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みんなが着替え終わったロッカールーム
唯は自分のロッカーに備えてある、鏡をジッと見つめていた
『けっこういいスタイルしてるクセに』
さっき言われた言葉が耳に残っている
『もっとこのムネで男子にアピールしたら』
自分の容姿に自信があるワケじゃない
毎日、規則正しく生活をして、風紀を乱さない程度にオシャレに気を使っているだけ
『もっとアピールしたら』
──誰に
頭に想い浮かぶ人は一人しかしない
鏡に映る自分の姿を唯はもう一度見てみる
『もっと』
唯は制服の上から胸に手を当てた
「私は…」
頭の中ではぐるぐると妄想が駆け巡っている
唯はギュッと目を瞑ると、それらを頭から無理やり追い出した
「ハレンチだわ!私っ」
そう呟くと唯はロッカールームを出て行った
翌日
「おはよー♪」
いつもの明るい声が教室に響くと、その後ろからいつもの眠そうな姿が現れる
「おはよー唯」
「おはよう…」
それはいつもの他愛無い挨拶
けれど、ララの後ろを歩くリトの姿に唯は慌てて顔をそらした
「おはよ。古手川」
「お…おはよう」
本で顔を隠しながら挨拶する唯に、リトは怪訝な顔をするも、そのまま自分の席に座った
(…何してるのよ私は)
本で顔を隠しながら唯は小さく溜め息を吐いた
そう、今日はこれではダメなのだ
なぜなら────
休み時間。唯はスッとイスから立ち上がると、おもむろにリトのそばに近づく
「何だよ?」
「べ、別に……あ、えっときょ、今日の数学の宿題ちゃんとやってきたの?」
腕を組みながらそう話す唯に、リトは心外だとばかりに机からノートを取り出す
「ほら、ちゃんとやってるだろ?」
「え、ええ。今日は大丈夫なようね」
「それよりお前さ…」
「き、聞きたいことはそれだけよ!じゅ、授業中もマジメにしなさいよね」
リトとの会話もそこそこに慌てて席に戻っていく唯
(私何してるよ…)
席に着くなり唯は頭を抱えた
体育の時間
「おおー!!今日もララちゃんのおっぱい最高だな?リト」
「お前なァ」
隣で感嘆の声を上げる猿山にあきれるリト
ポヨンポヨンと揺れる胸に猿山の鼻息は荒くなる
「やっぱララちゃんって…ん?」
「今度は何だよ…」
「そーじゃなくて」
猿山の目はララの後ろを走る唯に向いている
「あれ?古手川ってあんな…」
「古手川が何だよ?」
「いや…いつもよりなんか胸が…」
リトも走っている唯の姿を目で追っていく
「ん~…」
猿山の言っている意味も唯の違和感にもまるで気づかないリトは、ただジッと唯を見つめていた

そして、放課後
教室の後片付けを終えた唯は、カバンを持って教室を後にした
廊下を歩きながら自然に溜め息がこぼれる
いつもよりカバンは重く感じるし、足も何だか前に進まない
(結局ダメだったじゃない…)
唯は誰ともなしに愚痴をこぼした
(やっぱり私は…)
俯きながら階段を降りようとした時、下からリトが上がってきた
「あ!古手川」
「結城くん…」
階段の真ん中で二人は足を止めた
「何よ?」
「いや…」
少しトゲがある唯の口調に、リトはバツが悪そうに指で頬を掻いた
「私、今から帰るんだけど?」
「あ、ああ。それはそうなんだけどさ…」
どこか煮え切らないリトに唯の目はますます険しくなる
「用があるなら早く言って!私、あなたと違って暇じゃ…」
「あ…あのさ、古手川!!」
「…だから何?」
リトはまた無言
唯の口から溜め息がもれる
「いい加減に…」
「お、お前さ、今日、なんかいつもと違うよな?」
「え…」
思ってもいなかった言葉に唯は一瞬キョトンとなる
「その…うまく言えないけど、いつもと様子が違うっつーかさ…」
「……」
唯はどう言っていいのかわからなくなってしまう
どうしたらいいのかも
「そ、そんな事あなたに関係ないでしょ!?」
「ま、まあ…」
気持ちが空回りしてしまう
もっと違う言葉があるはずなのに
「…もういいでしょ?私、帰るから!」
唯はそう言い残すと、そのまま階段を降りて行ってしまう
横を通り過ぎる時、唯の横顔をリトはジッと見つめていた
「古手川…」
リトは急いで後を追いかける
自分でもどうしてこんなに必死なのかわからなかった
わからないけれど、心が急かす
後を追いかけろ、と
「古手川!待てって!」
「……」
後ろから聞こえた声に、唯は立ち止まる
(もう!放っておいてよっ)
けれど、その気持ちとは裏腹に立ち止まってしまう自分に唯は苦い顔になる
「何?」
唯の声は相変わらず冷たい。それもさっきよりずっと
リトは唯の前に行くと、その顔をジッと見つめた
「な、何よ?」
その視線だけで唯の頬は赤く染まる
リトはそんな唯に構わず、ただその顔を見つめている
「もぉ…結城くんっ!?」
どんどん赤くなる唯
「あのさ…」
唯を見つめるリトの目は真剣だ
その顔つきに唯の期待もどんどん高まっていく
(もしかして…やっと)
そう意識したとたん、どんどん胸の鼓動が速くなっていく
トクン、トクンと気持ちを揺れ動かす
自然と手は胸に当てられる
目の前のリトは少し顔が赤くなっている
言い難そうにしている姿は、相変わらずムッとさせるもので、だけど、同時に期待させるもので
唯は胸の前でキュッと手を握りしめた
「結城くん?」
リトは赤くなりながらスッと唯の目を見つめた
「…ひょっとしてお前さ」
「う、うん」
胸がキュンと締め付けられていく
リトを待つ時間がとても長く感じられるほどに
(もぉ…早く言いなさいよねっ)
逸る気持ちとは余所に、唯はこの後何て言うか全然考えていなかった
今がいっぱいいっぱいでそんな余裕など微塵もない
ただ、リトの言葉が欲しい。リトに気付いて欲しい
それだけだった
だから、この後、リトの言った言葉に唯の頭の中は真っ白になってしまう
「…お前さ、髪切ってきた?」
「…………へ?」
「だ、だから、髪切っただろ?って聞いたんだけど?」
それはわかる
だけど聞きたいのはその言葉じゃないのだ
ようやく混乱した頭が戻ってくると、次第に怒りがわいてくる
「あれ?違った?」
ぷるぷる震える唯の肩
「古手川?」
唯はキッとリトを睨んだ
「そんな事あなたには関係ないでしょ!!」
「え…」
唯の声にリトはただ驚いているだけ
それが余計に唯の気持ちを揺さぶった
「結城くんのバカ!!もう知らないっ」
唯はリトに背を向けるとそのまま走り出してしまった
「ちょ…古手川っ!?」
後ろから聞こえるリトの声を振り払う様に、唯は足を速めた


帰り道途中まで走ってきた唯は、肩で息をしながら立ち止まった
息が整っていくにつれ、次第に気持ちが落ち着いてくる
さっきの光景が頭に浮かぶ
唯は後悔した
本当はリトへの怒りよりも自分への憤りの方が大きかった
勝手にリトに期待した事、リトにキツイ言葉を浴びせた事
「明日謝らないと…」
失敗ばかりの自分に唯は苦笑すると歩きだした
歩いている内想うのはリトの事
やっぱりリトに気付いて欲しかったし、言って欲しかった
自分の事をちゃんと見ていて欲しかったし、見てくれていると期待したから
「ちゃんと追いかけてくれたのに…」
一生懸命走って来てくれた姿が目に浮かぶ
「髪か…」
ショップに寄った帰り、唯は美容院にも寄っていた
少し伸びた前髪を整えるために
切ったのはほんの少しだけ
だけど、切った事に気付いたのはリトだけだった
遊も両親も、クラスメイトも気付かない、唯の小さな変化
"それは毎日ちゃんと見ていないと気付かないほどの小さな変化"
唯はクスっと笑った
「髪だけじゃなくて、ちゃんとムネも気付きなさいよね。結城くん」