『 結城リト・世紀の大告白!! 』そのニュースは、電撃の如き速さで彩南高校生の間を駆け巡った。「おいっ! あの結城リトが、ララちゃんはおろか古手川さんとルンちゃん、御門先生まで独り占めにしようとしてるらしいぞ!」「なにいっ!?」「なんかヌルヌルスライムを操って無理矢理りょーじょくして手ゴメにしたらしい!」「なんだってぇっ!?」「お、オレの古手川さんが……」「ル、ルンたん……」「御門センセーっ!」「しかもっ! ララちゃんと結婚して全宇宙を乗っ取って、地球の女を全員嫁にしようと企んでるらしいぜ!」「ば、ばかなっ!」「信じらんねー……」「このままにしておいて良いのかっ!?」「しておけるかっ!」「殺るか……」「殺るぜっ!」「おおっ!!」こうして、『彩南高校・結城リト討伐隊』が結成された。結城リトの誤爆告白から僅か一日。事態は風雲急を告げていた……。「な、なんでこんな事に……」彩南高校の校門から約200メートルの地点。物陰から様子を伺うリトの目に映るのは、校門前でハチマキを巻いてバットやモップを手に持ち、目を血走らせてズラリと並んだ男子生徒達。そして大きく掲げられた『結城リト・死すべし』『俺達の青春を返せ』の立て看板に、極悪非道なリトの似顔絵に真っ赤な×印が付けられた旗がハタメく異様な光景だった。「あれー、リト、大人気だねっ」「大人気じゃねーっ!」相変わらず事態を全く分かっていない様子のララに向かって、声をひそめながらリトが怒鳴り付ける。「これじゃ、学校に入れねーじゃねーか……」途方に暮れた様子のリト。「むー……。あっ! 良い考えがあるよ!」「なんだ」「ごにょごにょ」「え……えーっ!?」この窮状を打開すべく、銀河一の頭脳を誇る天才少女・ララが導き出した秘策とは……!「おいっ! ララちゃんが来たぞっ!」物陰から出て、校門に向かってテクテクと歩いて行くララ。そして、ララに隠れるようにして歩いてくる、茶色の髪の人物。「奴だ……」「間違いない……」「いいか、ララちゃんには手を出すなよ……」「分かってるって……」二人を取り囲むように、半円状に展開する男子生徒達。ララはその円の中心でピタリと立ち止まった。「みんな、おはよー!」周りを包んでいた異様な雰囲気を一声で吹き飛ばす、爽やかな明るいララの声が校門に響き渡った。「お、おはよー……」思わず何人かの男子生徒達が、目的を忘れて顔を綻ばせてしまう。「おいっ! 目的を忘れるなっ!」「でも、ララたんの笑顔が……」「む、むう……」困惑した表情の男子達をよそに、ララが続ける。「みんなに新しいお友達を紹介するねっ」「え……?」周りの男子生徒達がどよめく。「はいっ! ご挨拶してっ!」「うわっ!?」ララが後ろに居た人物をサッと前に出し、男子生徒達の前にさらけ出す。「「おおおーっ!?」」男子生徒達全員が歓声を上げる。そこにいたのは、リトではなかった。髪の色こそ同じだが、女子の制服を着た、まぎれもない女子生徒だ。ララの考え出した秘策。それは、『ころころダンジョくん』と『簡易ペケバッジ』を使って、リトを女子生徒にしてしまうという大胆不敵なアイデアだった。「あ、あの……お、おはようございます……」突如現れた少女を、男子生徒達は驚きの表情で見つめた。「か、可愛い……」夏物の制服を着て、ラフな印象の茶色のショートカットに少し横に跳ねたボーイッシュな髪型をした少女。短いスカートの下では、スラッとした健康的な太ももが目映く光っている。そして、その少年のような中性的な雰囲気とミスマッチした、女性らしさをアピールする胸の2つのふくよかな膨らみ。見た者を一目で虜にするそんな魅力を持った少女が、顔を赤らめてモジモジと恥ずかしげにうつむいていた。(な、なんでオレがこんな格好を……)「うちの高校にこんな可愛い娘、いたか……?」「いや……」そんな噂をしながらザワメく男子生徒達の中でただ一人、得意満面の笑顔を浮かべている男がいた。「リコちゃんっ!!」猿山ケンイチ。彩南高校ナンバー2のエロソムリエを自負する男だった。プールでの一件を目撃していた猿山は、事が大げさになってきたのを知り、リトに万が一の事があった時には……どさくさまぎれて一発殴ろうかと思って待機していたのだった。「リコちゃんっ! どうしてここにっ?」すかさずリコに駆け寄り、肩に手を当ててリコに詰め寄る猿山。「え、あ、あの……」そんな様子を見て、周りの男達は納得がいかない様子だった。「おい、なんで猿山があんな可愛い子と知り合いなんだ……?」「マジかよ……」周りの男達を無視して猿山が続ける。「丁度良かった。オレ、君に言いたかった事があるんだ」「え……?」「知ってる? リトの奴、ついに告白しやがったんだよ」「あ……」「だから、オレも負けちゃいられないと思ってさ」「ま、まさか……」冷や汗をタラすリコの目の前で、大きく深呼吸する猿山。そして……「好きだっ!! オレと付き合ってくれ!!」(ひいいいいーっ!?)「「オオオーッ!?」」群衆から歓声が上がる。リコの顔は流れ落ちる冷や汗で、もはや滝の様になっていた。「あ、あ、あ……」「へ、返事は……?」リコの肩に手を当てて詰め寄る猿山。「さ、さよならっ!」リコは猿山の手を振り切って校門に向かって駆け出した。「待ってー! リコちゃーんっ!」猿山がリコを追って走り出す。「リコちゃん! 猿山なんか止めてオレと付き合ってー!」「いや、オレとっ!!」男達が一斉に二人を追って走り出す。そんな男子生徒達を校庭で眺めている男がいた。「何事ですかな……むむっ!?」彩南高校の校長である。「あの美少女はっ!! これは、服など身に着けている場合ではありますまい!!」校長はすかさずバッと上着を脱ぎ捨て、リコを追って猛烈な勢いで走り出した。「ひーっ!!」必死で男達から逃げ出すリコ。しかし、校長の速さは尋常では無かった。その巨体からは到底信じられない速さでリコに迫る校長。「な、なんでーっ!?」幼い頃に読んだ週刊少年マンガ誌の某仙人に憧れ、エロ行為に及ぶ時のために常に重量100kgの衣服を身に着けて行動している校長。彼がそれを脱いだ時、その変態的な格好による興奮から生み出される運動能力は、某宇宙人に勝るとも劣らないという。「ねー、チューさせてー!」「キャー!!」ついに校長がリコに追いつき、肩に手をかけようとしたその瞬間。「何やってるのっ!! ハレンチなっ!!」雷のような怒号が校庭に響き渡る。声の主は、彩南高校の風紀の守護者・古手川唯その人だった。「あなた達っ!! 女の子をみんなで追いかけ回してどういうつもりなのっ!!それに、もう授業が始まるじゃない! さっさと教室に入りなさいっ!!」「はーい……」唯に激しく叱られて男子生徒達がすごすごと校舎内に入って行く。が、校長は、「えへ……えへ……」何故か嬉しそうな顔をして、裸のまま正座して唯のお叱りを聞いていた。そして猿山は、リコとすれ違いざま、「リコちゃん。返事、待ってるからね」(げ……)嬉しそうに一声かけて、校舎内に入って行った。「あ、有り難うございます、古手川さん……」(なんか前にもこんな台詞言ったような……)リコは、以前に唯の兄・古手川遊に助けられた時のことを思い出していた。「いいのよ。当然のことを言っただけだから。でもあなた、私のこと知ってるの?」「えっ!? あ、あの、以前にファンシーショップの前で……」「あ、あの時か。猿山君とデートしてた子ね。それであなた、どこのクラスなの?」「え、えっと……」突然の突っ込みにとまどってしまうリコ。「リコは転校生なの! 今日から私達と同じクラスになるんだよ!」「「えっ!?」」ララのフォローに、リコと唯が同時に驚きの声を上げる。「そ、そうなの?」「あ……そ、そうなんです! ちょっと、リト君に用事があるから、私が代わりに出てノートを取っておいてくれって……」「代わりにって、そんなの大丈夫なの?」「許可する」唯の心配をよそに、校長はいやらしい笑みを浮かべながら親指を立てて許可を出した。「そ、それならいいけど……。それで、リコさん」「はい?」「返事って、何の事?」「えっ!?」「さっき、猿山君が言ってたじゃない」「そ、それは……」リコは顔を真っ赤にしてウツムいてしまう。「リコはねー、猿山に告白されたんだよ! みんなの前で!」「こ、告白っ!? みんなの前でっ!?」今度は唯の顔が真っ赤になってしまう。「あ、あなたも……なの……?」「あ……」そう。リト自身が、つい最近みんなの前で唯に向かって愛の告白をしたばかりなのだった。本来春菜へのものだったなどと言い出せるはずもなく、結局なし崩しになってしまっていた。ふう、とため息をつく唯。「男の子って、何を考えてるのかしらね……。ほんとに、場所の雰囲気ってものを考えないんだから……」「ははは……」本人を前にしているとは知らずに口から出てくる唯の言葉に、リコは冷や汗をダラダラ流して頭を掻いていた。唯はそんなリコに向かってニッコリと笑いかけた。「じゃ、改めて。私は古手川唯。よろしくね」「わ、私は、ゆ、夕崎、梨子です。よ、よろしく」冷や汗を流したまま、ぎこちない表情でリコは唯と握手を交わす。「私、なんだかあなたとは良いお友達になれそうな気がするの」「え……」「さ、教室に入りましょ」ダラダラと涎を流している校長を尻目に、唯・リコ・ララの三人は教室に入った。「あ、あの、夕崎、梨子です。リト君がいない間、よろしくお願いします」いきなり転校生に、しかも女子生徒になってしまったリコは、みんなの前で自己紹介をさせられる羽目になってしまった。リコに注がれる生徒達の熱い視線の数々。(ああ……リコちゃん、相変わらず可愛い……)(うふふ……これはまた、イジリがいがありそうねえ……)(何、あの女! リト君はどうしたのよ! せっかく私に告白してくれたのにぃ!)(リト♪ 女の子になってもかーわいい♪)そんな中で、一人だけ疑惑の目でリコを見つめている生徒がいた。(あの人って……まさか……)春菜である。春菜は『リトが女の子になった』ことを知っている一人だったが、以前にリコを見た時はそれがリトとだとは認識していなかった。(ううっ……春菜ちゃん、もしかして気が付いてる……?)今日はずっと冷や汗を流しっぱなしのリコ。その時、急に教室の扉がガラッと開いた。「リコ!」現れたのは、彩南高校のトラブルクイーン・天条院沙姫だった。(えーっ!?)沙姫こそはリコの正体を最も良く知っている一人である。以前、無理矢理誤魔化そうとしたことはあったのだが、まさかあんなので誤魔化せているとは……。「ここに来るなんて、なんで私に言ってくれなかったんですの!?あなた、以前結城リトにかどわかされたのをお忘れでして!?」「えっ!?」「あの結城リトと来たら……! 私の裸を見たいがために、トリックを使ってリコと入れ替わったりして……今思い出しても腹立たしい!危うく私とリコの仲が引き裂かれる所でしたわ!」いつの間にか、沙姫の中ではそういう事に落ち着いてしまったらしい。「なんだ、またリトかよ……」「あの野郎……」(あわわわわ……)しかし、『違う』と言う訳にも行かず、リコはただオロオロするだけだった。「リコ! こんな結城リトのクラスなどにいてはいけません! 私と一緒に来るのです!」「おい、先輩」猿山が立ち上がった。「オレのリコちゃんに何か用か?」(えーーっ!?)ドヨッ! ざわめく観衆。「なんでリコがあなたのなんですの?」キッと猿山を睨みつける沙姫。「オレはリコちゃんとデートまでした仲なんだぜ」「オーッホッホ! なんですの、それは! 私は、リコと一緒にお風呂に入った仲ですのよ!」バチッ!!リコの目の前で沙姫と猿山の視線が火花を散らして衝突する。(ひええええ……)あまりの唐突な事態のなりゆきにリコが指をくわえてウロタえていると、「あなた達! もう授業時間よ! 先輩も、自分の教室に戻って下さい!」唯のフォローが飛んできた。「リコ。くれぐれも、こんな野蛮な輩にダマされないように」捨て台詞を残して沙姫は立ち去った。そして猿山は……「リコちゃんとお風呂……」じゅるりと涎をすすりながら、蕩けた目でリコを見つめていた。(そ、そんな目でオレを見るなー!)◇ ◇ ◇どうにかこうにか放課後になり、長かったリコの学校での一日が終わりを告げた。「疲れた……」慣れない女の子生活に疲れ切った顔のリコ。そんなリコに唯が声をかけてきた。「リコさん。良かったら、家に遊びに来ない?」「えっ……」意外な顔をするリコ。正直なところ、唯に誘われるのも意外だったし、唯が他人を誘うというのも意外に思えた。「あっ……ごめん、忙しいならいいの。それじゃ」「あっ、待って」チラリと唯の顔を見る。なんだか、期待してるような、不安なような、微妙な表情だった。(古手川、一体……?)少し考えた挙げ句、ニッコリ笑ってリコは唯に返事した。「ありがと。行きます」唯とリコは並んで唯の家へと歩いて行く。「急に誘っちゃって、ごめんなさい」「そ、それはいいんだけど」「ちょっとだけ、あなたとゆっくりお話をしてみたかったの」「え……」「うん! 今日はリコさんのために、お料理作ってあげるから! 期待しててね」「あ、ありがと」二人が家に着くと、唯は料理を作り始めた。メニューは肉じゃがとみそ汁にご飯。日本人の定番メニューだった。それを美味しく頂くと、満足した顔でリコが感想を述べた。「ごちそうさま。古手川さんって料理上手いんだね」「ありがと。最近、結構練習してるんだ」「へー。誰か、食べさせたい人とかいるの?」「えっ!? べ、別に、そんなの、いない……けど……」「?」(なんだ? この反応……)不思議に思いながら、リコはちょっと赤らんだ顔の唯を観察していた。ちょうどその時。「ただいまー」男の声がして、スタスタと玄関から足音が聞こえて来た。「あ、お兄ちゃんね」「ああ……あ!?」ふと気が付いた。唯の兄……遊は自分の正体を知っているのだ!(ま、まずい……!)「お客さん来てるのかー?」遊が食堂へと顔を出す。「お帰り」唯は遊の方に振り向いて出迎える。遊は唯の向こう側にいたリコに気が付いたようだ。「あ、あれ……お前、確か!?」「ああ、こちら転校生の夕崎梨子さん」「夕崎……リコ……?」「は、はいっ! リコですっ! 古手川さんのお兄さん、よろしくお願いしますっ!」声を張り上げて挨拶するリコ。その様子を見てなんとなく事情を察した遊は、とりあえず合わせておくことにした。「よろしくな。リコちゃん」「二人とも、仲良くしてね。私、ちょっとお手洗いに行ってくるね」唯がトイレに入ってパタリと扉を閉める。「おい、どういう事なんだ」「色々事情がありまして……」リコは今日のことの顛末をかいつまんで説明した。「お前も、相変わらず大変なんだな……」「はい……」二人でしんみりした顔をして向かい合ってお茶を飲んでいた。と、唯がトイレから帰って来た。「ね、リコさん。一緒にお風呂に入らない?」ブッ!遊とリコが同時にお茶を吹き出す。「ふ、風呂……?」遊が眉をしかめて唯に返す。「何よ! 女の子同士だからいいじゃない」「い、いやま、そうなんだけど……」「あー? まさかお兄ちゃん、覗こうなんて思ってるんじゃないでしょうね」「いや、オレは覗かないけど」「何よ。じゃ、誰が覗くのよ」「誰って……」チラッとリコの顔を一瞥する遊。リコは、必死の形相で(こ、断って下さい! 遊さんっ!)遊に訴えかけていた。遊は少し考えた素振りをした後、スックと立ち上がって、リコの肩にポンと手を置いた。「ま、お前ならいいか。唯をよろしく頼むぜ」(えーっ!?)スタスタと遊が歩き去って行く。「何よその言い方。ま、いいわ。じゃ、入りましょ、リコさん」(な、なんでいつもこうなるんだーっ!?)自分の運命を支配するラッキースケベの神を呪わずにはいられないリコであった。結局、リコは唯と二人でお風呂に入ることになってしまった。(何も見ない、何も見ない……)必死で唯から目を背けて、唯の裸を見ないようにするリコ。一方唯は、「リコさん。背中、流してあげるね」「えー!?」鏡の前で椅子に座ったリコの背中を唯がゴシゴシと擦って行く。「リコさんって、すっごく胸もおっきいし、スタイルもいいよね」「そ、そうかな……」「えいっ。もみもみー」「あっ!? ちょ、ちょっと……」「うふふ、柔らかくっていい感じね。籾岡さんがやたらに触りたがるのも、ちょっとだけ分かるかも」「えー!?」「冗談よ。あんなハレンチな人と一緒にしないでね」「は、はあ……」無事に身体を洗い終わり、二人一緒に湯船に浸かった。「ねえ、リコさん……」「はい?」「猿山君から告白されて、どう思った?」「えー!?」「良かったら、答えて欲しいの」(ど、どうって言われても……)一呼吸おいた後、リコはとまどいながら答えを返した。「しょ、正直言って、信じられなかった……。(っていうか、信じたくねー!)男の子から告白されるなんて、初めてで……(っていうか、金輪際ゴメンだー!)」その返事を聞いた唯は、ふうっと大きく息を吐いてゆっくりと告げた。「あなたもそうなの……」「え……」唯は一つ一つ、我が子に昔話を聞かせるように、想いを込めて語り始めた。「私も、つい最近、ある人に告白されたの」(お、オレの話か……)「それもみんながいる目の前で。私、びっくりしちゃって」「ず、随分大胆な人ですね」「ほんっとに。信じられないよね。あなたの猿山君も、だけど」あはは……。二人で笑い合う。(わ、我ながら、とんでもないことしちまった……)リコの笑顔は多少引きつってはいたが。「それで、リコさん。あなた、返事はどうするの?」「ええっ!?」(へ、返事なんか、するのか? オレ!?)「もしかして、考えてなかったとか?」「うん、実は……」一瞬の沈黙。「そうよね……。どう返事していいか、分からないよね……」(分からないっていうか、考えたくねー……)ふう。ため息をつく唯。「私、今日結城君が学校に来なくて良かったな、って思ったの」「え?」「多分、今日結城君の顔見たら私……どんな顔で会えばいいか、分からなかった……」「……」「だって、あんまり突然で……。心の整理も全然出来てないし……」だんだんと唯の頬が、ほんのりと紅く染まって来た。その様子を見ていて、ようやくリコは気が付いた。(まさか……古手川……)沸き起こった疑問を、口にしてみる事にする。「古手川さん、もしかして、リト君の事を……」「……」さらに唯の頬が紅く染まる。そして、ゆっくりとリコの方に振り返って言った。「なんだか不思議ね……。あなたとは、今日初めてちゃんと話したばかりなのに、なぜかなんでも話せちゃう気がするの」唯はニッコリと微笑んだ。「だから、あなたにだけ、話しちゃおうかな」「え……」「私……結城君のこと……」と、その時。リコの身体から、シューと煙が出始めた。(ま、まずいっ!!)「ご、ごめんなさいっ! ちょっと!」ガバッと大急ぎで湯船を飛び出し、一目散に走り去るリコ。「ちょ、ちょっと! リコさん!?」何がなんだか分からない唯は、とりあえず湯船を出て身体を拭き、衣服を身に着けてから浴室を出た。「リコさん……えっ!?」そこにいたのは、兄・遊と向かい合って座っている、ついさっきまで話題の中心人物だった結城リトその人だった。リコは浴室から出た途端男に戻ってしまった。そこで大慌てで遊に衣服を借りて、この場に座っていたのだった。「ゆ、ゆ、結城君!! な、な、なんでここにっ!?」「あ、はははは、こ、こんちわ、古手川」「それに、なんでお兄ちゃんの服着てるの!? しかもビショ濡れでっ!!」「ええっ!? こ、これは、その……」「悪いな、唯」遊はリトの隣に立ち、グッとリトの頭をワキに抱え込んだ。「オレ達、ホモ達なんだ」「えーっ!?!?!?」唯が大声を上げて、ワナワナと震え出す。「隠しててすまなかったな……」「な、な、な……」ついに唯火山の大爆発が起こった。「ハレンチなーーーーーーーーっ!!!!!」バチーーーン!!!「「おぶっ!?」」二人の頬に、噴火の爪痕をくっきりと残して。「もうっ! 冗談にも程があるわっ!!」「だから、悪かったって言ってるだろ」「なんでオレまで……」キッ、と唯がリトの顔を睨みつける。「どうせ、あの告白だって、冗談だったとか言うんでしょ……」「えっ……」唯の顔が次第に怒りで真っ赤に染まって行く。「私がどんなに悩んだかも知らないでっ!! もう知らないっ!!」「こ、古手川っ!」ダッ。唯は階段を駆け上がって自室に閉じこもってしまった。「あーあ。からかい過ぎたかな」「す、すみません。オレのせいで……」「んー、そうだな。お前のせいだな、こりゃ」「えっ?」遊がリトに向かってクスッと笑いかける。「オレの大事な妹に向かって、告白しちまったんだからなあ。これは責任とらなきゃな」「あ、そ、それは……」「いやなに。今すぐ好きになってくれ、って言ってるんじゃない。唯がお前のことをどう思ってるのか、少し考えてみてくれないか?」「え……」「ああいう奴だからさ。素直に気持ちを表に出せないんだよ。だから、他の奴より、少しだけ……良く観察してやって欲しいんだ。分かるだろ?」「はい……なんとなくは……」リトは、さっきの風呂場での唯の事を思い出していた。(古手川が、あんな風に悩んでたなんてなあ……)「よし。じゃ、これからも仲良くしてやってくれよ! お前も、リコちゃんも!」「え、えーっ!?」バンッ! 遊はリトの背中を強く叩いて、二階の唯の部屋に向かって声をかける。「おいっ。お姫様! 王子様がお帰りだぞっ」「知らないっ!」とりつくしまもない唯の返事だった。遊はあーあ、という素振りをしてリトを玄関から送り出す。「じゃ、今日は唯に付き合ってくれてありがとな」「いえ……」「またな」リトは玄関から出るとチラリと二階の唯の部屋を伺い、そのままスタスタと歩いて帰って行った。その様子を、唯はカーテンの隙間からそっと伺っていた。「結城君……」翌日、教室に入ったリトを待ち受けていたのは、相変わらず不機嫌そうな顔をした唯の姿だった。「お、おはよう、古手川」振り返りもせずに唯が答える。「それも、何かの冗談なの?」「おいおい……」とりつくシマもない。「えっとな……リコちゃんから、預かり物があるんだ」「リコさんから?」唯がようやく振り返った。リトは唯に折り畳まれた小さなメモを手渡した。それは、女の子らしい細い字で書かれていた。『古手川さんへ昨日は急用を思い出しちゃってゴメンナサイ。男の子ってバカだから、女の子の気持ちも考えずにヒドい事言ったりするけど、気にし過ぎちゃダメ!私、古手川さんは、すっごく優しくて素敵な人だと思います! じゃ、お互いに自分の恋を大切にして頑張りましょうね! リコ』「リコさん……」唯の顔が明るく輝いて来た。それを見ない振りをしているリトの顔も、心なしか少しだけ晴れやかになったようだ。手紙は、リトが家に帰って、もう一度女の子に変身してから書き上げたものだった。「なんて書いてあったんだ?」唯がアカンベーして答える。「男子には教えてあげない! でも……」一呼吸おいて唯が続ける。「リコさんって、素敵な人ね。すごく思いやりがあって」「そ、そうかな……」「何照れてるの? 結城君に言ってるんじゃないわよ?」「あ、そ、そうだな。すまん」「ま、いいわ。で、結城君は私に何をしてくれるの?」「えっ?」「だって、私の事好きって言ったじゃない」「えっ!? そ、それは……」「まさか、取り消したいって言うんじゃないよね?」「え、えっと……」「取り消し料は、デート10回分だから」「えーっ!?」「じゃ、今度遊園地に行こうか。私の事が好きな、結城君のおごりで」「はううう……」頭を抱え込むリトを見て、唯がクスッと笑みを浮かべる。(そうね、リコさん。私、男の子なんかに負けないから!)立ち直った唯を見て、ようやく少しだけ胸をなで下ろしたリトだったが、(まさか……こんな事が、ルンとナナと、御門先生にまで起こるのかよ……!?)これから自分を待ち受ける恐るべき未来を想像して、ガクガクブルブル震え出すのだった。(終)
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