(だ、ダメ…)
案内されたリビングのソファーに座るなり、唯の頭の中は真っ白になっていた
(ど…どうしよ…?)
チョコはすぐ横に置いたカバンの中
さっきから全然構ってくれる気配のない唯にセリーヌが寂しそうにしているが、残念なが
ら、今の唯にそんな余裕はなかった
(と、とにかく落ち着いて! それから…それから…)
チョコのことを考えるだけで、どんどん胸の鼓動が高くなっていく
手におかしな汗を掻き始めた時、唯は、ふるふると頭を振った
「何やってんだ?」
「え…!?」
急に話しをふられた唯は、つい間の抜けた声を上げてしまう
姿勢を正し、赤くなった顔を見せまいと、冷静さ装う唯
「べ、別になんでもないわよ…!」
「なら、いいんだけどさ…。にしてもウチの前でお前を見た時は、びっくりしたぜ」
「何よ…。私がいちゃいけないの?」
「い、いや、そーゆー意味じゃなくて…」
ムッと目を細めて睨んでくる唯に、リトは身振り手振り、言葉を探す
「じゃあ、どういう意味なのよ?」
「ほ、ほら、なんの連絡もなかったし! だからびっくりしったっつーか、うれしかったっつーか…」
「うれしい…?」
「だって思ってもいなかったしさ。お前がウチ来るなんて。驚いたけど、やっぱうれしいよ」
リトの言葉を聞いている内、唯の頬がみるみると赤く染まっていく
「そう…なんだ」
「あ、ああ」
妙な雰囲気の二人に挟まれて、意味もわからずセリーヌは、一人小首を傾げる
「まう?」
リトを見て、唯を見て
そわそわしっぱなしの二人の様子に、セリーヌは大きな目をクリクリさせた
「え、えっと、それでなんか用があってウチ来たんだろ?」
「…べ、別に用とか…」
膝の上で組んだ両手に視線を下ろすと、唯はぽそっと呟く
「…結城くん…今日が何の日かわかってないのかしら…」
「え?」
「何でもないわよ…! でも…やっぱりあるというか…」
目はもじもじと合わさる両手。けれども、意識はすぐ横のカバンの中
「だ、だからね…ん~…」
眉を寄せて悩むこと数秒
「もぅ! 別に用がなくたっていいじゃない! それとも何? 用がないと会いに来ちゃダメなわけ?」
「そ、そーゆーわけじゃなくて…」
「顔…見にきただけでもいいじゃない! 声、聞くだけでも…」
「そりゃいいけど…」
半分本当で、半分ウソ
リトとは毎日でも会いたいし、声だって聞きたいし、ずっとず~っと一緒にいたいと思う
でも、今日は違う
今日は大切な理由で会いに来たのだ。とてもとても大切なモノを渡すために
唯はまた視線を膝の上に落した
そんな唯に、リトは不思議そうな顔をする
(う~ん…。また唯が難しい顔をしてる…。オレ何かしたっけ?)
頭を掻きながら、唯が何を考えているのか読み取ろうとがんばるリト
いつもとは様子が違う二人に、セリーヌの目が好奇心でキラキラと輝く
隣に座っている唯の膝の上にセリーヌは、よいしょ、よいしょ、とよじ登ろうとする 

「え…!?」
「まうー♪」
お日様のように輝く笑顔を向けてくるセリーヌに、唯は少しだけ硬くなっていた顔をほころばせた
「どーしたの?」
「まう、まう♪」
この日、初めて見せる唯の笑顔に、セリーヌも笑顔で応える
小さな笑顔と、大きな笑顔
二人のやり取りにリトも緊張がほぐれたのか、声を明るくさせた
「そーいやオレ、まだ何にも出してなかったよな。ゴメン! 何か飲む? つってもコー
ヒーかジュースぐらいしかないけど」
「べ、別にお構いなく…」
咄嗟に出た声は、いつになく小さくて、リトの耳にちゃんと届いたのかどうか疑わしいほど
すでにキッチンに向かっているリトの背中に、それ以上、声をかけられないまま
リビングのドアを閉める音を聞きながら、唯は小さく溜め息を吐いた


リビングには唯とセリーヌの二人だけ
唯はソファーに深く腰を沈めると、また溜め息を吐いた
(…何やってるのよ私はっ…!? チョコを渡すだけじゃない…)
けれども、その"だけ"が中々できない
好きな人に、改めて自分の気持ちを伝える事がこんなにも大変なことだとは、思っても
みなかった
胸の中から溢れる想いも、言葉も、いっぱいいっぱいあるのに
照れくさくって、恥ずかしくて、声が震えて、言葉にできなくて
唯は膝の上のセリーヌに視線を落とした

"何て言えばいいの?"
"どうやって渡せばいいの?"
"スキ…って、それだけでいいの?"
"ってそんな事いえるわけないじゃないっ!!"
"じゃあ…じゃあ…どうやって渡すの? なんて言えばいいのよ?"
"やっぱりスキ…って? そ、それだけでいいのかしら? もっと他に…もっと"
"……大スキ…とか…?"

答えの出ないまま、唯の目は宙を彷徨う
膝の上のセリーヌが不思議そうな目をしながら、一人真っ赤になっている唯の顔をジッと見つめている
唯は弱々しい笑みを浮かべた
「何でこんなことも出来ないのよ…! 私のバカ…」
「まう?」
セリーヌと満足に話すことも、相手をしてあげることもできない
自分のことでいっぱい
そんな状況でも、セリーヌは相変わらず屈託ない笑みを唯に浮かべる
「まう~♪」
「セリーヌちゃん…」
キラキラと輝くその笑顔は、真っ直ぐ唯に向けられる
唯の目に映るセリーヌの姿に、ふとリトの顔が重なった
「そっか…」
自分の一番好きな顔――――リトの笑顔と、少し似ている気がするセリーヌの笑顔
唯の堅くなっていた気持ちが、ほんの少しだけど、溶けていく 
「……そうよね…! 今日は、私ががんばらなきゃダメな日なんだから…」
唯はそう言うと、セリーヌの頭をそっと撫でた
セリーヌの満面の笑顔に、唯もつられて笑顔になる

その頃、リトは――――
「う~ん…」
冷蔵庫からジュースを取り出しながら、難しい顔をしていた
原因はもちろん唯
今日、ウチの前で会ってからというもの、唯の様子がおかしい
コップにジュースを淹れる手を止めると、リトは眉を寄せた
「何かオレ…怒られるようなことしたっけ…?」

「お待たせ!」
ガチャっとドアを開け、コーヒーを乗せたトレイを手にリトは戻ってきた
「!!?」
リトの姿を見ると、物憂げだった表情が一変、唯は慌てて姿勢を正す
「どした?」
「な、何でもないわよ…!」
「まう~…」
心の準備がまだ完全に出来ていない唯に、セリーヌは心配そうに声をかける
「…ま、とりあえず、コーヒーでよかった?」
「あ…ありがと」
「セリーヌはオレンジジュースな」
「まう♪」
子ども用のコップを両手で持つと、セリーヌはおいしそうにゴクゴクとジュースを飲み始める
その横で唯はコーヒーカップを手の中で回しながら。そわそわと渡すタイミングを探し続ける
「ん? もしかして熱すぎた? 気をつけてたつもりなんだけどな…。冷ましてこようか?」
「い、いいわよ別に…! コレでいいの」
「そっか。ってセリーヌお前な…」
ぷはーっ! と一気にジュースを飲み終えたセリーヌは、ご満悦な顔でリトに笑いかける
正し、コップからこぼれたジュースで口元を汚しながら
「ったく」
「いいわよ! 私がするわ」
唯はそう言うと、カバンからハンカチを取り出して、セリーヌの口元を拭いていく
「ごめん。あとで洗って返すよ」
「気にしないで。これぐらい」
唯の対応はテキパキとしたもので、セリーヌも嫌な顔せず黙って従っている
そんな二人の光景に、リトはふっと表情をやわらげた
(なんかいいな…。こーゆーの)
「…こんな感じかな? ハイ、もういいわよセリーヌちゃん」
「まう♪」
ニッコリと笑うセリーヌに、リトは少し声のトーンを下げた
「コラ。ちゃんとありがとうしなきゃダメだろ?」
「まうー…」
可憐な顔を曇らせながら、セリーヌはしゅん…、と肩を落とす
そして、ペコリとおじぎをすると、可愛い眉を寄せて唯の様子を窺う
「だ、だから別にいいんだってば! 結城くんも、そんな風にセリーヌちゃんをイジメ
ないでよね!」
「いや…誰もイジメてるわけじゃねーんだけど…」
いつの間にかセリーヌから自分に矛先が変わっていることにリトは顔を苦くさせた
唯に両手を握ってもらって、ソファーの上をピョンピョン飛び跳ねる楽しそうなセリーヌを
見ていると、ふと思う
(もしかして唯って、子ども好きなのかな…?)
自分には見せてくれる素振りすらない笑顔を浮かべながら、セリーヌと遊ぶ唯に、リトは
少し複雑な気持ちになってしまう
(もうちょっとオレにも優しくとかしてくれればな…)

お茶を飲んだり、他愛無い話しをしたり、セリーヌと遊んだり
いつもと変わらない、少しだけ騒がしくて、だけどあったかい時間が流れる

(…にしても、唯の用事って何だ?)
それでもやっぱり気になるのは、唯のこと
怒られる覚えも、お説教される覚えもない――――はず
コーヒーカップに口を付ける唯の横顔をボーっと眺めていると、リトの目に不吉な光景が映る
「お、おい! セリーヌ!?」
「え…?」
リトと、横を振り向いた唯の視線が交わるところ――――セリーヌが、唯のかばんの中を
覗きこみ、それを頭からかぶろうとしていた
「ちょ…」
腰を浮かし、手を伸ばして止めようとするも、すでに遅い
ドサドサと、頭からカバンの中身をかぶったセリーヌが、キョトンとした顔でリトを見つめる
「まう?」
「ったく…。ごめん、唯」
「い、いいわよ…! それよりも大丈夫セリーヌちゃん? どこもケガしてない?」
「まう!」
と、元気にニッコリとほほ笑むセリーヌに、唯は安堵の溜め息を吐き、リトは深い溜め息を吐いた
「ホント、ごめん。後でちゃんと言っておくから…」
「気にしないで」
散らかった化粧品や、財布を拾い集める二人を余所に、セリーヌは一点を凝視していた
自分の小さな両足の間に落ちてきた、一つの箱
それはセリーヌの両手よりも少しだけ大きくて、ピンク色のラッピングペーパーに、ハート
がいっぱい散りばめられたリボンでキレイにラッピングされていた
「まう…?」
両手で持ち上げ、ブンブンと振ってみると、中から小さな音が聞こえてくる
上から覗いたり、ひっくり返してみたり
カワイイ箱に興味津々なセリーヌは、床に落ちたリップクリームを拾っていた唯に、溢れる
笑顔で箱を差しだす
「まう♪」
「あ、ありがとセリーヌちゃん! 拾ってく……えっ!?」
手渡されたモノに唯は絶句した
「こ、コレ…」
「まう?」
箱を手に固まる唯をセリーヌは、クリクリした目で不思議そうに見つめた
「…コレで全部だと思うけど一応、確認して…ってどーしたんだ?」
「え…!?」
床に散らばったヘアピンを拾い集めてくれたリトと、唯の視線が合わさる
唯は、瞬時に顔を真っ赤にさせた。そして、チョコを後ろ手に隠してしまう
「どしたんだ?」
「そ、その…コレは…」
急にもじもじとしだす唯に、リトは目を丸くさせる 
「も、もしかして何か壊れたとか!?」
「ち、違っ…」
「セリーヌ!? お前な…」
「ま、まうー…!?」
リトに怒られると思ったのか、セリーヌは一目散に唯の後ろに隠れてしまう
「セリーヌ!」
「まう…」
唯の腰のあたりからひょいっと顔を覗かせながら、リトの機嫌を伺うセリーヌ
唯のスカートを握りしめる小さな手に、力が入る
「ったく…」
頭をガリガリ掻きながら溜め息を吐くリトに、唯は慌てて声を上げた
「ち、違うの! セリーヌちゃんは関係ないのっ!」
「え? でもセリーヌのせいで何か壊れたとかじゃ…」
「だから違うってば! ホントに何でもないのっ! 何でも…」
唯の声はどんどんと小さく、最後は消えてしまい、リトからふっと視線を逸らした
「…まー、大丈夫ならいいんだけど。すごい大事そうなモノだったからびっくりしたぜ。
ところでアレって何なんだ?」
「えっ!?」
箱を持つ手に力が入る
心拍数がみるみる上昇し、頭の中が真っ白になっていく
「こ、コレはその…」
「?」
キョトンとした顔で見つめてくるリトの視線が、矢となって唯の胸を射抜く
ドキン、ドキン、ドキン
胸の音がバカみたいに大きく、はっきりと聞こえる
「えと……もしかして、聞いちゃマズかったとか…?」
チョコの箱を持ったまま、何も言ってこない唯に、リトは頬を掻きながら気まずそうに口を開いた
「気にさわったんなら謝るよ! けど、すごい…大事そうに見えるからさ」
「だ、大事なのは大事なんだけど…」
二人の視線は一瞬重なり、また解ける
好奇と戸惑いと疑心と躊躇いと
いろんな視線が混じり合う中、そこに一つの視線が加わる
「まう」
目の前にある、キレイな紙に包まれた小さな箱
セリーヌの小さな手が伸び、唯に「これはなんなの?」と、しきりに目で訴えかける
「お、おい。セリーヌ!」
セリーヌが何かしでかす前に、リトはセリーヌをひょいっと抱き抱えると、自分の膝の上に座らせた
「ダメだろ? あれは、唯の大事なモノなんだぞ?」
「まうー…」
指を口に咥えながら、セリーヌは残念のそうに顔を曇らせた
リトはセリーヌを横に座らせながら、視線を再び唯に戻す
「わるい。へーきか?」
「え、ええ…」
と、小さく返事をしながら、唯の指が箱を彩るリボンに触れる
真っ赤なリボンには、大小さまざまな大きさのハートが散りばめられている
それは少しでも多く、自分の気持ちを知ってもらいたいと想う、唯の女の子心だった
白い喉にコクンと唾が落ちていく
手にしっとりと汗が浮かぶ
下唇を噛み締め、ギュッと目を瞑りながら
唯は、自分の中の勇気を全部集めて、口を開く
「結城くん!」
「え…?」
セリーヌの服を直していた手を止めると、リトは唯の方を向いた
唯の胸の音がトクンと一つ大きくなる
「そ、その…」
「ん?」
真っ直ぐなリトの視線は、唯の胸をキュンキュンと撃ち抜く
(だ、ダメ…! やっぱり言えない…!)
噛み締めた唇がキュッと小さな音を立て、チョコを持つ手が震える

喜んでくれるかな
"おいしい!"って言ってくれるのかな
私の気持ち、ちゃんと届くかな
スキって…大スキって、ちゃんと――――

「その…」
目に熱いモノが込み上げてくる
唯は目をギュッと瞑った
(もう…! チョコを渡すだけなのに何やってるのよ…!?)
俯き、呟く唯。そんな唯の手の上に、小さな手が重ねられる
「え…?」
目を開けると、まだ幼い、けれども、真っ直ぐな大きな瞳がジッと自分のことを見つめていた
「セリーヌ…ちゃん?」
「まう」
セリーヌは一言そう言うと、ニッコリと笑った
自分の一番好きな笑顔と少し似たその笑顔は、まるで「ガンバれ!」と言ってくれているようで
「…ッ…」
震えていた手がピタッと止まる
「唯…? ホントにどーし…」
「聞いて!」
唯は真っ直ぐにリトを見つめた
そして、想いを口にする
「…こ、コレ! ……あげる…」
「え?」
唯は両手で握りしめたチョコをリトの前に出した
真紅に染まった顔をふいっと逸らしながら、すでに目はリトを見ていない。見ていられない
「えっと…」
「……ッ」
部屋の中に沈黙が訪れる
どちらも無言
「まう?」
と、セリーヌが首を傾げる

"早く、受け取りなさいよねっ!"

と、喉まで出かかった言葉を無理やり奥に押し込めると、唯は、意を決して想いを告げた
「ば、バレンタインのチョコレート! 受け取ってほしいの! 結城くんにっ!」
言い終わった瞬間、唯はギュッと目を瞑った
やけに心臓の音がはっきりと聞こえる
ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――――まるで世界にたった一つだけの音の様な
(早く、早く、早く…もぅ! 早く何か言いなさいよね!)
リトからの返事は一秒、二秒、あるいは永遠にも感じるほど長く感じた
そして、その反応は思ってもみなかったものだった 
かすかに聞こえる、クスっと笑ったような声に、緊張の糸が切れたのか、唯は思わず
声を大きくさせた
「な、何よ!? どうして笑うわけ? 何かおかしな事いった?」
「い、いや、そーじゃなくて…」
リトの声はあきらかに上擦っていて、そしてどこか戸惑っている様にも聞こえる
それでも唯は追撃の手をゆるめない
精一杯、強がって、声にトゲを含ませる
「何よ…? 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよっ!」
「い、いやその…なんつーかホッとしたってゆーか、びっくりしたってゆーか…」
「何よソレはっ! 私はねっ…」
要領を得ないリトの態度に声を大きくしようとした時、リトが待ったをかける
「そ、そーじゃなくて! なんかホントにスゲーうれしくってさ…」
「え…?」
「唯がチョコくれるだなんて思ってなかったし…。だからホント、スゲーうれしくて…け
どびっくりもして…。うまく言葉にできないけど、とにかく、ホントにホントにうれしいんだ」
リトはニッコリと笑った。照れくさそうに、恥ずかしそうに
だけど、本当に心からうれしそうに
唯の思考がそこで一旦、停止する
そして、止まった思考の代わりに胸がキュンと音を立てる
キュンと鳴った音は次第にドキドキに変わっていき、唯の顔をみるみると赤く染めていく
「な、な、ななな…」
「と、とにかく、サンキューな! 唯」
リトは唯の手からチョコを受け取った
うれしそうにチョコの入った箱を見ているリトを前にしても、唯は口をぱくぱくさせる
だけで、しばらく動けなかった
「まう~」
キラキラと好奇心いっぱいに輝く目をしたセリーヌが、チョコの箱を欲しさに、リト
の手を引っ張る
その光景に、ようやく唯の長い停止状態が解けた
「そ、そんなにうれしいうれしいとか言わないでよねっ!! ちょっと大袈裟すぎるわ! 
それにチョコの一つぐらい言ってくれれば、いつだって作ってあげてもいいと言うか…その…」
最初の勢いはどこにいったのか。どんどん声は細くなり、最後は消え入りそうな声で、
ごにょごにょと話す唯
さっきまで持っていたチョコがなくなり、手持ち無沙汰になった両手をもじもじさせな
がら、唯はチョコを持つリトをジッと見つめる
その視線に気づいたのか、リトは唯とセリーヌを交互に見ながら、ニッと笑みを浮かべる
「ところでさ。このチョコ今から食べていい?」
「え、ええ。もちろんよ」
「唯も食べるだろ?」
「え? 私!?」
唯は不安で揺れていた目を大きくさせた
「そ! 唯とセリーヌとオレの三人で! ダメか?」
「だ、ダメとかじゃなくて私は別に…」
「まう?」
唯とセリーヌの二人は、目を合わせる
その期待に満ち満ちたクリクリの大きな瞳に、唯は淡い笑みを浮かべた
「ええ、いいわよ! 三人で食べましょ」
「まう~♪」
「じゃ、決まりだな!」

コーヒーを淹れなおし
セリーヌ専用のコップにおかわりのジュースを淹れて
セリーヌを挟んで、リトと唯は、チョコを口にする

(喜んでくれたかな…結城くん…)
セリーヌとチョコを半分こしているリトの横顔を見ながら、自分もチョコをぱくっと一口
最初は苦くて、少しずつ甘くなるミルクチョコをもぐもぐしながら、唯は淡い期待を
抱きつつ、リトの感想を待った

そして――――

「うま、うま…」
夢の中でもチョコを食べている最中なのか。幸せそうな顔をしながら、すやすやと気持ち
よさそうな寝息を立てるセリーヌに、リトは顔をほころばせた
そっと頭を撫でると、寝返りをうったセリーヌがリトにピトっとくっつく
「まう…」
「ホント、よく食って、よく寝るよな。お前は」
セリーヌの寝顔に笑みを浮かべていると、キッチンからパタパタとスリッパの足音が聞こえてくる
リビングに顔を見せたのは唯だ
エプロンを着け、髪を白いリボンで一つに纏めているいつもと違った唯に、リトの心臓が
ドキっと高鳴る
(なんかいつもと全然違って…)
「とりあえず、コーヒーカップとかは洗ったけど、ほかに洗ったりするモノはある?」
「……」
「結城くん?」
こちらをボーっと見てくるだけで全然反応がないリトに、唯は溜め息を吐くと、スリッパ
を鳴らしながらリトの前に歩み寄る
「ちょっと結城くん、さっきから訊いてるんだけど? なんとか言ったらどうなの?」
「へ…!?」
目の前に来たエプロン姿の唯は、少し遠くで見るよりグッと大人っぽくて
リトは自分の顔が熱くなっていくのを感じながら、慌てて返事を返す
「い、いや、別にないんじゃないかな? はは…」
どう見ても怪しい、誤魔化し笑いにしか見えないそれに、唯は溜め息を吐く
「どうせまたハレンチなことでも考えてたんでしょうけど…」
「ち、違っ…」
心地よさそうなセリーヌの寝息にお互い、それ以上は強く言えない
唯はもう一度軽い溜め息を吐くと、胸のあたりで腕を組んだ
「…ま、この事はまた後でちゃんと訊くとして…」
「何だよ…?」
腕を組んだまま、唯の目がジト目に変わる
「あなたって本当に呆れるわね…! まさかホントに、今日が何の日か忘れてたなんて…」
「し、仕方ねーだろ…! バレンタインとかオレには、あんまり関係なかったんだから…」
唯から目を逸らしたリトは、テーブルの上の空になったチョコの箱を見つめながら、少し口籠る
「いつも、美柑がくれるだけだったしさ。だから、唯が初めてだよ。こんな風にチョコくれたの」
「そう…なんだ?」
"自分が初めて"
なんだか寂しそうなリトの横顔にも、少しうれしく感じてしまうのは、唯だけの秘密
唯は赤くなった自分を誤魔化すように、コホンと咳ばらいをした 
「そ、それで、どう…なの?」
「どうって?」
「チョコよチョコ! チョコの感想よ! まだ何も訊いてないわ」
唯の目は真剣だ
授業中よりも、勉強中よりも、風紀活動中よりも、ずっとずっと
「答えて!」
いつの間にか、自分が両手を握りしめていることにも唯は気づかない
いろんな意味での初体験
感想が気になって気になってしかたがない
「うまかったよ」
そんな唯の気持ちにも、表情にも、目もくれず。リトはセリーヌの頭をよしよしと
撫でながら、素っ気なく応える
暖房が利いているはずのリビングに冷たいナニかが生まれた
ふと唯の方を見ると、唯の目が怖いぐらいに細くなっている
「な、何だよ?」
まだよくわかっていないリトに、唯は氷のような視線を突き立てた
「…結城くん。さっき、うれしいとか言ってたけど、アレ…本当なの?」
「なっ!? ホントだって! 当たり前だろっ!!」
疑いの眼差しを向けてくる唯に、リトは慌てて反撃する
「ふ~ん…。その割には、ほとんどセリーヌちゃんにあげてた様に見えたけど?」
「そ、それは…」
「セリーヌちゃんも喜んでたし、それはそれでうれしいんだけど…」
ずいずいとリトに詰め寄りながら、唯の口調は変わらない。目も逸らさない
「あなたが、ちゃんと食べてくれないと意味ないんだからねっ! 私は、あなたのために
作ったんだから!」
腰に手を当てながら話す唯は、怒っているというよりは、拗ねているようにも見える
そんな唯に、リトは溜め息を吐いた
「ホントにうまかったって! オレが今まで食べた中で、一番うまかったよ!」
「ホント…?」
不安いっぱいの眼差しを向けながら、唯はもう一度、同じ質問を繰り返す
「ホントなの?」
握りしめた両手は、その力の強さだけ、想いの強さを物語る
唯の片膝がギシっと音を立てて、ソファーの上に乗った
「ホントにホントなの?」
「だ、だから…」
二人の距離は、お互いのちょっとした息遣いも聞こえてくるほど近い
いつもなら、真っ先に赤面してしまう唯よりも、今はリトの方が赤くなっている
リトは間近に迫る唯に気押されながらも、必死に言葉を探した
「ちょ…ちょっと落ち着けよ!」
「うるさいわねっ! あなたがちゃんと応えてくれないからいけないんじゃない!」
いつになく一生懸命な唯の目は、今の気持ちを表わすかの様にゆらゆらと揺れる
感想を早く聞きたい一心で、だけど、不安で押しつぶされそうで
黒い瞳に、涙をいっぱい湛えてジッと見つめてくる唯を、リトも同じように見つめ返す
「ちゃんと応えてくれるまで許さないからね!」
「だ、だから…」
「余計なことなんか聞きたくないわ! 私はチョコの感想を聞いてるだけなんだから! 
ちゃんと応えなさいよ! わかってるの結城くっ…え―――!?」
グイッとさらにリトに迫ろうとした時、ふいに唯の体が傾く
膝をソファーの上に不安定に乗せていたせいか、バランスを崩してしまったのだ
「キャッ…―――!?」
「う、うわっ!? ちょっ…」
バフっと音がなり、気づくと唯は、ソファーにリトを押し倒していた 
「え…えと…」
「……ッ」
唇が触れるか触れないかの距離で二人は、目にいっぱいに映るお互いの顔をまじまじと見つめた
ジッと見つめながら状況の確認。そして、次第に理解が広がると同時に、みるみると唯の
顔が赤くなっていく
触れなくてもリトの体温が感じられる距離で、唯はリトの顔から目を逸らすことも、離れ
ることもできない
見つめ合ったまま数秒。ポトッと、唯の目からこぼれた水滴が、リトの頬を濡らす
「ゆ…い?」
「!?」
唯は慌ててリトから離れると、袖でゴシゴシと目を擦った
袖の隙間から時折、見える真っ赤になった目に、リトは上体を起こすとそっと唯の頬に
手を伸ばした
「なに…よ? べ、別になんでもないんだからっ…! ちょっと目にゴミが入っただけで
…それだけで…あれ? 何で…何で…」
話しているそばから、唯の目からぽろぽろと涙が溢れ、袖を濡らしていく
戸惑いと、驚きで、微かに震えるリトの指先に何を感じたのか、赤くなった目と同じぐらい
頬を赤くさせた唯が、バツが悪そうにムッと睨んでくる
「何よ…?」
(…ホントに、ホントに、スゲーがんばって作ってくれたんだな。チョコ)
リトはそっと唯の頬に触れた
触れた拍子に溢れた水滴が手の平の上を伝う
唯は、リトの手を払いのけると、慌てて袖でゴシゴシと涙を拭った
「何のマネよ!? 言っとくけど、こんなことしたって誤魔化されないんだからねっ」
目をムッと細めて怒る唯の頬に、リトはまた手を伸ばす
「いい加減にっ…」
「うまかったよ! 唯の作ってくれたチョコ」
「え…?」
その一言は、唯の胸をキュンと響かせ、何も考えられなくしてしまった
振り上げた手は、行き場を失い、宙を彷徨い、そして膝の上に落ちていく
真っ白になってしまった頭を再び動かそうと唯は、目をパチパチさせた
「な、な、何いって…」
「また作ってくれよな! その…来年も」
「来年…も?」
「ああ。スゲー楽しみにして待ってるからさ」
と、ニッコリ笑いながらリトは言ってくれた
恥ずかしそうに、照れながら、唯の大好きないつもと同じ魔法を込めて
「……」
唯はリトの顔を見つめたまま、動けないでいた
ずっとずっと欲しかった言葉。聞きたかった言葉。何度も何度も
頭の中では、リトの声がリピートし続けている
さっき、チョコを受け取ってくれた時の、何十倍ものうれしさで、思うように言葉を紡げない
胸の中がキューっとなって、顔がヤケドしそうなほど熱くなって、目もうるうると揺れて
目の前でニッコリと笑うリトに、花が萎れていくようにくてっと体の力が抜けていく
唯はリトの胸にトン、と頭を当てた
「え…?」
唯の行動に今度は、リトが言葉を失う
(あ、あれ? オレまたなんか余計なこといったのか? さっきのってフツー…だよな…?)
リトの"フツー"はいつも唯に特大の破壊力を与える
そのことにリト自身まるで自覚がない
相変わらず鈍いリトと、いつまで経っても素直になれない唯
重なりそうで、重ならない気持ち
だからこそ、一瞬でも重なった時の破壊力はとても大きくなる 
「えっと…」
「……ッ」
リトは唯をどうしていいのかわからず、両手の在りかを探して、彷徨わせてばかり
唯はおデコでリトのぬくもりを感じつつ、目を瞑っていた
(結城くんの匂いがする…)
その気持ちは今の状況には、ひどく見当はずれなように思える
それでも感じずにはおられない
目を閉じると、ずっと大きくなる大好きな匂い。次第に気持ちが落ち着きを取り戻し始める
唯はリトの服をクシャっと握りしめた
「ゆ、唯…?」
「…また作ってほしいんだ?」
「え…」
「また作ってほしいの? って訊いてるのよ」
胸に頭を預けたままの唯の顔はリトからは見えない
リトは言葉に詰まりながらも、なんとか上ずった声で返す
「そりゃ作ってほしいって思ってるけどさ…。その…お前がよければだけど…」
「……じゃあ一つだけお願いきいてくれたら、考えてあげてもいいわよ」
「お願い? 何だよ?」
頭を胸から話すと、唯はゆっくりと上目遣いでリトを見つめた
上気した頬に、少しゆらゆらと揺れる黒い瞳に、リトは息を呑んだ
(な、なんかすごい…)
ゴクリと喉に唾が落ちていく音を間近に聴きながら、唯は視線を逸らさない
ジッと覗きこんでくるその瞳は、どんどんリトを捉えて離さない
唯は、薄いサクラ色をした唇を開き、囁いた
「キス…して」
小さな、小さな囁き
時計の針の音よりも、隣で寝ているセリーヌの心地いい寝息よりも
けれども、リトの耳にははっきりと聞こえる声
「キス…?」
「うん」
頷くと、前髪が揺れ、唯の顔に影を生む
「え、えと、キスしてって聞こえたんだけど…?」
「そうよ…。ダメなの?」
「い、いや! ダメとかじゃなくてっ!」
考えるどころか、想像すらしていなかった唯の言動に、リトは軽い衝撃を受けた
そして、受けたと同時に、一つだけわかった事がある
今まで唯が抱えていた不安
自分の「おいしい」ってたった一言が聞きたくて。何回でも聞きたくて
だけど、我ままを言えなくて、甘えることができなくて
リトは指で顔にかかった唯の前髪をそっと掻き分けていく
「んっ…」
「そ…その、じ、ジッとしてろって! 目に入ったらどーすんだ?」
前髪と指の隙間から見える、リトの顔は、すこし、ほんの少しだけさっきよりもカッコよく
見える。唯の視点限定で
抗議の声を奥に引っ込めると、唯は黙って髪をリトに整えてもらう

結城くんの膝の上
結城くんの匂いも、あったかさも感じられて
結城くんの顔が一番近くから見える、特等席
私だけの――――

ジッと見つめてくる唯に気づくことなく、リトは髪をセットし終わると、両手で唯の
ほっぺを包んだ
「終わり」
「うん…。ありがと」
「じゃあ…しよっか? そ、そのき、キス…」
「なっ、何よソレはっ!? もっと気の利いたセリフとかないわけ?」
「うっ、ごめん…」
「もぅ! さっきまでのカッコよさはどこにいったのよ…! そ、その…ちょ…ちょっとだけだけどね…」
すっかり上気して熱くなった唯の体温を手の平で感じながら、リトは眉を寄せて考える
そして、精一杯の言葉を探し、伝える
「じゃあその…うまく言えるかどーかわかんねーけど…。オレ、またお前の作ったチョコが
食べたい! 来年も再来年も、この先ずっとずっと! オレがお前のチョコ独占した
い! ってダメ?」
「…なんかいろいろと余計なモノが入ってるんだけど…?」
唯の指摘にリトは顔を顰めた
「ご、ごめん…!」
「…ギリギリ許してあげる」
唯はリトの言葉を遮るように、自分の言葉をかぶせると、リトの首筋に腕を回し顔を寄せる
「ちょ…唯!?」
「ダメ…。待てないわ」
会話は一瞬
甘いに香りと共に、リトの唇にやわらかい感触が触れる
「ん…んっ…」
触れ合うだけのキスは、一秒、二秒…
長い睫毛を揺らしながら、唯は少しだけ目を開けてみた
目の前いっぱいに映る、リトの顔
まだ戸惑っていて、だけど一生懸命で
(結城くん…)
腕の力が強まり、互いの距離がさらに近づく
(結城くん…)
胸と胸が当たり、お互いの胸の鼓動が相手にも伝わる
胸の音と、気持ちが重なって、溶け合って
甘い甘いチョコのような世界の中、唯はもう一度、気持ちをリトに届けた
(結城くん…世界で一番…大スキ…!)

唯は腰を浮かせると、リトに自分の体を完全に預けていく
「ちょ…ちょっと待っ」
「んっ」
キスを続けたまま、唯はリトをまたソファーの上に押し倒した
上下で見つめ合う、二人
唯の髪がはらりと落ち、リトの頬を撫でていく
「えと…唯?」
「何よ」
「何って…。今の状況わかってる?」
「わか…わかってるわよ! でも仕方ないじゃないっ」
どんなに強がっていても、声も体も小さく震えてしまう
下唇を噛み締める唯の顔は、赤というよりも、真紅に近い
「だ、だって…だって…スイッチ入っちゃって…」
「スイッチって…」
リトはすぐ隣ですやすやと寝息を立てているセリーヌの様子を反射的に見た
「ま、待てって! とりあえず…」
「嫌よッ!」
唯の両手は赤くなるほど、リトの服を握りしめている
まるで離れたくないと言っているように

「私だって…私だって…」
「唯…」
吐息が触れ合うほどすぐ近くで、唯は睦言のように繰り返す
唯は真上からリトの目を見つめた
前髪で隠れていた顔が見え、唯の濡れた瞳と赤く染まった頬がリトを捉える
「結城くんのお礼がほしいの…今すぐ」
「お礼…?」
今にも泣き出しそうな顔と声で、唯は精一杯の強がりを口にする
「そうよ。言っとくけど、ホワイトデーまでお預けとかなしだからね! 待ってあげないからっ」
そう言うと、唯はリトに体を重ねてきた
さっきよりも強く、いつもより少し強引に
唯の全体重がリトにかかる
柔らかい胸の感触よりも、唯の体の重さがとても気持ちいい
それは幸せの重さだから

耳元に唯の少し熱っぽい息遣いがかかる
リトの頬に長い髪を落としながら、唯は顔を上げ、真上からリトの顔を見つめた
吸い込まれそうなほどキレイな黒い瞳に見つめられ、リトは唾を呑み込む
そして、それは唯も同じ
いつも以上に赤くなった顔に、緊張と恥ずかしさで、体が小さく震える
それでもリトから視線を逸らさないのは、大好きな人の顔を一番近くで見たいから

結城くんの顔が好き
驚いた顔も、戸惑った顔も、困っている顔も、寂しそうな顔も、一生懸命な顔も
みんな好き
笑った顔が一番だけどね

心の中でそう呟きながら、唯は何も言わず、けれど少しだけ躊躇いながら、リトに顔を寄せた
唇が浅く触れ、そして、深く重なる
「ん…あふ」
腕を首に背中に回し、脚を絡ませ合って、もっと深く体を寄せ合う
「んん…んっ」
口元からこぼれる唾液すら愛おしいのか、舌ですくって、また求め合う
唯は一度、顔を離すと、そっと自分の唇に指を当てた
「…チョコの味がする」
「そりゃさっきまで、チョコ食ってたからな」
「そうだけど…」
物憂げな表情のまま、唯の指が唇のラインに沿って這わされる
睫毛を揺らしながら、唯はジッとリトの顔を見つめた
「何だよ?」
「…結城くんのがいい」
「は?」
「結城くんの味がいいって言ってるの」
「オレの?」
コクン、と頷き、また目が合った時、唯の顔は真紅に染まっていた
触れなくてもわかる、その沸騰具合に、リトは苦笑した
赤い頬に手を当てながら、リトは唯の瞳をジッと覗きこむ
「じゃあ、味がかわるぐらいしなきゃな!」
「うん……して」
迷いも、戸惑いもない。あるのは好きな人の顔だけ
二人の唇は再び重なり、お互いの唇を貪る
舌を絡ませ合って、唇に吸い付き、唾液を送り込み
「…んっ…結城くんの味がする…」
「オレも唯の味に変わった…」
「ハレンチな」
くすぐったそうに笑いながら、唯はおデコをリトのおデコにくっ付ける
「ねェ、もう一回」
「もう一回?」
「うん…。また、結城くんの味が欲しいの」
目にいっぱいに映る唯の幸せそうな顔に、リトは自然と笑みを浮かべた
そして、またキスを繰り返す
何度も求め、何度も絡め合い、何度も味わいながら
強く強く、体を抱き合って、脚を絡ませ合って
銀の糸を引きながら、二人は顔を離す
リトの手がスカートの中に伸び、唯のショーツを掴む
「や…っ…」
「ダメ?」
「…いちいちそんなこと聞かないでよね…! バカ…」
ツンとそっぽを向ける唯に苦笑しながら、リトはショーツを脱がしていく
この日のために新しく買ったのか。青と白の縞々のショーツに、唯は恥ずかしそうにリトの
胸に顔をうずめた
脚を広げさせ、割れ目に手を当てると、そこはもうグッショリと濡れている
「すご…今日はいつもより濡れてる」
「ば…バカ…ぁ…そんな恥ずかしいこと言わないでっ」
秘所に触れる手の感触に、唯はリトの服を握りしめる
クチュクチュ、と水音がなり、唯の息を熱くさせた
「は…ァ…んっ…はぁ…」
割れ目を親指と人差し指で広げられ、膣内に指が入ってくる
唯は目をギュッと瞑った
狭い膣内を押し広げられる感触が、唯の肩を小刻みに震えさせる
「は…ぁっ…んっ」
透明だった蜜は、いつしか白に変わり、リトの手を濡らしていく
下腹部を覆う快感に、唯はお尻をピクンと震わせた
「やぁ…っ…はぁっ…」
口からこぼれた涎が顎を伝い、リトの服を汚していく
半開きの口からはみ出た舌が、何かを求めるかの様に小刻みに震える
唯はリトの首に腕を回し、ギュッと抱き付いた
「もっ…もう…イクぅっ…!」
耳元に直接伝わる熱い息遣いと、卑猥な言葉に、リトの指が激しさを増した
二本だった指は三本に増え、膣内を掻き回し、責め立てる
「唯のココすごいな…。おもらししてるみたいだ」
「や…ぁっ…へんなこと言わないでぇ…っ」
リトは牡の顔で笑うと、秘所を責める反対の手をエプロンの横の隙間に入れ、服の上
から胸を弄った
胸の感度が高い唯は、早くも全身で反応を見せ始める
リトの手の動きに合わせるように腰がピクピクと動き、リトが揉みやすいように、身体の
位置を調整する
身体が本人の意思とは無関係に反応する。リトを求めて止まらない
「もう…イクぅ…もっイクっ…!」
リトの返事を待てないまま、唯の全身が震えた
「あっああっ…! んっんんんっっ…!」
抱き付くというよりしがみ付く様にして、唯は下腹部を小刻みに震えさせた 
「はぁ…っ、はっ…ぁ…はあぁ…っ」
身体全部で息をする唯。リトはその頭に手を置くと、そっと胸に抱き締めた
荒い呼吸も、腰の震えも止まらない
胸のドキドキはもっと大きくて、止まりそうもない
(結城くんの前で私…あんなハレンチな事いいながら…)
羞恥で熱くなる顔。それ以上に熱い身体に、唯は下唇を噛み締めた
「なんか今日の唯ってスゴイよな」
「―――ッ…!?」
「…なんつーかさ、エプロン姿がスゲーかわいい!」
と、耳元で聞こえた甘い言葉に、唯の顔がカァァっと赤くなっていく
「な、なな、何いって…!」
思わず胸から顔を上げた唯と、リトの目が合わさる
イタズラをしたあとの子どもの様な笑みを浮かべるリトに、涙を浮かべすっかり火照った顔が
限界以上に真紅に染まる
唯はふいっと目を逸らしたあと、少しするとおずおずと視線を戻した
そして、上目遣いのまま、ぼそっと口を開く
「……し、しないの? 続き…」
「え…?」
「……」
「……」
体の上でもじもじしっぱなしの唯に、リトは躊躇いながら声を絞り出す
「いい…のかよ? その…しても」
「……だって私ばっかり不公平じゃない。そ、それにどうせガマンできないクセに」
唯の身体の重さやぬくもりと、さっきまでの痴態とで、リトのモノはズボンの中ですっかり
反応しきっている
リトは唯をソファーの上に沈めた
さっきとは真逆の位置。上下で見つめ合うのもすぐ、唯はゆっくりと恥ずかしそうに脚を
広げ、秘所を露わにする
喉の奥に唾を呑み込むと同時に、リトはベルトの留め金を外していく
反り返ったモノを秘所に当てながら、リトと唯の目が合わさる
「じゃ…じゃあ挿入るからな?」
「う、うん。ゆっくりだからね」
クチュっといやらしい音を立てながら、先端が割れ目を押し広げて膣内に入っていく
「んっ…」
最初の波が唯の下腹部を襲い、唯は手を握りしめた
その手を握りしめてくれる、リトの手
涙で滲む視界の中でもはっきりとわかるリトの顔に、唯の堅くなった身体から力がぬけていく
「動いていい?」
「だ、ダメ!? まだ慣れて…ッ…」
「…ごめん。ガマンできない」
リトは唯のおデコにキスをした
それが合図だったかのように、リトは腰を前後に動かす
部屋に水音に混じって、唯の喘ぎ声が響く

すると――――

「ま…うぅ…」
すぐそばでもぞもぞと動く気配に、二人はビクッと顔を付き合わせた
いつの間にか、セリーヌがまだ半分以上、眠っている目を擦りながら、二人の方を
ジッと見ていたのだ
二人の顔が、これ以上ないってぐらいに赤く染まっていく

「せ、せ、セリーヌちゃん!?」
唯はリトを突き飛ばすようにして離れると、急いでずれたショーツを穿き直し、乱れた服や
髪を整えていく
リトはセリーヌに背中を向けながら、いそいそとズボンを穿き直し、ベルトを留める
セリーヌの霞がかかった瞳が、エプロン姿の唯を捉える
「まう…」
ソファーの上に危なげな足で立ち上がると、セリーヌは唯のほうへトコトコと歩いて行く
「セリーヌちゃん?」
唯の前にやってきたセリーヌは何を思うのか、ボーっと唯の顔を見つめたあと、ピョンと
唯に抱き付いた
「え? 何?」
「まうー…」
唯の胸にほっぺをくっつけて、また夢の中に戻っていくセリーヌ
「ど、どーしたのかしら…?」
「たぶん唯と一緒に寝たかったんじゃないかな? 目が覚めてもさっきまで一緒だったのにいないしさ」
「そうなんだ…」
唯はリトの話しを聞きながら、腕の中のセリーヌに視線を落とした
すやすやと、本当に気持ちよさそうに眠っている姿に、自然に笑みが浮かぶ
唯は、セリーヌに浮かべた顔とは正反対の顔をリトに向けた
「ところで結城くん…」
「わ、わかってるって! きょ、今日はもうなしな! なし!」
言葉ではなく、目で訴えかけてくる唯に、リトは即答で返事をした
それでも唯は、鋭い視線を向けて釘を刺さすのをやめない
セリーヌとは真逆の態度に、リトの溜め息も深くなる
(ホント…オレにもあれの半分でもいいから、優しくしてほしいよなァ…。オレなんて怒られて
ばっかじゃん…)
両腕で揺り籠をしながら唯は、一生懸命セリーヌをあやす
少し危なっかしく見える揺り籠は、それでも、リトには新鮮に映った
セリーヌを見つめるその眼差しは、女の子というより少し大人になっていて、お母さんの
ような雰囲気があって
エプロン姿と相まって、唯をいつもよりずっとずっと大きく見せる
(子どもができたらあんな風になるのかな…やっぱ)
唯が聞いたら大声で「バカッ!!」と怒りそうな感想を、リトは胸の奥に引っ込めた
「ちょっとごめんね。セリーヌちゃん」
「ま…う…」
服を握って離さないセリーヌを抱っこしたまま、唯はソファーに腰を下ろした
「ごめんな! なんかいろいろ…」
「いいわよ。これぐらい。…それにしても、どんな夢を見ているのかしらセリーヌちゃん」
セリーヌの寝顔をジッと見つめていると、眠気を誘われたのか、唯の口から欠伸が出てくる
目尻に涙を浮かべながら、唯はセリーヌを抱き直した
「眠いのか? だったらセリーヌ代わるけど?」
「ん…、平気よ。これぐらい」
隣に座ったリトにそう返しながら、唯は腕の中のセリーヌに改めて笑みを浮かべた
「それにしても、このコ似てるわね。結城くんに」
「オレに?」
セリーヌの顔を覗き込みながら、リトは眉を寄せる
「そっか?」
「ええ。寝顔がね…。寝てるあなたにそっくりよ。あなたもホントに子どもみたいによく寝るから」
「おい…」
子ども扱いされたことにリトは、ムッと唯の横顔を睨む
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、いつもと雰囲気が違う唯の横顔に言葉が
うまく出てこない
そればかりか、その横顔に見惚れてしまう 
(なんつーか…ホント…今の唯って…)
ボーっとしていると、ふいに唯の頭がふらつき、肩に頭を預けてきた
「ちょ…唯?」
「ん…ごめんなさい…少し…だけ」
リトの肩に頭を乗せながら、すでに唯は半分以上、夢の中
(結城くんにチョコ渡せたけど、ちゃんと届いたかな…? 私のキモチ…)
まどろみの中、唯はそう呟いた
右頬にあたたかい感触がする。やさしくて大好きな匂いが自分を包んでいく
「結城…くん…」
「ん?」
「…す……」
「す?」
「…ッ…」
「唯?」
とろけきった唯の声は、いつの間にか寝息にかわる
膝の上のセリーヌと同じ、スースーと気持ちよさそうな寝息を立てる唯の顔に、リトは苦笑した
「"す"って何だよ? 気になるだろ」
肩にかかる幸せいっぱいの重さを感じながら、そっと唯の頭を撫でる
そして、唯とセリーヌの寝顔を見つめながら、心の中で願う
来年も、再来年も、ずっとずっとこの幸せが続きますようにと――――


「ただいまー! リ―――…ッ!?」
買い物を終え、リビングに入って来た美柑は、少し目を大きくし、そして苦笑した
「まったく…! 何やってるんだか」
毛布を取りに二階へと上がろうとした時、一緒にバレンタインのチョコに使うラッピング
材料を買いに行っていたララが遅れて帰ってくる
「あ、唯も来てるんだ! リトー。唯ー。バレンタインの…」
「ララさんっ!?」
「え?」
玄関で元気な声を上げるララの口を、美柑は慌てて塞ぐ
「しー! 今はダメ! 静かにしないと起きちゃうよ」
「ん? 誰か寝てるの?」
「誰かとゆーか…」
美柑はリビングの向こうを思い出しながら、ニンマリと笑った
「…ま、順調なのかな。いろいろとね」
「ん?」
一人置き去りにされたララは小首を傾げながら、楽しそうな美柑の横顔に?マークを浮かべる
「とりあえず、今は毛布、毛布。ゴメン、ララさん。毛布取るの手伝って。チョコは
まァ……もうちょっと後でね」
「よく…わかんないけど…うん。わかった」
こうして二人は、二階に三人分の毛布を取りに行った

リビングからは三人分の寝息が聞こえる
リトと唯、そして、二人に挟まれながら眠るセリーヌ
リトの手が唯の手を握りしめ、唯がリトに寄り添いながら眠っている
階段を下りてくる足音を夢の中で聞きながら、セリーヌは重なっている二人の手を、
宝ものの様にキュッと握りしめた

バレンタインの夕暮れ時、三人が目を覚ますと、また結城家をいつもの喧騒が包み込んでいく

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最終更新:2009年03月12日 21:36