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第一章 暁の目覚め

 暁の円卓の王都の端に位置するところに一つの学園がある。一般的には金持ちの通う学校だと知られているが大きく違うところが一つある。
この学校には『曙士王』が通っているのである。暁の地では大地の力を汲み上げるもの、『王』のことを曙士の王、つまり『曙士王』と呼ぶ。暁の円卓国内で唯一の士では終わらない職業である。もともと『王』とは第6世界と呼ばれる異世界、扶桑国に存在するものと言われている。この『王』に酷似したものが暁の円卓に現れたのはイグドラシルの悪戯としか言いようがない。

―『王』は『剣』を携える。

そしてその『剣』は暁を代表する使い手であるとされていた。『剣』とはなにか。その問いにはこう答えよう。『王』が大地より汲み上げし、その力を発現するものであると。王がその媒介をすることによって権力化していったのと同じく、剣はその力を振るえるがために少なくともこの国においては王と対等な存在であった。いや、一心同体といっても過言ではなかろう。
 そして、今ここに一つの物語を記述しよう。
其は暁の円卓に伝わる伝説の一つ。力がありながら『王』を戴こうとしない『剣』と、素質を見出され睦月の家に召し上げられながらも、見合う『剣』がおらず、戦場に出ざるをえなくなった『王』の物語。

 紺の海も薄らぎ、山の端より夜の終わりを告げるあかとき。静謐な闇の中では場違いな声が聞こえる。
「うーん、むにゃむにゃ……すー」
 輝天学園には『王』専用に与えられた宿舎がある。その一室から、やすらかな寝息が聞こえてきた。
 そこには、まるで胎児のように体を丸めてシーツの上に横たわる少年。その横には抱き合うかのように少女が寝息を立てている。こうしてみるとまるで年の離れた姉弟のようであった。
 ちょうど一月前のこの時間、
……彼らは戦っていた。

 夜も更けて丑三つ時を過ぎようとしている。『王』として選ばれ、送り出されたその日に襲撃をうけることになるとは思っても見なかった。国での『剣』の素質を持つ者が見つからず、未だ剣を持たない『王』である少年は剣たり得る人物を今一番必要としていたのだ。
 王候補として睦月の家に召し上げられた時から死は身近なものであったから、すでに覚悟は決めている。とはいえ、剣も持たないのでは王としての責務を全うしたとはとてもいえないだろう。
 唐突な襲撃より逃げ始めて数時間、隠れ続けるのもすでに限界だ。だが見つかったが最後、体力の限界が近いこともあり逃げ切れるはずがない。他人事のようにその事実を理解出来てしまう少年の顔には憂いの表情しか浮かばなかった。
 思い返してみれば、その状況が解せない。なぜこんな弱小国の王を違反と取られてもおかしくないタイミングで襲撃しなければならないのか。
 襲撃者の攻撃の質から考えれば、鍛冶産業が盛んな葉月か、それとも葉月と同じく山岳地帯に領土を持つ文月か。火と鉄を得意とする『王』はそれほど多くない。
 暁王は意を決して廃教室を飛び出した。逃げ切りさえすれば、まだチャンスは残る。
 何も始まらないまま廃校舎裏に立ち並ぶのだけはいやだった。
 少年は必死に駆ける。まだ、幼さを残す顔立ちと華奢な体を弾ませて、廊下を駆け抜けた。走る音が廊下に響き渡る。全速力ではあるが所詮『王』は『剣』に力を与えるだけで、肉体的には一般人である。
 出口が見えた。少年の瞳に希望の光が宿る。ここを抜けさえすれば、外に出られる。
だが、それも一瞬だった。
「見つけたぞ」
 出口の脇にある階段から物凄い勢いで、何かが降ってきた。
敵の剣だ。
その上層より飛び降りて破壊する様はさながら赤い流星であった。
 高速で駆け抜ける右足をブレーキにして急転回。左足を使い一歩手前で切り返し、再度別方向に駆け出した。
走ってきたのは完全にまっすぐ抜ける長い廊下である。背を向ければいい的だ。少年は階段を駆け上がることを選んだ。
 しかし、階段を上りきったところで、自ら命を絶つか、追い詰められて殺されるかの二択しか残っていない。それでも易々と首を渡すよりはいいか、と考え少年は駆け上がる。

屋上の非常扉を開け放ったとき、ふわりと、風が変わった。

山際が明るい。闇に沈んでいた濃紺の空が少しずつ軽くなっていくようだ。
(最後に見る風景がきれいでよかった……)
少年が目を瞑り、意を決してフェンスを越えようとした時、乱暴に扉が開いた。
「いたぞっ!」
そこには大きな剣を持った男とその傍らに苦笑いを湛えた男が立っている。
(―もはやこれまでか)
せめて最後までその目に全ての光景を焼き付けよう、と少年は覚悟した。
 鼓動がやけに大きく感じる。すべてがスローモーションのようだ。男はもはや完全に仕留めたものだと思っているらしい。逃げるネズミでも追い詰めている猫のような気分なのかもしれない。だが、窮鼠猫をかむといった言葉もある。先程まで死を選ぼうとしていた人間のものではなかった。最後はせめて、一矢報いる。そういった類の覚悟だ。
近づいてくる男の剣が届かんとするその刹那、一陣の風が吹いた。
山の端が明るくなりゆく空を背景に耳障りな金属と金属がぶつかり合う鈍い音が響く。
振り下ろされたその刃はいつまでも届くことはなかった。目の前には巨大な鉄の塊とも言うべき剣が見えた。それは、『覇龍騎士』の剣だ。暁において覇龍の技は剣や王となるものが修める基礎技術の一つでもあった。
「年端もいかぬ子どもではないですか!」
上空から降ってきた少女はその剣の重量をものともせず、怒気とともに押し返す。能力でいえば剣である敵の男の方が上なのだろうが、覇龍の少女の技量はそれを上回っているようにも見えた。
超大剣とも呼ばれるその鉄の塊で完全に攻撃を受け流す。男の力をまともに受ければ少女の力では簡単に押し切られてしまうだろう。
少女は無理せずそのまま数太刀交わすと、
大きくはじき、少年の手を取り駆け出した。

向かう先は、時計台。

その少女は少年を抱えながらというのに器用に上っていく。そしてその中央に辿り着くと、少年の前に少女は跪いた。
「そこの君は『王』とお見受けする」
じっと面を伏せ跪く少女。
少年には分かった。それがどれほどの覚悟を持ってこの場に臨んでいたのかが。キッと下の様子に一瞥をくれ少年はその体に似合わぬ威風を持ち、宣告した。
「私の名は七谷暁です。私の剣となってくださいますか?」
「この命尽きるまで、貴方の剣としてお使い下さい」
「よろしい、では面を上げて下さい。」
息を呑む二人。視線が交差する。


「誓いの言葉を」
 少年は手をかざす。
「天が落ちるそのときまで」
少女はその手を取り、誓いの言葉を紡ぎはじめた。
「大地が割れるそのときまで」
それは大昔、大地の代弁者であった『王』がその意思に従い、その力を貸し与えて土地を守るために代理者として働くための魔術。
「海が我を飲み込むそのときまで」
白に染まる世界。
「我は契約を遵守する」
明けの空が白く輝いた。
「その者これより正義を打ち立てる者」
 夜明けが近い。山際が明るいのだ。もうすぐ朝が来る。
「我は汝の剣にしてわが使い手の名は暁」
 その言葉を告げると少女は真摯な眼差しで言葉を待つ。
「誓いを受けます。僕は我が剣に名を授ける」
 そして、暁王は恭しく宣名する。
「汝の名は剣姫。貴女が折れる時が、僕が死ぬ時」
 剣姫。それは睦月の系統に伝わる秘伝の刀の名。最上大業物の大太刀の名である。
その気品のある刃渡りと桜をあしらった流麗な拵えにより当代逸品の一つに数えられるいわゆる名刀だ。
 それを名付けられるということは、すなわちその名刀に負けない輝きを持つ剣であらねばならぬということである。 
自然と笑みが浮かぶ。二人なら負ける気はしない。
「では目の前の敵から片付けることにしましょう。剣姫、いきなさい!」
「御意!」


 王の命を受け、剣姫は時計台の上より一息で跳んだ。それは跳んだというより水平方向へ飛んでいるかにも見える。ただ自由落下に身を任せるのではなく、時計台の上端を蹴り出し最速で敵の王の下へ切りかかる。
 常人では避わしきれないスピードで飛来する凶悪な鉄塊と敵の王との間に黒き疾風が駆け抜けた。時計台に向かっていた敵の剣が戻ってきたのだ。
 再び屋上に鈍い音が響き渡る。だが、先ほどとは違う。明らかに剣姫のほうが押しているのだ。軽く着地すると一足に間合いを開ける。その力のかかり方ゆえ根元では物が切れないのが長剣の特徴だ。最近接距離よりは少々離れた間合いのほうを得意とする。
「シャァッ」
 敵の剣が吼えた。粗暴そうな容貌ではあるが、その技術・力は本物だ。白兵最強に数えられる暁士である。決して侮れるものではない。
「ハァッ!」
 裂帛の気合を込めて、剣姫がその手のものを振るうと、剣と剣がぶつかり合い凄絶な火花が散る。
 同程度の力でぶつかれば武器が重いほうが勝つのが道理。剣姫は体を沈めると遠心力を生かし横薙ぎに払う。
 細い刀に鋼の力を集め、上に打ち上げる男。
「何をしている、鋼牙。それでも貴様我が剣か!」
 焦れた敵の王が鋼牙と呼ばれた剣を罵倒する。一王一剣の時代であれども矜持が高すぎて特権的な考えを持つ者は少なくない。
 王はその剣の力を用い、領土を拡大する。つまりは権力者になる定めを持つといっても過言ではない。彼の王もそういった類の者であるらしい。
 くだらない、暁王はそう思った。
 十分相手の動きは見た。鋼牙と呼ばれたこと、剣戟の強さから見られる炎と鋼の南西部の国の者であることが窺い知れる。ならばこそ。
 鋼牙が高く跳んだ。あの振り、そして属性から類推するに、上空から振り下ろす範囲型の炎使いの技の類だろう。
「剣姫!」
 よく透る暁王の声が響き渡った。その声を受けて後ろに飛び退く剣姫。そのいた場所を熱量の塊が旧校舎屋上の屋根を溶かしていた。
すれ違いざま、暁王の目を見たとき、剣姫にはわかった。その視線がすべてを物語っている。
 剣姫の息が白い。周囲の水分を奪い、冷気が辺りに満ちているかのようだ。先程の炎で融けたコンクリートすら急速に冷却されていく。
 そして、腰だめに構える超大剣を肩より始動して全身を使って振り抜いた。
 それは、まるで白龍の顎であった。
 鋼牙はとっさに炎を使い盾にするが、力を殺しきれずに端まで転がるしかなかった。
 止めをささんとばかりに詰める剣姫。
暁王がそこに駆け寄り、剣姫を手で制した。
「貴方の剣は折りました。もう勝負は決した、でしょう。今日のところは退いて下さい。ここでのことは見なかったことにしておきましょう。」
堂々と宣言するようにそう述べる。
 しばらくの間睨み合っていたが、しばらくして何もしないのを確認すると敵の王は鋼牙を起こし、その場を去っていった。そして暁王はそれを見届けると糸が切れた操り人形のようにその場にへたり込んでしまった。
「ありがとうございます。……剣姫」
 暁王は憔悴しきった表情で笑みを浮かべるのが精一杯のようだ。そして、緊張の糸が切れたのかその場に倒れこむ。
 あわてて抱きとめる剣姫。
 その顔を覗き込むが、穏やかな寝息を立てているのを見て安堵した。
「我が王、我が君、か」
 剣姫、その名を明野桜という。
 当代きっての剣の使い手で有りながら、捧げるべき王を持たないがゆえに、王なき剣として、市井に埋もれていた少女は、今、その剣を捧げるべき王を持つ。その内心はとても推し量れる者ではないが、翌日の日記の文字が躍っていたことだけはここに記そう。