善政

これまでのこと これからのこと


L:善政(暁の円卓版) = {
 t:名称 = 善政(暁の円卓版)(イベント)
 t:要点 = ご神木,静かに見上げ,願う人々
 t:周辺環境 = 暁の円卓。
 t:特殊 = {
  *善政(暁の円卓版)のイベントカテゴリ = ,,藩国イベント。
  *善政(暁の円卓版)の位置づけ = ,,一般イベント。
  *善政(暁の円卓版)の内容1 = ,,善政によって国民は幸福に暮らす。
  *善政(暁の円卓版)の内容2 = ,,善政によって国民は増加を開始する(3ターンの間+10%される)。
 }
 t:→次のアイドレス = 記録的な豊作(イベント),剣の賢者(ACE),神に昇る(イベント),戦人(Hi職業)



 木々の際が白み始める頃、人々の営みは始まる。これは遠く昔から続く当たり前の光景。
鍬を担いで荷車を引きつつ、開墾した土地へ向かう。この辺りもずいぶんと拓けてきたものだ。
そして青年は畑にたどり着き荷車を停めると本日の作業の準備にとりかかるのであった。

ふと日差しが目に入って眼を細め一面に作られた畝を見渡した。肩にかかる手ぬぐいが、揺れている。

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 暖かい風が優しく頬を撫でた。今日は登城の日である。開け放たれた門を溌剌とした若き騎士が通り過ぎる。
次々を通り過ぎる制式装備姿の戦士達を横目に青年は城を見上げた。
その強固な構えは穏やかな気候に包まれて悠然と建っている。まるでこの国の全てを見守るかのように。

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 遠く南西に位置する暁山より国を見下ろす。この国の全てを見守る暁山からはこの時期緑の海原が見える。
秋になれば金色の穂を付けて、また一層鮮やかな色に分けられるのだが、この光景も昔にはなかったものだ。

確実に時は流れていく。昔を知る人は皆口々に言う。「この国は変わったんだ」と。
かつて修羅の国とまで言われたこの国を変えたのは一体何だったのだろうか。


暁にとっての「善政」


 暁にとっての「善政」とは何かと問われれば、こう答えるしかない。

『藩王が、摂政が、一般の国民が、国を支えてくれたACEや設定国民が、ただ走り続けた結果である。』

それは王道であった。
近道などまるでなく、あらゆる事象がひたすら地道取り組むしかない苦難の道ではあったが、
諦めず、愚痴を吐かず、絶望もせず、真摯に取り組み続けた。
その結果もたらされたもの、それが暁にとっての「善政」なのだろう。

王道とは武力によってこれを治める覇道と異なり、徳によってこれを治めるものを言う。
確かに暁と言う国は武力に優れた国ではあったが、これに依って国を治めることはせず、
ひたすら忠心より帝國の剣、そして帝國の楯として振るうことにその役割を見出した。
暁にとって武は忠誠を捧げるべき皇帝とそれが導く明日を待つ誰かのために戦うものだったからだ。

暁の円卓の国民はその武におごらず、ひたすら地道に対話を続けていった。
武によって圧することで得られるのは畏怖であり、尊敬ではないからだ。
それは互いが想い合い、尊重するような状態が理想であった。

かつては国内には様々な課題があった。もちろん様々な悲劇に至ったこともある。
だが多くの悲しみを乗り越えて辿り着いた境地に根ざすのは、やはり『他者を想う』ことにあるのではないだろうか。


善政への取り組みの始まり

 その取り組みは遥か昔、大迷宮で知られる後ほねっこ男爵領が、善政を取得したことから始まる。
その報を聞き、藩王である白石は大いに羨み、また、いつかは自国で取得したいと発言している。
そうですね、と同意しつつも現況の厳しさを摂政である風杜に説かれてもその気持ちは全く揺るがなかった。
 当時はただのデータとしての善政以上の意味を知らなかったが、同じ為政者としてただ単純に憧れに近い感情を抱き、
いつかはそこに至ろうと決意したからだ。

始まりはいつだって藩王の一言から、である。

これによって今まで普通に行ってきたことに大きな意味が付与された。
その場その場の問題点を潰すために行っていた政策は、善政を導くための礎となった。
新たに打つ手はその一手一手が思い描く姿に辿り着くための足がかりとなった。
学校制度改革、病院建設、アイドル育成、映画業界への投資。
暁で行われた取組は大小様々である。

そしていつしかそれが道となった。


意識が変わる国民たち

 最も古い国民達の記録は建国王である白石が立国した頃まで遡ることができる。ここには暁の円卓藩国の国民の最も根本的な性質である、
陽気で質実剛健な国民の姿が見て取れる。その者たちが未開地の多い国土を切り開きながら戦いのための準備を続けていたのである。
 白兵職に白兵職を重ねる。突き詰めていけば突き当たるが道理。それは確かに白兵最強への近道であったが、
国民の性質を偏ったものにさせてしまったのも事実であった。

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 そんな藩国運営を進めていくうち、いつしか出生率と死亡率が非常に高い国へと変貌してしまっていた。
「修羅の国」とまで呼ばれた頃の暁の円卓藩国がこのあたりである。このころの国民たちはとかく
「強くないものは生きていく資格すらない」といった考えであり、それを憂慮した藩王や摂政により、病院が建てられても
それをいいことに更に厳しい修行を行うといった具合である。

確かに強かったが、それは危うい強さではなかったのだろうか。

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 決定的になったのはいくつか要素が考えられるが、最終的には「人」からだった。風杜が招聘した二人のACE。
「宗麟坊」と「学校の守護者」先生である。学校要塞による教育制度の改革を確定できたのは守護者先生の見守りがあったからであろうし、
宗麟坊がいなければ、今は亡き者惜しむことすら出来ないままであったかも知れない。
この二人が与えた影響というのはそれほどまでに大きかった。

初めはたどたどしくとも、一つずつ積み重ねた結果がここに来て咲き始めたともいえよう。

だが、まだこの頃においても問題は山積していた。

そう。暁の円卓藩国は貧しかったのだ。

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 更に奮闘は続く。子供たちが育つようになった暁において、戦士以外の職の地位向上は必須であった。
なぜならば、戦士になれる才能がある者のみが生き残る昔とは違い、その他の職業に就く可能性が圧倒的に増えたからだ。
戦闘が無ければのんびりするようになったのも大きな変化だった。
就く人が増えるにつれその他の職業の地位は上がっていった。映画業界という大きな産業ができたのも大きい。
産業が出来ればそれに従事する人が増える。戦争ではない産業の発展は大いに人の考えにも影響を与えていた。
題材を追求する上で、様々な国の文化に触れるのだ。影響を受けないわけがない。
また、食糧事情の改善の取り組みもその一つであり、自国で食料の生産を可能としたことは大変な変化と言えるだろう。


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 そして今。かつて貧しかった国は外貨を得る術を学び、様々な文化にふれて活気づいている。
暁の円卓ほど国民に支えられている国はない。脅威に対抗する力を持ちながらも、人が人としてのあり方を
忘れないそんな優しさと強さを持った国であり、国民たちであると誇れるだろう。


取り組みは終わらず

 これからのことを考えよう。第七世界人はいずれ去る日が来る。現在の様に藩王を中心にものごとに取り組み、
繁栄を続けることは大変に難しい。で、あれば、どうすべきだろうか。その日がいつか来るというならば、
それを乗り越えるための仕組みを構築しなければならない。

会議により運営を行う素地はすでに我々がそれを見せて来ている。話し合いで進めてきた部分も少なからずあるのだ。
王の姿が必要であれば象徴とすればいい。会議だけで進める必要はどこにもないのだ。


この国で皆が幸せに暮らしを続けられるにはどうすれば良いのか、まだまだ取り組むべきことはつきそうに無い。



スタッフ

イラスト:八重垣慶
設定文:風杜神奈
その他:白石裕