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ララ・サタリン・デビルークの弱点は、長く伸びた黒い尻尾である。

したがって、彼女を打倒したい、あるいは牽制したい、と考える者は、
尻尾を狙うべし、ということになるのだが、これが、そう簡単でない。

以前、天条院沙姫が、尻尾に狙いを定めて、責めたてたことがあった。

その攻撃は成功するかに見えたのだが、ララの本能的な反撃に遭って、
遠慮なく吹き飛ばされた沙姫は、やり方を変えねばならない、と悟った。

――――離れた場所から、尻尾を責める方法はないものかしら?

しかし、必死になって知恵を絞っても、これといった妙案は浮かばず、
沙姫は、お付きの一人に問題の解決を託して、自分は考えるのをやめた。

そして、言いっ放しで忘れてしまったのは、天条院の血筋であろうが、
託されたほうは、生真面目で忠実だったから、面倒なことになった……


休日の繁華街―――― 行き交う足が、並木の凍った影を踏んでいく。

ヒューッと冷たい風が吹き抜けて、人々は立ち止まり、肩を震わせる。

そして、人混みの中をぬうように、足早に歩いてくる、ひとりの少女。

涼しい瞳に、一文字に結んだ唇、つややかな髪をポニー・テールにして、
白のハイ・ネックに、黒革のコートを羽織った―――― 九条凛である。

厳しい表情と、決然とした足取りは、まるで決闘に赴くかのようだが、
それは、剣術で鍛えられた彼女の、無意識の動きというものであろう。

むしろ凛は、歩きながら、決然どころか、途方に暮れていたのだった。

主人である沙姫は、帰国した父親と、水入らずの時間を過ごしている。

凛は、沙姫の父親から、ねぎらいの言葉と、丸一日の休暇をもらって、
とりあえず、街に出てみたが、ひとり歩きには慣れず、店も知らない。

ひたすら歩きながら、凛は考える―――― 休暇は有意義に使わねば。

こうして、まとまった時間があるのだから、たまった懸案の処理を……

たとえば、以前、沙姫様から命じられた、ララの尻尾に関する問題……

ドン! 「キャッ!」

一瞬、目の前に、悪魔のような黒い尻尾が、しなやかに舞うのが見えて、
桃色の髪が揺れ、バランスを崩した体が、こっちの腕へ倒れ込んできた。


「……すまなかった」

公園の片隅、ベンチに腰を下ろして、凛はもう一度、詫びを言った。

「いいえ、こちらこそ」

となりに座って、おっとりとした微笑を浮かべたのは、先ほどの少女。

ウェーブのかかった桃色のショート・ヘアに、黒儒子のヘア・バンド、
白と黒のツートンのドレスは、天鵞絨だろうか、ふしぎな仕立てだった。

(この娘は…… たしかララの妹で、デビルーク星の……)

「モモ・ベリア・デビルークです」
「あ…… 九条凛だ」
「いつも、姉がお世話になりまして」
「いや……」

それから、モモは、夏休みに天条院のビーチに招待してもらった礼と、
今まで、きちんと挨拶する機会のなかった詫びを、丁重に述べたてた。

凛は、モモの滑らかな口調と、礼儀正しい様子に、すっかり感心して、
巨大スイカの騒ぎが、無かったことにされている点に、気づかなかった。

(あのララの妹とは思えんな)

凛は、率直な驚きと、讃嘆の念をこめて、あらためてモモの姿を眺めた。

胸のまえで指を組み合わせ、上目づかいに話すのが、いかにも頼りなく、
きゃしゃな肩に、なよやかな腰、その腰のうしろの―――― 黒い尻尾。

「…………」
「どうなさったんですか?」
「その…… 尻尾だが」
「私たちは、皆あるんですよ」
「いや、それは知っている」
「あ、そうですよね!」

モモは、長い尻尾をヒョイヒョイと振りながら、楽しそうに笑った。

(尻尾というのは、どうやって動かすのだろう)

凛は思わず、自分の腰のうしろへ手をやって、ジーンズの布地の上から、
あるべきあたりに触れてみると、小さな尾てい骨が存在を主張していた。

(たしか、ほ乳類は、骨盤の筋肉を使うのでは……)

と、そこまで考えて、凛は、尻尾が敏感な理由に思い至り、赤くなった。



それから、凛はモモに誘われるままに、買物につきあうことになった。

買うものは、主に洋服だったが、モモの好みは、地味で古風なもので、
父親のコートを着回しているような凛も、さして抵抗を感じなかった。

紙袋を抱えて、ふたりで街を歩けば、すでに、冬の日は暮れかけている。

当然のように、モモは、凛をお茶に誘って、凛も喜んで招待を受けたが、
立場上、招待を口実にして、偵察に行くようなものだから、気が咎めた。

結城家に上がって、驚いているリトに、一応の会釈をし、階段を上って、
白い光に包まれると、どういう仕掛けなのか、典雅な広間に立っていた。

紙袋を置き、真新しいソファに腰を下ろして、まわりを見回してみると、
掃除機やモップが出しっ放しで、どうやら引越したばかりであるらしい。

部屋の主のモモが、コーヒー・カップを二つ、お盆にのせて運んできた。

「お口に合うといいんですけど」
「ん…… ふしぎな甘味だ」
「豆は、ラテ星という星の……」

モモは、ラテ星の、栽培の技術について話し、それも面白くはあったが、
凛の注意は、話の合間にフリフリと揺れる、尻尾の先に向けられていた。

――――離れた場所から、尻尾を責める方法はないものかしら?

沙姫の問いに対して、いまや凛は、明確な答えを得ようとしていたのだ。

「キミたちの科学力は、大したものだ」
「そんなことないですよ」
「いや、その力を見込んで、頼みがある」
「私で、お役に立てることでしたら……」

凛の頼みというのは―――― 近頃、竹刀を握ると、指先が固まるので、
指に巻きつけられるようなマッサージ器具はないか、というものだった。

嘘をつくことを憎む、生真面目な凛にとっては、精いっぱいの作り話だ。

主君を思う忠義の心が、凛をして、その信念を枉げさせたのであろうが、
しかし、慣れないことはするものではなくて、どうしても声がうわずる。

そんな有様を、モモは面白そうに見ていたが、やがて、立ち上がった。

「……わかりました!」

コーヒーを淹れ直すと、モモは、ふくみ笑いを残して、扉の中に消えて、
まもなく、扉の向こうから、カチャカチャと金属質の音が聞こえてきた。



10分後―――― 戻ってきたモモの手に、腕輪のようなものがあった。

「はい、指を出してください!」

こわごわと差し出された、凛の白い指に、ガチッとリングが嵌められる。

ヴヴーン ……ヴヴヴ

輪っかが、上下左右に震え出して、肩や胸にまで、振動が伝わってくる。

「こ、これは…… ちょっと……!」

背骨を揺さぶられる感覚が、怖くなって、手を上げてパッと振り払うと、
意外にも、簡単にすっぽ抜けて、宙を舞ったかと思えば、モモのほうへ。

「えっ?」

ヴヴーン 「ひぁっ!!」

尻尾の先にがっちりと嵌まり込んだ振動リングが、うなり声を上げて、
たまらずに、ソファから滑り落ちたモモは、ビクビクと体を震わせた。

「ダ……ダメっ……」 ……ヴヴヴ

まつ毛がふるえ、瞳はうるんで、紅潮した頬を汗のしずくが流れていき、
激しくなっていく息づかいに、胸はゆらぎ、太股はギュッと合わされて、
ひらいた桃色の唇から、ひと筋のよだれと、かすかな哀願の声がもれた。

「は、はずして……くださいっ」

凛は、ハッと我に返り、あわてて手近にあったモップをひっつかんだ。

ビシッ! 「きゃあっ!!」

痛烈な一撃に、リングは外れ、モモは、床の上にぐったりと果てた……


(とにかく、効果は実証されたわけだ)

リングをポケットに入れて、月明かりの夜道を歩きながら、凛は思った。

それにしても―――― 凛は、ふと立ち止まって、うしろを振り返る。

あの娘を、裏切ってしまった…… 友人になれたかもしれないものを。

「……だが、これが私の役目なのだ」

深いため息をついてから、凛は、決然と顔を上げて、足早に歩き去った。