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朝、眠い目を擦りながら階段を降りてくると、唯は、あるモノの前で立ち止まった
「おはよう」
と天使も見惚れてしまいそうなとびきりの笑顔で挨拶をした相手は、水槽の中の金魚だ

夏祭りの時のリトからのプレゼント
あれから少し経つというのに、唯は、大切に大切に育てていた
水槽を買い、金魚の本を見ながら、慣れない事にも必死にやってきた
それもこれも"リトからの"プレゼントだから

「ちょっと待っててね」
学校の誰も聞いたことのない、弾む様な声でそう話しかけると、唯は、金魚の朝食の準備に取り掛かる
「…さあ、朝ゴハンよ。リ…」
と"秘密の名前"を口にしかけた時、唯の背中にいつもの眠たそうな声がかかる
「…なんだよ。朝から金魚の世話かよ。ご熱心なこって!」
「ひゃッ!!?」
と情けない声を出しながら振り返った唯が見たものは、上半身裸の遊
「お、お兄ちゃん!! もぅ、驚かさないでよねッ!」
「あぁー? 知らねーよ! 金魚なんかに熱心になってるおまえが悪いんじゃねーか」
「な、なんかとは何よ! なんかとは!? このコはね…」
「あーあー、わかった! わかった!! "ゆうきくん"からのプレゼントなんだろ? 何回
言ってんだよおまえは。いい加減聞きあきたって…」
げんなりしつつも、しっかりと口元をニヤニヤさせる遊に、唯の肩がぷるぷると震える
「つーかンな事より、さっさとガキでもつくってソイツとケッコンでもしろよな」
「な…!?」
「アイツかなり奥手ってヤツなんだろ? オレには理解できねーけど。まーおまえが、もっ
と積極的にでもなればすぐできんじゃねーか? 何のためのでかいムネだと…うッ!?」
ここにきて遊は、自分が少し言い過ぎた事に気付く。が、時すでに遅し
耳まで紅潮させた唯がギリギリと睨みつけていた
「…ヤバ…」
「ハ! ハレンチだわ!! お兄ちゃんのバカーーッ!!!」
大声でそうどなりながら階段を駆け上がっていくその後ろ姿に、遊はなんとも言えない表情を浮かべた
「…なんつーか。あの様子だと、まだまだ先になりそうだな…。」
階段下からドアが勢いよく閉められる音を聞きながら遊は、苦笑を浮かべた


部屋に入って来た勢いそのままにベッドに寝転がると、唯はムッと頬を膨らませた
「…ホント、何考えてるのよッ!! お兄ちゃんはッ!!」
枕に顔をうずめながら足をバタバタさせる事、およそ十数秒
唯の足がピタっと止まる
「…結婚…か…」
本当のところ、実はさっきから遊に言われた言葉が、頭の中をぐるぐると回り続けていた
いろいろと多感な女の子である唯にとって『ケッコン』とか『子ども』などと言った事は、
まさに心をくすぐるには十分すぎる言葉で────
唯は枕から顔を上げると、机の上に視線を向けた
窓から入ってくる朝の涼しい風がカーテンを揺らし、机の上のノートをパラパラと捲る
そして、そのノートの隣には、いつもそこにある写真立ての中の一枚の写真

笑顔のリトと恥ずかしそうに明後日の方を見ている自分との、二人っきりの写真

朝日を浴びてニカっと笑っているリトに、唯はクスっと笑みをこぼす
そして、写真の中のリトに向かって小さく呟く

「…あなたはどう思ってるの…?」
クリスマスの夜、初めてその想いを言ってくれた
何度も肌を合わせた日、恥ずかしそうに相変わらず不器用に、でも、一生懸命想いに応えてくれた
だけど────

「…結城…くん……」

だけど、もっと
もっと、もっと!! その気持ちをほしいと思うことはワガママな事なのだろうか────?

唯は仰向けにゴロンと寝転がると、ボ~っと天井を見つめた
ギュ~~っと胸が締め付けられる感触に身体がそわそわする
ぽーっと熱い頬に、胸が大きく音を立てる
「…結城くんの子ども…か…」

その時には、自分はもちろん結城唯になっていて
結城くんの家に住んでいて
朝、仕事に行く結城くんを子どもと一緒に見送って
それから育児の合間に掃除をして、洗濯をして、買い物をして、食事を作って
結城くんが帰って来たら、おかえりなさいのチューもするの……かな…?
休みの日はきっと結城くんがずっと一緒にいてくれて
頭をよしよしと撫でてくれたり、ホッペにチュってしてくれたり
三人でお弁当を持って動物園に行ったり、遊園地にも行ったり
そして、いろいろと落ち着いてきたら…そしたら……そしたらまた二人目を……

「…ッ…!!?」
とそこまで考えて唯は、目をパチパチさせた
体が熱いし、なんだかしっとりと汗も掻いている
「わ…私ったら何考えて…ッ!!」
けれど、どんなにその気持ちを抑えても後から後から溢れてくる
唯はシーツをギュッと握りしめた
「ハ…ハレンチだわ…!!」
時刻はまだ十時を少し過ぎたばかり
約束の時間まで、まだ、数時間もある
「…ッ…」
布団に身体を擦りつけながら、時計と机の上の写真を行ったり来たり
枕をギュッと抱きしめる頃には、唯の体はすっかり熱くなっていた
息は熱を帯び、手は無意識にTシャツの上から身体をなぞり始める
「…ン…は…ぁ…ぁ」
枕を自分の大事なところへ押し当てる頃になって唯は、ようやく気付く
自分がどんなハレンチな事をしているのかを

(でも…でも…ン、ン…く…ぅ)

手は止まらないし、身体はどんどん熱くなっていく
頭の中には常にリトがいて、リトが自分の名前を呼ぶ毎に胸がキュンとトキメク
「とま…らない。とまらない…ダメなのにこんな……ん、く…ぅ」
ハーフパンツの上からなぞるだけだった手は、すでにパンツそのものをずり下げ、ショーツ
の上を指で何度も擦っていた
「は…ぁあ…ン、ン…ン」
クチュクチュと卑猥な水音に混じって、唯の甘い声が部屋に響く
そして、濃厚な女の匂いが満ちていく
唯は夢中だった
慣れない手付きで、それでも好きな人を頭に描きながら
ぐっしょりと濡れたショーツの隙間から、恐る恐る、秘所を指でなぞっていき、二本の指で
ゆっくりと割れ目を広げると、中からトロリとこぼれた熱い蜜が唯の指を濡らす
「…ッ…ン、く…ぅぁ…」
じゅぷじゅぷと膣内を掻き回しながら、唯の頭の中は、リトとの激しいセックスの真っ最中だ
普段言えない様な事、して欲しい事、言って欲しい言葉
いくつもいくつも溢れては、身体を走る電流の様な波へと変わっていく
「結…くん、結城くぅ…ん…結城く…ッ」

ホントはもっとハレンチなコトだってしてほしい…
結城くんのモノだって私は…
アイスで何回か練習だってしてるんだから
だから…もっと……
もっとキスして
もっとギュッとして
もっと…もっと…もっと…結城くんの……

「ん…あっ、く…ぅぅ…あふぅ…っ…」

だけど一番想うのは結城くんの笑顔
いつも私のそばにあって
いつも私の胸のあたりをあったかくさせてくれて

「結城…くぅ…ん…」
写真よりも鮮明に浮かぶ、頭の中の笑顔のリトに、唯は身体をギュッと丸くさせた
下腹部を覆う波はもう限界まできている
その感覚に身を任せる様に唯は、自分の一番弱いところを指で擦った
「ひゃ…!? ぁう……ン、ンンンンッ…!!」
ぶるぶると身体を震わせながら、唯はシーツを掴む
目をギュッと瞑り、荒い息を断続的に吐き、余韻に浸り続ける唯に普段の凛とした面影はない
だしらく半開きになった口から涎を溢れさせ、半裸になって乱れた姿なんてリトと言えど
も見せられるものじゃない
ぼやりと霞む視線の先には机の上の写真立て。そして、十時三十分を告げる時計
「…ぁ…はぁ……」

まだ約束の時間まで数時間もある────
写真の中のリトを見つめながら、唯は小さく溜め息を吐いた


玄関に座りながらウエッジソールのストラップを留めていると、後ろからニヤついた声がかかる
「お、今日も出かけるのかよ? 相変わらずお盛んだなー」
「どうしてそんなハレンチな発想しかできないわけ!? 私はただ会いに行くだけよ!」
「へ~。会うだけねェ。会ってそれでナニするんだよ?」
「な、何ってそれは…」
急に口ごもる妹に遊の笑みは深くなる 

「何だよ。やっぱオレの思った通りじゃねーか」
「ち…違っ…」
「何が違うワケ?」
「そ、それはその……、と、とにかく! 私と結城くんは、そんなやましいコトをするために
会うんじゃないんだからッ!!」
「へ~」
ポケットに手を突っ込んだまま歩み寄ってくる遊に、唯は視線を逸らしたまま、ぼそぼそと口を動かす
「今日はその…会って、それからいろんな話しをしながら、これからの予定とか立てて……。
それでどこか買い物とか…ケーキとかその…」
「ふ~ん」
遊は唯の前まで来ると、ポケットから手を出し、唯の頭にポンっと手を置いた
「ん…何よ?」
「ま、ナニするにしても、いっぱい甘えてこいよ!」
「あ、甘え…」
「な!」
「…う、うん」
大きな手の下で、白い頬をリンゴの様に赤くさせながら、唯はコクンと小さく頷く
遊はきちんとセットされたその長くてキレイな髪を乱さない様に、やさしく撫でていく
「…くすぐったいんだけど?」
「わりぃ。ま、気をつけていってこいよ!」
遊は唯の頭を軽くポンっと叩きながらそう言った
「うん。いってきます」

それから少し時間が経ち。リトの部屋――――

ポチポチとゲームのコントローラーを動かしながら、テレビ画面に迫る敵の一体を撃ち殺し
ていると、部屋のドアがコンコンとノックされる
「はい?」
テレビ画面からドアに顔を向ける途中、時計の針を確認すると時刻は昼の一時すぎ
約束の時間よりも"一時間も早い"到着に、リトの口元に笑みがこぼれる
そして、ガチャリと遠慮がちにドアを開けて入って来たその姿に、笑みが深くなる
「こんにちは。結城くん。…今、よかった?」
「って何言ってんだよ? おまえのこと待ってたんだろ?」
「…そ、そうよね」
その淡々としたいつもの声の中に、うれしさが滲んでいる事実をリトは見逃さなかった
そして、唯の額にうっすらと汗が滲んでいる事も
約束よりかなり早く来たことといい、どうやら急いで来たようだ
「それで結城くんは何して……ってまたゲーム?」
あからさまに顔をしかめる唯にリトも苦い顔になる
「でもコレ、スゲーおもしろいんだって!」
画面を凝視する唯の目はますます鋭さを増していく
「おもしろいのかどうかはともかく! 人を撃つようなゲーム、私は関心しないわ!!」
腰に手を当てて、説教モードに入りかけている唯にリトは困った様に眉を寄せた
「いや…これ人じゃなくてゾンビ…」
「そんなの屁理屈よ! どう見たって人を撃ってるじゃないッ!!」
「ま、まー確かに…」
図星なため、それ以上は口を噤んでしまったリトに、フン、と鼻を鳴らすと唯は、リトの隣に女の子座りで腰を下ろした
すでに腕と腕がくっ付き、左腕に唯のぬくもりが直に伝わってくる
(今日もいい匂いがする)
控え目なシャンプーの香りに混じった、太陽の匂いをいっぱいに浴びたやわらかい夏の匂いと、唯の肌の匂い
リトの顔が自然とほころぶ
「何ニヤニヤしてるのよ?」
「い、いや、今日も唯のいい匂いがするなって思ってさ」
少し照れながら歯を見せて笑うリトに、白いホッペをサクラ色に変えながら唯は俯いた
「バカ…」
その仕草にますます笑みを深くさせるリトに、唯の頬も赤みを増していく
触れ合う肌が唯の火照りをリトに教える

「別にそんな恥ずかしがる事ねーだろ?」
「わ、私は別に…結城くんがおかしな事言うから…」
ともごもごと口を開く唯
スカートから伸びる白い太ももの上で両手を重ねると、何度も指を絡ませ合いながら、そわそわと身体を揺らす
やがて、ほんのりと赤くなった顔でリトの横顔を見つめると、言い難そうに小声で呟いた
「そ…そんな事よりも! コレはいつ終わるわけ…?」
「ん? もーちょっと待ってくれって! 今いいトコだからさ」
「う、うん。わかったわ…」
約束の時間よりもかなり早く来た負い目なのか、唯は再びテレビ画面に向き直ると、黙って
リトのゲームの行く末を見守った

それから三十分あまり
「ねェ、まだ?」
「あとちょっとだから待っててくれって!」
「うん…」

それからさらに一時間
「…おもしろいの?」
「…ん? ああ。スゲーおもしろいよ!!」
「そう…」

それから再び三十分後
(まだなの…)
「あれ? 何でうまくいかねーんだ? もうちょっと…あ! そっか! こうだッ!!」
「……もぉ…」

それから────
リトのベッドに寝転びながら枕をギュッと抱きしめている唯は、すっかりふてくされてしまっていた

枕を抱きしめて、右にゴロゴロ
(もぅ! 何よ!! 私がいるのに…)

左にゴロゴロ
(ゲームなんかに夢中になって…)

むぅ~っとリトの頭を見ながらぼそっと呟く
「結城くんの…バカ…」

そんな女のコ心にまったく気づかないリトは、一人ゲームに熱中し続けている
「…もぅ…」
なんだか泣きそうな上に、唯のほっぺは限界まで膨れてしまっている
「ヤベ…ミスった! あ~あ…ノーミスで来てたのにもうムリじゃん」
(このッ…)
思わず持っていた枕をその鈍感な頭に投げつけようとして───でもそんな事できるはず
もなく、唯は再び枕を抱きしめて小さく溜め息を吐いた
「…なあ、唯」
「へ!?」
その溜め息が聞こえたのか、はたまた想いが届いたのか、急に話しかけてきたリトに、唯は
枕を抱きしめたまま身体を起こした
「な…何よ?」
声にトゲがあるのは精一杯の強がり
本当なら今すぐにでも、リトに身体を寄せて甘えたいのを必死に我慢する
ギュッと枕を抱きしめる腕に力がこもる
「ノド渇いてるなら下いって、好きなの取ってきてもいいんだぞ?」
「…え?」
「ついでにオレのも取ってきてくれるとうれしーんだけど」
「……」
ゲーム画面から一ミリたりとも視線を逸らそうとしないリトに、唯の肩は今度こそぷるぷると
震え、目がジト目に変わっていく
(……つまり何? 私への気遣いは建前で、結局、自分が飲みたいだけなんじゃないの!?)
「あと、なんかお菓子も頼むよ!」
唯は腕を大きく振りかぶると、持っていた枕をリトの頭目がけて投げつけた
「バカッ!!!」


「お待たせ」
ガチャリとドアを開けて入って来た唯の手には、ジュースやらお菓子を乗せたトレイが握られている
結局、なんだかんだとリトの言う事を聞いてしまった唯
リトの隣に座ると、ジュースの入ったコップを渡す
「はい。オレンジジュースでよかった?」
「サンキュー!」
うれしそうな顔でジュースを受け取るリトに、心が躍り出す
「…うん」
リトの笑顔一つ、恋する女の子は、たったこれだけでもいいのだ
さっきまでのモヤモヤだって、遥か彼方に飛んで行ってしまう
身体をもじもじとさせながら、唯は何気なくリトに聞いてみた
「…ね、ねェ。さっき下降りたら誰もいなかったわよ? 美柑ちゃんは?」
「ん? たぶんララと一緒に買い物でも行ったんじゃねーか? 美柑のヤツ、お前がウチ
来るとやたらとはりきるからなァ」

そうなのだ。結城家に来るたびに、美柑お手製の豪華フルコースをご馳走になっている唯
実はそれも唯の秘かな楽しみの一つになっていた
そして、ご馳走になるだけでは悪いと、唯はいつも美柑の隣に立って手伝いをする
美柑にとってはそれがとてもうれしいらしい
同じ妹同士。そして、お互い困った兄を持つ者同士。自然と会話も弾み、調理もいつも以上に楽しくなる
だから、ついいつも以上に美柑も頑張ってしまうのだ

唯はほんの少しだけ、リトに身体をくっつけてみた
「結城くん…」
「ん?」
いつもより少し甘い声な唯にもリトは、当然の様に気付かない
チラリと唯を見ただけで、またゲームに戻ってしまう
「ねェ…」
「…もうちょっと待っててくれって! もうちょっと!」
(…さっきからそればっかりじゃない…もう!)
唯はほっぺを膨らませると、またベッドにもぞもぞと上がった

唯はベッドの上で何度もゴロゴロゴロゴロと転がる
時々、手を伸ばしては指でリトの髪をいじってみたり
「ねェ結城くん」
「ちょ…何やってんだよ!? やめ…唯ッ!!」
これ以上やると本気で怒ってしまいそうなリトに、唯は項垂れながら手を離した

「ったく…」
(…悪かったとは思うけど……けど、そんなにゲームが大事なの? 私の事よりも?)
そんな事はないとわかっているのだが、やっぱり行動で見せてほしい! と思ってしまう
バフッとベッドに寝転ぶと、唯は目を閉じながら、今日、何度目かになる溜め息を吐いた

それからどれだけ時間が経ったのか────
耳に誰かの吐息があたる
頬に触れるあたたかい感触
何────?

「ん…ん…」

目を瞑ってたってわかる。だってこれは────…

「あ! わりぃ! 起こしちまったな…」
「…え」
目の前にはいつの間にかリトがいて
バツの悪そうな顔をしながら、ジッと自分の事を眺めていた
「結城…くん…?」
「ん? やっぱわかってないのか? お前、寝てたんだぞ」
「え?」
唯は反射的に身体を起こそうとして、ふいによろめいてしまう
そういえば身体が少し重くて、頭がぼ~っとする
「大丈夫か? 眠かったら寝てろって、な?」
「ん…」
まだまどろみの中だと言うのに、その顔はいつもと同じように胸をときめかせるもので
唯はリトの首筋に腕を伸ばすと、ギュッと抱き寄せた
「え? ちょ…」
「…つかまえた」
「つ…つかまえたって…」
そのやわらかい胸の感触に顔を沸騰させながらも、リトは胸の中からなんとかくぐもった声を出す
「離さないからね」
「いや、ちょっと…」
「ゼッタイ! ゼ~ッタイ離さないから!!」
「……」
少し、熱っぽくて、涙声な唯にリトは身体の力抜いた
「…わ、わかった! わかったから!! とりあえず腕ほどいてくれって! これ以上は息が続かねーって!」
「ん~…」
悩みに悩んだ末、渋々といった感じで解放されたリトが見たものはやっぱり────
「…ったく何泣いてんだよ?」
「……べ、別に泣いてなんか…いな…ぃ…」
黒い瞳に浮かぶ涙を指ですくいながら、リトはクスっと苦笑を浮かべた
その顔に、唯のホッペはみるみる膨らみ、黒い瞳がうるうると揺らめき始める
「…な…何よ! 結城くんが…結城くんが悪いのにぃ……どーして私が…う…うぅ…」
話しているそばから泣き始める唯に、リトはその頭にポンっと手をおいた
「ごめんな」
「…許さないからね!」
「ごめん」
「…知らないッ」
ふいっと顔を反対に背けてしまう唯
何度も頭を撫でるリトの手を払いのけないところを見ると、実は半分以上はすでに許しているのだが────

「ホントにごめん! だからこっち向けって! 頼むよ唯」
「……」
「唯」
「…フン」
いじわると言う名の制裁を与えつつも、やっぱりイロイロと想ってしまうわけで
少しすると唯はクルリと顔をリトに向けた
「…よかった! やっと許して…」
「…別に許したわけじゃ…。それよりもホントに反省してるの?」
「当たり前だろ! だからこーやって…」
「…じゃあもっとこっちに来て」
「こっち? こっちってこうか?」
ギシっとベッドを軋ませながら、リトの両膝がベッドの上に乗る
「もっと…」
「こんな感じか?」
「…う…うん」
ちょうど上下で見つめ合う体勢。身体の力が抜けきった、ほとんど無防備な唯にリトの喉がゴクリと音を立てる
「…で、こ、この後どーするんだ?」
何も言わずスッと両腕を伸ばす唯に、リトのスイッチがいよいよオンへと切り替わる
「…ギュッてして…」
「ギュ?」
「…うん…。私がいいって言うまでずっとよ」
「わかった」
努めて冷静さを保ちながら、リトは身体を少し沈めた
すぐに唯の腕が首筋に、背中に、回される
体を一つに重ねると、唯の体が小さく震えているのがわかる
泣いているからではなく、力いっぱい、本当に力いっぱいリトを抱きしめているから
全然痛くもないし、苦しくもならない、とてもひ弱で精一杯な唯の本気
「…………」
顔の見えない唯が今どんな表情を浮かべているのかリトにはわからない
わからないけれど…。リトは同じだけの想いを込めて唯の小さな体を抱きしめた
「ごめんな唯…」
「もぅ…もぅ…ホントに許さないんだからッ」
「ごめん」
小さな体と少しだけ大きな体はしばらくの間、抱き合い、そして────
「…もう大丈夫か?」
「…大丈夫なわけないじゃない!」
再び上下で見つめ合いながら、二人の問答は続く
「……じゃあ、どーすればいい?」
「…………そ、そんなの…そんなの…自分で考えなさいよ」
目をふいっと逸らしたその顔に、リトはゆっくりと口を近づけていった
「ん! …ん、ん」
重なり合う唇に一瞬目をパチパチさせる唯だったが、しばらくするとリトと同じ様にゆっくりと目を閉じた
「ぅ…ン、ン…」
「…やっぱおまえの口ってすげーいい!」
「バカ…」
口を離してしまったリトに、「もっと、もっと」と言うように唯の口は小さく動く
「舌だして」
「…ン…」
その小さな舌に自分の舌を絡ませると、リトはいっきに口を貪る
互いの唾液ですぐに口元は妖しく輝き、目はお互いの顔を見ながらすでにとろけきっている
「結ひ…くん…」
「ん?」
「キスばっかりじゃ…イヤ…」
「へ~キスはもういいんだ?」
「ち、違うの! そーじゃなくて…」
「そーじゃなくて?」
「もっと…もっと…」
顔を真っ赤にさせながら、もじもじと足を動かす唯
両脚を少し開き、リトの腰をその間に導く
「…ッ…!!」
「ん?」
それ以上、唯はなにも言わない
ただ、黙ってリトを待つ
目は落ちつかなげに彷徨い、ほっぺは沸騰したかの様に赤くなっている
そんな唯の顔を上から見つめながら、リトの手がゆっくりと下腹部へと伸びていく
「もっとって……どーするんだよ?」
リトの指がショーツ越しに割れ目を一撫でするだけで、唯の腰がピクンと浮き上がった
「…ん…ぁ」
「何だよ…。おまえココ、もうびちょびちょじゃん?」
「や…だ…そんな事な…ぃん、ん…」
「じゃあこの音は何だよ?」
いたずらを思いついた子供の様な顔で笑うと、リトはショーツをずらし、割れ目を広げ、中を指で掻き回していく
「…ゃあ…んん」
「すげーハレンチな音だぞ?」
「ん…く…ぅ…だって…だって結城くんがいっぱい…ン」
くちゅくちゅと水音を溢れ出させるソコは、もう準備万端で、リトが来るのを今か今かと待ちわびている
「も…う、もぅダメぇ…結城くん!!」
「何だよ?」
「し…てぇ…」
「何を?」
「ん…ぅ……ぃ…じわるしないで…お願い…。ほしいの」
目に涙をいっぱい溜めながら、うるうると懇願してくる唯に一瞬、リトは心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受ける
(やっぱ唯かわいい…)
「…何よ?」
「何でもないよ」
リトは笑顔を浮かべると、そっと唯にキスをし、そして、ズボンから反り返ったモノを取り出した
「じゃあ入れるな?」
「…うん」
くちゅりと卑猥な音を立てながら入ってくる、熱い肉の感触に、唯はギュッと目を瞑った
「…ッ…入って…結城くんのが…」
「…オレのちゃんとわかる?」
コクコクと何度も首を振る唯に笑みを深くすると、リトはゆっくりと最奥目指して突き入れていく 

「ん…あぁ…奥ぅ…」
ちゅぷっと子宮口に先端をキスさせると、細い腰を掴みゆっくりとグライドを始める
「ん、ん…あふ…ん」
「す…げぇ! 気持ちいい!!」
「ん…く、わた…私も気持ちいい…」
頬を染めながらも素直に快楽に身を任せる唯にリトは顔を寄せた
「キスしよ」
「うん」
互いの首筋に腕を回すと、すぐに求め合う
口を舌を絡めながら、リズムを合わせながら、腰を動かしていく
「ん…んく…ぷは…ぁ」
「おっぱいさわってもいい?」
「ダメ…」
赤くなった顔を逸らしながらの否定
腕を広げ、「どうぞ」と言わんばかりに身体の力を抜いている唯に、リトは笑みをこぼした
早速、Tシャツを捲り上げると、白い肌にかわいいおヘソ、そして、フリルの付いたブラが姿を見せる
「…ッ」
なにも言わず、ただ、ニヤニヤとするリトに次第に唯の口が尖っていく
「…どうして何も言わないの?」
「ん? 言ってほしい? 今日もかわいいよ! とか?」
「う…うぅ…もぉ!!」
思わず出てしまった拳をひょいっとかわしながら、リトは器用にブラのホックを外していった
学校では常勝無敗の唯でも、二人っきり特にベッドの上では永久全敗なのだ
ぷるんと形のいい胸まで赤くさせながら、唯はぼそっと呟く 
「み…見てるだけじゃなくて…その…」
「舐めていい?」
「ど、どうせ嫌って言ってもするクセにッ」
「まーな! じゃあ遠慮なく…はむ…ん、ん…ちゅぱ…やっぱおいしい…唯のおっぱい」
「バ、バカ…おいしいとか…そんな、事ぉ…ん」
まるで赤ちゃんの様に胸にしゃぶりつくリトの頭に手を伸ばすと、その頭を撫でていく
いつ見ても母性本能をくすぐるリトの愛撫

(きっと…この先も、赤ちゃんができても変わらないんだろうなァ)

それはリトの変わって欲しくないと思うところの一つ
なんて、思ってたりすると、ふいにリトが胸から口を離した
「…もうやめちゃうの?」
なんだか残念そうな唯にクスッと笑いかけると、リトはゆるめていた腰の動きを加速させた
「オレばっかり楽しんでちゃダメだろ? 今度はお前を気持ちよくさせないとな!」
「そ、そんな事…私は…」
けれど、下腹部は本人の意思とは関係なくキュンと悦びの声をあげる
加速させた分だけ脚はガクガクと震え、次第にリトの腰にギュッと絡みつく
「…ん…あっ、あ」
「唯…唯…」
ポトポトと汗の珠を落としながらも、ずっと名前を言い続けてくれるリトに、唯の感度は
気持ちと共にますます上がっていく
「…ゆ…結城く…ん…」
「ん?」
「私…もう…」
聞くまでもなく唯の締め付けがさっきから強くなっている事にリトは気付いていた
だけど、聞いてみたくなってしまう


「私…何?」
「私…ン…私…」
リトから何度となく言ってと言われた言葉
唯はまだソレを一度も口にした事がなかった
意味はわかる。だけどあまりにもハレンチすぎて口がさけてもその言葉を言えなかった
だけど、言わなくてはダメだと思った
なぜなら"一緒"じゃないとダメだから
「唯?」
「……ン、ンン…」
ジッと覗きこむその視線だけで、頭がとろけてどうにかなっちゃいそうになる
「…ィ…ぅ」
「へ?」
「ィ…イきそうなの! だからぁ…だからぁ…」
恥ずかしさでギュッと身体にしがみ付く唯に満面の笑みを浮かばせながら、リトは
唯の頭にやさしくキスをした
「オレも…。じゃあ一緒に、な?」
「うん…うん」
何度も首を振り続ける唯をギュッと抱き締めると、リトは最奥へと突き入れていく
膣内はざわざわと蠢き、唯の脚同様、キュッと締め付けてリトを離さない
「唯、もうっ」
「う…うん! 私…も…ダメぇーッ!!」
ビュルビュルと欲望を吐き出しながら、リトは唯の上で荒い息を吐きながらぐったりと倒れ込んだ

「はぁ…はあ…はあ…」
荒い気を吐きながら、唯はリトを抱きしめたまま離さない
その手は何度もリトの背中や頭を行ったり来たり
すぐ横でくすぐったそうに身を捩るその姿さえ、愛おしい
リトはもう一度唯の背中に腕を回すと、そのままゴロンと身体を横に寝かせた
結合部はまだ繋がったまま、脚は絡み合ったまま、背中に回した腕で身体を密着させながら、
キスを交わす
何度も、何度も――――

「あむ…ん、ん…くぅ…ぅぷは…はぁ」
銀の糸を引かせながら顔を離す唯にリトの口から笑みがこぼれる
白いシーツの上に広がる長いキレイな黒髪を手で梳きながら、リトはジッと唯の顔を見つめる
いつものキツイ目は、さきほどの余韻ですっかりとろけきり
その漆黒の瞳の中に映し出される自分の顔にリトはくすぐったさを覚えた
唯の瞳の中には自分しか映していない
世界でただ一人、自分だけを

「さっきから何?」
「何が?」
「さっきからあなた、ずっとにやけっぱなしじゃない! どうせまたハレンチな事でも考えていたんでしょ?」
少しトゲが混じる視線を投げかけてくる唯に、自分の気持ちを胸の中にしまいこみながら、
リトは唯の前髪を人差し指で弄る 
「…別になんもないよ。それより、この後、どっか行きたいトコとかある? したい事とかさ」
「ん~そうね……ゲームとか」
イタズラっぽさを濃くしながら笑う唯にリトは、バツが悪そうに顔を歪ませる
「だからそれはホントに勘弁してくれって!」
心底参っているリトに、唯は声を出して笑った
「唯…」
「冗談よ! もう許してあげるから安心しなさい!」
「ホントかよ…」
「ふふ…さぁ~どうかな? 結城くん次第だったりして」
どこまで本気なのかわからない唯の表情に眉を顰めつつも、リトは顔を寄せていく

「じゃあご機嫌とりじゃないんだけさ。いっこ行きたいトコあるんだ」
「行きたいところ?」
「そ! 海! まだ二人っきりで行ってなかっただろ?」
「海? ま、まあそうだけど…。いつ行くの?」
「明日とかダメ?」
「明日!?」
リトから身体を離した唯は、驚きの表情をいっぱいに浮かべる
「何だよ? なんか用事あるのか?」
「違…そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「水着とかどうするのッ? 私、まだ用意してないわ!!」
「…そんなの前にみんなで行った時のやつでいいじゃん」
「そんなわけいかないでしょ!!」
「え? なんで?」

まるでわかっていないリトに唯は深い深い溜め息を吐いた
確かに前にみんなで行った時の水着はまだ家にある。あるのだが────

(そんな前のなんて持っていけるわけないじゃない…)

やはり、その年の水着はその年だけ!
雑誌なんかで流行りのモノを見ながらどれにするか考えないといけない
去年に流行ったモノなんか着けてリトに恥をかかせるわけにはいかないのだ

なんて女の子の想いにまるで気付かないリトは、身体を起こすと腕を組みながら首を傾げた

「…よく…わかんないけどさ。とりあえず海には一緒に行ける……でいいんだよな?」
「それはまあ…」
「よかった! じゃあ今日は今からその水着を選びに行くでいいんじゃないかな?」
「え?」
「今日の予定だよ! 今から水着を見に行ったら明日にでも行けるじゃん!」
「それはそうだけど…」
リトと水着選び
なんだか想像するだけで恥ずかしくなるその光景を無理やり頭から追い出しながら、唯は
胸の前で腕を組むと、ジトっとリトを睨んだ
「言っとくけどゼ~ッタイにハレンチは水着とかは買わないからね! ちゃんとわかってるの?」
「わ、わかってるって!」
「ホントかしら…」
どこまでも信用できないと言ったその目に、冷や汗を浮かべながらも、リトの心はすでに海へと向いていた
そしてそれは唯も同じ

こうして二人だけ? の初めての海デートが始まったのだった


青い海、そしてどこまでも広がる白い砂浜
そんな最高のロケーションの中にいながら、リトの顔は冴えない
「…つか何でお前らまで来るんだよ?」
リトの視線の先には、無邪気にはしゃぐピンク色のビキニの水着を着たララと、縞々模様の
ワンピースの水着を着けた美柑の姿
「だってみんなで来たほうが楽しいよ!」
「そりゃそうだけど…」
元気に海辺に走っていくララの姿を見ながら、どんよりとした溜め息を吐くリトに、美柑は
意味深な視線を投げかける
「一声かけてくれれば私たちは別にかまわないよ?」
「何がだよ?」
幼い視線をジッと受けながら、リトはわけがわからず眉を顰める
「ま、しっかりね」
「だから、何のことだよ…?」
ララに続いて、海辺に走っていく美柑の後ろ姿を見ていた時、後ろから少し遠慮気味な声がかかる
「…結城くん」
「へ?」
後ろを振り返ったリトの顔が瞬時に変わる
「ゆ、唯!?」
「…ッ」
名前を呼ばれた唯は、終始、リトの顔を正面から見ない様に視線を逸らしながら、そわそわと
身体を揺らしている
その顔もサクラ色に染まっている
真っ赤なビキニが白い肌によく映え、唯をいつも以上に色っぽく見せる
ボ~っと見惚れるばかりで何も言ってこないリトに、唯はいい加減、声を尖らせた
「もぅ、何とか言いなさいよねッ! せっかく着たんだから!」
「そ、そうだよな。ごめん。よく似合ってるよ!」
「……フン」
命よりも大事な浮き輪を片手に持つと、唯はツンと顔を背けながらリトの横を通り過ぎていく
その後ろ姿というか、お尻のラインや美脚にさらに顔を赤くさせながら、リトはその後をついて行った


燦々と輝く太陽の下、黄色い声がいくつもはじける
しっかり腰に浮き輪を付け、ビクビクしながらチョコンと海に足をつけようとする唯に、盛大な
水しぶきがかかる
「ちょ…ちょっと! ララさん…!?」
「あはは、ユイーこっちこっち!」
浜辺ではペケと美柑が、砂で出来た巨大なソフトクリームを作ろうとしている

「は~…、平和だなァ」
とイルカのゴムボートにねっ転がりながらリトは、透ける様な青い空に向かって一人そう呟いた

そして――――

「待ってよー! リトー」
「だから、オレは乗らないって言ってるだろ!!」
浜辺では今、ララがいつかの『じぇっとイルカくん』を手にリトを追いかけ回していた
「この暑い中、元気だねェ…」
ソーダ味の棒アイスを舐めながら美柑は、涼しい場所からそう皮肉る

時刻も午後を廻り、一通りの食事も終わり、各々、自由時間を満喫している中
海の家のテーブルに肘を立てながら、唯は一人ぼ~っとリトとララの二人を眺めていた
せっかくの新しい水着もすっかり乾ききり、テーブルに立てかけた浮き輪が風に揺られて
ゆらゆらと揺れている

「はぁ…」
短い溜め息が聞こえたのか、美柑が椅子を手に唯のテーブルの向いに腰を下ろした
「唯さん。何してるの?」
「美柑ちゃん」
「こんなトコにいると、せっかくの水着がもったいないよ?」
「……」
唯は美柑の顔を見た後、少しするとまた浜辺へと視線を戻した
「別にいいかな…」
「ん?」
浜辺からは相変わらず逃げ惑うリトの悲鳴と、ララの黄色い声が交互に聞こえてくる
美柑は唯と同じ方向に視線を向けた後、困ったように小さく眉を寄せ、そして屈託ない笑顔を浮かべた
「じゃあ唯さん。私もヒマだから一緒に話しでもしよーよ」
「え…。別にいいけど…」
「じゃあ決まり!」
海の家の中で弾ける笑顔にかぶさるように、浜辺からは相変わらずな声が飛んでくる


「よ、と…! ホラ、そっちいったぞ」
「ええー! こんなの届かないよ~」
「ったく。何やってんだよお前は…」
いつの間にかビーチボールをサッカーボールに見立てて遊んでいる二人に、海の家の入口に
吊るされた風鈴が、涼しげな音を奏でる
風に翻弄されるビーチボールを巧みに操るリトに、唯の好奇と関心に満ちた眼差しが注がれる
「うまいわね。結城くん」
「うん。サッカーとかボール使ったスポーツ得意だからね。リトは」
ララの蹴ったボールは見当違いの方向に行ってしまい、リトは文句を言いながら熱い砂浜の上を走っていく
「ホント、変なトコだけは器用なんだから」
「そういえば結城くん、昔はサッカーしてたって…」
「うん! 中学までね」
「中学まで?」
足を砂に取られて転びそうになっているリトを可笑しそうに眺めながら美柑は、その小さな口を開いた
「うん…。アイツ、中学までサッカー部だったんだよ。小さいころからずっとサッカー好き
だったし、よく庭に出て一人でボール蹴ってるの見てたな」
一旦、口を閉じた美柑の横顔を見ると、リトを見つめるその眼がどこか楽しそうに、そし
て、寂しそうになっていることに唯は気付く
「…だけど、あんなに好きだったサッカーやめちゃったんだよね。リトのヤツ…」
「やめた…?」
「……高校になってからね。ホラ、ウチって親が二人ともよく家を開けるから、それで」
「で、でも、別にやめる事なんて…」
「私もそー言った! 言ったけど聞いてくれなかった……。全部、私のためなんだ…」
「美柑ちゃんの?」
「私をウチに一人にさせないためなんだって! ホ~ント、ワケわかんないよッ!!」
美柑は足をうんっと伸ばすと、ぼそっと呟いた
「ホント、バカなんだから…」
「美柑ちゃん…」

唯も美柑もそれっきり口を開かず、楽しそうにボールを蹴っているリトの姿をぼ~っと見つめていた
不器用で、だけど、相変わらずなリトのやさしさに呆れつつも、どこか納得してしまう
やがて、姿勢を正した美柑が、いたずらっぽく笑いながら唯に向き直った

「今度は唯さんのお兄さんのコト聞かせてよ!」
「え!?」
「私ばっかりリトのコト話しさせてズルいじゃん! それとももっと聞きたい? リトの小さい頃の話しとか」
「え、えぇ!?」
小さいながらも鋭い視線で、正確にこちらの気持ちを読み取っていくその洞察力に、唯は
気押されてしまう
「あ、兄の話しとか別に…」
「……ふ~ん、せっかく普段リトが家で唯さんのことなんて言ってるか教えてあげよーかなーって思ったのに」
「え…」
唯の心拍数が急上昇をし始める。それを見越してか、美柑の目付きもすぅーっと変わっていく
「知りたくない? リトのこと。もっと!」
「結城くんの……こと…」

美柑と話している内に唯は、自分がまだまだリトの事をわかっていなかったと感じた
小さい頃の話し
小学生、中学生の頃の話し
自分の知らない、わからない普段の家で様子
知りたい事、聞きたい事なんて山ほどある
唯の白い喉がコクンと音を立てた

「わ…私は別に…」
それでも強がって顔を逸らす唯に美柑は声を弾ませる
「知りたいな! お兄さんのコト! カッコイイんでしょ?」
「カ、カッコイイのかどうかなんてわからないわ……ただ…」
「ただ?」
唯は視線を青空に向けると、ぼそぼそっと話し始める
「すっごくだらしないわ!」
「え? そうなの?」
「しかもハレンチだし、遊んでばかりだし。家の中で裸でいる時もあるし! おまけに
よく女のコを連れ込んでくるし!」
「へ、へ~」
「それに私の言うこと、全然聞いてくれないし! やっと捕まえたと思ったらすぐどっかに
行っちゃって…。ホント、幾つになっても落ち着きないんだからッ!!」
いつの間にか、熱心に遊のことを語りだしている唯に美柑は、笑みを浮かべた
「なんかリトみたい」
「え…」
「小さい時、私がいつも遊んで~って言ってもすぐどっか行っちゃってさ。帰ってきたら
帰ってきたらで、ドロだらけだし。よくお母さんに怒られてたなーリト」
「そうなんだ…。私の兄も似たようなモノよ。小さい頃はよくケガして帰ってきてたわ。 
私がいくら言っても聞かないし!」
「そうそう! リトもその時はちゃんと返事するんだけど、次の日とかまた服汚して帰ってきたりね!」
「どうしてちゃんと聞かないのかしら…?」
「男ってそーゆーモンだと思うよ…! いつも泣くのは私たち女の方なんだよね」
美柑はそのかわいいホッペをムスっと膨らませると、焼きトウモロコシを頬張った
もぐもぐと小さな口を開けておいしそうに食べるその仕草に、唯の顔がほころぶ
(かわいいな…。美柑ちゃん)

料理がうまくて、掃除、洗濯、家の事を何でもこなしてしまう器量持ち
かわいい顔立ちに、キレイで長い黒髪、そして、その身体を彩るいつ見てもオシャレな服
話し方から、仕草全てにいたるまで、完璧な妹だと思えた

「結城くん、うらやましい…」
「え?」
トウモロコシから顔を上げた美柑と唯の視線が交わる
「うらやましいって思って。結城くんが」
「リトが? どーして?」
「だって、こんな素敵な妹がいるのよ。うらやましいわ」
瞬間、美柑のほっぺが見たことがないほどに赤く染まる
「そ、そ、そんな事……、リトが思ってるわけないよ…。よく口ケンカもするし」
「そう? でも、結城くん。いつも美柑ちゃんのこと自慢気に話してるわよ?」
「そんなワケ…」
照れ隠しなのか、赤くなった顔でもぐもぐとトウモロコシを頬張る美柑に、唯は小さな笑みを浮かべた
「"昨日の夕食おいしかった""美柑の作る料理が一番だ""ホントにスゴイやつなんだ"って」
「そ、そう…」
いつもの調子で返事を返そうにも言葉に詰まってしまう自分に、美柑は下唇を甘噛みすると俯いた

リトがそんな事をいうなんて……
だって、だって、ウチでするコトなんてみんな当たり前のコトだし…
そりゃ大変だって思うコトはあっても……イヤだなんて一度も思ったことなんてない
それどころか

『美柑、おかわり!』

ニッと笑いながら茶碗を渡してくる。それだけで──それだけで私は────

「ほかにはね…」
「も、も、もーいいって! 私のコトはもーいいんだって!! それより唯さん! 唯さん
のコトの方が大事でしょ!!」
「私?」
まだまだ言い足りなそうな唯の口を遮ると、身振り手振り、美柑は赤い顔のまま話題を変
えようと必死に口を動かす
「そ、そーだよ! 聞きたいんでしょ? ウチでリトがなんて言ってるのか」
「わ、私は別に…そんな事……」
どう見ても興味津々な様子な唯に、にんまりと笑うと"今度は唯さんの番だからね"と言
わんばかりに、イタズラな視線を送る
「リトはね…」
「う、うん」