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「リトとリサの話」(2008/09/24 (水) 19:35:16) の最新版変更点
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<p><br />
たそがれは逢魔が刻、という。<br />
べつに妙なものに出くわさなくても、魔が刺す、ということはあって、<br />
それが物憂い秋ならば、なおさらのことである。<br /><br />
すでに日も暮れかかって、放課後の教室はオレンジ色に染まっていた。<br />
無人の机がズラリと並んでいる中に、ポツンと黒い影がひとつ。<br />
机に覆い被さるように、ぐったりとしている―――― 結城リトである。<br /><br />
「はあ……」<br /><br />
静まり返った空間に、ため息が溶けていく。<br /><br />
リトは疲れていた。<br /><br />
ララの妹たちが家に転がり込んできてから、心の休まる時がない。<br />
学校だけでなく、家でもあんな調子が続くのでは、たまったものではない。<br />
彼とても健全な男子であるから、四六時中、桃色の空気に包まれていると、<br />
危うく自制を失いそうになることもあるわけで、つまり、疲れるのである。<br /><br />
そして今、ララを先に帰して、ひとりでボンヤリしているリトであった。<br /><br />
そもそも、彼の日常に女の子が関わるようになったのは、最近の話で、<br />
トラブルに慣れてきたとは言いながら、根本のところは純情なままである。<br />
つまり、まともに女の子とつきあった経験がないのであるから、<br />
色気ばかりが供給されて、はけ口のない状態というのは、これは困る。<br /><br />
リトは机に突っ伏したまま、もぞもぞと身体を動かした。<br />
廊下のほうに、足音が聞こえたかと思うと、ガラッと扉の開く音――――<br /><br />
「あれ? 結城じゃん」<br /><br />
のっそりと顔を上げると、テニス・ウェアに包まれた胸が歩いてくる。<br />
視線を上げると、ウェーブのかかった髪――――<br />
淡いベージュ色だったはずだが、夕暮れの光の中で、焦茶色に見えた。<br /><br /><br /><br />
「籾岡か……」<br />
「何やってんの?」<br />
「べつに…… 籾岡は?」<br />
「部活。 終わったトコ」<br /><br />
そう言って、リサは、リトの足元にスポーツ・バッグを放り出した。<br /><br />
(そうか、籾岡もテニス部だったな……)<br /><br />
ラケットの袋を肩から外して、となりの机に置くと、<br />
その机の上にヒョイと飛び乗るようにして、腰かける。<br /><br />
(どうして、わざわざ、となりに座るんだ……)<br /><br />
もともと、籾岡里紗は人懐っこいほうで、女子に対するスキンシップなど、<br />
常軌を逸しているが、女子がいなければ、話し相手は男子でもかまわない。<br />
リトもそれを知らないではなかったが、今は女子と話すのが疎ましかった。<br /><br />
「元気ないじゃん」<br />
「そうか?」<br />
「ララちぃに振られたとか?」<br />
「あのな……」<br /><br />
リサは、アハハと楽しそうに笑って、ぐっと伸びをした。<br />
リトは再び机に倒れ込んだが、顔はリサのほうに向けたままだった。<br /><br />
スコートから伸びた太ももが、目の前にチラチラした。<br /><br />
いつもなら、真っ赤になって取り乱しているところである。<br />
ところが、今日はそんな光景を目にしても、血液が這い上がってこない。<br />
ボンヤリと視線を上げると、リサが悪戯っぽくニヤニヤと笑っていた。<br /><br />
(ああ、いつもの籾岡だ……)<br /><br />
頭に浮かんだのは、それだけで、そのままリサのほうを見ていた。<br /><br />
リサは不思議そうな顔をして、それから、大きく脚を組み替えた。<br />
アンダー・スコートがチラリと見えた。<br />
リトは身じろぎもせずに、リサの太ももの奥を睨んでいた。<br /><br />
「ちょ、ちょっと、結城ィ?」<br />
「ん?」<br />
「いつまで、見てるワケ?」<br /><br />
リサの頬が、かすかに赤く染まっていた。<br /><br /><br /><br />
それで、リトも自分の置かれた状況に気がついた。<br />
宵闇せまる教室に、女の子と二人きり。<br />
からかったのを、真面目に受け取った―――― と思われている。<br /><br />
まずい。 これはまずい。<br /><br />
「ご、ごめん……」<br /><br />
あわてて顔を背けて、反対側―――― 窓のほうを見る。<br /><br />
窓ガラスに映ったリサの顔が、ニヤ~ッと崩れた。<br />
いつものリトに戻ったので、安心したのだろうか。<br /><br />
「ちょうどいいや、そのまま、そっち向いてて」<br /><br />
そう言ってリサは、ユニフォームのシャツの裾を、一気にたくし上げた。<br /><br />
(なっ……)<br /><br />
叫び声を上げそうになるのを、リトは必死でこらえた。<br /><br />
窓ガラスに白いお腹が映って、それから、黒いブラジャーが目を奪う。<br /><br />
「ん、ん~ん……」<br /><br />
艶めかしい声と共に、シャツの襟が広がっていって、<br />
二の腕が持ち上がると、腋の下があらわになった。<br />
ひょいと頭が現れて、乱れた髪が、わさわさと揺れる。<br /><br />
リサは、丸めたシャツを放り投げると、<br />
ふうっと息を吐き出して、こっちを見た。<br /><br />
「ハイ、ここまで~」<br />
「へっ?」<br />
「コーフンしたァ?」<br /><br />
細めた目に、弓を伏せたような眉、ニ~ッと笑っている口元――――<br />
自分のペースに引き込んだと見るや、すぐにリベンジとは、天晴れである。<br /><br />
リトは真っ赤になって、席を蹴立てるように立ち上がった。<br /><br />
「トイレ?」<br />
「バカ! オレは帰るよ!」<br /><br />
そう叫んで、カバンをひっつかむ。<br />
リサを見ないようにして、荒々しく足を踏み出す。<br />
踏み出した先に、リサのスポーツ・バッグがあった。<br /><br /><br /><br />
ガタ――――ン!!<br /><br />
一瞬、何が起こったのかわからなかった。<br />
目の前の景色が、ガラリと変転する。<br /><br />
机の天板を額縁のようにして、ふわあっと広がった髪。<br />
大きく見ひらかれた目、細い首すじ、むきだしの華奢な肩。<br />
黒いブラジャーのふくらみの上に、自分の手が乗っていた。<br /><br />
――――柔らかい。<br /><br />
柔らかいと言えば、こっちの脚がもつれたままのところに、<br />
からむように押しつけられた脚も、信じられないほど柔らかい。<br /><br />
香水と、汗の匂いが混じり合って、むせ返るような空気。<br /><br />
二人は身じろぎもせずにいた。<br />
遠く、チャイムが鳴り出す。<br /><br />
キーン…… コーン…… カーン…… コーン……<br /><br />
「……結城?」<br /><br />
たぶん、リトの目つきが尋常ではなかったのだろう。<br />
リサの声は、かすかに震えていた。<br /><br />
リトの手が、ぎゅっと縮むように、リサの胸に食い入る。<br /><br />
「痛ッ!」<br /><br />
ブラジャーの肩紐がねじれて、浮き上がる。<br />
リトは、その白い肩へ覆い被さっていった。<br /><br />
「キャッ!」<br /><br />
咬みつくように唇を寄せると、しっとりと汗ばんでいる。<br /><br />
――――しょっぱい。<br /><br />
「私に八つ当たりしないでよ!」<br /><br /><br /><br />
その言葉で、リトはハッと我に返った。<br />
一瞬、腰が引ける。<br />
リサはパッと持ち上げるように、リトの身体を横に払いのけると、<br />
机の反対側に、転がり落ちるようにして逃れた。<br /><br />
なるほど、力自慢のスポーツ・ウーマンである。<br /><br />
向こう側で、机から落ちかかっているリト。<br />
こっち側で、椅子に身を預けるようにして、ひざまずいているリサ。<br />
二人とも激しく息を弾ませて、ものを言わなかった。<br /><br />
やがて、リサはふらふらと立ち上がり、ずれたブラジャーを直した。<br />
屈み込んで、シャツを拾い上げると、手早く着込む。<br /><br />
「あのサ、結城ィ……」<br />
「えっ、な、なに?」<br />
「そーとー溜まってんねェ」<br /><br />
リサは乾いた笑い声を立ててから、ふいに生真面目な表情を浮かべて、<br />
ぐっと覗き込むようにして、リトの目を見つめた。<br /><br />
「そんな扱い、私だってショックだな~」<br /><br />
そう言って身を屈めると、リトの踏んづけたスポーツ・バッグを拾う。<br /><br />
「あ、いや、籾岡、オレは……」<br /><br />
ヒュッ、と喉元にラケットを突きつけられて、リトは黙った。<br /><br />
「私、帰るから、悪いけど自分で処理して」<br />
「しょ、処理って……」<br />
「もしくは、家に帰ってララちぃに頼めば?」<br />
「バ、バカ!」<br /><br />
ウヒョヒョ、と笑って去っていくリサは、いつものリサのようであった。<br />
遠ざかる足音も消えて、ふと気づけば、窓の外は闇に沈んでいた。<br /><br /><br /><br />
次の朝、リトとララは、いつものように学校の門をくぐった。<br /><br />
「どーしたの、リト、元気ないね」<br />
「いや、そんなことないって……」<br />
「そお?」<br /><br />
ララは、いまいち納得がいかない様子で、首をかしげている。<br />
実際、リトの目の下には、ひどい隈ができているのであった。<br /><br />
ホールの下駄箱の前で、籾岡里紗と沢田未央が追いついてきた。<br /><br />
「あっ、リサミオだ、おっはよー!」<br />
「ヤッホー、ララちぃ!」<br />
「ん~、ララちぃ、今朝もノーブラですか~?」<br /><br />
さっそくララの胸を揉みにかかる、リサミオであった。<br /><br />
「きゃっ、あはは、くすぐったいよぉ!」<br /><br />
ララの嬌声と、ミオのはしゃぎ声にまぎれて、リサの小声が飛んでくる。<br /><br />
(結城ィ、隈なんか作っちゃって、昨夜はお盛んだったようだねェ)<br />
(バ、バカ、何言ってんだ、何もしてないよ、オレは!)<br />
(てゆーか、あんた今、私の顔見て、逃げようとしませんでしたァ?)<br />
(うっ!)<br />
(根性ナシ!)<br /><br />
ミオが、気配に感づいたのか、こっちを覗き込んでくる。<br /><br />
「リサ、結城と何話してんの?」<br />
「ナイショ!」<br />
「うひょー、アヤシイなー」<br />
「私と結城が? 冗談でしょ!」<br /><br />
リサミオとララは、じゃれあったまま、転がるように廊下を歩いていった。<br />
ひとり残されたリトは、ふうっと息を吐き出して、それから、微笑んだ。<br /><br />
いつもと変わらない、平穏な日常――――<br /><br />
リトは、ララたちの後を追うように、ゆっくりと廊下を歩き出した。<br /><br />
ところで、リトは気づかなかったけれども、ひとつ、いつもと違った点があった。<br />
それは、リサの制服の胸元に、ちゃんとリボンが結ばれていたということである。<br /><br />
秋の空に、始業のチャイムが鳴った。<br /><br />
キーン―――― コーン―――― カーン―――― コーン――――</p>