mariage anecdote~アララ~


『これほど舞い上がったあの子を見たことがないわ』
ふみこが意地の悪い微笑みを浮かべつつ語った言葉より

これはもう一つの結婚式の舞台である。
表があれほど荘厳であるならば裏舞台が修羅場になるのは当然であると言えよう。ご馳走の用意・配膳にキノウツンのメイド軍団がかかり切りになっている間も、お色直しのために用意された様々な衣装を的確な指示のもと着付けを行う者が必要である。
これは、急遽天領から帝國の娘達を派遣することで補ったと、記録にはある。

この日。花嫁、つまりアララ・クランはいつまでたっても慣れることのない、この雰囲気に押しつぶされそうになっていた。いわゆるぐるぐるな状態だ。
「だめ、こんな姿、鋼一郎に見せられない」
「大丈夫ですよ、アララ様、似合ってらっしゃいます」
ゆっくりと犬耳のメイドに窘められてうーっと声にならない声を上げて控え室の席に着く。
「ほら、目をつぶって下さい」
魔法のように、一つ一つ丁寧に化粧が施されていく。
この一つ一つですら、一月は過ごせる位の金がかかっていた。全ては宰相の好意であった。

大きな姿見の前で座り、人を払う。

「もう、会えないと思ってた……」
ぽつりとこぼす。
「でも……」
そう言葉を継ぐとアララは口を引き締める。姿見に映る自分の姿と唇に咲いた鮮やかなルージュ。全てのあふれる思いを内に秘めたまま、完璧な自分を演じてみる。
(……このまま行ってしまおうかしら)
アララはそんなことを考えてみる。そして姿見に映る自分が笑みを浮かべてることに少しだけ、気が楽になった。

「時間です」
どこから見ても子供にしか見えないメード長の口から時を告げられる。
その声はどこか記憶の片隅にあったが、すぐに忘れることにした。
メード長は一つずつ最終チェックをして、念を押す。少しの歪みもその目を逃れることは出来ない。
「貴女なら大丈夫です」
そして、メード長はにっこりと笑いかけ、付き人にバトンタッチする。
アララはその言葉に勇気づけられ歩き出した。

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――扉が開く。

光の世界に人の波が見える。瞬間的に愛しい人を探し視線を動かし……固まる。
そこには礼服姿の鋼一郎の姿があった。
(……こんなの反則だわ)
アララはなるべく平静を装って、歩を進める。
後数歩に近づいた時、指摘をうけ、鋼一郎が振り向いた。

息をのむ鋼一郎。

一気に血が上るのを感じる。まともに見ることが出来ない。
このときアララは横を向くしかなかった。
だが、皆の後押しを受けてここにいるアララは勇気をだして歩を進め、鋼一郎の元へ向かう。

「あの、その、えと」
鋼一郎もまたぐるぐるだった。

この時アララが身にまとっていたのは白のドレス。編み上げた髪と相まって一つの神域の芸術がそこにはあった。

「に、似合わないのは、自分でも分かっているから」
二人してぐるぐるしていた。
鋼一郎が上手く言葉が出せない間も、ちょっと自虐的な方向にアララの考えは向かう。
(だから、こんな姿見せられないって……)
真っ赤になり、少し斜めに向かいながらアララは呟く。
「だから、目を逸らしていて」

「いやいやいやいや」
鋼一郎は盛大に否定した。
「見ますよ、晴れ舞台なんだし」
どきっとするような表情でアララを見据える。
キッと鋼一郎の方を睨むとアララは下を向いた。もう、直視に耐えられない。
「似合わないわけ、ないじゃないですか」
鋼一郎から追撃の言葉が来た。
赤い顔がさらに紅くなる。
(……嘘ばっかり、嘘ばっかり)
体を小刻みに震わせながらアララは呟く。
「嘘ばっかり」
アララにとってこれが精一杯の抵抗であった。
「アララ、嘘つく余裕があったらこんな緊張しません」
少し顔を上げて見る鋼一郎の姿はほんのりと紅潮し、同じく緊張に身を任せている様子が見えた。その姿に少しだけ気もちが和らぐ。

「よろしいかな」
アララはどう歩いてきたかもわからないほどであったが気がつけば壇の前に立っていた。
聞こえてきたその声は知恵者の声だ。
二人はその声に応え、お互いから視線を外し下を向く。
久保雄一郎が口火を切った拍手は、会場全域に波が伝播するが如く広がり、二人を祝福している。鳴りやまぬ拍手に押されるようにアララは鋼一郎を見た。
(嘘だったら許さない)
はっきりと視線にメッセージを込め、鋼一郎を見つめる。
鋼一郎もその視線に鋼一郎らしいメッセージを込めて視線を返してきた。
アララははっきりとそれを受け取り、小さく頷く。
その姿を見て鋼一郎の後ろで付き人が微笑み、ゆっくりと背を向けると歩き始めた。
肩越しにアララはそれを見るが、視線を外した瞬間にアララはその存在を忘れる。

遠くで清子さんが、礼砲を撃った。
それを号令に、静粛な空間が広がる。この時、アララには鼓動がやけに大きく聞こえた。

この短い時間が永遠とも思える。

「では私に誓うがよかろう」

知恵者の言葉はシンプルであった。

「私に誓ったから何があるわけでもないが、私は貴方がたのことを、ずっとずっと覚えていられる。貴方が死んで、宇宙がいくつも崩壊しても」

二人がここにいる、その証は記憶となって残っていく。
ただ、それだけのこと。

「はい。ええと共に歩み続ける限り、生涯新婦を愛する事を誓います」
緊張した声と共に、鋼一郎が宣言した。
その声に、その内容に、その想いに、顔を赤らめる。
アララは気の利いた言葉の一つも出せない自分がもどかしかった。
「同上」
横を向いて、しかもようやく絞り出せた言葉がこれだけだった。
「もう少ししっかり言うがよかろう」
少し眉をひそめ、知恵者が誓いの言葉を要求する。
「同上っ!」
アララは上手く回らない口で声の限り叫んだ。知恵者は顔をしかめる。
アララは半ば涙目だ。
「えーと、一緒にもう一度言いましょうか…?」
鋼一郎が優しい声を掛けてくれる。
アララはちらっと横にいる鋼一郎の姿を確認し、意地悪と言いたげな表情で知恵者に向き直る。知恵者はそれに応えるように微笑んだ。
真っ赤な顔はそのままにアララは詠うように誓いの言葉を発する。
「天が落ちるまで、地が裂け海が割れるまで」
見惚れる鋼一郎の姿が視界に入る。みていなさい、と言わんばかりだ。
「私は誓います。アララは名を棄て愛の名をとると」
朗々と宣言したアララはその時を待つ。
「よかろう。ロール・クランの娘アララ。良い航海を。絶技を使いなさい」
知恵者に促され、アララは絶技【キスの誓い】をかけ、鋼一郎に向き直る。

「目を、つぶって。恥ずかしいから」

鋼一郎だけに聞こえるようにそう呟く。

「はい。あと、愛してますから」
「それぐらい知ってるわよっ」

そして二人は目をつぶってキスをする。

この幸せな時が永遠に続けばいい。