まれたての進化したアインストである統夜と、何億何兆何京年と悠久の時を生き続けたノイ・レジセイアの差は、埋められるものではなかった。

「大丈夫!? あたしのこと分かる!?」

かすれた意識に、アイビスの声が入り込む。だが、その声にこたえる余裕が統夜にはない。
どんどん、自分が削られていく。自分の存在が暗くなる。自分の存在がなくなる。

イェッツト・ヴァイサーガの足元の肉が蠢き、イェッツト・ヴァイサーガの全身を飲み込んだ。
このまま、丸ごと自分を取り込むつもりなのはすぐ分かった。

ちくしょう、こんなところで終わるのか。よりにもよって、こんな奴に食われて。
今までだってだましだましやってきたのに。こんな終わりなのか。
冗談じゃない。まだ、俺はテニアを生き返らせてないんだ。
その後なら、百歩譲ってやって死んでもいいさ。
けど、まだ死ねないんだ。
機体と肉の境界が薄くなる。
俺の中に、いやなものが流れ込んでくる。
ひどく冷たい。
こんな苦しいところが終点か。
自業自得かもしれない。
でも、こんな終わりはないだろう。
神様なんているのか知らない。
けど、いるなら頼む。
あと一発。
この一発さえ成功すれば。
きっとあいつを倒せるんだ。
それでほとんどのことはすむんだ。
あと一回だけを剣を振らしてほしい。
ああけど。
俺が殺してきた連中もやっぱり。
同じように祈ったんだろうなあ。
でもどうしようもなくて。
死ぬしかなかったんだよな。
いや、ガウルンだけは別か。
あいつはむかつくくらい満足して死んだ。
なんで思い出すのがガウルンなんだ。
もっと思い出したい顔があるのに。
もうそれも出てこない。
俺が、俺でいられなくなる。
誰かの声が聞こえる。
うるさいな。
でもこうやって考える俺も消えるのか。
嫌だなあ。本当に嫌だ。
もう、指も動かせない。
目が見えなくなってきた。
これが、最後の光景か。
せめて、それを目に焼き付けよう。
俺が最期に見るのは赤髪の少女。
細部は霞んでわからない。
彼女は誰だっけ。
大好きだった少女。
俺が俺である理由をくれた人。
生き返らせなくちゃ。
だから動かなくちゃ。
俺は。
俺が。

「――統夜! 起きて! お願いだから起きて!」

赤髪の少女の声が聞こえる。
この声に、応えるんだ。
動け。
動け。
動け。
動け。



「動けえええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッ!!!!」





――イェッツト・ヴァイサーガが、動いた。

イェッツト・ヴァイサーガが手に握ったものを振り上げる。
物質と言う形を維持できず、霧散した金属片がエネルギーを伝達する。
紫電を纏い、どこまでも伸びる虹色の荒々しいエネルギーの塊が、まっすぐ伸びてノイ・レジセイアに突き刺さった。
その一撃は、ひたすら伸び続け、星を貫通してもなお止まらない。
伸びるに従って、刀身も厚みも増していく。
巨大な杭を叩き込まれたノイ・レジセイアの身体に、蜘蛛の巣状にヒビが入っていく。
ヒビから光が漏れる。
それは、知る人がいればこう呼んだだろう。

斬艦刀・星薙ぎの太刀と。

統夜の放った一撃は、星を薙ぐことはなかったが、確かに星を貫いた。






モニターの向こうの赤髪の少女に、統夜は拳を突き出す。

「やったよ、テニア……」

イェッツト・ヴァイサーガが、肉の中に埋もれて消えた。
それが、統夜が見た最後の光景だった。
統夜は知らずに済んだ。

最期に自分が最愛の人と信じた少女が、別人だったことに。



【紫雲統夜 吸収】





『これが……可能性……!』

ノイ・レジセイアの身体をアインストとなった人間の力が縛り付ける。
自分の力を削がれ、撃ちこまれたとはいえまだノイ・レジセイアの死は遠い。
最後にあの人間から感じられたのは、間違いなく他者との交わりを求める感情だった。
やはり、ノイ・レジセイアの予測は正しい。人間が他者と交わる時に生まれる可能性、その力。
それは、時に我すら揺るがす。しかし、その力ももはや今は自分へ取り込まれた。
さらなる進化の躍動を感じ、ノイ・レジセイアは高揚する。
だが、そんな至高の瞬間に水を差す存在が一つ。

「ノイ・レジセイア!!!」

電子の聖獣の力を借り、我と戦おうとする愚かなる人間。
聖獣たちの力は、どうしようと我を超えることはない。なぜなら、成長の可能性、完全へ至る要素を持っていないのだから。
だというのに、そんな力を使って戦おうとする愚者。もはや、このサンプルを生かす理由もない。

「こんなことをやるから、みんな死んでしまうんだよ! お前がいなければ、こんなことにはならなかったんだ!」

ノイ・レジセイアは体内からエレガントアルムを無数に精製。体外に放つ。
音の壁すら超える触手の群れ。しかし、これで倒せるとはノイ・レジセイアも思っていない。
だからこそ、ノイ・レジセイアは別の攻撃も加えることにした。
先程まとめて吹き飛ばしたオメガ・ショックウェーブとも、一斉砲撃のミッドライトともまた別の力。
放つ力の名はエルプスユンデ。全力で放てば、銀河すら粉砕する力。
もっとも、それだけ過剰な破壊力は必要ない。ノイ・レジセイアの全身から光弾が、数m置きに正確に設置される。
その隙間を抜けることは、風の魔装機神でもできない。
そして、その一つ一つが風の魔装機神を百度砕いて余りある力を封入している。
それでも、人間は感情のまま突撃してくる。
エルプスユンデの力を過小評価している。一二度当たってでも、いや何度当たってでも突破する心づもりと予想。
それがいかに無駄な行いか知るノイ・レジセイアは、それ以上なにをすることもなくただ傍観。
一瞬後には、風の魔装機神は砕け散る。

はずだった。
エルプスユンデに風の魔装機神が被弾。起こる爆発。すなわち、粉砕。そのはずだった。
しかし、風の魔装機神はエルプスユンデで起こった極光の爆発を超えて、なおこちらに向かってくる。

『何故……?』

ノイ・レジセイアは何が起こったのか見極めようとする。
思念をノイ・レジセイアが向ければ、エルプスユンデの群れが風の魔装機神に殺到。
やはり、爆発。ノイ・レジセイアはそれで倒せたと判断せず、光の向こうに意識を集中する。

『理解した……』

ノイ・レジセイアは、光の向こうで起こったことを知る。
風の魔装機神から、電子の聖獣の気配が一つ消えた。風の魔装機神が宿している聖獣の気配の数を探れば、残りは二つ。
先程の爆発で一つ消費し、今の爆発で二つ目を消費した。
ノイ・レジセイアのエルプスユンデは相手の存在すら抹消する力。いくら情報存在と言えど、死は免れない。
風の魔装機神は、聖獣を防壁として利用し、エルプスユンデを防いでいる。
ならば、対処は簡単。まだ風の魔装機神がノイ・レジセイアへ到達するには距離がある。
エルプスユンデを操作。風の魔装機神が被弾。光の中で、蛇の形をした聖獣が塵に還る。あと一つ。
エルプスユンデをよけようともせず、最短距離を飛び続ける風の魔装機神。
さらに、エルプスユンデを操作。風の魔装機神が被弾。光の中で、牛の形をした聖獣がさらに塵に還る。これで守りはない。
最後に、数個のエルプスユンデを、風の魔装機神の真路上に設置。
これで終わり。

「人のつながりが力になるって言ったな………!」

しかし、それでもノイ・レジセイアの力が風の魔装機神を砕くことはなかった。
今度こそ、理解できない出来事に、ノイ・レジセイアは戸惑った。
今や風の魔装機神を守る力はないはず。それなのに、何故。

「それは、誰かだけが持ってるものじゃない、誰でも持ってる力なんだよ!
 それがあるから人も生きていける! 命っていうのはそういうものなんだ!」

まさか、何かの防御手段を隠していたのかと思い、先程と同じように見極めるためエルプスユンデを操作。

「生きること自体が、人を繋ぐなら! 繋がりあえる人の心が奇跡なら誰も踏みにじっちゃいけないんだ!」

弾かれるエルプスユンデ。
進化した人間特有の精神感応能力の応用だと推測するが、風の魔装機神にはそういった能力に対応し防壁を張る力はない。
だとすれば、原因は何か。ノイ・レジセイアは、風の魔装機神の力をあらゆる方向から検討する。


「黒歴史がなんだろうと、俺は……俺は―――!!」



サイバスターの身体から、透き通るような空色の波動がにじみ出ている。
波紋のように広がる空色の力。光の粒子。それは、風の魔装機神の持つ力の一つ、サイフラッシュ。
あり得ない。サイフラッシュは、周囲に力を撹拌させ、敵意のみを破壊する力。
一瞬でも消耗が莫大なそれをこのような防壁として、長時間維持することなどできはしない。

「ここから……」


ひとまず、攻撃を防ぐことにノイ・レジセイアは専心する。
力場そのものであるエルプスユンデで阻止できないというのなら、物理的に質量をもつエレガントアルムで作った盾で防ぐ。
詳細が何であれ、サイフラッシュやそれに類するものならば、大量の質量を破壊することは不可能だ。
ナノマシンのせいで再生を阻害されていたが、除去も完了しつつある。もうすぐ、あの刀による攻撃の傷も再生できるようになる。
どんな種類の力であれ、長時間は維持できない。一度防ぎ、体勢を立て直せば終わる。


「ここから―――」


それでも、なおノイ・レジセイアの予測は裏切られる。
一息で、厚さ何百mとあるエレガントアルムの防壁を食い破られた。
ノイ・レジセイアは即座に歪曲フィールドを自身の前に張る。空間をねじり固めたこの防壁は、あらゆる攻撃を半減する最硬の盾。
風の魔装機神の動きが、そこで止まる。


「ここからぁぁっ!!」


やっとノイ・レジセイアは知った。
風の魔装機神の周りにいる存在を。全ての存在は、新しい世界に統合されたと思っていた。
しかし、違っていたのだ。この世界で死したものたちは、いまだこの古い世界に残留していたのだ。
ノイ・レジセイアは初めて人間一つの一つの個体の名前を思い出そうとする。
風の魔装機神の側にいる存在の名は――

シャギア=フロスト。
キラ=ヤマト。
「ガンダム」の歴史を紡いできた者たち。

ノイ・レジセイアはエルプスユンデを一点に集めることで、空間の門を開き、サイバスターを外世界に放逐しようとした。
空中で一つになり、黒い空間転移の力場に変化するエルプスユンデ。
だが、ノイ・レジセイアの行動が終了するよりも早く、サイバスターは世界の新生に匹敵するその力を解放しようとしている。


これもまた――人の繋がりが生む力か。


精霊光の輝きがサイバスターの周りを飛ぶ。 サイバスターが眩い光に包まれていく。
ノイ・レジセイアがこれを見るのは、三度目。
一度目は、あの依り代の中で。二度目は、宇宙の新生の時に。そしてこれが三度目。
地獄のような肉にあふれた赤い大空洞が澄んだ青に染まる。
青と緑の中間に近い色合いのそれが、輝きを増す。
その光はやがて黄金を越え、色を超越し、ただひたすらに、どこまでも眩く輝き始める。
やがて輝きは四つの光の玉に収束される。
サイバスターの組んだ腕が、集積した力の大きさに震えた。
世界の理を塗り替える、局地的な宇宙の新生――コスモノヴァ。


だが、ただのコスモノヴァではない。
サイバスターが変形し、サイバードへ変わる。
自分の作り出した力をその身に纏う。


「ここからいなくなれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


ノイ・レジセイアを、サイバードごとコスモノヴァが包み込んだ。






サイバードから変形し、サイバスターが落下する。
あたしは、慌ててそれをブレンにキャッチさせた。
そのまま、ふらふら地面にブレンは着地する。
カミーユから、声はない。焦点定まっていない瞳を何処かに向けたまま震えている。
けど、生きてる。あたしは、ノイ・レジセイアがあった場所を見た。
そこには、ノイ・レジセイアの本体は少しもなく、えぐり取られている。
間違いなく終わったんだ。
今度は統夜が消えてしまった肉の地面を見る。

あたしは悲しくなった。
統夜は、最後にあたしのことをテニアと呼んだ。
コクピットにも、ノイ・レジセイアの気持ちの悪い肉が入ってて、統夜の身体に張り付いていたのに、
それでも笑って自分へ拳を突き出してそうつぶやいたのだ。
そして、統夜は、肉に包まれて見えなくなった。

なんでこんなことになったんだろう。

自分と真逆の道を進んだ統夜だけじゃない。
結局、あれだけいた人たちも、残ったのは私とカミーユだけ。
殺し合いを心から望んでた人なんて、ほとんどいなかったのに。

「なんで殺し合わなきゃいけなかったんだろう……」

ただ、悲しいばかりだった。
ショシュアも、シャアも、アムロも、クルツも、キラも、ロジャーも、コウジも……
殺し合いが始まってから、出会った人を一人ずつ思い出す。
けれど、みんなもういない。

「う……あ……」
「カミーユ!?」

サイバスターから、うめき声が漏れた。
通信を繋げるが、カミーユは意味のある言葉を漏らそうとはしない。
ただただ、かすれたうめき声を上げるだけだ。
カミーユの手が、操縦桿を引く。サイバスターが、ミサイルラックの影から何を掴みブレンに差し出した。
差し出された手の中にあるのは、Jジュエル。最初の時に、自分がサイバスターに渡したものだ。

「これで……どうすればいいの?」

カミーユのやることが無意味とは思えない。
これを使って何をしろとカミーユは言っているのだろうか。
アイビスはそう考えながらも、ひとまずブレンから降りて、カミーユをコクピットから出し看病しようとした。
けれど、アイビスがブレンを降りるより早く、サイバスターにブレンが突き飛ばされた。
かなりの力が込められたひと押しは、体格差もあって ブレンを大きく後ろに転ばせた。

「いったい、なんのつもり―――」

そこまで言って、アイビスは言葉を失った。
地面から巨大な柱が浮き上がり、サイバスターのコクピットを突き刺さして左右に広げる。
左右に肉の地面が開く。真っ二つに割れたサイバスターを、肉の地面が飲み込んだ。

カミーユがどうなったのか、一瞬考えられなかった。

「え、あ……!?」

ブレンがアイビスの意思をくみ、サイバスターがいたはずの場所に飛ぶ。
しかし、そこにソードエクステンションを放つが、えぐれた地面の中にはいない。

『ここまで……我を追い詰めるとは予想できなかった……故に……取り込む価値も……ある』

ノイ・レジセイアの本体があった場所から、声が聞こえる。
アイビスが振り仰げば、そこにはあの骨の騎士姿のノイ・レジセイアが肉の隙間からのぞいていた。


その胸には蒼い宝玉が輝いている。



【カミーユ・ビダン 吸収】



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