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 強烈な日差しがリトの目蓋を貫いてくる。彼が目を覚ましたとき、太陽は既にかなり高い位置まで昇っていた。
 春の陽気と気だるさに誘われるように、リトは起こしかけた身体を再びベッドへ横たえる。
 今日は春休み最後の日だ。もう少しゴロゴロしていても誰も起こしに来ないだろうと踏んで、リトは同じ体勢で眠り続けていた身体を労わるように向きを変えようとした。
 しかし、どうも思ったように身体が動かない。両肩、腹筋、大腿筋の辺りがぎしぎしと悲鳴を上げているうえ、伸ばした左腕が特に重い。
 徐々に鋭くなってきたはずの危険予知能力が今日に限ってすぐ働かなかったのは慣れによる慢心だろうか、リトは嫌な予感を抱きながらも首を左腕の方へと向けた。
「ふふっ。ようやく起きましたね」
 案の定、リトの腕枕にはモモが頭を預けていた。リトが覚醒してからの様子と、それに加えて寝顔までいただきましたと言わんばかりの彼女の顔は、朝食前だというのにやけに生き生きとしている。
 寝起きのせいかリトを見ていたせいかは知らないが、潤んだ彼女の目と、ほんのり上気した頬を見ないようにと慌てて視線を下に向けたリトを待っていたのは、美しく左右に広がる彼女の鎖骨だった。
「のわーーっ!お前、なんでハダカなんだ!!…………って、そうか」
 その曲線美に見惚れそうになりながらも飛び退きかけたリトだったが、体温の移っていないひんやりとした布団の端が自分の肌に擦れる感覚に、ふと我に返る。
 軽く乗せる程度に絡められたモモの左の太ももの温度が直に自分の脚を暖める。なんでも何も、昨日このベッドで彼女を抱いたのは他でもないリトだった。
「あんまり大声出すと、誰か来ちゃいますよ?」
 ムードもへったくれもないリトとの朝に若干呆れているのか、モモが苦笑しながら擦り寄ってくる。
 誰か来るとか以前に、二人して完全に寝坊だ。もっとも、春休みが終わって学校が始まると満足に逢瀬もできない、とにじり寄ってきた昨日の彼女のことを思い出すと、深夜までの情事と、それによる寝坊は必然だったように思えた。
 さくばんはおたのしみでしたね、などとまかり間違っても美柑あたりに言われるわけにはいかないリトは、ゆっくりと時間をかけて、できるだけ音を立てないように彼女を抱いたつもりだったが、果たしてどうだっただろうか。
 若い二人のセックスが一回で終わるはずもない。何度もモモの嬌声を聞いているうちに、リトの頭からは周囲への配慮が吹き飛んでしまっていた。
「今朝に限って誰も起こしに来ませんでしたし、ばれちゃったかもしれませんね」
「おいおい、縁起でもないこと言うなよ……」
 何故か楽しそうに予想するモモに合いの手を返しながら、リトは彼女に断って身体を起こした。彼の部屋に撒き散らかされた二人の衣服を見て、思わず赤面してしまう。
 お互い理解し合っている関係だとは言っても、肌を重ねるのはあの植物園の日以来初めてである。リト自身、中途半端な気持ちで交わすような行為ではないと思っていたし、モモも姉に遠慮してか、それほど積極的に迫ることはなかった。
 もっとも、彼女の場合は本能的な欲求の充足よりももっと内面的なもの、つまりリトの目が少しずつではあるが自分を見てくれるようになったことにより大きな満足を見出しているからでもある。
 もちろんリトがそんなことに気付くはずもなく、二人には暗黙のうちに、自分たちの関係を内緒にするという約束が出来上がっていた。
「ふふ。安心してください。皆さんなら、昨日春菜さんの家にパジャマパーティーに行きましたよ」
「え?俺に言わずに?」
「リトさん、深夜の映画を生で見るんだ!って言って仮眠を取っていませんでしたっけ?」
 春休み最終日を有意義に使いたいのはモモだけではなかったようで、気付かないうちにパジャマパーティーの企画がなされていたようである。
 美柑まで出かけるのは珍しいことではあったが、大方ナナに誘われ、モモが留守番役を引き受けるという交渉が水面下で行われていたんだろう、と考えながら、リトはとにかく誰にもバレていないという事実に安堵した。
 安心すると今度は空腹感が身体を襲ってくる。適当にトーストでも焼こうと思い、二人分の体温に名残を惜しみながら布団から抜け出して、そそくさと服を着た。
「うわ……」
 部屋は惨状と呼ぶに相応しい様相を呈していた。毛布はベッドからかなり離れたところに投げ捨てられているし、使用済みのコンドームがいくつも散乱している。
 一体何発交わったのかと自分の若さに愚痴の一つでも言いたくなるリトだったが、そんなことをしている場合ではなく、皆が帰ってくる前にとコンドームを拾い集め始めた。
 ミレーの落穂拾いを髣髴とさせる彼の姿はなかなかにシュールだったが、モモも少し急いで服を身につけ、布団を干しに向かう。
 リトは換気のために窓を全開にして、コンドームをトイレに流した。思い出すものじゃないとは思いつつも昨日の情事を振り返って、証拠が全て隠滅できたかチェックする。
 帰ってきたモモにシャワーを先に浴びるよう勧めると、彼はブランチを作りに台所へと向かおうとして、ある重大なことを見落としていたことに気がついた。
「……結局映画見てねえ」
 三点リーダがゴルゴの次に似合う男、結城リトの春休み最終日は、こうして始まったのであった。

「ただいまー、昼飯買って来たぞー、っておい!リト今起きたのかよ!」
 春菜の家から帰るついでに寄ったスーパーの品を冷蔵庫に入れるためキッチンに向かったナナは、寝癖がついたままの頭で食パンを取り出そうとしているリトを見つけた。
 休日のこの男の起床時間が遅いことは知っていたが、まさかここまでとは思わなかったのだろう。長針と短針が重なりそうな時計を指差しつつ、ナナは突っ込まずにはいられなかった。
「おう、おはよう」
「おはようじゃねー!」
 一度コケ……古手川に頼んで矯正してもらうべきか真剣に考えたナナだったが、リトがこの時間に起きているということは、モモが何もちょっかいを出さなかったからだと積極的に解釈しなおす。
 その解釈に甘んじることでどこかほっとしている自分を見つけて、ナナは必死に頭を振った。
「あら?おかえりなさい、ナナ」
 だから、ほんのりと頬を染めたモモが風呂場から出てきたのを見ても、彼女はその不自然さにすぐに気付けなかった。
 普段から寝食を共にしているモモの起きる時間のことを、ナナは誰よりよく知っている。そもそも自分がモモより早く起きれたためしがない。それに、モモは朝シャン派だったろうか。
 昨晩は暑かったからな、とぼけっと考えていたナナが自分の目の前の状況を正確に理解したのは、セリーヌに泣きつかれたララと美柑がキッチンに駆け込んできたときだった。
「こらーっ!リト、あんたセリーヌにちゃんとご飯あげなさいよ!って、げっ、まさか二人とも今起きた?」
「リトーっ、昨日の映画面白かったねー」
 二人が連れて来たセリーヌを見た瞬間、リトとモモの顔色がさっと悪くなったのをナナは見逃さなかった。
 当のセリーヌはお預けを食らった割には元気そうに美柑の頭の上ではしゃいでいる。彼女のことを完全に失念していた様子の二人はそれを見て幾分か安堵したものの、気まずそうに何度も互いの視線をやり取りしている。
 ひたすら謝るモモと一緒にセリーヌのご飯を用意する美柑と、リトと映画の感想を言い合おうとして失敗しているララは気付いていないようだが、間違いなく何かあった、とナナは確信した。
 そもそも先日の植物園の一件から異変はあったのだ。モモとリトの距離が少しずつ、しかし確実に近づいているという雰囲気は、二人両方のことを誰よりもよく見ているナナが最も強く感じていた。
 モモとの時間を奪ったリトへの嫉妬、そして逆にリトを奪っていくモモへの嫉妬、ナナ本人は無自覚ながらも、その思いは二人の変化を一層敏感にとらえる増幅器として作用している。
 春菜の家で皆と話している間も、実は家に残してきた二人のことが気になって仕方なかった。疑心暗鬼に駆られてろくに会話を楽しめなかった自分を何度戒めたことだろうか。
 このままじゃダメだ、今日こそ問いたださねば。
 もはや日常生活を蝕むほどに膨らんだ二人への疑念、好奇心、そして嫉妬が頭をぐちゃぐちゃにするのを感じて、ナナはそう決心した。

「私としたことが……。舞い上がって忘れちゃうなんて」
 昼食後、自室に戻ったモモは一人頭を抱えていた。何よりセリーヌに対して謝らなければいけないのだが、一方で自分たちにとっても死活問題である。
 今はまだいいが、今後セリーヌがどのように成長、あるいは変化するのか彼女にも予想がつかない。そもそも見られていたかどうかも定かではないが、万が一喋れるようになったらと考えるとぞっとする。
 いずれ明かさなければいけない秘密とはいえ、今はまだ二人だけのものにしておきたかったし、そうしなければならないことは十分に分かっていた。
「あとでリトさんとも相談しておこうかしら」
 本来深刻な事態のはずなのに、いつ会おうかな、なんて考えてしまう自分に気付き自戒する。どうもリトと結ばれてからというもの、今までできていたはずの自分のコントロールが少し乱れてしまっているような気がした。
 こんなんだからこんな簡単なミスをしてしまうんだ、しかもこのミスのせいで……と堂々巡りに入りそうになる自分の思考を押し止める。思った以上に心が乱れているらしい。
 だいたい、リトが割り切って自分を愛人として見てくれればこうはならなかったはずだ。自分の本命は春菜とララだけど、そんなに慕ってくれるなら傍にいてもいいよ、程度の受け入れ方をしてほしかった。
 それなのに、彼はしっかりと自分の気持ちを受け止めて、何とか応えようと足掻いてくれる。
 嫌悪していたはずの枷になっている自分がここにいるのだが、罪悪感こそあれ、悪い気はしない。ただ、そんな自分はどうしても好きになれない。
 リトが自分に想いを寄せる人を邪険になどできるはずないと知りながらも、モモは自分の期待を裏切って優しくしてくれるリトを恨まずにはいられなかった。
「まったく、リトさんったら……」
「リトがどうしたって?」
 惚気るように苦笑したモモだったが、部屋の入り口に人影を見つけると、とっさに緩んだ口元を締めた。
 美柑やララならばまたしても大失態となるところだったが、声ですぐに自分の双子の姉だと気付き、安心したかのように身体の力を抜く。
 そんなモモの様子を怪訝そうに眺めながら、ナナは彼女の近くの床に胡坐をかいて腰を下ろした。
「ナナ……。驚かさないでくださいよ」
 冗談交じりにそうたしなめたモモだったが、すぐに彼女の表情が普段とは違うことに気付く。何かを思いつめているようなナナの顔には余裕がなく、眉間にはシワさえ寄っている。
 地球に来てからナナのこういう表情を見ることが多くなったのは実感していたモモだが、こうして彼女の前で、こうもあからさまに見せるのはこれが初めてだった。
 何となく、嫌な予感がモモを襲う。良くも悪くも彼女たちはいつも一緒に過ごしてきた双子で、宇宙一の互いの理解者である。ナナが話そうとしていること、それが自分とリトの秘密に関することではないかという予測を立てるのは、それほど難しくはなかった。
「……なあモモ。リトのヤツとなんかあったのか?」
 そしてその予測は的中することとなった。その瞳には若干迷いのような揺らぎが見えるものの、ナナは睨むような鋭い眼差しでモモを射抜く。嘘が通用する雰囲気ではなかった。
 いつものようにリトを加害者、モモを被害者として見ている訳でもない。ほぼ確信に近い疑いを持って自分を見るナナの瞳に、モモは沈黙を返すことしかできなかった。
「あったんだな?」
 ナナを甘く見ていたかもしれない。屋上の片隅に追い詰められた犯人の気持ちで、モモは自然と流れてくる冷や汗を拭った。
 だが、認めたところでどう説明し、釈明すればいいのだろう。ナナの性知識、これがナナを甘く見ていた原因の一つだが、などせいぜいキスがいいところで、肌を重ねることの意味以前に、その存在そのものを知らないに違いない。
 両思いか、そうでないか。恋の形のあり方をその二種類によってしか理解していないナナに説明するには、今の自分とリトの関係は複雑すぎる。

「……言ったのか?好きって」
「……言ってないわ。言ったも同然でしょうけど」
「リトのほうから気付いたのか!?どれだけ過激なことしたんだよ……」
 過激も何も、やることは一通りやってますから、などとは言えるわけもなく、また言っても理解されないだろうことはモモでなくても明らかだった。
 ただ、ナナなりにリトの鈍感さについては理解していたようで、彼女はありえないと言わんばかりに目を見開く。
 その様子が少し滑稽で、モモは苦笑しながら落ち着きを取り戻した。
「姉上には言ってないんだよな?」
「ええ」
 責めるようなナナの目が何を言いたいかは分かる。自分が色仕掛けを使ったと知られたら、更に軽蔑されるかもしれない。
 だが、モモは心のどこかで、あるいはお姉様なら、という淡い期待を持っていた。
 湧き水よりも純粋で、太陽よりも明るく、宇宙を包みきるかのように大らかなララの心に接するたび、そんな甘えた考えと、この人には一生敵わないという諦めにも似た羨望が浮かび上がる。
 そして、ララほど聖人君子ではないにしろ、見返りを求めない優しさを一方的に注ぎ続けるリト。なんてお似合いのカップルだろうか、とモモは思う。
 一滴でも黒が落ちた絵の具はもう二度と白に戻ることはない。ましてや自分の心は。
「……モモ?」
 冷静になればなるほど、浮かれていた気持ちが静まれば静まるほど、禁断の果実に手を出してしまった自分の浅はかさに大きな失望と怒りが込み上げてきた。
「おいバカ。何泣いてるんだよ」
 隣に座りなおしたナナが、優しく自分の背を撫でてくれる。知らないうちに涙が零れていたようで、モモはそれを止めるでもなく、俯いた顔を上げなかった。
 泣くくらいなら最初から諦めておけばいいと、そう叱ってくれればどんなに楽だっただろう。だが、ナナは何も言わず、静かに、彼女の背に置いた手を動かし続けた。

「ありがと。落ち着きました」
 時間にして五分と泣いていなかっただろう。しかし、彼女のすすり泣きの音のみが響く部屋の中の時間の流れは、やけにゆっくりと感じられた。
 落ち着いたら落ち着いたでさっきの思考が浮かんでくるのだから、モモ自身どこに自分の気持ちを落ち着けていいのか見当もつかない。
 ただ、背中をさする手のひらから伝わってくるナナの体温は、ささくれだったモモの心を少しずつ癒してくれた。
「でも、どうしたんだ?リトのヤツ、モモの気持ちに応えてくれたんだろ?」
「え?」
「あれ?お前ら付き合ってるんじゃなかったの?」
「へっ?」
 心底意外そうにモモの顔を覗きこむナナに、彼女は素っ頓狂な声を返すことしかできなかった。
 確かにナナの二元論からすれば、自分とリトは付き合っているか付き合っていないかのどちらかだと思われるのは仕方がない。
 だが、リトとできるだけ普段どおりに過ごそうと約束し、あまつさえこうして彼女の前で涙を流した自分が、どうすれば付き合っているほうだと解釈されるのかが腑に落ちなかった。

「あ、ゴメン。聞いちゃいけないことだった?」
 微妙なリアクションのせいで彼女が振られたと思ったのか、ナナはバツが悪そうな顔で謝った。
 いや、それも違うと否定するべきところだろうが、それどころではない。隠してるつもりだったのに周囲にはバレバレだったとしたら、笑い事では済まなかった。
「だって、最近お前らやけに仲いいじゃん。リトもすげー楽しそうだし」
「リトさんが?」
 舞い上がっていたとは言っても、リトもモモもお互い周囲の目を気にしながら二人の時間を作っていたはずだった。
 それをここまで観察されていたのはモモにとって計算外のことだ。恋愛経験皆無のナナに見られているということは、美柑あたりにはもっと細かいところまで気付かれているかもしれない。
 もっとも、これが初恋だといってもいいモモにももう少し恋愛経験があれば、自分たちの振る舞いが誰の目から見ても奇妙に移ることくらいすぐに察することができるのだが、それを指摘できる人材は結城家にはいなかった。
「そう。リトさんが……。ふふっ」
「な、何だよ、キモチワルイな」
 泣いたり笑ったり、忙しいヤツだと思っているのだろう。呆れかえるナナを横目に見ながら、しかしモモは込み上げてくる喜びを抑えることができなかった。
 誰にバレるとか、そんなことで悩んでいたのがすっかり些事に感じられるほど、心の重荷がすとんと落ちた気分だ。
 リトは仕方なしに自分に付き合ってくれている、自分を誤魔化しながら抱いてくれている、そう考えていたモモにとっては、ナナの主観であるということを差し引いても、その一言が与えた影響は限りなく大きなものだった。
「……ま、でも、モモもキレイになったよな。姉上や春菜なんかも素敵だし、恋するとみんなそうなんのかな~」
「う……、あの二人と比べないでくださいよ」
 ぽろっと春菜の秘密を口走ってしまったナナだったが、彼女の気持ちに薄々気付いているモモは特に違和感を覚えなかった。
 それよりも、褒め言葉のはずのナナのセリフに雲の上の存在の名前を出され、盛り上がりかけた気持ちがまた沈む。
「い、いや、ただ羨ましいなーってだけだよ」
「羨ましい?」
「ほら、あたしってリトに女として見られてない感じじゃん。そりゃ、こないだの花見のときはア……アレだったけどさ」
 ごにょごにょ、と頬を染めて語尾を小さくするナナ。花見のシーンを思い出したモモは内心面白くなかったが、一方でナナが微笑ましくも見えた。
 少しからかってやろうと思い、モモは口の端を吊り上げてナナの脇腹をつつく。
「リトさんだけ?猿山さんとかにもずいぶんな物言いをされてましたけど」
「あ!いや、その……、もっとこう、春菜とか姉上とかみたいになりたいってことだよ!」
「そうすればリトさんが振り向いてくれますもんね」
「なっ!?だから違うって!」
 必死に否定する姿がいじらしい。そんな姿がナナの魅力だと彼女自身が理解するのはいつになるだろうか。
 モモはナナを追い詰めながら、リトならば、ナナの心に芽吹いた苗を健やかに育ててくれるであろうことを確信していた。
 そのためには、リトもっとナナを意識させ、庇護欲でも父性でも何でもいいから、ナナだけに向けた特別な感情を植えつけなければならない。
「ね、ナナ」
「な、なんだ?」
「……今晩、リトさんの部屋に行きましょう。もちろん二人で、ね?」
 その手段として夜這いを選ぶモモもまた、ある意味それが自分の個性であり魅力の一つだということを自覚してはいなかった。

「……寝れねえ」
 もうお昼になろうかというところで目を覚ました分、リトは寝付くのに苦労していた。
 時計の針は一時を少し回ったところだ。明日は始業式なのだから、生活リズムを戻す意味でもそろそろ寝なければならなかった。
 新年度早々寝不足の冴えない顔で登校するわけにはいかない。しばらく会ってないリサやミオ、そして何より春菜の顔を思い起こして、リトは何とか眠ろうと布団を被りなおした。
 解除していた目覚ましの設定もしなおしたし、午前で終わるとはいえ明日の準備も終わっている。さて羊でも数えてやろうかとリトが頭に白い毛の塊を思い浮かべたところで、彼の部屋にノックの音が響いた。
「ん、誰だ?モモか?」
 ノックをして彼の部屋に入ってくるのは、五人いる結城家の面子の中でもモモくらいしかいない。そういえば彼女も起きるの遅かったっけ、などと考えつつ、リトは電気をつけて来訪者を迎え入れた。
「こんばんは、リトさん。起きてました?」
「ん、ああ。なかなか寝れなくてさ」
 普段から彼女は彼が起きていようが寝ていようが問答無用で侵入して布団に潜り込んでいるのだが、そういう時は当然寝ているリトがそれに気付くはずはない。
 お互い寝付けないのなら一緒に寝るのもアリかな、まさか昨日の今日で自分を求めてきたりはしないだろう、とリトは高を括っていた
 これがララや春菜なら緊張でガチガチになってしまっていたかもしれないが、モモと褥を共にするのにはそれほど抵抗がなくなってきている。そのまま他の女性たちへの免疫も向上、とならないのはリトのリトたる所以だろうか。
 すんなりと受け入れてくれたリトに微笑みかけると、モモはドアに隠れるようにして立っている人陰に手招きした。
「ナナ、いらっしゃい」
「え?ナナ?」
 モモの手が伸びた先を驚いて見つめる。ドアから顔だけを出して部屋の中を覗く小さな顔は紛れもなくナナのそれだった。
「う~……」
「なんだ?ナナも眠れなかったのか?」
 的外れなリトの予想にモモが苦笑する。その苦笑につられて、リトは風呂上りかと見紛うほど上気したナナの頬と潤んだ瞳に気付いてしまった。
 ウエストのあたりまで下ろされた彼女の髪が逡巡するかのように揺れている。妙にアダルトな彼女の雰囲気に気圧されるように、リトは生唾を飲み込んだ。
「……なあ、モモ。これってもしかして」
 この時間、この同伴者、そしてこの表情でなければ、普段見せないナナのしおらしげな様子は新鮮だったと言えるかもしれない。
 リトは動揺を隠し切れないまま、隣で悠然と笑っているモモに冷たい視線を送った。
「あ、あのですね、ナナに気付かれちゃったみたいで」
 一応バレた責任を感じているらしいモモはその視線にたじろぎながらも、どこかこの展開を楽しんでいるようである。焦ってリトに言い訳するその口元は、綻ぶのをやめようとしない。
 バレただけじゃないな、とリトはすぐに分かった。それならナナはもっと強気で怒鳴り込んでくるだろうし、新調したらしいパジャマのポケットからモモが取り出そうとしているのはどう見てもコンドームだ。
 昨晩の交合で使いすぎた腰に加え、頭まで痛む。逃げ場を失ったリトは、どうせ来るならもっと日を遅らせて欲しい、それに予め心の準備というものをするだけの時間をくれてもいいじゃないか、と文句の一つ二つ叫びたくなった。

「ほら、ナナ。さっき教えたとおりにやってごらんなさい」
「おい!何を吹き込んだんだ一体!」
 リトの右腕に自分の腕を絡めてコンドームを渡してくるモモだったが、さすがにその気にはなれない。
 今更気付いたわけではないが今回の主犯であるらしい彼女をどう説得すべきか、痛む頭をフル回転させたリトの思考回路はしかし、モモとは逆の袖口をちょんとつかんだナナのセリフによって遮られた。
「リ……リト。あたしに、え~っと…………モモと、モモと同じことをしてくれっ!!」
「同じことって……ナナ、自分の言ってることが」
「どっ、どんな、ヘンタイなことでも大丈夫だからっ」
 分かってませんね、とリトは重くなる一方の頭を何とか首の力だけで支えた。一体彼女はモモから何を吹き込まれたのか、重ね重ね問いただしたくなる。
 肝心のモモはナナの頭を撫でながら「よく言えましたね」などと褒めている始末で、こちら側に寝返らせることは不可能に等しい。
 手に握らされたコンドームの形が妙にはっきりと伝わってくる。この絶望的な状況の中、妖艶な少女に誘われてもなお断ろうとするリトの精神はもはや化け物じみていた。
「や、やってくれないとみんなにバラすからなっ!」
「げ……」
 しかし、隠すべき秘密を握られたリトの不利は明らかである。その意味では本来モモも追い詰められて然るべきなのだが、彼女はリトほど世渡りが下手ではなかった。
 こんなことバレたらデビルーク王に八つ裂きにされる、ナナを抱くことでその罰に市中引き回しが加わるかもしれないが、彼には更なる罪を重ねる以外に選択肢はない。
 そうでなくてもさっきからモモの手がリトの全身を這い回っている。高められた性感は、リトの抵抗力を根元から削ぎ落とした。
「あんっ」
 お返しとばかりにモモの尻尾を軽く握って、リトは重い足取りでベッドに腰掛ける。
 そして、ガチガチに固まったままリトと目を合わせようとしないナナを抱えると、自分の上に座らせた。
 切り替えろ、切り替えろ、と自分に暗示をかけて、そっとナナの腰に手を回す。
「ナナ、嫌だったら言ってくれ。あんまりうまくないけど、精一杯頑張るよ」
「リト……。分かった。一つだけお願い聞いてくれるか?」
 真剣にナナを見つめるリトの目に、この部屋に入ってきてから初めてナナの瞳が重なる。彼の誠意か、背中越しに鳴り響く鼓動の音か、どちらが彼女の心をほぐしたのかは分からないが、ナナの身体の力は少しだけ緩んできた。
 ウェーブのかかった髪を彼に解きほぐされる感触にこそばゆそうに目を細めると、ナナはそれを阻むように背をリトの胸に預ける。
「キスは、唇以外にして欲しいんだ」
 ずぐ、とリトの罪悪感が頭をもたげた。申し訳なさそうに目を伏せるナナの声は、しっかりと芯が通っている。
「あたし、モモや姉上と違ってまだまだ子供だからさ、こういうコト、する資格なんてない。でも、モモとリトに仲間はずれにされたくないんだ。キスは……その先に行く覚悟ができたら、してやるよ」
「ナナ……」
 分かった、と、リトはそう言うしかなかった。
 キスさえ許さなければ、心は許したことにはならない。ひどく稚拙で空想的な論理だが、その論理が導き出す結論はリトにはあまりにも重かった。
 自棄になっても仕方がない彼女の拒絶を、それでも正面から受け止めようと彼は覚悟する。
 心を融かしあうことができないなら、自分の心で彼女を包む。いつかその熱が伝わってくれればいいと、リトは改めて彼女を抱きなおした。

「んっ……ひぃあ!?ちょ、モモっ!」
「お手伝いしますね」
 二人のやり取りを見ていられなくなったのか、いつの間にか背後に回りこんでいたモモがナナの尻尾を舐め始めた。
 元々未発達のナナの性感帯を、リト一人で開発していくには無理がある。ムードをぶち壊してくれたモモを恨もうにもその援護には感謝しなければならず、リトは今度こそと気持ちを切り替えてナナの上着をはだけた。
「あっ、冷た……、くふっ」
 小ぶりなへそに手を這わせながら、ナナの耳を甘噛みする。敏感になった彼女の肌は軽い鳥肌を粟立たせ、小刻みに震え始めた。
 尻尾から伝わる快楽だけではない。触れるか触れないかの距離で彼女の身体を巡るリトの大きな手が、耳からうなじへとゆっくり下りてくる彼の唇が、自慰すら未経験のナナに強烈過ぎる刺激を与えていた。
 あの花見の日、自分を褒めて助けてくれたリト。雨に降られてびしょ濡れになりそうな自分に傘を届けてくれたリト。何も考えていないようでいて、いつも他人を思いやっている彼の柔和な笑顔が何もない空間に浮かび、ナナの感度を一層高めているかのようだった。
 控えめな胸の先端がそっと主張を始める。見るからに発達途上なその胸に口を寄せたくなる衝動を抑えて、リトは脇から脇腹に続くラインを優しく撫でた。
 姉妹と比べて極端に小さいその胸が将来それほど大きくなるのかリトには分からなかったが、将来その胸に口付けるのが自分であるという保証は全くない、そのことだけはよく分かっていた。
 だから、今乳腺を刺激するわけにはいかない。ナナの身体に残す自分の刻印は、愛撫する手の感触だけで十分だった。
「リ……リト、なんか熱いよ」
 すっかり赤みを帯びた彼女の身体は確実に目覚め始めている。ナナの手が必死に股間を隠そうとしているのを見つけて、リトは一度、彼女の頬に軽く口付けた。
「手、どかすぜ」
 自分の身体に起きた異変にまだ気付いていないのだろう。そこはダメ、と抵抗するナナの手をゆっくり持ち上げて、リトはショートパンツの隙間から自分の手を潜らせた。
 びくっ、とナナが硬直する。羞恥に耐えるその両目は固く閉じられ、行き場を失った両腕はぴんと伸ばされて肩を持ち上げた。
 ナナにとっては何もかもが初めての感覚、それを与えているのが自分だという罪悪感は、リトの心を蝕むと同時に、膝の上に座ってもすっぽりと抱きかかえられる目の前の少女への特別な感情をより強く煽り始める。
 ナナの背中に密着したリトの心臓の鼓動が互いの興奮を一層高めていた。気配を消すかのように静かに尻尾を愛撫するモモのことは既に二人の頭にはなく、互いの熱だけが二人の全てという錯覚に襲われる。
「は……あっ」
 ぴったりと閉じられているであろうナナの秘裂を、リトの指がそっと撫でた。
 じんわりと滲んでいた彼女の愛液がたちどころにその量を増す。自分の指に応えてくれたナナが愛おしいのか、リトは逆の手で内腿を責めながらもう一度そこをなぞった。
「ん……へへっ、リトも緊張、はんっ、してんだな」
「う、うるさいな。そんなに慣れてないんだよ」
「ふぁっ!?」
 ちょこんと顔をもたげていたナナの秘核をリトの指が弾く。予想以上の反応に戸惑いながらも、リトはもう一度そこをつまんだ。
「あっ!はっ、はっ……そこ、ダメだっ……」
 強張っていたはずのナナの身体はいつの間にか弛緩しきっていて、時々、リトの指から逃げるように跳ねる。最初はひどく冷たく感じたリトの指は焼印を記すかのような熱さでナナの秘部を解きほぐし、下腹部からせり上がる未知の感覚を彼女に与えていた。
 嬌声と共に自分のすべてをリトに晒しているような感覚。恥ずかしくてたまらなかったその感覚も、やがて彼女を溶かす一要素となっていった。

「んあっ!あっ、ふっ……こんな、こんなの、知らないっ……」
 まるで快楽神経を直接触れられているような電撃が幾度となく彼女を襲う。初めてなのにいきなり他人に、それも二人がかりで愛撫されている彼女の決壊は早かった。
「リ……ト、なんか、来る……、はぁっ」
 半身になってリトの左腕にしがみつく。興奮しきったリトもその手をきつく腰に回すと、もう止められないとばかりに右手の動きを一層激しくした。
 ナナが息継ぎもままならないほど連続して嬌声を上げる。内股になって痙攣するナナの限界が近いことを悟って、リトは最後に一度、彼女の秘核をつねるようにこねた。
「っ……あっ、~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
 絶頂に達したナナから大量の液体が分泌されて、リトの手越しに彼女の下着を汚す。
 無垢な少女が性の萌芽を迎え入れる瞬間。思い切り背を逸らして小刻みに身体を震わせるナナの姿は、神秘的なほど美しかった。
「はぁ、はっ、……リト…………」
「ナナ……」
 うっすらと目を開けてリトに微笑みかけたあと、ナナは意識を手放した。
 ただでさえ普段寝ているこの時間に、初めての強烈な疲労感が与えられたのだ。リト自身の興奮は行き場を失ってしまったが、くったりと身体を預けてくるナナを責めることはできなかった。


「……ん……」
「あら、意外とすぐ起きましたね」
「ナナ、大丈夫か?」
 普段と違うベッドの感触にナナが目を開けた時、時計は彼女が気を失ってから十分と進んでいなかった。
 もちろん外はまだ真っ暗で、リトの部屋の蛍光灯が彼女の目をしばたたかせる。
 何か猛烈な浮遊感と共に夢見心地でいた彼女は、自分が頭を預けているのがリトの胸だということに気付くのに普段の四倍くらいの時間を要した。
「え……ここって、いや、あたし……はっ!?」
「替えの下着を持ってきましたよ。そのままじゃ良くないわ」
 モモの手に握られたナナの下着を見て、慌ててリトが目を逸らす音が聞こえた。自分の真上にある彼の真っ赤な顔と、モモが持ってきた下着を見て、一気に頭が覚醒する。
「……っ!」
「わっ!」
「きゃっ!ナナ!?」
 いたたまれない。
 恥ずかしさが何よりも先に来たナナは、リトの胸を両手で押しのけ、モモから下着をひったくると、屋根裏部屋へ向けて駆け出した。そうしたところで今晩の情事をなかったことにできるわけがないし、時間を置けば置くほど、次にリトと会うのが怖くなることも分かる。
 だが、あのままリトやモモとまともに会話しろということの方が彼女にとっては拷問に近い。丸裸の自分を見せてしまった二人が自分を軽蔑するのではないかと、ナナは恐れていた。
 自分の部屋に駆け込み、ベッドに飛び込んで、端にあった枕を抱き寄せる。あられもない声を出してしまった自分の口を隠すように、顔全体をそれに埋めた。
「あいつら……あんなことしてたのか……」
 さっきの行為があれで終わりではないことは、性に疎いナナにも何となく感じ取れていた。満足したのは自分だけだし、リトの股間で熱い塊が膨らんでいるのを背中で感じ取っていたからだ。
 そこから先に何をどうするのかということまではさすがに分からなかったが、いい子ぶっているとはいっても普段はおしとやかなモモ、間抜けそうな笑顔をいつも浮かべているリトが自分のように息を荒くする姿は想像できなかったし、したくもない。
 ひどく不潔な世界に堕してしまった自分を受け入れられない彼女は、リトやモモを恨むというより、彼女らに門前払いを食ったように思えて、ひどく惨めだった。
「でも……」
 全身に刻まれた、リトの熱。行為が終わって一度意識を失ったあとでもなお、その熱は自分を包み込んでくれているかのようだった。
 耳元、首元には彼の吐息の感触が、背中には彼の胸の感触が、そして秘部には、彼の指の感触が残っている。
 余韻のように残り続ける彼の力強く優しい指先の刻印に、ナナは熱を帯びた息を吐いた。

「ん……ダメだ……っ」
 そうと分かっているのに、軽蔑したばかりなのに、自分の手が股間に伸びる。いつかは消えてしまうであろうリトの熱の残滓を塗りこむように、まだ渇ききってない割れ目をいじりまわす。
 穏やかに自分の髪を梳いてくれた時、胸で目を覚ましたときに真っ先に自分を気遣ってくれた時、彼はどれほどの安心感を自分にもたらしてくれたであろう。
 それなのに自分は逃げ出して、あまつさえ自分で自分を慰めている。不潔な行為だとバカにしながら止まらない自分の手を、止められない自分の心を、ナナは呪った。
「……はっ、ああっ!」
 快楽に目覚めた身体は一旦走り始めると止まらない。底なし沼にはまったように手を動かし続けるナナの瞳に、自然と涙が滲んでいた。


「うわ……」
「まあ」
 無造作に閉められた扉の隙間、慌ててナナを追ってきたモモとリトは出るに出られなくなって、彼女の自慰を覗いていた。
 さすがのモモといえどもここまで彼女が成長するとは予測もつかなかったようで、頬を染め、開いた口を片手で隠して息を潜めている。
 ナナにとっては踏んだり蹴ったりの日だろう。罪の意識を感じつつも目の前の痴態から目を逸らせないリトは、普段自分を止めてくれる突っ込み役がいかに重要かということを実感していた。
 ナナは小刻みに身体を震わせながら、ぴっちり閉じた腿の間に手を滑り込ませている。時々弾かれるようにして顔が上下する様が、行為の激しさを物語っていた。
「やべ……」
 中途半端に鎮まっていた自分の欲望が首をもたげる。ナナから視線を逸らすと、前かがみになったモモのお尻が目に入ってきた。
 新しい寝巻きである短めの丈のワンピースは彼女によく似合っていて、思わずその細いウエストを抱きしめそうになるのを何とか堪える。
 押さえこんだ手をそのままポケットに突っ込んで、窮屈なズボンの前をなんとか緩めようと動かしたとき、手の甲に小さな固い袋が触れた。
 よほどのことがない限りパジャマのポケットには物を入れないリトは、何事かと思いそれを引き抜く。金属質な輝きを見せるその正方形の袋は、ついさっき彼の部屋でモモに渡されたものだった。
「……」
 ははは、と乾いた笑いが込み上げてくる。ナナの嬌声にも中てられて、理性、欲望、色々ともう限界だった。
 一度バカになったネジは二度と締まらない。性の快楽を知った彼の身体は、普段なら始まるまで、いや始まってからもヘタレる彼の背中を軽く押した。
 少し悪戯心が湧いたリトは、モモに気付かれないようにそっとコンドームの袋を破り、彼自身に装着する。双子の姉の痴態に見入っているモモもかなり興奮しているらしく、さっきからしきりに内股を擦りつけていた。
 そういえば、自分から彼女を求めるのはこれが初めてになるかもな、と感慨深げに思いながら、リトはモモのお尻に手を伸ばす。
「ひゃん!リ……リトさん!?」
「うお、結構すごいことになってるな……」
 濡れてる、と言えないのはリトがリトだからあろう。何にせよモモの身体もすっかり準備ができているようで、おっかなびっくり差し伸ばしたリトの指をすんなりと飲み込んでいった。
「んっ、こんなところで……ナナやお姉様に見つかったらどうするんですか?」
 責めているようなモモのセリフはしかし、待ち望んだ刺激に思わず緩む口元のせいで説得力を失う。
 二日連続は身体に負担がかかるのかもしれなかったが、リトもモモも若すぎるほどに若く、昨晩の行為の疲労などもう頭になかった。
「えっと、嫌か?」
「ふふっ、リトさんに求められて、私が拒むと思いますか?」
 前かがみになっていた上半身をくるっとよじって、モモはリトの肩に自分の手をかけた。その意味するところを察したリトも、彼女の頬に手を乗せてそっと口付ける。

「ん……」
 一方的に痴態を見せ付けられていた二人の欲求に従って、ついばむような口づけはすぐに、燃えるような交合へと変化した。唇で唇をはさみ、前歯の裏側を舐め、舌同士を絡ませる。
 互いの呼吸と間合いを考えながらのキスは、二人の成長の証だった。
「リトさん……どうぞ」
 ワンピースがたくし上げられ、白磁のようなモモの臀部が露になる。指を乗せると程よく沈み、かつ反発してくるそこを思い切り引き寄せて、リトは一気にモモを貫いた。
「~~っ、」
 モモはパジャマの裾を噛んで、リトのモノに押し出されるかのごとく漏れそうな嬌声を堪える。ナナに気付かれまいとしての判断だったが、部屋の中で自慰に没頭している彼女は腰を少しずつ浮かせ始めていて、外の情事に気付く様子はなさそうだった。
 ドアの隙間から漏れてくるナナの甲高い喘ぎ、いつ人が来るかもしれぬリビングでの行為に対する背徳感、そして焦らされた欲望がようやく捌け口を見つけたことで、リトの腰の動きは自然と激しくなる。
 同じくモモも、蚊帳の外だった先刻までの寂寥感と現在の充足感とのギャップに心を燃やし、気を失いそうな快感の奔流に身を任せていた。
 本能に突き動かされるままの二人の交わりは確かに獣じみていたが、一ストロークごとに互いの存在を互いに刻み付けるように勢いをつけるそれは、ある意味でひどく人間的な行為にも見えた。
「……ぐっ、モモ、ちょっと締めすぎ……っ」
「違……います、リトさんのがいつもより……くふぅっ!」
 反り上がったリトの怒張がモモの奥を何度も小突く。二人は、粘膜同士が擦れ合って一つに溶けていく感覚が好きだった。
 これ以上は気持ちよくなるまい、これが限界だろう、そう思い込もうとしても、交わるたびに感度を増す二人の全身はその臨界点を突き破って脳を痺れさせる。
 相性と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。だが、果たしてそれは身体の相性なのか、動作のタイミングの相性なのか、心の相性なのか、憑かれたように腰を振る二人にはそれを察する余力は残っていなかった。
「はっ……ひんっ!そこ……っ」
 モモの反応を、頭ではなく身体が勝手に汲み取る。乱れたボブカットの奥に潜む耳、鎖骨のくぼみ、へそ、尻尾、ありとあらゆる部位を手で、舌で、時には息も使って責め立てていった。
 絹のように滑らかな彼女の肌に玉の汗が弾け、リトの汗と混ざって床へと落ちる。互いに磨き合いつつある二人の性技はその度に未知の快楽をもたらしてくれるが、完成されたものと呼ぶにはあまりに未熟で、直線的だった。
「ん……っ!そん、な……もうっ!」
「モモっ!俺もやばい……っ!」
 まさか先に始めたナナより早く終わるとは思わなかった二人だが、限界まで踏み続けたアクセルを今更離したところで遅すぎる。もったいない、もっと感じていたいと考えつつも、中途半端な終わり方だけはしたくなかった。
「ひゃぅっ!あっ、リトさんっ!」
「ぐぁ、モ……モっ」
 限界を察したリトは羽交い絞めするかのように後ろからモモを抱き寄せ、彼女の背と自分の胸を密着させると、無いはずの道を抉るように彼女の深奥を突き上げた。
「っ!ひ……ゃあああああああああぁぁぁあっ!!」
 これ以上重なったら自分が消えてしまうのではないか。自我の危険を感じるほどに侵食してくる互いの領域が、伸ばしきったゴムのように弾けて分かれる。
 ナナのことも、場所のことも、時刻のことも、何もかも頭から吹き飛ばして、二人は自分の知覚を白に染めた。


「くぁ……、リ、ト」
 膣口だけをねぶるようにいじっていたナナにもまた、限界の時が近づいていた。
 頭に浮かぶリトの残像を何とか振り払おうと身を捩るが、津波のような快感に抵抗力を殺がれる。
 あるいは残像だけだったら彼女は欲望に勝てたのかもしれない。だが、実際にリトに触れられ、絶頂の快楽まで導かれたナナにそれを要求するのはいささか酷であった。
「~~~~っ!」
 強烈な浮遊感に思わず手を離してしまう。本能によって回避された絶頂だったが、同じ本能が再び彼女の手を秘部へと導く。
 リトの顔を思い浮かべることすら困難なほど混濁した意識の中、ナナは可能な限り腰を浮かせて、快楽をもたらす場所が頂点になるよう全身に力を込める。
 そして、巨大な波の予感に合わせて、リトがしてくれたように、自分のクリトリスを指ですり潰した。
「あっ、っああああああぁぁっ!」
 浮かせた腰がガクガクと激しく痙攣する。すっかり力を失った両脚はそのまま支えるのを放棄し、彼女の腰はベッドへ崩れ落ちた。

 脱力した両手を大きくベッドに広げると、ずっと片手で握っていた枕が彼女から離れていく。籠もった熱が解き放たれるのを全身で感じて、ナナは気だるげに呟いた。
「パンツ……替えなきゃな……」
 分かってはいるのだが全身に力が入らない。自慰の激しさによる脱力感というより、初めての不浄な経験による背徳感が彼女を縛り付けていた。
 一体どの口がリトのことをケダモノと言えただろうか。自分の内に眠った快楽への本能を受け入れられないナナは、荒く部屋に響く自分の呼吸の音すら耳にしたくなかった。
 姉を、春菜を、モモを裏切ってしまったという思い、そして彼への罪悪感が鉛のように彼女の心に沈殿する。次からどんな顔をして彼女たちに会えばいいのか、皆目見当もつかない。
 すっきりさせるはずだった彼女の心の部屋は、整理もままならないまま、初めて見るものがどんどん運び込まれ、自分の知らない形にその内観を変えていくかのようだった。
 怖い。ナナは再び枕を抱き寄せ、長い髪が乱れるのも厭わず、小さく丸まって布団にくるまる。
 新しい感覚、新しい経験、そして、新しい関係。一日にして激変した環境を受け入れるのは、彼女にとって恐怖以外の何者でもない。
「リト……」
 薄れ行く意識の中、ナナが最後に見たのは、哀しげなのか微笑ましげなのかよく分からない複雑な顔で自分の頭を撫でるリトの姿だった。


「ん……んぐっ!?」
 眩い日差しの中、目覚めたナナを真っ先に襲ったのは、至るところで軋む筋肉の悲鳴だった。
 普段使わないような指先の筋肉や腿の裏の筋肉、体重を支えた首の筋肉にまで、軽く数時間運動したあとのようなダメージが残っている。
 ふっ、と気合を入れなければ起こせない身体を持ち上げて、ナナはベッドの上でぼんやりと体育座りをした。
 妙に穏やかな夢を見たような気がする。あちこちに昨日の行為の余韻が残っているのに、ナナは不思議と今朝を受け入れていた。
「ったく、モモのヤツ……」
 目が合ったら間違いなく嫌な笑みを浮かべるであろう妹を思い浮かべて、どう仕返ししてやろうかと策を考える。生半可なものでは返り討ちに遭うから、誰かに協力してもらった方がいいのかもしれない。
 美柑か、春菜か……マロンでもいいかも知れないとナナがリストアップを終えた時、誰もいないはずの彼女のベッドが蠢いた。
「ん……?」
 よく見ると自分から一番遠い方の端には、何故かもう一個枕が置いてあり、すでに誰かが起きて抜け出したような痕跡が残っている。まだ人の形を崩しきれていないその布団を見る限り、ついさっき目を覚ましたのだろう。
 モモだろうか。またしても彼女より先に起きれなかったと臍を噛むナナだったが、では今動いたのは何だ、と嫌な予感に駆られた。
「あ、姉上……?」
 姉妹が三人、川の字に並んでベッドを共にする。そうであったらどんなに微笑ましいか、いやそうでなくてはならないと彼女が現実から目を逸らしているうちに、もう一度蠢いたその物体はゆっくりと目を開けると、覚醒を開始した。
「よっ……あれ、ナナ。起きてたのか」
 侵入者はリトの顔をしてそう挨拶すると、何事もなかったかのように彼女に微笑みかける。
 まさか自分のベッドに、いつもされる側のリトが、それもよりによって自慰初体験翌朝に潜り込んでいるという夢でもありえないような展開に、ナナは叫ぶのも忘れて絶句した。
 実際彼は昨晩のナナのことを全部見ていて、潜り込んだのもモモの導きによるものだったが、そんなことをナナ本人が知るはずもない。
「なっ、ななっ……」
 咄嗟に自分の格好を確認する。上半身ははだけていて、下半身はショーツが一枚、しかも昨日のものから取り替えられている。
 こういう時地球ではどうすればよかったか。110番だったか、119番だったか、慌てて手繰り寄せたデダイヤルの画面を見て、ナナはようやくどの獣が血に飢えていたか選別する余裕を得た。
 可能な限り息を吸い込んで、呑気に笑っているリトを睨みつける。動物たちの手を汚すまでもない、自身のこの手で捻り潰してくれようと考え、ナナは未だかつて出したことのないほど大声で怒鳴りつけた。
「何やってんだーーーーーーーーーっ!!」

「すいません……」
 死ぬかと思った。ララが地球に来てから死を覚悟したのは一度や二度ではないリトだったが、全身、特に頚椎を折られての死をこれほど近く感じたのは初めてだった。
 ナナはまだ怒りが収まってないのか、仕留め損ねた獲物を見るハンターのような眼差しでリトを睨みつけている。
 首の骨が軋み始めたときに、彼女の下着を替えたのはモモだと叫ばなければ本気で現世にいられなかったかもしれない。どうせ殺すなら覗きのテンションが下がりきらないまま、ナナの布団への侵入というモモの提案を快諾してしまった昨晩の自分を殺して欲しかった。
 ただ、目の端に涙を溜めてうなされながら眠っているナナを放っておくわけにもいかなかったのは確かだ。そこまで追い詰めてしまったのは自分なことくらい承知しているし、心の傷となってしまったなら癒すのは自分の義務である。
「でもよかった。思ったより元気そうだな」
「っ!思い出させるなこのケダモノ!!」
 目の前のナナはまだ気まずそうにしているとはいえ、心はかなり落ち着いているようだった。寝ていた彼女に自分が何をしてやれたのか全く想像がつかないが、大事なのは今、ナナがこうして泣いていないということである。
 これで、どうして彼女が泣いていたのかということまで省みることができればリトももっといい男になれるのかもしれない。だが、そうでなくとも一途にナナを心配する彼の態度は、彼女の視線を和らげるのに十分だった。
「……なあ、リト」
「ん?」
「あ、あたし、どうだったんだ?変じゃなかったか?」
 そう言ってナナは頬を染め、心配そうにリトの顔を覗きこんだ。思わずこぼれたのは本音だけじゃないのだろう、彼女の瞳は微かに揺らいでいる。
 無理もないか、とリトは軋む腰を伸ばすように、姿勢を正した。王族としての彼女たちの暮らしに性知識が紛れ込むはずはない。むしろモモが異常なのであって、まだ男性との交流すらろくにしていないナナが自分の変化を不安に思うのは当然だった。
 キャラじゃないと分かっていても、リトは思ったことを口にすることにする。それがナナの不安を取り除くものとなるのかは分からないが、無理をして嘘をつき、彼女を偽りの安心に導くのは彼の信義に反していた。
「だ、大丈夫だぜ。むしろその……可愛かった、と、思う」
「え……」
 娘、妹、異性、顔、身長、感じるさま、口調、嬌声、匂い、性格、思い、多くの意味を込めた「可愛い」だった。
 もっと気の利いた、例えば知っている花にたとえたり、詩や小説から引用したり、そんなセリフをさらっと言えればよかったのに、そう後悔しつつも、陳腐なその形容詞こそがナナには相応しいとも思う。
 王女ナナ、褒め言葉には慣れているはずの彼女をたった一つの形容詞で落としてしまうリトは、才能としか呼べないほどの女たらしであると言えた。
「えっと、ナナ?」
 初めてのお見合いのように顔を赤くして向かい合う二人の絵は端から見てると滑稽だが、当人たちにとってはとても居心地が悪い。
 満更ではなさそうだが言葉選びを失敗したのだろうか、茹蛸のような顔で俯き硬直しているナナは、リトには怒っているようにすら見える。
 思わず二の句を継いでフォローに走りそうになるリトの口はしかし、張り手のように伸びてきたナナの両手によって固定された。
「ちょ、んんっ!?」
「……んふ、ぷはぁっ」
 ぶつけるように顔を近づけてきたナナが、飛び退くように一気に顔を離す。その一連の動作の中、ずっと息を止めていたらしいナナは、最後に一つ、思い切り大きな息継ぎをした。
 ヘッドロックかあるいは頭突きか、痛みを覚悟して目を強く閉じたリトの唇には、ほんの一瞬のものだったが、確かにナナの柔らかい唇の感触が残っている。
 普段殴られに接近したときは何も感じないのに、こういうときだけほのかに女の子らしい香りに包まれる。優しく全身に染み渡るその香りは、逆にリトの鼓動を大暴れさせた。
 自分で断ったくせに、今になってナナが許した唇同士のキス。女心に疎いリトは、彼女の中でどんな心境の変化が起こったのか、何一つ察することができなかった。

「……誰もイヤなんて言ってないだろ」
 リトの感触を思い出すかのように乗せられた人差し指の下で、ナナの口が微かに動く。ふてくされるように逸らされたその横顔にある小さな口、普段頻繁に見えているかわいらしい犬歯が今日に限って隠れていた。
 時計の秒針の音だけが部屋の中で響いている。コツ、コツというそのリズムの何倍も早く刻まれる自分の左胸の器官の音が相手にまで届くんじゃないか、リトはそう錯覚して、思わず抱きしめたくなる衝動を必死に抑えるのだった。
「な、なんか言えよ」
「あ、ごめん……」
「あたしがこんなに勇気振り絞ったんだぜ。言葉にできないならそれでもいいから、こ、応えるのが、男ってもんだろ……」
 ベッドの上に座っているナナは、両手をベッドに沈ませるようにして身を乗り出し、戒めるようにリトを睨んだ。
 もちろん普段のような野生的な迫力があるわけではない。その視線はどことなく弱々しかったし、顔は火がついたかのように赤く、唇は何かを期待して震えていた。
 応えろと言われリトが思いついた方法はたった一つしかなく、それは恐らく正解なのだろうが、今、この雰囲気でそんなことをしてしまったら、リトは自分を抑えきる自信が無い。
 しかし、「覚悟」の証を受け取ってしまったリトが彼女にしてやれることなど、他に存在しないことも明らかだった。
「あ……」
 右手で彼女の肩を抱き寄せ、左手で反射的に逸らした顔を捕まえる。本気の瞳をしたリトに応えて、触れればたちどころに割れてしまいそうな張り詰めた朝の空気の中、ナナがそっと、目を閉じた。
「ナナさん、リト知らない?早くしないと始業式に――」
 そしてその空気は、第三者の介入によりたちどころに割れた。むしろ、ヒビが入って今にも飛び散りそうな瞬間のまま凍りついたと言うべきかもしれない。
 大慌てでナナの部屋に駆け込んできた美柑はあろうことかノックをし忘れ、ベッドの上、超至近距離で頬を染める二人の男女を発見してしまった。
 ビデオが巻き戻るように焦った顔のまま美柑がドアを閉じる。ぱしゅん、と間の抜けた音を立てて閉じたそのドアはベルリンの壁より絶望的な平面に見えた。
「ちょ、美柑!待ってくれ!おわっ!」
 鳩尾に掌底を食らったかのような鈍い衝撃と共にリトが弾き飛ばされる。容態が急変した患者の元へ向かう衛生兵でも滅多にしないような形相で、ナナがドアの向こうへ駆け出した。
 残念なようなほっとしたような気持ちで一瞬力が抜けていたリトも、もう手遅れだと知りつつもナナの背を追うために走り出す。美柑はドアから数歩のところで夢遊病患者のような顔をしてふらふら歩いていたため、追いつくこと自体は困難ではなかった。
「あ、ナナさん。大丈夫、私何も見てないから……」
「ち、違うんだって美柑!アレはその、ば、罰ゲームだよ罰ゲーム!モモのヤツにやらされてさっ!」
「罰ゲーム……?」
 苦し紛れの代名詞のような言い訳だったが、モモの名前が少しだけ信憑性を高めたのか、美柑がナナの目に焦点を合わせる。こういうところで普段の行いの差が出るんだなあと、リトはモモに合掌した。
 彼女の名前が効果覿面だと知ったナナはかさにかかって言葉を継ぎ、身体を動かして美柑の誤解を解こうとしている。
 元々誤解でもなんでもない上、すでに一回済ませた後だったなどとは口が裂けても言えるはずが無く、自分が口を挟んでもいいことが無いだろうことを知っているリトはあえて黙っていた。
 もちろん、必死に弁解するナナの死角でゆらりと揺らめいた殺気の主に気付いていたことも無関係ではない。

「そうそう!全く、困っちまうよなモモのヤツ!そもそもなんであたしがリトと――」
「私がどうかしましたか?」
「げっ……」
 綿密にタイミングを計って口を挟んだであろうモモからは、瘴気ともいえる黒いオーラが湧き出ていた。まだ何もされていないはずなのに幻視のように浮かんでくるナナの惨殺のビジョンに、リトは話を合わせなくて良かったと心から安堵する。
 一時は罰ゲームということで自分を無理矢理納得させようとしていた美柑も、モモから噴き出すどす黒い怒りのエネルギーによってナナの方便を悟ったのであろう、先刻の光景とモモの殺気との二重の意味で顔を引きつらせ、リトに助けを求めた。
 絶句していたナナも蛇に射竦められた蛙のような目でリトに救援を要請するが、リトはそれどころではない。この場の人間の視線が彼に集まるということは、当然モモの視線も彼に向けられるということだった。
「リ・ト・さ・ん♪」
「な、何でしょう」
 自分はモモより年上のはずで、それなりの振る舞い、態度をモモに取ってきた。彼女を守ることに何の躊躇いもないし、ベッドの上では大抵自分が主導権を握る。
 年の功による経験差は覆せない、そう思っていた自分がいかに未熟だったかを思い知らされた瞬間だった。
「ナナとしようとしてたコト、私にもしてくれませんか……?」
「ま、待てって!そもそもお前見てな……いや、それ以前に普段から散々してるだろ!」
「さ、散々してる……?」
「あ、いやいやいや美柑!今のは言葉のあやで!」
「そんな……私とは遊びだったんですね……」
「おいリト!お前なにモモを泣かせてんだよ!」
「何で寝返ってんだーっ!」
 聞いてはいけないことを聞いたかのように漏らした美柑をフォローし、よよよ、とすすり泣く振りをしているモモに気を遣い、挙句どさくさに紛れてナナにまで責められるリトには年上の風格が感じられない。
 その後も振り回され続けたリトが美柑と共に時計の針に気付いたのは、始業式がとっくに始まったあとだった。