「だからっ! 待って下さいって!」古手川君が私を追いかけて来る。私は聞こえないフリをしてさっさと歩いて行く。ま、さすがにあれだけ私をコケにしてくれた人は初めてだしね。「待って! お願いですから!」それにしてもあの娘、ボーイッシュで、明るくって、胸もおっきくて、どこかのアイドルみたいだったよね。結局古手川君も、若い可愛い娘が好きなフツーの男の子だったってワケだ。ちょっとだけ、他の男の子と違うかな、って思ってたんだけどな……。ガッ。私の肩に古手川君の手がかかる。あー、追いつかれちゃったか。「だから、あの娘はオレの恋人でも、浮気相手でもないんですっ」「へー。古手川君はそう思ってるんだ。あの娘、すっごく嬉しそうな顔してたけど」「あれは、そういう意味じゃなくて……」「じゃあ、どういう意味?」「え、えっと……」まったく。言い訳も出来ないなんて。あーあ、古手川君もその程度ってことか。「じゃ、ね。私、時間は無駄にしない主義なの」手を振ってさっさと家に帰ろうと思ったんだけど……。「待って下さいっ!」まだ追いかけて来る。「古手川君。あんまりしつこいと、嫌われちゃうわよ」「オレの話を聞いて下さいって!」「あの女の子に聞いてもらえばいいんじゃない?」「な、何言って……」「あーんな可愛い娘なんだもん。逃がす手は無いんじゃない? 色男の古手川君」「なっ……」あ、ちょっと怒らせちゃったかな。「話を聞けって言ってるだろっ!」「だから言ってるじゃない。あの女の子に……」「だから!」古手川君、私の肩をガッと掴んで叫んだ。「あいつは、男なんだっ!!」「へ?」ここは私の行きつけの喫茶店。熱いコーヒーをすすりながら、古手川君のなんだか信じられないくらいにバカバカしい話を聞かされて、さすがの私もちょっと唖然としちゃってた。「ふぅ……」コーヒーカップをカチャリとお皿に乗せる。「ちょっと整理していいかしら」「はい」「あの娘は女の子だけど、本当は男の子で、しかも結城リト君なのね」「はい」「で、古手川君はその事を知ってて、でも妹さんはそれを知らなくて、結城君とデートしてた」「はい」「古手川君は妹さんの事が心配で、私とのデートを蹴ってまで見張りに出かけた、と」「す、すみません……」古手川君、申し訳なさそうに頭をポリポリと掻いた。「信じてもらえませんよね、こんな話……」「そうねえ……」私はもう一度コーヒーカップを手に取ってコクッと一飲みしてから、カップを手に持ったままニッコリと笑った。「信じるわ」「えっ!?」古手川君、信じられないみたいな表情をした。「な、なんで……」あらら。自分で説明しておいて、『なんで』はないんじゃない?ま、いいけどね。「理由その1。言い訳にしては、あんまり現実離れしてるから。本気で言い訳するなら、もっとマシなの考えつくでしょ」「は、はあ……」「その2。私、その結城君って子、知ってるもの」「えっ!」「私の妹の同級生なのよ、その子」「あ、そう言えば……」ま、本当はただの同級生ってわけでも無いんだけどね。そこまでは言わない方がいいかな……。「なんだか宇宙人の子と一緒に住んでるらしいじゃない。だったら、そのくらい変な事もあってもおかしくないかな、って」「そ、そこまで知ってるんですか……」もう一度、コーヒーに口を付ける。で、カップをお皿において、「その3、は言っちゃっていいかな……」ちょっともったいぶってみた。「な、なんですか。言って下さいよ……」クスッと笑みを浮かべてから言ってみる。「古手川君、シスコンでしょ」「えっ!?」「妹さんの事話してる時、いつもなんか目の色が違うのよね」「そ、そうですか……」あ、なんか照れちゃってるみたい。意外に可愛いとこあるんだ……。「そんな大事な妹さんの事で、ウソついたりしないでしょ」「……まいりました」ウフフ。なんか私は名探偵で、古手川君が犯人になったみたい。
「妹さん、可愛い?」「うーん……」あら、また古手川君ちょっと赤くなって考え込んでる。「可愛いっていうかなんていうか……ほっとけない奴なんですよね。すっげークソ真面目で、純情で」「ふーん……。じゃ、結構似てるじゃない、古手川君と」「えっ!? オ、オレ、そんな真面目っすか?」「うん。ある意味、ね」ま、フツーの男なら、自分のデートを反故にしてまで妹を見張りに行こうなんて思わないよね。私はまたクスッと笑みを浮かべた。「ま、お互い、妹の事では苦労するよね」「そ、そうっすか」「うん。私の妹も、ただいま絶賛恋愛中」「へー! そうなんすか」「そ。まあ、毎日落ち込んだり喜んだりするの見てるのは結構楽しいんだけどね」「へえ……」古手川君もその辺は同じなのかな?ま、でも兄と姉じゃちょっと違うんだろうけどね。「それにしても、結城君って子も罪な子よねえ。古手川君の妹さんだけじゃなくて、私達まで引っ掻き回してくれるんだから」「まーったく、そうっすよ。あいつがもっとしっかりしてくれれば……」はあっとため息をつく古手川君。ほんとに、ねえ。結城君がもっとしっかりしてれば、春菜だって……。おっと、古手川君のお節介がちょっと移っちゃったかな。「ま、いいわ。それで、古手川君」「はい?」「私、この間から古手川君のせいで、ずっと悩んでたんだけどな」「えっ!?」「私、もうオバサンだから古手川君にフラレちゃったのかなって。女としての魅力なんてないのかなーっ、てね」古手川君、立ち上がってバンッとテーブルに手を着いて叫んだ。「そんな事ないですっ! 秋穂さんはすっごく魅力的ですよっ!」おーっ! 言ってくれるじゃない。周りの人がみんな古手川君の方を見てる。「あ、す、すみません……」古手川君、ちょっと顔を赤くして席に座り込んだ。私はクスッと笑って、熱血青春野郎の古手川君の顔をじっと見つめた。「じゃ、証明してくれるかな」「えっ」「古手川君が本当に私を魅力的だって思ってる証拠、見せて欲しいんだけど」「あ、秋穂さん……」私はコーヒーの最後の滴を飲み干すと、カチャリと音を立ててカップを皿の上に置いた。「さ、行きましょうか」立ち上がった古手川君の体を見てみる。うーん、なかなかのスポーツマン体型。悪くないじゃない。私はテーブルに乗ってる伝票を取って、レジまで歩いて行った。「あ、オレが払います!」「良いって良いって。その分後で払ってもらうから」「へっ!?」私はレジのお姉さんに伝票と千円札を渡しながら、ちょっと驚いた顔してる可愛い古手川君にクスリと笑いかけた。うふふ。今夜は楽しくなりそうね……。(終)
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