やはり来るべきではなかった。リトは痛む頭を労わるように軽くこめかみを押した。「ほらリトさん、見てください。あれがキャベ人です。胃腸薬によく使われるっていう話ですよ」 彼の右腕にはモモの左腕が組まれている。日の光が大地に届く程度にまばらに立った様々な木々の間を、二人は散歩するようなのんびりとした足取りで進んでいた。 若く細い幹の隙間には、時折モモの放った宇宙植物たちが顔を出す。 サファリパークの動物たちをそのまま植物にすげ替えたものと言えばいいのか、モモによってプログラムされた植物園は花見からインスパイアされたものとは到底思えないほどワイルドなものに仕上がっていた。 「近すぎちゃってどうしよう、か……。はは……。」 ここまで似せるのであれば鉄柵のついた車も作って欲しかったとリトは嘆息する。まだこの植物園に来て一時間と経っていないが、彼らはすでに数回ほど、宇宙植物の襲撃に遭っていた。 そのたびにモモがやんわりと撃退してくれたお陰で事なきを得ているものの、何故か別の位置からスタートさせられた美柑やナナは大丈夫なのかと心配になる。 もちろん自分がいたところでどうしようもないし、向こうのグループにはララがいることも分かってはいるのだが、やはり自分の目で見れないと悪い想像が膨らむ。「なあモモ」「はい?」 キャベツのような形をした何かを指差して楽しそうに解説しているモモを止めるのは悪いとは思いつつも、リトは尋ねずにはいられなかった。「何でスタート地点を別にしたんだ?ララがいるとは言っても、モモといたほうが安全な気がするけど」 リトは比較的、何も考えずに発言するタイプの男である。そのせいで女性陣に要らぬ誤解を与えることもあるが、いい意味でのその軽さは、裏表のない、彼の誠実な性格を彼女らに知らしめるのにも役立っている。 リトの長所であり短所でもあるその一面をそのまま抜き取ったようなそのセリフに、モモはこみ上げる笑いを抑えることができなかった。「嫉妬、ですよ」「え?」 身内である美柑を除けば、女性への鈍さを含めた彼の性格を最もよく把握している側であるモモは、直接的な言葉を言ってリトを焦らせて楽しむか、婉曲的な言葉を言って戸惑うリトを見て楽しむかを天秤にかけ、結果前者を選んだ。 組んだ腕を軸にして彼の前方に上体だけ倒し、無意識のうちに頬を染めて彼を見上げる。 思えばあの花見の日、リトに抱き留められたナナをそのまま二人きりにしておけば、あるいは彼女に恋とは何か、はっきりと自覚させることができたかもしれない。自分はそっと木陰に隠れ、事の推移を見守るべきではなかったかと、今でも後悔している。 だがそれをしなかった、いや、できなかったのは、ナナを心配する彼の目が自分に向けられていないことに対する嫉妬のせいであったことに、モモは自分で気付いていた。 邪魔するつもりで出て行って「お邪魔だったかしら」とは、大した愛人もいたものである。 性格面ではいい意味でも悪い意味でも姉やナナより成熟していると自負していた自分の中に潜むこの醜い感情に、モモは一時のはけ口を求めた。それが今回の植物園イベント主催の動機である。 「さ、行きましょう。今日一日は付き合ってもらいますよ」「お……おい!」 リトの腕を自分の方へ引き寄せるように身体をひねって、モモは次なる宇宙植物がいそうなところへ歩き出した。
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