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――――ミーンミンミン
うるさいセミの鳴き声がする夏真っ盛りな彩南商店街の一角の、とある店
開いた自動ドアの向こうから、クーラーの涼しい風が流れ込んでくる
リトは顔を扇いでいた手を止めると、代わりに服の襟元をパタパタして冷たいクーラーの
風をいっぱいに浴びた
「あっち~! なんでこんなに暑いんだよ…」
「文句いわないの! 暑いのはあなただけじゃないでしょ? ね、セリーヌちゃん」
「まう~」
唯に抱っこされながら、可愛いワンピースを着たセリーヌは、元気に返事をする

日曜日の今日、三人がやってきたのは、彩南街にあるペットショップ
どうしてココにやってきたのかというと
それは昨日の夜の出来事――――…


「まうー」
絵本を手にリビングにやってきたセリーヌは、ソファーに座ってテレビを見ていたリトを
見つけると駆け寄ってきた
「どした? セリーヌ」
「まうっ」
絵本をリトに見せつけるセリーヌの目は、キラキラと輝いている
リトはセリーヌを両手で抱き上げると膝の上に座らせた
「絵本、読みたいのか?」
「まうー!」
セリーヌの持ってきた絵本は、犬や猫の本
パラパラ捲ると、世界中のいろんな種類の犬や猫がカワイイ絵柄で登場する
しばらく絵本を読み聞かせていると、セリーヌが頻りに騒ぎ始める
「まう、まう!」
「どした!?」
「まうー! まうっ」
絵を指差しながらセリーヌは、リトの顔をジッと見つめる
「まう!」
「なんだ?」
セリーヌの言いたいことがリトには、いまいちわからない
頭を掻きながら困っていると、リビングの二人の声が聞こえたのか、キッチンのドアが開いた
「セリーヌはそこに載ってる動物が見たいんだよ」
「美柑」
エプロン姿のまま、手におたまを持ってまま、美柑は腰に手を当てながら溜め息をつく
「あんた、どーせヒマなんでしょ? だったら、明日でもセリーヌを連れていってやりなよ」
セリーヌの無垢な瞳が、じーーっと、リトの顔を見つめる
おねだりするわけでも、駄々をこねるわけでもなく、ただ、キラキラお目目で、じーーっ
と、見つめ続ける
「…セリーヌ、動物が見たいのか?」
「まう~♪」
ニッコリと笑う娘の姿にリトは頬を掻きながら、やっと重い腰を上げた
「じゃー、明日、ちょっと見にいくか」
「まう、まうー♪」
リトの足元でピョンピョン飛び跳ねて、喜びを弾けさせるセリーヌ
その姿にリトの顔に自然と笑みがこぼれる
「美柑も来るだろ?」
「私? 私は明日、ムリ! モモさんたちと買い物いくから」
「そっか。じゃ――――」
"そうそう、ちゃんと洗濯もの出しといてよ! 明日、洗濯するから"という美柑に曖昧
な返事を返しながら、リトはケータイを開いた


――――なんて事があったわけで

(にしても唯が来てくれてホント、助かったぜ…)
セリーヌと手を繋ぎながら店内に入っていく唯の後ろ姿に、リトはありがとうの視線を送った
店内は最近できたばかりということもあり、広くてキレイで、そしてたくさんの種類の犬や猫
、オウムにフェレットにウサギ等
早速、セリーヌは、近くのノーフォーク・テリアのいるウッディサークルに駆け寄った
「まう!」
柵の外から興味津々に見つめてくる小さな姿に、ゴムボールで遊んでいたノーフォーク・
テリアの子犬の耳がピクンと反応する
セリーヌよりもずっと小さな子犬は、茶色の毛並みを揺らしながらトコトコとセリーヌに近寄ってきた
そして、柵の間からセリーヌの手に鼻を当てて、クンクン、と匂いを嗅ぎ始める
「まう♪ まう♪」
セリーヌは、子犬の愛くるしい姿に負けない笑顔を浮かべて、ピョンピョンと、はしゃぐ
「カワイイわね、セリーヌちゃん」
「まうっ♪」
セリーヌの隣で膝を屈めながら、唯はセリーヌと子犬の触れ合いに柔らかい笑みを口にする
「あっちのコはどんな種類なのかしら?」
「まう?」
唯に手を引かれながらセリーヌは、尻尾をフリフリしているノーフォーク・テリアの子犬
にバイバイと手を振った

サークルの中で元気に飛び回っているのは、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの子犬
白と茶色の毛並みに垂れ耳がキュートな、愛くるしさと気品さ、両方を兼ね備えた由緒ある犬の子供
柵の前まできたセリーヌの体をスパニエルの鼻がクンクン、そして、尻尾フリフリ
どうやらセリーヌは、動物に好かれるらしく、初対面にも関わらず子犬たちは、まったく警戒しない
「まーうー♪♪」
セリーヌは喜びを爆発させた
「ふふ、セリーヌちゃんったら、あんなにうれしそうにして」
リトと並んでセリーヌの後ろ姿を見守る唯の顔は、もうすっかりお母さん
カメラがあったら写真でも撮りそうな唯の元にセリーヌが駆け寄ってくる
「まう、まうっ」
「どうしたの?」
「まう!」
唯の手を引っぱりながらセリーヌが指差す方向には、また別の子犬の姿
今すぐにでも走って行きたいのに唯と一緒じゃなきゃイヤなセリーヌは、唯の手を
グイグイ引っぱって、お目当てのところまで連れて行こうとする
「ちょ、ちょっと待って! セリーヌちゃん」
「まうー!」
セリーヌの好奇心は止まらない

柵の中をグルグル走り回るミニチュアダックスのスムースと、駆けっこしたり
トリミングコーナーでどんどんキレイになっていくコギーに「まう~」と、感心したり
緑色のオウムに「まう、まう」と、話しかけたり

広い店内を歩き回ること、数十分
セリーヌと一緒に見て回っている最中、唯の視線が時々、違う方向へ向いていることに
リトは気づいていた
「やっぱ気になるんだな」
「何がよ?」
「ネコ好きとしたら、ネコが」
「…うっ」
あまりにも図星なため、唯は顔を苦くさせながら、ぷいっとそっぽを向いた
「い、いいでしょ別に…! 好きなんだからっ」
「じゃー、見てこいよ」
「え?」
「セリーヌならオレが見ててやるからさ。あの様子じゃ、ちょっとムリだろ」
セリーヌは柵の前で、ゴールデンレトリバーの前足にジャレついて遊んでいた
すっかり犬に夢中なセリーヌにどう"ネココーナー"の事を切り出していいのか、唯は
少しヤキモキしていたのだ
「……いいの?」と、窺うような上目遣いの唯に、リトは笑顔で応える
「あ、ありがと!」
唯はぽそっと小さな声でお礼を言うと、セリーヌをリトに任せて猫コーナーに一直線に向かった
実はオープン当日から唯は、何度もココに足を運んでいた
店内はもちろん、どんなコ達がいるのかさえ、カンペキだった

猫コーナーへやってきた唯をアメリカンショートヘアのつぶらな瞳が出迎える
「か…かわいい」
リトですら聞いたこともないようなうれしそうな声を上げると、唯は柵の前で屈んだ
「みー」
「……」
「みーみー」
「…………か、かわいい」
愛くるしい顔立ちに舌っ足らずな鳴き声が、唯のハートを鷲掴む
ボールにジャレついたり、毛繕いを始める様子にボーっと見蕩れること三分
唯はおずおずと子猫に手を差し伸べた
「おいで、おいで」
唯の声と手に子猫は振り返ると、すぐにぷいっとそっぽを向ける
「なっ…!? ふ、ふん! 別に来なくてもいいわよ!」
精一杯の強がりを残し立ち上がると、唯は未練いっぱいの顔をしながら次に向かう

「こっちおいで」と呼ぶ唯にターキッシュアンゴラの子猫は、プイっと顔を背け
人見知りのするソマリは、唯の声に柵の奥から一歩もでてこず
甘えん坊なはずのノルウェージアン・フォレストは、ちょっと近寄るだけ
好奇心旺盛なアビシニアンですら、「みーみー」と鳴くだけに終わり
シャムにいたっては、完全無視をされる始末

「な…なんでよ…」
目尻にうっすらと涙を浮かべて軽くショックを覚える唯の手を、小さな手が握り締める
「セリーヌ…ちゃん」
「まう♪」
セリーヌはニッコリ笑うと両腕を上げて抱っこのおねだりをする
「ちょ…ちょっと待ってね」
うるうるしていた目を慌ててハンカチで拭くと、唯はセリーヌを抱き上げた
唯の目の高さまでやってくると、セリーヌの手が唯の頭を"ナデナデ"し始める
"だいじょうぶまう。セリーヌがいるまう!"とでも言うように
キョトンとなる唯にセリーヌは、にぱっ、とヒマワリの様な笑顔を咲かせる
「もしかして…セリーヌちゃん…、心配してくれてるの?」
「まう」
セリーヌの小さな両手が唯の頬を包む
唯は目をパチパチさせると、幼いながらもそのあったかい優しさに、ふっと顔を和らげた
「そっか。ありがと! セリーヌちゃん」
「まーう♪」
セリーヌはそう返事すると、唯のほっぺに自分のほっぺをスリスリさせ、チュっとキスをした
「せ、セリーヌちゃん!?」
驚く唯にセリーヌは誰にも負けない笑顔を送る
そしてもう一度ほっぺにキス
「まうっ♪」
「……ッッ」
リトとは違う感触
小さくて、だけど「スキスキ」って気持ちがいっぱい詰まっていて
唯は周りのお客さんの存在も忘れて、お返しとばかりにセリーヌのほっぺにキスをした
「ま~う~♪」
セリーヌは、とろけるような笑顔を浮かべながら唯に、ぎゅ~~っと抱き付いた
その小さな体を唯は、リトとは少し違う愛情を込めて、抱きしめる
「セリーヌちゃん」
「まう!」
唯とセリーヌは、ニッコリと見つめ合った
すると、それまで唯を避けていた子猫たちが唯の方へと近づいてくる
「え…、ど、どうして…」
アビシニアンの子猫が柵の中から「みーみー」と、小さな前足を伸ばしながら唯を呼ぶ
「え、えっと…」
猫に、それも子猫に懐かれるなんて初めての唯は、戸惑いながらも手を近づけた
幼い鼻を唯の手に近付けて匂いを嗅いで、前足で指にジャレつく子猫
手にほっぺを擦りつけて匂いを付けたり、小さな口で甘噛みしたり
そんな子猫に唯は、ただ目を丸くするばかり
子猫はますます唯の手に興味を示し始め、前足を使って遊び始める
「な…何で…? さっきはこんな事なかったのに…」
「肩の力が抜けたからじゃねーかな?」
唯の隣で膝を屈めて柵の中の子猫の頭をナデナデしながらリトは、苦笑した
「お前、さっきまでスゲー近寄りづらい雰囲気だったからな」
「そ、そんな事っ……私はそんなつもりじゃ…」
「お前がそんなつもりじゃなくても、動物ってそーゆーコトすごい敏感だろ? わかるん
だよ。"このヒトは、だいじょうぶかな?"って」
「……っ」
リトの言ったとおり、少し力が入っていたのかもしれない
その証拠に今は、ずっとカラダが軽いし、何より気分がイイ
唯はソノきっかけをくれたセリーヌにお礼を言うべく、もう一度、セリーヌをギュッと抱きしめる
「まう?」
「あなたは誰かさんと同じで、優しい気持ちにさせてくれるのね」
「へっ? 誰かって誰?」
「さ、さァ、知らないわよ」
唯はツンとそっぽを向いて顔を隠すと、セリーヌを抱っこして立ち上がった
その足取りは、さっきまでと全然違ってとっても軽い
「あれはなんて言うネコなのかしら?」
「まう、まう」
セリーヌと一緒にネココーナーを見て回る唯の横顔は、ご機嫌そのもので
リトはその横顔に笑みを浮かべると、二人を追いかけるように、後を追った

「ありがとうございましたー!」
ショップ店員の声を背中で聞きながら自動ドアを開けると、ムワっとした夏の暑い空気が
吹き付けてくる
「暑い……。なァ、どっか入ってメシでも食わね? セリーヌもお腹空かしてるしさ」
「まう…」
アスファルトを焼き付ける暑さにセリーヌも、さきほどまでの明るさを忘れ、すっかりグ
ダってしまっている
「そうね。そろそろお昼だし。どこか食べにいきましょ」
肩のカバンを抱えなおし、唯はセリーヌの頭をよしよしと撫でた
「じゃあ、なんか食いたいモノとかある?」
「ん~…セリーヌちゃんもいるし、近くのレストランでいいと思うわ。涼めるしね」
「決まりだな。セリーヌ、もうちょっとガマンしてくれな」
「ま…う…」
リトの腕の中でセリーヌは、小さく返事を返した


「まう~♪♪」
自分の前に運ばれてきたお子様ランチにセリーヌの目が輝く
セリーヌは早速、カラフルな旗が立ってあるオムライスをスプーンですくって、パクっと
口に入れた
「おいしい? セリーヌちゃん」
「まうー♪」
笑顔で応えるセリーヌに唯は安心したようにホッと息をつくと、パスタをフォークとスプ
ーンで上手に取り分けていく
「にしても、今日は、マジで暑いぜ…」
熱々のハンバーグをナイフで切りながら、リトは窓の外に目を向けた
「こんだけ暑いと、そろそろ海とかプールとかいきたくなるよな」
「え、ええ。そうね…」
赤エビをフォークに突き刺しながら、唯は歯切れ悪く応える
「あれ? 行きたくないのか? 海」
「そんなわけ…」
「…もしかして、まだ泳げないこと気にしてるのか?」
エビを口にした唯の顔が赤く染まる
「ちっ、違うわよ! 誰もそんなこと言ってないでしょっ?!」
「だったらさ、今度、セリーヌ連れていこうぜ。コイツ、まだ海とか知らねーから、見せてやりたんだ」
大きな口を開けてミニハンバーグをおいそうに食べるセリーヌにリトの優しい視線が注ぐ
「お前の泳ぎの練習もちゃんとやるからさ」
「そ、それならまあいいけど…」
ケチャップで汚れたセリーヌの口を拭く唯の声は、まだ戸惑いを隠しきれない
「それより、セリーヌちゃんの水着はあるの? 初めてだったら浮輪とかも必要なんじゃないの?」
「美柑のヤツが『そろそろセリーヌの水着とか用意しなきゃね』とか言ってたんだけど…。
なんだったら、今から見にいくか?」
「ええ…」
唯はそこで言葉を切ると、リトに上目遣いを送る
「あ、あのねっ、…あの…、その…、結城くん…」
「ん?」
「…私も水着、買っていい…?」
「新しいやつ? いいぜ」
快く返事をしてくれたリトに唯は、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、こっそりと気合を入れた
水着を買う。それもリトと一緒に
今年の流行りを抑えるのは、もちろんだけれど
リトの好みのタイプの水着に、好きな色とか柄とか
アレコレと頭の中でいろんな妄想をさせながら、唯は努めて落ち着いた声を口にした
「ありがと。じゃ、食べ終わったらいきましょっか」
「まう♪」
食後の紅茶を飲む唯の隣でプリンに夢中なセリーヌは、プリンを口に入れると、元気な声を弾けさせた


「うぅ…なんかこーゆートコ、すげーキンチョーするぜ」
デパートの水着売り場、カラフルな女の子用の水着に囲まれたリトは、一人顔を赤くしていた
「何してるのよ? 早くいくわよ!」
「まうー」
セリーヌを肩に抱っこしながらどんどん奥に進んでいく唯
その後ろ姿が見えなくなる前にリトは、慌てて後を追いかけていく
「ちょ…ちょっと待ってくれって! やっぱりオレ、外で待ってるよ。なんかココ…」
恥ずかしさいっぱいなリトの声を振り返った唯のジト目が黙らせる
「な…何だよ?」
「…………あなた…」
「え?」
唯は体ごとリトの正面に向けると、ジト目をさらに深くさせる
(うっ…! な…なんか怒ってる…?)
唯の迫力にリトは、生唾をゴクリと飲み込んだ
リトをジッと睨みながら唯は、ピンク色の唇でポソっと呟く
「気にならないわけ? 私の水着…!」
「え…?」
たっぷり二秒かけて返事を返したリトにセリーヌは、相変わらず「まうー」っと、ニコニコ顔
唯は頬をほんのりとサクラ色に染めながら、ジリっとリトに詰め寄った
「どうなの?!」
「ど、どうって言われても…」
唯の水着に、唯の水着姿
気にならないわけがない
けれど、何と応えたらいいのかわからないリトは、あたふたするばかり
唯は右腕だけでセリーヌを抱っこすると、左手を腰に当てた
「だいたい! 海に行こうって言ったのはあなたじゃない! ちゃんと責任取りなさいよねっ!」
「責任って…」
「私の水着も、セリーヌちゃんの水着も、ちゃんとあなたが見てくれないとダメなのっ! 
そこのところわかってるの? 結城くん…」
腰から離した手をビシっとリトに向けながら、唯のお説教という名の力説は、しばらく続いた

「う~ん…」
たくさんの水着を前に唯は一人、難しい顔になっていた
この場所に来て、すでに三十分以上
悩みに悩んだ唯の両手がとある二つの水着を掴む
「コレなんてどうかしら?」
唯が手にしたのは、白に黒のラインがあるホルダービキニ
もう片方の手には、花柄模様のワイヤーのキュロパン
唯はそれぞれの水着を体の前で合わせながらリトに視線を送る
水着を選ぶ時も、リトに意見を求める時も、唯の目は真剣そのもの
唯からセリーヌを預かったリトは、セリーヌを腕に満足気に頷く
「えと…いいんじゃねーかな? 似合ってると思うぜ!」
「まうー!」
リトとセリーヌ。二人の反応に唯は、顔を曇らせる
「あ、あれ? 気に入らなかったのか?」
「まう?」
キュロパンを元あった場所にかけ直しながら唯は、少し口を尖らせる
「……そればっかりじゃない…」
「え?」
「さっきから結城くん、同じことばっかり言って。ほかに何か言えないわけ?」
唯の顔は怒っているというより、拗ねているといったほうがいいのかもしれない
その証拠に、かわいい頬が少し膨らんでいる
「結城くん!」
「そんな事いわれても…」
声にトゲを滲ませてくる唯を前にリトは頭を掻いた
もともと、女の子を褒めたり、気の利いた事を言うのが苦手なリトは、こういった場合、
何て言ったらいいのか、どんなリアクションを取ればいいのか、いろいろとわからない事だらけ
そもそも、唯の選んだ水着は、本当に似合っていると思うから、"似合ってるよ"と言った
のに、唯はソレでは満足できないらしい
(な…何がダメなんだよ…)
む~っと視線を送り続けてくる唯にリトの頬に冷や汗が浮かぶ
難しい女の子心がいつまで経っても中々、わからないリトの元に、その時、助け舟がやってくる
「お客様、いかがなさいましたか?」
店員のお姉さんの登場にリトは、兎にも角にもホッと安堵のため息をついた

「一度ご試着なさってはいかがでしょう?」
「試着、ですか?」
頼りにならないリトにムスっとなりながら、唯はお姉さんにいろいろと相談に乗ってもらった
その手には、数着の水着がある
「はい。あちらでご試着できますよ。旦那様にお見せになさってはいかがでしょう?」
「だ、旦那!?」
「え…ちょっ」
唯とリト、二人はそろって顔を赤くして、声を上げた
唯は真っ赤に染まった顔のまま、リトを指差しながら、慌てて口を開く
「ち、違います! だっ、誰がこんな人と!!!」
「こんな人とはなんだよ!?」
「あなたのことよ! 他に誰がいるのよっ!?」
「って、お前まだ怒ってるのかよ…」
「な…何よ? だ、だいたい、それもこれも、結城くん、あなたがね…」
「お、お客様、落ち着いて!」
店の真ん中で突然言い合いを始める二人を宥める店員さんの悪戦苦闘は、その後、数分続いた

唯がツンツンしながら更衣室に入ってすでに十数分
更衣室の前でリトは、唯に聞こえないように溜め息を吐いた
「まう?」
腕の中のセリーヌがキョトンとした顔を向けてくる
セリーヌのあまりにも純粋で無垢な視線にリトは、思わず苦笑を浮かべた
「悪いな、セリーヌ。オレたち、こんなのばっかだよな…」
"ゴメンな"と謝るリトにセリーヌは、にぱっと笑う
そして、更衣室を「まう、まう」と指差す
「ん? セリーヌも気になるのか? 唯の水着」
「まう!」
「オレも。まだかな、唯」
そんなやり取りをしていると、更衣室の中からぽそぽそと、唯の声が聞こえてくる
「結城くん…」
「お、着替え終わった?」
「ええ…。それでその…カーテン開けるからね」
微かに深呼吸をする仕草が聞こえ、三秒後、更衣室のカーテンが開いた
「こ、こんな感じなんだけど…」
「!!?」
開いたカーテンの向こうに見える光景に、リトは目を丸くしたまま言葉を失った
更衣室の段差が境界となって見つめ合うリトと唯
何も言わず、ただぼーっと立ったままのリトに、次第に唯の目がすぅっと細くなる
「…結城くん?」
「……」
「…ちょ…もう! 結城くん!!」
「へっ」
素っ頓狂な声を上げ、目をパチパチさせるリトに、唯は腰に手を当てた
「"へっ"じゃなくてっ! どうなのよ!? その……私の水着は…」
ほっぺを赤く染めながら、唯はツンとリトから視線を逸らす
その声に我に返ったようにリトは、慌てて口を開く
「い…いや、似合ってるぞ! うん! スゲー似合ってる!」
「……」
「ホントだって!!」
「……そう」
と、だけ言うと、唯は更衣室のカーテンを閉めた

リトは胸に手を当てると深い溜め息を吐く
(ってなんかすげえドキドキしちまった…)
胸に当てた手から心臓の音がうるさいほど伝わってくる
顔だってなんだか熱い
鏡を見ればきっと赤くなった自分の情けない顔が映るだろう
(―――ドキドキして……なんか…見蕩れちまった…)
今まで唯のふとしたカオや、ふとした仕草にドキドキしたことはあっても
言葉が出てこないほどのインパクトを受けたことはなかった
(アイツの水着姿って何回も見てるはずなのになァ…)
日に日に"女の子"から"女"になっていく唯
それはセリーヌのせいなのか、自分のせいなのか、リトにはまだ理解できなかった
そんなコトを自問自答していると、再びカーテンが開く

「なんかちょっと大胆……すぎると思うけど―――どう?」
赤い扇情的なビキニが胸を必要以上に強調し、胸の谷間で結ばれた細いリボンが可愛さを
プラスする、俗にいう紐ビキニ
リトのまじまじと向けられる視線に、もじもじと身動ぎする唯の魅力的な太ももが、腰に
巻いたスカートを悩ましげに揺らす
「…どうなの?」
「えと…」
「どうなのよっ?」
リトは唾を飲み込みながら、沸騰する自分を抑えるのに精一杯だった
そんなリトの様子に唯の顔に険悪なモノが浮かび始める
「もう、ちゃんと答えなさいよねっ! いったい誰のために着てると思ってるのよっ!?」
目をツリ上がらせる唯に応えたのは、リトではなく、セリーヌだった
「まう~♪」
「え?」
リトの腕の中でおとなしくしていたセリーヌは、唯の胸の中に飛び込んだ
「キャ―――!?」
更衣室の中で尻モチを付きながらセリーヌを受け止めた唯の胸のリボンが、弾みで解けてしまう
「え、やだ…!?」
咄嗟に腕で胸を隠そうとする唯だったが、その前にセリーヌが反応した
「ま~う♪」
「やンっ」
唯の口からカワイイ声が飛び出す
「せ…セリーヌちゃん…!?」
「まう♪ まう♪」
セリーヌがニコニコ顔で口にしているのは、唯の胸
チュパチュパと音を立て出すセリーヌと、顔を赤くしたまま悶える唯の息遣いに、次第に
周囲から視線が集まり始める
「や、ヤバっ! セリーヌ! コラ、ダメでしょ!」
「まー」
急いで唯からセリーヌを取り上げたリトは、半笑いという名の誤魔化し笑いを浮かべなが
ら、慌ててカーテンを閉めた

その後、リトに本日二回目のお説教をキッチリと済ませた唯は、セリーヌの水着選びに向かった
アレでもない、コレでもないと、自分の水着選び以上に時間をかける唯
セリーヌの反応や、リトの頼りない意見を聞きながら、たっぷり一時間以上かけて選び抜いた
(うェ~…なんで唯も美柑も、女のコってこんな買い物に時間かけるんだ…)
グッタリした様子で唯とセリーヌの少し後ろを歩いていると、ピタリ。急に唯の足が止まった
「ちょっとあなた! しっかりしなさいよねっ! いつまでそんな見っともないカオして
るのよ! セリーヌちゃんが見てるのよ?」
「まうっ!」
話がわかっているのか、わかってないのか、とりあえずセリーヌは元気な声を出した
「わ、わかってるって!」
「ホントかしら…」
ツンとした顔のまま唯は、カバンを肩にかけ直した
そして、コホンと咳払いを一回
今度はさっきとは打って変わって、キリっとした目付きを少し言いづらそうなモノに変え
てリトに視線を送る
頬もなんだか赤い
「それよりその……水着! ホントにアレでよかったの?」
結局、水着は最初に着けた、胸元にフリルをあしらったさわやかなグリーンの水着
唯自身もかなりお気に入りだったらしく、なにより、リトの反応が一番よかったというが
一番の理由なのだが
「ああ、スゲーいいと思うぜ! あの水着」
「そう…」
相変わらずなリトの感想に若干の物言いはあるものの……
(でも、結城くん、すごくうれしそうなカオしてたわよね…)
更衣室の前でドキドキしていたリトの顔を思い出しながら
唯は胸の中だけでクスッと笑うと、セリーヌの手を握りしめ歩き始めた
「ほら、早くこないと置いていくわよ? 結城くん」
「ちょっと待ってくれって!」
唯から預かった水着の入った買い物袋を揺らしながら、リトは唯の隣にならんだ

エスカレーターに向かってしばらく歩いていると、ふとリトの耳に涼やかな音が聞こえてくる
「あれって…」
リトの視線の先――――フロアの真ん中に大きな笹飾りが置かれている
「ああ、そっか! そーいや、今日って七夕だったよな」
「まう?」
巨大な笹飾りにセリーヌはキョトンと首を傾げる
「セリーヌちゃん七夕って知らないの?」
「まーうー?」
人差し指を咥えるセリーヌの小首が揺れる
「じゃあ、ちょっと見に行きましょうか」
唯はセリーヌを連れて笹飾りの前までくると、そびえ立つ笹飾りを見上げながら、
セリーヌに話し始めた
「コレは笹飾りって言ってね。一年に一度、七月七日の七夕の日に飾るモノなのよ」
「まう」
「セリーヌちゃん、あそこ見て。たくさん何か吊るしてるでしょ? アレは短冊と言って、
願い事を書けば、願いが叶うって言われてるの」
セリーヌの目が、幼稚園の子ども達が作ったモノだろう――――折り紙で出来た
スイカや網飾り、提灯、そして、たくさんの短冊に注がれる
その中の一つ、大きな二つの星にセリーヌの興味が全力で集中する
「まう、まう!」
「ん? あれは……たぶん織姫と彦星じゃないかしら?」
「まう?」
「織姫と彦星。七夕伝説って言ってね――――昔、遠い国に織姫と彦星って言う二人が
いたの。二人は愛し合っていたわ。とっても。でもね…」
唯は、そこで一旦、言葉を切った
唯の瞳をセリーヌの大きな瞳が見つめる
セリーヌの顔を見て、そして笹飾りの大きな二つの星を見ながら、唯は続きを口にした
「でも――――二人は、離れ離れになってしまったの」
「まう?」
「そして年に一回、七月七日の夜にしか会えなくなってしまったのよ―――…」
サラサラと涼しげな音を奏でる笹飾りを見つめる唯の瞳に、わずかな揺らぎが生まれる
「唯…?」
唯の隣で黙って『七夕伝説』の話を聞いていたリトは、その横顔に眉をひそませた
「…………」
笹飾りを見つめたまま黙ってしまった唯の表情に何を想ったのか
セリーヌは、唯の胸にギュッと顔を寄せた
「セリーヌちゃん?」
「まー」
「……っ」
いつもよりもずっと力をこめて抱きついてくるセリーヌに、唯は目を瞬かせる
そして、口元にやわらかい笑みを浮かべ、セリーヌの頭を"よしよし"と撫でた
「どうしたの? 私の顔、何かついてた?」
「まう、まうー」
少し心配気なセリーヌを安心させるように唯は、おデコをセリーヌのおデコにくっつけて呟く
「…ありがと。私はだいじょうぶ。だいじょうぶよ。だから安心してセリーヌちゃん、ね?」
「え…」
最後の一言は、リトの顔を見ながら言ったものだった
「な、何?」
「なんでもないわよ」
唯は本当に何でもなかったかのようにもう一度笹飾りを見つめると、リトを置いて歩き出した
「ちょ…ちょっ、唯!?」
「なんだか甘いモノが食べたくなってきたわね、セリーヌちゃん」
「まーう♪」
セリーヌは唯の顔を見つめながら、満面の笑顔
どんどん先を歩いていく二人にリトは、笹飾りを見上げ自問した
(さっきのって、どーゆー意味だよ…)
――――が、結局、答えを得られないまま。リトは、頭を掻くと走って二人の後を追いかけた

その足音を背中で聞きながら、唯はセリーヌの顔を見つめて、小さく呟く
「私のこと、離したりしたら許さないからね、結城くん」
「まう!」
唯はセリーヌと秘密の会話を終えると、後ろから追いかけてくる彦星に想いを馳せながら、
くるっと後ろを振り返る
「ほら、早く、早く。セリーヌちゃんが待ってるわよ」


「――――おまたせしました! こちら桃と、梨と、マンゴーのアイスになります」
唯が「ココ、おすすめよ!」と教えてくれたアイスクリーム屋の前
リトはアイスクリーム屋のお姉さんからカップを三つ受け取った
「えっと…唯がマンゴーで、セリーヌが桃だよな。はい」
「ありがと」
「まうー」
三人はベンチに腰掛けると、スプーンでアイスの山を一口掬う
「ん~、冷たくてうまいな」
「セリーヌちゃん、どう? おいしい?」
「まう♪」
ピーチ味のアイスがついたウエハースをおしそうに食べるセリーヌの姿に笑みを浮かべつつ、
唯はマンゴー味のアイスを口にした
「それはそうと、あなたはどこか行きたいトコとかないの?」
「え? オレ?」
少し甘めの梨のアイスを口にしながら、リトは唯に視線を向けた
「だってあなた、今日、ずっと私の買い物に付き合ってくれたじゃない。なんだか悪いわ…」
「気にしすぎだって!」
顔を曇らせる唯にリトは、ニッと歯を見せながら笑みを浮かべる
そして、アイスをスプーンで掬くうと口の中に入れた
「つかオレ、別にイヤだとか思ったことないぜ? むしろ楽しいぐらいだしさ」
「そ…そうなの」
「ああ。唯とセリーヌと三人で出かける事なんてあんまりないだろ? なんか、特別って
感じがするけどな!」
そう言うとリトは、アイスを口にした
「…特別…なんだ」
唯はアイスを食べるのも忘れリトの横顔に見入ってしまう
「にしても初めて食ったけど、お前が言ったとおり、ホントにうまいよな、ココのアイス!」
「……っ」
ドキドキと胸の音がうるさくて、周りの音が聞こえない
やけに熱くなっている手に、冷たいカップが心地よく感じる
(と…特別とか……そんな事、真顔で言わないでよねっ!)
唯はようやく、手の中のアイスカップに視線を落とすと、小さく「そうね…」とだけ呟いた
そして甘いマンゴーを口に入れると、うれしそうに淡い笑みを浮かべた


「まう! まう!」
次の目的地――――リトの服を買いにショップに向かっていると、リトに肩車されていた
セリーヌが頭の上から声を上げた