「リトと唯 第一話 結城家にようこそ！ 前編（修正バージョン）」の編集履歴（バックアップ）一覧はこちら
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<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――じゃあ、ホントにいいんだよな？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええ…。いいわ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯の白い喉がコクンと音を立てた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">白い頬は見つめられる時間の長さだけ、ぽぉっと熱くなっていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いつにもまして真剣なリトの目に吸い込まれそうになるのを唯は、グッと踏みとどまりながら、リトの視線を真正面から受け止める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（私…私…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">胸がトクン、トクン、と心地いいリズムを奏でる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そっと手で触れると、よりはっきりと手の平から胸の音が伝わる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯の瞳の表情が、夢見るようなとろんとしたモノになっていく</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…古手川」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結城…くん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結…城っ…くん…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">名前を一つ呼ばれる度に体から力が抜けていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長い睫毛が揺れ、黒い瞳が濡れる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（私…私…今から結城くんと…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">華奢な両肩に置かれたリトの両手にわずかな力がこもり、唯は小さく息を呑む</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へーきか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、ええ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ムリならさ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やッ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は反射的にリトの制服を握りしめた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
<p>「ちゃ…ちゃんと最後までしてくれないとイヤッ」</p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その声の強さとは裏腹に、瞳は不安でいっぱいに揺れている</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">制服を握りしめる手もかすかに震えている</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトは唯の肩から手を離すと、震える手にそっと自分の手を重ね、キュッと握りしめた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、いつもの笑顔を浮かべると、少しだけ顔を寄せた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……ッ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯の胸の音がまた一つ大きくなる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトの手のぬくもりを感じながら。真っ直ぐな視線を浴びながら</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顔がどんどん熱くなっていくのを感じながら、ゆっくりとリトと同じ距離だけ顔を寄せた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人の顔の距離はお互いの睫毛の先が触れ合うほど</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鼻先を吐息でくすぐられながら、唯はジッとリトの顔を見つめ返す</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すぐ目の前にある大好きな顔</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">赤くなった頬に、いつもより少し、ほんの少しだけカッコいい顔を浮かべながら</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分と同じ気持ちで、同じ想いの強さで、同じ様に見つめ返してくれるリト</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう手で触れなくてもはっきり聞こえる、胸の音</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（結城くんの音も聞こえる…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトと唯の胸の音が重なり、溶け合っていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつの間にか、腰に回されていたリトの腕にわずかな力が入る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はその力に導かれる様にして、半歩リトに体を寄せた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">吐息の様な声が一度こぼれ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯の唇がリトの唇に触れ…――――</div>
<p> </p>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やんっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、素っ頓狂な声を上げながら、唯はガバッとベッドの上で跳ね起きた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はぁ…は…ぁ…はぁっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">汗の珠が頬から首筋を伝い、胸元へと落ちていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぐっしょりと濡れたパジャマに、なぜかドキドキとうるさい胸の音</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何…なの…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">胸に手を当てて息を整える間、唯は部屋を見回した</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まだ真っ暗な部屋には、自分の乱れた息遣いと、時計の針の音だけ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">枕元にあるネコの目覚まし時計の針は、深夜の三時過ぎを差している</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少しずつ唯の頭の中がクリアになっていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして思い出す。さっきまで見ていた夢の内容を</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わ…私ったら何てハレンチな夢をッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思わず両手で押さえたほっぺがヤケドしそうなほど熱くなる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わなわなと震える肩同様、パクパクと震える口でなんとか言葉を紡いでいく</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わた…私…結城くんとき…き…きき…キスしようと…ッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言葉はもう続かない。それ以上、唯には言えなかった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから代わりにいつものあの言葉を叫ぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「は、ハレンチなーーッ！！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">深夜の古手川家に唯の声が響き、そして、唯の物語が始まる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">翌日。彩南高校。放課後の夕暮れの教室内</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――っと、コレで最後だよな？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええ。そうよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本日、日直に当たってしまった唯とリトの二人は、放課後残って、教室の掃除をしていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一か所に集めたゴミを箒と塵取りで集め、ゴミ袋に入れ、あとはそのいっぱいになったゴミ袋を焼却炉まで持って行かなくてはならないのだが――――</div>
<p> </p>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よし…っと！ じゃー早く下に持って行こうぜ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは日直ノートをお願い。コレは私が下に持っていくわ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？ いいってオレが持っていくって！ 古手川がノート書いてくれよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いいわよこれぐらい。お構いなく…。貸して」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、あ、ちょ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ゴミ箱をリトの手から奪うと、唯はゴミ袋の端をキツくキツく結んでいく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「一年の時は、私がずっとしてた事だし。それに…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それに？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は言葉を切ると黙ってゴミ袋の結び目をさらにキツく結ぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
本当は力仕事なんて苦手だし、こういう時は、素直にリトに頼るのが一番なのだと、心の中でそう言っている自分がいるのだが</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（だからって…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はチラッとリトに視線を送る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ほっぺを掻きながら一人納得いかなさそうなリトの視線に、人知れず顔が熱くなっていくのを唯は感じた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">昨日の夜、見た夢の内容が頭の中を駆け巡る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（うぅっ…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトを好きになってからというもの、リトを意識しない日なんてない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そればかりか、日に日に強くなっていくリトへの気持ち</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「手伝って」「一緒に持っていきましょ？」「結城くん、お願いするわ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんな簡単な言葉すらかける事にも躊躇ってしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">甘えたり、優しくしてもらうなんてもっての他なのだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は黙々とゴミ袋の端を結んでいく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（そ、そうよ！ だいたい、これぐらい私ひとりでも十分なんだから）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
結び目と同じぐらい、自分の気持ちを固く結ぶと、唯はゴミ箱からゴミ袋を引っ張り上げる</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん～～…！ よい…しょっとっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お、おい。ホントにへーきなのかよ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「へ…平気だって言ってるでしょ！ 結城くんは、言われたとおりにノートを書いてて！ これは私が…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と、言いながらいっぱいに詰まったゴミ袋を持ち上げようとした時、ふいに唯の足がもつれ、バランスを崩してしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キャ―――！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あぶねッ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">床を踏み出した音と、リトの声を聞きながら、唯の視界が暗転していく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…んっ…！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドン、と硬くて少しやわらかい感触が背中に当たり</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は思わず瞑ってしまった目をゆっくりと開いていく</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">薄く目を開けると、まず飛び込んできたのが、床に投げだされたゴミ袋。そして――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へーきか？ 古手川…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は目をパチパチさせた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の腰に回った意外なほど力強い腕と、背中に当たる温かくて少し固い感触</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">夕日が射す教室の真ん中</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトに後ろから抱き締められながら、唯の顔が夕日色に染まっていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（こ…これってもしかして…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">時が止まったかの様に硬直する唯に、リトは怪訝な顔を浮かべると、肩越しに声をかける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川？ ホントにだいじょーぶなのかよ？ ……古手川？ おいって！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトの息が唯の髪を微かに揺らし、耳元に吹きつける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「！！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思わずおかしな声がでそうになるのを、唯は喉の奥に無理やり呑み込んだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、再び目をギュッと瞑る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（こ…こ…こんなっ…こんなのって…）</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顔の温度が沸騰寸前まで上がり、肩が小さく震え始めた頃、唯は奥歯を噛み締めた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、腕に少しずつ力を込めていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……いつまで…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつまで抱きついてんのよ！？ ハレンチなッ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわっ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はリトの腕を振りほどくと、そのままリトを突き飛ばした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、何だよ？」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何だよじゃないわよ！？ 散々、人の胸さわっておいてよく言えるわね？ 結城くん…！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ムネ…？ え、ぁ…そーいや…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう言いながら何気なく触れた腕には、ムニュっとした柔らかい感触と、唯のぬくもりがまだ残ったまま</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトの顔がみるみる赤くなっていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ち、違っ…！ あ、あれはワザとじゃねーって！！ そんなつもりで…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……ッ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">身振り手振りあわあわと大慌てで言い訳を始めるリトを、唯はジト目で睨みつける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらく情けない言い訳を聞いている内、唯は小さな溜め息を吐いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして胸のあたりで腕を組むと、ツンと明後日の方に顔を向ける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――…も、もういいわよ」 </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へっ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もういいって言ってるのよ！ その…さっきは一応……助けてくれたみたいだしね。だからその……あ…ありがと…！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
<p>「……っ」</p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">相変わらず顔はぷいっと逸らしたままだし。口調だって珍しく歯切れが悪い</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それでも、風で揺れる長い髪の間から見える少し赤くなっている横顔に、リトはふっと堅くなっていた表情を崩した</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「オレの方こそ悪かったよ。気づかなくってさ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ゴミ捨て、やっぱオレがやるよ！ 古手川は残ってノート書いてくれ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――ええ。わかったわ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ポソっと呟くと、唯は早歩きでリトの横を通り過ぎていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その時、ふいに二人の目が合う</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ぅッッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきよりも強烈な勢いでツンと顔を逸らすと、唯はそそくさと机に向かった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何だ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">机に座るなり、黙々とノートに向かうその後ろ姿にリトは首を捻る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらくボケっとしているリトに唯の鋭い声があがる</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「早く行きなさいよ！ 何してるのっ！？ 下校時間、過ぎちゃうじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わっ！ ゴメンッ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">慌てて教室を飛び出す物音を背中越しに聞きながら唯は、小さく溜め息を吐いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">窓から吹き込む風がパラパラとノートを捲っていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は真っ赤に染まる窓の外を眺めながらぽつりと呟いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――…バカ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは誰に向けての言葉なのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すっかり静かになった教室に、唯の溜め息がまたこぼれた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――それじゃ、戸締りは大丈夫よね？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああ、バッチリだぜ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は教室に鍵をかけると、日直ノートを手に歩きだす</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">隣にはリト</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
放課後の夕暮れの廊下を、夕日の赤と、伸びた影の黒のコントラストが、いつもの風景を少し不気味に見せる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">小さく呻いた唯の体が自然とリトに寄ってしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何気なく隣を見ると、少し頼り気ない横顔が唯を出迎える</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『オレ…オレ、好きだ！ 古手川のことが』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの日、雨上がりの帰り道でリトはそう告白した</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まだまだあどけない少年の顔を、少しだけ男の子の顔に変えて</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言葉に詰まりながら、だけど一生懸命に、カッコわるく、想いを伝えてくれた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その時の声も言葉も、仕草も表情も、みんなみんな覚えている</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">雨上がりの匂いと一緒に</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなほんの少し前のことを思い出しながら、唯はまた少しだけリトに体を寄せた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は怖いからではなくて、自分の女の子心に少しだけ耳を傾けてみた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">会話はなく。廊下には二人の足音と影だけが生まれる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">歩くたびにゆらゆらと揺れる影は、まるで手を繋いでいるかの様で</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな影達に唯の胸が小さく音を立てた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのさ、古手川」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えっ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">急に話しをふられた事に唯は、叫びそうになる自分をなんとか押しとどめる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少し間を置く様にして、一拍後、上ずった唯の声が応える</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…な、何よ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああ。あのさ、今日ウチに…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お～～い！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトの言葉を遮る様に、廊下に明るい声が響き渡る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人は互いの顔を見合わせると、声のした方向に視線を向けた</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">廊下の真ん中、階段の踊り場</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そこにはいつものよく知った顔が元気に手を振りながら、こちらへと駆け寄って来るところだった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「リト～。唯～」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ララさん！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ララは二人の前に急停止すると、息一つ乱していない顔で、ニッコリと天使のような笑顔を浮かべた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よかった！ やっと見つけた！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よかったってお前、帰ったんじゃなかったのかよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「うん。実はまだおつかいの途中なんだ。美柑がね、リトがまだ帰ってないってゆーからひょっとして…とか思ったんだよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よくよく見ると。ララは制服ではなく普段着だし、手には買い物袋を提げている</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だからってあなたね、今何時だと思ってるの？ 用もないのに学校に入るのは禁止されてるのよ！ だいたい制服も着ずにいったい何考えてるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
早速、指をビシッと突き付けながらお説教を始める唯に、ララは舌をチロっと見せながら笑った</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「エヘヘ、ごめんね唯」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まったく！ いい？ 今後同じ様なマネをした場合…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ～…えっと、古手川」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何よ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">話を無理やり中断させられたことに、唯の鋭い視線はララではなくリトに向けられる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
突き刺すような視線に顔を青くさせながら、リトはなんとか話の矛先を変えようと、必死に言葉を探した</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そ、その…ほら、このままだとオレたちまで下校時間破っちまいそーだしさ。そろそろ帰ったほうがいいんじゃ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「むっ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なぜかいつもよりキツイ感じのする唯の視線に、リトは内心、冷や汗でぐっしょりとなり、ララはその横で一人キョトンとなる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お…オレ、何か気にさわるような事言った？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その目に何か言いたげな気持ちをたっぷりと込めたまま、唯はぷいっとそっぽを向いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして腰に手を当て軽く溜め息を吐く</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「…別に何でもないわよ！ ま、ララさんのことは、今回は大目に見てあげるわ！ なんだかうまく乗せられたような気がするけどね…！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ははっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっと唯のジト目から解放されたリトは、思わず安堵の顔を浮かべてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなリトの横顔に、また、唯の何か言いたげな視線が突き刺さる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもよりジト分が多いジト目に、唯のほっぺも少し膨らんでいる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もごもごと口の中で何やら話す唯の傍らを通り抜け、ララが二人の間に飛び込んでくる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃあ、じゃあ、唯、今からウチにおいでよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「今日は、美柑がすっごくおいしいゴハンを作ってくれるみたいなんだ♪ リトの大好物みたいだよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へー！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">大好物の部分にリトの顔が輝く</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララは唯の腕に抱きつくと、ニッコリ笑いながら顔を寄せる</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ね、ね、唯もおいでよ、ね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ど、どうして私まで行かなきゃいけないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうしてって……む～…リトも何とか言ってよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「オレッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の顔を指さしながら、リトは唯とララ、二人の顔を見比べる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">またオレかよ…、と苦い顔になるリトに、唯とララはそろって顔を近づけた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「リト！ お願い！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「結城くん、わかってるわよね？ 女子を家に誘うとかそんな不純な事、許されるはずがないんだからねっ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いや…その…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人の圧力に中々、思うような言葉が出てこない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトは思いつくままに声を上げた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…えと…こ、古手川。ウチに来いよ！ その、美柑のヤツもきっと喜ぶと思うしさ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「リト！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっ…もぅ！ 何考えてるのよ結城くん！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ははは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ララの腕を振り解きながら厳しい目付きで詰め寄ってくる唯に、リトの頬に冷や汗が流れる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はははじゃないわよ！ いったい何を考えてるのってきいてるのよッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ムッと睨んでくる唯の迫力に、リトの顔から血の気が引いていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（や…ヤバッ！ 古手川のヤツ、本気で怒ってる！？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結城くん！」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ほ、ほら、せっかくララも誘ってるしさ！ 古手川が来てくれたら、ララのヤツ喜ぶし。も、もちろん、古手川が何も用事がなかったらだけど…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何よそれは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「や、やっぱダメ…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ふん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はリトからツンと顔を背けると、ぼそっと消え入るような声で呟いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ララさんばっかりじゃない」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">窓から吹き込んだ風が唯の声もリトの声も消し去ってしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">風で揺れる髪を押さえながら窓の外を睨みつける事、数秒</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は胸のあたりで腕を組むと、チラチラとリトの横顔に視線を送る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手…川？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「仕方ないわね…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…もう、何度も言わせないでよね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯の頬に夕日とは違う、別の赤が射す</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「い、行ってあげてもいいかなって思ったの…。その…結城くんの家に…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトは目を瞬かせながら、頭の中で唯の言葉を反芻させる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………え？ …マジで？」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
言いながら、やっと唯の言った事が理解できたのか、ほころび始めるリトの顔から唯は、ツンと顔を遠ざける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「へ…変なカンちがいしないでよね！ 言っとくけど、家にいくっていっても、あなたのためじゃなくて、ララさんの誘いなんだからっ！ だからその…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
夕日よりも赤くなった顔でぼそぼそと話す唯の背後から、明るい声と共に、ララが抱き付く</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯～！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えっ…何…！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ガバっと後ろから唯に抱き付いたララは、本当にうれしそうで、その誰よりも明るい笑顔を唯のほっぺにすりすりさせる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょ、ちょっと！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯、ありがと！ やっぱり唯は優しいんだね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「や…やさっ…な、何言ってるのよ！？ 私はねっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">背後から抱き付くララに文句の嵐を言い続ける唯</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな二人の光景にリトは、ホッと溜め息を吐くと、小さく笑みを浮かべる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ま、とりあえず一安心かな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">安堵とうれしさが混じった溜め息をもう一回</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">家で一人待つ美柑と、美柑の作る夕飯を思い浮かべ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そして、今日はそこに、とっておきのうれしさが加わる事に、リトの笑顔は、今度こそうれしさでいっぱいになった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガチャっと開いた玄関の音に、キッチンの奥からウサギのスリッパがパタパタと駆け寄る</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おかえりーって…あれ？ 古手川さん！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
すっかり遅くなったリトたちを玄関で出迎えたエプロン姿の美柑は、その大きな目をさらに大きくさせて素直に驚きを表わした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…どうも。おじゃまします」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">丁寧に挨拶を済ます唯に美柑も慌てて挨拶を返す</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（古手川さんが…へ～めずらしい。リトのヤツ、やるじゃん！）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、心の中で兄へ称賛を贈りつつ、美柑はさっそく意味深な視線をリトに送る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一人楽しそうな美柑の顔にリトは眉を寄せる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何だよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さぁ～？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ワケがわからず怪訝な顔をするリトを放って、美柑はエプロンをくるっと翻しながら、フライ返しを掲げた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃーララさん。頼んでたのお願い。こっちはもうちょっとで出来るから」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うん。わかった」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">買い物袋を手に美柑とキッチンに戻っていくララの後ろから、唯は慌てて声を上げる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「待って！ 私も何かお手伝いを…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いいから。いいから。古手川さんはゆっくりしててよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「でも…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">美柑はクスっと笑いながら、唯の声をシャットダウンした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、ララと何やら打ち合わせを始めたのだった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
着替えを終えてリビングに戻って来たリトをソファーに座りながら、淹れたての紅茶をふ～ふ～と口にしていた唯が出迎える</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれ？ ララは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「妹さんのお手伝いをしてるみたいよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふ～ん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、気のない返事を返しながらリトは唯の隣に腰を下ろした</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">トン――――と、座った拍子にリトの手が唯の手に重なる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あっ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は逃げる様にリトから手を引っ込めた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ご、ゴメン！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「い、いいわよ！ 気にしないで…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は触れられた手を反対の手で握りしめた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトの指先が触れたところだけが、やけに熱くなっている</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……ッ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
手を引っ込めた二人の間には微妙な距離と、そして何とも言えない雰囲気が生まれてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（こ、こーゆー時って何話せばいいんだ？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">テレビのチャンネルを意味もなく変えながらリトは頭をフル回転させた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">頭の引き出しから話題を見つけてきては、アレでもない、コレでもない、と繰り返す</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうこうしている内、ついにチャンネルを変えるボタンが尽きてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">チラッと横を意識すると、唯も同じ様にさっきからそわそわしっぱなしの状態</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――…ッ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">カップをテーブルに戻して手持無沙汰になってしまった両手をもじもじ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">口はキュッと結んだまま。膝の上に落とした視線は、まったく落ち着かない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（結城くんの家で二人きりとか……なんの冗談よ…！）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">慣れないシチュエーションに顔が熱くなってしかたがない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯もリトと同じ様にすぐそばにいる想い人へと意識を高める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けれど、すれ違いを繰り返すばかり</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">互いを想う気持ちだけがどこまでも伸びたまま、絡むことも触れることもできない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（なんか…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（何話せばいいのよ…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リビングに流れるむずがゆい雰囲気</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人の間にぽっかりと空いた隙間のように、中々、なおらない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">会話のないリビングに、時計の針の音だけが鳴っている</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">結城家のリビングにあってとても珍しい静寂</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もじもじと合わさる手の平に、ゴクリと唾を呑み込む音すら気を遣ってしまいそうになる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（何か話さねーと…何か…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
リトが頭を高速回転させて話題を探していると、ふいにすぐそばでソファーがギシっと音を立てた</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…あの、ね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">反射的に隣を見ると、いつの間にか唯がこちらを見ていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少しだけ頬を染めながら、リトと目が合うと、唯はふっと目を逸らす</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川？ な、何？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「…え、ええ。今日、帰る前、廊下で何か言おうとしてたでしょ？ あれって何言おうとしてのかなって…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「廊下？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そ、そうよ。あなた言ったじゃない。『今日ウチに』って。あれって何言おうとしたのか気になるというか…。って別に深い意味はないのよ！ 普通に純粋に…べ、別に結城くんの言った言葉だからって特別ってわけなくて…。ああ、もう！ 私、さっきから何言ってるのよ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
支離滅裂な言葉を繰り返す唯にキョトンとなるも、少しすると、リトは躊躇いがちにぼそっと口を開いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれはその……なんつーか…今日…ウチに来ないか？ って言おうとしたんだ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リビングに流れている時間が止まる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その中にあって、唯のほっぺだけがどんどん赤くなっていく</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「家に…結城くん…の？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ああ。夕飯でも一緒にどーかなーって思ってさ。美柑の作る料理うまいから。ってララに先に言われちまったんだけどな。はは」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…なっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顔を赤くしながらバツが悪そうに話すリトに、唯の肩がわなわなと震えだす</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な…何よそれ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川？ どーしたんだ？ 何かオレ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は俯いていた顔を上げると、リトをキッと睨みつけた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何で結城くんが言ってくれなかったのよッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうしてあなたが誘ってくれなかったわけッ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっ、待っ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結城くんが…結城くんがちゃんと誘ってくれたら私は…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こ、古手川？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうよ！ 結城くんが言ってくれたら私、喜んで家に行ってあげ―――ッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は両手を握りしめたままハッとなった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（わ…私、今、何言って…！？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">勢いのまま話したせいか、リトとの距離はとっても近くなっている</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お互いの顔がいっぱいに映るほどに</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……えっと…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ぁっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">目をパチパチさせるリトに遅れること、数秒後</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は大慌てでリトから離れた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
（こ…これじゃあまるで私が誘って欲しかったって言ってるみたいじゃない…！ ハレンチなッ！）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">頭を掻きながらジッとこっちを見てくるリトの視線が横顔にグサグサと突き刺さる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は沸騰する頭で必死に言葉を探した</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だ、だからね…だから…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">膝の上においた両手をギュッと握りしめて、そして――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「こ、今度からはちゃんと結城くんが言いなさいよね！ 私だってこう見えて忙しんだから！ せっかく誘ってもらったのに予定とかあると来れないじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ツンとそっぽを向きながら少し早口で話す唯の横顔をリトは、ポカンとしたま見つめ続ける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うぅ…ってもう！ 何とか言いなさいよ！ 何とかっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え！？ …あ、ああ。そーだな。えっと…今度からは気をつけるよ。今日はごめんな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わ、わかってくれればいいのよ…わかってくれれば…！」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">相変わらずツンと顔を逸らしたままの唯の横顔にリトは、小さな笑みを浮かべる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなリトの反応に唯は、一瞬苦い顔になるも、気持ちが少し楽になった分、少しすると、リトと同じ様に口元に小さな小さな笑みを浮かべた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ギスギスしていたリビングに、ほんの少しだけ、やわらかい雰囲気が戻ってきた頃</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まるでタイミングを計ったかの様に、二人を呼びにきた美柑が、リビングのドアを開けた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おお～！ うまそー！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「すごい…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キッチンに入ってきた二人をテーブルの上に並んだ美柑の手料理が盛大に出迎える</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「スゲーじゃん！ 今日はどーしたんだよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今日は久しぶりにアンタの好きなモノでも作ってあげよーかなってね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おたまを持ちながら美柑が得意げな顔で応える</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へ～、サンキュ美柑！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それにしても、古手川さんが来るなんて知らなかったから慌てたよ！ もっと早く教えてくれたら古手川さんの好きなモノに変えれたのにさ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「私は大丈夫だから。お構いなく…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さりげなくリトにフォローを入れながら、唯はテーブルに並んだメニューに目を向けた</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（それにしても、結城くんの好きなモノって…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
テーブルの上には、食べやすい大きさのカラアゲに熱々のハンバーグ、そしてシーザーサラダ等々</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（そっか…！ 結城くんってカラアゲとハンバーグが好きなんだ！）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と、胸の中のメモ帳にこっそりメモっていると、すでに椅子に座って待ち切れない様子のララが泣きそうな声を上げた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もー！ みんな早く早く！ ゴハンが冷めちゃうよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うん。そだね。冷めちゃわないうちに古手川さんも座って」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、ええ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、少し戸惑い気味に唯はリトの隣に座った</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、四人のにぎやかな夕食が始まる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいし…！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「でしょ？ 作ってる人の腕がいいからね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハンバーグの味に顔をほころばせる唯に美柑は得意げに頷いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「美柑、しじみのスープおかわり！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、オレも頼むよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっと待ってね」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
テキパキと刻み終えたネギを熱々の湯気がのぼるお椀の中に入れる結城家の小さな料理人を唯は、ジッと目で追い続ける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（すごい…。私よりずっと小さいのにあんな…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お箸を口に咥えながらそんな事を考えていると、美柑と目が合う</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？ もしかして古手川さんもお味噌汁のおかわり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…！？ あっ、そ、そうじゃなくて…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃあサラダとか？ まだまだいっぱいあるからどんどん食べてね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…ええ。ありがと。でも私、もうお腹いっぱいだから…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ええっ！？ と驚きの声を上げるララに唯は言い難そうに小さく呟く</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「悪かったわね…。小食なのよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「む～…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そーいや、古手川の弁当箱っていつも小さいもんな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええ…って結城くん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">短い相づちを返す唯の目が少しだけ険しくなる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ご飯を口に入れながらリトはキョトンとした顔を唯に向けた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は自分の口に指を当てながら、少し目を細める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「口元」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「口？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お弁当がついてるわよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えっ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
慌てて口元に手をやるも、どこだかうまく探せないでいるリトに唯は、「まったく…」と溜め息を吐くと、リトの口元にすっと手を伸ばした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっ…待っ…！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ジッとしなさいっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ううっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
顔を赤くさせて固まるリトの口元からご飯粒を取ると、唯はそのご飯粒をパクっと口にした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もぅ、もっとしっかりしなさいよね！ 妹さんの前なんだから」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川さんのゆーとおりだよ。ちょっとダサすぎるって、リト」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うっせー！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">などと辛辣な言葉を浴びせる美柑の目はしっかりと笑っていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべる美柑にリトは居心地が悪くなったのか、赤くなった顔を誤魔化すように、ご飯をかきこんだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">慌ててご飯を口の中にいれたせいで咳き込むリトに、唯は湯呑みをさっと差し出す</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな二人の光景に美柑は、さっきとは違う笑みを浮かべた</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（ふ～ん…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
妹の目に二人は、唯は、どう映ったのか。その審査結果を心の中で言う前に、キッチンに唯の高い声が上がる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっとララさん！？ それ、私のサクランボじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？ 唯、ずっと残してたからもういらないと思っちゃった」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「思っちゃったって…もう、何勝手に食べるのよっ！？ あぁ…最後まで取っておいたのに…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃー私のあげるよ。交換、交換♪」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたね…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「美柑ー。ご飯おかわり」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつも以上に喧騒に包まれた、けれど、楽しい食卓に美柑は、もう一度笑みを浮かべた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それから少しだけ時間は経ち――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきまでの賑やかさがウソのように静まり返ったキッチン</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その中で美柑は一人、夕飯の後片付けに追われていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さて…じゃーさっさと片付けちゃおっかな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、シンクの中で山積みになったお皿の前で腕まくり</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">水道の蛇口レバーを押してお湯を出すのと同時に、キッチンのドアがガチャっと開いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「美柑…ちゃん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？ 古手川さん、どーしたの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少し遠慮気味に入って来た唯に、美柑は可愛い笑顔を見せる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もしかしてリトのヤツが何か欲しいとか言ってきたの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん…、そうじゃなくて…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は美柑の前まで来ると、少し顔を赤くしながらもごもごと口を開いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その…今日はごちそうさま。すごくおいしかったわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ホント！？ そー言ってもらえるとガンバったかいあったよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「でも…ほとんど食べられなくてごめんなさい…。せっかく作ってくれたのに…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">結局、半分以上、食べられなかった唯は、リトとララにかなり助けてもらい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そのことに、内心、胸を痛めていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「―――そんな事別に気にしなくてもいいって！ 私のほうこそ、ちゃんと言ってなかったしさ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お皿についた泡を落としながら美柑は、ごめんなさい、と小さく笑った</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトと少し似たその笑顔に、胸の中がくすぐられた様な感覚を唯は覚える</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それより古手川さん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古手川さんじゃなくて“唯さん”って呼んでもいい？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">美柑はお湯を止めると、タオルで手を拭きながら、唯に意味深な眼差しを向ける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うん。もしかしたら私の”おねえさん”になるかもしれないしね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その言葉の意味もだが、小学生にあるまじき美柑の目つきに、唯の胸が大きな音を奏でる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、な、何言ってるのよっ！ 私は別にっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「アイツのことよろしくね！ 唯さん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だ、だから…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一人慌てる唯に美柑はニッコリと笑った</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、真っ白なタオルでお皿やコップを一つ一つキレイに拭いていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「リトってさ、普段はボーっとしてるし、頼りないし、女のコのキモチとか全然わからない鈍いヤツだけど…。けど、やる時はやるヤツなんだよね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「美柑ちゃん…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「た、たぶんね！ たぶん。ははっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
美柑はぷぃっと唯から視線を逸らすと、顔を赤くしながら、ギュッと絞った雑巾でシンク周りの水汚れを拭いていく</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だ…だからさ、唯さんにリトのヤツをグイグイ引っぱっていってほしいんだよね！ いろいろ迷惑かけると思うけど」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そっ…そんな…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">“―――…迷惑とかあるわけないわ！”</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">心の中でそう言い返すも、唯はソレを口にはできなかった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今までリトに助けてもらったり、守ってもらったのは、一度や二度ではない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その度にときめいた心</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やさしさに触れるたびにキュンと音を立てる胸</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">名前を聞くたびに、話すたびに、顔がどうしようもなく熱くなって、抑えきれなくなって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キモチが溢れて、止まらなくて、どうしようもなくて</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はぷいっと美柑から視線を逸らした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（…なんか…もぅ…何のよコレはっ…！？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の気持ちなのに思うようにならない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">“その気持ち”に気づいていながら、ちゃんと正面から見ることができない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトのことを話す美柑の顔すらも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「―――アイツ奥手だからさ、中々、言いたい事とか、したい事とか言えないと思うんだ！ 一緒にいるとよくわかると思うけどね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
<p>「……ッ」</p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">美柑の言葉は、まるで自分に対する事の様な気がした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は顔を俯かせると、下唇を軽く噛み締める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ピカピカになったシンクに「うん」と満足そうに頷く美柑</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ふと隣を見ると俯いたままの唯の姿に、雑巾を濯ぐ手を止める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…あれ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯さん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えっ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どーしたの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、何でもないわよ！ 何でも…！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">両手を目の前で振りながら慌てて話す唯に、美柑は可愛い眉を少しひそませる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（ん～…うすうす感じてたけど、もしかして……唯さんもリトと同じタイプとか…？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顎に指を当てながら考えること少し</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何かを思いついたように美柑は、再び唯に向き直る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ねェ、唯さん。今日、これからどーするの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どう…って…それは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はキョロキョロと視線を彷徨わせる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その目が、リトがいるであろうリビングにチラチラと向けられている事に美柑は、ニンマリと笑みを浮かべた</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よかったら今日、ウチに泊まっていかない？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思いがけない美柑の言葉に唯の思考は一瞬止まってしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その隙を美柑は逃さない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うん。それがいいよ！ アイツも喜ぶと思うしね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょ…ちょっと待っ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん～…じゃあ、先にお風呂入っちゃう？ もうお湯もたまってると思うし」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんとか声を挟もうとした時、ふいに後ろから現れたララが唯に抱き付いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キャ―――って…ララさんッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯、今日、ウチにお泊りするの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う！ 誰もそんなこと…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃあ、私とおフロはいろ？ いいよね？ 唯」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、あなた達、私の話を…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「決まり！ 洗いっことかしようね、唯」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのね…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と、ララの腕の中でそんなやり取りをしながら、唯はララに引きずられる様にしてお風呂場へと向かっていく </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（…ちょっと、ムリヤリすぎたかな…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
心の中で唯に「ゴメンなさい」と謝ると、残りの片づけを終えに、美柑はエプロンを翻した</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハァ…」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
湯船に浸かりながら溜め息をこぼす唯の目の前では、ララが鏡を前に頭をゴシゴシと洗っている</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「♪♪」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何が楽しいのか。さっきから弾ける笑顔全開のララに、唯はまた溜め息をこぼす</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（何でこうなるのよ…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日はリトの家にお邪魔するだけのつもりだった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが、豪勢な夕飯をご馳走になり、なぜだか泊まることにもなり</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（ってまだ泊まると決めたわけじゃ…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">心の中でどうにも不甲斐ない自分に怒ると、唯はチャプンと肩まで湯船に浸かった</div>
<p><span style="font-size:10.5pt;">お風呂の広さも、備え付けてあるシャンプーやボディソープも、どこまでも普通なモノだ</span></p>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けれど――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（ココで毎日、結城くん、おフロに入ってるのね）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう想うと、お湯の熱さとは違う火照りが頬を赤く染める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はさらに身体を深く、湯船の中に沈めた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（私ったらちょっと舞上がりすぎてるわ！ ハレンチなッ！）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">天井から落ちてきた水滴がチャプンと唯の近くで跳ねる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
（…でも、結城くんの家に来れたってことは、ちょっとは進んだってことでいいのよ……ね？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">中々、進まない二人の関係</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">変わった事と言えば、よく話すようになったこと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一緒にいるようになったこと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（前より少しだけ…ね）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれ以上、進まない。進めない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その事にほんの少しだけでも不満や不安がないと言えばウソになる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯だって女の子。“いろんな”事に期待を寄せたり、してみたいと思ったりもする</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（だからって…）</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
顎のあたりまで湯船に浸かりながら唯は、自分の中でぐるぐると廻り続けるモノに小さく呻いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いろんなところに行ってみたい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おいしいケーキとかも食べたい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">カワイイ小物を見て回ったり</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お気に入りの服なんかを見てもらったり</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">手なんか繋いだりして…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一緒に写真とか撮って…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それから…それから…――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
唯の妄想は止まらない。茹でタコのように顔を真っ赤にさせながら、目の辺りまで身体を沈めた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
（きょ…今日だって本当は……本当は…ちょっと…ほんのちょっとだけど期待なんかもして…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブクブクとお湯の中で妄想を繰り広げていると、ふいに風呂場に明るい声が弾ける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯ッ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ひゃっ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、素っ頓狂な声を出しながら唯は湯船から顔を上げた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どーしたの？」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ど、どうしたのってあなたこそ急に何よッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
不自然なほどに赤くなっている唯に不思議そうな顔をするも、すぐにララはいつもの明るい顔に戻る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うん。あのね。唯にききたい事があるんだ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ききたい事…？ …何よ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつも突拍子もない事を言ったりするララだけに、唯もつい身構えてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララは頭についているシャンプーの泡をシャワーで洗い流すと、鏡の中を見つめた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「リトとどーなのかなァ…って」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララの声は珍しくいつもより小さかった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けれど、風呂場の反響のせいで、唯にはいつもと変わりないように聞こえてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララはスポンジにボディソープをつけながら、いつもと同じ声に“意識して”戻す</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「えっとね、好きな人とお出かけすることを“でーと”って言うんでしょ？ リトね、唯のこと好きなクセに、ちっとも“でーと”とかしないから」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…そっ…それは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ん～…何でかなーって思ったの。だって、好きな人と一緒にいると、それだけでココがドキドキしたり、ウキウキするもんね！ 一緒にいたいと思うもんね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララは自分の胸に手を当てながら、照れくさそうに笑った</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、鏡の中の自分から、唯に目を向ける</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯もそうだよね？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「！？ わ、私はそんなっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララの視線から唯は逃げる様に顔を背けた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">横顔に突き刺さるララの不思議そうな視線がやけに痛く感じる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「やっぱり好きな人といると、それだけでうれしくなっちゃうと思うの！ だからね、唯ももっとリトと“でーと”とか…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ば、バカ言わないのッ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分の声をかき消してしまうほどの大声に、ララは腕をゴシゴシ洗う手を止め、思わず唯の顔をキョトンと見つめてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「な、何おかしな事言ってんのよッ！？ 二人っきりでどこかに行くなんて何考えてるのよ！ ハンレチなッ！！ だ、だいたい、高校生は本来、勉強が基本でしょ？ それを放ってまで…そんな不純異性交遊、私は認めないわッ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふじゅん…いせーこーゆー？ 何ソレ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うっ…ぅ」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ララの的外れな質問に勢いを殺されたのか。唯はララから目を逸らすと、呟くようにぼそぼそと続きを話す</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「と…とにかく…私は…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ねェ、唯」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うう…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">相変わらずララの生み出す独特の“間”に慣れない唯</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな唯にララは浴槽の淵に両手を乗せると、身を乗り出すようにして顔を近づける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…何よ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「洗いっこしようよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「洗いっこだよ！ ね、しよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…え？ ちょっ…ちょっと！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">などと言っている内に、湯船から無理やり出された唯は、鏡の前に座らされてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのねっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃあ、最初は私が唯を洗う番ね？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……もう、好きにしなさいよ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">半ば諦め状態の唯に顔をほころばせながら、ララはスポンジにボディソープをつけていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まずは腕からだよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はいはい」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">溜め息を吐きつつも唯は素直にすっと腕を伸ばした</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（まったく！ どうしてこうなるわけ？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鏡の中のムスッとした自分の顔を見ていると、あることに気づく</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（それにしても…本当にスタイルいいわよね…ララさんって）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の身体とララの身体を見比べている内、ふとリトの事が頭に浮かぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしかして結城くんもあんなムネが大きい方がいいのかしら…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり男のコだし…いろいろ…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鏡に映るララの大きな胸に難しい顔を浮かべる唯</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな鏡の中の自分とふと目が合い、ハッとなる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（ってどうして結城くんがっ！？ ハレンチなッ！！）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">頭をブンブンふってリトを追い出すと、唯はほぅっと小さく溜め息を吐いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして鏡の中のララに何気なく視線を送る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鼻歌を歌いながら腕をゴシゴシと磨いてくれるララ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鏡越しとはいえ、やっぱりララの美しさは際立つモノがある</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それは宇宙人だとか、王女様だとか、生まれつきだとか、そんなモノじゃ言い表せないモノだと唯は、思った</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララはいつでも楽しそうで、明るくて、素直で、元気いっぱいで</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みんなに好かれる、クラスどころか学校中の人気もの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯は鏡越しにララを見つめながら、また溜め息を吐く</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん、どーしたの？ 唯。さっきからヘンだよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…別に何でもないわよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃー今度は背中だからね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララは意気揚々と唯の背中をゴシゴシと洗っていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララさんにあって自分にはないモノ…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">結城くん…私は―――…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">小さな溜め息が口からこぼれた時、ふいに唯の両肩がビクンと跳ねる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わぁ！？ 唯のおっぱいってやわらかいんだね～♪」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な…ななっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おかしな声が出そうになるのをグッと我慢しながら、唯は後ろを振り返る</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その間も泡だらけのララの両手が唯の胸をムニュムニュと弄っていく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっ…とっ…ララさん！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お～♪ すごいプニュプニュしてる」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いい加減に…ッ…やめっ…んっ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
泡のぬるぬる感と、ララの妙に卑猥な手つきに、唯は唇を噛み締めたまま肩を震わせ耐える</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けれど、その我慢もすぐに限界になってしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…くっ…ぁ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれ？ なんか先っぽのほうが堅くなってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ッッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん～…何で？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あのね…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">小首を傾げるララに、不思議と喉の奥まで込み上げてきていた怒りがほんの少し和らぐ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はララの手を振り払うと胸を押さえながら、そっぽを向いた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あっ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もうやめなさい！ 何考えてるのよ！ ハレンチなッ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">口調をキツクさせる唯に、ほっぺに泡をつけたままララは「ゴメンね」と小さく笑った</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まったく…！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えへへ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
本気で怒りたくても、ララの生み出す独特の雰囲気と明るい笑顔に、肩透かしをくらってしまう</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもこうだ。ララのそのマイペースぶりにいつも振り回されてしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けれど、いつも許してしまう。最後は溜め息を吐きながらもクスっと笑ってしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなララにしか出せない魅力が、眩しくて、うらやましくて</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（―――…なんだかんだで私…ララさんと一緒にいるのよね…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトと同じぐらい一緒に過ごした、ララとの時間</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">イライラしたり、溜め息が出たり、時には衝突する時もあるけれど</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつの間にか、ソレが自分の中でずっと大きくなっている事に唯は初めて気づく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
鼻についた泡にくすぐったそうにしている目の前のララに、自然と口に小さな笑みが浮かぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ありがと…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？ 何が？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…さっきいろいろ言ってくれたでしょ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっき…？ ん～…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ララは鼻の頭についた泡を指で取りながら、唯の言った言葉の意味を考える</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、ぱっと顔を輝かせる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなの当然だよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だって私、リトが大好きだもん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「でね、唯も大好きなんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はララが言おうとしている意味がわからず、整った眉を寄せた</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「美柑も大好き！！ 大好きな人がいっぱいで困っちゃうよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何よそれは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
エヘヘ、と子供のような無邪気な笑顔を浮かべるララに、唯の堅くなっていた顔も思わずほころぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトとは違う、ララの笑顔</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつも誰かを笑顔に巻き込むララのとっておきの“魔法”</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その“魔法”を持たない唯にとって、やっぱりララは眩しくて、羨ましくて、そして――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……あなたってやっぱりよくわからないわ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…何でもない」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ぷいっと赤くなった顔を背けてしまう大事な友達に、ララはさっきの数倍も輝く笑顔を向けた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯ッ！」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？ 何…ッッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯、大好き！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わ、わか…わかったからっ！ だから、もう！ くっ付かないで―――ッ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、お風呂場で唯とララが騒いでいる頃――――</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「遅くなってごめんなセリーヌ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ギーギー」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトがジョーロに入った水をかけてやると、シュン…、となっていたセリーヌが一変</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">蔦をシュルシュルと伸ばしてリトのほっぺをくすぐる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめろって…くすぐったいだろ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ギー！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
セリーヌのうれしさの表れなのか。子どもの様に蔦で頬ずりをするセリーヌに、リトの顔もほころぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…にしても…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんとなく顔を向けた方向は、外まで聞こえる騒がしいお風呂場の窓</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ホント―――」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――何やってんだろ？ 二人とも…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リビングのソファーに座りながら美柑は可愛い眉を寄せた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
テレビから流れてくる音に混じって、唯の悲鳴にも似た声や、ララの楽しそうな声がお風呂場の外まで聞こえてくる</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
アイスを舐める手を止めると、美柑はひょいっとソファーから身を乗り出し、ドアの向こうを覗き見た</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">脱衣所の方からは、相変わらず唯のガミガミ声と、ララの笑い声が聞こえる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次第にその声は近づき、ガチャっとドアを開けてリビングの中にまで入ってきた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「―――まったく！ どうして普通におフロに入れないなのよ、あなたはッ！ 本当にあきれるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「でもでもすっごく楽しかったよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたね…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">腕を組みながらジロっと睨みつける唯に、ララはニコニコ顔で応える</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
唯は溜め息を吐くと、ソファーに座ってアイスを口に咥えている美柑に、表情を改めニコッと笑みを浮かべた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おフロありがとう」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いえ。お湯加減とかどーでした？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええ。とっても気持ち良かったわ」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お風呂に入る前と後で、どこか表情が柔らかくなっている唯に、美柑は少し眉を寄せた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（何か…あった？）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、疑問を挟む前に、いつの間にかキッチンから戻ったララが明るい声を弾けさせる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">手には冷たく冷えたハーゲンダッツのアイスクリーム</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯、アイスだよ。どっち食べる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、いいの？ 貰っても」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いいっていいって！ いっぱいあるからどんどん食べていってよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
スティックアイスを口の中でシャリシャリ言わせながら、美柑はララからクリスピーサンドを貰う</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃ…じゃあ一つ貰うわね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">美柑に遠慮しながら、唯はララの手からミニカップのビターキャラメル味を選んだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スプーンで掬って一口パクっと口の中に入れると、苦さと甘さが口の中で広がる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいし…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ソファーの上の美柑と唯は顔を合わせて、笑い合う</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（唯さんって笑うとこんな可愛いんだ…）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
初めて見る唯の笑顔に美柑がそんな感想を抱いていると、クッキー＆クリームをすでに食べ終わったララが、おかわりのホワイトピーチの蓋を幸せそうな顔をしながら開けた</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ねェ、唯」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「唯って今日、どこで寝るの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">唯はスプーンを口に入れたまま、ララの顔を見つめたまま、固まってしまう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ど、どこってそんな事言われても…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「リトの部屋でいいんじゃない？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆ、結城くんの！？ ちょ、ちょっと待って！ そんな結城くんと一緒だなんてっ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「リトならココか、空いてる部屋で寝ると思うから、心配しなくてもいいよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最後の一欠片を口に入れながら、美柑はシレっとそう言った</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして、スティックをキレイに舐め終えると、イタズラ心満載の視線を唯に向ける</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それともリトと一緒に寝たい？ いいよ別に。私からもそー言って…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「い、いらないわよ！ そんな事しなくても結構よッ！！ まったく…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顔を真っ赤にしながら早口で捲し立てる唯に、美柑は心の中で小さく笑った</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">（ホント、唯さんってわかりやすいよね）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
カスタードプティングのクリスピーサンドの袋を破くと、ひんやりとした冷気が甘い匂いと一緒になって美柑の鼻をくすぐる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ！ そーいえばリトにおフロって言ってなかった！」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">リトの話題が出たこともあるのだが</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今更ながらリトの存在を思い出した美柑は声を上げた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「悪いんだけど唯さん、リトのヤツ、呼びにいってあげて。たぶん、部屋にいると思うから」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええ。わかったわ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
甘いモノは別腹といった具合に、キレイにアイスを食べ終わった唯は、美柑に言われたまま、そのまま二階へと上がっていった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
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