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しっぽの話」(2009/03/13 (金) 22:53:52) の最新版変更点

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<dl><dd><br /> ララ・サタリン・デビルークの弱点は、長く伸びた黒い尻尾である。<br /><br /> したがって、彼女を打倒したい、あるいは牽制したい、と考える者は、<br /> 尻尾を狙うべし、ということになるのだが、これが、そう簡単でない。<br /><br /> 以前、天条院沙姫が、尻尾に狙いを定めて、責めたてたことがあった。<br /><br /> その攻撃は成功するかに見えたのだが、ララの本能的な反撃に遭って、<br /> 遠慮なく吹き飛ばされた沙姫は、やり方を変えねばならない、と悟った。<br /><br /> ――――離れた場所から、尻尾を責める方法はないものかしら?<br /><br /> しかし、必死になって知恵を絞っても、これといった妙案は浮かばず、<br /> 沙姫は、お付きの一人に問題の解決を託して、自分は考えるのをやめた。<br /><br /> そして、言いっ放しで忘れてしまったのは、天条院の血筋であろうが、<br /> 託されたほうは、生真面目で忠実だったから、面倒なことになった……<br /><br /><br /> 休日の繁華街―――― 行き交う足が、並木の凍った影を踏んでいく。<br /><br /> ヒューッと冷たい風が吹き抜けて、人々は立ち止まり、肩を震わせる。<br /><br /> そして、人混みの中をぬうように、足早に歩いてくる、ひとりの少女。<br /><br /> 涼しい瞳に、一文字に結んだ唇、つややかな髪をポニー・テールにして、<br /> 白のハイ・ネックに、黒革のコートを羽織った―――― 九条凛である。<br /><br /> 厳しい表情と、決然とした足取りは、まるで決闘に赴くかのようだが、<br /> それは、剣術で鍛えられた彼女の、無意識の動きというものであろう。<br /><br /> むしろ凛は、歩きながら、決然どころか、途方に暮れていたのだった。<br /><br /> 主人である沙姫は、帰国した父親と、水入らずの時間を過ごしている。<br /><br /> 凛は、沙姫の父親から、ねぎらいの言葉と、丸一日の休暇をもらって、<br /> とりあえず、街に出てみたが、ひとり歩きには慣れず、店も知らない。<br /><br /> ひたすら歩きながら、凛は考える―――― 休暇は有意義に使わねば。<br /><br /> こうして、まとまった時間があるのだから、たまった懸案の処理を……<br /><br /> たとえば、以前、沙姫様から命じられた、ララの尻尾に関する問題……<br /><br /> ドン! 「キャッ!」<br /><br /> 一瞬、目の前に、悪魔のような黒い尻尾が、しなやかに舞うのが見えて、<br /> 桃色の髪が揺れ、バランスを崩した体が、こっちの腕へ倒れ込んできた。<br /><br /></dd> <dd><br /> 「……すまなかった」<br /><br /> 公園の片隅、ベンチに腰を下ろして、凛はもう一度、詫びを言った。<br /><br /> 「いいえ、こちらこそ」<br /><br /> となりに座って、おっとりとした微笑を浮かべたのは、先ほどの少女。<br /><br /> ウェーブのかかった桃色のショート・ヘアに、黒儒子のヘア・バンド、<br /> 白と黒のツートンのドレスは、天鵞絨だろうか、ふしぎな仕立てだった。<br /><br /> (この娘は…… たしかララの妹で、デビルーク星の……)<br /><br /> 「モモ・ベリア・デビルークです」<br /> 「あ…… 九条凛だ」<br /> 「いつも、姉がお世話になりまして」<br /> 「いや……」<br /><br /> それから、モモは、夏休みに天条院のビーチに招待してもらった礼と、<br /> 今まで、きちんと挨拶する機会のなかった詫びを、丁重に述べたてた。<br /><br /> 凛は、モモの滑らかな口調と、礼儀正しい様子に、すっかり感心して、<br /> 巨大スイカの騒ぎが、無かったことにされている点に、気づかなかった。<br /><br /> (あのララの妹とは思えんな)<br /><br /> 凛は、率直な驚きと、讃嘆の念をこめて、あらためてモモの姿を眺めた。<br /><br /> 胸のまえで指を組み合わせ、上目づかいに話すのが、いかにも頼りなく、<br /> きゃしゃな肩に、なよやかな腰、その腰のうしろの―――― 黒い尻尾。<br /><br /> 「…………」<br /> 「どうなさったんですか?」<br /> 「その…… 尻尾だが」<br /> 「私たちは、皆あるんですよ」<br /> 「いや、それは知っている」<br /> 「あ、そうですよね!」<br /><br /> モモは、長い尻尾をヒョイヒョイと振りながら、楽しそうに笑った。<br /><br /> (尻尾というのは、どうやって動かすのだろう)<br /><br /> 凛は思わず、自分の腰のうしろへ手をやって、ジーンズの布地の上から、<br /> あるべきあたりに触れてみると、小さな尾てい骨が存在を主張していた。<br /><br /> (たしか、ほ乳類は、骨盤の筋肉を使うのでは……)<br /><br /> と、そこまで考えて、凛は、尻尾が敏感な理由に思い至り、赤くなった。<br /><br /><br /></dd> <dd><br /> それから、凛はモモに誘われるままに、買物につきあうことになった。<br /><br /> 買うものは、主に洋服だったが、モモの好みは、地味で古風なもので、<br /> 父親のコートを着回しているような凛も、さして抵抗を感じなかった。<br /><br /> 紙袋を抱えて、ふたりで街を歩けば、すでに、冬の日は暮れかけている。<br /><br /> 当然のように、モモは、凛をお茶に誘って、凛も喜んで招待を受けたが、<br /> 立場上、招待を口実にして、偵察に行くようなものだから、気が咎めた。<br /><br /> 結城家に上がって、驚いているリトに、一応の会釈をし、階段を上って、<br /> 白い光に包まれると、どういう仕掛けなのか、典雅な広間に立っていた。<br /><br /> 紙袋を置き、真新しいソファに腰を下ろして、まわりを見回してみると、<br /> 掃除機やモップが出しっ放しで、どうやら引越したばかりであるらしい。<br /><br /> 部屋の主のモモが、コーヒー・カップを二つ、お盆にのせて運んできた。<br /><br /> 「お口に合うといいんですけど」<br /> 「ん…… ふしぎな甘味だ」<br /> 「豆は、ラテ星という星の……」<br /><br /> モモは、ラテ星の、栽培の技術について話し、それも面白くはあったが、<br /> 凛の注意は、話の合間にフリフリと揺れる、尻尾の先に向けられていた。<br /><br /> ――――離れた場所から、尻尾を責める方法はないものかしら?<br /><br /> 沙姫の問いに対して、いまや凛は、明確な答えを得ようとしていたのだ。<br /><br /> 「キミたちの科学力は、大したものだ」<br /> 「そんなことないですよ」<br /> 「いや、その力を見込んで、頼みがある」<br /> 「私で、お役に立てることでしたら……」<br /><br /> 凛の頼みというのは―――― 近頃、竹刀を握ると、指先が固まるので、<br /> 指に巻きつけられるようなマッサージ器具はないか、というものだった。<br /><br /> 嘘をつくことを憎む、生真面目な凛にとっては、精いっぱいの作り話だ。<br /><br /> 主君を思う忠義の心が、凛をして、その信念を枉げさせたのであろうが、<br /> しかし、慣れないことはするものではなくて、どうしても声がうわずる。<br /><br /> そんな有様を、モモは面白そうに見ていたが、やがて、立ち上がった。<br /><br /> 「……わかりました!」<br /><br /> コーヒーを淹れ直すと、モモは、ふくみ笑いを残して、扉の中に消えて、<br /> まもなく、扉の向こうから、カチャカチャと金属質の音が聞こえてきた。<br /><br /><br /></dd> <dd><br /> 10分後―――― 戻ってきたモモの手に、腕輪のようなものがあった。<br /><br /> 「はい、指を出してください!」<br /><br /> こわごわと差し出された、凛の白い指に、ガチッとリングが嵌められる。<br /><br /> ヴヴーン ……ヴヴヴ<br /><br /> 輪っかが、上下左右に震え出して、肩や胸にまで、振動が伝わってくる。<br /><br /> 「こ、これは…… ちょっと……!」<br /><br /> 背骨を揺さぶられる感覚が、怖くなって、手を上げてパッと振り払うと、<br /> 意外にも、簡単にすっぽ抜けて、宙を舞ったかと思えば、モモのほうへ。<br /><br /> 「えっ?」<br /><br /> ヴヴーン 「ひぁっ!!」<br /><br /> 尻尾の先にがっちりと嵌まり込んだ振動リングが、うなり声を上げて、<br /> たまらずに、ソファから滑り落ちたモモは、ビクビクと体を震わせた。<br /><br /> 「ダ……ダメっ……」 ……ヴヴヴ<br /><br /> まつ毛がふるえ、瞳はうるんで、紅潮した頬を汗のしずくが流れていき、<br /> 激しくなっていく息づかいに、胸はゆらぎ、太股はギュッと合わされて、<br /> ひらいた桃色の唇から、ひと筋のよだれと、かすかな哀願の声がもれた。<br /><br /> 「は、はずして……くださいっ」<br /><br /> 凛は、ハッと我に返り、あわてて手近にあったモップをひっつかんだ。<br /><br /> ビシッ! 「きゃあっ!!」<br /><br /> 痛烈な一撃に、リングは外れ、モモは、床の上にぐったりと果てた……<br /><br /><br /> (とにかく、効果は実証されたわけだ)<br /><br /> リングをポケットに入れて、月明かりの夜道を歩きながら、凛は思った。<br /><br /> それにしても―――― 凛は、ふと立ち止まって、うしろを振り返る。<br /><br /> あの娘を、裏切ってしまった…… 友人になれたかもしれないものを。<br /><br /> 「……だが、これが私の役目なのだ」<br /><br /> 深いため息をついてから、凛は、決然と顔を上げて、足早に歩き去った。<br /><br /><br /></dd> <dd> <p> </p> </dd> </dl>

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