「はい、タイヤキ20個。まいどありー」ヤミは購入したタイヤキを少しだけかじる。「……」モクモクと小さな口を動かして、コクと飲み込む。「どうだい、ヤミちゃん」「見事な出来映えです」少し微笑んで、タイヤキ屋の主人に素直な感想を述べる。「へへっ。ありがとよ。毎日ヤミちゃんが買ってくれるおかげで、こっちも張り合いがあるってもんだ。それにしても……」「?」「ヤミちゃん、良い表情するようになったねえ」「えっ……」主人はヤミに興味深そうに笑いかける。「なんか良いことでもあったのかい? ヤミちゃん」「良いこと……」ヤミは頬を少しだけ赤く染めて、手に持ったタイヤキを見つめる。そして、自分にタイヤキを教えてくれた、彼の顔を思い浮かべるのだった。(結城、リト……)その頃。もはや『彼』ですらなくなってしまった結城リトことリコは、昼休みにララと猿山に彩南高校の屋上へと連れ込まれていた。「じゃ、私はここで人が来ないように見ておいてあげるから。ごゆっくり~♪ララは猿山とリコを屋上に入れると、ニッコリと笑ってパタリと扉を閉めた。「ララちゃん、なんて気がきく……」(よ、余計なことすんなー!!)猿山はハンカチを屋上の床に敷くと、リコを手招きした。「さ、これ、使ってない奇麗な奴だから。ここに座って」「あ、ありがと……」リコは猿山に促されるまま、ハンカチの上に腰掛ける。「ふう……」一息ついたリコだったが、「……」「ん?」猿山の視線が、自分の股間の辺りに集中していることに気が付いた。「あ……あ!?」いつもの癖であぐらをかいて座ってしまったリコ。ミニスカートからは白い太ももが思いっきり丸出しになり、パンティが猿山にチラリと見えてしまっていた。「きゃっ!?」顔を赤くして、慌てて股間を手で押さえるリコ。恐る恐る猿山に聞いてみる。「み、見た……?」「う、うん……」カーッ、と頬が赤く染まってしまう。(ううぅ……お、男に見られるのって、こ、こんなに恥ずかしいのか……)リコは足をソッと組み替えて、女の子座りに変えた。その様子を頬をポッと染めて見守っていた猿山だったが、「べ、弁当食べようか」「う、うん」一声かけて、ようやく弁当を食べ始めることになった。(キス……粘膜同士の接触……)先日、奇怪な花の影響とは言え、ヤミが結城リトとそれを試してみようとした時、『興味本位でするもんじゃない』リトはそう言って拒否した。(つまり、キスとは恋人同士にとってそれだけ重要な意味を持つということ……)その言葉が気になっていたヤミは、タイヤキ屋の主人に質問を投げかけてみた。「主人」「なんだい、ヤミちゃん?」「キス、というのをしたことはありますか?」「えっ?」ヤミはじっとタイヤキ屋の主人の目をまっすぐに見つめる。「そうだねえ。そういうこともあったかねえ」「それは、あなたにどのような感情の変化をもたらしたのですか?」主人は遠くを見るような目をして語り出した。「初めてキスしたのは、オレが15歳のときだったかねえ。相手は1つ年下の娘だったかなあ。いやあ、甘く切ないレモンの味、って奴かなあ」(甘く切ないレモンの味……)「うわー。リコちゃんのお弁当、美味しそうだね。自分で作ったの?」「え、えっと、これは妹が……」「へー、妹いるんだ。きっとリコちゃんに似て可愛いんだろうなあ」「はは……」(お前も知ってる奴なんだけど……)「リコちゃん。このミートボール美味しいよ。一つ食べる?」「あ、うん。ありがと」「じゃ、あーんして」「あ、あーん……」(うう……なんかイヤ……)なんとか繕ってリコが猿山に笑顔を返しながら口を開け、その中に猿山がミートボールを入れる。(ん……普通に美味しいな……)「リコちゃん……そのミートボール、オレの愛の塊と思って食べてくれるかな……」(うぐっ……)猿山の台詞を聞いたリコの体が一瞬硬直し、口からポロっとミートボールを零してしまう。「おっと」すかさず、それを落とさないように手で受け止める猿山。リコが慌てて言い訳をする。「ご、ご、ごめんなさい……。ちょっとびっくりしちゃって……」「いや、リコちゃんを驚かせたオレが悪いんだよ。じゃ、これはオレが、リコちゃんの愛の塊と思って食べるね」ミートボールをじっと見つめて、愛おしげに猿山がつぶやく。「あぁ……リコちゃんと、間接キス……」(うっ……)思わず手で口を押さえてしまうリコ。パクッ。リコの口から落ちたミートボールを自分の口に放り込む猿山。(うあああぁ……)猿山はミートボールを口の中いっぱいに転がしてから、ごっくんと飲み込んだ。「はぁ……最高だよ、リコちゃんの味……。これが、リコちゃんの愛の味なんだね……」猿山がうっとりと頬に手を当ててリコに笑いかける。(ひ、ひいいいぃっ!!)「それからもう、その娘がオレに甘えちゃってね。いやぁ、照れちゃうねぇ」「甘える……? それは、具体的にはどのような行為を差すものなのですか?」「そうだねぇ……。ヤミちゃん、兄貴とかいるかい?」「いえ……あ、いや……いない、とは言いきれませんが……」否定しようとしたヤミだったが、ふと美柑と入れ替わった時のことを思い返し、返答に躊躇する。(あの時に限って言えば、結城リトは私の兄だった……)その事実が、なぜかヤミには重要なことのように感じられていた。「そうかい。じゃ、お兄ちゃん、って甘えたこととかあるだろ」「お兄ちゃん?」その単語はヤミの知識の中にあった。(確か、兄を意味する言葉で、特に慣れ親しんだ間柄の場合に用いられる呼称のはず……)「いや、その娘それから、オレにずっとベタベタくっついて来てねえ。いやあ、二人とも若かったんだなあって、今にして見れば思うんだけどね……」(甘える、お兄ちゃん、ベタベタくっつく……)一方、リコは精神力を激しく消耗しながら、どうにか弁当を食べ終えていた。「ふー! お腹いっぱいになったなー」「そ、そうね……」リコの笑顔はピクピクと引きつり、頬を冷や汗がタラタラと垂れ落ちていた。「オレ、ちょっと眠くなっちゃったな。リコちゃん。あの……オレに、膝枕してくれないかな……?」「えっ!?」猿山はリコの肩をガッと掴んで、リコに必死に頼み込む。「オ、オレ、昔から、好きな女の子に膝枕してもらうのが、夢だったんだ……。だから、リコちゃん! 一回だけ! 頼む! 絶対変な所に触ったりしないから!」目をランランと輝かせてリコを見つめる猿山。「で、でも……」「頼むっ! こんな可愛いリコちゃんに膝枕してもらえるんなら……オレ、なんだってするから!」リコがちょっと驚いたような表情を浮かべる。「か、可愛い……?」生まれて初めてそんなことを面と向かって言われたリコは、なんだか少しだけ不思議な感覚を覚えていた。「もちろん! リコちゃんは世界で一番可愛い女の子だよっ!ああ……こんな可愛い女の子に会えて、なんてオレは幸せなんだ……」うっとりと幸せそうな表情を浮かべる猿山。「本当に?」「うん!!」リコはちょっとだけウツムいて、顔をポッと赤く染めていた。(お、オレって……そんなに、可愛いのかな……)恥ずかしげにリコがつぶやく。「い、一回だけだよ……」「ほ、本当に! やったーっ!! じゃ、はやく、はやくっ」ガッツポーズを取って大喜びする猿山。リコはちょっと崩し気味の正座に足を組み替える。「はい」「じゃ、お邪魔しまーす!!」猿山は床に寝転んで、リコの膝の上に頭を乗せた。(あぁ……オレの頭の後ろにリコちゃんの太もも……オレの目の前にリコちゃんのおっぱい……。あぁ……ここが、オレの探し求めた楽園だったんだ……)猿山はリコの体温の暖かさに包まれて、至福の表情でリコの膝の上で安らいでいた。(うあぁ……お、オレの膝の上で……猿山の奴……うあっ……な、何考えてんだ……エロイ面さらしやがって……わっ……う、動くなっ……わひゃっ……く、くすぐったいぃっ……)リコは猿山の生暖かく暑苦しい顔を見せつけられて、涙目を一生懸命閉じて堪えていた。「リコちゃん、もう一つお願いがあるんだけど」「な、なに……?」猿山は照れくさそうに言った。「オレのこと、ケンイチお兄ちゃんって呼んでくんない?」(お、お、お、お兄ちゃん~!?)唖然として口をポカンと開けてしまうリコ。「オレ、リコちゃんみたいな妹を持つのが夢だったんだ……」また、うっとりしてポッと頬を赤く染める猿山。(ま、ま、まあ、呼ぶだけなら別に実害はないし……)なんとか自分に言い聞かせて、リコがつぶやく。「ケ、ケンイチ、お兄ちゃん……」「おおおっ!!!」猿山の体がビクッと反応する。目をカッと見開いて血走らせ、拳をギュッと握りしめてワナワナと震えていた。(な、なんだ、この反応……!?)あまりの激しい反応に驚いてしまうリコ。「も、もう一回言って!!」「え、えっと、ケンイチ、お兄ちゃん……」「はうっ!!!」猿山は頬に手を当てて顔を蕩けさせ、天にも昇らんばかりの至福極まる表情を浮かべていた。「もう一回!!」「ケンイチお兄ちゃん」「はうあっ!!!」「ケンイチお兄ちゃんっ」「あひいっ!!!」(こいつ……そんなに嬉しいのか……)リコはその反応を見てだんだんと面白くなってきて、ちょっとサービスしてしまった。「ケンイチお兄ちゃんっ♪ リコ、お兄ちゃんに膝枕出来て嬉しいなっ♪リコのおっぱい、触ってみるぅ?」自分のおっぱいをむにっ、と手で揉んで、前に突き出してみるリコ。「あひいいいいいっ!!!」ブハッ!!!鼻から吹き出した血を手で必死で押さえながら、猿山がガバッと上半身を起こす。そして、ポタポタと鼻からこぼれ落ちる鼻血をハンカチで拭き取り、もう一度リコの膝に頭を乗せる。ハァ、ハァと荒い息をつく猿山。「あぁ……最高だったよ、リコ……。お兄ちゃん、リコのおっぱいのおかげで、いっぱい出ちゃったよ……」頬を紅潮させて目をトロンとさせて語る猿山の顔は、まるで事後のようだった。「恋に恋する年頃、って奴だったんだろうねえ。なんというか、キスするのが楽しいって言うよりは、キスしたってのを友達に自慢するのが嬉しかったというか、キスしてないと恥ずかしいから意味も分からずにやってたというか……」「そうなのですか」「いやはや、恥ずかしい話なんだけどね」主人はフッとため息をついた。「今にして思えば、キスってのは恋愛にとってほんの始まりの一部なんだよね。本当に楽しかったのは、その娘とずっと一緒にくっついて、遊んだり、映画を見たり、買い物したり、食事したり、エッチしたり……、笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり……。とにかくずっと一緒にいるってのが、一番の幸せだったね」(ずっと、一緒に……)ようやく息を落ち着けた猿山は、真上にあるリコの顔を見つめる。リコはまだなんだか少しくすぐったそうな顔をしていた。「リコちゃん、くすぐったいかな?」「え、あ、ちょっと……で、でもなんとか我慢できるから……」その言葉を聞いた猿山が安らいだ顔をしてリコに声をかける。「リコちゃん、やっぱり優しいね」「そ、そう?」猿山は一呼吸おいて、ゆっくりとリコに告げた。「オレ、なんだか……こんなに安心した気分なの、久しぶりだよ」「そう……。良かったね」「オレ……ずっと想像してたんだ。リコちゃんと二人っきりで、こうやって一緒にいられたらって。それで、いつか結婚して、エッチして、子供生んで、一緒に育てて……一生ずっと二人で苦労を分かち合えたら良いなって……」「あ、あはは……」(そ、そんなこと、絶対あり得ねー……)猿山はリコに包まれて、リコの体温の暖かさに感じ入るようにそっと目を閉じた。「ずっと……こうしてたいな……」猿山が黙り込んでしまう。しばらくしてリコが声をかけてみる。「猿山……くん?」「スー……。スー……」規則正しい寝息を立て、猿山はいつしか眠りに落ちていた。ようやくふう、と一息つくリコ。(ふー……。膝枕って、こんなにくすぐったいものだったんだな……)心から安らいだ表情で眠っている猿山を、温かな眼差しで見つめる。(こいつでも、寝てる時は意外に可愛いもんだな……)クスッと吹き出して、リコは猿山の頭にソッと手をおく。(今頃、どんな夢を見てやがるのかな……)『ケンイチお兄ちゃんっ♪ リコのおっぱい、触ってぇ……』『リ、リコっ!』ペロン。リコちゃんは制服の上着をめくって、おっぱいを丸出しにして見せてくれる。『リコぉ、ここが一番感じちゃうのぉ……。触ってぇ、お兄ちゃん……』『リ、リ、リコっ!!!』「うわっ!?」猿山はいきなり両腕を伸ばして、リコの制服の上着を下からめくり上げると、ブラジャーを付けていないリコの乳首を指で掴んだ。「ちょ、ちょっと、猿山くんっ……あんっ!?」『あっ……お兄ちゃんっ……リコ、感じちゃうぅ……もっとぉ……もっとしてぇ……』リコちゃん、顔が真っ赤っかになって、いっぱい感じちゃって、可愛いっ!!「あっ……や……やめて……猿山くんっ……あんっ……だめ……やめてぇっ……!」寝ている猿山にいきなり乳首をコリコリと弄られ、リコは嬌声を上げてしまう。だんだんリコちゃんの乳首が大きくなってきた。『はっ……あんっ……あはんっ……そう……もっと……強くっ……お兄ちゃんんっ!』オレはグリグリとリコちゃんの乳首をツネ上げる。『あーっ……いいっ! お兄ちゃんっ! そうっ! もっと、もっと強くしてっ!!』「あーっ!! やっ!! やっ、止めてっ!! さっ、猿山くんっ……あっ!? い、痛っ! そ、そんなに強くしちゃ……いっ……いーっ!!」猿山に勃起した乳首をギュッと強くツネられ、顔を真っ赤にして頭を仰け反らせるリコ。『こんどはっ……優しくしてぇ……あっ……そぅ……んっ……お兄ちゃんっ……じょうずぅ……あんっ……』リコちゃんの言葉通りに、今度は優しく指で乳首の先をコネコネとしてあげる。「えっ……な……なんで……急に優しく……あっ……あっ……あぁっ……!」いきなり優しくなった緩急のある猿山の攻め。強く刺激されて敏感になってしまった乳首に、優しく甘い蕩けるような愛撫を受けたリコは、ついに……「あっ……あっ……あっ……ああっ……いいっ……」猿山の攻めから与えられる快楽を、素直に受け入れ始めていた。『あっ……あっ……あとはっ……お兄ちゃんの好きなようにっ……あんっ……いっぱいっ……してぇっ……』オレはリコちゃんのおっぱい全体を揉みしだきながら、指先で乳首をコリコリし続ける。『あんっ……いっ……お兄ちゃんっ……好きっ……大好きっ……お兄ちゃんっ……大好きぃっ……あはんっ!』リコちゃんはとっても嬉しそうに気持ち良さそうにピンクに染まった顔で、オレに向かって幸せそうに愛の告白をしてくる。「あっ……あはぁっ……やんっ……いっ……いいっ……も……もっと……もっとしてっ……あんっ……」リコは猿山の望むままに乳房を揉みし抱かせ、乳房全体で猿山の攻めに感じ入っていた。「あっ……はぁんっ……い……いぃっ……いいよっ……猿山くんっ……あはんっ……はぁっ……!」猿山の攻めで快感を高められ、リコはもう絶頂寸前にまで達していた。『あっ……リコっ……お兄ちゃんのっ……お嫁さんになるっ……お兄ちゃんっ……お兄ちゃんっ……リコのことっ……お兄ちゃんのっ……お嫁さんにっ……お嫁さんにしてぇっ……あんっ……はんっ……お兄ちゃんっ……お兄ちゃんっ……お兄ちゃ~んっ!! あはんっ!!』リコちゃんはついにオレの乳首攻めでイッちゃった。ピンクに顔を染めて、おっぱい丸出しのままオレにもたれかかって来る。『あはぁ……嬉しい……。これでリコぉ……お兄ちゃんのお嫁さんだねぇ……』『うん、リコ……。お兄ちゃん、リコと毎日いっぱいエッチして、いっぱい気持ち良くしてあげるからね』『リコ、嬉しいっ! ケンイチお兄ちゃんっ、大好きっ♪』リコちゃんは丸出しのおっぱいをオレの胸にギュッと押しつけながら、嬉しそうにオレに抱き着いてネットリと甘いキスをした。「あっ……いっ……イ……イク……イッちゃうっ……え?」そこでいきなり猿山の手がパタリと倒れ落ちた。その様子をポカンと見つめるリコ。乳首を勃起させたまま放置されたリコの乳房が、物欲しげにぷるんと震えている。(そ、そんなぁ……!!)リコはガッカリした表情をした後、顔を真っ赤にして涙目でプルプル震え出した。(ひ、ひっどーいっ!! もうちょっとでイクところだったのにぃ!! もう、猿山のバカッ!!)が、次の瞬間……(あ……えっ!? べ、別にオレが、女の子としてイカされたいとかじゃなくて……あー、もうっ!!)頭を掻きむしってしまうリコ。「もうっ!!」頭に来たリコが手を振り上げて猿山を叩き起こそうとした瞬間、猿山が寝言を言った。「ああん……リコひゃん……好き……」嬉しそうに声を上げて、安らかに眠る猿山。(よっぽど、女のオレの事が好きなんだな……)リコは振り上げた手を下ろして服装を直す。ふと、さっきの猿山の一言を思い出す。『オレ、なんだか……こんなに安心した気分なの、久しぶりだよ』(女の子の体って……すごいんだな……)自分の真下に見える、猿山を見守るようにかすかに震える、2つのふくよかな胸のふくらみ。リコは頬を少しだけ赤く染め、なんとなく自分の胸にそっと手を当ててみた。と、その時。リコの身体からシューと煙が吹き出した。(こ、これって……!)ポンッ!軽い音と共に、手に当たっていた柔らかな感触が、一瞬のうちに無くなってしまう。リコの身体は元のリトへと戻ってしまっていた。(ま、マジかよーっ!?)「じゃあな、ヤミちゃん」「貴重な話、大変感謝しています。それでは私はこれで」「ああ。彼氏によろしくな」ヤミはクルリと主人の方に振り返った。「彼氏……?」「ああ。この間、一緒にタイヤキ買いに来てくれてたじゃねーか」(結城リトのことですか……)「違うのかい?」そう言われて、ヤミは少しだけ顔を赤らめた。「いえ……その可能性は完全に否定できるわけではありません」ヤミは主人に背を向けると、スタスタと歩いてタイヤキ屋を立ち去った。猿山に男同士の膝枕をしたまま固まってしまったリト。今動けば猿山が目を覚まし、自分が男である、しかもリトであることがバレてしまう。(や、ヤバ過ぎるううっ!!)慌てて携帯電話を取り出してララを呼ぼうとする。屋上の扉の向こうから、携帯電話の着信音が鳴り響く。(はやく……はやく……)しかし、その願いも空しく、「ん……」(ひええええっ!?)猿山がついに、目を覚まそうとしていた。ヤミはトランスによって羽を生やし、自分のお気に入りの場所である彩南高校の屋上へと向かっていた。(結城、リト……)ヤミは昨日のことを考えていた。結城リトが激突した時、もちろん回避することは造作もないことだったのだが、何故かそれをしようという思考がまったく働かなかった。(どうして、私はあの時……)あの時、自分の身体に一瞬生じた衝動。このまま、結城リトに触れられても構わない、いや……(もしかして……あれが、甘え……?)ヤミは、自分の胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。いずれにしても、この疑問について、静かな場所でゆっくりと追求してみたい……。その願望が、ヤミを屋上へと向かわせるのだった。リトは咄嗟に猿山の目を手で覆い隠した。「ん……んん……? リコちゃん……?」寝ぼけた声で猿山が声をかける。リトは必死で裏声を使って猿山に話し掛ける。「あ……ははは……さ、猿山君……だーれだっ」「んー……この可愛い手は……リコちゃんだねっ」「う、うんっ……当ったりー」「やったぜー!」(ララ、はやくっ!!)必死の願いにもかかわらず、まだ扉は開かない。「えっと……リコちゃん、もういいかな」「ま、まだっ」「えっ? どうして?」(なんとか……誤魔化すしかないっ)「わ、わたしっ! 大切なお話があるのっ」「大切な話?」リトは猿山の目を手で隠したまま、猿山を自分の前に座らせた。「さ、さっきのお返事なんだけど……」「!」猿山の身体が緊張で強張る。「め、目をつぶっててね……。絶対、開けちゃだめだよ……」「り、リコちゃん……」リトは、そっと猿山の頬に手を当てた。「り、リコちゃんっ!!」「め、目を開けないでっ!!」(な、なにやってるんだよー! ララっ!!)(粘膜同士の接触が、どんな作用を引き起こすのか……)ヤミはもう一度、その疑問に立ち返ってみた。さきほどのタイヤキ屋の主人の話、それに先日読了した恋愛に関する書籍を参考に、その場面を頭の中で擬似的に再現してみる。『ヤミ……』『結城、リト……』じっと私を凝視する彼の瞳。『こういう時は、目を瞑るものではないのですか』『オレは、一瞬でも長く君の顔を見ていたいんだ』『……』私の頬の温度が、なんだか少し上昇した気がする。彼がクスリと幸福そうな笑みを浮かべる。『ほら、こんなに可愛い君が見られたよ』『!』私は自分の胸の振動を適切に処理出来ず、彼の視線を回避してしまう。『あ、あなたは、意地悪です……』『そうかい? オレは世界で一番優しいんだけどな』彼が私の顎に手を当て、強制的に私の視界に彼の顔面が入る様に私の頭部の向きを変更する。『キスする時は、特に、ね……』『結城、リト……』彼の顔と私の顔との距離が次第に零に収束していく。その恐怖感。その期待感。私はそれに耐え切れずに目を閉じる。そして、私の口唇と彼のソレが接触した。この、感情は。私の言語では、いまだに表現出来ないモノ。私の世界の構造を根本から覆す、完全なる革命。(ああ……ダメ……ダメです、結城……リト……)彼の右手が私の背中に接触し、脊椎に沿って極めて緩慢な速度で上昇しつつ刺激を加えて行く。以前、嫌悪感しか感じなかった彼との接触が、私にとって快適なモノに感じられるようになったのは、一体いつ頃からだったろうか。私は、ソレをもっと求めていた。もっと、触って欲しい。もっと、彼に私の全てを委ねたい。(ああ……結城……リト……!)不意に、彼の唇が私のソレから離れる。じっと私の瞳の奥底を覗き込んで来る彼の鋭過ぎる視線。『どうだい、ヤミ? これが君が望んでいたモノさ……』『あ、あ……』もはや、私は正常な思考が保てていない。視界が朦朧としている。顔面の温度が異常値を示している。それでもなお、私は最後の理性を振り絞り、彼から目を背けて声を出す。『だ、駄目です、結城リト……。このままでは、私の自我が破壊されてしまう……』『それでいいんだよ』『え……?』彼が私に命令を加える。『こっちを向いてごらん、ヤミ』『うっ……』私は、彼の命令に逆らうことが出来ない。私の頭部は私の意思に反し、自発的に彼の方向へと転換させられてしまった。『君が本当に望んでいることは、今の君を覆っている無駄な理性を脱ぎ捨てること。そして、オレに思う存分甘えることさ』『あ、甘える……?』『そう……。さあ、呼んでごらん? リトお兄ちゃん、と』『お……!?』その言葉が、今の私にはとてつもない羞恥心を生み出す媚薬のように感じられていた。『ほら、遠慮しないで良いんだよ』『あ……あ……』もし。その言葉を言ってしまえば、今まで私を守っていてくれた私の強さが、誇りが、理性が、全て吹き飛んでなくなり、彼に対する防御壁を失って丸裸になってしまう気がしてしまう。しかし、その言葉には、もはや魔力と言っても過言ではないほどの強烈な魅力があった。『さあ、大丈夫だよ、ヤミ……』私の非トランス状態の比較的小ぶりな上体を、男性として標準的な体型を持った彼の上体が包み込む。信じ難い程の安心感。もはや、私にはあらゆる防御策は不必要だという感覚が私の内部に充満している。今の私はどんな表情をしているのだろう。顔面の筋肉が弛緩し、温度が上昇しきっている。瞳から原因不明の液体が流出している。生まれて初めて、私は全ての警戒を解き、彼に告げた。『リト、お兄ちゃん……』「はっ……!?」目の前にいきなり現れた電柱を慌てて回避するヤミ。(わ、私とした事が……)空想に耽るあまり、現実の障害物を見失ってしまうとは。しかし……(空想するだけでこれだけの作用を私に及ぼすのであれば……)実際にそれを行えば、どれだけの変化が自分に訪れるのか?(私は、それを知りたい、のか……)知りたいような気もする。怖いような気もする。そんな事を考えながらヤミが屋上に着いた時、二人の人影が見えた。(あれは……?)キィ!ようやく扉が開いた。「んー? どうしたの、リコ?」ララが声をかける。(はやく……気が付いてくれっ!!)「あ? あれっ? もしかして……あっ!」どうやらララは気が付いたようだ。デダイヤルを操作して、『ころころダンジョくん』を取り出している。(ふーっ……なんとか間に合った……)と、その時。リトと猿山の真横に降り立つカゲがあった。(ん……あ、あれは!?)「……」自分の目の前で。自分にキスの大切さを語った人間が。こともあろうか。男同士で。しかも、女子の制服姿で。キスをしようとしている。「ヤ、ヤミ……」今のヤミの表情。楽しみにしていた美少女アニメの最終回の録画ビデオに、相撲中継が撮れていた時。繊細かつ美麗な美少年絵を描く少年漫画家の、暑苦しい素顔を見てしまった時。いわく形容しがたい、なんともやるせない表情でヤミはその光景を呆然と見つめていた。「結城リト……そういう事だったんですね……」リトの目の前でヤミの髪、その全てが拳へと変化していく。「だから、私などとはキスなど出来ないと……」「ご、誤解だっ! ま、待てっ! 落ち着けっ!」ヤミはフッと一瞬ため息をついた。「あなたの言ったことなど、真剣に考えた私が愚かでした……」「は、早まるなーっ!!」「はい! リト、行くよー! えいっ」『ころころダンジョくん』のビームとヤミの攻撃。それはほぼ同時に行われた。そして一瞬の後……「あれ、リコちゃん……リコちゃんっ!?」「もう、やだ……」猿山の目の前に横たわるのは、ヤミにボコボコにされてキューと横たわるリコの姿だった。それを見たヤミはフッとため息をつく。「本当に……バカなお兄ちゃんですね……」少し顔を赤らめながら捨て台詞を残すと、タイヤキの袋を小脇に抱え、ヤミは再び虚空へと飛び去った。(終)
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