二月十三日寒い寒い、冬の帰り道――――「うぅ…さむー…」交差点で信号が青に変わるのを待つ間、ポケットに両手を入れながら、リトは肩を震わせた口からこぼれる吐息は白へと変わり、空のどこかへと流れていくそんな凍てつく夕暮れ時、隣りに並ぶ唯は白い息を吐きながら、寒がるリトの横顔に鋭い目を向けた「もう、しっかりしなさいよ! いつまで体を丸めてれば気がすむのよ!」「そ、そんな怒んなくたっていいだろ…」「誰も怒ってなんかいないわよっ! 私はもっとシャキっとしなさいっていってるの!」「唯って寒いのへーきだったっけ?」「何よ…私は別に…」唯は両手を握りしめた。白い手はいつにもまして、さらに白く見える冷たい風にさらされた頬も、白さをましている「寒かったら手袋とかしてこればいいのに」「う、うるさいわね…!」「別に手袋は校則違反じゃないだろ?」「そうだけど…。もぅ、いいでしょ! 別に…!」握りしめた両手をブンブン振りながら唯の抗議は続く「だいたい、あなたは寒がり過ぎるのよ!」「あ…!」視線の先、信号が赤から青に変わる唯の抗議はまだ続く「…ポケットに手なんか入れて! マフラーまでしちゃったら顔だってよく見えな…」「えっと…、信号変わったし、行くぞ?」「え…」冷たい手に、少しあったかい手が重ねられ抗議の声を後ろに残しながら、唯は少し引っ張られるようにしてリトに続いて歩き出す「ちょ…ちょっと…」横断歩道を渡る途中、すれ違う人たちの視線も、信号で停まっている車の中から感じる視線も、頭の中に入ってこないあるのはただ一つ、リトの手のぬくもりだけただそれだけで、顔どころか身体中が熱くなる「……ッ」抗議の言葉も忘れ、怒った表情もいつの間にか消え、唯はリトの手を握り返した「ハァ~、危なかった…。もう少しでまた信号待つとこだったぜ」横断歩道を渡りきったところで、リトは白い息を吐いたその隣で、唯は繋いだ手を離すことなく、身体をそわそわとさせる「あのさ。もう手、離してもいいんだけど?」「え…!?」「つかいつまでも出しっぱなしだと寒いだろ?」「……」「…あれ?」パチパチと瞬いていた目をジト目に変えて睨みつけてくる唯に、リトの頬に冷や汗が伝う「え、えっと…何かオレ、怒らす様なこと言った?」「…知らないわよ! バカ!」唯は言われるままに手を離すと、ツンとそっぽを向き、腕を組んだ木枯らしで揺れる黒髪の間から見える唯の横顔は、怒っているというより、拗ねているように見える(…なんか…また余計なこと言ったのか? オレ…)今までの経験上、唯の機嫌が悪い=自分が何か余計な事を言ったorした、の法則がなんとなくわかってきたリトは、この状況をなんとかすべく、必死に頭を巡らせるキョロキョロ彷徨う視線は、すぐそばのコンビニへ
「結城くん!」「お、おう…」三回目の出会い今度は、唯は逃げなかったもじもじと揺れる体に、相変わらず顔を赤くさせたまま、唇をキュッと結び、長い睫毛を揺らしながら、いっぱい時間をかけて、やっと一言「あ、甘いモノって好き?」「何だよ急に…」「いいから答えて!」いつにない真剣な唯の視線に戸惑いながらも、リトは考える少しするとリトは、ポケット中から財布を取り出して、中身の確認をし始めた(何で…?)疑問符を浮かべる唯に、リトは申し訳なさそうに声を落として謝る「ごめん…。今日、あんまり金持ってきてねーんだ…」「え…? ちょ、ちょっと待ちなさい! 何言ってるのよ?」「いや、だから、これからケーキでも食いに行こーってことだろ? 甘いモノ好きかってことはさ」「……」「え? 違うの?」冬の冷たい風よりも冷たい、凍えるような唯の視線を受けるリトに、次第に冷や汗が浮かび始める「え、えっと…唯? も、もし違ってたら謝るっつーか…」すでに逃げ腰状態のリトの弁解を遮る様に、唯は声を張り上げた「そんなワケないでしょっ!! 何でそうなるのよ!? 結城くんのバカッ!!」「うわっ!? ご、ごめ…」リトの言葉を最後まで聞かずに、唯はその場から走り出してしまったはぁ…はぁ…、と息が切れかけたところで唯は足を止めた足が止まるとさっきの事が鮮明に頭の中に蘇ってくる「どうしていつも、いつも、あんなに…」ギリギリと握り拳を作りながらも、ふとリトの言った言葉が浮かぶ"これからケーキでも食いに行こうって事だろ?"結城くんとケーキを食べるテーブルに向かい合って、あったかい紅茶でも飲みながらお互いのケーキを食べ比べてみたり今日、学校であったこととか話したりあ~んとかして食べさせてあげたり、もらったり道の真ん中でそんな事を考えている自分に気付くと、唯は真っ赤になりながら、頭をポカポカ叩いた最近は、家でも学校でも、コレが日課になってきているのかもしれない唯は後ろを振り返るもう見えなくなってしまったリトの姿に、胸の奥がズキリと痛んだ「ふ、ふん。あんな人しらないわよ!」口からでる言葉は、気持ちとは裏腹のトゲばかり揺れる瞳をギュッと瞑ると、唯は歩き出した街の中は、相変わらず、バレンタイン一色どの店もウインドウの中は、チョコやチョコ菓子でいっぱいそして、その周りには唯と同じ年頃の女の子たち"誰にあげるの?"とか"何個用意する?"とか"今年はガンバるつもりなんだ!"とか女の子たちの黄色い声を聞いている内、ふいに唯の足が止まる頭の中にはっきりと浮かぶリトの顔
「じゃー、一緒にがんばろっか! 私も手伝うよ」「ホントにっ? さすが美柑だね」テーブルの上にドサッと置いた山盛りの袋から転げ落ちる黄パプリカに、美柑は言い知れぬモノを頭に浮かべ、顔を引きつらせた――――再び、古手川家のキッチン――――鍋の中からコトコトとおいしそうな匂いが湯気となって、キッチンの中に満ちていく『ありがとな! 唯』『いいわよ別に…。これぐらい』腕を組みながらツンとそっぽを向く唯のほっぺに、リトの手が触れる『え…』『お礼、考えなきゃ』『べ、別にそんな大げさだわ…』『だって唯がオレのためにガンバって作ってくれたモノなんだろ?』いつの間にか、息がかかりそうなほどに顔を寄せてきているリトに、唯は顔を赤くさせた『へ、ヘンな勘違いしないでよ? そんな深い意味とじゃなくて…。だ、だって私たち、その…つ、付き合って…だからその…日頃のお礼と言うか…』『…それでもスゲーうれしいよ! だって、唯がくれたチョコだからな』『…ッ!?』二人の顔は唇と唇が触れ合う寸前長い睫毛が重なる度に、唯の胸の音が一つ一つと大きくなっていく『結城…くんっ』『お礼…何がいい?』『お礼…とか』腰に回っているリトの腕のせいで、唯はその場から動けないでいたそれ以上に、リトの視線から逃れられない『エンリョーなんかしないで、何でも言ってみろって。何でも言う事聞いてやるからさ』『何でも…?』『そ、何でも! 唯の望みならなんだって!』唯の喉にツバがコクリと落ちていく『唯は何が欲しい?』『それはっ…』何も応えられないままの唯に、リトは――――「!!?」ハッとなって唯は目をパチパチさせる妄想の世界からキッチンに帰って来たことがわかると、唯は湯気が出そうなほど、顔を真っ赤にさせた「は、ハレンチすぎるわっ!? 私のバカ、バカ」木ベラを手に頭をポカポカと叩いていると、鼻におかしな臭いがし始める「た、大変っ!?」鍋から漂う焦げた臭いに、唯は大慌てで火を消した――――またまた結城家――――「ミカンー! コレどーするの?」「ん? それは…」マカロンの生地が入ったしぼり袋を、等間隔に天板の上にしぼっていきながら、美柑は、ララの手元に目をやるすぐ隣では、ほっぺや鼻の頭にチョコパウダーを付けたララが、シャカシャカと生クリームを泡立てている
「…で、結城くんには手作りチョコで、オレのはコンビニで買ったチョコかよ」手の平サイズのチョコは、全国どこのコンビニでも買える、なんの変哲のないモノ「ま、ありがたく貰っといてやるよ」と、苦笑を浮かべつつ、遊はチョコを口に入れたはぁ…はぁ…、と息を切らせながら、唯はいつもより急ぎ足でリトの家に向かっていた昨日、いつ寝てしまったのか、目を覚ますとすでに朝大慌てでチョコの出来ばえを再確認した唯は、急いでラッピングの仕度に取りかかったただし、愛情に妥協はなく。箱からリボンに至るまでラッピングには、いつもより多めの、300%増しの好きの気持ちを込めてお風呂は、いつもより一時間以上長めシャンプーも石鹸も、みんな新しいモノネイルのお手入れは、いつもの二倍の時間をかけて髪のキューティクルは、今までで最高の気合いを入れて服は、結城くんが「かわいい」って言ってくれたモノを仕度を整え、鏡の前で深呼吸。そして、小さく気合いを入れ家を出た頃には、すでに昼の一時を回っていた「ってもぅ…、いったい準備に何時間かけてるのよ! 私は…」もう何度も通った見慣れた道次の角を曲がれば、すぐそこはリトの家だ唯は曲がり角の手前で一度足を止めたカバンから取り出したのは、携帯用の化粧鏡髪のチェックを終え、カバンに戻す時、チョコの入った箱が目に映る(喜んでくれるかな…。結城くん…)リトの顔を想い浮かべながら、唯はチョコにそっとふれたそして、表情を改めると、リトの家へ向かうインターホンの前で、まずは深呼吸気持ちを落ち着かせて、呼び鈴ボタンに指を伸ばす不安や緊張は拭えないけれど、昨日、あんなにガンバったのだ「そうよ! ガンバったじゃない! あとはチョコを渡すだけなんだから」唯は小さく気合いを入れると、インターホンに指を伸ばし、ボタンを――――押せなかったボタンに触れるか、触れないかの距離で、指先がプルプルと震えて、それ以上、前へは進めない緊張と、不安。乱れた気持ちが、唯の手におかしな汗を滲ませる「うぅ…」ふるふると震え続ける指中々、進むことができない自分と格闘する事、十数秒。唯はインターホンから手を離した「もう! これじゃ、なんのためにココまで来たのかわからないじゃないっ!」失敗を重ねながらも一生懸命ガンバって作った、想いのいっぱい込もったチョコレート自分の気持ちを、ちょっとだけでもわかってほしくて、知ってほしくて大好きな結城くんに届けたくて「結城くん…」頭の中で溢れるのは、リトの笑顔胸の中をいっぱいにしてくれるのは、リトの声ギュッとカバンを持つ手に、力がこもる冬の冷たい風で、すっかり冷たくなった唯の手が、ほんのりと赤くなるインターホンの前で、もう一度、深呼吸なんて応対するか、頭の中で予行練習「今度こそ…」と、唯がインターホンのボタンを押そうとした、その時――――「あれ? 唯?」「まうー!」「え?」三人の声がハモリ、そして、視線が交わる「ゆ、結城くん!? と、セリーヌちゃん…!?」「まう♪」リトに肩車をされながら、セリーヌが元気な声で応える「どしたんだ? 何か用?」「そ、その…」「ん?」?マークを浮かべるリトとセリーヌの二人に、うまく言葉が出てこないさっき決意したはずなのに、焦った気持ちが、唯の冷静さをうばっていく「うっ…ぅ…」心なしか、さっきよりもカバンが重く感じられるリトは、セリーヌを下に下ろすと、門柱を開けながら、唯の方を向いた「とりあえず、ウチ入れよ? こんなトコにいるとまた風邪引くかもしれねーだろ?」「わ、私はっ…」「ん?」「う…っ…」やっぱり言葉が続かないそれは緊張のせい? 不安だから? 理由は明白(って、もぅ…。結城くんの顔、見ただけでなに舞い上がってるのよっ!?)「唯?」「え…!?」俯いていた顔を上げると、そこにはキョトンとしたリトが待っていて唯は顔を真っ赤にさせると、ぷいっと顔を逸らした「…ホントに大丈夫か?」「…なっ、何でもないからその…」「え?」心配なのか、ジッと見つめてくるリトに、唯の心拍数がどんどんと上がっていく(うぅ…もぅ! そんなに見ないでよねっ)目の前でもじもじしだす唯にリトは、どうしていいのかもわからず、ほっぺを掻きながら眉を寄せた(何だ…? オレ、唯に何かしたっけ?)(だから、そんなに見つめないで…! どーしていいのかわからなくなるの…!)二人の気持ちは噛み合わず、すれ違ってばかりそんな二人を動かす、きっかけが訪れる「まう、まう」「え?」クイクイと、スカートを引っ張るセリーヌに唯は、視線を落とした「セリーヌちゃん?」「まう、まうー」唯の顔をジッと見つめたまま、何度もスカートを引っ張るセリーヌ
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