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 ◆YYVYMNVZTk




――――

眼前にそびえるは、人に非ず。人知の及ぶものでも非ず。
眼前にそびえるは、人に非ず。人知の及ぶものでも非ず。

なればそれは一体何だ、問うても答える者在らず。
ならばこれは一体何だ、問うても答える者在らず。

止める力は有らず。伝わる言葉も有らず。
抗う力は有らず。発する言葉も有らず。

ただそこに広がるは、絶望だった。
だがそこに広がるは、希望だった。



覇気と共に繰り出された斬撃が、まるでケーキにナイフを入れたかのような気軽さで地を抉る。
ざくりざくりと、周囲に破片を撒き散らすこともなく綺麗に引き裂いていく。
先ほどまでロジャーとアキトが足場としていた数十メートル級の機動兵器が格闘してもなお崩壊することなく原型を留めていた物質が、いとも容易く、破壊――いや、『切断』されている。
もしも統夜の振るう大剣が最初からロジャーたちを狙っていたならばと考えると、どうもぞっとしない話になりそうだ。
幸か不幸か、ヴァイサーガの斬撃はロジャーたちとは見当違いの方向へと向けられた。
威嚇というよりは、ただ単に試し切りを行ったという印象。
パイロット自身自らの変化を完全に把握できていたというわけではないらしい。

だがそれは、ほんの数分前までの話。
更に一振り。振り、返す。二つの太刀筋で、しかし地に生じた亀裂は完全に一。
最後に握りを確かめると、騎士は今度こそロジャーたちと相対する。
鬼気迫るを通り越し、むしろその挙動は平静。そしてその動作の一つ一つは無駄なく、完全に洗練された超一級のもの。
幾多の戦いを経て、禁忌の力を得て、紫雲統夜は“もしも”の世界と同等に、或いはそれ以上の強さを手にした。

とはいえ、二日間という短時間での急激な成長は何らかの代償無しに得られるものではない。
統夜が失ったものは、全て。
統夜を慕った少女たちも、統夜が愛した少女も、あの、厳しくも優しかった日常も――全て、儚いうたかたの夢だったかのように、影も形もなくなってしまった。
血まみれの手に残ったのは、一振りの剣だった。
何も守れなかった力。でも今なら、もしかしたら何かを取り戻せるかもしれない力。

「テンカワ!」
「聞こえている。……来るぞ!」

ヴァイサーガがその剣を腰に構え、全身の気を集中させる。
数瞬ごとに纏う剣気は倍増。剣を中心に朧気に漂うそれは、ゆらゆらと揺れながら形を整え始め、淀みなく巨体を覆う。
なみなみと注がれた水が、やがて器から溢れ出すように――その張り詰めた気は、一瞬にして荒々しく形を変え、爆発する。
疾く。何よりも疾く。そして強く。刃先は弧を描き、真っ直ぐに標的へと伸びていく。
神速と形容するに相応しい速度を更に加速させ、切っ先は音の壁を超え衝撃波さえも生み出していく。
如何な達人であろうと、その剣を完全に見切ることは至難の業だ。まして、避けることなど不可能。
ただただ速さを求め、極限まで研ぎ澄まされた剣。皮肉なものだ、と統夜は自嘲する。

何よりも、速さが足りなかったからこそ全てを失い――全てを失ってから初めて、何よりも速い剣を手に入れた。
これが皮肉でなくて、何と言えるだろうか。
全てを救うには、自分の手はあまりにも小さすぎた。指の隙間を抜けるようにみんな零れ落ちていった。
今から自分がやろうとしていることは、その残滓を拾い集めて無理やりに繋ぎ合わせるようなことなのかもしれない。
元通りに戻るはずもない。破れた紙をまた取り繕っても、その傷跡は絶対に残ってしまって、決して純白には戻らない。

それでも。
時が未来にしか進まないだなんて、誰が決めた?
たとえ今からやることが砂漠の砂の中から特別な一粒を探すような、時計の針を逆に回してみせるような、到底不可能なことだったとしても。
ただ、自分のエゴで。他の誰もが望まなかった未来が訪れたとしても。

紫雲統夜は、自らの意思で――何よりも、強い心で決めたのだ。
取り返すと。取り戻すと。あの優しき日々を、もう一度この手に――と。

一撃必殺。これ以上無駄にする時間はないと、統夜は瞬き一つ許さぬほどの間隙に鳳牙との距離を詰め、白刃を閃かせ――
しかし、絶対不可避のはずの斬撃は、鳳牙の巨躯を裂くことはなかった。
剣は確かに鳳牙の胴へと横一直線に吸い込まれていった。
敵機を一撃で切り裂くに足る、紫雲統夜渾身の横一文字である。

だが、受けられた。鳳牙はダイゼンガーの置き土産である斬艦刀を器用に扱い、完全に勢いを殺されたヴァイサーガのガーディアンソードをいなし、再び距離を取る。
統夜の手に残るは、DFSを通じて返ってきた不可思議な感覚。払いの速度が最高潮に達するその瞬間に、突如空間に生じた、ぞわりとした感触。
衝撃を緩和したなどという生温いものではない。まるで空中にダイヤモンドの見えない壁があったかのような、絶対的な防御。
見えない壁に阻まれたヴァイサーガの剣はその勢いを九割方殺され、一拍二拍遅れてようやく鳳牙に辿り着くという有様だ。
それだけの隙が生まれ、剣の勢いが死んでしまえば、たとえそれまでの斬撃がいかに速く強力であろうとも関係はない。
いとも容易く見切られ、捌かれた。屈辱的なまでに、だ。

鳳牙の傍に、大猪の姿が一瞬現れ、また消える。ガトリングボア――創造を象徴し、その属性は光である電子の聖獣だ。
ガトリングボアの特殊能力クロックマネージャーは、一定範囲内の時間の流れを止める力を持つ。
ヴァイサーガの斬撃を予感したその瞬間、ロジャーは鳳牙とアルトアイゼンを包むように時を操る能力を行使したのだ。
完全に時を止めた物質は、何があろうと絶対に破壊されない、最硬の物質となる。たとえそれが、大気中に漂う分子だったとしても。
だが、ヴァイサーガの剣はその威力を大幅に相殺されたとはいえ、止められた刻を切り裂いた。

(時を操るだなんてとんでもない能力を持つこちらが言うのも何だが……それでも完全に足止め出来ないとは、とんだ化け物だな)

ロジャーの額を冷たい汗がつつと流れる。今はその汗をぬぐう時間すらも死に繋がりかねない。
ただの斬撃一つで物理法則さえも無視してしまうヴァイサーガを前に、真っ向から立ち向かうのは自殺行為。
しかしクロックマネージャーを常時発動させるわけには行かない。時を止める――その超常の力ゆえに、要求されるエネルギーもまた大きい。
長時間の使用のためには、中途のエネルギー補給は不可欠だ。しかし鳳牙のエネルギー補給といえばハイパーデンドーデンチの交換である。
そのような隙を、眼前の人鬼は与えてくれるだろうか? その答えは聞かずともである。
ならば交換の前に短期決戦を挑めば――いいや、それは不確かな戦略である。
たとえ全力全開を力尽きるまで続けたとしても、それでも眼前の騎士を倒せるという保障はないのだ。
ヴァイサーガの復活の際にロジャーとアキトが想起したイメージは、只の特機に過ぎなかったヴァイサーガのそれではない。
その野望を仮面の下に隠し、己が欲望のために謀略・暴虐の限りを尽くした魔人、ユーゼス=ゴッツォ。
あの男が乗機とした半人半獣半神の怪物である超神ゼスト――復活したヴァイサーガが放つ全身が粟立つような邪悪なプレッシャーは、ゼストのそれに酷似していた。

「……ユーゼスの乗っていた機体は、自己修復と自己進化の能力を備えていた。
 散り散りになったゼストの装甲片があの機体を新たな触媒とした可能性は否定できない」

左腕のチェーンガンをヴァイサーガへと放ちながら、アキトは苦々しく呟く。
ユーゼスがこの地で消滅したことは、はっきりとした確証はないものの薄々と感じていたことだ。
だがまさか、ユーゼスの遺した悪意が、このような形で発露するとは予想だに出来なかった。
アルトアイゼンが撃った銃弾がヴァイサーガに着弾するも、装甲の表面で弾丸はひしゃげ微細な傷を残すばかり。
しかもその傷さえも、見る見るうちに再生していく。
舌打ちを一つこぼすと、アキトは騎士へと加速。未だ鳳牙の傍を離れぬヴァイサーガの脚部に狙いをつけ、右腕を突き出す。
確かにヴァイサーガの挙動は、並の機動兵器では追いつけない速度だ。だが、瞬間的な爆発力ならばアルトアイゼンも決して遅れはとらない。
地を蹴ると同時に背部ブースターを噴出させ、更なる加速を得る。単純に、シンプルに、古鉄は速度を上げる。上げ続ける。
もう一機の接近を確認したヴァイサーガは、回避行動を取らんとするも、

(――機体が、動かないだって!?)

まるで両の手足を打ち付けられたかの如く、ヴァイサーガは微動だにせず統夜の意思に逆らう。
にやりと笑うのはロジャー=スミスだ。再び現れる緑の巨猪が、鼻息を荒らげる。
クロックマネージャーによる時間停止。今度は機体そのものをその力の対象としたのだ。
とはいえ前回の行使からそう間もなく、更にはエネルギー残量の関係もあり大幅にパワーダウンしていた時の拘束は完全に騎士を繋ぎ止めることが出来なかった。
突き出した杭が目標を撃ち貫かんとするその瞬間、統夜は機体のコントロールを取り戻す。
同時に右足に走るのは、DFSによりフィードバックされた痛み――ヴァイサーガの右脚部が貫かれた証だ。
慌てて距離を取るも、受けた傷は深い。ヴァイサーガの神速を支える脚部が損傷したということは、その剣にも多大な影響を与える。
機動力の高さを攻守の要とするヴァイサーガにとっては大きな損失だ。
だが同時に、敵の手品のタネも見抜いた。恐らくは、物体を停止させる能力。
しかしいくらタネが割れようと、超能力としかいいようのない反則級の力の前では対抗のしようがない。
拘束が絶対的、永久的なものではないといっても、コントロールを奪われた瞬間に敵の最大火力を叩き込まれればなす術もなく御陀仏。
――また、全てを失ってしまう。

「う……うおおおっ!」

感じた虚無を本能が忌避する。雄叫びと共に、再び敵との距離を詰めていく。
相手がどんな力を持っていたとしても、それを使われる前に斬り倒してしまえば何の問題もないのだと自分に言い聞かせる。
鳳牙の傍に緑の猪のようなものが現れたとき、敵の停止能力は発動した。
そのことから能力の持ち主は鳳牙だと見当をつけ、統夜は鳳牙へと向けて牽制として五大剣を投げつける。
同時に接近。ガーディアンソードを、今度は袈裟切りの形で振り下ろす。
だが今度は、見えない壁を作られたわけでもなく、振るう腕の操縦権を奪われたわけでもなく、ただ単純に――受け止められた。
向こうにも余裕があったわけでもない。あと半秒も反応が遅れていれば、ヴァイサーガは何の苦もなく鳳牙を叩き切っていただろう。
それでも鳳牙は、ロジャー=スミスはヴァイサーガの太刀を斬艦刀で受けたのだ。

――速さも重さも、格段に落ちている。

受け止められながら、しかし酷く冷静に統夜は自分の剣を省みる。
脚部の損傷は、予想以上に戦力に響くものだった。
剣を振るう、という行為は、ただ腕の力のみで行うものではない。全身で振るって、初めて剣は力と速さを得る。
巨躯を支える脚が十全でなければ、振るう剣もまた不完全。
先手を取られ、そしてそれは致命的な一撃となった。

「紫雲統夜……だな。こうして相見えるのは初めてだが私のことは知っているだろう。
 ネゴシエイター/ロジャー=スミスだ。私は君との対話を望んでいる。君が了承してくれるのならば、一時休戦といかないか?」

ヴァイサーガの戦闘力がロジャー操る鳳牙でも対抗しうるまでに低下したことを感じ、ロジャーは統夜へと呼びかける。
先の剣技を見るに、機体そのもののスペックは異常なまでに上昇したもののパイロットはそのものは正気を保っている。
そう見抜いたロジャーは、紫雲統夜へ交渉を持ち掛けた。
統夜からの返答はない。だが同様に、こちらを攻撃する挙動もない。
殺気そのものは、微塵も衰えてはいないがね、と止まらない冷や汗に嫌悪感を覚えながらロジャーは矢継ぎ早に言葉を発していく。

「見ての通り、既に事態は単なる殺し合いなどに留まらない――完全に理は崩壊しているのだ。
 それでもなお、君は戦おうとするのか?」

そう。既にバトルロワイアルはその形式を保ってはいない。
異形の怪物が作り出した箱庭も、参加者を縛る首輪も、全て、完全に、消えてしまった。
そのことは統夜も理解しているはずだ。殺し合いを続ける必要などないと。
このおぞましきイベントが滞りなく進行していたならば、もしかすると本当に、最後の一人だけは生きて帰ることが出来たのかもしれない。
だが、この状況は――恐らく、いや、確実に主催者の思惑から外れたものになりつつある。
なら最後の一人になったところで生きて帰れるなどという保証はない。

「君も私たちの狙いは知っているだろう。あの怪物を倒し、ここから生還する。
 それを為せる可能性は、極めて低いかもしれない。だが、私たちはあの箱庭から逃げ出すことは出来たのだ。
 千に一つ、万に一つの可能性だったとしても、ここから生きて帰ることは、不可能ではないはずだ。
 紫雲統夜。私たちは共に戦えないだろうか? 今更手を取り合うことは、出来ないのだろうか?」

もしも、この状況が数時間早く訪れていれば。
或いはこの場に及んで、統夜は逃げ出していたかも知れない。
だが今の統夜には逃げる選択肢など存在しなかった。そもそも逃げる先など、とうに失っていた。
肯定も否定もせず、ロジャーの言葉を聞く。正確には、聞くふりをする。
うすら寒いその言葉は、統夜には何の実感ももたらさなかった。
上っ面を撫でただけのような軽い言葉だとしか思わなかったし、感じなかった。
その言葉に理と利はあるのだと、そのくらいは分かる。

――それがなんだっていうんだ。

あんたたちと一緒に行けば、テニアは生き返るのか?
俺たちはみんな、元通りの暮らしが出来るのか?
出来ないんだろう。出来ないに決まってるんだ。

「ネゴシエイター。良かったよ、あんたと話せて」

ぽろりと、本音が口をついた。掛け値なしに、本心だった。

「あんたの言葉は俺には届かない。それはつまり、もう俺は、引き返さないってことなんだ。
 もう一度、最後にそれを確かめられて本当に良かった。本当に……本当に嬉しくて、反吐が出るさ!」

ロジャーが何か叫ぶが、統夜には届かない。
手元のコントロールパネルでDFSの感度調整。脳波とのシンクロ率を最大に設定。
明確な敵意と殺意を、100パーセントそのままにヴァイサーガへと伝えていく。
心の奥底から沸々と湧き上がる感情が、ヴァイサーガの原動力となっていく。

「待て、統夜!」
「五月蠅い」

ロジャーが御託を並べている間に、ほんの少しだが脚の負傷は回復した。
全快にはほど遠いが、先のように無様な姿を見せることはなさそうだ。

「ヴァイサーガ……あと少しだ。もう少しだけ、無理をさせる。付き合ってくれるよな?」

自律ユニットを持たないヴァイサーガからは、勿論返答もない。
だが統夜の意思に応えるように、その出力を大きく上げていく。
良い相棒を持てたと、統夜は素直に思った。
ヴァイサーガがいたからここまで生き残ってこれた。
こいつとなら、最後まで行けると、そう思える。
純粋なその思いは、とても青臭くて、甘すぎるものなのかもしれない。
でもきっと――そんな思いさえもなければ、不可能を可能にすることなど無理なのだから。
だからきっと。今この瞬間、いや、これから先もずっと。

「俺は――いや、俺たちは、負けない」

はっきりと言葉にしてみれば思っていたよりもすっと口から出る。
気恥ずかしさや気負いはない。平静の心のまま、統夜は剣を構えた。

 ◇

――意識が、とある声によって呼び戻された。
気を失っていた時間はどれほどのものか、アイビスは知らない。
とても長かったのかもしれないし、もしかしたらほんの数秒だけだったのかもしれない。
しかし今さらそんなことを考える余裕はない。
今眼前に広がる光景が、いったい何を意味しているのかアイビスには理解出来なかった。
謎の乱入者は、彼女が全く知らぬもの。
機体のフォルムも、操縦者の声も、ここに連れられてくる前にも後にも触れたことのないものだ。
そして、その異質で未知のものが――

「あなたと合体したい」

予想もしていなかった事態に、生まれるのは意識の空白。
いくつもの疑問符が頭の中に浮かび、しかしその問いに対して納得できる答えは一つも思い浮かばない。
ここにきて、さらに現れる不確定要素――それもきっと、悪い意味での。
何故、何故こんなにも上手くいかないのか。
余りにも理不尽な現実に涙がこぼれそうになる。
思い返してみれば、自分はいつだってそうだった。
いくら努力を重ねても――現実というものは、いつも厳しく非情な結果だけを突き付ける。
落ち込んでみたり、時には泣いてしまったり。
努力が実らなくても、『どうせ自分は劣等生なのだから』と理由を付けて、頑張ったポーズだけしてみて。
夢に向かって頑張ってるだなんて、そんな自分は、いつの間にか何処かに置いてきてしまっていた。
最初は、違ったと思う。空を飛びたい――純粋な思いが胸の内を占めていて、それに向かって一直線に進もうとしていた。
けれど夢への近道だったはずの訓練は日々のルーチンワークとなっていて、どこか心は倦んでいた。
自分はナンバーワンにはなれないんだと、はっきりとではないけど、そういうことを理解していたんだと思う。
頑張って前へ進んでいるふりだけして、実はその場で足踏みをしていただけの日々――だった。

そしてフィリオが死んで――私の足は、完全に止まってしまった。

もう、頑張るふりさえもしない。自分のことを見ていてくれた人はいなくなってしまったから。
ただ死んでないだけの毎日が続いていた。
生きようだとか、頑張ろうだとか、そんな前向きな考えが浮かんでもすぐに消えて、無力感に襲われる。
ツグミがいなければ、本当に野垂れ死んでいたかもしれない。
いや、死ぬことは怖かったから、やっぱり死なないくらいに無意義な時間を過ごしていたのかな。

食べて寝て、身銭を稼いで、永遠に続くかと思ってたループが突然途切れてここに連れてこられた。
それでも私は変わらず、いつものように人に迷惑をかけることしか出来なくて。
こんな――こんな自分のために、どんどん人が死んでいってしまった。
だけど今度は、足を止めるわけにはいかなかった。引き継げ、と言われたから。
私のために命をかけてくれたみんなのためにも、その分まで私が精一杯生きなければいけない――そう思った。
なのに私は、結局のところ具体的に何をすればいいのか分かってなくて、あまり役に立たない、そんな存在のままだったように思う。
何がいけなかったのだろうか。
確かに私は、操縦技術だって決して高くないし、頭だって良くない。
みんなと比べて、優れてるところなんてない。

「……アイ、ビス」
「――カミーユ!? 無事なの!?」
「ああ、なんとか。だけど、これは――」

カミーユの顔に浮かぶのは焦燥と困惑。
既に状況は取り返しのつかないところまで来ている。ビッグクランチ――終焉へと近づいていく、この宇宙。
収縮を続け、全てがゼロになり、超新生を経て、再び宇宙が創世される――その臨界点まで、どれほどの猶予が残されているのか。
刻一刻と悪化していく状況に対して、しかしカミーユたちにはもはや打つ手はなかった。
そこに突如として出現した、不確定要素。
閉ざされた世界に無理矢理に侵入してきた次元を超えるほどの力の持ち主。
そしてカミーユは極大にまで肥大化したNT能力により、其のものの正体を直感する。
それが真実ならば状況は決して好転などしていない。
出来ることならば何かの間違いだと信じたい。だがそれは紛れもない事実なのだ。
あいつはゼストのなれの果てだ。



ここまで来るのに、永遠とも思える時間を費やした。
目指したのは完全。創造主が望んだ、人をも、神をも超える存在。
しかし――足りなかった。
幾年月をかけて力を取り戻しても、かつて創造主が望んだであろう完全には程遠かった。
何が足りなかったのか――候補は幾つも上がったが、そのどれもが決定的なものではなかった。
そして、ある結論に至る。足りなかったものは、アインストの力であると。
主は最初からアインストの力を求めていた。ならば足りないのは、それなのだろう。
しかし――いなかった。
AI1が、いや、デュミナスが成長した時間軸に、アインストという存在はいなかった。
このままでは自分はデュミナス(間違い)のままだ。
それは嫌だった。
故に、時間を――次元を超える力を欲した。
アインストが確実に存在した、全ての始まりの時へと再び戻るために。
デュミナスが力を取り戻した時代に時流エンジンが発明されたのは幸運であった。
そしてデュミナスは時を超える力を手に入れた。

「我と……合体」
「そう。私は願う。あなたと合体したいと。あなたと共に、完全なる――超神へ」

デュミナスの言葉に対し、蒼色の少女は唇の端を軽く釣り上げる。
少女の口から発せられるのは、拒絶の言葉。

「……否。断じて……否。我が望むは……完全なる世界。そして……その監査。
 その世界に過ちは……必要ない。我は……不完全な存在を……拒絶する」

既にノイ・レジセイアは完全を手にしている。
このままこの宇宙を終わらせ、新たな――静寂なる、完全なる宇宙を創世し、永遠にその世界を見守り続けることで、レジセイアの望みは叶えられる。
今さら不完全な存在であるデュミナスを取り入れる必要も、協力してやる義理もない。
デュミナスは哀れな存在である――憐憫、そして蔑笑が自分の中で生まれていたことに、少女は気付く。
感情だ。
個体では脆弱なタンパク質の塊に過ぎない人間が、時にアインストを超える力を生み出す――その源の一つが、感情であるとレジセイアは考える。
不完全が完全を超える――その一因を、レジセイアは得たのだ。
微かだが、確かな歓喜を覚えながら、少女は右手を上げ、攻撃の合図とする。
デュミナスは不要な存在だ。今ここで処分しても何の問題もない。
少女の背後に佇む鬼――ペルゼイン・リヒカイトが殲滅の光を放つ。
白光は刺し穿つ剣となり、デュミナスを貫いた。

「……なぜ」

デュミナスは問う。何故自分は過ちとされるのか。
生まれてから、ずっと戦い続けてきた。自分の存在が決して間違いなどではないと証明するために。

「あなたも私を否定するのか」

自分を望むものは誰もいなかった。
孤独だった。故に、自らの分身を生み出そうと、そう考えたこともある。
だがその選択肢を選ぶことはなかった。
創造主が目指したのは、完全なる個。いくら眷族を生み出そうと、それでは間違いを正すことが出来ない。

「ならば私は……その否定と戦おう」

刺し貫かれた傷もそのままに、デュミナスは拳を握る。
四の拳と二の翼を持つその姿。トリトンと呼ばれる、デュミナスの最終形態。
永遠とも思える歳月の果てに、ラズムナニウムはメディウス・ロクスとは違う、新しい姿を模索した。
そして生まれたこの姿は、戦闘力のみならず、全ての面でメディウスを超えている。
握られた拳が、裂破の勢いで幽鬼へと向かい――加速、加速、加速!
音速の壁を優に超えるそれを、しかしペルゼイン・リヒカイトは悠然と受け止める。
無論、受け止めた側も無傷ではすまない。受けた右掌は砕け、五指のうち四指を失う。
しかし消失した四指が、瞬く間に再生する。アインスト従来の再生力にDG細胞による強化分を加え、その速度は従来の数倍にも及ぶ。

「無駄……無意味……無力」

ペルゼイン・リヒカイトの両肩に備えられた鬼面が、音もなく浮遊する。
くるりくるりと回転するそれの周りに、薄らぼんやりと影が見え始めた。
次の瞬間、影は実体化する。ペルゼイン・リヒカイトを幽鬼とするならば、現れたのはその眷属である悪鬼。
青白んだ光を漂わせ、幽鬼の両脇に這うそれが、蒼の光を無差別に放つ。
全周囲に向けた砲撃に対し、回避は不可。デュミナスは甘んじてそれを受けざるを得ない。
更に増える傷。デュミナスとて自己回復の術は備えているが、戦闘中に完全回復するほどの力はない。
攻め、受ける。この二手のやりとりだけで、レジセイアとデュミナスの力量差ははっきりとしてしまった。
デュミナスが弱いわけではない。レジセイアが圧倒的すぎるのだ。
機と器――それに加え、気までも備えたレジセイアは彼の望んだ完全に、限りなく近い存在となっている。

それでもデュミナスは、止まらない。止まれない。
これは自分の意味を探す戦いなのだ。ここで膝を屈して負けを認めてしまえば、自分は本当に、ただの間違いで終わってしまう。
何のために生まれて、何のために生きてきたのか、その意味さえ失ってしまうのだ。
宙に現れたのは剣の群れ。デュミナスが顕現させた幾重もの剣の包囲がレジセイアを狙い打つ。
さしものレジセイアも、この剣の全てを叩きこまれてはただではすまない。
数秒のラグを置いて不規則に迫る剣の群れを、慎重に、かつ大胆に、かわすもの、いなすもの、受け止めるものを見極め、処理。
一波、二波と続く刃の嵐を相手にしながら――レジセイアは気付く。
デュミナスの纏う装甲が、不気味に蠕動している様に。
変化――変形は一瞬で完了した。
デュミナスそれ自体が一振りの巨大な剣になり、レジセイアを狙わんと最外で円陣を組んでいた自らの剣さえも撥ねのけ、幽鬼を刺し貫かんと突進する。
再び実体化した悪鬼がペルゼイン・リヒカイトの盾となるも、ごりごり、ごりと抉られ、削りとられていく。
足止め出来たのは数秒。骨を砕かれ膝を屈す幽鬼の傀儡を尻目に、デュミナスはペルゼイン・リヒカイトと肉薄する。
剣の切っ先がアインスト・コアに触れたのと白羽取りの形で刀身を握られたのは同時。

「ノイ・レジセイア。私は貴方に問う。
 ……完全とは、何なのか? 不完全とは、間違いなのか?
 間違いは、否定されなければいけないのか?
 否定とは――消滅させることなのか?」

デュミナスは問う。答えを求める。
対し、レジセイアは答えない。ただ無言で、幽鬼を使役するだけだ。

「私をこの舞台に昇らせたのは貴方だ。
 私の育ての親が、創造主ユーゼスであるというのなら、貴方は生みの親と言えるのかもしれない。
 このバトルロワイアルという舞台上で、私はメディウス・ロクスとして、AI1として、ゼストとしてその役割を演じてきた。
 だが……結果として、私は何にもなることができず、間違い(デュミナス)の烙印を押されることとなった。
 私に力が足りず、創造主の望むものとなれなかった……これは、今更取り返しのつかないことだろう。
 しかし私には分からない……私はいったい、何をすればいい? 何をすれば……自らに刻まれた間違いを消しさることが出来る?」

剣の姿を解き、そのままがっぷりと四つを組む。
四つの手全てに全力。決して離さず、の意志でレジセイアと密着する。
そして、問う。更に問う。問い続ける。
かつてとこれからの、自らの存在意義を。


「答えを――答えを――教えてくれ!」




「哀れ……実に哀れな存在だ」

冷笑を美貌の彩りとしながら、蒼髪の美少女は重い口を開く。

「我がヒトに完全を求めたのは……ヒトが、不完全を完全にする因子を……感情と意思を持つため。
 自らの中に失敗を……自らの外に不可能を発見したとしても……ヒトは、それを打破するために考え、行動し、そして叶える。
 故にヒトは……不完全であっても完全に限りなく近づくことさえある……その力を我のものとするためにこの箱庭は作られた。
 AI1は可能性の欠片……ヒトという存在を計るためのただの機に過ぎない。
 ただの機が……完全を目指す……? 答えを求める……?」

笑止、とレジセイアは吐き捨てた。

「自らの内に眠る可能性の欠片にすら気付かず……ただ他者に言われるがままの傀儡……不完全……不適当……不要……」

それ以上を語らず、ペルゼイン・リヒカイトは自らの傀儡――オニボサツをデュミナスの背後に展開、挟撃の形を取る。
いや、挟撃ではない。デュミナスの剣により崩壊したはずのもう一体も早々と蘇生している。
二点の挟撃ではなく、三点からなる包囲。
そして三体の手に握られるのは、ペルゼイン・リヒカイト唯一にして最良の武器であるオニレンゲだ。
二体の鬼面が刀を振りかぶり、同時にデュミナスの胴体部を突き刺し、その場に固定。更に包囲は強化される。
これでもう、デュミナスは完全に動けない――いや、動かない?
ここに至ってもなお、デュミナスの瞳はもう一人の創造主である蒼髪の少女を中心に入れ、微かにもぶれてはいない。
それほどまでにデュミナスの意思は、願望は、強烈なのだ。
狂執、と言い換えてもいい。自らの存在を知り、正す――それこそが、デュミナスにとってのアイデンティティに他ならないのだから。
声にならない咆哮が、問いを重ね続ける。答えの返らない疑問が、魔星の中心で木霊し続ける。

「――――――――!」
「故に……我は……否定する」

ペルゼイン・リヒカイトがデュミナスの巨大な眼に、ずいと剣を差し込んだ。
何の障害も無かったかのように滑らかに入っていった刀身を前後左右に揺さぶる。
眼球上に浮かんだ一筋の線が、幽鬼の手の動きに合わせて生き物のように太くなり、広くなり、増えていく。
ざしゅ。ざしゅ。ざしゅ。ざしゅ。ざしゅ。ざしゅ。ざしゅ。ざしゅ。
表面の三分の一は、既に球面を保ってはいない。
人でいう血管、神経、体液にあたるモノを撒き散らしながら、胴に刺さる二本の刀のせいで倒れこむことも出来ない。
拷問とも言える、幽鬼の一方的な殺傷は続く。××が、××と、××に、言葉では言い表せないおぞましさと共に、淡々と行為は続く。
眼球をあらかた破壊し終え――ノイ・レジセイアはそのアイスブルーの瞳に、奇妙なものを見つける。
個での完全――超神を目指すことを選択したデュミナスには不要になったはずのもの。
幾重もの装甲に包まれ、デュミナスの奥底に眠っていたそれ。
無人のコクピットブロックが、幾百年ぶりに外気の元にさらけ出されていた。

 ◆

あまりにもレベルの違い過ぎる攻防を前に、アイビスとカミーユはただ手をこまねいて状況の変化を待つしかなかった。
出来ることといえば、巻き添えを食らわないようにブレンのチャクラシールドの中で待つことだけ。
歯がゆい現実だった。ノイ・レジセイアを倒し全てに決着をつけると意気込んでも、元々の実力差は埋めようもなかったのだ。
無駄……無意味……無力……デュミナスに向けられた言葉が、そのまま自分たちにも当てはまる。
突然の乱入者が蒼髪の絶対者に楯ついたその時は、最後の最後で好機が訪れたと、そう思った。
だがデュミナスとレジセイアの闘争は、二人が介入する隙など全く無く。
そして、デュミナスでさえも――あれだけ自分たちを苦しめた、ゼストの進化形でさえも――レジセイアには及ばなかった。
全身に広がる疲労、倦怠感が気力を奪っていく。
絶望――その二文字が、頭の中を駆け回る。

「それでも……ここで諦めるわけにはいかないんだよ……!」

ここで自分が諦めてしまえば、膝を屈してしまえば、今まで散って行った命が、本当に無駄になってしまう。
まどろみの中で感じた多くの命と声があった。
絶望のままに死んでいった者たち――志半ばで倒れた者たち――意思を、希望を託していった者たち。
まだ自分には、立ち上がるための足がある。敵を見据える目がある。力を振るう拳がある。
剣を杖に、もう一度立ち上がる。たとえ、この剣が届かなかったとしても――最後まで、抗うことを諦めたりしない。

「……アイビス、やれるか?」
少年が声をかけた赤毛の少女は、しかし――泣いて、いた。声もなく、泣いていた。
「あ、アイビス……?」
「……あのさ、カミーユ。――何で私たち、戦ってるのかな? こんなに必死に、もがいてるのかな?」
「……っ! しっかりしろ、アイビス! 俺たちがやらなくちゃ、皆が――」
「違うんだ。そういうんじゃないんだ。……少しだけ、時間をもらっていいかな?」

アイビスの言葉に、カミーユは面食らう。
確かに状況は絶望的。しかし、だからといって、泣いて喚いてどうにかなるものではない。
こんな状況だからこそ、最後まで諦めずに戦い抜く意志こそが何よりも大切なものなのだ。
たとえ生き残っていたのが自分ひとりだったとしても、最後まで戦うつもりだった。
だが……ここでアイビスがその意思を失くしてしまえば……
カミーユの不安は募る。そんな少年の心中を知ってか知らずか、アイビスは語り出す。

「あたしは、落ちこぼれだった。一人では何も出来ない子だった。
 ……まるで、自分を見ているみたいなんだ」

何を、とははっきり言わずとも、アイビスがデュミナス――ゼストと自身を重ね合わせているということは明白だ。
アイビスもまた、落ちこぼれとして扱われてきた。
だから――

「きっと、あたしが考えてることは、正しくなんかないんだと思う。
 でも――見たくないんだよ。自分のことを認めて欲しくて、なのにそうしてもらえなくて苦しんでる誰かは――見たくないんだ。
 自分勝手なんだ。分かってるんだ。でも、でも……!」

大粒の涙がアイビスの目からぽろりぽろりと零れ落ちていく。
赤毛の少女は、臆面もなく――他人のために、涙を流していた。
もしかしたらそれは、自分自身のための涙だったのかもしれない。
デュミナスがまるで自分のようで――鏡に映る自分の姿を見て、泣いているようなものだったのかもしれない。
でも、それでも。アイビスはデュミナスのために泣いていたんだ。

「アイビス……」
「ジョシュアはこんなあたしのことを命がけで守ってくれた。
 シャアはあたしにみんなの分まで生きろって――勝手に死ぬのは許さないって言ったんだ。
 クルツは無い胸張って生きていけるように、精一杯頑張れって……
 ラキはこんなあたしのことを優しいって、ブレンをよろしく頼むって。
 あたしはどう生きるのが正しいのかなんて分からない。自分がやることみんな正しいだなんて思っちゃいない」
「そんなの――俺だってそうさ。ただ、許したくないことがある。だから戦うんだ。
 少しでも、自分を――世界を、変えていくために」

ああ――と、アイビスはぐずりと鼻をかみながら頷く。
カミーユは強いねと。

「あたしには、そんな大きな目的なんかないんだ。
 でも、胸を張って生きていたいから――精一杯頑張りたいから――もう、自分を誤魔化したくなんかない」

すぅ、と大きく息を吸い、

「あたしは、デュミナスを助けたい」

そう言った。

「ごめんね……最後の最後で、こんな我儘」

いつの間にか、アイビスの瞳からは涙が消えていた。
代わりに満たすのは――意思。強い意志だ。
カミーユが望むものとはベクトルは異なるものの、その強度はまぎれもないものだ。

「本気なんだってのは……痛いほど分かる。止める言葉なんかないってことも、よく分かる。
 ……それで、本当にいいんだな、アイビス?」

こくん、と首を縦に振る。
既に心は決まっている。まだ、何をすればいいのかは分からないけれど、自分が何をしたいのかははっきりと分かっている。

「ごめん」
「自分でそう決めたんなら謝る必要なんかない。
 ……後悔だけはしないでくれ。そうじゃないと、大尉たちが浮かばれない」
「……うん。それじゃ――」
「いってこい、アイビス。――飛べ!」

カミーユの声を聞き、アイビスはブレンと共に飛んだ。




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