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────それはまだ、結城家にララが来るずいぶん前の話し

テレビ画面に映る色取り取りのリボンやハートが、軽快な音楽に合わせて、画面狭しと踊り出す
その光景に、一人、ぼぉ~っとテレビを見ていた美柑の黒い瞳が小さく揺れる
「クリスマスか…」

美柑にとってクリスマスは、まだ未知の世界だった
才培はいつもの様に漫画の締切りに追われ、林檎はファッションショーのミーティングで海外
自分は、いつもの様にリトと二人で留守番
そして、朝、目が覚めると、枕元に申し訳なさそうに置かれているプレゼント
それが、幼い美柑にとってのクリスマスの全てだった

『今日はクリスマス。女のコが好きな男のコと一緒に過ごす、一年に一度っきりの女のコの
ための特別な夜でもあるんですよ』
幼稚園の先生が、ちょっと照れながら、こそっとそう言っていたのを思い出す

「クリスマス…」
テレビではまた違うクリスマスのCMが流れている
そして、いつの間にかそのCMをジッと見つめている美柑
目はキラキラ輝き、小さな両手をキュッと握りしめるほどに画面に釘付けになっている
CMの最後に出てきた『~大切な人と聖なる夜を~クリスマスには…』のテロップに小さな胸がキュンと高鳴る
「―――よし!」
美柑は小さく気合いを入れると、自分の部屋にトテトテと走って行った

「ん…よい…っしょっと!」
目いっぱい背伸びしてタンスの上から持ち出したのは、ネコの形をした貯金箱
両手で貯金箱を振ると、チャリンチャリンと音が鳴りだす
ぱぁっと輝く美柑の笑顔
けれど、その笑顔も次の瞬間には曇ってしまう
「ん~~…」
可愛い眉を精一杯寄せて悩みに悩んだ後、美柑は持っていたトンカチを振り上げた
「ゴメンね! ネコさん……えいッ!!」
ガチャーンと音を立てて割れた貯金箱の中から、小銭がこぼれ出す
「えっと…十…円、二十円……ん~と…百…」
小さな指を動かしながら考える事、数十秒。美柑の顔がお日様のように輝く
「これだけあればスゴいの買えそう!!」
美柑の心はすでに、まだ見ぬクリスマスへと羽ばたいていた

「ん~…」
ウインドウにおデコをくっ付けて中を覗きこんでいる美柑の顔は晴れない
「高い…」
意気揚々と街までやって来たはいいものの、いざケーキを前にすると、その値段の高さに
一歩も動けなくなってしまった
「どーしよ…」
ポケットの財布の中には、四百五十円
対してケーキの値段はというと、二千円
もちろん他にも安いモノもあるのだけど、美柑の目はウインドウに飾られたケーキから離れない

大きさは美柑の小さな両手二つ分よりも大きくて、甘~いクリームがいっぱい塗られたスポンジ
生地に、砂糖菓子で作られたサンタやトナカイが煙突のあるレンガ造りの家にプレゼントを
届けていて、その上からはホワイトチョコパウダーが雪に見立てられて降り積もっている

シンプルだけど、クリスマス限定のなんとも言えない可愛い砂糖菓子の人形たちが、美柑の
胸をキュンと射抜いてしまった


「…でも買えない…」
いつの間にか、弱気な事を口にしている自分にハッと気付くと、美柑は慌てて頭をフルフルと振った

そんな美柑の様子を店内からずっと見ていた女性店員が、店のドアを開けて美柑に近づいて来た
「どうしたの?」
膝を屈め、自分と同じぐらいの目線に合わせてくれるその女性店員に、美柑は目を大きくさせながら振り向いた
「え…えっと…」
「何かお探し?」
「その……ケ…ケーキを…」
小さな体をもじもじさせながら恥ずかしそうに話す美柑に、店員の女性は笑みをこぼす
「それじゃあ、中に入らない?」
「え…」
「ココだと寒いし、店の中は暖かいから」
その言葉と同じ、温かい笑顔を浮かべる店員に美柑は、コクンと首を振った

店の中は温かくて、寒さで白くなっていたほっぺにポッと赤が灯り始める
そして、シュガーケインやボンボンなどのなんとも言えない甘い匂いが、美柑の鼻をくすぐった
「わぁ~…」
その甘い匂いに誘われるかの様に美柑の目は、お星さまの様にキラキラと輝く
「スゴイ…いっぱい…!」
「でしょ? みんなお菓子なのよ」
ガラスケースに入っている大小さまざま、形も違う、色とりどりのケーキたち
口にいれるだけで溶けてしまいそうなトリュフやシュトレンに、ホワイトパウダーのかかった
ビスキュイにブッシュ・ド・ノエル
少し背伸びして来た甲斐があるというものだ
「それで何かイイのは見つかった?」
「え…」
その言葉に夢から覚めたかのように美柑はしゅん…と肩を落とした
「ん? どうしたの?」
心配そうなその声に、美柑はポケットからもぞもぞと財布を取り出すと、そっと店員に差し出す
「こ、コレで買えるモノください」
可愛いピンクの財布の中には、小銭が数枚あるだけ
けれど美柑の目は真剣だ
いつの間にかその幼い目も女の子の目になっている
お目当てのモノは残念ながら買えないけれど、だけど────
キュッと小さな手を握りしめるその姿に店員の女性は小さく笑みをこぼすと、スッと
立ち上がり、ウインドウの飾り棚の方へ向かった
顔に?マークを作る美柑
そんな美柑にクルッと向き直った店員の手には、さっきまでずっと見ていたケーキがある
「コレとかどうかな?」
「え…でも、それは…」
「今だけ特別価格の四百円なんだけどな」
「え…」
ニッコリ微笑む店員さんに美柑はすぐに返事ができないでいた


「おねーさんは、恋する女のコの味方よ」
「…ぁ…ありが…」
とう――――と言おうとして美柑はハッと気付く
「こ、ここ恋とかじゃないよ!」
「あれ? 好きなコと一緒にクリスマスするんじゃないの? そー思ってたんだけどな」
「す…スキとか…」
真っ赤になっているほっぺをムッと膨らませている美柑
「ん~…じゃー、大切なヒトかな? お父さんとか?」
「ち…ちが…」
スカートの裾をギュッと握りしめながら赤い顔を隠す様に俯く美柑に、店員さんは、膝を
屈めるとやさしく笑いかけた
「わかった! 全部なんでしょ?」
「え…!?」
「全部! 好きで大切で、そして、大好きなヒトなんでしょ?」
「ぇ…あ」
カァァっと耳まで真っ赤になっていく美柑に店員も口に手を当てながらクスクスと笑う
「それじゃあ、そのヒトのためにも、おねーさんもガンバらないとね」
そう言うと店員はウインクをしながら作業台に向かった
「リボンは何色にしよっか?」
「え!? えっと…」
作業台に駆け寄った美柑は、うんと背伸びをすると自分の想いを口にし始めた

「ありがとうございました~! ガンバってね!」
「うん! ありがとーおねーさん!!」

ブンブンと手を振りながら挨拶を済ませると、美柑は想いを胸に歩き始めた
目的地は自分の家
「もうかえってるかな。リト…」
胸にギュッと紙袋を抱き締める手があたたかくなる
美柑は小さく息を吐いた

"これでじゅんびはよし! あとは―――"

そう。あとは何て言えばいいのかだけ
けれど美柑にとって今日は、生まれて初めての二人だけのクリスマス
美柑は足を止めると、う~んと眉間にかわいい眉を寄せて考える

"そうだよ。なんて言えばいいんだろ…"
"どーやってはじめたらいいんだろ? クリスマスって…"
"それにちゃんと一緒にいてくれるかなァ…。リト…"

リトは小学校に入ってから美柑とはあまり遊ばなくなってしまった
それどころか近くに行くだけで、邪魔くさそうな顔をする
美柑はそれがたまらなく嫌だった
だって自分はなにもしてないのに
いつもみたいに遊んでほしいだけなのに

"どーして…? なんで…?"

別にクリスマスだからとかじゃない
コレがなにかのきっかけにでもなってくれたら
前みたいに、いつも一緒にいてくれて、いつも遊んでくれて

「リト…」
小さな呟きは白い息となり、そして、消えていく


「……よし!」
美柑は紙袋を再び抱き締めると、走りだした
「待っててよリト! ビックリさせてやるんだからッ」


はぁはぁ、と息を切らせながら家に帰った美柑を待っていたのは、リビングで一人クリスマス
ツリーの飾りつけをしていたリトだった
(リト…!?)
あーでもないこーでもないと、悪戦苦闘しながらツリーに飾りを取り付けているその後ろ姿
を、美柑は「ただいま」を言うのも忘れてジッと見つめていた
(何で…)
「ん~…こんな…感じか? よし! できたっ!!」
そのクリスマスツリーはリトの胸の高さしかない、小さな小さなツリー
飾り付けのセンスも、いかにもリトらしい不格好な、首を捻るような出来だ
「な~んか、ぶさいくなツリー…」
「う、うるせーな。別にいいだろっ」
ケーキの入った紙袋を後ろ手に隠し、いつものクセでつい軽口を言ってしまう美柑
そんな美柑に振り返りながら、同じように軽口を返すリト
外から帰って来たばかりの美柑のほっぺは寒さで赤くなっていて、心なしか、その小さな体も
震えているように見える
「!?」
そんな美柑の姿に何を想ったのか、リトは近くにあった紙袋を取り寄せると、中から
ゴソゴソと何かを取り出し始める
「リト…? 何してるの?」
リトは袋から取り出した物を美柑の頭の上に掲げると、それを広げる様にして美柑の両耳にかける
「へ…」
「ホラ、これでちょっとはあったかくなったろ?」
「…え」
美柑は呆けた顔のまま、そっと自分の耳に手で触れた
プラスチックの感触に、ふわふわのファーが耳を覆い、美柑のすっかり冷え切って赤くなった
小さな耳を温める
「耳…あったかい…!」
「その…アレだ…。さっきサンタからもらったプレゼントだ」
「サンタさんが!? わァ~やったーー!!」
一頻り喜びの顔を出した後、美柑はツンと澄まし顔をする
「…ってサンタがいないことくらい知ってるケドね」
「うっ」
それでも、苦い顔をするリトに見えない様に、美柑はそっと笑みを浮かべながら、受け取った
プレゼントの残りを取り出す
中にあったのは、耳あてとお揃いの白いマフラー
「これ…、リトが買ってくれたの?」
「ま…まーな。小遣いためてさ。美柑、おもちゃとか欲しがらねーから、何するか悩んだけど…」
照れくさいのか明後日の方を見ながら、そう話すリト
美柑はその話しを聞きながら手の中のマフラーに視線を落とす
「でもなんでリトが…?」
「何でって…クリスマスだろ! けっこうガンバったんだからな。小遣い貯めるの。お菓子とか
くえなかったしさ。とーさんの仕事とか手伝ったりして」
「じゃ…じゃーわたしと遊ばなくなったのって…」
リトは今度こそ顔を赤くしながら、恥ずかしそうに口を開く


「ほ、ほら、ウチ、親がめったに家にいないし、美柑も寂しい思いしてるだろ。だから…」
そっぽを向きながらいつもより早口で話すリトの横顔を美柑はジッと見つめていた
耳のところよりもあったかい"何か"が、小さな胸の中でポッと生まれる
今までリトとこうやって触れ合う度に、何回か感じてきた何か
だけど、今日は、今は、いつもよりもずっと大きくて、あたたかい
美柑はマフラーと耳あてをギュッと抱きしめながら、満面の笑顔を見せた
「……そんな事ないよ。ありがと! お兄ちゃん」
そう言うと、美柑はそっとリトのほっぺにキスをした
「え…!?」
「へへ…」
耳まで真っ赤になったリトと、そんなリトをどこかうれしそうに見つめる美柑
美柑は後ろに隠していたケーキの入った箱をリトに見せると、さっきの何倍もうれしそうに、楽しそうに笑顔を浮かべた
「め…メリークリスマス! リト…」
「……メリークリスマス。美柑」
どちらも照れくさそうに顔を赤くさせながら見つめ合い、そして、どちらともなくクリスマスの準備を始める

「…ねェ、リト。いつか…いつか、みんなでクリスマスしたいね。ケーキもお菓子もいっぱいいっぱい用意して」
「そーだな! いつか、できたらいいなァ」

二人の想いは寒い冬の空を超えて、少し遠い未来に届けられる事になる――――